東方扇仙詩   作:サイドカー

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人生初ギックリ腰っぽい何かになりました。
「これでブリッジしたらどうなるんだろう?」とハアハアしつつ知的好奇心に抗えず思い切りのけぞってみました。

呼吸が止まってShangri-laが見えた(臨死体験)



第四十五話 「夜は永いし歩けよ仙人」

「やあ、久しいな黒岩」

「あ? なんだ、藍ネーチャンじゃねーかよ」

「ら、藍姉ちゃん……そのような呼ばれ方をされたのは初めてだな」

 インテリを体現したような声に呼びかけられて振り返れば、金色の九尾を携える狐サマが立っていた。この女と会うのは博麗神社で宴会があった日以来か。やたら大量に作られた稲荷寿司が旨かった。やたら大量だったけどよ。

 モフモフの尻尾を揺らしてゆったりとした足取りで八雲藍が歩み寄る。立ち姿もキャラボイスもクールな相変わらずのイケメン女子であった。女子にモテる女の風格が惜しげもなく晒される。バレンタインだったらチョコ貰う側にいそう。

 

「あれから調子はどうだい?」

「ま、ぼちぼちでんな。良くも悪くもよ」

「それは僥倖」

 

 聡明な笑みを自然に浮かべて女狐が首肯した。些細な立ち振る舞いですら一つ一つが悔しいほど様になっていやがりますわ。宝塚に出演した方がいいんじゃないかな。

 まぁいい。しかし今更だが九尾なんて大妖怪が人間の集落をフツーに出歩いてんのに、ちっとも騒ぎにならねぇのか。つーか、最初に出会ったときも油揚げ買ってたわな。庶民派かよ。

 ゆらりゆらりと揺蕩うボリューミーな尻尾の束を目で追いかける。存在感ハンパねぇなオイ。

「で、オレに何か用か?」

「いやなに、紫様が珍しいものを入手したそうでな、折角なのでお前に贈るようにと仰せつかっている。黒岩ならその良さがわかるだろう、とのことだ」

「ミス八雲か……しばらく会ってねぇな」

「ご多忙の身なのだ。察してくれると助かる」

 長い袖口をピタリと重ねた手合わせポーズを解き、八雲藍が懐からガラス瓶を取り出す。細長く、丸みを帯びたデザインはワインボトルを彷彿させる。差し出されたからとりあえず受け取っておいた。

 サイズもワインボトル並み。透明なガラス越しに中身の液体が確かめられる。目の前にいる女とよく似て鮮やかな黄金色。ラベルこそ貼られていれど、雑な波線を書き綴ったようにしか見えない。アラビア文字とかこんな感じだっけか。

 軽くボトルを傾けるとチャプンと水音が鳴る。

 

「酒か」

「ご明察」

 

 何となしに口にしたら正解を引き当てちまった。もっとも、ボトルの形もといデザインからすればカンタンに答えが導き出せる。

「お気に召さなかったか?」

「フッ、まさか」

 アルコールは嫌いじゃない。ましてや夜を生きる男にとっちゃ縁を切っても切れぬモノ。バーに飾っていそうな洒落た洋酒ボトルがオレの琴線に触れる。くれると言うなら断る理由もなし。

 しかも珍しいことに、こんなデザインのやつはオレでも見覚えがない。八雲紫はオレの目利きを期待したみてぇだが、残念ながら知識も記憶も該当件数ゼロ。夜の繁華街でもコレを置いている店はなかった。

 そのうえラベルが何語かもわからん始末ときた。こんなん文字じゃなくてただの模様だと言われた方がまだ頷ける。

「色合いからしてウイスキー……いや、ラムか? それにしちゃ褐色どころか黄色に近ぇし、栄養ドリンクかよ」

「おや、『外』の世界の酒じゃないのか? 紫様が仰るには偽電気ブランという銘柄だそうだ」

「……は? 偽電気ブランだと?」

「ほう。やはり知っていたか」

「いや知ってるっつーか……」

 八雲藍の言葉に耳を疑った。ついでに目を見張る。

 その名前ならばオレも知っている。幻の名酒ともいわれていることも含めて。

 幻の名酒ともなれば、そら珍しいし数も少なかろうし実物を見たことがねぇのもしゃーなし。と、並大抵の輩は思うだろう。けれどもそうじゃない。オレが驚かされたのはそんな生温い理由じゃねぇワケで。

 

