東方扇仙詩   作:サイドカー

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三十話くらいで完結させるとかぬかしてたけど絶対無理(懺悔)

前話ラストからちょっと遡って主人公side
茨歌仙やるならこのキャラ登場は欠かせねェ!


第二十四話 「邪仙現る! 美女の色香にご用心!?」

 日暮の鳴く頃に。

 ただし陰湿な殺人事件が起こる前触れではない。単に今の時をそれらしく表現したに過ぎない。いや、実際にはもっと遅い時刻かもしれねぇけど。

 とうの昔に陽は傾いており、頭上を彩るオレンジ色を通り過ぎて薄紫色に染まった疎らな星空と、その真下にポツポツと灯りが点き始めた人里があった。交互に眺めていると、鏡を向かい合わせたかのではないかと錯覚に陥る。

 今夜という舞台が始まって間もない。眠りにつくには早過ぎると言わんばかりに、老いも若きも人々が往来を行き来する。むしろオレにとってはこれから一日が始まる。日中にガッツリ寝れたおかげで頭は冴えて体も軽い。絶好調である。

「さぁて、それじゃいっちょ行きますか」

 コキコキと首を軽く鳴らして準備完了。ダンディズムな足取りで今宵も街灯りの中に颯爽と消えて行く。フッ、やはりオレは夜に生きる男。

 

「ってなワケで仕事ねーか?」

「ないね」

 慈悲の欠片もあったもんじゃない門前払いに「あぁそうかよ」と脱力してカウンターに頬杖をつく。

 御用聞きは一件目にして早くも空振りしちまった。つっても、頼み込むほど仕事に飢えている状況でもないため大して気にしちゃいない。そもそも仕事がないのも今に始まったことじゃねぇ。

 これまで何度か通っているうちに馴染みになりつつある酒場を訪れた。都合よく依頼客が転がってないか探したまでは良かった。しかしながら、生憎と右も左も呑兵衛ばかりで喧しい。

 

「当然。うちの店はこの時間帯が書き入れ時だから」

「ま、飲み屋ならそうだろーよ」

 

 ポーカーフェイスでオレに視線を飛ばす赤いショートヘアに青リボンが特徴の看板娘。ついさっき僅か三文字で即答してくれやがった張本人でもあった。給仕の真っ最中なのだが、首元を隠すマントにミニスカのコーディネートは相変わらず。

 

「バンキちゃーん! もう一杯ッ!!」

「はーい」

「バンキちゃん! こっちも頼むよー!」

「今行くから待ってて」

 

「スゲーな……」

 クールなろくろ首少女の人気は以前より聞いていたが、実際にその光景を目の当たりにするのは初めてだった。あっちこっちで彼女に来てもらおうと全然黄色くないだみ声が飛び交う。

 酒のおかわりを頼むお客様にはスマイル一つない接客で追加を持っていき、さりげなく屈んでミニスカの中身を覗き見ようとする不届き者にはお盆チョップが脳天に突き刺さる。セクハラ野郎の散りゆく潔さと女店員の容赦のなさの両方に肝が冷えた。そもそも、そこまでして見てぇモンなのか。

「…………」

 かつて突風に捲れ上がった時に垣間見えてしまった(ガン見はしてない)アダルティな紅色の布地を危うく思い出しかけた。ここから先は色々とアウトな気がして咳払いで回想を追っ払う。

「えっちなこと考えなかった?」

「……考えてねぇっつの」

「間があったわね」

 ジロリと看板娘にあるまじき冷め切った目つきで一瞥された。うっかり目を合わせないように気を付けながら誤魔化しておく。だからどうして女ってぇのはどいつもこいつも勘が鋭いんだよ。怖ぇだろうが。

 その後も彼女を求める声――正しくは酒と肴か、いずれにしても酔っ払い衆からのお呼びは鎮まる兆しを見せない。赤蛮奇も店内を忙しなく動き回っていた。これもうミスティアあたり連れてきた方がいいんじゃねーか?

「悪いけど忙しいの。注文しないなら相手しないから」

「っかー、わぁーったよ。また来る」

 赤い娘からそっけなく返されてはこちらも応じるしかあるまい。そう考えながら席を立つ。

 一仕事もせずにいきなり飲み始める気分でもなかった。とりあえず、しばらく適当にその辺を回ってからまた来るとしよう。なに、今宵は始まったばかりってな。

「じゃーな」

 悲しいことに、注文の一つもしなかったせいで「毎度あり」の一言もなかった。ったく、世知辛いなオイ。

 いっそのことヘルプの依頼でもしてくれれば手っ取り早かったものを。ま、今更言っても仕方ねーか。

 

 酒場の暖簾を潜り、外に出ると闇色の夜空と眩い月星の独壇場となっていた。独特の大人びた雰囲気を醸し出すこの時間帯はやはりオレにこそ相応しい。フッとニヒルな笑みが生じる。

