アネモネもピンク髪だったなぁ(しみじみ)
「おう、いらっしゃい黒いあんちゃん! それに仙人様もご一緒でしたか。さぁさぁ、どうぞお好きな席に掛けてくだせぇ!」
ランチ営業中の酒場に入ると野太い声が飛んできた。今日も声でけーよオッサン。
今にして思えば、なんだかんだで人里にも顔見知りが増えてきたものだ。この店主も然り。着実にオレの存在が広まっている。そういう意味だと受け取っておくとしよう。
適当なテーブル席に着く。華扇も正面の椅子を選んだ。ま、そらそうなるわな。カウンター席ならまだしも、これで横並びに座られたら滑稽な絵面になっちまう。
オレ達が座ったのを見届け、「おーい、お冷二つだ!」と男が店の奥に呼びかける。やがて間もなくして、店員と思しき女がお盆に水入りのコップを二つ載せて出てきた。
「って、さっきのヤツじゃねーか」
「お客さんではなかったんですね」
「赤蛮奇。バイトよ」
つい今しがた店先で出くわした赤い服装の女は、ここのホールスタッフだった。そういや若い娘が働いているだとか前に言っていたな。コイツのことだったのか。
ミスティアみたいな愛嬌はないが、こういうクール女子の接客というのも一部から需要がありそう。もちろん男性客から。予想を裏切らず、彼女も美人ないし美少女の類いに当てはまった。やっぱりおかしいだろ、幻想郷。
淡々とお冷をテーブルに置く赤蛮奇。出会った時の服装のままだ。給仕服はないのかと、何気ない疑問を抱く。
ちなみに、メニューは壁に貼ってあるのがこの店の方式だった。不揃いに並べられた半紙は古く色褪せており、オレでもかろうじて読める書体で綴られていた。達筆なんだか下手くそなんだか、よく分かんねぇな。残念だが、オレに書道の心得はない。
さして悩む必要もなく、日替わり定食に決める。華扇も同じものにした。注文を請けた女性店員がオーダーを繰り返す。
「大将、日替わり二つ」
「よしきた! ガハハッ」
豪快に腕まくりしながら、店主が厨房へと引っ込んでいく。数日前に腰をやってしまった男とは思えぬ元気を見せつけてくる。エラく治りが早い気もするが、スゲー効く薬でもあんのか?
なお、オレ達の他に客はいなかった。まだ昼営業が始まったばかりで、メシ時には些か早い時刻だからであろう。結果的に、赤蛮奇とやらを含めた三人がその場に残される。
「あなた、確かろくろ首でしたよね」
「そういう貴女は山の仙人様ね。で、そっちの男は弟子?」
「誰が弟子だコラ。って、お前ろくろ首なのかよ。じゃアレか、首が伸びるってぇのか?」
ろくろ首といえば、小さいガキでも知っている怪談の定番だろう。よもやこんな場所で会い見えるとは予想だにしなかった。
そもそも
「私は首が伸びる方じゃないわ。頭を外して飛ばせるタイプのろくろ首よ。抜け首とも呼ばれているけど」
「ほーん……」
赤蛮奇の返答に気の抜けた相槌を打つ。ろくろ首って頭取れるヤツもいんのかよ。それ、どっちかといえばデュラハンの親戚じゃねーの?
