東方扇仙詩   作:サイドカー

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編集途中の今話が投稿されててメッチャ焦った
慌てて削除したけど編集後のヤツも消えててもっと焦った
予約投稿機能って編集中でも適用なのね……

もし閲覧してしまった方々、許してクレマチス(ガチ土下座)


番外特別回 「もしも茨木華扇とキャンパスライフを過ごしたら 後編」

 秘封俱楽部は午後イチの講義が入ってるというので、連中とはカフェテリアで一旦別れた。逆に午後が丸ごとフリーなオレと華扇は時間を持て余してしまう。

 どうせ大学に残ったところでやることもなし。ならばさっさと街に繰り出した方が好都合であろう。食器トレーを返却口に戻し「ボチボチ出るか」とぼやく。

「待ってください。その前に掲示板を確認しておきましょう」

「あー? 別に大した情報もねーだろ」

「そう言って講義室の場所も知らなかったのは一体何処の誰でしたっけ?」

「ぐぅ……しゃーねぇなぁ」

 耳が痛い指摘に思わずしかめっ面でそっぽを向く。そんな態度すらも見透かしたように桃色の女はフッと鼻で笑った。それオレのマネのつもりか。似てねぇ。

 一足先に歩き始めた華扇がこちらを振り返る。見返り美人、そんな単語がチラリと脳裏をよぎった。フッ、我ながら何考えてんだか。

「綿間部? 行きますよ」

「わぁーってるよ」

 どのみち先を急ぐ必要もなし。寄り道の一つや二つあったぐらいが丁度イイかもしれない。

 

 キャンパスの正門から入って右側に掲示板が数メートルにわたって並ぶ。

 春先になればこの場所に受験番号がびっしりと張り出される。それもまた季節の始まりを告げる風物詩でもあった。

 とはいえ何の変哲もない今の時期はただのお知らせコーナーに過ぎず。所狭しと大小様々な紙切れが張り付けられたボードに、時折学生たちが足を止める。

 しっかりチェックするのは華扇に任せて、そこまで注意深くもなくテキトーに流し読みする。

 本日休講のお知らせ。レポート未提出の学生番号と氏名の晒し上げ。イベント開催の告知もあれば、サークルメンバー募集のチラシもある。さすがに秘封俱楽部のビラは残ってなかった。そらそうか。

 ふいに、背後から肩を軽くポンと叩かれる。

 

「将也君見っけ♪」

 

 茶目っ気ある大人びた女の声。

 その声音には聞き覚えがあった。つーか、わざわざオレを下の名前で呼ぶ人物なんぞ一人しか心当たりがねぇワケで。

 赤髪をセミロングに伸ばした女が立っていた。襟どころか肩回りまで肌を露出させたデザインの黒Tシャツは大学内でも人目を引く。「Welcome Hell」のプリント文字からも独特のセンスが伺えた。仕上げに丈の短さがかなり際どいレインボーカラーのミニスカをあわせたコーディネート。何気に目立つカジュアルなファッションも悠々と着こなしてみせる。

 ライブハウスやブティックが似合いそうな、これぞ陽キャと言わんばかりの年上の女。予想通りの相手に驚くこともなかった。

「センパイじゃねーの」

「そ、ヘカーティア先輩でした」

 雑誌のモデルさながらにパチッとウインクが飛んでくる。この手の所作がイチイチ様になってんのは素直にスゲーと思う。近くにカメラマンが隠れてるとかねぇよな。

 

 ヘカーティア・ラピスラズリ。

 一コ上の先輩で、いつもニコニコと笑顔を絶やさない気さくで明るいおねーさんキャラ。後輩の口が悪いのも何のその。大人の余裕で受け流してくれる。

 強いて言えばオレみてぇな男にも軽々しくボディタッチしてくるのが玉に瑕か。華扇に負けず劣らず異性との距離が近い。どうなってんだ。

「今日も黒いわね。さすが黒岩、なんてね」

「そー言うあんただって似たようなモンだろうが。プリント文字が違うぐらいで」

「あら。それならいっそのことペアルックにでもしちゃう? 私と、将也君で」

「勘弁してくれ」

 ちょっぴり前かがみになって、オレのシャツからズボンからついでに靴に至るまでチェックするオシャレなセンパイ。どうでもいいけど、襟のガードが緩い服装でその体勢は目のやり場に困る。

