東方扇仙詩   作:サイドカー

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今回は東方鈴奈庵の某話が元になっております

キャラ崩回(誤字に非ず)かもしれませんぬ
いつもの二倍くらいの文字数があります

ゆっくりしていってね


第三十四話 「ユーレイコワイ」

「で? オレを呼んだのはあんたか。上白沢女史」

「うむ、よく来てくれた。黒岩」

 

『何でも屋を見かけたら、彼に集会場まで来る旨を伝えてほしい』

 とかいう言伝が人里中に出回っていたらしい。今宵も仕事探しがてらうろついていたら複数の村人連中から呼び止められた。どいつもこいつも口を揃えて同じ内容を告げてきたのは記憶に新しい。意外と浸透していたのか。オレが何でも屋というのも。

 そいつぁさて置き、こちとらテントで仮住まいの身の上。特定の場所に店舗を構えているのでもなく、居所は常に不明というのがセオリーである。ド田舎異世界な幻想郷ではスマホも役立たず。そもそもこの地の輩はケータイなんぞ持っちゃいない。

 アナログ通り越して原始的でさえあるが、伝言というのは理に適ったやり方といえよう。唯一の欠点は、あっちこっちで転々と伝播していくせいで肝心の言い出しっぺが分からんことか。それ一番重要じゃねーのか。

「ま、行けばハッキリすんだろ」

 そのうち掲示板でも設置すべきなのかもしれん。当然、合言葉はXYZ。殺し以外なら引き受ける何でも屋。そう、オレは夜に生きる男。

 

「ここか……」

 道に迷うこともなく指定された場所まで足を運ぶ。いかにも人々が集まる目的で作られたような和造建築が眼前に構える。実に分かりやすい目印だった。

 一階建てだが見劣りはしない。それどころか、その辺の民家と比べて大きさも広さも上回っているほど。一つのスペースに相応の人数を収容するレイアウトなのは言うまでもない。稗田邸には及ばないにしても、カタブツ染みた厳かな風貌をしていた。

「呼び鈴もなし、か……しゃーねぇ」

 ノックもせずに出入り口の引き戸に手をかけ、勢いよく全開にして来訪を告げる。

 オレを待っていたのは、見知った顔の女教師。腰まで届く青い髪と青ベースの洋服に四角い帽子が平常運転であった。集会場と謳っておきながらテーブルすらないがらんどうの空間に、一人静かに腰を下ろす。彼女はオレを見ると相好を崩した。

 そして冒頭の会話に至る。以上。

 

「立ち話も疲れるだろう。さぁ、上がってくれ」

「おう」

 上白沢女史に促されて遠慮なく土足を脱ぎ捨てる。その後、適当な所に見当をつけてドスンと雑に胡坐をかいた。かろうじて座布団ぐらいはあったので勝手に使わせてもらう。

 その間にも、彼女は自ら持参したと思しき水筒から麦茶を注ぐと、すっとオレに差し出した。

「どうぞ」

「どーも」

 あまり冷たくない麦茶で喉を潤していく。温いというほどでもないし文句はない。水分補給ができるだけ十分だ。

「急に呼びつけてすまないな」

「気にすんな、仕事だろ。にしても寺子屋じゃねぇのは珍しい」

「フフ、私だって常に寺子屋にいるわけではない。住居だって別にあるよ」

「ほーん……てっきり寺子屋があんたの家だと思ったんだが。職員室が自室とかな」

「まさか」

 世間話に花が咲く。いきなり本題に入るのではなく、他愛のないトークで場を温めるくらいには互いに親睦を深めていた。オレだって誰彼問わずビジネスライクな冷血漢ではない。繁華街にもそれなりに近しい間柄もいたしよ。

 しょーもねぇ雑談で和んだ矢先に、人里の守護者サマが表情を引き締めた。どうやら本題に入るらしい。さて、お仕事の時間といこうか。

「わざわざ場所を此処にしたのも、できるだけ大事にしたくないからなんだ。君にある調査を依頼したい」

「調査だぁ?」

 

