東方扇仙詩   作:サイドカー

3 / 90
かつて前作を作る際、華扇とアリスがヒロインの物語にすると最終的にどっちかを選ばなければいけないので凄まじく苦悩してました。

そこで私は考えた。

彼女たちをそれぞれヒロインにした小説を別々に作ればいいじゃない、と。


第二話 「桃色の少女は仙人様?」

「先ほどは失礼しました……」

 テーブルを挟んで向かい側に座って早々に、件の少女がしおらしく頭を下げる。その拍子に桃色のミディアムヘアがさらりと流れた。

 申し訳なさげなしゅんとした顔をされては、強く言い返す気にもなれない。それどころか、こっちまで罪悪感が出てきてしまう。はぁ……やれやれだ。

 弾切れのマグナムを指で弄びつつ、気にしていないと態度で示しておく。

「ま、別にいいってこった。そもそもコイツはハッタリで使うモンだから、ああいうリアクションしてもらわないと逆に困るし」

「そ、そうですよ! そんな物騒な道具を使って騙すなんて人が悪いです!」

「んなこと言ったって、仕事柄要るときがあんだよ……」

 落ち込んだ様子で謝ってきたかと思えば、今度はプリプリと怒り出しやがった。変わり身の早いやっちゃな。

 オレらが陣取っている四人掛けテーブルを見下ろせば、山盛りの料理が乗った大皿や酒が入った徳利が所狭しと並べられていた。食い逃げ野郎を一瞬で捕まえたことへの店主からのお礼と、あらぬ誤解で胸倉を掴んで怒鳴ってしまったことに対するそこの女子からのお詫びの両方がある。

 二人しかいないのにもはや宴会コースの品揃え。完食できんのかコレ。

 挙句には、店にたむろっていた野次馬どもから「あんちゃん凄かったぞ!」「ありゃ大した手並みだ」「つーか黒いな!」などといった歓声が浴びせられ、オレは今や時の人となった。褒め称えるのは良いけどバシバシ肩叩くなやイテーよ。

 気さくというか大らかというか、オープンで友好的な連中が多い。この集落の気質なのかもしれない。

 なお、オレの大好物であるフライドポテトは「揚げ芋」という呼び名で出された。不揃いなチビジャガイモに衣をつけて揚げた田舎料理として。どっちかといえばイモ天じゃねえかよ!

 なし崩しでお新香をつついていると、同席するチャイナ娘が「あっ」と声を上げた。なんや。

 

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は茨華仙、これでも仙人をしている者です」

「綿間部 将也(わたまべ しょうや)。ま、知り合いからは『黒岩』の名で通っていんだけどな。何でも屋っつか便利屋やってる」

 

 互いに自己紹介を終えて、改めて彼女の容姿を確かめる。街でもそうそう見かけないほどの美人だ。中華衣装をアレンジしたような服を違和感なく着こなしており、個性的で目立つはずなのに周りから一切浮いていない。付け加えて自らを仙人と告げおった。おいおいキャラ濃過ぎだろーが。

 食事に戻ろうとした折に、新たな人物から声をかけられた。

 

「ああ、やはりここに居たのか。それに華仙殿も」

 

 落ち着いた涼やかなトーンの声は、またしても若い女性だった。

 茨華仙の全体イメージカラーがピンク色なら、その女は青色であろうか。ロングスカートも含め、衣服のほぼ全てが青で占められている。ストレートで水色な長い髪を携え、四角型の独創的な帽子を被っていた。なんだあのデザイン。

 声と遜色なくピシッとした誠実さが伝わってくる。仕事がデキる女タイプに該当しそう。

 実をいうと、彼女を見るのはこれが初めてではない。引っくり返って気絶するモブ男が連行される際、周りに色々と指示を出していたのがこの女だ。おそらく、それなりの立場にある重要人物。

 並みの男だったら勘違いをおこしかねない愛想の良い笑みで「同席しても?」と聞いてきたので、別に構わないと返しておく。では失礼して……、と彼女は茨華仙の隣にあった椅子に腰を下ろした。

 