 表通りから少し外れた道を歩いていくと、次第に通行人の数が減っていった。ついでに灯りの数も減る。しくじったか。そもそも客になりそうな対象がいないのでは意味がない。

 どうやら今日は運が良くない夜らしい。ま、そんな日もあるわな。しゃーねぇ。

 

「もし、そちらのお方」

 

 当てもなく彷徨っていたところに、ねっとりと絡みつくような甘ったるい女の声に掴まった。

 念の為、左右を確かめてみたが人通りは皆無に等しい。たった一人、妖しげな色気を放つ女を除いて。長屋の壁に背中を預けて、誰かと待ち合わせているかのような立ち姿。

 海よりも深い青色の髪を二つ輪の形に束ね、高質そうな簪を挿した美女だった。雄を惑わし惹き付けてやまない豊満な身体を見せつけ、大きく胸元をはだけさせた上下一体の水色の衣装。あまりにも妖艶な風貌に、キャバ嬢を通り越して風俗嬢なのではないかと疑ってしまう。

 ぶっちゃけエロいな、この女。やっぱり()()()()の店の回し者だろうか。裏通りだし。

「オレに言ってんのか?」

「まぁ酷い。わたくしたちの他に誰もいないではありませんの」

 暗闇でも分かるくらいに白い指を唇に這わせ、くすくすと囁くように愉しげな笑みを向けてくる。女性らしく長いまつ毛の下から、髪と同じ色の瞳で流し目を送ってオレを映す。さながら蝶が花々を遊覧するようでもあり、されど獲物を狙っている捕食者の目にも感じる。男なら誰しも虜にする危険な色艶があった。

 現にこの女に堕とされちまった野郎も少なからずいるであろう。コイツは「女」を武器にするのに己がとてつもなく優れていることを理解している。そういう手合いの貌をしていやがる。

 アダルトな遊び場へのご招待でも受けるのかもしれない。すると、件の女が唄を詠むような口調で言葉を紡いできた。

「他人の物ほど欲しくなることって、ありませんこと?」

「あ? そりゃ隣の芝生は青いってヤツか。つーか誰だよお前」

「あらあら、これは失礼を。申し遅れてしまいました」

 ゆったりと、やけに余裕を含む足の運びで青い美女が近寄ってくる。腰を揺らして()()を作る動作に、偶然にも運悪く(あるいは運良く)通りかかってしまったモブ男がいとも容易く目を奪われていた。が、女が先ほどオレにしたのと同じく流し目で微笑むと、男は気色悪く顔を赤らめながら足早に去っていった。野郎の赤面なんざ見たくねぇなオイ。

 やがて無駄に近い距離まで詰められる。さらに、たゆんと揺れる谷間から青い女が名刺を取り出し、そいつをオレに差し出した。って、名刺持ってんのかよ。

 というか近過ぎんだろうが! 大体お前どこにしまってんだよ! 艶めかしく人肌が残ってんじゃねーか!

 ひとまず受け取った紙切れに視線を落とす。花のイラストがあしらわれた媚びた文字でこう書かれていた。

 

『仙人 青娥娘々♡』

 

「は……仙人だぁ?」

 真っ先に飛び込んできた見逃せない単語に思わず声を上げる。このエロい女が仙人サマだってぇのか。いやいや冗談だろ。

 ところで娘々ってどう読むんだ。あ、下に振り仮名あったわな。どうやらコレで「ニャンニャン」と読むらしい。絶対源氏名だろ。あざとさこの上ない。

 とにかくツッコミどころがありすぎて名刺から女へと視線を移す。満足そうに片目を閉じていやがった。ハートマークの一つでも飛んできそう。

「そうですわ。仙人は()()だけではなくてよ、夜に生きる何でも屋さん?」

「けっ、知ってんのか。オレの個人情報はとっくにバレてるってことかよ」

「ええ、何せわたくしには壁などあってないようなもの。例えそれが噂話の壁であったとしても筒抜けなのですわ」

 得体のしれない言い回しとともに、彼女は髪に挿していた簪を引き抜いてチラチラと見せつけてきた。その髪飾りにどういう意味があるのかは定かではない。

 とりあえず、コイツと華扇が面識あるらしいことは何となく察した。ひとえに同業者だからなのか。

 しかしながら、八雲紫とはまた違った胡散臭さがプンプンしやがる。妖怪の賢者のそれを「計算高さ」と言い換えられるとすれば、一方こっちのエロ仙人は「腹黒さ」とでも表そうか。

 一度嵌まれば二度と抜け出せない。危険な罠だと知っていながらも、なれど理性は逆らえずに引き寄せられてしまう。甘々しい毒の蜜がドロリと滴る。

 突如として現れた妖艶な美女の正体は、まさかの仙人であった。ま、仙人がアイツ一人だけなワケねぇか。柔らかな桃色が脳裏をかすめる。

 青い仙人がオレの顔を覗き込む。彼女から漂う香水の匂いが嗅覚をつつく。いやに雌の存在を意識させられる香りにクラリとくる。

「動物と山住まいの仙人がご執心の殿方がどんなお方なのか。とても興味がありましたの」

「そうかよ。で、結局のところオレに何用だってんだ」

「うふふ、そう焦らずとも。実は折り入ってお願いがございますの。聞けば、どのような依頼も引き受けてくださるのでしょう?」

「フッ、報酬次第だな」

 ニヒルな表情で意味ありげに答える。なぜならオレは夜に生きる男。なかなか渋いだろ?