曰はく、ある日を境に夜な夜な人里の桜の下に現れる女がいる。

曰はく、里の若い男連中が、あたかも夢遊病の如くふらりふらりと彼女の元へ引き寄せられる。件の女に操られているのではないか、との説が囁かれている。

曰はく、女は男と逢瀬を交わし、男から恋文を受け取る。それが目的か。

曰はく、標的となった男らには操られいた間の記憶が一切なく、誰もが同じく「その日の夜は家でぐっすり寝ていた」と供述する。どうやら冗談抜きで覚えてないらしく、何らかの思惑あってその女を庇っている、といった素振りもない。

 

――そして、当事者がご覧の有様であるからして、噂の女が一体何処の誰なのか、その正体は誰にも知り得ない。

 

「なるほど、それは奇妙な話ですね」

「ってオイ、いつから居たんだお前はよ」

 上白沢女史が事のあらましを話し終える頃には、いつの間にかこの場に居る人物が一人増えていた。

 包帯の巻かれた右手を顎に添えて、マジメな顔して考え込んでいる仙人サマの姿あり。真顔でシリアス決めていやがった。相変わらず、オレの行く先々で出くわす女であった。

 ちなみに人里の守護者サマも特に驚いてなかった。あるいは、途中から居たのに気付いてたか。

「ったく、どこからともなく出てきやがって。ミス八雲かよ」

「む、失礼な。私はあそこまで好き勝手ではありません。ちゃんと弁えています」

「どっちも似たようなモンだろーが」

「……へぇ、そうですか。どうやら綿間部とは一度きっちりお話しをしなければなりませんね」

 無駄に圧のかかった無表情で華扇が詰め寄る。中華衣装の胸元に咲くバラの花飾りがすぐ眼下にまで迫る。毎度のことだが近ぇっつの。

 ヘカーティア・ラピズラズリの一件があって以来、この女のスキンシップというかボディタッチというか、とにかく無防備さが増した気がしないでもない。何の偶然か知らんけど。

「ま、まぁまぁ二人とも。えっと、話を戻しても良いだろうか」

「あっ、すみません」

 見兼ねたのか守護者サマが申し訳なさげに間に入る。その雰囲気を察して、華扇もバツの悪そうな顔で頭を下げた。ざまぁと言う代わりにフッと鼻で笑ったら肘で小突かれた。だから痛ぇって。それ立派なエルボーだかんな。

 地味に痛む脇腹を摩りつつ、オレは諦めたような溜息を吐いた。またコイツに振り回されそうな予感がする。

 

「要するに、その女について調べりゃイイんだろ?」

「その通り。黒岩には本人に接触し、素性を明らかにしてきてもらいたい。それが今回の依頼になる」

「調査すんのは構わねぇけどよ……そこまで気にすることか? 聞いてる限りじゃ、何人もの野郎共をとっかえひっかえしてラブレター貢がせてるだけのただのメンヘラ女じゃねーか。いやまぁ、それもそれでヤベーけどよ」

 オレがそう問うと依頼人は小さく頭を振った。その表情は若干苦々しい。

「確かに今のところは、な。怪我を負ったとか直接的な被害は出ていない。それでも、操られている間の記憶が一切ないというのは、やはり穏やかじゃないだろう。いざ何かあってからでは遅い」

