東方扇仙詩   作:サイドカー

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今朝サイクリングしていると桜の花びらが舞ってました
風流だなって思いました

しばらく進むと鳥のウンコが降ってきました
クソだなって思いました


第四十四話 「世の中案外ダメもとでも言ってみるもの」

「どーしてこうなった」

 寝っ転がり天井に向かって言葉を飛ばした。当然、返事はない。

 気付けば集会場にまで担ぎ込まれた。この間の依頼で待ち合わせた場所だ。ちょっと前まで上白沢女史が来ていたが、「薬を探してくる」と言い残して一旦姿を消した。

 だから病気じゃねぇっつの。だがしかし、弁明するにも気力が足りず、人里の守護者サマを見送ってしまった。

 だだっ広い空間にただ一人取り残される。そのうち医者でも連れてくるんじゃなかろうか。仮病と疑われたら厄介なのだが、どうしたもんかね。

 そういや、あのネズミっぽい珍獣を今夜はまだ見ていないが、現在進行形でテントにいたりしねぇよな? 尖った爪で荷物に穴を開けられてポップコーンが散乱する惨状を思い浮かべた。こっちもアカンやつや。

 止めにいかねばならんのに、いざ動こうとすると気疲れが襲う。あ、コレ詰んだわ。

 

「綿間部!!」

 

 動けぬ動かぬその矢先、彼女がやってきた。

 切羽詰まった様相で華扇が勢いよく飛び込んでくる。息を乱しながら大声を張り上げて、よっぽど急いできたのが伺える。心配そうな顔に少しだけ乱れた前髪がそれを物語っていた。

 

「よう……」

「よう、じゃありませんッ! 道端で倒れたって本当なのですか!? どこか怪我は!? それとも病気なの!?」

「落ち着けっつの」

 

 こんな時でもキチンと靴を脱ぎ揃えてから慌ただしく上がるという器用なマネをする。仙人サマが駆け寄ってきて寝そべるオレの顔を上から覗き込んだ。その拍子にサラリと垂れ下がる桃色ミディアムヘアの艶やかさが目を惹く。

 ともあれナイスタイミング。ちょうど誰かに頼みたいことがあったり。フツーだったら思っても口にしない内容だという自覚もある。けれど悲しきかな、あいにくと今のオレはイロイロとマトモじゃない。

 

「どーにも身体が重くてな……なぁ、華扇」

「何ですか?」

「膝枕してくれ」

「は……へぇええ!?」

 

 赤みがかった瞳を大きく見開き、上擦った声をあげて動揺された。ついでに顔も紅潮させて。ま、その気持ちもわからんでもない。我ながら何抜かしてんだと思う。

 けれども現状の枕は薄っぺらい座布団を敷いただけ。おかげで後頭部が地味に痛くて敵わない。そのことを伝えようにも説明するのが面倒で以下略。

 その一方で華扇はといえば、眉間にしわを寄せて悩んだり、かと思えば、だらしなく頬を緩ませてニヤけたり。さながら百面相ばりに表情をコロコロと変えながらやけに考え込んでいた。さすがにダメだったか?

 彼女は指同士をつつき合わせながら目を逸らして、ポソッと控えめに言葉を漏らした。

 

「し、仕方ありませんね……今回だけ、特別ですよ?」

 

 まさかのオーケーであった。いや、頼んだのオレなんだけど。

 女はオレの頭を軽く持ち上げると生まれた空間に折り畳んだ膝を割り込ませた。後頭部に華扇の膝枕が敷かれる。

「おぉ……」

 柔らかく、それでいて程好くハリのある弾力が伝わってくる。健康的で肉付きのイイ太腿が生み出す感触は、至高の一言に尽きた。女の柔肌から人肌の温もりに包まれる。

 固い木の床や煎餅みてぇな薄っぺらい座布団なんぞ比べ物にならない。それどころか、そこら辺の枕にも勝る心地良さ。

 

「悪くねぇな……」

「そ、そうですか」

 

 見上げるオレと見下ろす華扇、二人の目が合う。

 目鼻立ちは整っており肌もきめ細やか、桃色のミディアムヘアを括る白いシニョンがよく似合う。顔の近さにうっかり見入ってしまう。つくづく美人だと思い知らされる。

 しかも膝枕の効能なのか少しだけ身体が楽になった。その証拠に腕を伸ばすくらいはできた。僅かに上げた右手で華扇の頬に触れる。

 

「ぁ……」

「(メッチャ快適だし)ずっとこうしていたい」

「綿間部……」

 

