東方扇仙詩   作:サイドカー

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この小説では初のヒロイン視点のストーリーでございます

そんなわけでレッツゴー


第二十三話 「茨木華扇の華麗なる一日」

 妖怪の山。その一角。

 白狼天狗の見回りも届かない、人の気配がない場所は静けさに包まれる。静寂という真っ新な紙の上を、轟々と滝が雪崩れ落ちる唸りが塗り潰していく。

 雄々しい水流が降り注ぐところに、粛々と滝行を続ける人影が一つだけあった。

 艶に濡れた柔らかな桃色の髪。キメ細かく瑞々しい肢体は水をはじく。申し訳程度に羽織る薄着が透けているのにも意に介さない。傍からは天女が水浴びをしていた最中に映ることだろう。されどその女性は天女ではなかった。

 この山に住まう仙人、茨木華扇。

 真っ直ぐに伸びた姿勢を微塵も崩さず、寒さに鳥肌を立てることもない。あたかも彫刻の如く只々沈黙を貫く。まさに身も心も清める「静」の域。瞼を下ろし、己の精神を一点に集中させる。

 

「……ふぅ」

 順調に日課を終え、少女が滝から身を離す。修行の一環であるにもかかわらず芸術的な美しさがあった。彼女の動きに合わせて舞った水滴さえも、日光に煌めいて桃色の乙女を魅せる。あるいは真珠の粒が輝くように。

 そんなことなど露知らず、当人の華扇は本来修業とはこうあるべきだと納得する。己を磨き、邪念を払い、健全な魂を身に付けるための行いなのだと。仙人たる者、清廉潔白でなければならない。

 そう、決して、最近気になっている男性にあられもない格好を見せるつもりなんて――

「ななッ、何を考えているの私ったら!?」

 はたしてどういう場面を思い出したのか、冷水を浴びたばかりだというのに少女の顔が赤みを帯びていく。わたわたと慌てる様子は一人芝居をしているみたいだった。幸いにも、周囲に人はおろか動物もいないおかげで、彼女の不審な行動を訝しむ輩は存在しない。

 パンッ!と両手で頬を張って気合を入れる。些か強くやってしまったせいで痛むが、こうでもしなければ治まらない。恥ずべきだと自分を叱責する。

「……もう一度やり直し」

 真面目な仙人は自らペナルティを課す。まだ上がってから数分も立っていないのに、再び彼女は滝の中へと身を投じる。

「これも全て綿間部が悪いんですからね……ッ!!」

 もっとも、原因となった雑念は若干残っているようだった。

 

「彭祖は引き続き屋敷とその周辺の警護を。竿打は……買い物はこの間してもらったから、今日は休んでいいわよ」

 出掛ける前に、従者の動物たちに次々と指示を出していく。

 茨木華扇は仙人ではあれど、だからといって特定の弟子をとっているわけでもない。屋敷で共に暮らすのはペットだけ。彼らとは意思疎通ができるので扱いに困ることもない。むしろ従順なくらいである。

「さ、久米。行くわよ」

 少女よりも二回りも大きな体躯の老鷲の背に乗り、大空へと飛び立つ。妖怪の山を発ち、幻想郷の自然豊かな景色を見下ろす。

 これも動物の扱いに長けていると自負する彼女の特技であった。もちろん自力でも飛べるのだが、大抵の場合、彼女はこうして飼っている動物を使う。

「そういえば……」

 ふいに思い出したことがあった。

 地底――旧地獄には、心を読める覚妖怪がいて、彼女もペットを多く飼っているのだと聞いたことがある。同士として、どんな子たちがいるのか興味が湧く。それに、あの場所には()()()()()()も暮らしていた。大江戸の歓楽街らしき賑わいをみせる旧都で、強力自慢の集まりは今も楽しくやっているのだろうか。

 そんな風に思いを馳せて、やがて力なく首を横に振るう。その拍子に桃色のミディアムヘアがさらりと流れる。

(けれど、今の私が行くわけにはいかない)