「そーか。人里の責任者ってぇのも大変だな」

「私からも一つ良いですか? そもそも、当事者が忘れているのになぜそのような話が出回っているのでしょう?」

 ごもっともな質問を華扇が投げる。言われてみりゃ確かにそうだ。頭良いな、お前。

 されど感心したのも束の間。その答えは実に単純なものであった。トリックもクソもなし。世の中そんなもんである。

「既に人里内で噂が流れているんだ。おかげで変にざわついてる節もチラホラと……もはや怪談の扱いさ。未だに実害がないというのも、危機感を薄れさせているのだろうな」

「はっ、どこも噂話がお好きなこって」

 皮肉交じりに鼻で笑い飛ばすと、上白沢女史がさらに眉尻を下げた。おそらく、注意して回ってはみたもののイマイチ効果がなかったとか、そんなところであろう。

 出会った瞬間に殺されるだの物騒ならまだしも、相手がメンヘラじゃどうしようもねぇわな。

 しかし、どうやって記憶を奪っているのやら。薬物を盛ったか記憶飛ぶほどディープに魅了したかあるいは物理的な手段に出たか。おおよそ見当はつくが、確信には至らない。

「実物を見ないことには分からずじまいってか」

 いずれにしても、上白沢女史の言い分もあながち的外れでもなかろう。何せ、このままラブレターを貰うだけで満足な清いお付き合いのマネゴトで終わる保証もないのだ。

 男と女に因んだ問題。俗にいう痴情の縺れってぇのは時にドロドロした生々しさを併せ持つワケで。恐ろしいこって。昼ドラみたいな展開にならなきゃイイが。

 

「ま、噂の内容がそっくりそのまま正解とは限らんか。ひょっとしたら、狙った男を骨の髄までしゃぶり尽した後に置き捨てる淫乱ビッチなんつーオチも有り得る。それなら記憶がごっそり抜け落ちてんのも分からんでもねぇ。イロイロと搾り取られましたってか?」

「綿間部ッ!!」

 

 オレのぼやきにすかさず華扇が怒鳴り声を上げた。怒りと周知に赤くなった顔には「破廉恥です!」「はしたない!」「このスケベ!」「馬鹿者!」等々ありとあらゆる非難のメッセージが浮き出ている。

 これ見よがしに初心染みた反応していやがるが、コイツ自分が普段どんだけ無防備なところ晒してんのか分かってねーだろ。はしたないのはどっちだ。

「へーへー、すんませんねぇ」

「何ですかその態度は!」

 桃色仙人の睨みつける攻撃を適当に受け流してやりすごす。上白沢女史も赤面こそしていなかったが、気まずそうにオレ等と目を合わせようとしなかった。

 

 

「つーかよぉ、わざわざオレが行かなくてもあんた一人でどうにかなるんじゃねーのか?」

 人里の守護者ハクタクならメンヘラ女の一人や二人、現行犯で取り押さえるぐらいなんてことなかろう。

 が、彼女はオレの意見に否を唱えた。

「かの者は男性を前にしたときにしか現れないらしい。私が待ち伏せしてもあまり意味を成さないんだ。変装で男のフリをすることも考えたけれど、それも見破られるかもしれない。そう考えると、やはり男性が出向くのが最も確かな手法だ」

「ま、だろうな」

「ですね」

 オレと華扇が揃って頷く。だったら聞くんじゃねェよとは言わないでほしい。

 ついでにチラリと人里の守護者サマと仙人サマを順繰りに見やる。中性的な顔立ちをしているならいざ知らず、どっからどうみても女それも見目麗しい美人ときた。

 しかも両者ともにサラシを巻き付けたくらいでは到底誤魔化せないであろう、豊満に女性の象徴が出ている。平たくいえばグラマラスなスタイルの持ち主。男装なんざ端っから無理だわな。

 どうにも先の質問もあってオレが渋っているようにでも映ったのかもしれない。依頼人は苦い表情のまま言い辛そうに明かす。

「他に当てがないこともないんだ。ただ……」

「ただ、何だってんだ?」

「いや……そのうち一人は何というか、女性に弱いところがあってな。下手をすればミイラ取りがミイラになる恐れも」

「ダメだろそれ。敵に塩送ってどーすんだよ」

「分かっている。もう一人ならばその点の心配はいらないのだが、生憎と『外』の世界から流れついた物や骨董品にしか興味がない。だから人里まで足を延ばすことも滅多になくて」

「ああ、あの男ですか」

「知ってんのか?」

「ええ。魔法の森で古物商を営む変わり者です。半分妖怪でもあるので人選としては悪くないのですが、彼女の言う通り協力を仰ぐのは難しいでしょう」

 お手上げと言わんばかりに首を横に振る華扇。寺子屋の先生サマも苦労しているようだ。里の男どもはむしろカモにされている身なので戦力外だ。消去法からいっても使えそうな手札は決まったも同然。すなわち、オレを除いて他になし。

