「ん~、それにしても……」
「どうしたのヘカーティア様?」
まじまじとオレの顔を眺める主の行動に気付き、全身隈なくアメリカ仕様の妖精が疑問の声を上げる。
どうやら当人も意識して呟いたワケではないらしい。「あぁ」とようやく自覚したかのような反応を見せた。
「ごめんなさい、ちょっと気になっちゃって。彼ったら全然動じないんだもの。ほら、私はこれでも女神だし、そこの彼女は仙人なんでしょう。ただの人間には気まずかったりしないのかなーって」
「いいや、まったくこれっぽっちもねーわな」
「まぁ……綿間部の場合は無礼なだけかもしれませんけど。言葉遣いも乱暴ですし」
「んだよ、やっぱり跪いとくか? 女神サマの天罰が下る前によ」
「うぅん、そのままでお願い。私が地獄の女神だと知っても変わらない態度で接されるの、男の人が相手なのは新鮮だから。私もその方が嬉しいかな」
気さくなことを口にしながら地獄の女神がオレに眼差しを送る。微かな笑みを浮かべて。
またエラく友好的な神がいたもんだ。そのうえ服装もイマドキという。下手すりゃ今までで一番馴染みやすい格好かもしれない。ドンキで似たようなコーディネート再現できそう。帽子のアクセは知らんけど。ま、地球儀かプラネタリウムセットで代用できなくもなかろう。
傍らで、仙人サマがぷくぅっと頬を風船みたいにしてお小言をぶつけてきた。
「ですが、そろそろ綿間部は態度を改めるべきです」
「あ? 本人がイイつってんだからいーだろ。気にすんなや」
「そういう問題じゃありません!」
雑っぽい態度であしらおうとしたが余計に不興を買ってしまった。クソマジメ系には見過ごせない事態らしい。とはいえ今更オレがどうこうするつもりもない。よって不可。
そんなワケでいつも通り説教を聞き流す。すると、ますます唇を尖らせる桃色ミディアムヘアの女。だからイチイチ距離を詰めんなっつの。顔が近ぇだろうが。
責める華扇と責められるオレを、さも愉快そうにヘカーティアが傍観に徹する。クラウンピースは欠伸してやがった。こちとら漫才やってるワケじゃねぇっつの。笑ってないで助け舟を寄越してほしい。
ほどなくして、女神サマからも質問が飛んで来た。
「結局、あなたの名前はどっち? 自分で名乗ったのと彼女が呼んでいるので違うみたいだけど、私はどう呼ぶべき?」
「別にどーもこーもねぇだろうが。呼び方なんざ適当に決めろって」
「あ、だったらブラザーかな」
「それだけは止めろ」
「Boooo! いくらヘカーティア様でもダメ! ブラザーって呼んでいいのはあたいだけだもん!」
「あらら」
ちんまいガキんちょのちっぽけな我儘に困らされたみたいな苦笑いを浮かべ、でもどことなく楽しそうに頬に手を重ねる。あたかも我が子の微笑ましさを見守る母親の如し眼差しは、確かに女神らしくあった。この場面を絵画にすれば美術館にでも飾れるかもしれん。もっとも、コレで題名が「地獄の主従」ってんだからある意味世も末ってか。
つい話しが逸れちまった。それで、オレの呼び方についてだったか。正直、ブラザー以外なら何だって構わない。そもそも悩むことでもあるまい。慣れ親しんだ呼び名で十分だ。
「黒岩でイイだろ」
「フルネームは?」
「多分ありませんよ。そちらが偽名ですから。本名は綿間部将也です」
「オイコラ、勝手にヒトのプライバシーをバラすなや」
「何を言いますか。名前など隠すことでもないでしょうに」
「だからってお前なぁ」
「へぇ、なるほど……」
オレに代わって華扇がベラベラと何もかも暴露しやがった。ったく、こういうのは本名を伏せるからこそカッコいいんだろうが。
ま、黒岩の通り名はオレが名乗り始めたものではなく、いつの間にか勝手に付けられていたモンなのだが。ともあれ、ただでさえ呼び間違えられる名字している身からすれば、こっちのが色々と都合が良いのは事実だった。いっそ本名よりも名乗った回数が多いまである。
しばし考え込む女神サマ。そして彼女が導き出した結論はよりにもよってコレであった。
「じゃあ、今から将也くんって呼んでもいい?」
「え゛――」
「えぇぇえええええええ!?」
オレのリアクションを掻き消して、素っ頓狂な大声ともども華扇が勢いつけて立ち上がった。もはや挙動不審な域でそわそわしてやがる。「何で!? どうして!?」と疑問符が顔中に書かれている有り様であった。いやその反応が何でだよ。
とりあえず謎の奇行に走った仙人サマは一旦スルーして(どうしたらいいのか分からん)、オレは彼女の提案を受け入れることにした。別にクソみてぇな渾名を付けられたワケでもなし。些か意表を突かれちまったものの、よくよく考えずとも拒む理由は思い浮かばなかった。
テメェの好きにしろというニュアンスも込めて、ちょい悪な渋い笑みをキメる。
「フッ、いいんじゃねーのか」
「うん。よろしくね、将也くん♪」
「…………おぉ」
ところが、いざ本当に呼ばれてみるととてつもなく違和感があるのだと身を以って知るハメとなる。下の名前で呼ばれたのなんざいつ以来だったか。あまりにも呼ばれ慣れていないせいで、不意打ちでやられると自分を指しているのかさえ分からなくなる。我ながらどうかと思うが。