 なぜなら今の自分は仙人だから。加えて、怨霊が飛び回る地底は正直あまり好きじゃない。

 嗚呼。でも、彼も「外」の世界では繁華街を活動区域にしていたらしい。それなら案外、旧都とは相性が良かったりするのかもしれない。ちょっと口は悪いし粗雑なところもあるけど、さりげない優しさもある黒い青年。あのぶっきらぼうな顔を思い浮かべてふっと相好を崩して、

「って、どうしてまた綿間部のこと考えているのよーーーーッ!!」

 かと思えば、赤鬼もかくやといわんばかりの見事な赤面で叫んでいた。仙人少女の絶叫が青空の彼方まで突き抜けた。

 そんな主のこれまで見せたことのない奇妙な態度に、老鷲は怪訝そうに鳴くと翼をはためかせた。

 

 博麗神社。

 その地名をいうと、参拝客が少なく(なのに宴会場になりやすく)どこか貧しげな印象を抱く者は少なくない。しかしながら、かといって明日のメシにも困るようなド貧乏というわけでもない。とはいえ何分巫女が守銭奴染みているため、残念なことにそう思われてしまうのだ。

 茨木華扇もその一人であり、よく様子見がてら博麗の巫女の面倒をみて、時には厳しい説教もかましていた。

「むぐ……あ、華扇じゃない。もぐもぐ、素敵なお賽銭箱ならあっちよ」

「こんにちは霊夢。ところで何を食べているのですか?」

 博麗霊夢の賽銭要求は完全なまでにスルーしてやった。それよりもモゴモゴと口を動かしながら(行儀悪い)出迎えてくれた紅白の少女が気になって、素朴な疑問を投げる。

 口に含んでいたものを飲み込んでから、巫女は仙人の問いに答えた。

「やしょうま。友達が作り過ぎたからって持ってきたのよ」

「やしょうまって……涅槃絵に食べるものではありませんか」

 あまりにも季節外れなお裾分けに、桃色の仙人もつい苦笑いを浮かべる。一体何がどうなって夏にやしょうまを作るに至ったのか。しかもよくよく見てみれば、そこの少女を模したと思われるデザインや可愛らしいハート型などイマドキなものまであった。というよりそっちの方が多い。

 仏舎利、すなわちお釈迦様の遺骨も、どうやらうら若き女子力には敵わなかったとみえる。

「やしょうまも良いけれど、ちゃんとご飯は食べていますか? キチンと栄養も摂らないと」

「そりゃそれなりに食べてるわよ。でも、お賽銭が少ないんじゃ贅沢もできないんだからどうしようもないじゃない。それもこれも参拝客が来ないのが悪いのよ」

 えらく投げやりにのたまって、だらりと寝そべりながら団子を頬張る博麗の巫女。その姿はポテチ食いながら床に広げたファッション雑誌を読む学生と変わらない。今日はヤル気が出ない日らしい。

 ぐでーっと休日モードな霊夢を前にして、華扇がこめかみのあたりを指でトントンと叩きながら溜息を吐く。

「はぁ……あなたね――」

「あーあ、誰かが毎日お賽銭だけでも入れてってくれないかしら。そうすりゃ苦労ないのに」

 昼間の気温の高さもあって霊夢はすっかり油断していた。そのせいで碌でもないことまで口走ってしまう。人はそれを暑さによる思考回路の低下という。

「そうだわ。いっそあんたが毎日参拝してよ。お賽銭も入るし、仙人が毎日通う神社ってことで宣伝にもなるし」

「……………」

 繰り返して言おう。夏バテ混じりの霊夢は完全に失念していた。

 この幻想郷において、「説教」の代名詞に当たる人物といえば二人いる。一人は地獄の閻魔、そしてもう一人はこの仙人だということを。

「……………ふふふふふ」

「――ッ!?」

 桜の花びらがそよ風に泳ぐような笑みを耳にした瞬間、彼女は持ち前の勘の良さで己の危機を悟った。しかしながら、すでに手遅れであった。

 桃色の髪をもつ仙人が怒涛の一喝を叩きつける。

 

