東方扇仙詩   作:サイドカー

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第五十五話 「Pe:フロから始まる同棲生活」

 事の発端はアレだ。

 時は作戦成功したところまで遡る。

 

「あはは……汚れちゃいましたね」

「ったく、誰のせいだ誰の」

 仏頂面でツッコミを入れてやれば、桃色ミディアムヘアの仙人サマが頬を掻きながら笑って誤魔化す。なにわろてんねんと言いたい。

 だーもう、ばっちぃなオイ。感電を避けるために折り畳み傘も置いてきたのもあって、ただでさえずぶ濡れな身の上だってぇのに。そのうえトドメに水溜まりに全身ダイブとか。泣けるぜ。

 とはいえ、いつまでもネチネチと口撃するのも男として器が小せぇというもの。しゃーねぇなぁと零しつつ立ち上がり、ついでに華扇の腕も掴んで引っ張り上げる。水も滴るイイ女、と言えれば世話ねぇが、水は水でも泥水じゃどうしようもない。

 ま、オレも似たようなモンだけど。やれやれってか。

「オメーも今日のところはさっさと帰って風呂にでも入れよ」

「綿間部は?」

「オレも帰る。どーせ客もおらんだろ」

 ほんの少し前まで容赦ない雷鳴轟く大雨だった。まさか晴れた途端に人々が外を出歩き始めるハズもあるまい。だったら今宵は店仕舞い。どのみち依頼人探しても無駄足であろう。

 つーか、まずこの悲惨な恰好をどうにかしたい。正直タオルで拭くだけじゃ物足りない。銭湯にでも行きたいがどうせ開いてないだろうよ。

 しゃーねぇ。今夜は我慢して井戸水で頭と顔の泥だけでも落としてしまおう。

「じゃーな」

「待って」

 短く告げて踵を返したオレを華扇が引き留めた。以前にもこんな展開なかったか?

 

「このままでは風邪をひいてしまいます。ちゃんとお風呂に入って温まらないといけません」

「フッ、このぐらいで風邪ひいてくたばるほどヤワじゃねぇよ。第一、銭湯もやってねぇだろ」

「む、そういう杜撰な考えはどうかと思います。それとご心配なく。私の屋敷に来てください。うちでお風呂に入ってもらいますから」

「マジか」

「マジです。それに不衛生な人は嫌われますよ」

 

 一瞬だけ呆気にとられたものの、コイツの家なら修行やら奇襲ドッキリやらで何度か足を運んでいる。今さら行くのを躊躇うような間柄でもなし。

 そもそも風呂にありつけるならオレにとっても何ら不都合はない。いくら夏場だろうと、真夜中に冷たい井戸水を頭から被るのと、程好い湯加減を浴びるのとじゃ百倍違うってぇモンだ。

 

「んじゃ、そーさせてもらうか」

「フフ、素直でよろしい」

「……泥塗れでカッコつけてもなぁ」

「なぁ!?」

 

 腕組みしてドヤ顔の仙人サマに嘆息気味にボヤくと、それこそ雷に打たれたように目と口を大きく開いて固まっちまった。ダメ押しにフッと鼻で笑ってやる。すると、桃色の女は風船みてぇな膨れっ面になってオレに詰め寄った。

「綿間部ッ!」

「へーへー、すんませんねぇ」

「もぉ! そこに直りなさぁい!」

「静かにしろって。近所迷惑だろ」

 肩をすくめて飄々と宥めたが火に油だった模様。ますます怒ってお約束の説教が飛んでくる。説教は大鷲に運ばれている間も続いたのであった。

 あーあ、結局こうなんのかよ。チクショウめ。

 

 

 まだ若干プリプリしとる仙人サマに引き連れられて、この女のハウスまでやってきた。

「さぁ、どうぞ。私は部屋にいますから」

「待てや。フツーは家主からだろうが」

 さも当たり前みてぇなツラして先を譲るお人よしに待ったをかけた。言わずもがなこの女もまた泥水で髪や体のあちこちを茶色く染めている。

 

「お前が先に入れ」

「お気になさらずに。こうなったのも私の所為ですし……」

「いいから大人しく言うこと聞いとけって。言っておくが、ずぶ濡れの女をほったらかしてテメェだけあったかい風呂に入ってられるほど神経図太くねぇぞオレはよぉ」

「むっ、それを言うなら汚れたままの客人を差し置いて入浴する方も大概でしょう」

「っかー、この頑固者め」

「どっちが! 綿間部には言われたくありませんっ」

「ぐぬぬ」

「むむむ」

 

