年末年始は執筆が進んでヤバし。文字数的にも飛ばしていくぜ
ということで新年一発目の最新話。今年もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。
「そぉらっ」
「おわッとぉ!?」
風を切り裂く音が迫る。膝を曲げて姿勢を低くし横薙ぎの一閃を躱す。空振りした凶器が頭上を通り過ぎた。危うくオレまで赤蛮奇みたいになる寸前の出来事であった。
うぉい、躊躇いなく喉を狙ってきやがったぞあの女!?
仙人から逃げていたら今度は死神に襲われる。八雲紫に招かれて(実質拉致)きたが、幻想郷とは凄まじい魔境だった。これぞ異世界などと呑気している場合じゃない。
「ほらもう一丁!」
「だーもう! 危ねェだろうがッ!?」
「あっはは! 危ないの一言で済ませるんだねぇ、お前さんは」
胴体を真っ二つにせんと死神の刃がギラリと閃く。対して、バックステップで間合いをとる。紙一重で射程距離から外れられた。切っ先がシャツを掠め、夏だというのに冷たい汗が出てくる。
こればかりは洒落にならん。当たったら「ちょっと痛い目」で済むどころの騒ぎじゃねーぞ。
(……しかし、まぁ)
死神に向かって地獄を名乗るのがNGワードだとは我ながら失態としか言えない。
ただ、小野塚小町には申し訳ないが別に深い意味はなかったりする。SKLの名が付くマジンにあった名台詞を借用しているだけに過ぎない。なにしろダークヒーローはオレの憧れ。なぜならオレは夜に生きる男。目指せシティハンター。
「うおっ……」
足首狙いを跳躍で避ける。オレに代わって雑草が刈り取られていく。理不尽な巻き添えを喰らった草どもの断末魔が聞こえた気がした。すまぬ。
とはいえ、人気のない野原で死神に狩られてひっそりと野垂れ死ぬってぇのは御免だ。理想の最期とは程遠い。
「あらら、これも避けられちゃったか」
さして気にした風もなく赤髪の死神がピュウと口笛を吹く。世にも物騒なお遊戯はまだ終わりそうもない。
(可笑しいなぁ……)
小野塚小町は心の中で首を傾げていた。
もともとはちょっとしたお節介のつもりだった。ハッキリ言ってしまえば、件の発言については何も気にしていない。そもそも、そんな程度でいちいち怒ったりするものか。
サボりついでに笑い話でもと期待してみれば、返ってきたのは何でも屋としての彼の生き様。おかげで、この外来人が「ワケあり」だと察するには十分だった。
どういう過去を背負っているのかは知らないけれど、恐らくは無自覚であろう自己犠牲の精神。生き方としてはあまりにも歪な形をしていた。自ら進んで危険な橋を渡りたがり、好んで災いの渦中に飛び込もうとする。
(けど、それじゃあいけない)
そのような生き方を繰り返していたら、いずれ本当に死を迎えた時、上司である
地獄から死神がお迎えに行く、というのは我々が広げた嘘だ。それどころか、限りある命で精一杯に生きている人間を見ると嬉しくなってくる。反対に、自分の性格からいっても陰湿なのは嫌い。人生楽しくてなんぼだ。
だから軽く小突いて喝を入れてやろうと思った。しけたマネしてんじゃないよ、と。死神らしい雰囲気を出しておちょくってやろうという出来心も少しだけあって、つい調子に乗ってしまったけれど。
……でも、これはちょっぴり予想外。
「おりゃあ! まだまだぁッ!」
「ちょおまっ、待てや! いい加減にオレの話しを聞けぇい!!」
これまで見てきた死にたがりや八雲紫に食料として連れてこられた外来人とは明確に異なる、その目つき。ぶっきらぼうな瞳の奥に途方もない執念の炎が燃え滾っている。
さらに、先ほどから攻撃が全然当たっていない。ことごとく回避されている。
死神の鎌を差し向けられてなお彼の態度は変わらない。へっぴり腰になるでも這いつくばって逃げ惑うでもなく。
(お前さん、実はとんでもない男だったりするのかい?)
