特典小説も手に入れたやったぜ
あ、今回は華扇が出ませんので
許してちょんまげ
些か早起きし過ぎてしまったらしい。外に出て、そう気付いた。
まだ日は沈み切っていなかった。オレンジ色と薄紫色が入り混じった斑模様の空が広がる。表通りでは今晩の献立を考えるお袋さんが、店先に並べられた野菜だの魚だの見比べている。子ども達は遊び疲れて家路を急ぐ。
夕暮れ。さながらオールウェイズ三丁目の夕陽といったところか。もっとも、妖怪が実在しているあたり昭和もクソもあったもんじゃねぇけどな。
仕事を始めるには微妙に早い気もするが、たまには勤勉になってみるのも悪くない。
ここ数日で馴染みつつある人里の往来に身を投じる。さぁ今日も地道に働くとするか、などと柄にもないことを思いながら。はたしてこれも華扇の影響なのだろうか。
ところが、行き交う人はどれも主婦ばかりで、オレの出番となる展開は望めそうになかった。やはり、せめて一時間くらい遅らせてから出掛けるべきだったかもしれない。数秒前までの考えをあっさりと覆しそうになる。
労働意欲に目覚めたかと思ったが、やっぱいつも通りだったわ。
「なんだ、アレ……?」
そんな折に、買い物客の中に異彩を放つ存在を見かけて、思わず足を止めた。
「九尾の……狐?」
かの者、黄金色に波打つ毛並みの房が九つ。いずれも一本一本が相応の大きさをもつため、真後ろからだと肝心な本人の姿が隠れてしまう。
尻尾の持ち主は豆腐屋で品定めをしているようだった。しばらく成り行きを観察していると、どうやらお眼鏡にかなったらしく、品物と金銭の受け渡しを済ませてこちらを振り返った。はた、と互いの目が合う。やべぇ、ガン見しちまったか。
「そこな御仁、私に何か用かな?」
涼しい声が当人の口から発せられる。その妖狐は女だった。
青い前掛けと合わせた道着を彷彿とさせる服装。九つの尾と同じく黄金色の短い髪に、八雲紫や橙と似通ったデザインの帽子を乗せている。もしかして幻想郷で流行ってんのか、そのデザイン。
上白沢女史に近い口調もあって、彼女からも聡明そうな印象を受けた。人里の守護者が歴史に博したタイプだとすれば、こちらは数式に秀でたタイプとでも表そうか。
「すまねぇ、九尾の狐を見るのは初めてだったもんでな。特に用事があったわけじゃねーんだ」
「そうか。人里にはそれなりに顔を出しているのだけれど、まだまだ私も新参者ということか」
この場は素直に謝っておく。幸いにも、本人はさして気にした様子もなかった。静かに笑う動作がどことなくインテリ染みている。あれだ、世にいうイケメン女子ってやつか。
「それを言ったら、むしろオレの方が新参者だろうよ。なんせ、幻想郷に来てから日が浅いし」
全くもって自慢にもならんが、こちとらやってきてからまだ一週間も経過していないのだ。ブッチギリの新顔なのは間違いあるまい。
「なるほど、外来人だったのか。はて、その黒い服装で外来人……? ひょっとして、お前が黒岩?」
「知ってんのか、オレを」
まさか初対面の相手、それも九尾のお狐様から名前を当てられるとは。一体どういうカラクリだというのか。いつの間にか何でも屋としての知名度が上がっていた? それこそまさか。まだ荷物運びと猫探しくらいしかしてねーぞ。自分で言ってて酷いなオイ。
疑心と僅かな警戒心が渦巻く。謎かけの答えとなったのは、こちらも知っている意外な人物の名だった。
「紫様が面白い外来人を招き入れたと仰っていてな。その際に聞いた特徴と重なったから、もしやと思ったんだ。やっぱりそうだったか」
自らの推理が見事的を射たのがお気に召したのか、女狐は満足げな表情をみせた。って、いくらなんでも女狐だと言葉が悪過ぎるだろ。語弊を招く恐れすらあんぞ。
「あんた、ミス八雲の関係者なのか?」
「これはすまない、申し遅れた。私は八雲藍、紫様の式神さ」
「式神……? ってぇことはマヨヒガに居た猫っ子と同じか」
山奥に住んでいたちっこい猫娘を思い出す。すると、オレの呟きに反応して八雲藍が「ああ!」と顔を輝かせた。合点がいったと言わんばかりに、
「橙が言っていた男というのもお前だったのか」
「オイオイ、あいつとも繋がんのかよ」
「あの子は私の式神だよ。臆病なところがあってね、私や紫様以外から褒められる機会が少なかったんだ。そんなあの子が、この間『人の役に立てた』と大層喜んでいたものでな。フフフ、私も鼻が高いよ」
「そら良かったな……って、つまりオメーが噂の乱射魔ァアア!?」
「ら、乱射魔……?」
大袈裟に指を差して仰け反ったオレを前にして、八雲藍もとい乱射魔が困惑気味の様相を呈する。何のこっちゃと言いたげな顔だが、オレからすればそれどころの騒ぎではない。
なんと、想像とは全然違った。筋肉質な益荒男どころか賢明な美女じゃねーか。そもそも九尾の時点で気付くべきだった。藍様が舌足らずになってらんしゃまだったというオチかよ。紛らわしいなチクショウ!