 何とも不毛な争い。一番風呂の譲り合いならぬ押し付け合いが勃発した。

 どちらかが潔く折れればそれで済むハナシだというのに、如何せん一仕事終えて高揚してんのか意固地になる。そのせいで両者とも引こうとしなかった。下らないことでムキになってんのとか言ってはならない。

 オレ自身我ながらバカなマネしてんなと思わなくもない。が、そうかと言って濡れ鼠な華扇をそのままにもできねぇ。男の沽券とか甲斐性とか、そーゆーのが疑われる。夜を生きる男、ハードボイルドな何でも屋としてそれだけは許されない。

 押し問答の末、先に臨界点を迎えたのは仙人サマであった。

 

「もぉ! わかりました!」

 

 しかし、勝ったと思ったのも束の間。そこからが予想外。

 

「それならこうしましょう!」

「ちょオイ!?」

 

 なぜか桃色ミディアムヘアの女はオレの手首をガッチリと握って、勇ましい足取りで歩き出した。脱衣場へ向かって。当然、オレは困惑するしかない。

 きっと華扇もテンパっていたのであろう。お目目グルグル状態で、もはや勢い以外の何物でもない折衷案が叩きつけられる。

 

「このまま埒が明かないくらいなら、いっそのこと二人一緒に入ってしまえば何も問題ありませんよね!?」

「いやその理屈はおかしい! 問題しかねーぞ!?」

 

 久し振りに本気でおったまげた。これほどまでに度肝を抜かれたのは八雲紫に幻想郷に拉致されたあの日以来だろう。って、マジで一緒に入る気か……!?

 しかもこの女、こーゆー時に限って相変わらず謎に力強い。あれよあれよという間にオレは連行されていく。

 

 

 で。

 気付いたら華扇と二人で既に浴室の中にいた。

 わけがわからないよ、とどこぞのヘンテコな白いケモノが脳内で呆気にとられる。オレも同じ気持ちだ、ヤスベェ。

 

「あっあまりこっちを見ないでくださいッ……!」

「みみみ見とらんわ!」

 

 頬を赤らめた華扇に言われて思わず顔を背ける。ナンダコレ。

 入り口近くで男女二人が横並びに立つ。オレは腰に手拭いを巻き付けて、華扇も胴体をすっぽりと隠す大きめのタオルで包んでいる。言い換えれば、オレもコイツもそれしか身に着けてない。

 ゴクリ、と生唾を飲む。大丈夫だ、やましいこともいかがわしいこともしていないのだから堂々としていればいい(※現在進行形で気になる異性と混浴しています)

 手桶でお湯を掬い、妙な気を起こす前に泥諸共に何もかも洗い流す。それを見た華扇もハッとして桶を手に取り自らにお湯を浴びせた。

 何度も頭から温水を被って、体に付いた泥をあらかた落とし終える。

 

「す、座ってください。背中流しますから」

「あ? いや別にそこまでせんでも」

「いいからぁ!」

「お、おぉ」

 

 半ば押し切られる形で浴室用椅子に腰かける。すぐ後ろに華扇が膝立ちする気配を感じ取った。手桶に張られたお湯に垢すりを浸す水音も聞こえる。些細な物音にさえ、否が応でも想像力を掻き立てられる。

 やがて石鹸が泡立てられる音に変わり、桃色の仙人サマが緊張に声を震わせた。

 

「すー……はー……っ、いきますね」

「おぉっおう、いつでもこいや」

 

 来いやじゃねーよオレ。止めろよ。

 直後、背中に垢すりが当てられてゆっくりと上下に動き始めた。ぎこちない手つきで、しゅり、しゅり、と控えめに擦れる。

「く――」

 ぶっちゃけ白状しちまうと、かなり気持ち良かった。いや、いかがわしい意味合いじゃなく。床屋のシャンプーとかそんな感じで。しつこいようだが他意はない。断じて。って、オレは誰に言い訳してんだ。

 ほどなくして背中が終わり、次は肩へ。そのままの体勢では洗い難かったのか、寄りかかるように華扇の身体が近付く。同時に、しっとり湿った息吹と悩まし気な声色が耳たぶをくすぐる。

 

「ぁ……はぁっ……ん……」

 

 ただひたすらに堪える。声すら出すまいと不動を貫く。顔が熱い。風呂場の湯気にでも当てられたか。まるでサウナだ。

 背中を流すと言っておきながら女の細腕が前にも回される。抱きすくめるように左右の手がオレの胸板に触れた。その拍子に、洗ってもらったばかりの背中にむにゅりとデカい二つの塊が押し付けられ、柔らかく潰れて形を変えた。

