ありがとう……僕のサンドロック……(初期化ボタンポチー)
「なっ、何だァ!?」
「大変だよ! 誰かが襲われてる!」
静かな夜釣り時間を、あたかもガラスが粉々に砕け散ったみたいな甲高い絶叫によって打ち壊された。あからさまに唯事ではない空気に包まれる。瞬く間に緊張感が走った。
周囲が静まり返っているとはいえ、こうもハッキリと悲鳴が聞こえた。ここからもさほど離れていないのだろう。事が及んでいる場所は。
リグル・ナイトバグが言うように誰か、具体的には女性が何者かに狙われている模様。未成年にしてはやや大人びた声色だったように思う。多分、ガイシャは二十歳前後といったところか。しかし肝心な犯人に関する詳細は不明確。
野盗や暴漢の類いか、あるいは妖怪の端くれか。山奥ならば熊や狼というセンも無くはない。
現時点において把握できる状況は一つしかない。うら若き女が危険な事態にあるということ。それだけが、確かな情報として脳を伝播していく。迷っているヒマなどない、一刻を争う修羅場に出くわしちまった。
ここでオレが取るべき選択肢は――
① 興味本位で現場に近付く
② 巻き込まれないように遠ざかる
③ 通報する
悩むまでもなく①を選ぶ。
このオレが近くにいるってぇのに揉め事たぁイイ度胸してんじゃねーか。
そこの虫娘にも気付けないほど微かに口角が上がる。
かつて、夜の繁華街に居た頃じゃ荒事なんぞ日常茶飯事であった。
路上の喧嘩だったり派閥の抗争だったり。片や酔っ払いが突っかかってくれば、片や不良グループやらヤクザやらの縄張り争い。さらにはタイマンでの睨み合いから、暴動紛いの乱痴気騒ぎに至るまで。煌びやかなネオン街では数多の欲望が渦巻いた。
オレ自身も無関係では済まされない場合も少なくなかった。依頼を引き受けた数分後に渦中のド真ん中に放り込まれた時もあったし、偶然にも近場に居たせいで運悪く巻き込まれただけなパターンもあった。おかげで生傷が絶えない日々が続いたりもした。
だからだろうか。こちとら幻想入りしてからどうにも生温い平和なオシゴトばかりで鈍っていたのも否めない。欲求不満? あながち間違ってないかもしれねぇな。
「行くぞ虫っ娘!お前もついてこい!」
「ちょっと!? おしっこみたいな呼び方しないでよ!」
釣竿を投げ捨て、バケツも置き去りにして走り出す。口煩く喚きながらもナイトバグはオレの後ろを追いかけてきた。
さぁて、ヒーロー気取りの乱入者と洒落込もうか。
木々が乱立する合間を縫ってスルスルと駆け抜ける。低い枝は屈んで潜り抜けて進んだ。整備された山道から大きく外れていく。デコボコの砂利道が続いて足場が悪い。今更だが、悲鳴を聞いて飛び出すとかコナンかよ。
余計なことを考えた時に事故は起こった。前方の暗がり、上手い具合に死角になっていた樹木の裏側から何者かが飛び出し、オレと真正面からド派手にぶつかってしまった。
「おわッ!?」
「きゃあ!?」
オレも大概だが向こうも全力疾走だったらしい。まさに激突と呼ぶに相応しく、強い衝撃が身体を襲う。
こっちはどうにか踏み止まれた。しかし残念なことに先方はそうもいかず、謎の人影が突き飛ばされた拍子にバランスを崩して尻餅をつく。
「ってぇなオイ……………あ?」
「いたた…………え?」
双方の疑問符が重なった。思わず相手の顔を確かめた途端、オレたちは互いに似たようなツラを晒していたに違いない。まるで信じられない、とでも言わんばかりに。
目の前でへたり込む女。オレはそいつを知っていた。幻想入りする以前から記憶にあった。あれだけの事件があったのだ。忘れられるワケがねぇ。
「お前――」
見覚えのある金髪は以前と変わらぬ長さであった。ゆるふわな白い帽子も、紫色のワンピース系の洋服も、一年前の記憶と遜色ない。
彼女もオレの顔を見上げて呆然と目を見開いている。むしろオレ以上に驚いた表情で。依然尻餅をついたままなのは、もしや腰が抜けてしまって力が入らなくなったか。
自らの記憶と照らし合わせるように、彼女の名前を口にする。
「マエリベリー、か?」
「黒岩君!?」
予期せぬ再会が果たされた。明らかに予想の範疇を超えた展開に驚きを隠せない。
なしてマエリベリーが此処にいんだよ。仲良し宇佐見は一緒じゃねぇのか。数々のハテナが次から次へと湧き上がる。久しぶり、なんつーカンタンな言葉すら出てこない。
とにかくマエリベリーの手を掴んで立たせるべく引っ張り上げる。
「どうして私の夢にあなたが……」
「言っておくが、こいつぁ夢でもねぇしアニメでもねぇよ。ったく、どうなってんだ……?」