「こんの馬鹿者ぉぉおおおおおおおッ!!」

 

 久方振りに喰らった華扇の怒声に「しまった」と顔をしかめる。だが、本日も説教絶好調な桃色トレインは走り出したら止まらない。一度出発してしまったからには途中下車はできないのだ。

「そのような考え方でどうするのです!? 巫女たる者、人から信頼を得ると共に彼らに安寧を与えるのが務めでしょう! それをあなたはお金欲しさに参拝を要求するなど言語道断、しかも私を宣伝に使おうだなんて許しません! ええそうです、夏バテだからといっていつまでも堕落していては本当にダメ人間になってしまいます。これは早急に手を打たなくてはいけませんね。さぁ立ちなさい!」

「えー……ちょ、ちょっと勘弁してよもう。明日から、明日になったら本気出すから」

 激おこ仙人の気迫に圧され、やや引きながら霊夢はいよいよもって本格的にダメな発言をやらかす。もし今の紅白巫女を親友二人が見たならば、一人は爆笑しもう一人は困ったような顔をするに違いない。

 火に油を注ぐ愚行のせいで怒りのボルテージがワンランク上がった存在を前に、どうにか説教から逃れられないかと、紅白色の少女は必死に考えを巡らす。そして半ば思いつきで手を叩いて言った。

「ほら、あんたには他に気にしておかないとマズい人がいるんじゃないの?」

「誰のことですか?」

「えーっと、あれよ。この間の宴会でうちに来ていた……くろ、わたなべ? とかいう人」

「な――」

 

『……なんつーか華扇がいるのがもう当たり前になってんだよ。今やコイツも日常の一部ってこった。長い付き合いになりそうっつか、少なくともオレが幻想郷に居る間は一番深い関わりになるだろ。ま、オレもやぶさかじゃねぇしよ』

 

 みるみるうちに華扇の顔が紅潮していく。淡い髪の色よりもなお色濃く真っ赤に染まり、ついでに仙人の体温も急上昇した。不意打ちに脳裏に浮かんでしまった彼の顔と、この前の言葉が決め手となった。

 勝負あり。ついに地雷は踏み抜かれた。茨火山……もとい茨華仙が大気を突き抜かんばかりに大噴火する。

「いいいっ、今は関係ありませんッ!! まずは大掃除です! 守矢神社に負けないぐらいにピカピカにしますよ!」

 この時をもって、博麗の巫女はその整った顔をかつてないほどの絶望に染め上げた。厄日だ、などと神職とは思えない一言を呟いて。

 

「はー……」

 たっぷりとお湯が張られた浴槽に身を沈めると、凝り固まった肩が解きほぐされたような吐息が零れる。

 年末大晦日でもないのに神社の至る所まで掃除させられた霊夢がしきりに入浴を勧めてきたのだ。あきらかにこれ以上の労働を免れるための無理矢理な口実なのだったが、なんだかんだで彼女の鬼気迫る勢いによって流されてしまった。

 いっておくが、「女の子なら身体はキレイにしておかなきゃ」なんて甘言を真に受けたからではない。断じて違う。

 あと、どうにも彼女の中では自分はこれから彼に会いにいくことになっているらしい。何より、そう言われて満更でもなかった気持ちが恥ずかしい。

「やっぱり綿間部が悪いんです。ズルいんです」

 本人が居ないのに文句を垂れながら、頭の天辺まで湯船に潜る。ぷくぷくと気泡が水面に浮かんでは割れていく。

 

『……なんつーか華扇がいるのがもう当たり前になってんだよ。今やコイツも日常の一部ってこった。長い付き合いになりそうっつか、少なくともオレが幻想郷に居る間は一番深い関わりになるだろ。ま、オレもやぶさかじゃねぇしよ』

 

(ふみぁああああああ!?)