 いかん、鼻の奥まで熱くなってきた。一体どうなってんだ。コレは夢か。幻覚でも見てんのか。

 そんな中、ふいに包帯の巻かれた左手のしなやかな指先が胸の中心部をなぞっていった。

 

「くあっ!?」

「あっ、ごめんなさい。くすぐったかった?」

 

 華扇が気にして声をかけてくるがまともに返せなかった。平気だ、と独り言染みた小声を絞り出す。

 ヤバイ。アタマがクラクラしやがる。のぼせて気絶するか意識がどうにかなりそうだ。まだ湯船にも使ってないってぇのによ。

 その間にも華扇によるボディソープご奉仕が続く。

 首筋から鎖骨の辺りを泡のついた手のひらで優しく撫で、腹筋の上を垢すりが円を描くように動き回る。洗う部位が上から下へと徐々に移動していく。へそ回りを経由して、ついにはその下まで及ぼうとした。ってオイィ!?

 

「ちょおまバカマジで待ったそこはいらん!!」

「ひひゃい!?」

 

 まさに寸前、ギリギリのところで理性が間に合い、慌てて仙人サマの手を遮った。

 危なかった、冗談抜きで危なかった。危うく大事故を招くところだった。というかナニしようとしてんだコイツはよぉ!?

 どうにかこうにか仕上げにお湯を掛け流され、全身に纏わっていた泡が綺麗サッパリなくなる。

 

「っと……じゃ交代するか?」

「へっ変態! お、お、女の子の身体を洗いたがるなんて何を考えているんですかッ!?」

 思いっきり罵倒された。振り返ってはないが顔を真っ赤にしているであろうことは想像に容易い。どうやら仙人サマも余裕がなかったご様子。

 つーか、お前こそ今の今まで男のカラダ自分の手で洗ったばっかりやんけ。人のこと言えんだろ。

「とにかく! 綿間部はそのままでいてください。いいですか、絶対に振り返らないでくださいね?」

「わぁーってるっつの」

 下手すりゃ何かの振りに思われがちだがこいつはガチのやつだ。ここで逆らうほど命知らずじゃねぇわ。

 背後からぱさりとタオルを解く衣擦れの音が耳元をかすめた。確かにあのままだと満足に体を洗えない。至極当然の流れといえる。

 つまりオレの真後ろでは、茨木華扇の一糸纏わぬあられもない姿があるということに他なく。

「――――」

 止めろ。それ以上考えるな。この状況下で生理現象が起きちまったら言い逃れできない。隠す術もなく何もかも終わる。

 というかお前も目隠しすらしてねぇ野郎の傍で体洗い始めんなよ! それもう無防備ってぇレベルじゃねぇから!

 

 等々、放送コードに引っ掛かるか否かの瀬戸際を幾度も往復したりして、

 

 

 そして、ようやっと現在に至る。

『…………』

 二人で背中合わせになって湯船に浸かっていた。

 さすが屋敷の浴場だけある。大浴場とまではいかないにせよ十分な広さを誇っている。少なくとも正反対の方向に目線を向けた男女が足を伸ばせるくらいには。

 もっとも、それでリラックスできるかどうかは別問題である。

 

「………ぁ」

「……っ」

 

 薄ら湯気が漂う中、相手の息遣いばかりが気になり、耳に残る。天井に留まっていた水滴が落ちて湯面にささやかな波紋を生んだ。それも数秒とせずに消える。

 

「なぁ」

「あの」

 

 あまりにもベタな展開に思わず頭を抱えたくなった。もどかしい空気を変えるべく口を開けば、物の見事にタイミングが被ってしまう。

 ただの偶然に過ぎない出来事だというのに得体の知れない気恥ずかしさが込み上げる。あぁくそ、らしくない。

 オレは気持ちの揺らぎを隠すように雑っぽい口調で言葉を紡いだ。

「何や」

「えと、ありがとうございました」

 さっきみたいな譲り合いの堂々巡りになる前に、ぶっきらぼうに続きを促す。返ってきたのはお礼の言葉だった。

「急にどうした?」

「綿間部のおかげで一つの命を奪わずに済みましたから。そのことに対しての『ありがとう』です」

「そらどーいたしまして。ま、作戦が上手くいったのは幸いだったわな」

「どうしてあそこまでしてくれたの?」

「あ? どうしてって言われてもな……」

 

