またもや本編に未登場のキャラが出てますがお許しくださいボルガ博士
茨歌仙にも出てくるキャラだし、多少はね?
新緑に色付く季節に春風が吹く。
初夏来訪の前触れが告げられる。数日のうちに急に気温が高まった。暑さで汗ばむインナーに清涼な大自然の息吹が身に染みる。サンサンと日差しが降り注ぎ、太陽が眩しい。
「あっちぃ……全然夜じゃねーぞオイ……」
ぶつくさ文句を垂らしつつ作業を進める。
民家の屋根によじ登って鯉のぼりを吊るす。結び目が解けぬよう軒先に固く縛り付けた。やや強めに揺すってもビクともしない。これなら風で解ける心配もなかろう。
この家で八軒目の依頼であった。寺子屋、酒場、稗田邸など大なり小なりお呼びがかかる。あと偶々見かけたのだが、ミスティアの屋台もちっこい鯉のぼりを飾っていた。「可愛いでしょ?」とあざとく聞かれたので肯定しておいた。
「ありがとさん。じゃあこれお代ね」
「おう、次に依頼するときは夜にしてくれや」
「わかってる、わかってる」
肝っ玉母さんみてぇな恰幅のイイおばちゃんがオレの手のひらに小銭を落とす。これじゃ報酬というより駄賃に近い。ま、やったことが日曜大工と大差ねぇし、こんなもんか。何せこちとら何でも屋を名乗っている男。
駄賃のオマケに渡された飴玉を口の中で転がしながら、オレは次の鯉のぼりへと向かった。ハッカ飴はガキんちょには人気ねぇだろうな。
「お前んトコ一人娘だろ。必要あんのか?」
「細かいですねー。そういうとこで揚げ足取る男の人はモテませんよ? やーい、非モテー」
「じゃかぁしいわ」
栗色のふわふわな髪を二つ結びにした小柄な娘っ子がブーブーとヤジを飛ばしてくる。
読書家とは似ても似つかないおてんば娘は本日も騒がしかった。どーでもいいけど邪魔すんじゃねーぞ。
ラストは人里で貸本屋を営む鈴奈庵であった。店の出入り口に竿竹を立てかけて、縦一列に頭を揃えた五月五日の風物詩がゆらり揺蕩う。貸本屋の看板が隠れないぐらいの大きさが丁度イイらしい。
今や人里中を眺めれば、どこもかしこも色彩鮮やかな鯉の群れが風に泳ぐ。
立ち止まったオレのすぐ脇をガキんちょ共が駆け抜けていった。カラス天狗が発行する新聞紙で作った兜を被り、同じく新聞を筒状に丸めた刀モドキでチャンバラごっこ。三月精のトリオもどこかで似たようなことやっていそうだ。
「精が出ますね。感心なことです」
「そりゃどーも」
音もなく降り立った女の澄んだ声が耳に届く。柔らかな桃色のミディアムヘアに白いシニョンを括り、中華衣装にミニスカをあわせた格好。右手に包帯、左手に鎖付きのブレスレッドを嵌める。美しい顔立ちは人里でも目を引いた。
茨木華扇はオレと目が合うとニコリと微笑んだ。ついでに両腕を組むと、ご立派な膨らみをもつ胸部が押し上げられる。余計なことを言うと説教が始まるので黙っておく。
真っ当にオレが朝っぱらから働かされていたのが喜ばしいそうで、仙人サマが得意げな顔でありがたいお言葉を寄越してきた。
「頑張った綿間部にはご褒美をあげましょう」
「あ? メシでも奢ってくれんのか?」
「それもそうですが、せっかくですしもっと人里を見て回りましょう。こんなにも良い天気なのですから」
晴れ渡った青空を仰ぎ見て華扇が両手を広げる。爽やかな快晴に彼女も心が躍っているようだった。
その仕草につられてオレも見上げてみる。遥か高くトンビが羽ばたいていた。いや、トンビかどうかは知らんけど。
「んー♪」
買い食いの柏餅を手にして華扇がとても美味そうに舌鼓を打つ。仙人サマの髪の色とよく似ているせいか似合っていた。何ならハートマークも飛んでそう。
こっちも柏餅を一口齧る。中身に詰まった餡子が甘ったるい。柏の葉っぱが出す僅かな苦みと混ざるとイイ塩梅になった。コレのおかげで手もベタつかないのはありがたい。
二人で肩を並べて人里内を練り歩く。目線を巡らせれば必ずといっていいほど鯉のぼりが視界に入った。もはや鯉のぼりのバーゲンセールである。
華扇もそれに気づいたようで、こんな話題を振ってきた。
「どうして端午の節句に鯉のぼりを飾るか知っていますか?」
「さーな。滝登りして龍になるためか?」
「あら、知っているの。意外でした」
「テキトーに言っただけだ。ホントのところは知らん」
オレがそう返すと、仙人サマの解説が始まった。