 事情を喋っているうちに守護者サマの口調に熱が籠り始める。まさに力説といった具合に。どうにかしてオレに協力を取り付けたいのが十分過ぎるほどに伝わってくる。

 別に断る腹積もりなんざこれっぽっちもないのだが。とりあえず、このまま聞いてみるか。

 

「黒岩なら霍青娥の色仕掛けも効かなかった実績もある。仕事柄、それなりに腕も立つと聞き及んでいる。そして、例の者が出没するのは決まって夜だ。どうだろう、彼に任せても構わないだろうか。華仙殿?」

 

「待てや、なしてオレじゃなくてこっちに聞くんだよ。おかしくねーか?」

「え? それは、まぁ……」

 面白半分で好きに喋らせていたら、最後らへんで妙な展開になってきて思わず待ったをかけた。そらそうだろ。本人差し置いて偶々この場にいた仙人サマに許可を求めるとか。

 すると、さっきまでの苦々しい顔はどこへやら。「言わなくてもわかってるくせに」と言いたげな生暖かい視線に照らされる。ちっ、これ下手に言い返すと却って墓穴を掘るパターンだわ。ノーコメントが正解だ。

 一方で、許可を求められた華扇はといえば、ほんの少しだけ考える素振りを見せた後、晴れ晴れしく頼りがいのある笑みを浮かべて大きく頷いた。

 

「構いません。困っている人がいるとあれば、手を貸さぬ理由などありませんから。確かにこの件、綿間部が適任でしょう。この人が簡単に魅了されてしまうような男性ではないことはよく知っています。…………だから苦労してるんですけど」

「何でお前が苦労すんだよ」

「んなぁッ!? きき、聞こえたのですか!?」

「この近さで聞こえねぇハズねーだろうが。難聴持ち鈍感系主人公じゃあるめぇしよ。やるならもっと小声でツイートしろや」

「わっ忘れなさぁあいッ!!」

「ちょバカお前――」

 飛び掛かってきた華扇に押し倒される。オレの腹に跨った桃色仙人の体重と尻の感触をモロに受ける。彼女は身動きとれぬオレに向けて両手を伸ばし――

 

 

~しばらくお待ちください~

 

 

「お、お見苦しい所を……」

「い、いや……大丈夫だよ。ハハハ……」

 乱れた着衣を整えながら桃色ミディアムヘアの女が肩を縮こまらせる。これには上白沢女史もぎこちなく乾いた笑みで応じるしかない。オレは床に大の字で寝ッ転がったままであった。頭がクソ痛ぇ。

 自爆した華扇に胸倉を掴まれて、忘れろ連呼しながら前後にガクガクを凄まじく揺さぶられ、その度に後頭部を床にしこたま打ち付けられた。畳じゃなくて木の床だったのも余計にダメージが効いた。瘤できたらどうすんだ。

「とにかく! 私も手伝います」

「それは助かる。もちろん私も立ち会うつもりだ」

「んだよ、お前らも来るのか」

 ようやく頭の痛みとふらつきが抜けたところでのっそりと起き上がり、愚痴っぽく呟いた。ついでに華扇に今しがたの理不尽について物申してやろうとしたら、ぷいっとそっぽを向かれた。オイコラ。

「私と華仙殿は物陰に隠れて様子を見る。そのくらいなら向こうも気付かない筈だ。もし不測の事態に陥ったしても助太刀できるし、黒岩にとっても悪いことではないと思うぞ」

「ま、保険があるに越したことはねぇか。それでええわ」

 無論、たとえ相手が女一人だとして油断するつもりはない。メンヘラなだけならまだマシだが、サイコパスだった暁には包丁の一本でも隠し持ってるかもしれん。その程度でオレがやられる状況にはなるまいが、念の為ってやつだ。

 

「作戦はこうだ。まず、黒岩があらかじめ準備しておいた偽の手紙を持って例の場所へ赴く。私と華仙殿は近くで待機。その後、張本人が現れたら――」

「手紙を細切れに破り捨てて『お前を殺す』とでも言えばイイのか」

「そんなわけあるか」

「そんなわけないでしょう馬鹿者」

 

