有頂天な声とともにその女は颯爽と登場した。
依神紫苑の群青色に近い髪色と比べるとニュートラルな青色。ストレートなロングヘアを伸ばし、桃の飾りが付いた黒い帽子は丸いデザイン。声だけじゃなく表情もやけに自信に満ち、勝気そうな瞳が爛々と輝く。白と青を組み合わせた衣服もどことなく高質な印象を受けた。
あと注連縄で括った拳大の石ころを片手に持っている。アレが犯行に使われた凶器なのは言うまでもない。
「て、て、天人様ぁあ」
「あーはいはい」
倒れ伏したデッカイ猪を素通りし、ブーツを踏み鳴らしながら歩み進む新キャラに貧乏神が膝立ちのまますがりつく。女は泣きつくビンボー女の頭にポンポンと手を乗せた。
腰にへばりつく依神を引きずって、青髪ロングな女がこっちに目線を向ける。
「ところであんた誰?」
「そりゃこっちのセリフだっつの」
「お二人ともわたしの恩人です。天人様天人様ぁ、この人わたしが貧乏神だと知っても嫌な顔一つせず、それどころかお菓子もくれたんですよぉ? この依神紫苑、感激しました」
「へー。なかなか骨のあるやつじゃない」
そう言うと女は石ころをテキトーに放り捨て、ついでに貧乏神を引き剥がしつつオレに詰め寄った。珍しいモノを見る目で頭の天辺から爪先までジロジロと遠慮なく値踏みしてくる。
依神紫苑が女にしては背が高いってぇのもあるが、この二人が並ぶと身長差が顕著だ。もっとも、どちらも背の高さと態度のデカさは反比例しているようだが。それよりいつまで見とんねん。
ようやく満足したのか、青髪ロングの女は腰に手を当ててふんぞり返ってニッと笑った。いちいち決めポーズするあたり自己主張が強いタイプかもしれん。
「見ない顔だから名乗ってあげる。天界に住む天人といったら誰もが知ってる比那名居天子よ。よく覚えておきなさい」
「あぁ? 天使だぁ?」
そのわりには頭の輪っかもなければ白い羽も見当たらない。服装も、古代ギリシアの彫刻とかにありがちな白い布を身体に巻き付けたやつでもない。もちろん、フランダースの犬のラストシーンで降ってくるような全裸のガキんちょも連れていねえ。
つまるところ、天の使いである要素がまるでなし。小野塚小町ですら死神のトレードマークを持ち歩いていたってぇのによ。職務怠慢ではなかろうか。
疑惑が隠し切れずつい態度に出てしまう。すると、同じように比那名居何とやらも不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「あんたが考えてる天使じゃないわよ。私の名前よ、な・ま・え! 天国の天に子どもの子で天子(てんし)って読むの! この私の名前を間違えるなんて失礼しちゃうわ。あーやだやだ」
「初対面なんだからしゃーねぇだろうが。つまりテンコと書いてテンシってぇワケか」
「てんこっていうな!!」
むきーっ!と不満を爆発させる比那名居テンコ。どうやらコイツの地雷を踏んだらしい。地団駄を踏んで喚く姿まったくもって天使とは言えず。やっぱテンコだわ。
「いいこと? よーっく聞きなさい」
やや吊り目がちな両眼に目力を込めて天人女が捲し立てる。至近距離で大声出すなや。
兎にも角にも、ヤツの自分語りのマシンガントークをまとめると、だ。
この比那名居天子とかいう女、天界なる場所ではイイトコロのお嬢らしい。父親が総領とかいうお偉いさんでコイツはその一人娘。そもそも、天人という種族が思ってたより上位な輩のようで、歌だの踊りだの釣りだのと優雅な暮らしをしてんだと。要するにセレブか。
総領娘サマはかのピノキオの如く鼻を高々と伸ばして胸を張っておった。その脇ではビンボー女が薄幸そうな尊敬の眼差しで拍手を送っている。子分かよ。そんな気はしてたわ。
もっとも、いくら胸を張ろうがふんぞり返ろうが比那名居天子のバストは平坦であった。依神紫苑と同じぐらいの貧乳ともいえる。金銭面で貧富の差はあれど、そっち方面は引き分け。普段からイイモノ食ってるからといって発育良好とは限らない模様。
「まぁいいわ。あんた、紫苑のこと悪く言わなかったんだっけ? どこの馬の骨かもわからないけれど見どころはありそうじゃん。柄悪そうだけど気に入ったわ。私の家来にしてあげる」
「要らん、断る」
「なんでよー!」
コンマ一秒で断られたのが癪だったのか、比那名居天子がまたしても不満をぶちまける。
依神にどうにかしろと無言のメッセージを放つが、ふるふると力なく首を横に振られた。やはりというかコイツのが立場が下らしい。ま、金持ちと貧乏のコンビならそらそうか。