 やさぐれた態度でペアルックをお断りするとヘカーティアはクスクスと色っぽく笑った。一コしか違わないハズなのにこうも垢抜けているとは。

 ほどなくして、全ての掲示物を確認し終えた華扇が戻ってきた。まるで気付いていなかったらしく、赤髪セミロングの女を見て何度か瞬きする。

「あ、ヘカーティアさん。こんにちは」

「はぁい。華扇さんも一緒だったのね。あっ、そうだ。今度うちの店に新作入ったんだけど二人とも興味ない?」

「うちの店って……あんたアルバイトでしょうが」

「他にほとんどスタッフいないし、実質私が取り仕切っているようなものよ」

 あっけらかんと大それたことを言ってのける。が、そいつもほぼ事実なのだから侮れない。

 ファッション好きなことや持ち前の性格を活かして、センパイは小洒落たブティックでバイトしている。そのため黒系の新作ファッションが入るとオレに宣伝してくる。優秀なスタッフなこって。

 その後もファッショントークが続いたが、突然にヘカーティアが「いっけない」と口元に手を当てた。

「もうすぐ講義が始まっちゃう。それじゃあね二人とも」

「ったく、せわしねぇなオイ」

「綿間部ッ!」

 目上の人に対する口の利き方がなってないとマジメな女が目尻を吊り上げる。細かいやっちゃな。本人もイイ言っとるやんけ。

 説教かます華扇とげんなり顔のオレを交互に見て、ヘカーティアがくすりと微笑む。それからレインボー色のミニスカートを翻して軽やかな足取りで立ち去った。

 その途中、ふと立ち止まるとこちらを振り返って、

 

「……ちゅっ♪」

 

 ハートマークの籠ってそうな魅惑の投げキスを放ってきた。してやったりと小悪魔チックな微笑を浮かべると、センパイは何事もなかったかのように本館に歩いていく。

 なしてあーいうのが似合っちまうんだか。ウインクとか投げキスとか。やっぱりモデルでもしてんじゃなかろうか。

 ヘカーティアの後ろ姿を見届けながら、やれやれと頭を振る。

「デレデレしないでください。みっともない」

「してねぇって……」

 なんか知らんが華扇が刺々しい口調で言いがかりをつけてきた。あと肘でも突いてきやがった。地味にイテェわ。

 

 

 バイク置き場に着く。

 今朝と変わらぬ状態で我が相棒がお待ちしていた。リアボックスを開けて予備のヘルメットを取り出し、華扇に放り投げる。予備どころかほぼコイツ専用みてぇなモンだ。

 すっかり手慣れた所作で華扇がヘルメットを被る。柔らかな桃色の髪が隠れてしまうのが些か勿体ない気もした。

「安全運転でお願いしますね」

「言われんでも」

 原付の一人用シートに二人乗り。

 意外なことに、マジメなこの女なら嫌がりそうなものだと思いきや、むしろ気に入っている節さえある。自分から乗せてほしいと言ってくることはないが、オレが乗れっつーと途端に機嫌が良くなる。

 しかし当然ながら間を詰めなければ二人も乗れない。必然的に体を密着させる形になる。オレの真後ろに華扇が跨り、両腕を腹に回してぎゅっと抱き着く。

「しっかり捕まってろよ」

「はい。んっ♪」

 甘い声と一緒になって背中に柔らかいナニカが押し当てられる。つくづくデカい。いや、コレ狙ってたワケじゃねぇけど。誤解しないでほしい。

 差し込んだキーを回す。定員オーバー気味の車体が小刻みに振動する。やっぱり重たかったか。スマンがちぃっとばかり耐えてくれや、相棒。

 いざ、繁華街へ。排ガスを吹かしながらトロトロと走る。道すがら、景色がゆっくりと流れていく。のどかな時間。

 赤信号で足止めされる。耳元から微かに華扇の鼻歌が聞こえてきた。

「……フッ」

 夜じゃねぇけど、偶にはこんな日があっても悪くない。

 