質問は山のようにあれど、相当テンパっている女子大生から諸々を聞き出すのは厳しかろう。可哀相に、現実が受け入れられずコレを夢の中だと思い込んでおった。もっとも、この状況に咄嗟に頭が追い付く方がどうかしているわな。
ま、しゃーねぇ。ひとまずコイツを――
「ッ!? 早く! 黒岩君も一緒に逃げなきゃ!」
「は? いきなり何言って……」
「いいから!!」
どうにかしないと、などと考え始めた矢先のこと。女子大生が切羽詰まった様子で行動を起こした。
マエリベリーは必死の形相を浮かべ、彼女らしからぬ強引な口調でオレの腕を引っ掴んだ。その瞳に焦燥の感情を溢れさせて。細い指に込められた力は存外に強く、痕が付きそうなほど衣服越しに食い込んだ。地味に痛ぇよ。
ただでさえ不意打ちの再会だというのに、開口早々に逃げろと言われる始末。さすがのオレも面食らう。しかし、そんな余裕など許されていなかったと間もなく知ることになる。
ガサガサガサ……
「ひ……っ!?」
金髪の女子大生が引きつったように息をのみ、掠れた声を漏らす。オレを掴む指に一層の力が加わり、よくよく見れば小さく震えている。声だけでなく顔も怯え切っていた。
あぁ、そうか。そういうことか。オレとしたことがアタマが鈍っちまった。そもそも悲鳴を聞いたからここまでに来たんじゃなかったのか。
ガサガサガサ
不穏な物音がどんどん大きくなる。やがて、茂みを掻き分け、あるいは無理矢理に押し進むようにして――その集団はやってきた。異形な姿を目の当たりにする。
ヤツらには表情がなかった。いや、無表情なだけで済めばどれだけマシだったであろう。表情はおろか感情さえあるかどうかも疑わしい、あまりにも異質な容貌をしていやがった。
目もなく、耳もなく、肉もなく、皮膚もなく。血もなければ涙もない。あるのは人体構造の部位うちたった一つ、即ち、骨。
「ハッ……冗談キツイぜ」
病院とか理科室の標本として飾られていそうな人型の白骨が群れを成す。到底自立するなどありえないブツが、されど現実として自らの足で行進している。連中が歩みを進める毎に、関節が擦れて乾いた不協和音が鳴る。
眼球なんぞ持ち合わせてないというのに、確実にオレたちを狙っているのがヒシヒシと伝わってきた。只々真っ直ぐに標的が居る方向へと進もうとする光景が、ますます不気味さに拍車をかけて不安を煽る。
マエリベリーが膝から崩れ落ちそうになる。かろうじてそうならなかったのは、偶々オレの腕を掴んだままだったからに過ぎない。
「そんな……もう追い付かれて……」
「アレに追われてたってぇのか」
やはり例の悲鳴はこの女のもので間違いなかった。そらこんなんに追いかけ回されたら悲鳴の一つでも上げたくなる。そのうえ、いつも一緒にいた相棒も不在という孤独の追い打ち。きっと此処が何処なのかも分からぬまま闇雲に走ってきたのだろう。
「もう、いや……」
かの女子大生はといえば、すっかり絶望しちまって顔面蒼白になって震えていやがった。一心同体のパートナーがいないのが堪えたのかもしれん。秘封倶楽部は二人で成り立っていたのだ。心細かろう。
というか、
モタモタしている間にもガイコツの団体は確実に距離を縮めてくる。目的はサッパリだが友好的な雰囲気は欠片もなかった。
今にも泣きそうになりながらマエリベリーがオレの腕を引く。
「黒岩君っ、早く逃げましょう。もし捕まったらどうなるか分からない……!」
「だろうな」
「何を呑気なこと言ってるの!?」
よくここまで頑張ってこれたもんだ。オレらと出会うまで、女ひとりでガイコツに追われながら異界の山奥をメチャクチャに走ってきたハズだ。いくら本人が夢だと思い込んでいても醒める気配は一向になく、恐怖は計り知れない。この女にとって最も不運なのは、これが現実であることか。
まずは彼女を早く安全な場所に連れて行くのが先決になりそうだ。さて、どうする。
「…………」
「黒岩君ッ!!」
この女を保護するなら人里に避難させるのが妥当であろう。そのためには人里に到着するまで連中を振り切らなければならない。が、マエリベリーはすでに散々逃げ回っており、疲労困憊で速く走れるかも怪しい。そのうえ精神的にも相当参っちまっている。
これじゃ下手すりゃ途中で一歩も動けなくなる危険性もある。そうなったら最後、ヤツらに捕まってゲームオーバーのバッドエンド。マエリベリーを無事かつ確実に逃がすには、あと一押しが足りない。
ま、成功率を上げる方法なんぞ初っ端から決まっているワケだが。
「ナイトバグ」
「リグルでいいよ」
「そーか。リグル、そこの女を人里まで連れて行ってやってくれ。あと置いてきた釣竿とバケツも回収して女将に渡しておいてもらえると助かる」
「注文多いなぁ……でも、いいよ」
「黒岩君!? あなた何言ってるの!?」