もちろん多少の手心は加えている。そうはいっても、ただの人間しかも外来人が、死の使いを前にしてこうも堂々といられるものなのか。
やがて小町は「そうか」と考えを改めた。彼は自分が思っていたような自己犠牲の塊ではない。死にたがりなんて以ての外。あの何でも屋は幾度も修羅場を切り抜けていくなかで己を培ってきたのだろう。より強くあるために。ドン底から這い上がってくるためのハイリスクハイリターン。それこそが、現在の彼を作り上げた礎なのだ。
「参っちゃうね、こりゃ……」
「あ? 何がだ?」
「んーん、こっちの話しさ」
生きることに投げやりな不届き者かと思いきや、その正体は野獣のような執念の持ち主だった。嬉しい誤算に気分が高揚する。面白い。もっと知りたい。この男に興味が湧いてくる。
弾幕ごっこやスペルカードルールなら手札を全て避けられた時点で勝敗が決していた。だけど、これは弾幕ごっこではない。だから、まだ終わりじゃない。
(もっとあたいを楽しませておくれよ!)
横薙ぎ、振り下ろし、掬い上げ、袈裟切り、大回転。死の狂想曲が踊り狂う。
仰け反り、横っ飛び、バックステップ、しゃがみガードから滑り込みの緊急回避で全ていなす。
「ぜぇ……はぁ……くそったれ」
悪態の一つでも吐かねばやってられない。いつまで続くんだ、この展開。
しかしながら、ヤツの得物がデカい鎌で逆に助かった。振り被る動作が大きいから攻撃パターンもおおよそ分かる。殺気だとか狙われている気配を何となく察することができる。
おっかない連中を撒く逃走劇で身につけたモンだが、数少ないオレの特技だった。ま、さすがに鉛玉を避けられるほど人外じゃねーけど。兎にも角にも、避けと逃げはオレの十八番ってワケだ。ちなみに奥の手が切り札を使ったフェイクの脅しである。
「あははッ! お前さんスゴイ、スゴイよ!」
ところで赤髪の女が途中からメッチャ楽しそうにしていやがる件について。あるいは標的を狩る喜びに打ち震えているのかもしれない。やはり死神ということか。とても寝起きとは思えないアグレッシブな動きに戦慄する。
アクション洋画ばりの神回避を披露しつつ言葉を返す。
「そりゃどーも! じゃあ止めにしねーか? さっきのが気に障ったなら謝るからよ」
「別に気にしちゃいないよ。それよりも、女をその気にさせておいて終わりってのはあんまりじゃないかい?」
「誤解を招く言い方やめーや」
いつの間にか趣旨が変わっていた。どうしてこうなった。っていうか気にしてなかったんかい。今までの件は何だったんだマジで。
このままじゃ埒が明かない。それ以前にオレが力尽きてしまう。忘れているのかもしれんが、こちとら全力疾走で逃げてきたばかりなんだよ。
複数の意味でくたばる前にさっさと逃げるしか――
「あ、逃げようったって無駄だよ? あたいの能力でお前さんはもう
「マジかよ……!?」
さらりと残酷な事実が告げられる。
死神からは逃れられない。笑えないブラックジョークがあったもんだ。能力云々はどうあれ最良の手が潰されちまった。だったら――
「降参もなしだよ」
「鬼かチクショウ」
「残念、死神さ」
うるせーよ。なにまたドヤ顔してくれちゃってんの、お前は。
残された方法は一つ。やられる前にやる。だが、こいつには相当な縛りがかかってしまう。オレの男としての意地。女は殴れない。
逃走不可、降参も不許可、あげくには抵抗も儘ならない。万事休す。
だとしても、こっちが無抵抗のままで終わるってぇのは違うだろ。大体、女一人にボコられたなんてカッコ悪くてあの世に行けねぇぜ(既に華扇から殴られたり蹴られたりしている)
「…………ふぅー」
腹は決まった。