 

 繁華街に立ち並ぶ雑居ビルの一つにその店はひっそりと在る。

 

 猫喫茶「マヨヒガ」

 ファンシーなプレートが吊るされた扉がその店の目印だ。

 ドアノブを捻れば、女子ウケしそうな可愛らしい内装のワンルームが広がる。来客を告げるベルが音色を奏で、甘いお菓子のような香りに鼻腔をくすぐられる。

 

「いらっしゃいませです」

 

 短い茶髪の幼げな娘っ子がオレたちを出迎える。コイツの名前は橙。

 念のために言っておくが、小学生を働かせるブラックなお店ではない。このガキんちょはオーナーの身内でもあり、ちょっとしたお手伝い係みてぇなモンだ。

「こんにちは。橙さん」

「よう、来たぞ」

 オレたち――というか華扇が店に入ると、棚の上やらテーブルの下やらに居た猫どもがピクリと耳を動かして顔を上げる。そうなったらあとはもうねこまっしぐら。ヤツらは我先にと彼女の元へスッ飛んできた。

 あまりに見事な慕われっぷり。なお、オレのことはガン無視である。

「ふふふ、みんな元気そうですね」

「はいです」

 桃色ミディアムヘアの女はその場に屈んで、集まってきた連中を一匹ずつ丁寧に撫でていく。愛撫で骨抜きにされたキャットどもはゴロゴロと喉を鳴らして寝転がるのみ。

 この女、無類の動物好きなうえに動物を手懐けるのも上手い。野良猫だろうが野鳥だろうがお構いなしに難なく打ち解けちまう。いっそ仙人サマとでも呼んでやろうか。

 

「おや、お前たちだったか」

 

 賑わってんのが聞こえたのか、スタッフルームの暖簾を潜って長身の女性が顔を覗かせた。短く切り揃えられた金髪とクールな佇まいのイケメン女子。インテリな風貌はデキる秘書みてぇだが、その素性は「マヨヒガ」のオーナー。名を八雲藍。