「初めまして、私は上白沢慧音。この人里の守護者、といっても普段は寺子屋の教師をしているよ。今回は手間をかけさせてすまなかった。それとありがとう」

「黒岩だ」

「もう、それは偽名なんでしょう。慧音さん、あの男性はどうなりましたか?」

「泣きながら反省していたよ。それはもう号泣だった」

 上白沢女史が詳しく事の顛末を話し始める。

 モブ男は目を覚ますなり自分がまだ生きていると安堵して泣き崩れたらしい。その後は食い逃げの罪を悔やんでさらに泣き、事情を洗いざらい白状した。まともな蓄えもなく空腹に耐えられず、つい出来心から間が差してしまったのだという。結局、飲み食いした分の代金は迷惑料込みで後日キチンと支払うと固く誓ったそうだ。そら殺されるくらいなら代金払った方がマシだわな。

 概ねの内容を聞き、茨華仙が表情を和らげてほっと息を吐く。

「改心したのね。よかった」

「二人には感謝しているよ。けど、人里であんなに大きな銃声が鳴ったときはさすがに肝が冷えたかな」

「安心しろ。逆にいえば出るのはデカい音だけだからよ」

「そういう問題じゃありません!」

 再び茨華仙が目を吊り上げて声を荒げる。彼女が両手でテーブルをバンバンと叩く度に、卓上の料理や日本酒たちが軽く跳ねた。クラス委員長みたいなやっちゃな。どうでもいいけど零すんじゃねーぞ。勿体ないから。

 ともあれ、オレにとってもコレは丁度良い展開となった。仙人様に人里の守護者様とくれば、情報を集めるのにこれほど優れたカードは他にあるまい。さりげなく言っていたけど人里っていつの時代だよ。

「茨華仙、それと上白沢女史。この世界についてある程度の情報が欲しいんだが、知っている範囲でいいから教えてくれねーか?」

 オレがそう切り出すと、前に座る二人の女性はキョトンと目を瞬かせた。隣同士で顔を見合わせた後、再度こっちを向く。なんやこのコントっぽい反応。

 最初に茨華仙が訝しげに口を開く。

「此処は幻想郷ですけど……え、待って。あなたが外来人なのは身なりで分かっていたけど」

「君は何時からこの場所、いやこの世界に来たんだ?」

「ついさっきだ。一時間も経ってねーな」

『えぇ…………』

 今度はオレの事情を彼女達に伝える番だった。

 仕事を片付けて港で海を眺めていたら、長い金髪をもつ奇妙な女に話しかけられたこと。話し相手を頼まれたので適当に付き合っていた最中、目玉模様の悪趣味な空間がいきなり現れて為す術なく飲み込まれてしまったこと。そんで気付けば全く見覚えのないあぜ道のド真ん中に突っ立っており、ひとまず遠くに見えた明かりの群れを頼りに歩いてきたところまで。

 食い逃げ野郎の件については今更説明するまでもないだろう。まして片やその場に居た当事者だ。

 大雑把に話し終えると、それまで黙って聞いていた茨華仙がポツリと口にした。

「八雲紫」

「やくもゆかり?」

「その女性、あなたを幻想郷に連れてきた者の名前よ。スキマを操る能力を持つ妖怪の賢者。この幻想郷を創り出した張本人でもあるわ」

「っかー、ここにきて妖怪かよ。いきなり異世界要素をブチ込んできやがったな」

 しかも創造主にして賢者だと? 個性強過ぎんだろ。

 いよいよもって異世界らしくなってきたわな。もっとも、あんなワケわからん亜空間を見せられちゃ疑う余地もありゃしない。認めるしかあるまい、此処はオレの知る世界とは違うのだと。

 というか此処に来てまだあの女と出くわしてねーんだけど。人のこと拉致しといて放置プレイとか、放任主義者にもほどがあんぞ。

「只者じゃねぇと思っちゃいたが、いくらなんでもキャラ濃過ぎねーか?」

 

「うふふ、そんなに褒められると照れてしまいますわ」

 

