東方扇仙詩   作:サイドカー

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普段マジメな子ほど吹っ切れた時に性欲がハンパないってあるじゃん?

いえ、他意はないんですけどね


第三十六話 「クンカクンカ」

 貸本屋の娘っ子がメンヘラ怨霊に憑りつかれた事件から幾夜が過ぎ去った。

 辛い戦いであった。失われた犠牲は大きかった。何せオレが苦手とするモンがよりにもよってあの女にバレちまった。痛いっつーかイタいわ。

 もっとも、意外にもその心配は杞憂で終わったのだが。

 てっきり最高の笑顔でおちょくられるのだとばかり思っていたというのに、いざ蓋を開けてみれば何もなかったときたもんだ。拍子抜けしたというか身構えて損したというか。いや、何もなくもなかったか。謎の不機嫌期間があったわ。

 最後まで原因不明なのは釈然としねぇけど、下手に刺激して思い出し怒りされるよりかはマシであろう。触らぬ仙人サマに祟りなしってか。

 つまるところ問題は全て時間が解決した。んなワケで茨木華扇との関係はいつも通り――

 

「起きてください。もう朝ですよ」

 

 ――そう、相も変わらずいつも通りに収まった。他人様の寝床に勝手に忍び込んで、あまつさえご丁寧に叩き起こしてくれるところまで含めて、まったくもって()()()()()でしかない。

 瞼を開かずとも誰だか分かっちまう聞き慣れた声に意識を揺すられる。うららかな微睡から引き摺り出されていく。ついでに腹に掛けていたタオルケットも奪われた。ってオイ、腹が冷えるだろーが。

「ぐぉ……?」

「やっと起きましたね」

 眠気も抜けず、かろうじて薄目を開ける。そんな微かな視線さえも見逃さずに微笑みかける若い女と目が合った。柔らかな桃色のミディアムヘアと白いシニョンが目を惹く。かつてオレが居た繁華街でもそうそう見かけないレベルの美しい顔立ち。

 女はさっきまでオレの腹にあったハズのタオルケットを胸元に抱いていた。「渡しませんからね」っつー意思表示のつもりであろうか。ガッチリと強めに抱え込んでいる。

 そのせいで、有り得ないぐらい豊満な二つの膨らみがますます強調されて目のやり場に困った。寝起きの男の前でその無防備さは余計に性質が悪い。もはや何も言うまい。

 はぁ、と欠伸と溜め息が入り混じる。

「んだよ……まだ朝じゃねーかよ……」

 オレがそう悪態をつくと、仙人サマはむっと眉間にしわを寄せて顔を近づけた。その拍子に女らしい仄かな甘い香りがした。凛とした声音がオレのすぐ目と鼻の先から発せられる。イロイロと近ぇよ。

()()ではなく、()()です。私が起こしに来ないとすぐにこうやって怠けるんですから」

「ったく、朝から説教は止めーや。つーか毎朝モーニングコールかますとかお前はオレの嫁か」

「よっ!? よよよよよ嫁ぇええッ!?」

「だーもう! いちいち大声出すな」

 寝惚けながらの軽口ごときにメチャクチャ動揺しやがって。天下の仙人サマともあろう御方が、タオルケットを抱えたまま赤面してあわあわしておった。

 お小言したかと思えば顔を真っ赤にしてテンパったり。こんな感じで表情豊かで見ていて飽きない。それが彼女、茨木華扇だ。

 耳元で騒がれては二度寝もしんどい。だらしなく上半身を起き上がらせて盛大な欠伸をかます。夜に生きる男が女ひとりに振り回されるとは、カッコつかねぇぜ。

「あー……ねむ」

 オレとこの女を取り巻く異世界ライフはまだまだ始まったばかりに過ぎない。忙しない日々は今日も続く。

 

 

 なんつーモノローグごっこをしても今朝のイベントは終わらんのだが。

「もうッ! いいから早く起きなさい!」

「いや起きとるやんけ。とりあえずタオルケット返せよ」

「屁理屈言わない! 身支度を整えて初めて起床したと言えるのです!」

「わぁーったっつの……お前こそ朝イチで騒ぐなって。まーた上白沢女史から苦情くんだろうが。なぜかオレまで目ェ付けられてるしよ。どうしてこうなった」

「あら? それもこれも全て誰のせいだと思っているのですか?」

 ニッコリとカンペキ過ぎる笑顔を貼り付けてオレに迫る。見惚れてもおかしくない綺麗な笑み。ただし、それも見た目だけならのハナシ。そのウラに潜む棘の鋭さは生半可な怒りの比じゃない。