 何を隠そう、ミス八雲の血縁者にあたる。ただし、同じ苗字なクセに姉妹ではなく従妹だと。紛らわしいなオイ。

「いらっしゃい。よく来てくれた」

「フッ、邪魔してんぜ」

「お邪魔してます」

「ああ、ゆっくりしていくといい」

 これまた別の意味で女子ウケしそうな貴公子染みた微笑も相変わらず。オレがハードボイルド路線でなかったらキャラ被りが危ぶまれていたところだった。

 今朝も飲んだばかりだがブラックコーヒーを注文する。華扇はミルクティーを選んだ。一応カフェの類に入るためドリンクとスイーツは揃っている。値段も良心的。

 特にここのコーヒー豆は選りすぐりが使われているのがイイ。

 あのミス八雲のお墨付き。それどころか当の本人が直々に海外から仕入れたという特級品ばかり。毎度ながらミステリアスで底の見えない才女だわな。

 猫どもと戯れる女子大生と小学生を肴にコーヒーブレイクを嗜む。煎った豆が醸し出す苦み、その奥に眠っていた深みのある風味が香る。やはりコーヒーはブラックに限る。

 天井にはシーリングファンが回り、店内のBGMは耳に優しいオルゴールアレンジの旋律が流れる。居心地の良さは猫どもの寛ぎっぷりからも一目瞭然。

「ところで黒岩、近々、店の模様替えをするつもりなんだが少し時間を貰えないか?」

 おもむろに藍オーナーからのご指名が入った。

 この店のスタッフは女一人とガキんちょ一匹と猫が大勢。家具を動かす力仕事をやるには明らかに男手が足りていない。

「了解。都合つけとく」

「助かる。それと試作品があるんだ。よかったら味見してみてくれ」

 オレが即決すると藍オーナーは安心したように相好を崩した。

 前払いサービスなのかクッキーの小皿を置いていく。猫を見ながら猫型のクッキーってぇのもどうなんだ。

 さらに藍オーナーは華扇にも声をかけた。

「茨木殿もどうかな。猫たちの相手をしてくれると作業が捗って助かるのだけど」

「そういうことでしたら喜んでお手伝いさせていただきます」

「わぁ、お姉さんが一緒なんですね。心強いです」

「ふふふ、任せてください」

 品行方正なコイツが人助けを拒むハズもなし。案の定、淑女の笑みで快諾する。

 華扇の手にかかれば、ここのキャッツなんざサーカスばりに統率が取れるであろう。確かに荷運び中に足元をウロチョロされては敵わない。

 膝の上に猫を乗せて猫じゃらしを振っている動物好きな女を横目に、猫型クッキーを一枚口の中に放り込む。

 味は悪くなかった。

 

 壁掛け時計が鳴った。

 昔懐かしい童謡にありがちな振り子を左右に揺らす古時計がボーンボーンと重低音を響かせる。思いのほか長居しちまったらしい。そろそろお暇すべきだろう。

 支払いを済ませて出口に向かう。オレたちの背中に猫たちの名残惜しそうな鳴き声が飛んでくる。全て華扇に向けて放たれたものなのは言うまでもない。どんだけ懐かれてんだ。

「またのお越しを」

「ありがとうございますです」

 扉を閉める。またしてもベルがチリンと鳴った。

 

 

 雑居ビルから外に出る。日が落ちて空は暗くなっていた。

 街並みを人工の光が眩しく照らす。チカチカと目が眩みそうになるネオンライトの輝きは夜空の星をかき消してしまう。歩道橋の上から道路を見下ろせば、ヘッドライトの白光が縦横無尽に入れ乱れる。

「マエリベリーさんから連絡は?」

「さっき来た」

 金髪の女子大生から送られてきたLINEメッセージを再び開く。駅前にオープンした全国チェーンの大衆居酒屋。それに「待ってる」のスタンプが続いておった。

 ここからなら十五分かそこらってぇところか。

 

 目的地に行くと既にマエリベリーが待っていた。

 外国人の令嬢っぽい女が格安の飲み屋の前にいるのは、何とも奇妙なギャップが生まれる。とはいえそこは大学生。オシャレなフレンチなんざそうそう行けるもんでもない。

「よう」

「お待たせしました」

「ううん、時間ピッタリよ」

 付近を見渡すが、もう一人の姿はなかった。今宵も遅刻魔は順調に連続スコアを更新している模様。もうほったらかしでいいんじゃないかな。

「ったく、いつも通りか」

「ごめんなさい。私たちが誘ったのに……」

「いえいえ、気にしないでください」

「とりあえず先に入ろうぜ。いつまでも店の前を陣取ってんのも邪魔くせぇしよ」

「ええ、そうね」

 この場にいないのは宇佐見蓮子ただ一人。しかし心配する輩は誰もいなかった。ある意味コレも信頼の証。そんな信頼があればの話しだが。少なくともマエリベリーは怒っていい。

「さぁて、今回は何分後になるやら」

 時計を見ずに現在時刻をドンピシャで言い当てる謎の特技を持っていやがるクセして、とんでもなく時間にルーズな黒髪ショートを思い浮かべる。せっかくの特技がクソの役にも立っとらん件について。

 

 十分後。

「やぁやぁ諸君。やっとるかね?」

 メニューを開いたりデンモクを弄ったりして時間を潰すオレたちの前に、意気揚々とヤツはやってきた。どこで影響を受けたのか重役出勤のお偉方を気取って、そのツラには反省の色が一切見られない。

 マエリベリーは怒っていい(二回目)

