疲れからか、不幸にも黒塗りの主人公に追突してしまう。
配下をかばいすべての責任を負った豊聡耳に対し、男の主、仙人茨木が言い渡した示談の条件とは……。
必要な役者が全て揃ったところで、こちら側の仙人サマがいの一番に切り出す。
ガーネットを彷彿とさせる赤みがかった瞳が青娥娘々を見据える。対峙する青色の仙人は余裕ぶった態度をとっていやがった。
「単刀直入に言います。あなた、妖怪の山で忌み術を使いましたね?」
「なぬ!? 青娥お主、儂らの知らぬところでそんなことしとったのか!」
「布都、口を挟むな」
喧しい方の配下がいち早く反応して素っ頓狂な声で喚く。すかさず亡霊女が状況をこじらせまいと注意を促した。似たような帽子を被っているワリに性格は正反対な模様。
肝心の本人はといえば、ハテナを浮かべて惚けた顔をしておった。まるで予想外のことを指摘されたかのような、何のこっちゃと言わんばかりに。
「青娥、どうなのですか?」
「そうですわねぇ……」
親玉にも問い質され、女は白い指先を顎に添えて記憶を掘り起こす。
うーんうーん、とこっちがイラつくぐらいに時間をかけて考え抜いて。やっとこさっとこようやく合点がいったらしく「ああ」と暢気に両手を重ねた。
「そんなこともありましたわね」
「オイコラその所為でこちとら大変だったんやぞ」
すっとぼけた物言いについメンチを切る。コイツにとっちゃ取るに足らない些細な出来事だとでもいうのか。ファックと言わざるを得ない。
ところがあの女ときたら、目つきの悪い男に睨まれているにも拘わらず、飄々と見つめ返してきやがった。あまつさえ、それだけじゃ飽き足らず蠱惑の微笑まで向けてくる。
その間にも豊聡耳神子が華扇に続きを促した。
「なるほど。具体的にはどのような事態が?」
「恐らくはキョンシーの失敗作だったのでしょう。人骨が群れを成し、山の中を彷徨っていました。数にしておよそ二十近く。運の悪いことに迷い込んだ人間が鉢合わせてしまったのです」
「そのようなことが……」
痛ましい、と呟いて猫耳モドキな女は首を振った。どうやらこの親玉にもあずかり知らないハナシだったらしい。そういや単独行動が多いとか何とか、いつだったか華扇が言っていた。
眦をキツくして説教の仙人が自由奔放な邪仙を詰問する。まるで取り調べだが、あながち間違いでもあるまい。
「なぜ放置したのですか?」
「だって、所詮は失敗作ですもの。それに、たとえ自立していたとしてもどのみち長続きしなかったはず。あんなもの放っておいても勝手に朽ちましたわ」
「あなたという人は……ッ!」
悪びれた様子もなくあっけらかんと言い返される。一体何が問題なのか。まるで理解できないといった風に青髪の女は肩をすくめた。
さらに、こっちを見ながら邪仙が畳みかけてくる。
「それもこれも何でも屋さんのせいですのよ?」
「あ? オレだとぉ?」
「あなたがわたくしのものなってくださらないから。この満たされぬ気持ちを慰めるには何でも屋さんの代替品を生み出すしかないと、そう思っていましたのに。なかなかどうして上手くいかなかったんですもの。あんなもの、何でも屋さんとは似ても似つかないでしょう?」
「さらっとトンデモねぇこと抜かすなや。あれオレのパチモンのつもりだったのかよ。見た目どころか頭数も十九匹ぐらい多いだろうが。大体、どーやってオレの偽物作るってぇんだ?」
「ちゃんと媒体はありましたわよ? ほら、前に褥を共にしたのを覚えていらっしゃる? あのときに髪の毛を数本ほど採取させてもらいましたの」
「チッ、あん時かよ。抜け目ねぇな」
荷物は何も盗られてないと安心してたらまさかの髪の毛とは。ハゲたらどうすんだ。しかもそれキョンシーじゃなくてクローン培養じゃねぇのか。今更どっちでもいいけど。
ネクロマンサーが従えるオレの贋作、想像しただけで薄ら寒い。
すると今度は青色の美女が探るような瞳で問いかける。人を見透かした微笑は相変わらずに言葉を紡ぐ。
「それで、贋作にすら届かなかった愚物はどうなりましたの? 山の仙人様が直々に手を下して?」
「いいえ。あいにくと私が駆け付けた頃には終わっていました。ここにいる綿間部が一つ残らず打ち壊したから」
「あら」
「なんと!?」
「ほぅ……」
「へー」
あちらさんが一様に、まさにハトが豆鉄砲を食らったみたいな反応を示す。誰もが華扇が片付けたと想像していたのであろう。驚愕の視線がオレに集まる。そういうこった、とニヒルに口角を上げてやった。
「うふふ」
青い髪をメビウス型に括った邪仙が愉悦と歓喜に肩を震わせる。舌なめずりしそうなネットリとした眼差しがオレに絡みつく。小悪魔チックどころかもはや蛇のそれであった。