 二度寝で色々とハプニングがあった記憶もあり、渋々といった態度で起き上がる。あちらはオレが降参すると気を良くしたようで、ようやく離れてくれた。

 

「~~~~♪」

 

 リズミカルに鼻歌を口ずさみながらタオルケットを畳んでいく華扇を眺めて、ふと思う。こういうのも悪くないもんだな、と。夜雀の女将に負けず劣らず歌声も澄んでいて心地良かった。

「…………まさか、な」

「どうかしましたか?」

「いや、どうもしねぇよ」

 夜を生きるハードボイルドな男のくせして、ナニ青臭い感想を抱いてんだか。オレはそーゆーキャラじゃねぇだろうが。

 嗚呼、やはり朝は調子が狂う。

 

 

 そして今日も炎天下をデスマーチさせられる。何でや。

 っかー、クソ暑いんですけど。大体こちとら夜型の人間なんですけど。散歩なんて生易しいモンじゃねぇんですけど。

「なぁオイ、知ってるか? 砂漠に住んでるヤツらは暑苦しい昼間に寝て、夕方から働き始めんだってよ」

「そうですか。此処は砂漠ではないので安心して規則正しい生活ができますね?」

「ぐあッ墓穴掘ったか……ッ!?」

「ふふっ♪」

 ジリジリと日に焼けていく。そのうち身体から煤煙が出そうだ。

 上から下までブラックなコーディネートはあらゆる熱を吸収する。せめてもの抵抗にノーネクタイにしてシャツのボタンを二つ外しておいた。が、こんなもんじゃ効果は薄い。死ぬ。溶ける。灰になる。吸血鬼じゃなくてもキツイだろ……

 強烈な日差しが延々と照りつける。思わず目を細めた先を、華扇の後ろ姿が歩く。緑色のミニスカがチラチラと踊って翻る。生足魅惑のマーメイドよろしく素肌がふくらはぎまで見えそう。まるで日焼けしておらず色白に保たれている。オレを引っ張り出せてご機嫌なのか足取りが軽い。

 日没まであと何時間だろうか。このまま燃え尽きてしまうのではないかと本気で不安になる。

「――べ……綿間部! 聞いてるんですか?」

「何か言ったか」

「さては聞いてなかったんですね!?」

 余所見と上の空でうっかり会話を聞き逃してしまったらしい。いつの間にか華扇が振り返っていて、無気力な返事をしたオレに対して不満げな顔を見せた。頬をいっぱいに膨らませて腰に手を当てる。

 今にも説教を始めそうな雰囲気を放っていやがった。

「へーへー、すまんこって。で、どーした」

「ですから、綿間部も朝日とともに起床し一日を始めることで心身ともに健全な生涯を」

「っかー、どっちみち説教じゃねぇか……」

 逃れられぬカルマにまたもやヤル気が削がれていく。こんなんばっかかよチクショウ。

 その後も他愛のないお小言に雑っぽく頷いては拗ねられたり。ヤマなしオチなし世間話をしながら歩いていく。完全にオフの日な過ごし方だった。

「いい天気ですね」

「そーだな」

 歩幅を揃えて並び立つ桃色仙人の横顔を盗み見る。お散歩日和に出掛けられたのがとても幸せなことのように、それはそれは楽しそうであった。

 オレみてぇなヤツと一緒に歩いて何がそんなに楽しいのか。それは彼女にしか分かるまい。

 って、休みだったら寝てても良かったんじゃねーのか……?

