「君に図鑑を託したい――」


ただ真っ直ぐ、ナナカマドは少年を見つめる。
少年はナナカマドの視線を受け止め、口を開く。


「お断りします」



・シンオウ編の主人公達の前日譚的な話
・短い

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始まりの前の吹雪

 

 

 

「……どういう意味ですか?」

 

驚愕と困惑――その他諸々を押し殺して、平穏を保った少年の声が研究所内で小さくも静かに響く。

そんな少年の珍しい一面を目の当たりにしたことにナナカマドは内心驚きながらも話を続ける。

 

「カントーのオーキドくんを知っているか?」

 

「ああ、はい……確かポケモン川柳の人――」

 

「……」

 

「……じゃなくて、ポケモン研究の第一人者ですよね」

 

只でさえ威圧的なナナカマドの纏う空気が一層凄みを増した――と少年は感じた。

急いで脳の片隅から記憶を引っ張り出し、間違えてしまった選択肢に修正をする。

冗談ですよと若干目を逸らしながらも付け答える。

 

「ふむ、私の研究を手伝うものとして最低限の常識は弁えているな。研究員見習い位には格上げしてやろう」

 

「格上げで研究員ですか……」

 

二年間の付き人時代は何だったのか。と少年はぼやく。

話を進めるぞ。とナナカマドは豆大福を呑み込むと熱く渋い茶を一口すする。

 

「彼の研究の目的は知っているな?」

 

「はい。ポケモン図鑑の完成でしたっけ」

 

「知っているのならば話は早いな。実は、オーキドくん直々に頼みがあってな」

 

「はあ」

 

大体話が呑み込めたのだろう。

少年は『理解はしたが納得できない』といった表情ながらもナナカマドの話に相槌を打つ。

 

「カントー、ジョウト。そして、ホウエン地方の図鑑データをほぼ全て集め終えたそうだ」

 

「凄いですね」

 

「そして、今回。国内最後の最後の砦、シンオウ地方のポケモンのデータを集めて欲しいそうだ」

 

「はい」

 

「このポケモン図鑑にモンスターボールのIDを読み込ませる。すると、中にいるポケモンのデータが自動的に読み込まれて記録される」

 

ナナカマドはボールを取り出すと、机の上に置いていた図鑑にかざす。

図鑑は瞬時に電子音を鳴らし、データ収集を終えたことを知らせる。

そして、図鑑は自動的に開くと一匹のポケモンのデータを表示する。

 

『ペンギンポケモン、ポッチャマ――』

 

「……早いですね」

 

図鑑のあまりのハイテクぶりに少年は、少しばかり鋭い目を丸くさせる。

食い入るようにナエトルのデータを見る。

らしくもない年相応のその反応にナナカマドはここぞとばかりに畳み掛ける。

 

「図鑑は年若い旅をするトレーナーに託し、データを取集させる。しかし、それはある程度の信用を得たトレーナーでないと任せられん」

 

「それに、何しろシンオウ中のポケモンを捕獲し、データを揃えるのだ。ポケモンへの愛情は勿論の事、それに見合うだけの実力と可能性を持った若者にこれを託したい。三つあるうちの図鑑の一つ、一つ目はお前も知っているコウキに。そして、もう一つを私はお前へ――」

 

「博士――」

 

 

図鑑に注がれていた目線は、ナナカマドを見据える。

そして、少年はにこやかな笑みを浮かべ――

 

 

「お断りします」

 

 

ばっさりと断った。

 

「……なんと」

 

あまりの返答にナナカマド研究所の所員達は書類や研究資料を床にぶちまけそうになる。

幸いにも神掛かった連携プレーと長年ナナカマドにしごかれてきたその経験のおかげか――ギリギリのところで踏みとどまる。

そして、ナナカマド自身もこの返事を想定してなかったのか、しばらく少年を見つめると再び言葉を繰り返す。

 

「カントーのオーキドくんを知っているか?」

 

「いや、そこから始められても……とにかく、俺には無理ですよ」

 

無限ループを阻止し、少年はナナカマドの瞳をまっすぐと見据える。

 

「何故、そこまで言い切れる?」

 

