東方扇仙詩   作:サイドカー

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ヒロイン不在の連続なんて喘息になっちゃいそうだわ

過去編後半
その夜、青年はトラウマと出会う


第三十四・五話 「独白 partB」

 大学生っつーのは案外ヒマなんだろうか。

 最終日たる七日目まで、秘封倶楽部は足繁く通ってきやがった。挙句には、ここに来る途中でコンビニに寄って酒とツマミまで買ってくる始末。どうしてこうなった。

「やっほ、クロ」

「だからその犬みてぇな呼び名どーにかなんねぇのかよ」

「え? 無理」

「ったく、即答か」

「今晩は。お邪魔するわね、黒岩君」

「……どーぞ、ご自由に」

 帰れと突っぱねたとしても強引に押し入ってくるのは二日目で実証された。無駄な抵抗はせず、渋々といった具合に招き入れてやった。女子大生どもは遠慮なく和気藹々と上がり込む。

 しかしながら、宇佐見みてぇな突撃タイプの相方をしているだけあって、マエリベリーも何気に肝が据わっている。あるいは単にどっかズレてんのか。いや、だからこそ息の合ったコンビなのかもしれん。

 事故物件で女子大生それも日本人と外国人に挟まれて宅飲み。今更だが、つくづく意味が分からん状況だと自分でも思う。もっとも、そうなった理由は分かり切っている。心霊現象など何一つ起こらなかった。これに尽きる。

「じゃあ今日も一日お疲れ様でしたぁ! カンパーイッ!」

「テンション高ぇーな」

「というより、これからが私たちにとって本番なんだけどね。一応は」

「何よー、いらないっていうの?」

「そうは言っとらんだろーが」

 五分と経たずに絡み酒と化した黒髪の女子大生から缶チューハイを引っ手繰り、一気飲みする勢いで喉を鳴らす。金髪の女子大生は柿ピーをポリポリ齧っていた。良いところのお嬢さん染みた容貌に反して、意外と庶民的な菓子が似合う。そのギャップがなかなか面白い。

 何となく見入っていたからだろう。マエリベリーが訝しげにこちらに視線を向けた。

「えっと……どうかした?」

「何でもねぇよ。オレにもそっちくれや」

「ええ、どうぞ」

 誤魔化しがてらちゃっかりツマミも貰っておく。ありきたりな味だが定番とも言い換えられる。安酒には妥当な組み合わせであろう。大体、こんな場所で高級酒を飲んだところで風情もへったくれもありゃしない。

 

「でさー、聞いてよクロ。キャンパス内で私とメリーに堂々とナンパしてくるチャラい男たちがいてさぁ。やんなっちゃうわ」

「そーかい。ま、見た目イイからなお前ら」

「お、褒めてる?」

「フッ、どーだろうな」

「えー……そこは肯定するところじゃないの?」

 

 所詮、噂は噂の域を出るに至らず。『マジで幽霊が出る』なんてデマが流れるのもよくあるパターンでしかない。そもそも、オバケだ幽霊だなんて代物は妄想の産物に過ぎないのだ。幽霊の正体見たり枯れ尾花。心霊写真なんぞ影が人の顔っぽく映っただけの偶然をこじ付けただけ。

 

「そしたら蓮子ったら『私たちには一週間毎日会いに行っている男性がいるので無理です』なんて言い出すんだもの」

「もしかしなくてもオレのこと言ってんのか。つか、その言い方だとオレが二股かけてるみたいじゃねーか。しかも隠そうともしてねぇし」

「でも、発言内容に嘘は含まれていないでしょう? 実際こうして黒岩君のところに来ているもの」

「っかー、屁理屈コネやがって」

 

 そう、この時までは思っていた。

 

 最初に異変に気付けたのはマエリベリー・ハーンだった。

「ねぇ……二人とも……あれ、何……?」

「え?」

「あぁ?」

 強張った表情と声音で金髪ガイジンが指を差す。指先を追いかけてオレと宇佐見が揃ってそちらを向く。記憶が正しければ、そこには狭苦しい玄関口しかない。

 そのハズだった。つい先ほどまでは。

 だが、今は違った。

 