 

 

「あ、丁度良いところに」

「お?」

「あら?」

 偶然にも酒場の前を通りがかった時、馴染みの顔に呼び止められた。クセのない赤髪ショートに青いリボンを結び、真夏の気温のなんのそのでマントを纏って首回りを隠す。看板娘のろくろ首のファッションは今日もよく目立った。

 赤蛮奇に話しかけられ、オレたちは足を止めた。彼女の周りには取り巻きよろしくガキんちょが三人ほど引っ付いていた。三月精ではない。どこにでもいそうな人間の子どもだった。ま、人里だしな。

「どうかされましたか?」

「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いい?」

「フッ、悪ぃが営業時間外――いや冗談だっつの。だから睨むな」

「綿間部が意地悪なことを言うからです。本気だったらお説教でしたからね」

「さいですか……で、何や」

 半ば本気だったとは口が裂けても言えそうもない。

 とりあえず話しだけでも聞いてやることにした。オレが聞き返すと、赤蛮奇はすっと頭上を指差した。釈迦のマネゴトじゃないのは誰でも分かる。この流れで天上天下唯我独尊とか言い出したら脈絡なさすぎだろ。熱中症の疑いまである。

「そこの木の枝にあるものが見える? この子たちが遊んでいた毬が引っ掛かっちゃったんだって」

「あぁ、確かにありますね」

「キャプテン翼かよ。どんなシュートしたんだ」

 揃いも揃って同じところに注目する。Y字型に枝分かれした付け根のところに色彩鮮やかな球が挟まっているのが見て取れた。スッポリ収まっている感じが逆に狙ったとしか思えない。

 あまりに安定し過ぎていて、多少の風が吹いて枝葉が揺れたぐらいじゃビクともしない様子であった。

 

「取ってこれない?」

「いや、取ってこいって……」

 何気に高い位置に引っ掛かっていやがるのだ。赤蛮奇はもちろんオレが背伸びして手を伸ばしたって届かない。その辺の棒切れを使ったとしても似たような結果であろう。

 この糞ジャップ共が三月精だったら自分らで取りに行けたんだろーな。と、そこまで考えてふと思いついた。

「お前も飛べるんじゃなかったか? わざわざオレに頼まなくても行けんだろ」

「……この格好であそこまで行けって言うの? 何、どさくさに紛れて覗く気?」

「お、おぉ……そらそうか。スマン」

 さりげなくミニスカの裾を両手で押さえながら冷たい視線を突き刺された。理由は言うまでもない。

 さらに別の方向からも敵視の気配を感じ取る。ヤベェと思って振り返れば、ろくろ首と同じくジト目をした仙人サマがいた。むしろこっちのが酷かった。

「…………スケベ」

「待て、別に期待して言ったワケじゃねーから。事故だ、事故」

「フン、どうだか。綿間部はいやらしい人ですからね」

「だから違ぇって言っとるだろ。ちったぁオレの話しを聞け」

「ふーんだ。知りません」

 ツンとした態度でそっぽを向かれる。お前の中でオレのイメージ像はどうなってんだ。

 オレと華扇の口喧嘩を糞ジャップ共は鼻垂れなマヌケ面で傍観していた。見世物じゃねーぞコラ。つーかリアルで鼻垂らすなバッチィだろうが。

 それからもどんどん不利になっていく。どうやらオレの周囲に味方はいないらしい。泣けるぜ。

 

「ちっ、わぁーったよ。やりゃイイんだろ、やりゃ。特別サービスだ。今回に限りタダでやってやるわ」

「そうこなくちゃ」

「当然です」

「オメーらなぁ……」

 クールな口調で囃し立てる赤蛮奇と、腕を組んでしたり顔で頷く華扇。どいつもこいつも好き勝手言いやがって。

 女二人を同時に敵に回してしまったのが運の尽き。おかげで逃げるも断るもできぬ状況に追い込まれた。オレが首を縦に振らざるを得ないのは明白であった。

 どうあれ、ここからじゃ手が届かないとなれば、あの場所まで直接取りに行くしかあるまい。

 都会に生きるオレに木登りなんざできるのかって? 舐めんじゃねぇ。答えはイエスに決まってる。電柱とかカーブミラーを何度もよじ登ってきたわ。ヤベェ連中から逃げたり隠れたりするために。