ここまで付いてきたリグルが軽い調子で了解する。さすがガキんちょでも妖怪。やれやれと肩をすくめるぐらいの余裕を持ち合わせていやがる。つーか、ずっと黙ってたよなお前。
一方で、オレが口走った内容にマエリベリーが怒声を込めて詰め寄る。正直怒られんのは仙人サマだけで事足りてんですが。
「大丈夫だから心配すんなっつの」
いよいよ痕が付きそうになってる右腕から、彼女の指をなるべく優しめに剥がしていく。
コイツが逃げ切れないかもしれないなら、逆にオレがこの場に残って追手の足止めをしてやれば解決する。やっと知り合いに会えて安堵したであろう彼女には悪ぃが、こうするのが手っ取り早い。
「ほれ、あと少しだからガンバレや」
「あっ……」
女子大生の肩を軽く押して虫っ娘に授けた。ふらりと後ろに傾きかけたところを、リグルがマエリベリーの手を取ってこの場から離脱を始める。
薄らと涙を浮かべた金髪の女子大生と目が合う。フッとニヒルに笑ってみせた後、背中を向けて声を荒げた。
「さっさと行け! 邪魔になんだろーが!」
「お姉さん! 早くこっちに!」
「ま、待って、お願い……黒岩君ーーーーーーーッ!!」
金髪の女子大生の悲痛な叫びを最後に再び静寂が戻ってくる。二十人近くいるにも拘わらず無言が貫かれた。ふいに夜風が通り過ぎていき、草木を撫でていく。
まるでそれを合図とするかのように、沈黙を破った。
「よう、待たせたな……って言っても聞かねェか」
白骨の群れに呼びかける。当然返事など返ってくるワケがない。狙い通り、マエリベリーを追いかける輩はいない。全てがオレを標的に定めている。
単純な行動パターン。偶々目についたものから手を伸ばしているだけ。自立歩行は出来ても知能はそれほどでもなさそう。ま、脳ミソねぇし当然か。
先頭にいたガイコツの一体が、干からびた指先をオレへと伸ばす。速くもなければ遅くもない。握手しましょうなんつー気さくな感じではなく、どちらかといえば食い物に手を伸ばす動作に映った。例えるならば、枝に成った果実をもぎ取ろうとしているかの如く。
印象通りなら掴まれたらゾンビ映画よろしく食われるのかもしれない。
ただし、相手がオレでなければ。
バキィッ
手を伸ばしていたガイコツの動きが一旦止まる。次いで、己の腕を確認するように首を動かした。 なんだ、そーゆー反応もできんじゃねぇかよ。
そいつの腕は折れ曲がっていた。関節の部分などと生易しいモンではない。手首と肘の間をポッキリとへし折られ、とても使い物にならない有り様と化していた。ギリギリのところで繊維が繋がっており、さながら提灯の如く頼りなくぶら下がっている。
「どうせ痛覚もねーんだろ。だったらこっちも手加減しねぇかんな」
即座に切り替えたのは場数と経験の為せる技。今のオレは素手じゃなかった。
左右それぞれ親指を除く四本の指に、連なった輪型デザインの装備品を通す。偽装のピストルと同じく黒色に染められ、さらには本物の鉄製で仕上げられている。コンパクトでありながら物騒な代物。
ピストルやナイフのハッタリが効かない状況、本格的な荒事に陥った際に用いる切り札――メリケンサック。
ヤらなきやヤられる時にしか解禁しない、オレが持ち歩く中で唯一のガチな武器であった。殺し屋ではない心情のもと、致死のリスクを抑えながらも敵を容赦なく叩きのめせるお墨付き。まさしく何でも屋仕様といえよう。
無感情の自動人型に垣間見た反応にニヤリと口の端を吊り上げる。
「テメェらが何者かは知らん」
振り落した右拳を引く。足幅を広げ、両方の握り拳で構えを取る。我流の喧嘩技法で身に付けたファイティング・ポーズ。
「だがな、マエリベリーに手ェ出した時点でとっくアウトなんだよ。この先通せねぇ理由としちゃ十分過ぎんだろーが」
二十体近くのガイコツ共と対峙する。仮にコレがまたもや幽霊だったらオレも迷わず逃亡を選んだであろう。
しかし、別に何もオバケ全般が苦手なワケでもない。大事なのはオレがどーにかできるか、その一点に尽きる。だったら答えは単純明快。相手が実体を持った殴れる存在ならば、やってやれないことはなし。
数の不利はあれどオレにとっては些細な問題だ。むしろ連中が全員手ぶらなのが好都合でしかない。ドスやらナイフやら振りかざして襲ってきたチンピラ不良集団に比べれば、動くだけの人骨なんざ素麺みたいなもんだぜ。
「どっからでもかかってきやがれ。一人残らず複雑骨折で地獄に送り返してやるからよ」
つづく
次回予告
第三十九話 「pierced earrings(ピアス) ~傷だらけの割引券~」
割とガチっぽい戦闘描写を予定してます
残酷な描写のタグつけてあるし、多少はね?