海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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Phase 03
08. 妹と姉


 「改めて今日の訓練を説明する。移動目標への攻撃による戦技評価だ。攻撃順は瑞鶴、翔鶴とする」

 

 大発には、操船担当の妖精さんたちと、瑞鶴・翔鶴の空母勢二名と司令官が乗船し打ち合わせを行っている。泊地の沖合まで出て行うこの訓練で、司令官はそれぞれの長所短所を見極め、今後の育成に役立てようと企図している。

 

 現時点での練度は、着任順そのままに瑞鶴が一番高く、次いで祥鳳、翔鶴の順となる。ちなみに那覇泊地の空母勢の一角を担うもう一名、軽空母の祥鳳は、水上機母艦の千歳と千代田とともに別な訓練に参加している。

 

 「移動目標への攻撃訓練の目的は」

 司令官は風に負けないよう声を大きくする。今日の天気は快晴だが風が強く海は大きくうねり、断続的に大発が揺れ続ける。

 「不安定な足場と天候状況における攻撃隊の発艦速度および安定性を見ることだ。発艦後は対艦攻撃の基本戦術確認。迎撃側は三名、こちらには俺から少し―――」

 ツインテールが風に揺れながらすっと立ち上がる。説明を続ける司令官の前に手を伸ばし、立てた人差し指を左右に振りながら、瑞鶴が自信ありげな顔で宣言する。

 「こんな簡単な攻撃訓練よりも、演習にしようよ、司令官さん」

 「瑞鶴、まだ司令官が説明をされている途中で…」

 祥鳳は瑞鶴に声をかけるが、その声が終わるか終らないかのうちに、躊躇いがちに、それでもはっきりと瑞鶴が続ける。

 「こういう訓練は…その…翔鶴姉には必要かも知れないけど、私には時間の無駄というか…」

 司令官はすっと目を細め僅かに不快さを表に出すと、あわてて翔鶴が瑞鶴を窘めようとする。瑞鶴は姉にも食って掛かろうとするが、流石に少々バツが悪かったようで、不機嫌そうに横を向きしぶしぶ、といった様子で大人しくなる。

 「…分かったわよ、とりあえず話を聞けばいいんでしょっ!…きゃあっ!!」

 

 グラリッ。

 

 大発がひときわ大きくゆれる。その拍子にバランスを崩した瑞鶴は、姉である翔鶴の方へ大きくよろめいた。それを支えようとした翔鶴も一緒にバランスを崩し倒れてしまった。その際、思わず床に左手をついた翔鶴は、細い手首でまともに二人分の体重を受け止めることができず、結局姉妹揃って大発の床に尻餅をつくことになった。

 「何よもうっ!!」

 瑞鶴はカリカリしながら立ち上がり、意味もなく海面のうねりをにらみつける。一方翔鶴は左手首を抑えながら動かない。司令官は自席を立つと翔鶴の元へ進み、彼女の手を取る。すでに手首が腫れ始めている。申し訳ないと思いつつ、腫れている箇所に少し力を込め、痛む箇所を確認する。幸い折れてはいないが、かなりひどく捻ったようだ。入渠すればものの数分で治る程度だろうが、ここは大発の上であり、この船にある救急セットは唯一の人間である司令官用に用意されたものだ。

 

 「…痛っ…、これくらい平気ですので、続けてください。私は大丈夫ですから…」

 「しかし、この腫れ方だと訓練への参加は難しいだろう。いったん鎮守府に戻って入渠の手配をしよう。瑞鶴は海上で待機。訓練は俺達が戻ってきてから再開する」

 「司令官、いけません。私のために貴重な時間がもったいないです」

 

 司令官は翔鶴から離れ救急箱から湿布と包帯を取り出し戻ってくると、手首の腫れている箇所に湿布を貼り、その上から患部を固定するように少し強めに包帯を巻く

 「…人間用の薬が効くかどうか分からないが、何もしないよりはいいと思う」

 「……ありがとうございます…」

 翔鶴は少し頬を赤らめながら司令官を見やる。こういう場面とはいえ、男性に手を取られた経験などない翔鶴は、自分でも頬が熱くなっているのが分かる。長い銀の髪が顔を覆うようにして頬の色を隠してくれるのが助かる。

 「せっかくここまで出てきたのに、何もせず帰投するのは残念です。様子を見て訓練に参加できるようでしたら、途中からでも参加したいと思います。今は大人しく見学に回ります。見ることもまた大切な訓練ですので」

 「…いつまで翔鶴姉の手ぇ握ってるんですか?…なにやってんの!? 爆撃されたいの!?」

 思いっきり不機嫌そうな顔をした瑞鶴が刺々しく司令官に向かい物騒なセリフをぶつけてくる。

 

 「瑞鶴っ!!」

 先ほどより語気を強め、翔鶴が瑞鶴を強く窘める。気が強いのも度が過ぎれば刺々しいだけだ。実力、といってもこの鎮守府の数少ない空母勢の中で頭一つ抜けているだけで、実戦を潜り抜けた歴戦の勇士、という訳ではない。自分にもっと実力があれば諭すこともできるのに…翔鶴は自分の着任時期や練度の低さを思い、やるせなくなる。

 

 今度は返事もせず、瑞鶴はフイッと顔をそむけると、大発の艦首からふわっと海面に飛び降りると、司令官に向かい叫ぶように訓練の開始を急かす。

 「私からなんでしょっ、さっさと号令をかけてくれない?」 

 