 人が居た。気味が悪いほどに全身に血色が感じられない、青白い肌をした女。いつの間に侵入してきたのか。扉を開けた音すら聞き逃させて、ソイツは気配もなく玄関口に佇んでいた。

 

 まるでどこぞのホラー映画を彷彿とさせる。ノースリーブで白だけを用いた薄い格好。これで青空と草原が背景であればさぞ清涼なシチュエーションだったであろう。けれど、現状では違う意味で寒気を感じてしまいかねない。

 女は沈黙を保ったまま俯いている。不自然に長い前髪がダラリと垂れ下がり、顔を覆い隠す。

 またしても招かれざる客のお出まし。されど女子大生どもの反応を見る限り、コイツ等のダチが遅れてやってきたという展開は考え難い。

「念の為に聞いておくが……知り合いじゃねぇんだな?」

「う、ううん。知らない人」

 焦った様相でブンブンと首を横に振りながら宇佐見が否定する。ひょっとしたら、あの女も噂の真実を確かめにきたクチなのかもしれない。いかにも陰キャくせぇしよ。

「オイ、あんた何者だ?」

 問いかけるが無反応。返事はおろか顔を上げようとすらしない。軽く酔っているのも加わって、ちっとばかしイラッとした。あからさまな不法侵入の時点で十分アウトだってぇのに、こっちの質問にも答えないときやがった。この仕打ち、秘封倶楽部よりも性質が悪い。

 シカトぶっこく謎の人物を睨みつける。今度はマエリベリーがなるべく穏やかなトーンで話しかける。

「あの、部屋を間違えていませんか?」

 残念ながらそれはない。例の自殺事件があったどさくさで、ただでさえ数少なかった住人が軒並み立ち退いてしまった。もはやこのアパートには誰も住んでいない。そんなことは初日に確認済みだ。

 同性からの問いかけにもヤツは微塵も反応を示さなかった。その不審さに黒髪と金髪も不安を覚え始める。

「ちょっと……何かヤバくない? あの女の人」

 ほろ酔いなど吹っ飛んでしまった宇佐見が声を潜めてヤツの異様さを訴える。同感だ、と軽く頷いた。どう考えてもマトモじゃねぇだろ。

 まず顔色どころか露出した肌の色が上から下まで隈なく青白い。血色が悪過ぎるにも程がある。アル中とヤク中とニコチン依存のトリプルコンボをキメればああなるのだろうか。はたまた、夢遊病患者が施設を抜け出してこの部屋まで彷徨い込んできましたってか。どうあれ、あんなザマで健康体なんてこたぁなかろうよ。

 しかしながら、答える気もない輩にいつまでも問答かましたって埒が明かない。

「……ったく、クソッタレめ」

 悪態をつきながらも立ち上がり、一歩ずつ、侵入者の元へ足を進める。

「あ、クロ……」

「気を付けて」

 背中にかけられた心配する声に「わかっとるわ」と雑っぽく返しつつ、オレは謎の女と対峙した。気色悪いぐらい生気が感じられない。

 さて、サツと救急車のどっちを先に呼んだものか。

 

「このまま立ち去らねぇなら通報すんぞ。いいのか。嫌なら何か言いやがれ」

 脅しをかけても相手は喋らない。ピクリともしない。初っ端からこちらの声など聞こえていないかの如く、只々そこに在る。

 ブッ続けでガン無視するその態度が、いい加減に癪に障った。

「せめて顔ぐらい見せたらどーなんだ? オイ」

 普段ならば無闇に女には手を上げたりしない。だが、それも堅気であればこそ。よって今に躊躇う義理もなし。不審者確定な女の肩を掴もうと右手を伸ばす。

 

 しかし、その手のひらは肩に触れることなく素通りした。

 

「……………は?」

 

 擦り抜けた?