「やってねーよオメーが来るまで注文待ってもらってんだよ」

「綿間部、口が悪いですよ」

「まぁ、蓮子にしては頑張った方じゃない?」

「そーよ。大目に見なさいよ。そんなんじゃ茨木さんに愛想尽かされるわよ」

「そそ、そのようなことは……!?」

「いいから早よ座れや」

 思わぬ流れ弾に華扇が焦りを孕んだ様相で口ごもったところを強引に割って入る。

 それもそうだと宇佐見はマエリベリーの隣に座り、寸分の迷いもなく呼び出しボタンを押した。ピンポーンと軽い調子の音が店内に響く。

「メニュー見ねぇんかい」

「ふふーん、必要ないわ」

 その自信はどこから来るのかご教示願いたいものだ。いや、やっぱいらねぇわ。

 軽口のジャブを叩き合っているうちにホールスタッフがやってきた。和風の制服からどことなく若女将を想像させる可愛らしい女子だった。華扇と似たピンク色のショートヘアが頭巾から覗ける。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「はいはーい。90分飲み放題で、私カシオレね。皆は決まった?」

「私はファジーネーブルにしようかしら」

「えっと……それじゃあカンパリソーダで。綿間部、最初はビールでしたよね」

「ん」

 おしぼりで手を拭きながら答える。毎度の如くお見通しらしい。

 最初のオーダーだけあってドリンクもすぐに用意された。お通しは酢の物か。

 キンキンに冷えたジョッキの取っ手に触れるとマイナス温度が伝わってくる。この瞬間、居酒屋にいるのだと再認識させられる。つい口の端が緩んだ。

 各々がグラスを持ったところで、やはりというか宇佐見が音頭を取った。

 

「今日もお疲れ! カンパーイ!」

「はいはい、カンパイ」

「乾杯」

「おー」

 

 カチンとグラスを四方からぶつけ合わせ、女子大生ズの笑顔が咲く。ここにいる三人とも顔がイイし、他の野郎連中からすれば羨ましかったりすんのかもしれない。

 白く泡立つ小麦色に口元を吸い寄せられて一気に煽る。凝縮された旨味が喉越しに雪崩れ込む。清涼感。嗚呼、至福。

 しかし一方で、宇佐見がテーブルにグラスの底をダン!と力強く叩きつけた。あ、コレ面倒くせぇパターンだわ。

「もー飲まなきゃやってらんないわよ。ここんところ全っ然目ぼしいネタがないんだから」

「そらカンタンに見つかったら世の中トンデモねぇわな」

「そうなんだけどー。あ、すいませーん!」

 開始五分足らずで呼び鈴を押すのも億劫になったのか、偶然近くにいた店員を直接呼びつける宇佐見蓮子。ついさっきまで手元にあったカシオレはとっくに彼女の胃の中、もはや氷しか残っていないグラスが一人寂しく取り残されている。

「初っ端から飛ばし過ぎじゃねーかオイ」

「今夜は飲みたい気分なのでしょう。ここは彼女の好きにさせてあげませんか」

 そう言いつつオレと華扇のグラスも空であった。マエリベリーのファジーネーブルも半分以上なくなっている。これぞ大学生の本懐。

 二日酔いを恐れぬ大学生たちはハイペースで呑み続ける。ま、飲み放題だし無礼講ってか。

「ジントニック一つ。他に注文する人―」

「それでは日本酒を一合でお願いします」

「おっ、さすが酒豪。顔は綺麗なうえにお酒も強いなんて憎いわねぇ」

「そ、そんな綺麗だなんて……宇佐見さんこそ美人ではありませんか」

「やだもー!」

「何だコレ」

 早くも酔っ払いムーブかましてるヤツがいんぞ。

 はしゃぐ相方をマエリベリーは聖母のような眼差しで温かく見守っておった。さり気なくオレと視線が交錯し、くすりと静かに笑みを零す。しなやかな指先でメニューのページを開いた。