「うぉっ!?」

 振り返ったら奴が居た。正確には俺の隣だが。

 噂をすればご本人が同じテーブルで煮魚をつついていた。おかげで四人掛けの席が全て埋まる。

 断りなく料理に手を出されたのもあってなのか、またまた茨華仙が眉間にしわを寄せて身を乗り出す。お前さっきから怒ってばっかじゃねーかよ。

「紫! あなたはまたそうやって!」

「はぁい。まさか幻想入りして僅か数十分でこうも派手にやってくれるなんてね、何でも屋さん?」

「ミス八雲」

「あら、そのような畏まった呼ばれ方をされるなんて思いませんでした」

「あんた、この世界の創造主にして妖怪の賢者なんだろ? どう考えても最強ランクじゃねーか」

「お褒めに預かり光栄ですわ。それで、この世界は気に入っていただけましたか?」

「少なくとも退屈することはなさそーだな」

 お伽噺みたいな状況が現実に起こっている。子どもの頃に憧れた摩訶不思議に満ちた世界。

 この短時間で仙人にワーハクタクに妖怪の賢者と、強烈な個性の持ち主と三人も知り合えた。実に愉快、あまりに痛快。きっと他にも多種多様な輩がいるのだろう。

 インパクトあるキャラどもを相手に、オレという個性を存分に発揮できると思うと、自ずと高揚してくる。

「こらー! 無視しないでください!」

「まぁまぁ華仙殿、ひとまず冷静に……」

 外野がうるさいが、とにかく当面の方針は決まった。幻想郷とかいうこの世界に、オレの存在を轟かせてやろう。夜の街に生きる男、報酬次第で仕事を請け負う何でも屋。ただし、殺しと一部の依頼はカンベンな。

 繁華街はしばらく留守になるが、どうせここ最近はおつかいみたいな雑用しか依頼がこなかったのだ。ちょっとの間ぐらい、オレが居なくても何とかやっていける。むしろ不在になったことでオレの存在感の大きさを知るがよい。

「では、交渉成立と。慧音、人里の住民が一人増えることになるけどいいかしら?」

「構わないが、今すぐ彼が住める空き家があるかどうか……」

「でしたら、餞別としてこちらをどうぞ」

 そう言って八雲紫が一旦箸を置き、虚空に指をかざす。すると、例の亀裂(スキマ、と呼ぶらしい)が生じて中から何かがドサッと床に落ちた。

 くたびれたボストンバッグに、キャンプ用のテント一式が入ったナップザック。なんともはや、オレにとって非常に身近なものであった。なぜならば、

「うっわ、マジかよ。オレの家財まるっと全部じゃねーか……」

「あなた向こうでどういう暮らししていたんですか……?」

 茨華仙が怒りを鎮める代わりに呆れの様相を浮かべる。言っておくがホームレスじゃねぇかんな。

 簡潔にいえば、知り合いの貸倉庫で寝泊まりしていたのだ。しかし所詮は単に寝床としての拠点に過ぎず。それさえも帰る頻度は少なく、実際はあちこち転々とした。テントは万が一に備えて用意しておいた仮住まい。

 ま、コレで当面はやり過ごせるだろ。台風とかが来たら、その時は宿にでも泊まればいい。要はいつもと変わらない戦術である。フッ、繁華街だろうと幻想郷だろうとオレはオレのやり方を貫くまで。

「んじゃ、テキトーに邪魔にならん所にでも拠点を構えさせてもらうわ。ついでだ、ここでも何でも屋の仕事を始めさせてもらうけど良いか?」

「ああ、了解した。君の方こそ困り事があったら遠慮なく言ってくれ。力になろう」

「私も手伝います」

 上白沢女史に続いて、なぜか茨華仙も協力を申し出てきた。出会いがしらの無礼をまだ気にしているのであれば、酒と肴でとっくにチャラにしている。いくらオレでも清算済みの件を蒸し返すほど悪趣味じゃねえ。

 その旨を伝えると、彼女はゆるやかに首を横に振り、出会ってから初めて見るたおやかな笑みをオレに向けた。

 

「確かに出会いはあのような形になってしまいましたが、ここで繋がるのもまた縁。それに、私は人に近付きたかったから仙人になりました。これは私の望みでもあるのです。ですから、協力させてください」

「……そーか」

 

 周りをそっと包み込むかのような穏やかな雰囲気は、仙人というよりまるで天女の姿を彷彿とさせた。真面目で説教くさい性格かと思ったが、他者に寄り添う真心があればこそなのかもしれない。

 厚意を足蹴にするのはあまりに不躾だ。そもそも未知の世界にいる以上、味方は多い方が良い。別に茨華仙の綺麗な笑顔にほだされたワケじゃない。

 真摯に見つめてくる彼女に、こちらも軽く頷いて返してやる。

「オッケー。なら頼むわ、茨華仙」

「どうかこれからは名前で呼んでください。華扇、と……」

「ヴェ? いや、そりゃちょっとな……」

 知り合って間もない若い女を早くも下の名前で呼び捨てろって、オレにそんなチャラいマネをしろというのか!? うっわ、想像しただけで背中がムズムズしてくる。いくらなんでも夜に生きる男には似合わない。