 

 理解できず目を疑った。いくら瞬きをしても眼前のソレは変わらない。

 確かに女の肩に手を乗せたハズだった。間違えようがない。視界や手元が覚束なくなるほど酔ってもなければ、かといって避けられて空振ったワケでもない。なのにコレはどういうことだ。他人に触れた手応えなど、全くもって伝わってこない。

 

 代わりに感じ取れるのは、冷蔵庫の奥に指を突っ込んだのにも似たヒンヤリとした冷たさ。

 

 何より、

 

 手首から指先に至るまで全てが、女の体内に尽く埋もれてしまっていた。

 

 

『――――――――――……』

 

 

 刹那、部屋中の空気が凍り付き、死に絶えた。オレも宇佐見もマエリベリーも喉に息を詰まらせた。ゾワゾワと鳥肌が立ってくる。嫌な予感がして堪らない。

 ふいに。青白い女がゆらり、と身体を揺らした。やがて、恐怖を煽る不気味な緩慢さを伴って、それまでずっと俯かせていた顔を上げていく。長い前髪が開け、そのツラが露わになった。

 

 感情はおろか生命すら喪い果てた白目を剥いて、オレら三人を射抜いた。

 

『ギャァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

 

 絶叫。刃物や拳銃を向けられるのとはワケが違うおぞましさが背筋を逆撫でした。

 ホログラム、手の込んだイタズラ、性質の悪いドッキリ企画。ありとあらゆる可能性が片っ端から崩れ去っていく。()()がこの世ならざる存在なのだと、脳ミソが警鐘を鳴らした。理屈ではなく生存本能が次の行動を起こした。

 オレは即座に身を反転すると、腰を抜かして座り込む(こんな時でもちゃっかり女の子座り)女子大生どもの脇腹にそれぞれ左右の腕を回して担ぎ上げた。

「きゃあ!?」

「あんっ!」

 女とはいえ二十歳そこらの人間を片腕一本ずつで持ち上げられたのは、咄嗟に湧き出た火事場の馬鹿力に他ない。脇腹が敏感なのか金髪の方が変な声を上げやがったが気にかけてなんざいられない。

 秘封倶楽部を道連れに窓辺へと全力で走る。夏場だったのが幸いした。窓は全開にしてある。網戸が邪魔だが、あの程度であれば障害にもなるまい。

「ちょぉ!? ここッ、二階……!?」

 宇佐見が喚くが知ったことか。繁華街の乱闘で仕込まれたミドルキックで網戸を蹴破った。ベリィッ!と容赦のない音を立ててブチ抜けば、その先に夜の世界が広がる。皮肉にも、今宵も良い夜空。

 やがて宙に留まる一時の浮遊感が終わりを告げる。あっという間にかのアインシュタインが唱えた万有引力による落下感へと移り変わった。まさしく文字通りに転落していく。

 

「いやぁあああああああ!?」

「キャァアアアアアアア!?」

 

 再三にわたって乙女達の悲鳴が迸る。コイツ等を離すまいと両腕を気張らせた。

 数秒後、約十メートルの高さからアスファルトの地面を踏みつけた。三人分の重みを一身に受けた衝撃が痺れとなって靴裏から脳天にかけて立ち上る。クッソ痛ぇ。それでも着地成功。骨も折れてなければ二人も無事だ。

 となれば、残された策はただ一つのみ。

 

「逃げるんだよぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 オレは現役女子大生を右と左に一人ずつ脇に抱えたまま、人通りのない夜道を叫びながら走り抜けていった。振り返ったらオワリだと。立ち止まったらヤられると。決して足を止めることなく。

 

 

 あのあと「アレはヤバいマジでヤバい」という証言をいち早く伝えんと、依頼主に連絡を取った。

 オレの報告を受けたスピーカー越しの声がガタガタと震えており、あっちも顔面蒼白なのは想像に容易かった。念入りにお祓いするか、思い切って取り壊すか。後処理はオーナーの采配に任せるとしよう。

 生憎と調べるまでがオレの仕事。その先についてはオレが関わるところじゃねぇ。

 

