その晩は、雷雲が轟く悪天候だった。
「ぐぉ……ったく、もう夜か」
十分な睡眠で勝手に目が覚めた。スマホのアラーム設定なんざ使う必要もない。ド田舎異世界の幻想郷じゃタイムスケジュールを組んだってしゃーねぇ。
起床して真っ先に耳に届いたのは、雨粒が叩きつけ稲妻が唸る曇天のお知らせ。いや、曇天どころじゃねーわな。
こんな天気にわざわざ出歩く輩もいなかろう。よって、本日の臨時休業が決定した。
「……あ?」
ようやく脳ミソが覚醒すると同時に、ふとした疑問に首を傾げる。
普段ならば暗がりに目が慣れる(暗順応だったか?)まで暫し時間を要するハズ。ところが、今夜に限っていつもと違うことに気付いた。スマホの画面も点いてないのにテント内が妙に明るい。
その犯人は、オレの足元にいた。
「何だコイツ」
小さい獣がおった。
ネズミとイタチと足して二で割ったような、珍妙な動物。頭の天辺から背筋を通って尻尾の先に至るまで続く、モヒカンもしくはトサカみてぇに逆立った毛だけ色が濃い。体長はせいぜい猫ぐらい。ネズミと呼ぶにはちぃっとばかりデカいかもしれん。
極めつけに、ソイツの全身にまとわりつくパチパチと静電気らしき小さな稲妻が爆ぜる。それが明るさの原因となっていた。
ヘンテコな生き物はオレにちんまい背中を向けて、テントの片隅に放置してあったボストンバックを爪とぎの如く何度も引っ掻いていた。意外と爪が鋭い。
「オイ、何してんだ」
声をかけると引っ掻き攻撃を止めて、こっちを向く謎の生物。何となくだが珍しい種族だとわかった。こんなヤツ見たことねーし、さっきからパチパチいっとるし。ワタパチかよ。
オレを見返すつぶらな瞳はいかにも何か言いたげであった。鳴き声もない。その代わりに静電気で主張しまくっている。電気ネズミ……いや、まさかな。
メッセージが通じないと悟ったのか、ヤツは何事もなかったかのように再びボストンバックを引っ掻き始めた。
「って、やめーや」
むんずと首根っこを掴んで持ち上げる。バチッときたが感電するほどでもない。というか、ネズミ(仮称)相手に話しかけるとか寂しい一人暮らしかオレは。
フツーなら野良ナマモノが侵入していたとなれば外に放り投げても文句なし。が、物珍しさもあってまじまじと観察してしまう。
「変なやっちゃな、お前」
思わずぼやくとパチッ!とちょい増しで紫電が荒れた。まるで抗議しているみたいで驚かされた。どうやら賢しいことに言葉が通じるらしい。
ま、頭が良くても所詮は動物。侵入した目的は何だと問われれば、おおよそ食い物が欲しかったんだろう。小動物を一旦下ろして荷物を奥まで漁ってみる。
最初に出てきたのは、いつぞや華扇が嫌っていたナッツ類。
「コレか?」
鼻先に近づけてみたがフイッと横を向かれた。反応はイマイチ。ハズレか。他に食糧なんざ持っていたっけか?あいにく保存食を蓄えるタイプじゃねぇぞ。それともカロリーメイトでも入っていたか?
ふいに、指先がとある袋詰めに当たった。
「うぉ、懐かし……って、まさかコッチなのか?」
オレ自身すっかり忘れていた代物が見つかった。半信半疑で呟きつつブツを取り出す。賞味期限が間近な店の余り物を押し付けられた記憶が蘇る。そんなこともあったな。
既に賞味期限切れだが未開封だしセーフだろ。そう自らに言い聞かせて、お徳用パックのポップコーンを静電気ケモノの前に置く。
すると、テンションが上がったかのように電気の勢いが増しやがった。心なしか嬉しそうにも見え、つぶらな瞳も輝いている気がしないでもない。
「マジか。お前こんなん食うのかよ?」
返事は一目瞭然だった。電気は口ほどにものを言うってか。
未開封だった袋を開け、試しに与えてみるとがっつくように飛びついた。シャクシャクと貪り、食い始める。塩も振ってない素焼きだから犬猫ネズミが食っても平気だと信じよう。
ぶっちゃけオレ自身はポップコーンがあまり好きじゃない。味気ねぇし。おかげで長らくほったらかしにしていたことすら見事に忘れていた。よもやナゾのネズミモドキの餌になるとは予想だにせんかったが。
しかしながら、全長三十センチかそこらの小動物が徳用サイズを一匹で完食できるハズもなく、ほとんど残して食うのを止めてしまった。さらに、用は済んだとばかりにそそくさとテントを抜け出していく。呼び止める暇さえなかった。
「何だったんだ、一体」
呆気にとられて呟きが零れる。
ヤツが去ったばかりのテントの入り口から雨水が少し入り、内側が濡れてしまっていた。
その後も数日にわたって雷雨を振るう悪天候は続いた。
簡素なテント暮らしには心臓に悪いことこの上ない。おまけに商売あがったり。勘弁してくれと言いたい。