 仙人サマの瞳が潤み、熱っぽく蕩けた表情を浮かべる。声色も甘く、オレの耳をくすぐった。彼女もまたオレの方へと手を伸ばし、オールバックの黒髪を梳き始めた。

 慈しむような眼差しで、桃色の少女が微笑みかける。ほんのり桜色に色付いた頬は微かに熱を帯びていた。

「ねぇ。どうしてこうなったか、心当たりはありませんか?」

「さぁな。夏風邪じゃねーけどよ」

「……うん、熱はないみたいですね」

 手のひらをデコに乗せて、華扇は確かにと頷いた。むしろ熱があんのはそっちだろうに。

 ちなみに熱を測り終えた後も手のひらは退かれなかった。煩わしさはない。女らしい滑らかな手触りが不快になろうものかよ。

 いっそのこと、このまま寝落ちしてしまおうか。どうせ今夜は何もする気も起きないのだ。ま、一つだけ気がかりがあるとすれば、

「ネズ公に餌やってねぇことか……」

「ネズミですか?」

 オレの独り言に、華扇がオウム返しに尋ねた。キョトンとした顔で瞬きを繰り返す。さすが動物の話題になると耳聡い。ついでに女将はあざとい。

 隠し事でもなし。特に深く考えず、オレはここ数日の出来事をこの女に聞かせてやった。

「変なヤツがアジトに居着いてんだよ。ネズミっぽい生き物。静電気みてぇなモンで体をパチパチさせていやがんだわ」

「え」

「そんでポップコーン……つってもわかんねーか。平たく言えばトウモロコシの焼き菓子だ。それを集りに毎晩ウチに侵入してる」

「……………」

「あぁ……考えてみりゃ、オレの調子が狂ってきたのもあのネズミモドキが住み着いてからか。妙な偶然もあったもんだわな」

「……………」

「…………華扇?」

 急に黙り込んだ仙人サマの顔を覗き込む。

 なぜか彼女は何とも言えない複雑そうなツラをしていやがった。「やっちまったなぁ……」という自責の念と「そういうことか」という納得が合わさった感じ。

 要するに、誰の目から見ても怪しさ満点であった。

「ったく、どーしたんだ?」

「あの――」

 

「黒岩、薬を持ってきたぞ」

 

 幸か不幸か、仙人サマのセリフを遮るかたちで上白沢女史が戻ってきた。

 まだオレたちに気付いた様子はなく、靴を脱ぎながら「鈴仙が置き薬を補充していってくれて助かったよ」と満足げに言っている。鈴仙とか知らんがな。

 室内に上がったところで、ようやく彼女はオレと華扇の状況を目の当たりにした。それはもうバッチリと。タイミング遅ぇよ。

 はじめは「え」と固まり、次いで右へ左へと目線を忙しなく泳がし、最終的には気まずそうな引きつった苦笑いで、

 

「お、お邪魔だったか?」

「ち!? ちがっ、違いますから!!」

「あだっ」

 

 女教師の間違った気遣いに華扇が赤面しながら慌てふためく。人を膝枕したのも忘れて立ち上がられ、後頭部を床にしこたま打ち付けた。鈍い音を響く。

 誤解だ何だと早口で捲し立てる仙人サマに気圧されて、人里の守護者も頷くしかなかった。その光景を尻目にオレは依然転がったまま放置される。何だコレ。

 ほどなくして、ひとしきり誤解を解き終わった華扇が改まったように咳払いした。照れ隠しにも見えなくないが、言わぬが花だろう。オレとしても他意はない。そのつもりだ。

「それよりも慧音さん。彼の体調不良が何によるものかわかりました。この症状に効く特効薬はトウモロコシです。芯ごと砕いたものを準備していただけませんか」

「あ、ああ。承知した。すぐに用意しよう」

「お願いします」

 その前に湿布か氷嚢を持ってきてくれないだろうか。頭痛いんですけど。

 

 

「マジでトウモロコシ食ったら治っちまった……どういう理屈だ?」

「理屈がどうというより、先人の知恵ですね」

「ほーん。つっても芯ごと食わすこたぁねーだろ。トウモロコシの芯なんざ初めて食ったわ」

「文句言わない。それが薬なのですから。良薬は口に苦し、不味くなかっただけありがたいと思いなさい」

「へーへー」

 これまで全身に圧し掛かっていた気怠さも、石を背負ったような重苦しさもキレイサッパリ消失した。まだ疲労感が残って清々しい気分とまではいかねぇが、今までが今までだけに十分マシだわな。

 あれから上白沢女史には助かった礼と迷惑かけた詫びと、あとついでに膝枕の件は黙っていてほしいと頼み、華扇と一緒に集会場を後にした。なお、寺子屋の女教師は「もう慣れたよ」と達観っつーか悟りを開いていた。そこは慣れんなよ。

 とりあえず、今は華扇に言われるがままアジトに戻っている途中である。

 驚いたことに、あの電気ネズミっぽいのがここ最近の無気力を招いた張本人なんだとか。ウソみてぇなハナシだが、仙人サマが真顔で言うもんで従うしかない。一応な。

 テキトーに話しながら歩いているうちに拠点の前まで辿り着いた。入り口を捲ると、数日間のうちにすっかり見慣れてしまったものが視界に入る。ネズミとイタチを足して二で割ったような謎生物が相変わらず荷物に爪を走らせておった。

