東方扇仙詩   作:サイドカー

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はっぴい にゅう にゃあ

2020年、英語だとtwenty-twenty
ゲームタイトルっぽくてカッケーね


第三十七話 「動き出すかもしれない物語」

「――ってなコトがあったんだがよ、オレはどうすべきだったと思う?」

「爆発すればいいんじゃないかな」

 

 霧の湖。

 妖怪の山の麓に広がる水源は、山峰から渓流となりて下った天然の水を蓄える。辺り一帯を霧が立ち込めており、とりわけ霧が濃いときには視界の確保すら覚束なくなる。名前通りなのはもはや恒例行事だ。

 ただし、その現象は日中に限られた。日が落ちて月が輝く時間帯となれば、薄白のカーテンは一斉に引いていく。さながら夜という舞台の開幕を告げる演出は、なかなかに洒落が利いている。まさにオレ好みといえた。

 もう一つ情報がある。この場所は幻想郷でも有名な釣りの穴場だという。巷じゃ大物が釣れるなどと実しやかに囁かれているほど。いや、囁かれているなんつー生温いモンじゃねぇか。此処の住民の大抵が知っとるがな。

 

 さて、何故に外来人たるオレが幻想郷のガイドよろしく一人語りなんぞしてんのか。答えは他でもない、只今夜釣りの真っ最中だからである。釣りバカ日誌かよ。

 満天の星空が煌めくロマンチックな景観のもと、そこいらの草の上にテキトーに胡坐をかく。手には釣竿を携えて。もっとも、長い棒切れに糸と針を装着しただけのお粗末な代物なのだが。こんなモンで水面と向き合っているオレは、さながら太公望であろうか。

「ま、しゃーねぇか。これも依頼だ」

 おおよそ一時間前の出来事を思い返す。

 

『ねぇ、お客さん。ちょこっと食材調達をお願いしたいんだけど』

『あー? おつかいでもしてこいってか。米か醤油でも買ってくりゃエエのか?』

『そうじゃなくて。お魚を何匹か釣ってきてほしいの』

『買うんじゃなくて現地調達かよ! っかー、またメンドクセェ仕事を――』

『おねがい♡』

『…………へーへー』

 

 というワケで、和服女将な鳥娘にナマモノの確保を頼まれてこの状況に至る。屋台で出す刺身が足りなくなりそうだと。看板メニューのヤツメウナギでなくても構わないから活きのイイヤツを何匹か、それが今回の依頼だ。ちなみに道具は女将から借りた。

 女将は本日の営業と明日の仕込みで忙しく、そこに都合良くオレが居合わせたっつー次第だ。タイミングが良かったのか悪かったのか。軽く一杯引っかけるハズが仕事するハメになるとはな……

 どーでもいいけど、その時のミスティアときたらもうアレだった。こう、両手の指先だけを唇あたりでちょんと重ねてからの上目遣いでおねだりと、凄まじくあざとかった。あの仕草を素でやってるとしたらトンデモねェ男性キラーである。並大抵のヤローならばあっさり惚れてたかもしれん。まだ他に客がいなくて良かった、のか?

 ま、経緯はどうあれオシゴトだ。報酬は次の晩酌がタダ飯&タダ酒になること。とりあえず今宵はあるもので乗り切るそうだ。よってオレが釣ったヤツは明日に用いる食材となる。ただ、早めに戻ってきてもらえれば、それはそれで助かるとも言われた。そら補充は早い方がエエわな。

 

 途中、意外な発見もあった。ただでさえド田舎異世界の幻想郷だ。山の麓にある湖で夜釣りとくれば、街灯なんぞ欠片もあろうハズなく物理的な意味でもお先真っ暗――かと思いきや、思わぬ産物が光を生み出していた。

「ほぅ……」

 無意識のうちに感心したような吐息を漏らす。それだけの価値あるものを垣間見た。

 周囲を飛び交う豆電球サイズの光の粒たち。一つ二つでは到底収まり切らない。無数の明かりが、時にはまとまり、時には散り散りになって集う。

 光の源の正体は、蛍。

 かの虫は水辺の綺麗な所に住まうと聞く。都会の空気に毒されていないこの地は、彼奴らにとっても安息の地なのであろう。あちらこちらで飛び交いつつ、草原や水面を淡く照らす光景は、なかなかに神秘的でさえあった。

 そして、その場に居たのは発光する小さき昆虫だけではなかった。

 

「こんばんは」

 

 釣り糸を垂らしてしばらくすると、どこかハスキーなあどけない声色がオレに投げかけられた。

 話しかけてきたのは小学生っぽい風貌のガキんちょ(最近どうにも子どもと縁がある気がしてならない)白い襟付きシャツに黒のハーフパンツを合わせ極め付けは漆黒のマントという出で立ち。その恰好はどこぞの魔法学校のパチモンを彷彿とさせる。