 襟付きシャツを脱ぎ捨て、インナーのみになる。先に薄着になっておくのが賢い。今以上に汗をかくことになりそうだ。

「オイ、華扇。これ持っとけ」

「ふわっ!?」

 脱いだシャツを華扇に向けて放り投げる。不意打ちに面食らいながらもギリギリ落とさず受け取った。ナイスキャッチにフッとニヒルな笑みで応じる。

 さて、と首をコキリと鳴らしつつ木の幹に手足をかける。始めは渋ったが実のところ余裕であった。

 難なくボールの元まで上り詰め、下にいるガキんちょ共に落としてやった。待ち望んだ遊び道具が戻ってきて、ガキ共がわっと歓声を上げる。

 「ありがとー」と口々にお礼を言いながら駆け出して行く。赤髪の女が「もう引っかけたらダメだから」と声を投げた。一件落着。タダ働きはこれぐらいにしておきたい。

 あとはオレも下りるだけ。この程度の高さであればわざわざ木を伝っていく必要もない。過去に二階アパートの窓辺から飛び立ったことがある。あの時に比べれば造作もなし。

「よっと」

 今なお衰えぬ身のこなしで着地を決める。スタイリッシュに降り立ったオレの雄姿を目の当たりにして、赤蛮奇は二度三度の瞬きをした。

「お見事」

「フッ、どんなもんよ」

 口ではそう言いながらもドヤ顔が止められない。称賛を浴びて悪い気などするハズもなかった。

 ところで、もう一人からのリアクションが来ないのはどういうワケか。気になって視線を巡らせればすぐに見つかった。いや、逃げも隠れもしてないのだから見つけて当たり前なのだが。そもそも問題はそこじゃない。

 どうにも様子がおかしかった。というか、茨木華扇が奇行に走っていた。

 

「んん……はふぅ……」

 

 彼女はさっきオレが預けたシャツに鼻先を埋めてスンスンとニオイを嗅いでいた。

「ぁっ……んぅ……」

 微熱に浮かされたように頬を上気させて、赤みがかった瞳が妙に色っぽく蕩ける。汗臭いだけだろうに、お構いなしに華扇は悩ましげな甘い声を漏らしながら息を吸う。

 段々と瞳がトロンとし始める。何やら危なげな雰囲気が漂った。悪臭に耐える修行でも始めやがったのか。それ以前に何やってんだお前はよ。

「わたまべ……」

 魅入られたように謎の行動を繰り返す彼女に、オレは――

 

「そんなにクセェなら嗅ぐなよ」

「ひゃわぁぁあああああああああああッ!!」

 

 いやうるせぇよ。

 はたしてオレが悪いのか。逆にこっちが引くぐらいにド派手に飛び上がられた。耳をつんざくほどの悲鳴を叫び響かせ、隅から隅まで真っ赤にさせた顔面を隠そうと黒シャツをオレ目がけてブン投げる。案の定、勢いよく飛んできたシャツを頭から被った。

 視界が遮られる中、絶賛テンパり中の華扇が上擦ったり裏返った声で捲し立てるのが聞こえる。ついでにシャツからは仄かに仙人サマの匂いが残っている、ような気がした。

「こっ、コレは違いますから! そう! ちゃんとお洗濯しているか確認していたんですッ!! この季節は特に汗をかきますからね!? ね!?」

「だからってニオイ嗅ぐ必要も――」

「そ、それよりもッ! 終わったなら終わったってちゃんと言ってください! ビックリしちゃったじゃないですか!?」

「声かけた結果がこれだよ気付けよ。というか人のセリフを途中で終わらすな」

 

 

 両腕をブンブンと振り回して弁明する桃色の仙人少女。一方、テルテル坊主モドキの格好で棒立ちする外来人。

 そんな面白おかしい一幕を、赤蛮奇は呆れた様相で見届ける。あんなの、傍から見れば誰もが痴話喧嘩と捉えるだろう。ましてや、桃色の乙女が分かりやすく赤面しているのだ。そう思うなという方が難しい。

 放っておこう、と結論付けた。こういうのは犬も食わぬと相場が決まっているのだから。

 

「ホント、何やってんだか」

 

 目の前の珍百景から背けるように、赤蛮奇は夏色の空を仰ぎ見る。

 人里は今日も平和であった。

 

つづく




華扇ちゃん無自覚エッチな匂いフェチの淫ピとかじゃないから!
勘違いしないでよね!
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