 軽く冗談のつもりで口を挟んだのだが思いの外マジになって否定されちまった。ったく、泣けるぜ。あと馬鹿者は余計だろーが。

 作戦と呼ぶほど大袈裟なモノでもねぇ。早い話、噂のメンヘラ女がのこのこ姿を見せたら、どこのどいつか確かめるだけ。もし可能だったらその場で確保して上白沢女史に引き渡す。何ならオマケで仙人サマの説教でもつけてやれ。

 各々の役割を再確認したところで、女教師が「よし」と手を叩いた。

「決行は明日の晩にしよう。手紙は私が準備しておく。黒岩は……折角だ、できればそれらしく身なりを整えておいてくれ」

「遠回しにオレのファッションセンスをバカにしてねぇか?」

「違う違う。別に他意はないよ。念には念を入れておきたいだけだから。とはいえ、気に障ったのなら謝ろう」

「そこまで豆腐メンタルじゃねーよ。だから謝んな」

 それに彼女が言わんとしていることも理解している。

 あたかも女に魅了されて誘い出された哀れな男を演じる必要があるのだ。なのにいつもの感覚でオレが乗り込んで行ったらカチコミと大差なくなっちまうわな。メンドクセー注文がきやがったのに変わりはねぇけど、より確実な依頼達成のためだ。しゃーねぇ。

「その辺りは華仙殿に頼めますか?」

「お任せください。真っ直ぐで誠実な男性に仕立て上げてみせますね♪」

「オイ、分かってんだろうな? あくまで恰好だけやぞ。ここにきてまた修行とか言い出すなよ」

「最短で良ければ一日でも修行できますけど?」

「頼むから止めろ。勘弁してくれ」

 余計なマネをされないように、前もって釘を刺しておく。嬉しそうな声出しやがって、まさかまた滝に放り込むつもりだったとか言わねぇよな。

 ひとまず、今夜のうちにでも酒場に行って他にネタがないか探りを入れておこう。何も目撃情報に拘る必要もない。ソイツがマトモかそうじゃないかの判別ができれば上出来だ。

 女に手を上げるのは正直いって気が進まないが、会話の通じないキチガイだった場合、切り札を突きつけて脅すのもやむを得ない。いくらメンヘラでも拳銃かナイフを向けられたら降参すんだろ。

「改めて黒岩。今回の依頼、引き受けてくれるだろうか?」

「フッ、いいぜ。乗った」

 調査の依頼は繁華街でもやってきた手前、そこそこ慣れている。よほどのヘマをしない限り、失敗はまずない。

 さぁて、腕が鳴るとはまさにこのこと。何でも屋の本領発揮といこうか。

「報酬は出来高にしとくぞ。金額交渉も犯人をトッ捕まえてからだ」

「了解した。では、皆で協力して挑もう……

 

 

 怨霊に」

 

 

……………………

 

「………pardon?」

 うっかりクラウンピースの口調が感染しちまった。

 待て待て待て待てマジで待って欲しい。たった今、女史からとんでもねぇ単語が飛び出したきやがったんだが。オレの聞き間違いか?

 呆気にとられて次の言葉が出てこないオレの横で、さして驚いた風もなく華扇が尋ねる。

「状況からいって妖怪の仕業なのは予想していましたが、確かなのですか? 怨霊というのは」

「恐らく、の域は出ないのが正直なところだ。とはいえ、現れるのも消えるのも脈絡なく、まるで煙のようだったという証言もあった。そのうえ、ただの幽霊の仕業にしては些か悪質な行いだと思わないか」

「なるほど。それもそうですね」

「……あと褒められたことではないのだけど、この一件にはもう『怨霊の恋文』なんて名前まで付けられている。大事にしたくないと言った手前情けないことだが、実のところ結構周知の事案でな……」

「そこまで知れ渡っているのに霊夢は一体何をやって――あぁ、女性の前では姿を見せないのでしたね」

 女二人の会話が耳に入ってこない。より正確には、聞こえてはいるのだが素通りするだけで頭に入ってこないのだ。背中にじわりと滲み、纏わりつく冷や汗が不快極まりなかった。