 そもそも、偽電気ブランは実在しない。

 なぜならば、アレはある文学小説?にのみ登場するいわばフィクションの逸品。

 物語中では清水のように透き通った酒だとうたわれる。人生の虚無の味だと貶める金持ちもいれば、黒髪の乙女は人生を底の方から温めてくれるような芳醇な味だと誉めた。何処かでコッソリと作られては夜の街に運び込まれているという噂も浪漫がある。

 ちなみに本物の電気ブランは存在する。一本千円かそこらで買える。パチモンの方が架空ってぇのもなかなか皮肉なこって。

 

 さすが幻想郷。神も妖怪もおまけに幽霊もいる異世界は伊達じゃねぇ。その気になれば空想の産物なんぞも手に入れられるとは恐れ入った。ただし、どうやって調達したのかは妖怪の賢者サマのみぞ知るってか。

「さて、用は済んだから私は行くとしよう」

「んだよ。わざわざこのためだけに来たってぇのか? ご苦労なこって」

「フフ、お前は紫様が直々にお招きした御客人だからな。あぁそうだ。たまにはマヨヒガにも顔を出してやってくれ。橙も遊びたがっている」

「あの猫娘がオレを? 物好きなやっちゃなオイ」

「お前は自分が思っているよりも誰かに好かれる男だ。何なら、思いがけず身近なところに特別な好意を抱いている者もいるかもしれないぞ?」

「ハッ、そらねーだろ」

「さて、それこそどうかな。ではまたいずれ」

 八雲藍はそう言うと背中を向けて立ち去る。去り際までインテリかつクールだなコンチクショウめ。

 しかもやけに意味深な言い回しまでされたのが気になった。主従揃って遠回しで読めないやっちゃな。ただし猫娘は除く。

「しゃーねぇ。そのうち行ってやるか」

 偽電気ブランなんつーレア物を貰ったからには、それなりに報いるとしよう。

 

 

 

「まさか小説上の洋酒が貰えるたぁ侮れねぇわ……」

 もちろんデマという可能性も無きにしも非ず。が、わざわざ八雲藍を寄越してまでしょうもない悪ふざけするとも考えにくい。やはり本物の偽電気ブランか。って紛らわしいな。

 とはいえ、いかに稀少な逸品だとしても酒は酒である。飲まねば意味がない。ワインコレクター染みた高尚な趣味もなし。集めて飾ってハイおしまいってぇワケにはいかんのだ。

「こりゃ今日は店じまい決定だな……いや待て」

 ふと、勇んで踏み出した一歩に躊躇いが生じる。

 これほどの上物を抱えた状態でアジトに戻って大丈夫なのか。いつぞやの伊吹何たらとやらに出くわしたら横取りされかねない。四リットルの業務用サイズを片手で軽々と呑むアランダラだ。見つかったら最後、絶対にロクなことにならん。

「あの鬼だけじゃねぇぞ……」

 もう一人。そこそこ常識人だがトンデモねぇ酒豪を知っている。説教臭くて異性に無防備なピンクの仙人サマ。あの女には悪いが、こいつはオレだけの秘蔵として密かに嗜ませてもらおう。

「なるべく人目につかない場所に移動するっきゃねぇか……」

 おあつらえ向きに今宵も月明りが冴えている。このまま人里外に出て月見酒と洒落込むのもまた一興であろう。そうと決まれば善は急ぐまで。

 オレは得意のステルスで誰の目にも見つからないようにコソコソと身を隠しながら、月夜に紛れて人里を抜け出していった。

 

 

 月に叢雲花に風。草木も眠る丑三つアワー。ただし現時刻は九時かそこらである。

 夜景を肴に一杯引っ掛けるならロケーションも選びたい。間違ってもすぐそこの堆肥作りの生ゴミ捨て場とかゲロ以下のニオイがプンプンする場所ではない。

「ま、のんびり行くとすっか」

 少し歩く。遮るものが何一つない夜風がオレに当たっては過ぎ去っていく。月明りが宵闇の道しるべを照らし、星の群れは疎らになって煌めく。今夜はミスティアの屋台も出てなかった。鈴虫のコーラスが静謐な空気に溶け込む。