恐らくこの女も、自身が妖怪であることを隠して人里に暮らしている類ではない。そうでなければ華扇が堂々と尋ねたりしない。もっとも、上白沢女史の性格を考えれば、種族だけで差別するような掟など作らないだろう。
他愛のない話をしていると、オッサンが厨房から出てきた。ご飯や味噌汁を乗っけた四角いお盆を二人分、左右の手でそれぞれ持つ。器用かつパワフルな真似をしながら、店主が会話に混ざってきた。
「バンキちゃんはうちでも人気があるんですぜ? 酒の余興にって、客の前で頭を飛ばしてみせてくれたりなぁ」
「大将、余計なコトまで言わなくていいから。大体そんなことやってたらまた腰痛めるよ」
ピシャリと口止めをしつつ、若い女店員は店主から片方の定食を奪い取る。親子かよ。大雑把な父親としっかり者の一人娘にしか見えんわ。
本日の日替わり定食は生姜焼きが主役であった。豚肉の上に山椒が散らしてある。さらに獅子唐まで添えられていた。夏バテ防止のピリ辛テイストという趣向か。
食べる前から仙人サマが嬉しそうに料理を眺めている。ろくろ首もどこか自信ありげな表情を浮かべる。もっとも、表情の変化が乏しくて分かり難いことこの上ないのだが。
「美味しそうですね」
「味は保証するわ」
箸を取る。いざ、いただきます。
「ごちそーさん」
調子に乗って二回も米をおかわりしてしまった。つっても、食える時に食っておかねば後々困る。意地汚いとは言わせねぇ。何でも屋は稼ぎが不安定なんだよ。
その後、外に出たくないので店に居座ってダラダラ過ごす。桃色の少女には、食後に激しい運動は健康に良くないとかそれらしい発言で納得させた。一応、勘定だけは先に済ませておく。
ついでにお茶を貰って一服する。俗にいう食休みというやつだ。できることなら、このまま夜まで休んでいたい。
その一方で、未だにオレ等を除いて客はおらず。儲かっていないのかと問えば、今日が珍しく閑散としているのだという。おかげで退屈なのか、今度は赤蛮奇の方から話しを振ってきた。さすがに客と同じ席に着いたりはしないが。その辺は弁えているらしい。
「結局、二人はどういう関係なの? まさか男女のソレ?」
「ち、違いますッ!!」
顔を赤くして怒りながら、華扇が間髪入れずに早口で否定する。お前も声でけーよ。
立て続けに「誰がこんな人と!」とか喚いている仙人サマに代わって、オレが正解を教えてやった。
「平たく言っちまえば、まぁ成り行きだわな」
「ふーん、そういうものなの?」
「そーいうもんだろ。特に深い事情はねーよ」
ったく、どいつもこいつも似たような勘繰りしやがってからに。言っとくが、後で責められんのオレなんだからな。その辺よく理解して欲しいものだ。
そんな具合でヤル気なく時間を潰している時だった。突然、外から威勢の良い声が飛び込んできた。
「新聞でーす! 皆さーん、『文々。新聞』の最新号ですよー!」
「げ」
それを聞いた途端、どういうワケか赤蛮奇が苦虫を噛み潰したような顔をした。誰の目から見ても嫌がっているのは明白。ただの新聞配達ではないと見受けられる。もしや押し売り営業の輩か。
「どうした、何かあんのか?」
「知らないの? あれは鴉天狗。誰彼構わず新聞を放り込んでいく迷惑な連中よ」
「彼らは新聞作りに強いこだわりがありますからね。取材意欲もさることながら、配達もその翼の速さを駆使して、あっという間に終わらせてしまいます。仕事に熱心なのは大変結構なのですが……ね、綿間部?」
「そこでオレを見んなよ……」
忌々しげに吐き捨てるろくろ首の愚痴に、仙人サマがやんわりとフォローっぽいものを入れる。ついでに物言いたげな眼差しをオレに送ってきた。へーへー、いい加減で悪ぅございましたね。
しかし赤蛮奇の表情は晴れない。
「つい最近、あいつが投げた新聞が私の後頭部に当たったせいで首が取れたのよ。道のど真ん中でね」
「それは……ご愁傷様でした」
赤女のカミングアウトにはさすがの華扇も言葉を濁した。そら大惨事だわ。年寄りとか心臓が弱い人が近くに居たら地獄絵図やぞ。実際、ちょっとした騒ぎになったのであろう。
「新聞でーす!」
先ほどよりも声が近い。
どうやらすぐ近くまで現行犯が迫ってきている様子。すかさず赤蛮奇が頭を押さえてガードする。その読みは正しく、ビュンッと風が通り抜ける音とともに、一束の新聞紙が店内に突っ込んできた。
しかしながら、彼女は一つだけ読み間違えてしまっていた。
新聞は頭の高さではなく、地面すれすれの低空飛行で迫っていたのである。博多豚骨ラーメンズで得た知識が答えを算出する。あれは、サブマリン投法か!