しかも茶目っ気混じりのトーンでやられたから動揺しちまった。こりゃ勘違いするチョロい男子が続出しても可笑しくねーわ。おねーさんキャラの思わせぶりな態度ってぇのは、下手な色仕掛けよりもよっぽど心臓に悪い。
ふいにシャツの肩口をくいくいと引っ張られた。位置的に誰がやったかなど確かめるまでもない。案の定、犯人は薔薇付き中華衣装の仙人サマであった。いつの間にか座り直していた模様。
やけに緊張しているというか妙に強張った面持ちでオレを上目遣いで覗き込んでくる。赤みがかった瞳が僅かに潤んでいる。口ごもりながら、彼女は控えめに言葉を零した。
「あ、あの……し、しょう……」
「って、誰が師匠やねん」
「違いますッ!! やっぱり何でもありません! わ た ま べ!!」
「なんで強調すんだよ……」
「ふんっ」
数秒前までの殊勝な態度はどこへやら。鋭い眼光で思い切り睨みつけられた後にそっぽを向かれた。理不尽過ぎる。つーかよぉ、いきなり師匠呼ばわりされたら誰だって意味分かんねぇだろーが。
前触れなく緊張したり急に怒ったり、相変わらず感情表現が忙しい桃色仙人に為す術なし。今夜は特にテンションの温度差が激しい気さえする。それに振り回されるのがオレだけというのも割に合わない。どうしてこうなった。
なけなしの文句混じりに同席者を見やれば、ヘカーティアはやはりくすくすと笑いを堪えられておらず、クラウンピースもぽかんとしていた。やはり漫才の類いと勘違いしてないか、この女神サマは。
「そろそろ行こうかしら。クラッピーも一緒にね。帰ったらお話しの続き、聞かせてくれるかしら?」
「ラジャー!」
米国アーミーをマネしたつもりなのか金髪フェアリーが敬礼で応じる。ただしラフ過ぎて敬意の欠片も無い。もはやコイツ地獄じゃなくてアメリカの妖精なのではあるいまいな。
いつまでも野原のド真ん中で喋り込んでいるワケにもいかない。やがて頃合いを見計らってヘカーティアが腰を上げた。グラデーション色&チェック柄のミニスカ越しに尻の辺りを手で払えば、それに合わせて短い裾がチラチラと際どく踊る。最後まで裸足のままであった。
彼女を筆頭に残った面々もお開きムードで立ち上がる。なお、女神と妖精のコンビは地獄に戻るそうだ。そもそもヘカーティアの目的はクラウンピースのお迎えだったのだ。そらそうなるわな。
「しばらくしたら、またこの子を幻想郷に送るから。その時はお願いできる?」
「はい、構いませんよ。ね、綿間部」
「勝手に返事したうえで圧をかけんなよ。……ま、気が向いたら考えてやらんでもない」
「まったくもう、素直じゃないんだから」
「そんなもんだろ」
少なくとも否定はしてない、ぐらいの返事で言葉を濁しておく。その返しのせいなのか、華扇が妙に生暖かい笑みを寄越してきた。そのうえ、「ありがと」と女神サマからも微笑まれた。あちらとしてはそれでも十分らしい。明らかにヤル気の感じられない態度だったにもかかわらず。ったく、どいつもこいつも調子狂わせやがって。
地獄の女神と地獄の妖精が立ち去ろうと背中を向ける。されどその時、保護者の方が「あ、そうだ」と思いついたように振り返った。早々に足を止めてきただけに面食らってしまう。
イカした黒Tシャツのおねーさんがオレと顔を合わせて言葉を紡いだ。
「やっぱり貸しじゃなくて、私なりに考えたお礼で今すぐ返しても良い?」
「っかー、律儀な女神サマだこと」
「そりゃ女神ですから。そうでなくても恩には報いるものよ。それで、どうかな?」
「そこまで言うなら気が済むようにやりゃイイだろうよ。オレは止めねぇ」
「フフ、じゃあ――」
脈絡なくヘカーティアがオレの右側に回り込む。大人っぽいだの年上の余裕だのと表現したとて、そこはやはり女性。横に並ぶとオレより身長は低く、赤いセミロングヘアの頭頂部がちょうどこちらの肩と同じくらいの高さに届く。
一体何をするつもりなのかと怪訝に思っていると、次の瞬間、彼女は両腕を首の後ろに回してきて背伸びを取った。
ちゅっ
「…………ハ?」
「んなぁっ!?」
さながら小鳥が啄むように、頬に微かに触れた小さく柔らかい唇。一秒にも満たない出来事なのに、その音だけはハッキリと耳に届いた。
向こうは既に身体を離しており、パチッと手馴れたウインクを投げてきた。
「正真正銘、本物の女神からの祝福のキスよ。ちなみにファーストキスだからね」
「ウソだろ、オイ……」
「な、なっ、ななななぁああああああ!?」
予想の斜め上を突っ切るお礼の仕方だった。もはや唖然とするしかない。つーか何してくれてんだ。
呆気にとられて棒立ちするオレとは裏腹に、仙人サマがガクガクと体を震わせながらオレを指差す。つくづく今夜は一段と感情の落差が著しい。何が彼女をそこまで大きく揺さぶるのか。にしても過剰反応にも程があんだろ。ポルターガイストを目の当たりにしてもこうはならんわ。
挙句の果てにこれだけでは終わらなかった。まさかの模倣犯が現れやがったのである。
「ヘカーティア様だけズルい! あたいもやる!」
「ちょおまっバカ――」
トチ狂ったことを抜かしやがった金髪フェアリーが主とは反対側のポジションまで突撃をかます。そのまま助走をつけたジャンプでオレに飛び付いた。
むちゅぅーっ!