 花鳥風月。今宵も世界は美しい。

 数十分ほどかけて人里へ続く道を逆行する。

 そんな中、ふいに既視感を覚えて立ち止まった。オレが初めて幻想郷に落とされた場所。ちょいと歩くだけのつもりが、いつの間にか此処まで足を運んでしまっていたらしい。

 ロケーションとしても悪くないし、この辺でイイだろう。グラスなしってぇのが風情に欠けるが、どーせオレしか飲まねぇなら直接口をつけても構うまい。

「Prosit」

 あえてドイツ語で乾杯を捧げる。ニヒルな笑みを浮かべて栓を抜く。いざ――

 

「綿間部、こんな場所で何をしているのですか?」

 

「ヤベ……ッ」

「?」

 まさに狙ったかのようなタイミングの悪さに思わずつんのめった。

 咄嗟にズボンの尻ポケットに偽電気ブランを突っ込む。大丈夫だ、バレてない。我ながらファインプレーを褒めてやりたい。それはさておき。

 出鼻を挫かれたやるせなさを万感の思いに込めて、ジロリと視線を向ける。

「まったくもう、相変わらず目つきが悪いですね」

「ほっとけ」

 胸元に咲く薔薇がアクセントな紅色の中華衣装と緑色のミニスカのコーディネートを着こなし、夜風に靡く桃色のミディアムヘアを包帯が巻かれた右手で押さえて乙女が佇む。赤みがかった瞳はガーネットを連想させる輝きを宿す。月夜の背景と相まってなかなか絵になっていた。

 行く先々で出くわすのはもはやお約束で、驚くこともなくなった。

 別にそこまでやましいことでもないのだが一度隠してしまった手前もある。ひとまず何事もなかったかのように取り繕う。

 

「お前こそどーした」

「綿間部がコソコソと人里を出ていくのが見えたので。お仕事ですか?」

「…………あー、まぁ。そんな感じ」

「…………怪しいですね」

 

 目を逸らしながら言葉を濁すイマイチ煮え切らない態度が仇となり、仙人サマが訝しんだ目つきになる。ジトッと疑いの眼差しが向けられる。うっかり冷や汗が出ちまいそうだ。

 しばらく華扇はオレをジロジロと見定めていたが「まぁいいでしょう」と力を抜いた。どうやら無事に誤魔化せたようだ。フッ、勝ったな。

「また余計な事を企んでいるのですか? つくづく厄介事ばかり起こす人ですね」

「人をトラブルメーカーみてぇに言うなや。何もしとらんだろ」

「どの口がそれを言いますか。ともかく、依頼でしたら私も手伝いましょうか?」

「いや。どっちみち大したことじゃねぇし。むしろオレ一人でやった方が好都合なんだよ」

「そうですか……」

 ちょっと残念そうな微妙な反応で、華扇がしゅんと項垂れた。犬かよ。出番がなくてガッカリしたんか。

 兎にも角にも長居は禁物。あまり長引くとボロが出ちまうかもしれん。この場は急いでいるフリしてさっさとおさらばするに限る。この女のご機嫌取りはまた今度にしておく。って、なしてオレはこんな後ろめたい感じになってんだ。

 じゃあな、と片手を上げようとした時だった。すかさず華扇が口を開く。

「ところで綿間部、一つ質問があります」

「あ? 何だよ、わりと急いでんだが――」

 

「さっき、何を隠したのですか?」

 

「………………なんも隠してねぇぞ?」

「へぇ……」

 ニッコリと眩い笑顔を浮かべて核心に迫りくる華扇にオレは堪らず顔を背けた。

 まるで推理小説のクライマックス展開。さながら名探偵に決定的な証拠を突き付けられた真犯人。マジで自白する五秒前。真実はいつも一つってやかましいわ。

 バレた? まさか。マジか。マズイ。どうする。撒くか。

 脳ミソの中で思考と策が入り乱れる。無意識にのうちにじりじりと後退り、摺り足で靴底が目減りする。ガンマンの一騎打ちか侍の決闘を思わせる緊張感に縛られる。

 ゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 華扇は笑顔を保ったまま崩さない。ニコニコとやけに楽しそうにオレの答えを待っていやがる。ただし見えない圧力が背中から立ち上っているのは気のせいだと信じたい。

 切迫した空気に喉が渇く。さり気なくケツのあたりに手を伸ばす。その瞬間、華扇の瞳がキランと光った。

 

「えぇい!」

「どわっ!?」

 

 桃色の仙人サマがムダに可愛らしい掛け声をあげて飛びついた。まさかタックルかまされるとは思わず後ろに押し倒される。背中は当然のこと、思いっきり尻餅をついて一瞬にして青ざめた。