 だが、どう返したもんかと煮え切らない態度を取るオレに、彼女からさらなる追い打ちがかけられてしまう。

「あなたは何でも屋なのでしょう? では、これが私からの最初の依頼です。報酬は、そうですね……料理を一品追加でどうでしょうか」

「……なんつーか、何でも屋ってのを都合良く解釈されている気がしねーでもねーんだが」

「どうしても嫌……ですか?」

「ぐぅ……」

 あー、くそったれ。女性と話す機会が少なかったから答えに困る。

 なにゆえ彼女がそうまでして名前呼びに拘っているのかは解せないが、どう見てもオレがイエスと言うまで終われない無限ループの流れだ。

 しゃーねえ、降参だ。

「はぁ……わーったよ。これからよろしく頼むわ、華扇」

「はい、綿間部」

「…………!」

「綿間部? どうかしましたか?」

「あ、いや……何でもねえ」

「?」

 こてん、と可愛らしく小首を傾げる茨……華扇からわずかに目を逸らす。

 初対面の相手から名前を間違えられず呼ばれたのは初めてだ。いつも渡辺と間違えられるのに。そういう事情もあって黒岩の呼び名が定着していたというのに。

 ちなみに黒岩の名称は、街であらゆる人から「にーちゃん(格好が)黒いわー」「あなた本当に(服装が)黒いわね」などと言われているうちに定着したものである。

 ぶっちゃけると黒岩の方がオレ自身も馴染んでいるんだが、久しぶりに本名で呼ばれるのも……案外悪くなかった。

 上白沢女史と八雲紫が生暖かい眼差しで見守っているが断固無視する。明らかに勘違いしてるヤツだ。

 ご要望に応えたおかげだろうか、やけに上機嫌な華扇がニコニコとオレに徳利を差し出してきた。

「さあ、一献どうぞ。幻想入りの記念と、私たちの親睦の証に」

「わりーな」

 お酌された日本酒をクイッと喉に流すと、間髪入れずに酒を注がれる。

「さ、どうぞ」

「お、おう?」

 それを飲むとまたもや次がお猪口の中に流れ込んでくる。

「さあさあ」

「え、えぇ……華扇?」

 なんだろう、やたらグイグイ来るんですが。しかも笑顔が崩れていないのに言葉に表し難い圧がある。どうしてこうなった……?

 はた、と。一つの心当たりに行きついて、同時にイヤな汗が背中を滴り落ちた。恐る恐る、真相を問いただす。

「なあオイ、華扇」

「何ですか?」

「……お前、さっき人前で恥かかされたこと怒ってねーか?」

「ふふ、いやですね。そんなはずあるわけないじゃないですか。それよりも飲みましょう? 私が注いであげますから………………イツマデモ」

「いやこれもう絶対に根に持ってるヤツだろォ!?」

 アウトォオ!! この女、オレを酔い潰して仕留める気満々やでぇ!!

 ここにきて桃色の髪をもつ幼気な乙女の背後に、滾る闘気と般若の幻影を垣間見てしまった。コイツ本当に仙人か!? むしろ鬼かなんかじゃねぇの!?

 ヤバいヤバいヤバい、このままでは我が命が風前の灯だ。そうだよ、今がまさに困り事じゃねーか。

 時は来たれり。救いの女神に一縷の望みをかけて、彼女らの名を呼ぶ。

「上白沢女史、ミス八雲。助けてくれ」

「あはは……彼女はウワバミだから気を引き締めてかかるんだぞ?」

「女に恥をかかせるのは罪。罪を犯したらキッチリ落とし前をつけるべきなのでしょう? 黒岩」

 救援要請を軽く流して、二人とも素知らぬ顔で料理に箸を伸ばす。んだよもー! オレよりもメシかよ!

 

「逃がしませんよ? 綿間部」

 

 砂糖が蕩けるような、あまりに甘すぎる声に背筋が凍った。

 百二十点満点の眩い笑顔を張り付けて、華扇がこちらにズイッと迫ってくる。うわっ、よく見ると目が笑ってねえ!

 負けずに言い返してやりたいところだがおっかなくて無理無理。夜を生きる男たるオレが敵わないとは、どうやら幻想郷はとんでもねぇ世界のようだ。

 

「イ、イタダキマス……」

 

 結局このあとメチャクチャ飲まされた。

 

 

つづく




次回から本格的に幻想郷ライフ!

あと今作主人公のお気に入りアニメはもやしもんという設定です。
「醸すぞ」を口癖にしようかと悩んだ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。