オレたちなんぞお構いなしにテンコのマシンガントークがガトリング砲の域まで加速進化していく。こっちが冷めた態度になってんのとは対極的にヤツはますます熱くなった。威張り散らすともいう。
「速攻で断るなんていい度胸してんじゃないの。いいこと? この私に仕えるってことは天界でも滅多にないスッゴク光栄なことなのよ。それを地上の人間であるあんたが選ばれた! それも私直々の指名で! わかる!? こんな美味しい話まずありえゴッ!?」
刹那、青髪天人が年頃の娘にあるまじき鼻の籠った声を吐き出し、その立ち姿がほんの一瞬だけブレる。さながら残像が生まれたかのような現象だった。
世界が停止したかと勘違いするほどの数秒のタイムラグ。謎のスローモーション感覚に襲われる。が、その直後にして比那名居天子が勢いよくブッ飛んでいった。
「うぎょぁあアアアアアアアア!?」
「て、て、天人様ぁ~!?」
依神の呼び声も虚しく、金持ちの天人サマは蹴られたサッカーボールみたいに遠くへシュートされる。
地面を何度も跳ねては転がっていき、やっとのことで濛々と土煙を上げつつようやく止まった。女は尻を高く突き出したうつ伏せの体勢でビクンビクンと痙攣している。凄まじい光景だったがとりあえず生きてはいるみてぇだな。
貧乏神が慌てふためきながら彼女のもとに駆け寄って、土埃塗れの体を懸命に揺する。高そうな衣服もあれでは台無し。なお、当人はだらしなく悦びの笑みを浮かべて、艶やかな熱の籠った息でハアハアしておった。コイツ、まさか……
しかしながら、安心している暇など欠片たりとも存在しない。
気を抜いたのも束の間、地を震わさんばかりの重々しい嘶き声が鼓膜を突き抜ける。
「げ……ッ!?」
危機的状況。
気絶していたハズの大猪が復活を遂げていやがった。筋肉質な四肢で猛々しく立ち上がる。怒気と凶暴性が倍プッシュし、もはや殺意の波動に目覚めた。どす黒い闘気は幻覚だと思いたい。
「はわわ……」
ビンボー女がベタなリアクションで顔面蒼白になって震え上がる。よもや不幸続きの原因コイツではあるまいな。
野獣は先ほど以上に鼻息を荒げて興奮している。自身に攻撃したテンコを真っ先にぶちのめすあたりムダに賢しい。しかし、まだまだ怒りが収まらないご様子。
「うぇえ、天人様ぁ。お気を確かに~」
「あへぇ……♡」
貧乏神が必死に起こそうとしているものの、肝心の天人サマは思春期の男児にはお見せできないアレな表情を浮かべており、意識だけが天界に帰っちまっていた。思いっきり背骨ごとイッてたわな。むしろよく生きてんなオイ。
てんやわんやと余裕を失ってモタついている間に、大猪が再度タックルの構えを取る。咄嗟に体が動き、女二人を庇う形で身体を張った。
不良やチンピラどもを蹴散らせてもイノシシ一匹に敵わないとは。ま、アレが化け物級に規格外サイズなのもあるが。それでもダセェのは変わらない。
「クソ、詰んだってやつかよ……ッ!」
「はへぇ……♡」
「あぁ……女苑、不甲斐ないお姉ちゃんでごめんね。せめてお姉ちゃんの分まで生きて、どうか幸せになって……」
オレは手汗を握り締め、比那名居天子は世にいうア〇顔で昇天し、依神紫苑は辞世の句を読み始める。最後のやつ縁起でもねぇなオイ。
巨体の獣が身を低くし、後ろ脚に力を籠める。絶体絶命――
「そこまでです」
その時、凛とした声で救いの主が舞い降りた。
柔らかな桃色のミディアムヘアを夜風になびかせて、胸元に薔薇が咲く中華衣装を纏った女が荒ぶる獣の眼前に悠然と立ち塞がる。彼女は少しも臆することなく包帯の巻かれた右手を野獣の眉間に添えた。
真っ直ぐに芯の通った声音がこの場にいる全てを掌握する。
「お止めなさい。人間の作物を口にして味を占めたのでしょうけれど、このままではあなた自身が狩猟の標的となり撃たれてしまいます。それはあなたも望むところではないでしょう?」
動物を従える山の仙人、茨木華扇がその本領を発揮する。
彼女が言葉を紡ぐ毎に、もはや手に負えない域まで凶暴さを増していた巨獣が少しずつ怒りを鎮めていく。強面なのは変わらねど雰囲気は明らかに落ち着きつつあった。
宥め、鎮め、説得し、助言を授ける。説教も欠かさない。
つらつらと言葉が紡がれ、清流のように留まりなく進んで相手の心の内に沁み込ませていく。
ついに剛毛の獣から怒気と敵意が完全に消え失せる。只々、華扇の言葉に耳を傾ける。
「これからは山の恵みでお腹を満たすこと。よろしいですね? さぁ、お行きなさい」