 リプレイされる彼の声とその台詞に、堪らずザッパァン!と勢いよく浮上した。派手に動いたことによって身体の周りにも飛沫が散り、柔らかくたわわに実った双丘が揺れた。なお、湯気の効果で大事なところは隠されている。

 はぁはぁと呼吸を乱していたのを落ち着かせ、再びお風呂に浸かる。

「何やってるんだろう、私……」

 温かい水滴が伝って落ちる前髪を指先で弄る。

 それでも、実をいうと今後の予定はとっくに決まっていた。それも霊夢が言った通りに。

「仕方ありませんよね。だって私は綿間部の監視役みたいなものなんですから」

 誰でもない自らに言い張って、これ見よがしに一人で頷く。ちょっとわざとらしい。

 すっかり温まった身体でお風呂から上がる。いつもより念入りに身だしなみを整えて、おめかしにも時間がかかっていたことには、おそらく彼女も分かっていない。

 

 夜の帳が下りたといえど、まだまだ宵の入り口に立ったに過ぎない。

 人里の往来に明かりが並び、道往く人は今夜はどこの店で呑もうかと嬉しい悩みに練り歩く。探している彼も今頃は仕事を求めてうろついているはず。未だに夜こそが自分の時間だと言って聞かないのだから。

 もっとも、今回に限っていえばそれが却ってありがたいのだけれど。

「ふむ……ついでなので何か差し入れでも買ってあげますか」

 ちょうど通りがかった焼き鳥屋で数本ほど見繕って包んでもらう。後で一緒に食べよう。そう思って。

 これから会いに行くのだと思うと少女の足取りが軽くなった。彼女は自覚していないのだろう。あと口の端がニマニマと緩んでいることに。

「~~~~♪」

 さながらステップを踏むかのように、小さく鼻歌を口ずさむ。

 そんな彼女に視線を向けて、立ち止まったり歩みを遅くしたりする者も出てきた。ご機嫌な仙人様を不思議がるのもいたし、綺麗な女の子の幸せそうな表情に見惚れている連中も含まれていた。

「あっ」

 やがて、捜し歩いていた青年の後ろ姿を視界の端っこに捉える。夜景に溶け込みそうな全身真っ黒という珍妙な格好。見間違えようもなかった。思わず嬉しげな声が出た。

 なぜか黒い青年は、わざわざ裏道からさらに逸れた細い通路に入り込んでいった。またペット捜索の依頼でも受けたのだろうか。それとも小銭が落ちていないか調べているとか。前者なら手伝ってあげてもいい。後者ならお説教だ。みっともない。

 さてどうやって声をかけようかなんて考えながら、件の男性が消えて行った路地裏をチラリと覗く。もちろん彼はそこに居た。なのだが、意外なことに単独ではない様子だった。

「わたま――」

 とりあえず名前を呼ぼうとして、なのに出かかった声がぷつりと途切れて虚空に消えてしまう。

 赤みがかった瞳が大きく見開かれる。目の前の光景が、すぐには理解できなかった。

 

 青い髪を二つ輪に纏めた妖艶な美女が、その蠱惑的な身体つきを惜し気もなく彼に差し出している。ねっとりと絡みつくような熱い抱擁を授けている真っ只中であった。

 

「ぇ…………?」

 

 それが自分の口から発せられたものだとは終ぞ気付けなかった。

 あまりにも弱々しい切なる声音は当人らに届くはずもなく。

 包帯が巻かれた右腕から力がなくなり、焼き鳥の入った包みがするりと彼女の手から零れ落ちて、無残にも地面に叩きつけられた。

 

つづく




次回

「邪仙現る! 美女の色香にご用心!?」



平成初期アニメのサブタイトルみたいになった
あ、主人公視点に戻りますんで
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