東方扇仙詩   作:サイドカー

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どうして誰も東方酔蝶華のこと教えてくれなかったんや!? ←逆ギレ
馬鹿野郎お前こんなん見ちゃったら出すしかないだルルォオオ!



第五十一話 「宵に良い酔いヨヨイノヨイ」

 鯢呑亭。

 人里でひっそりと営む、知る人ぞ知る小ぢんまりとした居酒屋の名前である。所謂、隠れた名店とでもいうアレだ。かく言うオレも最近になってその存在を知ったワケで。

 店内はカウンター席が一列と、あとはすぐ後ろに小上がりの座敷が少々あるだけ。如何せん店舗そのものが小さいがため、席数は限られてしまう。赤蛮奇のバイト先でもある酒場と比べるとその手狭さは尚更であった。

 とはいえ、一日何組様に限定された高級料亭でもなし。運良く空いていれば難なく入れる。

 あるいは吞兵衛たちの穴場。ぐるなびとかだったら「隠れ家」のタグが付きそうな日本料理の飲み屋。それが鯢呑亭なのであった。

 

 

「ここの煮物が絶品なんです。これは是非、綿間部にも食べてもらいたくて」

「ほーん、そら楽しみなこって」

 どうやら仙人サマはかなり高評価なレビューを付けておられるご様子。ここに来る道すがらの時点で既に上機嫌だった。

 ま、気持ちはわからんでもない。旨い飯と美味い酒で評判の隠れスポット。そんな風に聞かされればオレだって期待するしかない。むしろ今まで見落としていたのが悔やまれる。ったく、オレとしたことが迂闊と言わざるを得ない。

 何となしに店の中を見渡す。『鯢呑亭』っつー店名もそうだが、鯨をモチーフにしているらしかった。椅子の背もたれに鯨型の小穴が繰り抜かれていたり、皿もさり気なく鯨のイラストが描かれていたり。個性と遊び心が面白い。

 そう言うと何となくファンシーでシャレオツな印象を受けるだろうが、現実はそうそう単純ではなし。実際のところ、いかにも古風な居酒屋なのであった。シーフードなフードバーを想像したヤツは残念だったな。そもそも幻想郷に海はないのだとか。そのわりには鯨の存在は知ってんのな。

 

 折り紙ぐらいの半紙に習字書きでメニューがあったので手に取る。

 名物の煮物の他にも川魚の素揚げやら玉子焼きやら、品揃えは豊富で飽きさせない。が、クジラ肉は綴られてなかった。今は食用が禁止されているんだっけか?

 カウンターテーブルの木目調を挟んだ向かい側で、店の大将と思しき白髪ハゲのおやっさんが魚を捌いている。刺身に取り掛かっているようだ。熟練の手捌きは匠の技前。

 とっくに最初の注文は済ませてある。かといって意地汚く催促するほど無作法でもねぇ。

「ま、気長に待つとすっか」

「そうですね。のんびりいきましょう」

 欠伸混じりに背伸びするオレの隣で、華扇が穏やかな微笑で同意する。

 ほどなく客足も増え、数少ない席数も埋まりつつあった。つーか来る客がどいつもこいつも中高年の男ばかりなんですけど。ポジティブに言えば渋みがある。ぶっちゃけるとむさくるしい。

 そんな男くさい空間に華やかさが二つ咲く。一つは言わずもがな、オレの横で鼻歌まじりに酒と肴を待つ仙人サマ。そして、もう一つが――

 

「どうぞー。日本酒と、筑前煮お待たせしました」

 

 人懐っこい性格を体現したような明るいソプラノ声が流れて、わびさび田舎料理が目の前に滑り込む。食べ応えありそうな一口大に切られた煮物の香りにゴクリと唾を飲む。トドメとばかりに日本酒が溢れる寸前にまで入った徳利が置かれる。

 給仕の女が手際よく品々を並べ終える。すると、そのパッチリした緑色の瞳がオレに向けられた。

 

「そっちのお客さんは初めましてだよね? 来てくれてありがとう。サービスするからゆっくりしていってね」

 

 もう一つの華やかさってぇのがこの女だ。

 クセっ毛めいた外ハネしたピンク色のショートヘアに、ひときわ特徴的なキュートな鯨の帽子を被った年頃の娘が佇む。藤色のスカートの上にこれまた鯨――ただしこっちは浮世絵風が盛り込まれた前掛けを重ね、水色のシャツは動きやすく腕まくりしている。襷っぽく白いリボンが胸元でクロスしているのだが、あえて何がとは言わんけどなかなか結構なことになっておった。

 兎にも角にも上から下までクジラなピンク髪の女に、こちらも夜を生きる男らしくニヒルに気取って応じる。

 

「フッ、今夜が初めての一見さんだ。コイツに連れてこられた」

「む、コイツとは失礼ですね。コホン……今晩は、美宵さん」

「仙人さん、いらっしゃい」

 

