彼が利き腕を怪我したって大義名分を使ってアレコレしたがる華扇もあっていいと思うの!
丸一カ月お待たせしてスマヌ……スマヌ……
今季のアニメが豊作だったんや
半分の月が昇る夜空。
叢雲ひとつない宵闇の天を見上げて気分も上々……のハズだった。
「で、こりゃ一体どーゆー了見だァ?」
アジトから人里に繰り出して早々に華扇に捕獲され、「出掛けますよ」の一言でズルズルと引き摺られていったのが二時間前かそこら。お前コレ拉致じゃねーのか。
あれやこれやで辿り着いたのはいつぞや以来の博麗神社。しかもだ、これがまたかつてと同じ有り様でお出迎えときた。
まず石畳の境内に茣蓙が敷かれている。さらにキャンプファイヤーかとツッコみたくなるようなクソデカい焚火が燃え盛っておるわ、かがり火やら石灯籠やらも灯っておるわでとにかく明るい。誰が見ても紛うことなき宴の会場であった。
というか、とっくに数多の個性派キャラな女性陣がやいのやいのと酒盛りをおっ始めておった。
鳥居の前で立ち尽くし、胡乱な目つきを隣に並び立つ女に向ける。
「オイ華扇。どーなってんだ」
「どうって、見ての通り宴会ですけれど。何かおかしいところがありましたか?」
「ハナシが違ぇんだが」
「?」
柔らかな桃色が目を惹くミディアムヘアを仄かに靡かせて、白いシニョンを括った仙人サマが小首を傾げる。
コイツは知らんだろうけど、先日の伊吹萃香から引き受けた地底行きのすったもんだは、ヤツが宴会の準備で忙しいなどと抜かしやがったのも一端にある。
ところがだ。その宴会は今夜、今まさに目の前で催されているという始末。よもや前日から食材集めに奔走していたハズもなし。あのチビ鬼の性格を考えれば、なおのこと。それこそこの仙人サマじゃあるまいし。
「おや、お前も来てたのか」
「あ! おうコラテメオイ」
「綿間部、まともな言動になっていませんよ。頭が悪そうに見えます」
「うるへー」
噂をすれば、何食わぬ顔で下手人が暢気にしゃしゃり出てくる。二本角がやたら目立つちんまい鬼っ娘が、自前の瓢箪を弄びつつ酔っ払いの赤ら顔でちょっかいをかけてきた。
明らかに宴会前から呑んでいた疑いあり。星熊勇儀もそうだが鬼ってぇのはこんなんばっかかよ。一人ぐらいマジメな鬼はおらんのか。
「オメーよぉ、宴会ってぇのは昨日じゃなかったんかい」
「いんや、昨日もあったよ? 今日は今日でまた宴会さ。ひょっとしたら明日もあるかもねぇ」
「何やそのデスマーチは」
ニヤけたツラで空恐ろしいことをしゃべくるチビ鬼に軽く引いた。
コンパ好きの大学生共ですらそこまでやらんだろ。幻想郷の連中の肝臓はバケモンかよ。
ちんまい鬼は「イヒヒ」とメンドクセェ具合に笑いながら、のらりくらりと体を揺らす。性懲りもなく酔い踊る醜態に、華扇が溜息混じりで頭痛そうに額に手のひらを重ねた。
「まぁ、実際にそのような異変がありましたから。この萃香が犯人で、誰もが疑問を抱くことすらなく連日連夜に続く宴会を行ったというものですが」
「ああ、あったあった。懐かしいねー」
「それ異変ってぇレベルなのか?」
三日三晩ブッ通しで飲み会やってただけとか、さして害はなさそう。もっとも、参加者全員が無自覚っつか違和感なしとなれば、それはそれで恐怖かもしれんわな。
そんな折、チビ鬼がオレの腕の異常に気付いてしばし目を瞬かせた。肘から下にかけて巻き付けられた白い布切れ。当然、つい最近までそんなものはなかった。
「何だ何だ、右腕に包帯なんか巻いちゃって」
「地底で負傷したのです」
「そりゃ災難だったね。お気の毒に」
「まったくだ」
オレ自身も散々だったもんで記憶があやふやだが、クソッタレな怨霊ヤロウに身体を乗っ取られた時にやられた傷だ。リストカットじゃなかっただけマシだろうか。つっても痛いことに変わりはない。
治療の痕を伊吹萃香がまじまじと見つめる。それから口惜しそうに「うぅむ」と唸りながら腕を組んだ。てっきり見舞いの一言でも寄越すのかと思いきや、
「華扇とお揃いになったもんだから、二人が血の契りでも交わしたのかと思ったんだけどねぇ。ちぇー、違ったのか。残念残念」
「なぁあ!?」
華扇の素っ頓狂な裏声がその辺の雑音をかき消した。血の契りって何やねん。極道かよ。
言われてみりゃ確かに、オレも華扇も右腕に包帯を巻き付けている。ついこの間、赤髪セミロングの女神サマとプリント文字付きTシャツでペアルックしたばかりだってぇのに。ビミョーなところで偶然が重なったもんだ。