ギリギリの際どいゾーンを攻める投球(紙束)は、なんと赤蛮奇とオレ等が座るテーブルの間を猛スピードで擦り抜けた。
そして不幸にも、伴われた強い風圧によって、神の悪戯としか思えぬ展開が招かれてしまった。
頭を守っていたせいで無防備だったミニスカートの裾が、突風に煽られてこれでもかと盛大に舞い上がった。それによって、アダルトなワインレッドとレース生地が施された乙女のヒミツが露わになる。どうしようもなく、ハッキリとオレの目に映ってしまう。
『………………』
やがて、しょうもないラブコメチック風が収まり、ミニスカの裾は大人しく元の場所へと戻っていった。ただし、気まずい沈黙を生み出して。
「…………見た?」
「…………見てねぇよ」
「どうせ子供っぽいとか思ったでしょう?」
「あ? むしろ逆だろ、どう考えたって大人向けだろうがあんなド派手なモン――あ゛」
オレとしたことが何たる迂闊だろうか。誘導尋問にいとも容易く引っかかっちまった。
静かに問い質す赤娘。相変わらずのすまし顔だが、やはり羞恥はあったようで向けられる眼差しに少なくない非難が含まれていた。
彼女は一言だけ放った。
「えっち」
「ぐぬぅ……ッ!?」
分かっちゃいたが、こういう場合、男の方が不利になるってぇのはいただけない。理不尽だろうが。明らかに事故でしょうよ。いや、確かに見ちまったけど。
ま、キャーの悲鳴もビンタも来ないのがせめてもの救いだと――
「わ た ま べ ?」
嗚呼無情、例え被害者本人が怒っていなくても、もう一人の女が許してはくれなかった。分かってくれとは言わないが、そんなにオレが悪いのか。
そちらを見てはならぬと本能が警鐘を鳴らす。せめてバレないようにコッソリ盗み見るだけに留める。彼女は俯き、淡い桃色の前髪が垂れ下がっていた。どんな表情をしているのか、これでは分からない。
だが、少女の全身から滾る闘気が揺るぎないオーラとなって顕現していやがった。その姿は、まるで超戦士だった。メインディッシュたる説教の前に、鉄拳制裁という前菜が来ること待ったなし。
オレが取るべき行動は一つしかなかった。こうなったら……
「くそったれ! 捕まって堪るかァアアア!!」
脇目も振らず全力で撤退する以外に生き残る術はなし。椅子に座った状態からノーモーションで走り出す。伊達に繁華街で逃走劇を繰り広げちゃいない。なにせ今回だけは、冗談抜きで命の保証ができねぇんだからなァ!
随分前に読んだマンガでも言っていた。逃げるんだよぉオオオオオ!!
「――逃がしませんッ!!」
まるで尻に火がついたような勢いで店の外へと飛び出した青年。そんな彼を捕えようと、茨木華扇は大胆にもテーブルを跳び越えて着地、そのまま追撃を開始する。危うく彼女まで下着を晒しかねなかったのに、本人は気付いていないようだった。危ないなぁ、と赤蛮奇は呑気に思う。
もちろん、赤蛮奇だって若い女だし羞恥心がないわけではない。なのだが、何分性格がサバサバしているせいか、いまいち反応は薄かった。繰り返すが、別に恥じらいがないのではない。単純に表に出難いだけだ。
怒声と悲鳴が次第に遠退いていく。まだ捕縛されていないあたり、意外にもあの黒い青年が奮闘しているらしい。
「大変そうね、あの二人」
まさしく台風一過であった。逃げる男と追いかける女が店を去り、残るは自分だけ。幸い代金は貰っていたので食い逃げの心配もなし。大将は騒ぎに気付いていないのか、厨房に引っ込んだままだ。もしくは放っておいているだけなのかもしれない。
とりあえず、店員として言うべき言葉はこれだろう。
「毎度あり」
つづく
次は小町かも