「おまっ、割れたらどうすんだ!?」

「やっぱり何か隠してたんじゃないですか」

「な、なんのこった? 悪ぃがオレにはサッパリわからんなぁ」

「往生際が悪いですよ。いいから見せなさい。どうしても嫌だというなら無理矢理にでも見ちゃいますから」

「オメーは生活指導の先公か」

「仙人です」

 しくじった。しかめっ面を晒して内心で舌を打つ。無意識にボトルを触ったのがこの女にブツの在り処を教えるヒントになっちまった。

 オレの下腹部あたりに跨ったまま、さらに彼女自身も体を前に押し出して尻ポケットに手を伸ばしてくる。あっという間に密着度合いが増した。

 

「ちょバカ、やめ」

「んっ……あぁもう、抵抗しないで」

 

 悩ましげな声色が吐息に混じって耳たぶをくすぐる。

 大きく膨らんだ双丘がオレの胸板に押し潰されて、ムニュムニュと柔らかく形を変える感触が否応なしに伝わる。覆い被さったまま肢体を前後に揺すってくる度に聞こえる、衣擦れの音さえもイケナイ雰囲気がして生々しい。桃のような甘い匂いが鼻先から漂って惑わされる。

 頭がクラクラして理性がイかれちまいそうだった。取り返しのつかないことになりそうなほどに。本能が危険信号を上げる。

 

「マジでやめろって! イロイロとマズイだろうが!」

「むっ! そんなに見られたら困るものなんですか!?」

「ちっげぇよ!」

 

 オレの制止など意に介さず、それどころかますます意固地になって仙人サマが体をくっ付けてくる。危険信号が警告に変わった。

 このままではガチでヤバい。もし生理現象が発生しようものなら一発でバレる。夜を生きる男にとって社会的な死が目前に迫る。いかん!

 なりふり構わず華扇を引き剥がそうと彼女の脇の下に手を差し込む。

 

「ひゃああぁんッ!? ど、どこ触ってるんですかエッチ!」

「おまっ、ヘンな声出すんじゃねぇって!」

 

 夜の野外に響き渡る女の嬌声。身体の敏感なところだったのか顔を真っ赤にして桃色の仙人サマが身を捩る。くんずほぐれつ。互いの身体が絡まり、至る所が擦り合わされる。

 閲覧注意。ついに年齢制限がかけられてしま――

 

「何をやっているんだ、お前たちは」

 

 涼し気を通り越した平淡な声が冷や水の如く浴びせられる。それと同時に、オレたちの色んな意味でギリギリな一悶着がピタリと止まった。

 ギギギ、とぎこちなく二人仲良くそちらを見やれば、先ほど別れたばかりの九尾のお狐サマがどこまでもクールな眼でこちらを見下ろしておった。左右の袖口を合わせた謝謝ポーズも健在である。

 そして、上白沢女史が時折見せるような気まずさやいたたまれなさは一切なく、目下で織り成された痴態を淡々とした態度で眺めていた。

 

 さて、現状のオレたちはどうなっているか。

 仰向けに寝転がった男の上に女が全身を隈なく密着させて乗っかり、さらに男は女の脇を撫でて甘い声を鳴かせて耳で愉しみ、女は男のケツに執拗なまでに手を伸ばす。トドメに互いに体を激しく動かした拍子に衣服も乱れ、オレはズボンがずり落ちかけているわ、華扇のミニスカもかなり際どいところまで捲れちまって白い素肌が大胆に露出していた。

 

 結論から言ってしまえば、誰がどう見ても完全にアウトである。

 

 やがて、八雲藍がどこか遠くを見ながら息を吐いた。

 

「愛を確かめ合うのは大いに結構。ただ一つ忠告すれば、野外プレイなら人目につかないように茂みの裏などでやるといい。こんな遮蔽物のない往来の真ん中で致すのはどうかと思うぞ」

 

「ちちちがっ、違いますッ!! 断じて誤解ですから! 勘違いが甚だしいにも程がありますよ!?」

「なな何言ってんだお前んなワケねーだろゼッタイ違ぇって気付けよつかわかれよ!」

「何だ、違うのか」

『当然だ(です)!!』

 華扇どころかオレまで大いに取り乱して狼狽えてしまった。あまりにも相手が冷静過ぎると逆にこっちがハズイやつである。何たる屈辱。ガッデムと言わざるを得ない。恐るべし八雲藍。

 つーか、インテリなツラして野外プレイとか抜かしやがったぞ、この女狐。

 