うっかり出た変な声を咳払いで誤魔化してから、マジメな顔つきになって仙人サマが鬼っ娘を嗜める。
「か、からかわないでください。本当に大変だったのよ」
「そうかい。そりゃ悪かった。ところで勇儀の様子はどうだった?」
「今のオメーと大して変わんねぇよ。真っ昼間から酒かッ喰らってたわ」
「ふっふー、それが鬼ってもんさ。なぁ華扇?」
「……知りません」
伊吹萃香がふらりとどこかへ消え、ひとまず見知った顔の何人かに声をかけておいた。
ついでに参加費代わりに例の金粒をいくつか賽銭箱に放り込んでおく。それを見た博麗の巫女がすかさずグッと親指を立ててきた。神職なクセに俗物なやっちゃな。
その後はテキトーに隅っこで酒とツマミを片手にチマチマやらせてもらう。どいつもこいつもそれぞれが好き勝手にやっている印象があった。これが幻想郷の飲み会スタイルってか。
何となく箸を使う料理は避け、枝豆など手掴みで食えるものや爪楊枝でいけるものばかりに手が伸びる。これといって他意はないつもりだったが、目敏い付き人がそんな些細な傾向に気付いた。あまつさえ利き腕が満足に使えないのだと誤解まで招いちまった。
その結果がコレである。
「はい、あーん」
「…………むぐ」
「他にも食べたい料理があったら言ってくださいね」
「いや自分で食えるっての」
「血が足りてないならお肉がいいでしょうか? ちょっと待っててください。あちらも程好く焼けたようですので取ってきます」
「マジで頼むから聞けって」
こっちの制止もまるで届かず。オレに付きっきりだった華扇が今度はキャンプファイヤーのもとに向かっていく。ムダに手際がイイせいで見送ることしかできない。
轟々と燃え盛る焚火の上で、伊吹萃香が狩ってきたという巨大なイノシシの丸焼きがこんがりと出来上がっていた。天人と貧乏神コンビのときに出くわしたヤツではない。どことなくサイズが違う。別個体であろう。そう願いたい。
ド級の焚火の前に居座ってヤバいくらいに大量の汗水を垂らす水色のガキんちょを華扇が遠ざけさせる。アイツも妖精なのだろう。三月精と似たモノを感じる。
じっくり炙られたボリューム満点な肉塊をケバブみたいに削ぎ落し、取り皿に盛り付けて戻ってきた。
「お待たせしました」
「あぁ。さっきのガキんちょは大丈夫なんか?」
「ええ。氷の妖精なので万が一に備えて避難させましたけど。あの子は妖精の中でも力を持っている方ですから、なんだかんだ言っても大丈夫だと思います」
「アレ汗じゃなくて溶けてたんかよ」
さらりと言ってのけとるが、それ危うく酒の席で一つの生命が消えるところだったんじゃねぇかよ。さっきのチビはきっとバカなのであろう。自らの属性を忘れて弱点に接近するなんざ正気じゃねぇ。
「よいしょっと」
再び仙人サマがオレの隣に座って「あーん♪」とニコニコ笑顔で焼き肉を口元に運んでくる。赤みがかった瞳が心なしか輝いておった。そんなにコレ楽しいのか?
「……はぐ」
もうどうにでもなれと無心になって食いつく。別に嫌じゃねぇけど小恥ずかしい。もどかしい感情が表面に出てこないように仏頂面になって咀嚼する。
料理と一緒に羞恥プレイを味わわされていると、ミスティア・ローレライと奥野田美宵の居酒屋コンビがオレらのもとに来た。何気に宴会で会うのは初めてかもしれない。
「クロくん、仙人さんに食べさせてもらってるの?」
「え、お客さんどうしたの?」
すでにオレのダメージを知っている奥野田とは対照的に、これが初見の和服女将はオレの腕に巻きつけられた白い医療品に心配そうな視線を落とした。
そこまで大したことじゃねぇと、フッとニヒルに気取って右腕を掲げてみせる。
「仕事でちぃとやらかしてな」
「そうなの……またこんなにボロボロになって」
「もう慣れたことだ。今になって気にするほどじゃねぇよ」
「そんなこと言わないで。お客さんにもしものことがあってお店にも来なくなっちゃったら、あたし悲しいわ」
瞳を哀れみに濡らして、女将のほっそりした指が包帯越しの傷口に添えられる。あざとい。
「むー」
その傍らで、華扇が頬っぺたを膨らませてオレに刺々しい眼差しをぶつけてくる。オレは何もしとらんやろ。
やましい気持ちはないものの、酒を取ってさりげなく和服鳥娘の手を解いておく。こんなことで説教されたら堪ったもんじゃねぇ。というかここだけピンク率高ぇなオイ。
「ま、テメェでメシも食えるし問題ねぇぜ。コイツが過保護なだけだ」