色香を振り撒く艶姿の女が自らの身を抱き、しなを作って淫靡に腰を揺らす。いちいちエロい。
「あぁ、あぁ、やっぱり何でも屋さんは素敵ですわ。ますます欲しくなってしまいそう」
「――っ! あげませんからね。彼は私の……ぁ」
「お前のものにもなった覚えはねぇぞ」
「わ、わかってます!! 言葉の綾ですから忘れなさいッ!!」
「だーもう、耳元で大声出すなっつの」
仙人サマが意味不明なことを口走りやがったのでキッチリ訂正しておく。オレに言われたのが恥ずかしかったのか華扇は顔を赤らめて怒鳴った。物理的な意味で耳がイテェんだが。
ひとしきり色っぽく笑い、やがて霍青娥はおもむろに居住まいを正した。三つ指ついて粛々とする態度は気品ある遊女を思わせる。
「つまりは、わたくしに報いを受けさせに来たというのですね。わかりましたわ。わたくしの身体でお支払いしましょう。さぁ、どうぞお好きになさって……?」
「ぶほっ!?」
物部布都が吹いた。さっきからやたらリアクションでけーなコイツ。その脇で蘇我屠自古がイラ立ったように頭をガシガシと掻く。堪忍袋の緒が切れるまであと一押しか。
大の苦手なゴーストタイプとはいえ、出くわしたのが朝っぱらなのも幸いして恐怖は少しずつ薄れてきた。だが、まだちょっと慣れない。
「青娥、慎みなさい」
「はい、太子様」
三者三葉の手下どもを侍らせる親玉、豊聡耳神子がしゃんとした姿勢を崩すことなく青い女を咎めた。なして太子様?と思わなくもないが今はスルーしておく。あだ名か何かだろ。
神子もとい太子(逆か?)がオレに向き直る。今更だが耳当てしても聞こえんのだろうか。ヘッドホンじゃねぇよなアレ。
「お客人、どうか今の発言はなかったことにしていただけませんか」
「ああ。どうせ要らん」
弱みに付け込んで女に手ェ出した下衆だと吹聴されたら堪ったもんじゃない。下手すりゃ立場逆転してこっちが脅されるネタになっちまう。後先考えずに飛び掛かるほどお花畑なモンキーじゃねぇ。
しかめっ面でしっしっと手を払う。だから華扇もその闘気を引っ込めろ。お前の方が喧嘩腰になってんじゃねーか。というかオレに向かって戦闘態勢とってねーか?
「はぁー、お主、小心者かと思いきやなかなかに剛毅な男じゃな。並みの男共であれば、青娥みたいな女を好きにできるとなったら目の色を変えフゴッ!?」
「いい加減黙れ!!」
蘇我屠自古の拳骨を脳天に落とされてしまい、哀れ物部布都が蹲った。マンガみてぇな鈍い効果音したんだが。さぞ痛かろう。
って、フツーに殴ってたけど実体あんのかよ。
「すまんな。阿呆なんだ」
「フッ、そんな気はしてたけどよ」
深緑装束のイケメン女子に男前な口調で謝られる。意外と自然体で応じられた。そこでダメージに呻いているアホの子がいるおかげかもしれん。サンキュー、そしてざまぁ。
騒ぎ立てる配下たちを頭目の仙人がパンパンと柏手を打って静めた。門下生も仰山いたし、リーダーシップというかカリスマはあるのだろう。高貴なオーラ出しとるし。
「では、せめて精一杯のもてなしをさせてもらいます。どうかそれで手打ちにしてもらえませんか。無論、彼女には後程厳しく言っておきますので」
「ま、迷惑料としちゃ妥当な落としどころだわな。いいぜ。朝飯もまだだったしよ」
食事の用意がされるのに合わせて、青娥娘々、物部布都、蘇我屠自古の三名は下がっていった。
オレの隣に華扇、正面には豊聡耳神子が座る。
とりあえず、やっと落ち着くことができるってぇモンだぜ。一応言っておくが、決して蘇我屠自古がいなくなって安心したワケではない。
修行中の仙人のメシというから、てっきり寺の精進料理みたいな粗食な献立かと思ってたがそんなことはなかった。もてなしと呼ぶのに遜色ない待遇がなされた。
旅館もかくやといわんばかりの立派な御膳が置かれる。白米と吸い物を手前に、おかずに刺身やら筑前煮やらの小鉢が添えられる。ド素人の目利きでもわかる上物の器が使われていた。メニューの一つ一つが着飾ったように見栄えする。
配膳を終えた門下生が一礼して襖を閉める。しん、と部屋の空気が静まり返った。オレたちを除いて人の気配はない。
豊聡耳神子が息を吐く。そして、
「うん、今はいいかな」
これまでの厳かな雰囲気が跡形もなく抜け落ちて、その表情も年頃の少女らしい柔和なものに変わった。口調も違う。
「ほーん……そっちが
「うん。門下生の前だとそれなりに威厳を保たないといけないから。もう慣れたんだけど、今でも時々肩が凝っちゃう。あ、さっきはあんな風だったけど、いつもは青娥たちの前でもこうなのよ?」