 小さい獣を見るや否や、仙人サマは喜びと呆れを含んだ曖昧な顔でほっと息を吐いた。そして、キリッと表情を引き締め直すと「こら」と腕組みした。

 

「やっぱりあなただったのね」

 

 桃色の女が一声かけるとケモノはピタリと動きを止めた。体を反転させて華扇の姿を捉えると、脇目も振らずまっしぐらに飛び込んでくる。パチパチ爆ぜる電気を気にも留めず、華扇がヘンテコな生き物を肩に乗せた。

 お得意の動物調教の御業――いや、コイツは「やっぱり」と宣った。つまり知っていたことに他ならない。トウモロコシで治ると即断できたのもそーゆーこった。

 

「結局何なんだ? この変なのは」

「えっと、私のペットの一員です」

 ちょっぴり申し訳なさそうに眉尻を下げて仙人サマが白状した。

「なるほどねぇ」

「う……ごめんなさい。恐らく私の気配を辿ってここまで来たのでしょう。しばらく姿を見ていなかったのですが、まさかこんな所にいるなんて」

「そういうことか。ようやく全部繋がったわ」

 

 どうりでやたらウチに来ると思ったら、飼い主の気配に釣られてきたってぇのがオチかよ。放し飼いだったのか脱走したのかは知らんが、華扇の残滓が漂っていたのを目ざとく察知したのであろう。

 飼い主もペットに負けず劣らず毎日のように叩き起こしにきてくれやがっとるし、匂いの一つでも残っていても不思議ではあるまい。オレにはサッパリわからんが、動物の嗅覚なら嗅ぎ取れるぐらいにはあったんだろ。

 おまけに餌にもありつけて一石二鳥だったに違いない。ちゃっかりしてんな、コイツ。

 

「で、さっきから電気出しまくっとるこのちんちくりんは動物なのか?」

「雷獣といって、雷を呼ぶ非常に珍しい獣です。その生態を知っている者は非常に少ないと聞きます。ちなみに主食はトウモロコシよ」

「っかー、それでポップコーン食ってたのかよ。つまりコイツがいればスマホの充電くらいはやってくれんのか?」

 

 サイズからいってもその辺が頑張りどころだろう。まさか十万ボルトが使えるワケでもあるめぇ。これまでの餌代のツケとしてそのぐらいの働きはあってもイイんじゃなかろうか。

 オレが雷獣の静電気にちょっかいを出しているのを眺めて、華扇がふふっと意味ありげに笑う。

「すまほ、というのはわかりませんが……この子から電気をもらうのは覚悟した方がいいですよ? 綿間部も身をもって味わったばかりでしょう。雷獣には毒があるのです」

「あ? 毒……ってまさか」

「はい、廃れ忘れて痴れ者となる。元気もやる気も全て失って終いに何も考えられなくなってしまいます」

「おっかねぇこと言うなや。たかだかケータイの充電ごときに廃人化するリスクなんぞいちいち背負ってられるかい。どんだけ代償デカいんだよ」

「リスクのない恩恵なんてこの世にありません。肉を欲せば獣に命を脅かされる。灯りと熱を欲せば火事の危険に脅かされる。物事は表裏一体、都合の良いところばかりに目を向けていると痛い目に遭います。偏った知識のせいで判断を誤ったり、浅はかで迂闊な行動を取ったりしないためにも、常日頃から勤勉であることが大切なのです。そもそも――」

 あーあ、まーたお説教のスイッチが入っちまった。

 クドクドと長ったらしくご高説を垂れる仙人サマにバレない程度にこっそり嘆息する。つーか、色々語っとるけど発端はお前の監督不行き届きじゃねーか。

「綿間部? 聞いてるんですか」

「あー、はいはい。その通りでごぜぇます」

「もぉ! ちゃんと聞きなさいっ」

 ま、エエか。今夜ぐらいはアレもコレも大目に見てやらんこともなし。

 さり気なく後ろ頭に手をやる。膝枕の柔らかさと温もりが仄かに残っているような気がした。

 

 今日だけ特別、か……

 ちょっとだけ惜しかったかもな。

 

 

 翌日。

「っかー、つれぇわー。雷獣の毒にやられちまって今日は仕事できねぇわー」

「嘘おっしゃい! 私の目を誤魔化そうったってそうはいきませんよ! さっさと起きる!」

「……やっぱダメか」

 なお、新しい言い訳は五秒も保たなかった模様。

 

 

つづく

 




華扇に手を引っ張られながら海辺を走って「きっかけはキミが映ったスフィア」とか言われてみたかった(フェードアウトのラストで大鷲が飛んでるイメージ)
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