 秘封倶楽部の二人とはそれから会うことはなかった。思えば現地集合の日々だったため、連絡先を交換する必要もなかった。どこの大学かも聞いてなかったし、オレも居所が不特定な何でも屋。再会する機会はまず訪れない。

 さすがに彼女等も今回の一件でサークル活動を自重するのだろうか。いや、あの二人、特に宇佐見のことだ。喉元過ぎちまえば熱さもすっかり忘れて、そのうちまたあちこち飛び回るに違いない。そんでマエリベリーも何だかんだで付き合う。そういう連中であった。

 

 さて、とんでもねぇ騒動になっちまったとはいえ、とりあえず依頼は完遂したワケで。ようやく普段通りの日々に戻れるかと思いきや、むしろここから先が本題だったりする。

 

 それから数日間、オレの身の回りに不幸なコトが相次いだ。しかも、どれもこれもが妙なタイミングの悪さによるものばかり。

 馴染みのバーに飲みに行こうとした時。外付けタラップを上る途中、足を乗せた一枚が外れて危うくオレまで落下しかけた。しかし不可解なことにブツの劣化は見受けられなかった。

 お洒落な高級ラウンジで飲んでいた最中、真上にあったシャンデリアの吊るし紐がプッツリ切れてオレの脳天目がけて降ってきた。紙一重の差で回避が間に合ったが、周りに飛び散った大量の破片が最悪のシナリオを物語っていた。こちらも劣化はおろか装飾を取り換えたばかりだと言われた。

 キャバクラで飲んでいたら、偶々近くを通りがかったキャバ嬢のヒールが前触れなく折れた。あっさりバランスを崩して転ぶのになぜかオレも巻き込まれた。その拍子に彼女の胸や尻を思い切り掴んでしまう。

 

 兎にも角にも、不慮の事故の大盤振る舞いが三日三晩も続くとあらば、いくらオレでも気が滅入る。野暮ったい目つきが日に日に悪くなるのは仕方のないことだった。

 これもうアンラッキーデイを通り越してアンラッキーウィークなんじゃねぇか。

 半ばヤケクソになって繁華街の占い師(インド人、占う度にブッ叩きつけていちいち三万円もする水晶をブッ壊さなければならない)の店へ愚痴りに行った。

 ところが、よりにもよってそこで事の真相が明らかとなる。

 占い師はオレに悪霊が憑りついているなどと抜かしやがった。悪ふざけも大概にしろと食って掛かるオレを制して、悪霊とやらの特徴を次から次へと羅列していく。一つ一つが告げられる毎に、数日前と同じ寒気を味わった。

 なぜなら、あの時に出くわした得体のしれないナニカと何もかも一致したのだ。占い師が「悪霊の名はッ!!」とかやけに迫力込めて叫んでいたがちっとも耳に入ってこない。ぐにゃり、と視界が歪んだ。

 ()()はあの晩から既にオレに付きまとって、いや憑き纏っていた。恐らくは、現に今も狙い続けている。憑りつかれたオレには一切見えず感じ取れないかたちで。こちらには為す術もないというのに。

 

 

 結論からいえば、オレが呪い殺されることはなかった。まさか占いのオプションサービスでお祓いやら除霊やらが可能とは思うまい。サービスとか言いつつそれなりの額で追加料金も取られちまったが、ついでに諸々と聞くこともできた。

 原因はいくつかあったらしい。アレに触れてしまったのもその一つに考えられるそうだ。他にも男に対する恨みつらみとか。だとすれば、あの女子大生どもには被害はなかろう。どちらにも該当しないのだから。

 その後、冗談抜きで不可解なアクシデントの連続はピタリと止み、今度こそ事件は幕を下ろしたのであった。そして再びオレは夜に生きる男として、繁華街を颯爽と歩いていく。

 

 

 ただ、あの時に右手に感じた気味の悪い冷たさだけが、未だに記憶から消えてくれない。




ちなみにゆかりんと邂逅するのは大体一年後とかその辺

次回から本編へ戻ります
イイ感じな男女がお化けイベント、何も起こらないハズがなく……?
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