 華扇と仲居染みた格好をした若い女が和気藹々と話す。

 何がスゲェってアイツの帽子。鯨のイラスト付きとかそんな生易しいモンじゃねぇ。ぬいぐるみを乗っけてんじゃないかと見間違うほどに、そのまんま鯨の形をしていやがる。どんだけ店のイメージを前面に押し出してんだ。

 

「さ、綿間部。飲みましょうか」

「それならまず私がお酌するね。結構ギリギリまで入れたから、持ち上げるのにちょっとコツがいるかも。はいどうぞ」

 

 サービス精神も旺盛なのか、鯨帽子の女が魅力的な笑顔で徳利を差し出す。気前良さそうな陽気さをもつ働き者。そして当たり前のように顔もイイときた。飲み屋で働くにはコレは逸材過ぎんだろ。

 

「おぉ~い美宵ちゃ~ん」

「はぁい、ただいまー」

 

 ピンクショートの仲居が今度は小上がりのオッサンどもに呼ばれて振り返る。その去り際に、こっちに向けてウインクを放ってきた。

 どこぞの和服女将な鳥少女にも負けず劣らずあざとい立ち振る舞い。とりあえず箸を持って筑前煮をかっさらう。まずはレンコンからいただいた。

「うぉっ、ウマ」

「でしょう。萃香に教えられたのは癪だけれど、大当たりね。んー♪ 本当に美味しい」

「あ? 萃香ってぇとアレか……あん時のチビくせぇ鬼か」

 その節は睨み合い、というか華扇が一方的に敵愾心を剥き出しにしてた気もするのだが、そこまで仲違いしとるワケでもないのかもしれない。わざわざオススメの飲み屋を教えたりするぐらいだ。

 当時を思い出しながらテキトーに相槌を打つと、仙人サマは曖昧な表情で頷いた。

「ええ、まぁ……それについては今は置いておきましょう。せっかくのご馳走なんですから」

「フッ、それもそーだな」

 厄介事も余計なコトも後回しにして、再び筑前煮に箸を伸ばす。

 甘じょっばい味付け、酒はもちろん白米にも合いそうな絶妙な濃さ。箸で持ち上げればずっしりとボリュームがあり、それでいていざ口に放り込むとほろりと崩れる。

 特にニンジンがよく味が染みて旨い。ガンガン日本酒が進む。

 ツマミと酒の黄金コンボをキメて思わず「クーッ」と小気味よく唸った。至福。

「ヤベェなコレ。職人の味だわ」

「ふふふ、鯨飲馬食には気をつけてくださいね」

 オレの反応に大層満足したようで、朗らかに言いながら華扇は小魚の焼き物を一尾摘まんだ。いつの間に頼んだんだ。それオレにもくれよ。

 

 

「じゃあね~美宵ちゃぁ~ん」

「ごちそうさまぁ~……オフ、ゲップ」

「うわ汚ねぇなぁ、道端で吐いたらカミさんに言いつけっぞ?」

「うへぇ……やめてくれぇ……」

「どうもありがとうね。気をつけて帰ってね」

 べろんべろんに泥酔した中年男どもがだらしないニヤケ顔で帰路につく。ありゃ二日酔いは確定だわな。おまけに下心も見え見えだ。男ってぇのは単純なこって。

「ったく、調子こいて潰れるまで飲んでりゃ世話ねぇやな」

「気持ちはわかりますけどね。お酒も料理も絶品ばかりでついつい飲み過ぎてしまいます」

 などと供述しているこの女に至ってはまだまだ素面なのであった。相変わらずのウワバミ。今晩この店で誰よりも飲んどるハズなのだが、もはや何も言うまい。

 やがて忙しさのピークも過ぎ去り、あらかた飲み客もいなくなった。一息ついたところに、見送りを済ませた鯨帽子の女がオレたちの傍まで戻ってくる。

「仙人さんのおかげでお店も繁盛してるし、こっちは大助かりなんだけどね」

「ほーん……ま、こんだけ飲み食いしてりゃ売り上げ貢献しまくりだろ」

「ひ、人を食いしん坊みたいに言わないでくださいっ」

「あはは、仲いいんだ」

 ピンクのクセっ毛な仲居が会話に交ざりながら、なぜか注文していないハズの徳利をこっそり置く。

 こんなん頼んでねーぞ、と訝し気に見やると、「サービス」と口の動きに合わせて人差し指を立てて唇に添える内緒のポーズで返される。何となく指使いに色気を感じる。なるほど、コレは男が通うわ。

 ところで、どうしようもなく今更ながら大事なことを忘れているのに気付いちまった。

 

「まだあんたの名前聞いてなかったな。美宵ってぇ呼ばれてたのは聞こえたけどよ」

「やだ私ったら! ごめんね遅くなって。奥野田美宵です。鯢呑亭の看板娘なの」

「ってオイ、フツー自分で言うかそれ……」

「だって本当のことだもん」

 

