海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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09. 姉と妹

 ゆらゆらと揺れ続ける大発の上。

 

 昼前になり、風はますます吹き荒れ、うねりと波は収まるどころかより強くなった。不毛な口論の後、とりあえず瑞鶴は大人しく命令に従い、発艦訓練に取り掛かっている。少し翔鶴と話をする時間を取ってもいいだろう、そう司令官は判断した。この際、前置きは抜きだ、単刀直入に聞こう-。

 「翔鶴、瑞鶴は君がしていたことに気が付いているのか?」

 「え…? 私は別に何も…」

 「君の思いやりが瑞鶴を間違った方向に増長させた一因になったことも?」

 「そんな…私は…違う…違うんです」

 明らかに動揺を隠せない表情の翔鶴に、司令官は指摘する。翔鶴が中破以上で長時間入渠を要する被撃破率は、瑞鶴と一緒の任務の時だけ明らかに高いこと-。

 「違う…そうじゃなくて…あの子は、瑞鶴は『幸運艦』なの…違う…」

 「『作られた幸運』は、いつか逃げてゆくぞ。その時、瑞鶴に何が残ると思っている?」

 翔鶴はがつんと殴られたような衝撃を覚えた。そして、泣くような笑うような、不思議な表情を浮かべながら、先任提督時代のことを話し始める。

 

 

 

 「こんにちは、翔鶴姉ぇ、会えてうれしいよっ! この泊地への着任は私の方が早いから、ここでは私の方がお姉さんかな♪ ねぇ知ってる? 瑞鶴って幸運艦なんだよ。提督さんが教えてくれたんだ。私の幸運で、翔鶴姉ぇのことも、みんなと一緒に守ってあげるからね! あ、ここ間宮さん、おすすめだよっ! 今度一緒に来ようねっ!」

 慣れない場所で緊張している私に、すでにこの泊地に着任していた瑞鶴は明るく話しかけてくれました。瑞鶴が泊地を案内してくれ、道すがらいろんなことを話しました。ぴょんぴょんと飛び跳ねるように、軽やかに歩く瑞鶴。この妹と一緒に、先輩空母のみなさんに一日でも早く追いつき、いつか泊地を支える艦娘になろう、そんなことを思ったりもしたものです。

 

 でも、前の提督がどのような方なのかを理解するのにさして時間は掛かりませんでした。演習ならまだしも実戦であっても、相手戦力に関わらず、瑞鶴の参加する部隊の空母は常に瑞鶴一人という編成でした。

 

 『生きるか死ぬか、その瀬戸際でこそ艦は育つ。死ぬるならそこまでよ』と、前の提督は口癖のように言ってました。

 

 私は提督に必死に頼み込み、瑞鶴とペアを組ませてもらう事になりました。このままでは瑞鶴はいつか大きな損傷を負ってしまいます。そうなったら、あの提督は瑞鶴のことなど顧みないでしょう。私は、密かに妹を守る決心をしました。ある時は瑞鶴を守るため敵の航空隊と戦い、またある時は砲弾や魚雷から庇いました。瑞鶴は、私が被弾するたび泣きそうな顔で私の身を案じてくれました。これでやっと妹を守ることができた、私は、私なりに納得していました

 

 そのうち、瑞鶴は戦果を上げても傷を負わない幸運艦として、私は、戦果を上げずに傷の絶えない被害担当艦、そう呼ばれるようになっていました。出会った時は同じだった衣装は、私はいまも変わらず白と赤、気が付けば瑞鶴は紺鼠と柿渋色のものに変わっていました。高速修復剤の使用は認められていなかった当時、損傷するたびに私は延々と入渠で時を過ごすことが多く、それは瑞鶴との練度の差をさらに押し広げました。

 

 -翔鶴姉、まだお風呂なの?というより、またお風呂なの?…まぁ、ごゆっくり-。

 

 半ばあきれたような目で私を見る瑞鶴の口からその言葉を聞いたとき、あいまいな笑みを返しながら、私は、自分が何を守っているつもりなのか、分からなくなりました…。

 

 そして提督が佐世保に栄転する際、瑞鶴は装備品を全て剥がされ、那覇に置いて行かれました。加賀さんがひどく反対した、と聞いています。今なら、きっと加賀さんなりの優しさだったと思いますが、あの子は…ひどくショックを受けていました。

 

 それからの瑞鶴は、もうやけっぱちというか、危なっかしくて見ていられませんでした。でも、本当に、瑞鶴はいい子なんです。私が…守らないと…でも私では力不足で…。

 

 

 

 自分では気づいていないだろうが、あふれる涙をぬぐおうとせず、淡々と話し続ける翔鶴。司令官は翔鶴の元に進み、席に座っている翔鶴に目線を合わせるためしゃがむ。

 「今まで良く頑張ってきたな、翔鶴。でも、何でも一人で抱えるのは、もう止めにしないか? たとえ辛くても、自分の道は自分で進むものだ。瑞鶴にも君にも、その時が来たと、俺は思う。でも、どうしても辛い時は、俺に言ってくれ。話くらいはいつでも聞くから」

 端麗な顔をくしゃくしゃにして、かぶりを振りながら子供のように泣きじゃくる翔鶴。

 

 一方で海上の瑞鶴は考える。落ち着いてみれば、司令官の言うことも勿論分かる。結局、前の提督に自分は認められなかった…その思いを振り払うように、今の司令官に認められたい、いや認めさせたい、そればかりを考えるようになっていたのではないか?