 さらに、緑色の短髪の合間を縫って、角というより触覚らしき突起が二本ばかし生えていた。

 そいつは人懐っこい笑みで近付きながらオレに尋ねてくる。

「おにーさん、釣れてる?」

「さぁな。まだ始めたばっかりだからよ」

 これが蟲の妖怪、リグル・ナイトバグとの初遭遇である。

 

 夜釣りの傍ら話し相手を務める。そういえば、八雲紫と最初に出会ったときも先に挨拶されて、その流れで雑談を交わしたのがきっかけだったか。そのまま幻想入りする原因でもあったワケだが。

 ちなみに今ほど話題に上がっていたのは、先日あった仙人サマの奇行について語った。折角ついでに同性の意見を求めたら、物騒にもご覧の有様なのはさて置き。いきなり爆発をオススメしてくるあたり、コイツもなかなかキてる部類なのかもしれない。

 そう、少年染みたファッションをしていやがるが、コイツの性別は女だ。

 無論、夜を生きる男であるオレの眼には誤魔化せねぇ。で、お前女だろと指摘してやったら予想に反してエラく懐かれてしまった。聞けば初見で見抜いてもらえたのは珍しいそうな。本人も男子と間違えられることも多いのが密かな悩みだと零していやがった。だったらそのコーディネート止めーやと言いたい。ボーイッシュな服装してんのも誤解を生んでるってぇ気付けよ。

 あと、ミスティア・ローレライとも知り合いらしい。お互いに共通する人物がいるというのも手伝って、オレたちが打ち解けるのにさほど時間は掛からなかった。

「やっぱりね、一寸の虫にも五分の魂があるわけだよ。なのに、いくらなんでも見つかるなり叩き落とされたり踏み潰されたりするなんてあんまりじゃない。蔑ろにしないでほしいよね。だからボクは虫の知らせサービスを始めたんだよ。どうしてか反応は今一つなんだけど……」

「ったりめぇだろ。そら年頃の女からすりゃ、朝起きたらベッド周りに虫ケラが仰山いるとか誰だって悲鳴上げるわ。下手すりゃ失神モンだろーが」

「そお? ボクはただ虫ってスゴイんだぞーってことを知ってほしいだけなんだけどなぁ。そして目指すは虫の地位向上! いつまでも足蹴にされたり問答無用で退治されて堪るもんか」

「そーかい。ま、ガンバレ」

「うん!」

 やってやるとばかりに虫っ娘が気合を入れてみせる。オレもテキトーながら声援を送っておいた。

 まだまだ底辺を這いつくばる弱者なれど、いずれは強者へのし上がろうとするタフネスな精神は嫌いじゃない。己と通ずるモノを感じる。

 なお、蝿の王でも目指すのかと軽口を叩いたら「ボクは蛍だ!」と憤慨された。そこは譲れない模様。

 

 水中から釣り針を引き上げ、エサを取り換える。横に置いたバケツの中にはこれまでの釣果が入っていた。真上から覗き込めば、アユと思しき川魚が二匹仲良く泳ぐ姿が確かめられる。

 さすが釣りスポット。ド素人がやってもそこそこ釣れる。おかげでボウズの懸念は既に消えた。

 別にノルマは決まってないが、五匹くらいあれば足りるだろ。そう判断し、もう少し粘ってみることにした。

「ここは良い場所だね。水がキレイで蛍たちも喜んでる」

「やっぱり分かんのか」

「そりゃ蛍の妖怪ですから。ボクもここはお気に入りだしね。おにーさんみたいに釣りに来る人もよく見かけるよ」

「噂じゃ大物がいるっつーからな。実際、どんなのが釣れんだ?」

「ボクも魚は詳しくないけど……あぁでも、この湖には人魚が棲んでいるよ」

「は、人魚だぁ?」

「うん、人魚」

 どんな魚が釣れるのかと尋ねれば斜め上を行く回答が来やがった。せめてカワハギとかサクラマスとかそーゆーのを知りたかったのに、人魚ってお前。

 コイツの口ぶりからして、昔流行ったシーマンだかシャーマンとかいう人面魚じゃなく、童話のマーメイドなのであろう。そいつはもはや魚類の域を超えているのではなかろうか。

 オレが大仰な声を出して反応したのを、ナイトバグは「そそ」と軽い調子で頷いて続けた。

「上品な着物を着てて。ほんわかした性格のキレイな人、いや人魚だよ。名前は『わかさぎ姫』って言ってたかな」

「和服の人魚姫ってか。浦島太郎の登場キャラかよ。まんま乙姫じゃねーか」

「おにーさんも間違って釣らないようにね」

「釣らんわ。むしろ釣れたらオレが困るわ」

 んなモン持ち帰ったら女将だって手に余る。事案待ったなしだ。大体、こんな釣り餌に引っかかるのか。その人魚とやらは。

 