 

「ハハハ、そうかそうか。彼には珍しい酒を届けただけだったのだが、まさかこんなことになっているとは思わなかった。さすが黒岩」

「さすがじゃねーよ……いや、さすがじゃねぇだろうがよ」

「二回も言うことなのか?」

「もぉ……綿間部のせいで恥ずかしい思いしたじゃないですか。うぅ、穴があったら入りたい……」

「いやはや、茨木殿も大変だったご様子で」

 九尾の寛容な精神のおかげでむしろオレたちのダメージが酷い。八雲藍がくつくつと笑い声を噛み殺しながら相槌を打つ。チクショウ、いつまでわろてんねん。

 未だに羞恥が消えない頬を膨らませて華扇がオレを睨みつけてきた。説教時の迫力は欠片もなく、どっちかっていうと拗ねている感じのツラだった。八つ当たりともいう。

「それもこれも綿間部の日頃の行いがこういう結果を招いたんです。紛らわしいことばかりするから。今回のだって素直に見せてくれれば良かったのに」

「っかー、オレのせいかよ」

 げんなりした顔でぼやくと狐サマと仙人サマが容赦なく追撃をかましてくる。片やスマートなインテリスマイルで、片や頬っぺたをいっぱいにした膨れっ面で言った。

「頑張るといい。女の声にちゃんと耳を傾けるのも男の甲斐性だぞ」

「そうですよ」

「うるせぇ、んなモンが男の甲斐性になって堪るか」

 やけくそで言い返したが、同意してくれる者はいなかった。

 

 

 すったもんだあった挙句、偽電気ブランを隠し持っていたことがバレたのは言わずもがな。八雲藍が今度こそ帰ってから、華扇と二人で呑むことになった。きっと最初からこうなる運命だったのだろう。

「……フッ」

 改めて栓を開けて、まずは一口。喉から食道を通じて胃に落ちた瞬間、その美味さに目を見開いた。

 花が咲き誇り、蝶が舞い飛ぶ。かの演出にも等しい神秘的な風味が膨らむ。幾度の夜を渡り歩いてきたかのような、心が充実した感覚に包まれる。

 しばしの間、高揚感と余韻に浸る。数分前のゴタゴタなんざ水に流してしまえそうだ。上質な酒は時に幸福をもたらす。

「美味しいですか?」

「ああ、こりゃ大したモンだぜ」

「綿間部だけズルいです。私にも飲ませてください」

「わぁーってらぁ。ほらよ」

 美味い酒、それも幻の名酒ともなればこの女が黙って見ていられるハズもなし。

 酒好きの仙人が自前の升に注ごうとして、なぜか直前で手を止めた。瓶の口を見つめて、まるで引き寄せられるようにそこに自らの唇を重ねる。こくん、と小さく喉が鳴った。

 瞼を閉じて後味までじっくり堪能して、ようやく目を開いて彼女はうっとりと恍惚の表情を浮かべた。

「不思議な味……甘酸っぱいようでいて、どこかほろ苦いような」

「あ? そんな味したか?」

「え? はい、しましたけど……」

 仙人サマからボトルを奪い取ってもう一度飲んでみる。一口目はハードボイルドに相応しい深い渋みがあったのに、今度はさほど感じられない。明らかに異なったテイストに首を捻る。

 飲む人とかタイミングによって味わいが変わっていくとか? その時々に似合う風味を生み出すように。あまりにデタラメな推測だが、どーせ元々が物語にしか存在しないリキュールなのだ。それぐらいの摩訶不思議があっても面白い。

 もしそうだとしたら、今のオレにはコレが似合うという偽電気ブランからのメッセージと受け取れる。ったく、どういうつもりなんだか。

 ひっそりと混ざった隠し味。渋さの中に際立つ――

 

「綿間部、次は私の番ですよ?」

「へいへい。しゃーねぇなぁ」

「本当にもう。大体、綿間部はエッチでいやらしくてスケベで、そのせいで私がどれだけ……」

「いきなり悪口やめーや。しかも全部一緒じゃねーかよ。そこまでエロくないわ」

「うるさいです馬鹿者……ング、ング」

「ちょオイ待て! 一気に飲むなよ無くなんだろうが!?」

「ぷはっ……知りません」

 

 甘い桃の風味が一匙ほど。

 

 

つづく

 




この二人をイチャつかせようとするとお色気ハプニングになっちゃうの何でだろう(テツトモ感)
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