勝利条件、小野塚小町から大鎌を奪い取ること。死神のアイデンティティを取り上げられてしまったら、さすがにあの女も冷静ではいられまい。ただし、あれはリーチが長く広範囲に届いてしまう厄介な代物。迂闊に飛び込むワケにはいかない。
好機は唐突に訪れた。赤髪の死神が踏み込んでくる。あたかも剣道の面打ちの如く、高く大きく後ろに振り被る。
「とりゃぁああ!!」
威勢の良い掛け声とともに落とされた処刑のギロチン。間一髪、掠めるか否かの瀬戸際で身体を横向きに逸らす。擦れ擦れのところで禍々しい切っ先がザックリと地面に突き刺さった。こうも深く刺さっちまえば容易に引っこ抜けねーだろ?。
「そのブツもいただいてくぜ、死神サマよぉ!」
「や、ヤバッ……!?」
オレの台詞と伸ばされた右腕からこちらの狙いに気付いたのか、彼女の顔が焦りをはらむ。大事な相棒を奪われまいと、彼女は大鎌を引き抜こうと力任せに踏ん反り返った。運は女を味方した。オレの手が届きかけた僅差で、さながら童話の大きなカブみたいに先端がスポッと地面から抜けた。
しかも小町もテンパっていたせいで全力を出したのだろう。すっぽ抜けた勢いを失っていない相方に翻弄されて、まるで万歳をするかのように両腕が真上に掲げられた。
そして、またしても事故は起こってしまった。
むにゅっ
「きゃん!」
「…………あ゛」
真っ直ぐに伸びたオレの手は、かつて得物の柄があったハズの、今やガラ空きとなった空間を通り抜けていき、そのまま小町の豊満な胸に吸い込まれていった。いっそ潔いほどに、しっかりと手のひら全体で。
瞬間、全ての思考がフリーズした。
「ん……ふぅ、んあっ」
手のひらに収まりきらない大きな膨らみが、僅かな指先の力加減にも応じて形を変えながら感触を返してくる。マシュマロの柔らかさに合わさって少女の甘い声が鼓膜をくすぐった。想像の斜め上を行く結末に身動きがとれなくなる。主にオレが。
ワンサイドで命懸けな勝負の行方は、どうしようもない形で決着がついてしまった。赤髪の女が戸惑い混じりの上ずった声をあげる。
「さ、さすがにコレはちょっと……んっ!」
「わっ、悪ぃ、決してワザとじゃ……!」
「わ……分かってるから。だからさ? その、手を……」
気まずさこの上ない空気が辺り一帯を漂う。繰り返すが、さっきまで一方的な命の削り合いをしていた間柄にも拘わらず。不幸中の幸いなのは、小町が羞恥心よりも混乱に心を占められていること。キャーの悲鳴で首チョンパにならずに済んだのだから。
とにかく動けオレの身体、早くそいつから手を放せ。そしてお互いにこのハプニングをなかったことにしてしまえば万事解決――
「わ た ま べ ?」
「――…………」
このタイミングで一番聞きたくなかった声を聞いてしまった。どこまでも甘く蕩ける声がオレの名を呼ぶ。それも真後ろから。
ギチギチとぎこちない動作で振り返る。見たら最後、激しく後悔すると知っておきながら。ゆっくりと背後に目を向ける。
「ふふっ、うふふふふふっ」
鬼がいた。仄かな光すら宿っていない虚ろな瞳で笑みを浮かべる桃色の髪をもつ説教の鬼が。美しい顔の上側に薄暗い陰が差しており、全身から恐ろしい気炎が立ち上っておった。
悲報、試合終了のお知らせ。
今の今まで居なかったというのに、一瞬にして至近距離まで詰められていた。どうなってんだコイツ。これも仙人の技か。現実逃避でオレまで笑いたくなってきた。
まるで世間話をするかのように、華扇が言葉を紡ぐ。額に青筋を浮かべた笑顔のままで。
「赤蛮奇さんの下着を見たかと思えば次は小町の胸ですかそうですか。やはりあなたは破廉恥な性格だったみたいですね? 手当たり次第に次から次へと、そんなに我慢の限界だったんですか?」
「待て待て待て話しを聞けや。だからよ、さっきのもコレも事故だって言っとるやろ。状況をよく見ろって、な?」