 「…いいだろう、目標艦は回避行動を取りながら逃走する巡洋艦一と駆逐艦二。伝えてある通り、使用する艦載機の機数種類、攻撃方法は全て任せる。始めっ!!」

 ちなみに今回の敵艦役を務めるのは、軽巡が五十鈴、駆逐艦が睦月と如月である。

 

 「稼働機、全機発艦!…って、きゃぁっ」

 正面打起しの射法を取る瑞鶴は、射法に則り姿勢を作ろうとするが、うねり続ける足元にバランスを崩す。

 「…ってもう、なんなのよっ!!」

 安定しない足元にいらだちながら、しかし流れるように矢を離す。しなりのよい細い弓は速射に優れ、続けざまに矢を放つ。空を裂くように進む矢は、矢勢の頂点で光を放つと艦載機に姿を変え、さらに速度を上げ突き進む。全八四機を一気に発進させ終えると、瑞鶴は勝ち誇った顔を司令官に向ける。

 「まぁ見てなさいって。すぐに片付けて艦載機のみんなが帰ってくるから」

 

 

 

 「目標艦三名とも撃沈判定か…」

 「やったー! 見た? これが実力よっ」

 満面の笑みで得意げに司令官に言う瑞鶴はキラキラした目で称賛の言葉を待っている。戦闘詳報を見ながら、そんな瑞鶴をやや冷めた目で見ながら司令官が言葉をかける。

 「…その戦果と引き換えにこの一回の攻撃で、三隻の敵艦相手に君の航空戦力は約半数を喪失した。どういう意図で作戦立案したんだ?」

 「なっ…作戦の意図はもちろん敵艦の殲滅でしょ? ちゃーんと達成してるんだから、文句ないでしょっ!!」

 確かに五十鈴も睦月も如月も演習弾のペイントで全身を真っ赤に染め上げ、特に五十鈴は完全にむくれた表情になっていたが、司令官に促されて口を開き始める。

 

 「…そりゃ一気に八〇機以上もの攻撃隊だもの、勝ち負けだけ言えば勝ち目はなかったわよ。でも、司令官の策もあったし、十分に抵抗はできたんじゃないかしら」

 

 はぁっ!? という表情で、そんな話は聞いてない、と瑞鶴が司令官を睨みつける。

 「…これでも元搭乗員なんでね。飛行機乗りの習性というか、やりがちな事を少し話しただけだよ。それとも、敵はただ黙ってやられてくれるとでも思っているのか?」

 

 ぷるぷると俯き肩を震わせていた瑞鶴がキレた。

 「そんなのズルいっ!! 瑞鶴には思い通りやれって言うだけでほったらかし、五十鈴さん達にはしっかりアドバイスしてたの!? とんだ依怙贔屓ね、ズルいズルいズルいっ!!」

 

 「瑞鶴、司令官のお話を途中で遮ったのはあなたで…」

 「翔鶴姉まで司令官の肩を持つの? こんなの全然おかしいっ! 瑞鶴は全員撃沈判定だよ、結果を見てよ! 半分やられちゃったのは…そう、たまたまよっ」

 「実戦で第ニ次攻撃が必要だったらどうするつもりだ? 瑞鶴、君の能力なら個々の戦闘だけに囚われず、戦場全体を…」

 瑞鶴は全く納得できず、司令官に激しく反抗する。

 

 これが実戦だったら? 敵艦を三隻とも沈めているんだからそれ以上どうしろっていうの? 航空隊の損害? 最初からそう言ってくれればそういう風にしたのに! 自分で考えろっていっておきながら、後から文句言うなんて、さいてーだよっ!!

 

 要約するとこういう主旨を瑞鶴は言い募る。司令官は内心辟易していたが、一方で瑞鶴の能力は十分に評価していた。

 

 不安定な足場を苦にしない的確で迅速な発艦を見るだけでも、個艦としての高い能力がはっきりする。これで戦場全体まで視野を広げ、目の前の戦闘だけでなくその前後のことまで気を配り、僚艦や航空隊と緊密に連携して艦隊の中核となってくれたら、どれだけ心強いだろう。

 

 だが現実として、今自分の目の前で飽きることなくぎゃんぎゃん噛みついてくるツインテールの少女を見れば、その能力の発揮を妨げているのは、他ならぬ彼女自身である、そう言わざるを得ない。必死に努力しなくても、他と同等かそれ以上の結果をやすやすと残せてしまう。それを才能やセンスと呼ぶのは容易だが、周囲もそれを手放しに受け入れ、また戦時という特殊性もあり、今目の前で出ている結果をほめそやす。それゆえに、より高いところへ手を伸ばそうとしない。

 

 大発の上で激しく言い争う瑞鶴と司令官。一方翔鶴は、完全に困り果てた顔をしながら、おろおろと二人の間で右往左往している。何とか二人を、特に妹の瑞鶴を宥めたいが、何といえばこの勝気な妹を抑えられるか見当がつかない。さりとて司令官に譲歩を求めるような場面ではない。この言い争いにおいて、瑞鶴の幼さがはっきりと分かってしまった。

 

 「…気が済んだか? 君は少し頭を冷やす必要がありそうだ。これまではどうだったかは知らない、だが結果がよければ何でも許される訳ではない。戦闘は自己顕示のための競争の場ではない。瑞鶴、俺が良いというまで発着艦訓練をしていろ。泊地に戻ったら反省会だ」

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