 落ち着け。まだコイツらにはバレていないハズだ。このまま上手くやり過ごせ。

 

「黒岩はどう思――って大丈夫か!? 凄い量の汗だぞ!? というか毬みたいに縦に揺れてて怖いんだが!?」

「お、おぉおおおお可笑しなコトを言うものだな、きゃみ、上白沢女史ぃ? ふゅ……フッ、オレはいたっていつもどぅおぉりですがナニカ?」

「いやいやいや、微塵もそうは見えないぞ。顔色も真っ青じゃないか。もしかして具合が悪いのか?」

「気にすんな」

「しかし……」

「問題ねぇから。マジで」

「……そ、そうか」

 ニヒルに笑ったつもりが口の端が引きつってヘンな感じになってしまう。そこも力技でゴリ押した。とにかく、具合が悪いだけと思われているなら不幸中の幸い。女教師の追求から逃れるように顔を背ける。

 と、こちらを見ていた華扇とバッチリ目が合った。赤みがかった瞳が純粋な眼差しを送ってくる。

 この時ばかりは咄嗟の返しができなかった。しかしながら、それが痛恨のミスとなった。この失態を、オレは数秒とかからずに後悔することになる。

 

「…………」

 はじめはただ視線が重なっただけだった。

 

「…………?」

 キョトンと小首を傾げて不思議そうにオレの顔を眺めていた彼女は、

 

「――っ!」

 やがて何かに思い至ったかのように頭上の豆電球を光らせると、

 

「………………へぇええええ?」

 クッッッソ意地悪そうなニヤけたツラでサムズアップをかましやがった。声のトーンも後半に行くにつれて高くなっていく。右上に曲がった矢印を再現したような、そんな上げ方であった。

 

 そしてついに、ヤツは言ってはならないことを、ハッキリと言い放った。

 

 

「もしかしてぇ……綿間部ったらお化けが怖いの?」

 

 

「Bakka Oh Yeah!! ン゛ン゛ッ――ばっバカを言え! そ、そんなワケねぇえーだろ! そんなワケねぇええーだろぉおお!!」

 口をへの字にして天井を見上げる勢いで踏ん反り返って荒い鼻息を飛ばす。ガッチリと両腕を組んで男らしさを見せつけるが、胡坐した膝がカタカタと震えているのは隠せなかった。

 当然、そんなオイシイ部分をみすみす見逃す茨木華扇ではない。

「へぇ~~? へぇ~~~??」

 愉悦に塗れた声を漏らして、中華衣装の女がオレをニヤニヤと覗き込んでいるのが嫌でも伝わってしまう。コイツっ、今までにないぐらいに楽しそうにしてんぞ。きっと極上の笑顔を浮かべているに違いない。

 やけっぱちになって麦茶を一気飲みしようとして、されど中身が入っていなかったことに気付く。やっちまった。もはやただのアホだろ。

 空の容器に対して憎々しげに舌打ちするも、お構いなしにヤツからの追い打ちがかけられる。むしろ隙を見せてしまった。

 オレの耳元で桃色ミディアムヘアの仙人が甘い声で囁いた。

「まさか綿間部にこんな弱点があったなんて、良い事を知ってしまいました……♪」

「だから違ぇと」

「うふふ。心配しなくても怨霊なら私の手で捕まえられますから、ちゃーんと守ってあげますね?」

「ぐぬぬ……ッ」

 いつも取り乱されている(大抵自爆)仕返しのつもりなのか、意気揚々とからかってくる茨木華扇。包帯の巻かれた右手をグーパーと開いたり閉じたり。してやったりなドヤ顔が腹立つわ。

「にへへぇ~」

「ったく、何わろてんねんチクショウが」

 

 あっけなくバレてしまったオレの隠し事の一つ。

 白状しよう。オレは、幽霊の類いが大の苦手なのである。

 

 

 

 目の前でじゃれ合っているとしか映らない男女。そんな彼らの様子に人里の守護者、上白沢慧音はどこか不安そうに言葉を零した。

 

「本当に、大丈夫なのか……?」

 

 

つづく




大丈夫だ、問題ない。
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