「食べ物も入れておかないと悪酔いするわよ。えーと、シーザーサラダと鳥軟骨のから揚げ。あとは……黒岩君がいるならフライドポテトもかしら?」

「フッ、よくわかってんじゃねーか」

「さすがに一年も関係が続けば好みと傾向ぐらいは把握できるわ」

 ついでにカルーアミルクを注文する金髪の女子大生に便乗してハイボールを追加する。

 小さくも騒がしい宴会は続く。メンバーの半分が不思議発見サークルとなれば自然とその手の話題になる。真っ先に宇佐見が愚痴ってたのもあるけど。

「それで最近は変わったことはないのですか?」

「うーん……ちょっとした噂ならあるんだけどね。何だったっけ? 深夜の公園のベンチに黒いツナギを着たイイ男が据わってるとか」

「それは不思議ではなく不審者ではありませんか……?」

 酔いで頬を色っぽく赤らめた黒髪ショートの言葉に、華扇が曖昧な苦笑い混じりに頬を引きつらせる。そら明らかにオカルト要素皆無だわな。不審者呼ばわりも大概だけどよ。

 桃色ミディアムヘアの女がもう一人の秘封俱楽部にも尋ねる。

「マエリベリーさんもご存じなのですか?」

「いいえ、私も詳しくは知らないの」

 女子大生トリオが話し合っているがオレはノーコメントを貫く。雉も鳴かずば撃たれまい。言わぬが花。できればさっさと別の話題に移ってほしい。

 ところが、押し黙るオレのステルスも虚しく、無情にも乙女たちは真実に辿り着いてしまう。

「蓮子、他に情報は手に入ったの?」

「見た目なら聞いたわよ。ツナギを着ているから上下ともに真っ黒で、髪型も黒のオールバックにしているらしいってこと。それから、ちょっと人相が悪くて大学生くらいの若い男性……で……」

「え……」

「それって……」

 最後あたりで宇佐見の声が尻すぼみになっていく。それと同時に、女三人揃えば姦しい視線がオレに集中した。特に宇佐見の目がアカン。「嘘だと言って」という切実な思いが込められておる。

 だが無意味だ。

 そもそも隠す必要もあるまい。溜息を零しつつハイボールを一旦テーブルに置き、ぶっきらぼうに残酷な真実を告げてやった。

「ちょうど遊具のペンキ塗りの仕事があったんだよ。よかったな謎が解けて」

「いやぁーッ! また一つのネタが消えたぁああ! もういやぁあああ!!」

「おっ落ち着いてください宇佐見さん! 気を確かに!」

 頭を抱えてキャラ崩壊を起こしかける秘封俱楽部の片割れを華扇が一生懸命に宥める。動物ならいとも容易く手懐けるこの女も、ヒステリー気味な酔っ払い相手ではそうもいかんらしい。

 そしてマエリベリー・ハーンは全くもって動じていなかった。

「黒岩君、サラダ食べる?」

「お前は落ち着き過ぎだろ」

「もう慣れたわ」

 だとしてもこのタイミングでサラダ取り分けんでもエエやんけ。令嬢っぽいと思いきや、なかなかどうして神経が図太かった。やっぱり秘封俱楽部の一員なのだと思い知る。

 これだけ喚き散らしても摘まみ出されないあたり大衆居酒屋は偉大であった。今後とも経営を頑張ってほしい。

「次ッ! カラオケ行くわよ! こうなりゃとことんストレス発散してやるんだからーッ!!」

 ジントニックを片手に宇佐見が叫ぶ。わかったから座れ。可愛い系ホールスタッフが笑ってんぞ。

 兎にも角にも、夜は始まったばかりだ。

 

 

「じゃあねー! クロ、あんた茨木さんのことちゃんと最後まで責任取りなさいよぉ?」

「はぃいいッ!?」

「帰り道も送り届けろってぇことだろうが。変なところで端折んじゃねーよオイ」

「明らかに誤解を招く言い方になってるものね」

 二度も延長したせいで終電時刻が差し迫っていた。

 カラオケボックスを出る頃にはカンペキにへべれけでハイテンションな宇佐見が楽しそうで何より。酔っ払い女子大生を肩で支えながら、マエリベリーが呆れた様相で嘆息する。

 ひとまず駅まで非公認サークルコンビと同行する。オレと華扇は電車通学ではないので改札口でお別れだ。スクーターは一晩放置するしかない。飲酒運転で捕まるのはシャレにならん。