「俺はその図鑑を持つべきではない、自分の事は自分がよく知ってますよ――俺でもね」

 

少年の言葉にナナカマドは溜息を吐く。

この少年の悪い癖だ。

可能性と未来に満ち溢れた年頃である癖に自分の事を全て知ったつもりでいる。

そして、彼は妙な所で頑固だ。

状況に流され続けるように見えて、根本的な所では頑固であり続ける。

このような目をした時には、彼は意地でも主張を変えない――自分でも少々手こずる程度に。

 

「今日の仕事は終わりですよね。帰らせてもらいます」

 

「……待ちなさい」

 

「お疲れ様です」

 

軽く会釈をすると、少年はコートを羽織って研究所のドアを閉めた。

 

「……話はまだ終わっておらんぞ」

 

すっかり冷えてしまった茶に眉間を更に険しくしながらも、ナナカマドは人知れず呟いた。

いくら玉露と言えども淹れ立てには適わないものである。

皿の上に残った豆大福を口に運びながらナナカマドは窓の外の吹雪に目を細める。

 

「年寄りに我慢比べに勝とうとは思わん事だぞ――」

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

「……凄い吹雪だね」

 

「ラルゥ」

 

ずっしりと重い買い物袋を手に少女は困ったように肩に乗ったラルトスに語りかける。

 

少々気弱で大人しそうな小柄な少女。

背中まである長い黒髪に白いニットキャップ。

お気に入りのピンクのコートは新調したばかりだ。

 

少女――ヒカリは、困った風にスーパーの入り口で立ちすくむ。

母親から頼まれた隣町までのお使いは順調だったはずだ。

途中の草むらでも野生ポケモンに出会わずに済んだし、広告に載っていた特売品も無事に購入することができた。

これならば暗くなる前に帰れそうだ――と、スーパーの出口をくぐり抜けた瞬間にコレである。

 

「ねえ、どっちがいいと思う?」

 

幼いころから一緒にいた友人にヒカリは尋ねる。

 

「頑張って今すぐ帰っちゃうか、吹雪がやむのを待ってからゆっくり帰るのか」

 

「……ラルルゥ」

 

「そっかぁ……うん、やっぱりそうだよね。確かに、これじゃあいつ止むかなんて分からないし」

 

きもちポケモンラルトス。

エスパータイプであるこのポケモンは、トレーナーと簡単な意志疎通を交わす事ができる。

――もっとも、単純すぎて複雑な会話は交わす事はできないのだが。

 

早く帰りたいというラルトスの切実な声にヒカリは暖かい我が家にさっさと帰ってしまう事に決めた。

家では母が暖かいココアを作って待ってくれている。

エスパーではないがヒカリはそれを分かってる。

 

暖かい店内と外を仕切る自動ドアをくぐり抜け、ヒカリは雪を踏みしめる。

 

細かい雪が強風に弄ばれ、ヒカリの頬を強く打つ。

マフラーを巻きなおし、ラルトスをその中に入れたヒカリは無言で歩き出す。

口を開けば中に雪が入り込んで余計に寒くなるし、唇も切れていい事がない――ジュンはそんな事を気にしないで雪の中にダイブするんだろうけど。

 

そして、ヒカリはマサゴタウンを抜け、201番道路へと足を踏み入れる。

身体はすっかり冷え切って、震えは止まらない。

 

やはり多少遅くなっても吹雪が止むのを待つべきだったか、と後悔しても正に後の祭りだ。

こうなったら一刻も早く家に帰ってしまおう。

 

そう結論を出して、彼女は足を進める。

すると、一際強い風が吹き、地に積もった雪を巻き上げてヒカリの視界を白く染める。

 

「きゃあっ……うわぁ」

 

全身が雪まみれになり、ヒカリは急いでそれを払う。

そして、頭の雪を払落し、気付いた。

 

「……帽子何処行ったんだろ?」

 

さっきの拍子に脱げてしまったのだろう。

白い毛糸で編まれたニット帽はとても暖かくヒカリのお気に入りだった。

辺りを見回すものの、雪と同化して分からないだけなのか遠くまで飛ばされてしまったのか……どちらにせよ、探し出すのは困難でしかない。

 