軽い調子でおどけてみせる亜麻色の仙人。今の彼女はどこからどう見ても年相応の少女でしかない。オレとしてもこっちの方が親しみやすくて気が楽だ。
実際、そんな華奢な体で四六時中にわたって肩肘張ってたら、さすがに疲れもするだろう。ノースリーブで露出した素肌はさながら箱入り娘のように色白だ。
「触ってみる?」
「あ? 何がや」
「私の肩のあたりをチラチラ見てたから、もしかして触りたいのかなぁって」
「ふーん、そうなんですか綿間部……?」
気付けば華扇の目つきが据わっていやがった。
この仙人サマ、どーにもその手のネタに敏感な節があるように思う。己は無防備なクセしてどういうこった。
「違ぇわ。ったく、仙人ってヤツはどいつもこいつも色仕掛けが得意技なんかよ……」
「なぁっ!? わ、私がいつそんな破廉恥な真似をしたというんですか!」
オレが溜息ついでにぼやくと華扇が赤面しながら怒ってきた。そらお前は天然モノだかんな。
そういえば、猫耳ヘアが猫かぶりを止めてもこの女は驚いていなかった。つまるところ、知っていたというワケだ。オレだけ蚊帳の外だったんかい。
兎にも角にも、外交向きの顔ではなく素面になった豊聡耳神子が飾らない笑みを浮かべた。
「じゃあ、気を取り直していただきましょう」
「んー♪」
ハートマークが飛んでそうなほど幸せいっぱいに、桃色ミディアムヘアの仙人サマがご馳走を噛みしめている。相変わらず食にかける造詣が深いこって。
吸い物を啜る。徹夜明けの胃にも優しい薄めの味付け。具材も麩と三つ葉が少し入っている程度。それでいい。それがいい。
「本当にごめんなさいね。基本的に青娥は一人だけ別行動とっているから。たまに芳香を連れているんだけど……」
「まったくだ。つーか、誰だよ芳香って」
「青娥が一番お気に入りのキョンシー」
亜麻色の髪をもつ仙人の答えにあぁと納得する。そういやネクロマンサーだったわな。
沢庵を箸で摘み上げ、ポリポリと咀嚼する。そのまま白米を掻っ込んだ。こうも日本人らしい朝飯にありつけたのは久しい。そもそも、いつもなら寝ている時間だ。
おまけに幻想郷じゃジャンクフードの店もなし。ここのところムダに健康的になっている気がしなくもない。
「うちに来るために華扇さんに協力してもらったの?」
「ま、そんなところだ。コイツん家で徹夜したんだよ。おかげで寝不足だ」
「え」
短い声とともに太子サマがパチクリと目を瞬かせる。どこか気まずそうに目を逸らし、それでもどうにかこうにか慎重に言葉を選ぶ。
「え、えぇーっと。昨夜はお楽しみでしたね……?」
「違いますッ!!」
さすがに聞き捨てならなかったのか箸を握り締めて仙人サマが叫んだ。なぜかオレが悪いみてぇな空気を醸し出して。つくづくこーゆー時は決まって男が不利となる。世知辛いことこの上ない。
うー、と恨みがましくオレを睨んでくる華扇に我関せず。お椀を手に取り再び吸い物を啜った。旨し。
「でも凄いわね。二十近くいた物の怪をたった一人で全部やっつけるなんて。正直言うと、外来人ってもっとこう……博麗の巫女に保護されるだけの人たちだと思ってた」
「フッ、
これ見よがしに拳をチラつかせて得意気に言ってのける。
別に喧嘩好きじゃない。夜の繁華街ですったもんだやっている中で自ずと鍛えられたに過ぎない。いざという時に備えて多少のトレーニングもしたが、専ら実践主義の叩き上げ。所詮はチンピラ相手の喧嘩技法だ。
すると、豊聡耳神子が思惑ありげに口元を緩めた。
「それじゃあ一つ、何でも屋さんに依頼をしてもいいかな。もちろん報酬は別口で用意するから」
「そら構わねぇけど、内容によるぞ」
「よかった。華扇さんはどう? 少しだけ彼借りてもいい?」
「ええ、どうぞ存分に扱き使ってあげてください」
「ちょい待て、どーしてコイツにまで許可求めんだよ」
いとも容易く行われたえげつないやり取りに思わずツッコミを入れちまった。華扇も当たり前みたいにオーケー出すなや。オレじゃなかったら見逃してたわ。
オレが待ったをかけると豊聡耳神子が意外そうに目を丸くした。
「え、華扇さんの弟子なんじゃないの?」
「全然違う。オレはフリーランスだ。どこにも属さねぇ」
危うく誤解されたままいくところだった。もしや人里でもオレが華扇の弟子という設定になっていやしないだろうか。今になって心配になってきたんだが。
その後もあーだこーだと話が脱線したりしつつも、ひとまず依頼は引き受ける方向に進んだ。
さて、とノースリーブな女子が正座を整えて言い放つ。
「うちの門下生と組手をしてほしいの。その実力、是非とも見せてくれない?」
つづく
神子たんは猫かぶり
なんか戦闘シーンが続いちゃってるけど七つのオカルトボールを集める冒険ファンタジーになったりはしません