 やらしい店の勧誘かと勘繰ったりもしたが、どうやら客だったらしい。オレとしたことが早とちりしちまった。ったく、あの説教好きじゃあるまいし。またもや出てきたピンク色の膨れっ面をしっしっと打ち消す。

「どうかなさいまして?」

「いや、何でもねぇ」

 とにかく、そういうことであればオレとしても都合が良い。無駄足にならずに済んだだけじゃなく、本日の初仕事ときたもんだ。得体のしれない連中から依頼を受けた経験なんざ、繁華街に居た頃から何度もある。多少の厄介事なら手馴れている。むしろ望むところだ。上等。

 依頼内容は何だと問えば、青娥娘々なる女仙人は微かに首を横に振って瞼を伏せた。どうでもいいけど、ちょっとした仕草にも妙な色気を孕ませるのはワザとやってんのか。

「ここでは人目もあるやもしれません……少し、場所を移してもよろしくて?」

「ま、いーけどよ」

 先ほどのモブ野郎の他には誰も来ちゃいないというのに、目の前の女性は移動を申し出てきた。

 よほど内密に済ませたい重大な案件なのかもしれない。しかし、そのわりには焦った様子は見られなかった。その矛盾が一層の怪しさを生む。もっとも、仙人ともあろう者が慌てふためいたり……してたわ。すげーあったわ。

 謎の美女に導かれるままに足を進めていく。ほどなくして、彼女はススッと路地裏の闇に吸い込まれていった。街灯の明かりも届かない湿気た物陰染みた空間が奥に続く。青い女に次いでオレも身を滑り込ませる。

 もはや抜け道と大差ない細過ぎる通路を数歩ほど進んで、ようやく相手の足が歩みを止めた。漆黒に包まれた暗さの中心に、かの女の深い青色が一際に映える。さながら舞台に立つ女優みたいに思えた。

「ここなら良いでしょう」

 毒々しい甘味を垂らした蕩ける声色が僅かに反響し、鼓膜の奥を撫でていく。

「んじゃ、依頼について話してもらおうか。言っておくが、引き受けるかどうかは聞いてからだ。内容による。それで構わねーよな?」

「うふふふ、そんな大それたものではありませんわ。そう、とってもカンタンなこと……」

 そう呟いて瞬く間に、先刻よりも至近距離にまで詰め寄られてしまう。迂闊にも身動きが固まった。脳ミソが痺れそうな濃厚な甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

「――ッ!?」

 我に返り、後ろに退いて間隔を取ろうとするが、こちらが動くよりも手早く女が仕掛ける。豊満に熟れた双丘を押し当て、しなやかな細腕が白い蛇の如く背中に絡みつく。ついには乳房だけではなくその全身が密着する。あたかもオレの身体の隅々まで溶け込もうとしているかのようでもあった。

「オイ……ッ、何しやがる!?」

「何をと仰いましても、お支払いの一部をしているのに過ぎませんわ」

「んだと……!?」

 

「ねぇ……わたくしのモノになってくださらない?」

 

 幾人もの男共を虜にしてきた妖艶さを兼ね備えた美女が差し出す、甘美な誘い。

 しっとり濡れた息遣いが耳元に迫る。ふぅ、と息を吹きかけられてむず痒さに背筋が震えた。下手すりゃそのまま頬擦りまでしかねない色気に満ちた声が、上っ面の理性を剥がそうと指を這わす。

 誘惑という夢に溺れさせようと、青い仙人が一つ、また一つと言葉を吹き込む。

 

「もし、受け入れてくださるのであれば……」

 

 一度でも口にすれば堕ちる禁断の果実をチラつかせる林檎売りの悪女は、チロリと舌なめずりをしながら最後の誘い文句を言い放つ。

 

「わたくしのことを好きにしても構いませんから……えぇ、思う存分に……」

 

 その一言が、オレの中で全ての答えを叩き出した。もはや、そこに迷う余地などなかった。

 

 

 ゆっくりと、まるで憑りつかれた亡者を彷彿とさせる酷く緩慢な動きで腕を伸ばしていく。

 そして、全身に纏わりつく女の肩に手のひらを重ね――

 

 

 ほんの一瞬だけ、よく知った桃色の髪をもつ少女の悲しげな声、その脆く消えてしまいそうな幻聴が聞こえた。

 

つづく




なんか昼ドラっぽいドロドロした展開になってきたけど大丈夫か?




大丈夫だ、問題ない
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