「鯉のぼりは江戸時代に町人階層から生まれた節句飾りです。鯉というのは非常に生命力が強い生き物で、清流はもちろん池や沼でも生息することができます。登竜門、つまり鯉が急流を遡り竜門という滝を登ると龍になって天に登る。この伝説にちなんで子供がどんな環境にも耐え、立派な人になるようにと立身出世を願って飾られるのです」
「ほーん……要するに大和魂で立派な日本男児になれってか。いかにも鎧兜と日本刀のサムライ文化くせえな」
「ふふ、でも実は日本での端午の節句はもともと女の子のお祭りだったんですよ?」
「マジか」
「はい。田植えの時期になる五月に、稲の豊作をお祈りするために若い娘が小屋や神社に籠って穢れを払う『五月忌み』という風習があって、女性の厄払いの日とされていました」
「っかー、さすが仙人サマは博識なこって」
「勉強になりましたか?」
まぁな、と答えると華扇はしてやったりと言いたげに口元を緩めた。仙人サマは語りたかった模様。説教は長ぇし蘊蓄含蓄が好きなのは言わずもがな。上白沢女史と組んで教鞭でも振るえばいいんじゃなかろうか。
もっとも、最後の最後で詰めが甘かったみたいだが。フッとニヒルに笑ってさっきから気になっていたことを指摘してやった。
「それよか口に餡子ついてんぞ」
「へ……? な、なななぁッ!?」
オレが指差すと、はじめはキョトンとしていた華扇だったが、すぐさま赤くなって口回りをくしくしと擦り始めた。そんな焦った様子をニヤニヤと眺めていたら膨れっ面で睨まれる。
「もう! そういうのは早く言ってくださいっ」
「細けぇこと気にすんなよ」
「細かくないッ!!」
恥ずかしい思いをさせられたと桃色の乙女がオレに詰め寄ってくる。どうどうと宥めつつ、まぁ面白いモンが見れたなと愉悦に浸るのであった。
これも揚げ足取りに含まれるのだろうか。そらモテねぇわ。納得。
「あー! あんた!」
遠慮のない大きな声が往来のド真ん中を突っ切って、オレの鼓膜まで刺さる。ただでさえよく通る声で叫ばれたら要らん注目が集まっちまう。
「うるせぇなオイ……フツーに聞こえるっつの」
「何よ? なにか文句あんの?」
しかめっ面で振り返れば、天人娘と貧乏神の凸凹コンビと鉢合わせた。
コイツらの共通点といえば、青色系の長い髪――ただし水色と群青色ぐらいの差がある。あとは女にしちゃ一部分が貧相な身体つきってぇところか。トドメに華扇と見比べてしまうとその差は歴然を通り越していっそ哀れなほど。現実とは残酷なものだ。
「あんた失礼なコト考えたでしょ。バカにされた気がするわ。怒らないから正直に言ってみなさい?」
「……いーや? 気の所為だろうよ」
あとそれゼッタイ怒るパターンだかんな。
「どうもぉ。こどもの日っていいですねぇ。こんなにおいしい葉っぱが食べられるんですもの」
「いや葉っぱだけじゃなくて餅も食えよ」
みすぼらしい恰好の貧乏神がマイペースに挨拶してくる。どこでお裾分けしてもらったのやら柏葉が仰山詰まった紙袋を抱えておった。一枚二枚と取り出してはもしゃもしゃと頬張っている。ヤギかオメーは。
日頃から得体の知れない雑草を食っている輩は格が違う。金持ち娘とつるんでいるのに貧しさが平常運転なのが逆に安心するわ。
貧乳コンビにたわわな仙人サマが世間話がてら質問を投げる。
「お二人も人里の鯉のぼりを見に来たのですか?」
「そ。天界からじゃよく見えないんだもの。紫苑もいるしわざわざ来てやったわ」
「それはそれは……」
当たり前のようなツラで何てことない口調で抜かす総領娘サマ。鈴奈庵の娘っ子がお転婆ならこっちは高飛車というべきか。それともただのワガママ娘か。
退屈に飽き飽きして天界を抜け出す不良お嬢サマが毎度の如く愚痴を零す。
「それより聞いてよもう。またお父様が私にはお淑やかさが足りないとか言ってくんの。ありえなくない?」
「有り得なくねーよ真っ当な評価だよ」
愚痴やら溜息やら吐きたいのはお目付け役の永江の方だろうに。ここ最近は開き直って放し飼いにしているフシもあるが。できる女のスルー力がハンパない件について。
つーか、鯉のぼり上から見んなよ。せめて横から見ろや。
天秤(天貧)組からやっと解放されたのは昼過ぎ。
奴ら、というか天人が博麗神社に乗り込むと言って意気揚々と立ち去っていった。有頂天なテンションは留まるところを知らない。なお返り討ちに遭う展開まで想像ついた。
「ったく、ムダに疲れたんだが……」
「あはは……否定できません」