「そんな……どうしよう」

 

ラルトスに超能力で探してもらおうとするも無理だと一言で切り捨てられる。

ヒカリはオロオロと辺りを見回すものの、吹雪は勢いを増すばかりだ。

 

今日はあきらめて帰ろうとラルトスはヒカリに告げ、ヒカリは肩を落としながらもトボトボと家路に着くのであった。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

灯りをつけ、狭い部屋に暖房を付ける。

帰宅してから優先的にやる動作を終えて、一息付いて――少年は気付いた。

 

「どうした、ヘルガー?」

 

少年のポケモンのヘルガーが咥えているものを受け取る。

それは小さなニット帽だった。

デザインや大きさからしておそらく女児用の、そして、タグや手で作られたのであろう編み目から手作り。

 

「……結構、新しいな」

 

汚れの無さから今日の吹雪で誰かが落としたものだろう。

取りあえず、ヘルガーの頭を撫で、少年はそのニット帽をストーブの前に置く。

雪に塗れて濡れきっているが乾かせば何とかなるだろう。

 

「多分、探しに来るよな」

 

新品で手作りの帽子を無くして落ち込む顔も名前も知らない少女が脳裏に浮かぶ。

しかし、マサゴタウンに女の子などいたのだろうか。

 

マサゴタウンは過疎化が激しい土地だ。

少年の年の近い子供はコウキくらいだ。

コウキの妹はこの帽子を被るにしては少々サイズが合わなさそうな気が――

他にも少女はいるものの、微妙にこの帽子を被るような子とは年齢層が被らないような。

 

「なあ、お前。これ、どこで拾ったんだ?」

 

背中を撫でながら語りかけるが、ヘルガーは瞼を閉じたまま、喉を鳴らした。

今はそんな気分じゃないのだ。と主張する相棒に少年はため息を吐く。

 

「はいはい……もしかしたら、フタバタウンの子かもな」

 

このマサゴタウンよりも更に過疎化の激しい田舎町――それがフタバタウンだ。

つい最近、この辺りに来た少年にとっては未知の領域である。

一度も行った事がないし、行くような用事もない。

 

数世帯ほどしか人が住んでいないその町にはスーパーなどといった生活用品や食品を売るような店がない。

ついでに言うと、ポケセンもショップすらもない。

だから、フタバタウンの住人はわざわざ野生ポケモンの生息する201番道路を通り、マサゴタウンにあるスーパーまで買い出しをしに来る。

 

恐らくこの帽子の持ち主は運悪く、猛吹雪の今日に買い出しに来てしまったのだろう。

そして、案の定帽子を落してしまってヘルガーがそれを拾ったといういきさつだろう。

 

「……明日、ジュンサーさんに届けに行くか」

 

大きく欠伸を一つして、少年はインスタントのコーヒーをすする。

熱が欲しいというのに猫舌というのはなんと不便なことか。

 

 

 

窓の外の吹雪はより一層激しさを増していったのだった――。

 

 

 




【説明】

少年=オリ主
主人公その一。オリ主。
ヒカリ達より、二つくらい年上の13歳~14歳。
ナナカマド博士に拾われて、コウキと一緒に研究員見習いな事をしている。
図鑑を託されるはずが、何故か拒否して博士との我慢比べを始める。
どこかひねくれてる思春期。
後々、色々と押し切られてヒカリの付き添いと名目で旅に出る事になる。
手持ちはヘルガー♀とその他。

ヒカリ
主人公その二。ご存じの通り、ダイパ・プラチナの女主人公。
少し気弱だが優しい女の子。11歳の黒髪美少女。
旅はするのは少し怖いが地元に居ても……と悩んでいる。
もし、シンオウ編を書くのなら彼女の成長が鍵。
成りゆきと大体ジュンのせいでオリ主と旅をすることになる。
手持ちはラルトス。

コウキ
博士の手伝いをしている。影が薄い。

ジュン
ヒカリの幼馴染。オリ主に苦手に思われていることに気付かない。

ナナカマド博士
甘いものと子供が好きな頑固なじいさん。
怒らせると恐いが怒ってなくても恐い。

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