次の日も例のネズミモドキが居座っていた。いつの間にか侵入しており、またもやボストンバックに爪を立てていやがった。
雨宿りか、はたまた住処にされちまったのか。知る由もない。わかるのはメシを寄越せというコイツなりの自己主張ってぇところか。
「ホレ、お前のせいで開けちまったんだから責任もって食えよ」
ただでさえ賞味期限がアウトだったのを開封してしまった手前、早めに片付けてしまいたい。昨日に続いてポップコーンで餌付けする。オレも一粒だけ齧ってみたが、やっぱり味気ない。
しばらくすると謎生物は満腹になり、さっさとテントから出て行った。まるで昨日をリプレイしているみたいで、オレも止めなかった。
「明日も来そうだな……」
その予感は、見事に当たることになる。
翌日も、さらに次の日も。毎晩欠かさずこの変な生き物はメシを集りに来やがった。
スマホのアラームもなし、悪天候のおかげで仙人サマのモーニングコール突撃もない。だというのに、惰眠を貪れず、ヘンな生き物に叩き起こされる。
「ったく、めんどくせぇなー」
もっとも、ダラダラと文句を言いつつもちゃっかり食わしてやってるオレも大概かもしれない。
そんな中、ふと思い至った。未開封の袋から匂いがはみ出ることはまずありえない。なのにコイツはここに来た。てっきりポップコーンに釣られてやってきたとばかり思っていたが、よくよく考えてみればそれだと違和感がある。
ひょっとして他にも気になる匂いでもあったのか……?
そこまでアタマを働かせたが、なぜか途中から急に面倒になってきて思考を手放した。
「あー……だりぃ……」
三日三晩続いた雷鳴轟く荒天がようやく過ぎ去った。
澄んだ夜空が広がる。まるで不純物を雨水が洗い流したかのようにスッキリしていた。
数日ぶりに依頼がないか人里を出歩く。焦る必要はない。そのうちお呼びがかかるだろうと楽観的に捉える。ただ、問題が一つだけあった。
「おかしいだろ……どーして夜なのに力が入らねぇんだ」
夏バテでもしたのか妙に身体が怠い。
気力を振り絞って出張ってきたはいいものの、オレの足取りは重かった。
夏風邪の症状とも言い難い。現に熱っぽさもなければ喉の痛みもない。ただし、異様なまでに全身が重く感じられた。
とにかくヤル気が湧いてこない。何をするにしても面倒くさくてしょうがない。
「どうなってんだ……?」
歩けば歩くほど倦怠感が身体中の隅々まで侵していく。両手両足、肩、背中、胴体すべてにウエイトを巻き付けて登山させられる錯覚に陥る。一歩進む度に見えない重圧に押し潰される。
異常なのは明らかだった。だというのに、この不測の事態を解決するのさえも億劫になる。体は鈍るわ頭も鈍るわの悪循環が廻った。
「あーくそ、歩くのもメンドくなってきた」
意味不明な戯言まで吐き捨てて、ついには立ち止まってしまう。ダメだ。立つのもやってらんねぇ……
前のめりに身体が傾く。この間のようなクッションもなく、あっさりと地面に倒れた。ドサリ、と己が崩れ落ちた音がどこか遠くに聞こえる。
突然に人がブッ倒れたとあって、すぐさま人だかりができ始めた。
「おい、あんた大丈夫か!?」
「この黒い恰好……何でも屋のあんちゃんじゃないか!」
「なにっ、華仙様の恋人か!?」
恋人じゃねーよ。そうツッコんでやりたいが怠くて声も出せない。
夜中とはいえ人里の往来のド真ん中とくれば、当たり前だがそら目立つ。いくつもの視線がオレに突き刺さった。
『外』と違うのは通行人が見て見ぬふりせず、それどころか率先して駆け寄ってくれることか。人情なこって。
動かねぇ、返事もねぇ、倒れ伏したまま無反応。微動だにしない有り様に周囲の人だかりもこりゃヤバいぞと緊張が走った。有志の男たちがオレの腕を肩に回して立ち上がらせる。
もはや急患の扱いまである。一大事だと言わんばかりに大声が飛び交った。
「永遠亭に行くには遠いぞ!」
「まずは慧音様に知らせろ!」
「どこか横になれる場所を準備してやれ! ひとまず安静にさせるんだ!」
ちょっとこれはシャレにならん。いくらなんでもエライことになってきた。無理矢理にでも声を絞り出す。
「いいから……その辺に、捨て置け」
「おぉ、気が付いたか。待ってろ、すぐに安静になれる所に連れて行ってやるからな」
「だーもう……」
やめろって。こちとらただ怠いだけなんだからよ。
しかしオレの要望など聞いちゃくれない。あれよあれよという間にオレは救急者(誤字にあらず)によってどこかへ運び出されてしまったのだった。
もうどうにでもなれ。抵抗するのもメンドクセー。
つづく
ヒロインどころか東方キャラが皆無なことに作者の豆腐メンタルが耐えられないので続きは今夜か明日にでも