しかし、八雲紫の従者で橙のご主人様とはコイツもキャラ濃いな。つーか、式神が式神を持つのありなんか。何気なく視線を彼女が持つ手提げ袋に落とす。すぐそこの豆腐屋で買ったと思しき油揚げが顔を覗かせていた。さすが狐、期待を裏切らない。
八雲紫と橙のダブルネームの効力は予想以上に大きく、それから八雲藍が親しげに世間話を振ってきた。乱射魔については聞かなかったことにしてくれるらしい。
「ところで、幻想郷での暮らしはどうだい?」
「悪くねぇぜ。つっても、せっかく仕事しても報酬がすぐ食費に消えちまうせいでイマイチ稼げねぇのが辛いわな」
「フフッ。なんだ、見た目のわりに大食漢なのか」
「いや、オレじゃねーんだけどよ……」
「?」
おもむろに暗い影が差した面構えになったオレをみて、お狐様が首を傾げた。こっちにも色々あんだよ。
桃色の少女が脳裏にチラつく。笑ったり怒ったりと表情豊かな仙人に振り回されたのは、一度や二度ではない。
「ふむ、そういう事情なら私からも一つ依頼を出そう」
「依頼だと?」
一つ頷いて、彼女は手提げ袋の奥底から木箱を取り出した。小さいガキんちょが両腕でギリギリ抱えられるぐらいのサイズだろうか。祝い事や贈呈品にありがちな、上質そうな白木が用いられている。
そのまま仕事の内容について話しが進んでいく。
「今夜、博麗神社で宴会が行われる。さしあたってコレを博麗の巫女まで届けてほしい。決して壊したり失くしたりしないように。無論、くれぐれも取り扱いには注意してくれ」
しっかりと蓋が閉められており、歪みのない直方体が象られている。神社が届け先だとすれば、恐らくは神器の類いと察する。さぞ貴重な逸品がこの中に眠っているに違いない。
「中身を聞いてもいいか?」
「そこは内密にさせてもらうよ。その方が
「フッ……よく分かってんじゃねぇか」
含み笑いをみせる九尾狐にオレも同様の笑みで応える。この女、意外にもノリが良い。いいじゃねぇか、気に入ったぜ。
そうそう、こういう依頼を待ち望んでいたんだよ。シークレットでワケありな、そんな裏事情が錯誤するスリルが堪らない。この仕事、断る理由など一切なし。なぜならオレは夜に生きる男。
二つ返事で依頼を引き受ける旨を伝える。その後、彼女は懐から少なくない額の金銭をこちらに寄越した。
「前払いだ。これくらいでいいかな?」
「オイオイ……随分と気前がいいじゃねーの」
「この仕事にそれだけの意味と価値があるということさ。博麗神社は東方にある。人里を出たら道なりに進むといい。今から発てば丁度良い頃に着くはずだ。頼んだぞ」
「了解、博麗神社か」
「外来人なら知っておいた方が良い。あの場所が『外』に帰るための正規ルートでもあるからな。いつか黒岩にも必要になるだろう」
もしかして、その辺も見越したうえでオレに今回の仕事を任せてきたのか? もしそうだとしたら、至れり尽くせりでしばらく頭が上がらないんですけど。前払いで結構な金額くれるわ、わざわざ博麗神社が関わる依頼をしてくれるわ、なんとも有難いお狐様であった。八雲藍、その正体はお稲荷様だったとかじゃねぇよな……?
ともあれ、幻想郷に来て初の大口取引が舞い込んできたワケだ。こいつを逃すわけにはいくまい。宴会に間に合わなければ元も子もなし、彼女の助言通りに早いうちに出発すべきだろう。
「で、あんたも宴会に行くのか?」
「まあね。せっかく油揚げも買ったことだし、稲荷寿司でもこしらえてから向かうとするさ」
「あ、そゆこと」
夕焼け小焼けで日が暮れて。カラスが鳴いたらいざ出陣。
草木と石ころしかない田舎道を一人でトボトボと歩み行く。しかしながら、こうも徒歩移動が続くとなると、バイクの一台でも欲しいところだ。もっとも、此処ではチャリですら存在するのか危ういのだが。さすがに馬に乗って走らせるなんて真似事だけは勘弁願いたい。こちとら暴れん坊将軍でもナポレオンでもねぇんだからよ。
九尾狐に託された木箱を小脇に抱えて、ひたすら博麗神社とやらを目指す。あと、運んでみて分かった。コイツ予想に反して結構重い。余計に中身が気になってくるところだが、依頼の品を無許可で開けるなど何でも屋としての沽券に係わる。
そういえば、今日は華扇と会っていなかった。ま、たまにはこういう日もあるだろ。
「って、なーんでオレが気にしてんだか……」
シニョンと中華衣装の仙人のことを考えていた、まさにその時だった。
「――ッ!」
突如、お世辞にも良いとはいえない視線を感じ取った。狙われているのは……荷物か!?
咄嗟に横っ飛びで今しがた自分が立っていた位置から距離を取る。まるで姿はないが、何かが飛び付こうとした気配だけは伝わってきた。オレが躱したおかげで空振りに終わったようだが。
八雲藍の言葉を思い出す。
『決して壊したり失くしたりしないように。無論、くれぐれも取り扱いには注意してくれ』
ったく、取り扱い注意ってそういうコトかよ。他者に奪われないようにしろとか、そこら辺の意味合いも兼ねていたと。前払い報酬の高さにも納得がいった。
フッ、上等じゃねぇか。要するに早速お出ましってワケかい。
つづく
とある三期OPのラストで五和が上条の腕に抱きついているのを見て血反吐と血涙が出そうになった