先ほどとは違って押し付けるようでもあり若干吸ってる感触が左頬に伝わる。こっちは三秒くらいかけてから離れていった。
してやったりな得意げな顔をしたクラウンピースが勝利のVサインを決める。ピースだけにってか。って、何抜かしてんだオレは。怒涛の急展開に理解が追い付きそうもねぇ。誰か説明してくれ。
「本物の妖精からの祝福のキスだぜ! もちろんファーストキスな!」
「お前ら主従揃ってどんな考え方してんだ……!?」
左右の頬に残る仄かな湿り気が生々しい。このご時世にお礼のキスだと。妙なところでグローバル化しやがってからに。特にクラウンピース、ズルいとかそういうレベルの中身じゃねぇわ。
「またね、将也くん。ちゃお」
「バァーイ!」
スマートなウインクに片手を軽やかに振る女神。イラストに描いたみてぇな動作ですら完璧にこなしていた。彼女の容姿や性格の為せる業であろう。違和感なさ過ぎて逆に驚きだわな。妖精の方は見た目通りつき敢えて何も言うまい。
今度こそ地獄ペアが手を振り去っていく。連中がいなくなったあたりで、そういえば華扇がすっかり静かになっていたことに気付いた。ほんの数秒前まで悲鳴を上げて騒ぎ立てていたくせに、どうしちまったんだか。
そう思い、そちらへ顔を向けると、
「はぅ…………」
目をグルグルと渦巻き状に回して腰を抜かし、その場にへたり込んだまま頭から湯気を出している桃色仙人の姿があった。
「オィイイイイイ!?」
思わずオレまで大声出しちまった。ちょいと目ぇ離している隙にどうしてこんな風になってんだよ。今にも魂が抜けそうなレベルで気を失っているヤツの肩を掴んで揺する。
「ちょバカッこんな所で気絶すんじゃねーって! ここをキャンプ地にする気かコラ!」
もし置き去りにしてオレだけ帰ろうものなら後日説教と折檻のオンパレードがオチなのは目に見えている。「何で勝手に帰ったんですかぁ!?」と喚かれること必至だ。というか、酔いつぶれたワケでもないのに介抱されられるとかどうなってんだ。
かといって、タクシーも通らないド田舎異世界じゃ送り届けることもできない。しかもコイツの家あんのは山奥ときた。せめて八雲紫がこの場にいたならば、あの奇怪な亜空間経由でどうにかなったであろう。だが無情、スマホも普及してないんじゃ呼び出せねぇ。コレ詰んだわ。
絶賛放心中の華扇はしばらく戻ってきそうもない。もしかしなくても、コイツが目を覚ますまでこのまま何もない野っ原で待ちぼうけ確定の瞬間であった。
オイコラ地獄の主従コンビ! 全然祝福の効果ないんですけどォオ!?
地獄へ戻る途中。
「ねーねー、ヘカーティア様」
「ん? なぁに、クラッピー」
クラウンピースが主であるヘカーティア・ラピスラズリを呼ぶ。何かと問えば、つい今しがたの出来事について聞きたがった。妖精らしい純粋な眼差しを受けて、地獄の女神も優しげに続きを促す。
「どうしてほっぺにしたの? キスってマウストゥマウスじゃないの?」
幼さゆえか恥ずかしげもなく直球で質問を投げる妖精。何ともはや、良くも悪くも怖いもの知らずである。
さりとて、たとえおませな質問であっても大人のおねーさんは茶化したりしない。それどころか、よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑みを深めた。ただし、どことなく面白そうな様相にも見えた。
「フフッ、それはねクラッピー」
「うん」
真摯に耳を傾ける可愛い臣下に主は諭すように言い聞かせる。
ぶっきらぼうな黒に連れ添うマジメなピンク色を思い浮かべて、地獄の女神は内緒のポーズに似せて唇に人差し指を当てながらイタズラっぽく片目を閉じた。
「その場所はもう、とっくに予約が決まっているところだったからよ」
つづく
次回 主人公の弱点が明らかに!?
第三十四話 「××コワイ」
××のところに答えが入りますのよ