仙人サマが優しげな口調で告げて、最後に額を一つ撫でてから右手を離す。すると、野生の獣はその巨体をあっさりと翻して田畑から去っていった。
さすがのお点前に感服するしかない。もう仙人なんだかもののけ姫なんだかわかんねぇな。
重い足音が遠くへ過ぎ去り、いつしか聞こえなくなる。その頃になって、ようやく桃色の女がこちらを振り返った。
月の光に照らされた彼女は美しく、今の状況もあって冗談抜きで救いの女神に見えた。
「皆さん、ご無事でしたか?」
「お、おぉ……今のはマジでヤバかったわ……」
「たた、助かりましたぁ~」
「あへぇ……♡」
一人だけ無事とは言い難いものの口々に生存を告げる。依神も女の子座りで腰を抜かしていた。テンコはもはや何も言うまい。
あーメッチャ嫌な汗かいた。もう二度とこんなヘマはしねぇぞ。次からは目眩まし用の閃光玉でも持ち歩く。幻想郷にそんなブツが売っていればの話だが。
全員が情けなく脱力している様を見て仙人サマが苦笑いを浮かべる。
「間に合って何より。綿間部にもしものことがあったら大変でしたから」
「サンキュー……ホント、お前がいてよかった」
オレがそう返すと、華扇は綺麗な顔ではにかんだ。
本日のMVP、茨木華扇。
その後。
「ここがあんたの家? せっまいわねー。犬小屋かと思ったわ」
「そうですかぁ? わたしはいいと思いますぅ。この狭さが丁度いいですもの」
「なしてテメーらまで居座ってんだオォン?」
「まぁまぁ。喧嘩腰はダメだと言っているでしょう、綿間部」
現在、オレのアジト内では四人がすし詰め状態で密集していた。
クソデッカイ猪の一件については明日にでも上白沢女史に報告するつもりだ。どのみち今夜はもう彼女も寝ている頃であろう。悪い知らせならいざ知らず、事件解決の朗報ならば急ぐ必要もなし。
それはそれとして、どーしてこうなってんだ?
快感トリップから正気に戻った天人とその取り巻きな貧乏神が、さも当然のツラしてテントに入り浸っていやがる。華扇ならともかくコイツらが居座る理由がわからねぇ。いや、オレたちの後ろをついてきたあたりから薄々嫌な予感はしてたんだが。
おまけに比那名居が随分な物言いをしてきたのはまだしも、依神までもが何気に失礼な評価を下す始末。凸凹コンビかと思いきや意外と相性がイイのかもしれない。どっちもまな板だしよ。
「ねー、喉乾いたー。飲み物ぐらいないの?」
「ったく、ワガママか」
早速お嬢が好き勝手なことをのたまう。両足を放り出してこの上なく寛いでいる有り様に嘆息した。つくづく遠慮のないやっちゃな。
「オイ華扇。お得意の説教でコイツ何とかしてやれ」
「あー……その、天人が相手となると少々分が悪いといいますか。勝手が違うのです……」
「なんだそりゃ」
「仙人の目標の一つに天界に行くというのがあります。だから立場上、天人に逆らうのは難しいの。それに、彼女自身も説教が通用しない性格であまり効果がなくて……なので、上手く褒めてそれとなく誘導するのが彼女への賢い応じ方ね」
「そーいうことかよ。押してダメなら引いてみろってか。メンドクセーなぁ……」
ま、エエか。
どーせこのお嬢サマもそのうち狭い空間に嫌気がさして出ていくハズだ。
時間の問題――
「うわなにこの本。下着姿の女の子ばっかり写ってるじゃない。やーらしー」
「は? どういうことですか綿間部?」
「ちょバカお前っ、いやコレ違えよ万が一に備えて腹の中に仕込んでおくんだよオレの趣味じゃねぇから!」
やっぱ放置できねーわコイツ。
勝手にボストンバッグの中を漁った不良お嬢サマが、奥底に眠っていた青少年向け雑誌を発掘しちまう。よりにもよってグラビア集を広げて余計なコトまで口走りやがった。
すぐさま引っ手繰るが時すでに遅し。ゾッとするナニカを感じ取って思わず振り向いた。
華扇の赤みがかった瞳が光を失って暗くなる。無表情を通り過ぎて虚無の視線が浴びせられ、先ほどとは違う意味で命の危険を感じた。つーか仙人サマ目ぇ怖ッ!
「綿間部?」
「だから違ぇって」
「む、胸の大きいコばっかり……チッ」
「天人様ぁ、わたしも見ていいですか?」
「オメーらもじっくり読みふけってんじゃねーよコラァ! つーか、いつの間に取り戻しやがった!?」
「ワタマベ? キイテマスカ?」
「だから誤解だっつの!!」
だーもう! いい加減にしろ!
ここからッ、出ていけぇぇええええええ!!
つづく
ぼちぼち完結に向かいたいのに小話とか番外編ばっかネタが思い付く