仙人という立場から華扇も強く出られない。苦笑いを浮かべて同意してきた。小野塚小町と同じく自力でコイツの屋敷に行ける輩だ。お茶出せもてなせとワガママ放題で手を焼いているのかもしれない。
ふいに、華扇がオレのシャツの袖を摘まんでくいくいと引っ張る。赤みがかった瞳が覗き込むように上目遣いになってほんのり潤んでいた。
「あの、綿間部……ちょっとだけ、ご休憩していきませんか……?」
切なげな甘い声音で、魅惑の誘い文句を囁かれる。
目的地がすぐ近くにあったらしく、桃色の女はオレをそこへ導くように摘まんだ指先を控えめに引く。気恥ずかしそうに、けれど精一杯の勇気を振り絞って思いを口にした。
「まだお昼も食べてませんでしたし……」
「腹減ってんなら最初からそう言えよ」
「だ、だって食い意地張っているみたいで恥ずかしいじゃないですか。私だって女の子なんですよ!?」
「へーへー」
さっきの誤解招く言い回しの方がよっぽどハズいと思うのだが。
右手包帯の女が指差す先に何の変哲もない定食屋が構えていた。昼飯時を過ぎたおかげで中は空いている。
とりあえず入ることにした。
「ご注文承りました。少々お待ちください」
注文を終えて、お品書きを閉じて元の場所に戻しておく。
しがない定食屋も目敏く季節モノで商売していた。こどもの日に限定した本日イチオシをやけに推されちまった。マジメな華扇は律儀に受けて特別メニューから選ぶ。
ほどなくして食事が運ばれてくる。仙人サマの前にはちらし寿司とタケノコの天ぷらが置かれた。前者は見た目も華やかでいかにも祝い事に相応しい。
「タケノコって五月五日と関係あんのか?」
「真っ直ぐに伸びる特徴から子供の成長とかけている、というのが通説ですね」
「っかー、単純だなオイ」
もっとも、理由付けなんざそんなものか。語呂合わせとか、それっぽいこじ付けが大半であろう。ご縁にちなんで五円玉で賽銭も然り。
ふと、数少ない知識と照らし合わせて考えてみる。
さっきオレたちが食い歩きした柏餅、それと華扇が今食っているちらし寿司。さらにこの女のイメージカラーでもあり、ついでに天人娘のところで採れる桃。
端午の節句とは直接繋がりはないが、ある意味では子供に関するネタで共通する。
つまるところ、子宝に恵まれる縁起物。
しょうもない思考にフッと鼻で笑ってしまった。そんなことすれば当然気付かれる。
「何を考えていたのですか?」
「ん、大したことじゃねぇよ。子作りについてちょっとな」
「ここっ子作り!?」
瞬間、華扇が赤面して店内で叫びやがった。お前今ナニ想像した。
頭から湯気を出してあうあうと狼狽える仙人サマをスルーして、山芋たっぷりのとろろそばを啜る。粘り気があって食が進む。
そういや、山芋も精のつく食材――いや何でもねぇわ。忘れろ。
腹を満たして定食屋をお暇する。
外に出れば、再び鯉のぼりが連なる景色が映った。今朝方よりも数が増えているのは気のせいではあるまい。さながら鯉のぼりが特産品の観光名所の如し。
ぼんやり眺めていると、おもむろに華扇が可笑しそうに吹き出した。
「何や」
「いえ。ただ、一番上の黒い鯉は綿間部みたいだな、と」
「そーかぁ?」
確かに全身が真っ黒な特徴は似てなくもない。が、少なくともオレはあんなぬぼーっとした間抜け面を晒した覚えはない。断じてない。
黒い魚の真下に赤い魚が続くのもどこの家庭も皆同じ。偶然にもその色合いは、彼女が纏っている薔薇付きの中華衣装とよく似ていた。気高くも艶やかな紅い色が目に留まる。
ならばと売り言葉に買い言葉で言い返す。赤色の鯉を指差して答えてやった。
「フッ、あれがオレだってぇならあっちがお前で、その下に続くのがオレたちのガキってか」
「はへぇ!?」
またしても素っ頓狂な声を上げる仙人サマ。よくわからんが効果覿面。それにしても今日は一段と表情の変化が忙しいこって。
そんな彼女を放って歩き始めると、後ろから慌てたように追いかけてくる。
「ま、待ってください! 今の発言について詳しく」
「さーて、何のことだかサッパリわからんな」
「しらばっくれないでください。ちゃんとこの耳で聞いたんですからね?」
ぐいぐいと迫ってくる桃色ミディアムヘアの仙人をテキトーにいなしながら、頭上を見やる。
ヤツらは相も変わらず、お気楽そうに悠々と尾びれを揺らしていやがった。
番外編 完
外出自粛中じゃないですか
「中はイヤぁあッ! 外にっ、外に出してぇええ!!」
ってご近所に聞こえるぐらい叫びたくなるのボクだけ?