 

 瑞鶴はぼんやりとした自分の考えを振り払おうとする。とにかく、後で翔鶴姉と…司令官にも謝ろう。考え事をしながらでも、何万回と繰り返した動作は体に身に付き、手と足は忠実に動き、正確な発艦動作に乱れはない。

 

 っていうか、いつまでこの訓練するんだろう。止め、と言われてないから自分から止める訳にはいかない。大発を見れば、なんだか知らないけど深刻そうに話し込んでいる。

 

 …あれ? 島影から艦隊が急に現れたけど、この時間に帰投する遠征組って誰だっけ?

 

 …って発砲炎(ブラスト)!?

 

 

 

 ひとしきり泣いた後、翔鶴は泣きはらした目をしながら、短いが万感の思いを込め言の葉を紡ぐ。

 「………ありがとうございます。あなたが司令官で、本当に良かったです」

 泣きはらした目で、それでも笑顔を浮かべる翔鶴に向かい、眩しそうに目を細めながら微笑み、司令官は言葉をかける。

 「少しずつでもいい、前に進んでいこう。よしっ、瑞鶴を呼び戻して昼食にしよう。その後は―――」

 司令官の言葉は、瑞鶴から切迫した声で送られた緊急通信で遮られた。

 「敵襲っ!! 重巡軽巡駆逐艦各二の構成っ!」

 

 泊地のこんな近海まで敵が近づいてくるとは、まったくの予想外だった。おそらくは威力偵察、あわよくば遠征帰りの部隊の襲撃も念頭にあるに違いない。提督は直ちに指示を出し、撤退戦の準備に入る。

 

 「こっちは演習弾だけ…いや、実弾は…航空装備だけか。瑞鶴、大至急大発に戻り装備換装! 五十鈴、睦月、如月は砲雷斉射後、最大戦速で泊地に戻って装備換装、俺は泊地に連絡して応援を頼むから合流して迎撃に当ってくれ」

 

 演習弾しか装備のない水雷部隊では敵を倒すことはできないが、初撃は敵をひるませることができ、瑞鶴が退避する時間は稼げる。三名の水雷部隊は果敢に前に出て、一斉に砲撃と雷撃を加えて大回頭、最大戦速まで加速すると泊地を一直線に目指す。果たして敵部隊は雷撃と砲撃を躱そうと個別に回避行動に入り大きく陣形を乱し始める。その間に瑞鶴は必死に大発を目指し逃走を続ける。

 

 一時的な混乱を経て、こちらの状況に完全に気づいた敵艦隊が白波を蹴立てて突進してくる。彼我の位置関係からして、瑞鶴がまさに矢面に立つ。自分たちを沈めることだけを目的にみるみる近づいてくる敵の姿は、見るだけで足がすくんでくる。目の前で六隻が一糸乱れぬ艦隊行動で転舵し、瑞鶴に向け横っ腹を見せる。砲塔がこちらに向け動き出し、轟音と砲煙を上げ、砲撃が始まった。必死に後退する自分の周りにいくつもの水柱が立ち上る。そのうちの一発が左腿を直撃した。弾着修正中の砲撃に当ってしまうとはついてない。恐怖と痛みのあまり叫びだしてしまいそうだ。

 

 そして気が付いた。

 

 これが姉の翔鶴が見ていた光景なのだと。自分を守るために、この恐怖に耐えいつも傷つき、それでも自分には泣きごと一つ言わず、ただ黙って微笑んでくれた姉。自分はなんて傲慢な態度を取っていたのだろう、もし時間が戻せるなら、いっそ当時の自分に爆撃したいくらいだ。瑞鶴はいたたまれなくなった。悔しさのあまり流れる涙でぼやけた視界に、大発の姿を捉えることができた。ほっとしたその瞬間、背中にもう一発直撃を受けた。あまりの痛みに悲鳴をあげながら、たまらず海面に倒れ込む。

 

 そこに―――。

 

 海面に転がりながら見上げた空を、九十九式艦爆と九十七式艦攻の編隊が翔けてゆく。援軍!! と思い喜び、痛みに耐えながら立ち上がった先に見えたのは、ケガをしているはずの姉が艤装を展開し、大発の甲板に立つ姿だった。

 

 瑞鶴を助けるため、ケガを押して弓を引き絞った翔鶴を、司令官が背中から抱きかかえるようにし、その左手を翔鶴の弓に伸ばし、手に触れる。矢をつがえ、翔鶴の手を導くように弓を頭上に抱え、右手は弦を引き、左手はそのまま弓を前方へ押し引く。

 「……っ」

 すでに翔鶴の額には脂汗が浮かび、彼女の左手首の痛みの強さを物語る。心配そうな顔の司令官に、大丈夫ですよ、と柔らかく語りかけた後、翔鶴は凛とした声で発艦を宣する。

 「…絶対に、守りますっ! 全機発艦っ!」

 発艦を一気に済ませると、翔鶴は司令官の胸にもたれながら攻撃隊の制御を必死に行う。ここにきて突如現れた大規模な攻撃隊の前に大損害を受けた敵艦隊は退避を始め、やっと虎口を脱することができた。

 

 「翔鶴姉ぇっ!!」

 大発に乗り込んだ瑞鶴は、痛みに耐えながら慌てて姉と司令官に近寄る。翔鶴は司令官の胸に身を預け、司令官もまた宝物でも抱えるように翔鶴を包むように抱きしめている。翔鶴は瑞鶴に気が付くと、力のない青白い笑顔を見せる。

 「さすがに今はもう弓を引けないみたい。ごめんね、頼りにならないお姉さんで…」

 瑞鶴は子供のように泣きながらかぶりをふり、ごめんなさい、とひたすら繰り返し詫び続ける。全てが身に染みる。流す涙と共に、瑞鶴は本当の意味で艦娘として独り立ちした。

 

 その後の瑞鶴の成長には多言を要さず、那覇泊地の押しも押されもせぬ武勲艦として成長を遂げていった。

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