 おどけたようでいて自身ありげに名乗った仲居コスの女――奥野田美宵。

 赤蛮奇に続く新たな看板娘キャラが出てきやがった。ま、あのクール系ろくろ首とは性格のベクトルも全然か違う。キャラ被りの心配はあるまい。

 

 

 それからも何だかんだで恐ろしく長居しちまった。酒と肴の魔力には敵わなかったわ。

 鯢呑亭が暖簾を下げる頃にはオレたちを除いて客は誰もいなかった。おかげで奥野田とも話す時間は十分にあったワケだが。

「今日も大盛況でしたね。きっとあなた方の勤勉な姿を気に入って福の神が立ち寄ったのでしょう。それにこの店は居心地が良いですから」

「ありがたいことにね。博麗神社の宴会で煮物の差し入れ持って行ってから一気に広まったらしくて。なんだか流行りの波に乗っちゃったみたい」

 鯨だけにね、などとぶっちゃけビミョーなオチで締めくくられた。さすがの本人も滑った自覚があったみたいで、誤魔化すようにペロッと舌を出した。あざとい。

 男を勘違いさせる照れ隠しを引っ込めて、少し困ったような顔で奥野田は軽く肩を叩きながら零した。

「でも、おかげでちょっと人手が足りてないところなのよね。一時のものなんだろうけど、正直言うと今は大変。ほら、この店って私とおじさんしかいないから」

「下手に有名になり過ぎたおかげで今まで通りに対処し切れないってぇワケか。イイんだか悪ぃんだかよくわかんねぇな。ま、とりあえずブームが去るまで意地でも踏ん張るしかねぇだろ。せっかくの商売チャンスなんだからよ」

「そうだよねぇ……仙人さん、何か良い知恵ない?」

「うふふ。それなら良い考えがあります」

「えっ、本当!? 教えて教えて!」

 何やらこっちもこっちで自信たっぷりの得意気なツラで、桃色の仙人サマが含み笑いしておった。迷える子羊に救いの手を差し伸べられて、仙人の本懐といったところか。っかー、満更でもなさそうにしやがって。

 キラキラと期待の眼差しを送る仲居に、華扇は勿体つけて不敵に微笑むばかり。そんな三文芝居を見せつけられながらサービスしてもらった日本酒を飲む。タダってぇなら遠慮なく――

 

「よければこの綿間部を使ってください。彼、こう見えて何でも屋をやっていますから。雑用なら幾らでもこなせますよ」

「ぶぼっ……ッ!?」

「きゃあ!? もうっ何をやっているのですか! 汚いですよ?」

「ゴホッ、ゴホッおま」

 

 まさかのオレ身売りによる解決策であった。ビックリし過ぎて思わず咽ただろうが。

 咳き込んで反論出来ぬ間にも、奥野田は緑色の瞳を輝かせて喜びに歓声を上げる。華扇も華扇で成し遂げたぜと言いたげに腕組みしていやがる。

 

「そうだったの!? こんな偶然があったなんて、すごく助かっちゃう!」

「お力になれたようで何よりです」

「待てぃやコラ! 何やってんだはこっちのセリフだっつの勝手に決めんなや。言っとくがオレぁ料理なんざできねーぞ。悪ぃが臨時バイト探すなら他当たってくれ」

「必ずしも料理をするとは限らないでしょう。皿洗いでも芋の皮むきでもお勘定でも、やろうと思えば仕事は幾らでもあります。こういう時に働かなくて何の為の何でも屋ですか」

「ぐぬぬ……」

 

 ごもっともなご意見にぐうの音も出ない。あれ、最近のオレってばコイツの尻に敷かれてばっかじゃねぇ? いやいや、そんなハズない。なぜならオレは夜に生きる男。ハードボイルドな何でも屋なのだ。だから違う。違うったら違うのだ。

 ところが無情にもさらに状況は劣勢に傾く。ついには外ハネ系ピンクショートの看板娘まで身を乗り出してくる。

「お願い! ずっとじゃなくていいの。一週間……ううん、数日だけでもいいから。ダメ?」

「うぐぐぐぐ……ッ!!」

「綿間部。迷う余地などありませんよ。引き受けなさい」

 赤みがかった瞳で真っ直ぐに見抜いてくる桃色の仙人サマ。半ば祈るように指を組んでウルウルお目目で懇願してくる鯨衣装の仲居。さらにはカウンター越しに包丁を研ぎ始める白髪ハゲの大将。ってオイ、なしてこのタイミングでそれすんだ。怖ぇよ。

 三方向からのそれぞれベクトルの違った圧力に押し切られ、いよいよ退路を失った。もうどうにでもなれと背もたれに上体を放り投げて叫ぶ。

 

「だーもう! しゃーねぇなぁ、やりゃエエんだろ?」

「ありがとぉー! 大好き!」

「はぃいいいいい!?」

 

 お望み通り引き受けてやったってぇのに華扇が一番びっくらこいていやがった。何でや。

 

つづく

 




美宵ちゃんの襷リボンすごくエッッッッ
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