「じゃあね二人とも。おやすみなさい」

「はい。お気をつけて」

「ヤバかったらすぐに電話しろ」

「だぁーいじょうぶだって! クロは茨木さんのことだけ見てればいいの! 他の女の子に目移りしたらダ メ よ?」

「あんたァだぁーっとれい」

 相方と肩を組んで戯言を抜かすオッサンみてぇな現役女子大生にこっちの頭が痛くなる、ぶっちゃけ不安しかねぇが、マエリベリーはしっかりしてるし恐らく大丈夫であろう。

 駅のホームへと消えていく仲良しな後ろ姿を見送る。ありゃ二日酔いは避けられまい。せめて帰る道中でリバースして乙女のプライドが散らないことを祈っておこう。ま、ガンバレ。

 やがて黒髪と金髪の女子大生コンビが見えなくなったところでコキリと首を鳴らす。華扇も安堵の吐息を漏らしていた。何はともあれ終電を逃す事態は避けられたワケだしな。

 二人並んで駅を後にして、再び夜の繁華街へと繰り出す。

「ラーメンでも食っていくか。まだ入んだろ?」

「いいですね。あの二人には申し訳ないですけど」

 締めの一品に誘うと華扇は声を弾ませてオレを見上げた。あれだけ呑んだというのに酔った素振りすらない。どうなってんだコイツ。

 

 さぁ、ここから先はオレと華扇、二人だけの時間。まだまだ夜は終わらない。

 ネオンライトが煌めく夜景の中を男女が連れ添って歩いていく。

 

「ねぇ、綿間部。昼間に言っていたこと覚えてますか?」

「映画だろ。忘れとらんわ」

「映画を観終わったらヘカーティアさんのブティックに行きましょう。それからマヨヒガにも」

「っかー、今日行ったばっかだろうが。どんだけ好きなんだよ」

「…………はい、好きですよ?」

 彼女が零した甘く蕩ける声音は、静かに夜の街に溶けていった。

 

 

 

「ってぇ感じの夢をみたんだけどよ」

 幻想郷の数少ない屋台の一つ。あざとい夜雀が女将を務める店で名物ヤツメウナギの蒲焼を食いながら、何となく昨夜見た夢について語った。

 それにしても謎にリアルな夢だった。しかもオレが大学生とか、さらに華扇まで女子大生とか。

 我が夢ながらトンデモねぇ設定に失笑しつつ、日本酒を舌の上で転がす。

 すると、ずっと隣で聞いていた華扇がモジモジと恥ずかし気に両手を擦り合わせた。密かにオレを覗き見ながら口を開く。赤みがかった瞳はどこか期待を孕んでいるようにも映った。

「あ、あの……それからどうなったのですか? 参考までに、ええ、あくまで参考までに聞きますけど」

「さぁな、そこで目が覚めたから知らん。どーせラーメン食って帰ったんじゃねぇのか? あの流れだとよ」

「……………」

「オ、オイ。どうした」

 手の平を返したように仙人サマが押し黙っちまった。さっきまでの切なげな瞳はどこへやら、射止めんばかりの眼力が無言の圧力とともにオレに突き刺さる。いや怖ぇよ。

 もはや破裂する寸前まで頬っぺたを不満で膨らませた女は、いつもの言葉を口にするのだった。

「馬鹿者」

「何でや」

 

 

 

 

「………………鈍感」

 

 

番外特別回 完




カラオケのシーンは文字数の都合でカットしました(土下座Ⅱ)

蓮メリで1990年代の曲でデュエットしたりとか、華扇が竹ノ花を歌ったりとか、そういうのがあったということでよろしゅう
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