早とちりが止まらない仙人サマに弁解を試みる。確かに今回のはオレにも非がなくもないのかもしれない。けど、少しぐらい釈明の余地はあってもよかろう。
再び無罪を主張する。何度も言うがこれは事故だから。不可抗力なのだと。華扇はただ静かに聞いていた。やがて、濡れ衣を聞き終えた彼女は「そうですか」と一度だけ頷いた。フッ、分かってくれたか。
乙女の笑みがスッと変わりゆく。ただし、修羅へと。
「そう思うならまずその手をさっさと放しなさいッ!! いつまで触ってるんですかこんのっ……どスケベーッ!!」
「おごぉッパァ!?」
昇竜拳。顎をかち割る鉄拳が天高く突き上げられた。小宇宙の煌めきと果てたオレは暗転する意識のなか、むしろ清々しい気分でさえいた。
死神とかそれ以前に、どうやらこの仙人から逃げられないらしいと悟りを開いて。
「綿間部は煩悩が溢れすぎです! 最近ちょっと見直してきたのにすぐこれなんだから! 人を導く仙人として、あなたをこのまま見過ごすわけにはいきません! しばらくうちで修行して心身共に改めてもらいますからねっ!? 返事は!?」
「いや、その男とっくに気を失っているんだけど」
気絶した男の襟首を掴んでガックンガックンと揺らしながら、怒り狂った声で荒ぶる茨木華扇。さすがに哀れに思い小野塚小町がやんわりと止めに入るものの効果なし。ちなみに男は白目を剥いたままである。
無抵抗に首が振り回されてそのうち頭が取れそうだった。ひょっとして死んだんじゃないかと小町の方が不安を覚える。死神なのに。
「よし、善は急げですね」
何かもう一人で勝手に意を決していた。当然ながら青年は何も言わない。というか言えない。
おもむろに華扇が包帯に包まれた右手をかざす。すると、頭上に黒い暗雲が立ち込めていく。狭い範囲に限定された不自然な悪天候の訪れ。ゴロゴロと稲光が漏れ出でる雷雲であった。直後、滝のような土砂降りが轟々と降り注ぐ。そして、一際大きな雷の唸りが響き渡った瞬間――龍が降りてきた。
かの神獣は地に降りると青年(気絶中)の後ろ襟を咥えて持ち上げた。さらにその背中に桃色の仙人が跨る。龍は華扇の飼っている従者の一匹だ。もちろん小町は知っているので特に驚きはしない。
「小町」
「あ、一応気付いてたんだ。あたいが居たの」
「? 当然でしょう。私達は行きますが、この人に何か言っておきたいことはありますか?」
「うーん、そうだねぇ……今度一緒に呑もうって伝えといて」
「はぁ……分かりました。その時はサボりではなくキチンと休みをとってくださいね」
「あいあーい」
気のない返事を受けて華扇がむっと何か言いたげな顔をする。だが、やはり「こっち」が優先だったようで従者共々彼方へと飛び去って行った。妖怪の山、茨華仙の屋敷がある方角に。
龍とその主がいなくなったことで雷雨がパッタリと止む。びしょ濡れになってしまったが、夏のお天道様ならすぐに乾かしてくれるだろう。へっきし、と男前なくしゃみが出る。
「あの堅物仙人がここまで執着する男か……これは、もしかするともしかしちゃうのかもねぇ」
今日はアレコレと面白いものが見れた。どうせなら近いうちに酒を持って遊びに行くとしよう。
ついでに目を覚ましたら強制で修行が始まるであろう黒い青年にご愁傷様と念を送っておく。女心は複雑なのだ。文字通り、身を以って学ぶことになるだろうけど、せいぜい頑張っておくれ。
「さて、と。あたいは服が乾くまで一休みするとしようかな。
濡れた衣服じゃ仕事も捗らないし、こればかりはどうしようもないことなのだ。いやはや、困った困った。
ぐぐっと大きく背伸びをして快晴に戻った青空を眺める。昼寝するにはうってつけの天気だ。
その後、上司に見つかってメチャクチャ説教された。
つづく
意識が無いのを良いことに主人公を自宅にお持ち帰りするヒロインの図