「何を言いますか。綿間部は怪我人なんですから、こんな時は大人しくお世話されればいいんです。そのために私がついているのですから」
「そのケガ人を飲み会に連れ出すのはどーなんだ……?」
毎度恒例の軽口減らず口を叩く。いや、飲み会は別にいいんだけどよ。さっきから自分で食えるつってんだろうが。
そんな相変わらずなオレと華扇のやり取りを二人が微笑ましげに眺める。おもむろに、鯨帽子を被った外ハネ系ピンクショートの仲居が緑の瞳を輝かせて、こんなコトを言い出した。
「ねっ、私もクロくんにご飯あげてもいい?」
「あ、ズルい。あたしもやってみたいわ」
「え? ええ。構いませんが……」
「いや構えよ」
どーゆーワケか動物園の触れ合いコーナーみてぇな流れになってきた。ウサギのエサやりちゃうぞコラ。あとなしてオレじゃなくて華扇に許可を求める。
悲しきかなオレの意見は見事にスルーされ、夜雀の女将と鯢呑亭の看板娘が楽しそうに料理を取り皿に移していく。
「やっぱり男の人ならお肉いっぱい食べたいよね」
「美宵ちゃん、鶏肉はやめてね」
「あんまり肉ばっかりにしない方がいいわよ。その人、ここ最近ずっとうちで肉料理しか頼んでないから」
『えっ』
どこからともなく赤マントとマフラーの女が会話に割り込んできた。赤蛮奇のクールな一言に、奥野田とミスティアだけでなく華扇までもが彼女に注目する。その瞬間、真偽を問うアイコンタクトが女たちの間で飛び交った。赤蛮奇がコクリと頷く。
ほどなくして、その視線がそっくりそのままオレに切り替えられた。
「綿間部?」
「クロくん?」
「お客さん?」
「しゃーねぇだろ……」
茨木華扇と奥野田美宵は偏った食事メニューを咎めるような眼差しでチクチクと、ミスティア・ローレライはチキン料理をたらふく食ったのではないかと問い質す鋭い眼光でジーっと。三者三様の反応でオレを見据える。赤蛮奇は言わんこっちゃないとばかりに呆れていやがった。お前が余計なこと言い出したからだろうがい。
こちとら繁華街で生きてきた男なのだ。偶には脂っこいジャンクフードに偏る日だってあるわ。言うても幻想郷にハンバーガーチェーンはねぇけど。串焼きとかそんなところだ。
「野菜のモンだって注文してんだろ。一応」
「お新香のこと言ってるの?」
『…………』
アカン、ますますジト目が威力を増した。さすがに今のはダメだったか。
「綿間部、今夜はもうお肉禁止です。いいえ、今夜だけでなくしばらく控えてもらった方が良いかもしれませんね。これ以上は健康を損ねます。ですが、私がしっかり管理してあげますから心配いりません。ちょうど良い機会ですし、また修行しましょうか」
「ちょ待て」
せっかく取ってきた焼き肉をオレから隔離して仙人サマが告げた。美味そうなツマミが無慈悲にも引き離されるのを止めようとするが、マジメが入った女は待ってくれなかった。あげくに自分で食べてしまう。ベタなことに頬に手をやって、わかりやすく美味しそうなリアクションが若干腹立たしい。
「大丈夫よ、クロくん。お野菜でも鉄分は取れるから。というわけでほうれん草のお浸しです」
「いや別に野菜嫌いってぇワケじゃねーぞ」
「じゃあ、アーン」
「だから」
「アーン」
「…………あぁ」
どことなく逆らい難い謎のナニカを感じ取り、根負けして渋々と口を開く。
あっさりめの出汁を十分に吸ったほうれん草は噛めば噛むほど味が沁み出てくる。野菜本来のシャキシャキした歯触りも失われず、素材の旨味も引き立てられていた。脂っこいモノの後の口直しにもうってつけといえよう。
立て続けに、奥野田とは反対側からも料理を摘まんだ箸の先が寄せられる。
「ネギも美味しいわよ。焼くと香ばしい匂いもして、おつまみにはピッタリなんだから。はい、どうぞ」
「……あむ」
「あはは、お客さん雛鳥みたい」
ネギまのネギ単品に近い、言うなれば焼きネギというべき立派なツマミであろうか。コレが特に日本酒との相性がカンペキだった。
醤油あるいは味噌を塗って網焼きにすればネギ独特の香りも立ち上って、酒飲みも食欲をそそられる。焦げ目の僅かな苦みもあり、それでいて口から鼻に抜けるサッパリした後味が残った。
いや、美味ぇよ。美味いんだけどよ。いい加減に自分で食わしてくれや。
「ちなみに鉄分は枝豆やほうれん草の他にも春菊などにも多く含まれています。皆さんはちゃんと野菜も食べましょうね」
「なしてカメラ目線やねん」
つづく
これだよこれ、そうだよこの小説にはほのぼのタグが付いてんだよ(井之頭五郎ボイス)