 その後も夜釣りは続く。

 タバコくらいの小箱からミミズを一匹選んで摘まみ上げ、手繰り寄せたフック型の針の先で貫く。人魚姫がこんなん食ってたら幻滅どころじゃねぇぞ。ドン引きするわ。

 というか。リアルタイムでお仲間を生贄にしてんのだが。にも拘らず、一向に口を挟んでくる様子がない。大丈夫なのか。

「なぁオイ、こうしてエサにすんのはお前的にはセーフなのか?」

「食物連鎖は自然の摂理さ。さすがにそこは覆せない。そもそもミミズは昆虫じゃないし、ムカデやクモと比べると虫っぽくないし。だからあんまり親近感湧かないんだよね」

「お前……何気に辛辣っつか毒舌なやっちゃな……」

「虫だけにね」

「毒があるってか。やかましいわ」

 さりげなく分かり難いギャグを挟む、意外にドライな虫娘であった。ちなみに、ミミズは環形動物門貧毛綱に属する動物の総称である。

 ヒュンッと風切り音を立てて湖に目がけてエサ付き針を投げ込む。ポチャンと水音が返ってきたのが耳に届く。そこから数分とかからずに竿の先端がしなり始めた。

「お、早速ヒットしやがったか」

「おにーさんファイト」

「フッ、任せろ」

 生憎とリールなんぞありゃしないので、腕力だけで獲物を水辺から引き摺り出すしかない。人と魚の真剣勝負が始まった。されど相手がサメやクジラでもない限り、逆に引きずり込まれる心配はない。ここ海じゃなくて湖だしよ。

 やがて、アユよりも一回りデカい淀んだ体色の魚が水面から飛び出る。ナイトバグがまじまじと観察して、答えた。

「この魚は鯉だね。ところで、おにーさんは恋してる?」

「だから唐突にダジャレ混ぜんなや。しかも文字にしねぇと分かり辛いし」

「いいじゃない。で、どうなの?」

 口走ったギャグを自ら軽く流すという高等テクをしながら、虫っ娘は恋バナに身を乗り出す。その辺はやはり女なのだと認識させられる。

 どうしてこうなったと頭を抱えたくなるが、この魚が発端なのは言うまでもなかった。つーか、鯉ってどっちかといえば水が濁ってるところでも生きていける、しぶとい類じゃなかったか。何でこんな上流に近い所にいんだよ。

 などと脳ミソの内部で御託を並べたところで、目の前の小童がむふーっと鼻を膨らませていやがるのに変わりはない。が、そんな眼差しを向けられてもどうしようもないのもまた事実。

 恋だの愛だの恋愛だの、悪ぃがオレにはそんな相手――

 

『えへへ、綿間部……♪』

 

「…………」

 真っ先に思い浮かんだ()()の顔に、自分でも驚いてしまった。どうしてアイツが出てくるんだ。いやいやまさかと首を横に振ってイメージを払拭する。それでも、鼓膜の奥でくすぐったい声の残滓が留まった。

 恋バナを期待する小娘がそんな分かりやすいリアクションを見逃すハズもなく。

「お、その顔は気になる女性がいるね」

「やかましいわ。ガキんちょが恋愛語るなんざ三年早ぇよ」

「もー、別に照れなくてもいいよ?」

「だーもう、違ぇっつの」

 してやったりな得意げな面立ちでからかう少年コスプレの少女をしっしっと片手であしらう。そもそも、その手のトークすんなら女子会でやれ、女子会で。間違ってもオレのような男に聞く内容じゃないだろうが。

 そうだろうとも。なぜならオレは夜に生きる男。ハードボイルドな何でも屋。惚れた腫れたで浮き足立ったりなどしない。生まれてこの方カノジョがいた試しもありゃせんのだ。ボッチ言うなや。

「大体、そう言うオメー自身はどーなんだよ? ええ?」

「あぁー、わざと話逸らして誤魔化したなー?」

「うるせぇ、いつまでも減らず口叩くとお前も釣りのエサにすんぞコラ」

 ニマニマと笑いながら今なお食い下がるショタ娘に睨みを効かすが、まったくビビったりしなかった。クソッタレェ……

 もういい。気を取り直して続きするか。釣竿を握り直した時――

 

「きゃぁあああああああああッ!!」

 

 女の切羽詰まった悲鳴が、妖怪の山の方向から木々の合間を突き抜けて響き渡った。

 

つづく




次回予告

夜中の山奥から突如迸った悲鳴。
どこか聞き覚えのある声は、懐かしい顔との再会へと繋がる。
かつてない異常事態を切り抜けるため、黒岩は三番目の切り札を手に取る。

次回、「準備万端(レディ・パーフェクトリー)
科学と魔術が交差するとき、物語は始まる。
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