 仙人サマに問われて自分でも理由を考えてみる。

 やられた手前もあってオレ自身の問題でもあったから。何も殺す必要はないと思ったちっぽけな善意。力を制御できずに終わったトカゲへの同情もなくもない。それらしいモンはいくつか挙げられる。

 その中で、一番を占めた理由は。多分、そーゆーコトなのだろう。

 華扇が悲しむ可能性があったから。あの時、真っ先に思い浮かんだのはトカゲの亡骸を前にして涙を零す仙人サマの憐れな姿だった。どうにもオレはそれが見たくなかったらしい。

「……フッ」

 つっても、一つ一つをバカ正直に話すのもメンドクセー。あと何となく小恥ずかしい。だからオレはテキトーに一纏めにして答えた。

「ま、ワケとしちゃ色々だわな」

「色々、ですか」

「そんなモンだろ」

 詳しく教えてくれなかったのが不服だったのか、華扇がちょっぴりつまんなそうにおうむ返しに呟いた。

 おもむろに細い腕が下腹部に回され、オレの背中に彼女の体が密着した。湯とタオル越しでもその柔らかい感触は十分に発揮される。

「お、おい。いきなりどうした」

「……私にも色々あるんです」

「イロイロって、お前……」

 つい今しがた自分が使った言葉をそっくりそのまま返されてしまい、上手く反論できなかった。されるがままに、甘んじて受け入れる。

 首筋にも汗が滴る。体中が火照る。赤い熱の出所は、寄り重なる彼女の体温なのか、お湯の温度なのか、それともオレ自身によるものなのか。ひょっとしたら全部かもしれない。

「……ったく」

 ホントにコイツは。わざとか、狙ってやってんのか。まったく、こちとら我慢の限界だってぇのによ。

 

 

「先に上がりますね」

 あれから長時間風呂にいた。もはや体も温まるどころかのぼせる一歩手前までいった頃、華扇はそう告げて一足先に湯船から立ち上がった。

 できることならオレもすぐにでも上がりたい。が、最低でもこの女が着替え終わって出ていくまでは待たなくてはなるまい。

 しかし、そこで一つとんでもなく重要なことに気付いた。つまるところ、オレ着替え持ってきてなくね?と。

 これはマズイ。このままでは風呂から出ても着るものがなく脱衣所で詰んでしまう。

「オイ華扇。ちょい待っ――」

 その事実に行き当たったオレは仙人サマに着替えになる服を持ってきてもらおうと、咄嗟に声をかけた。

 つい後ろを振り返りながら。

 

「ぇ――」

 

 急に名前を呼ばれた華扇が立ち止まる。彼女は脱衣所への入り口にちょうど手をかけたところであった。()()()()()()()()()()()()()()

 おそらく濡れた体を拭くために巻き付けていたタオルを一旦解いて絞ったのだろう。そらそうだわ。身に着けたままお湯に入ったんだから。そうでもしなけりゃ使い物にならん。

 

 問題なのは、タオルしか付けていなかった女がそれを外したらどうなるか。

 

 オレのいる位置からは後ろ向きだった茨木華扇。その裸体が惜しげもなく晒される。

 肩回りの繊細そうな曲線の僅か下に、湯上りでも色白を損なわない肌に肩甲骨のラインが薄っすらと浮かぶ。さらに背筋の窪みに汗か風呂湯の雫がつぅと一滴伝う。縦に通るそれに沿うようにして。そこには何とも言えない美しさがあった。

 

「ぁ……ぁ……」

「―――」

 

 そういや入浴のときもシニョンは外さなかった。それに包帯も解かなかったと遅れながら思い至る。されど、そんなのは些細なことだとばかりに別のものに目を奪われた。

 スタイル抜群な腰のくびれを経て、それよりもっと下に。弾力のある張りとツヤを併せ持つ、形の良い丸みを帯びた――

 

「ひ……ひゃぁふぁああああああああああああッ!?」

 

「ふべらぁッ!?」

 次の瞬間、仙人サマの大悲鳴とコンマゼロ秒で眼前に差し迫った風呂桶の底を喰らって、オレは湯船の底に沈んだ。

 

つづく

 




今回の主人公を振り返ってみようのコーナー

・華扇と混浴
・背中を流してもらう(背中以外も)
・湯船の中で後ろから抱き着かれる(タオルのみver)
・彼女の裸ひいてはおしr――


これもう有罪でいいんじゃないかな(判決)
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