東方扇仙詩   作:サイドカー

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三月精メイン回にしたくてシナリオ練り直した結果むしろ三月精の出番が完全に消えた
この人でなし!


第六十三話 「バカとポン酒と幻想郷」

「見つけたわ! あんたがクロワッサンね!」

「誰がパンだコラ」

「ち、チルノちゃん!?」

 

 暗い夜道に不釣り合いな威勢のイイ甲高い声が背中に刺さった。恐らくオレを目掛けて飛んできたであろうセリフに反射的に振り返る。場所は人里。夜を生きる男、何でも屋の黒岩は本日も営業中だ。つっても、まだ依頼は一つも来てねぇけど。

「で。誰だオメーら」

 未だかつてない名前の間違われ方をしたオレは、ぶっちゃけ面倒なことになりそうな予感を抱えつつも声の主をジロリと見据えた。黒岩さんとクロワッサン、似てなくも……ねーわ。コレは酷い。

 満月を背に往来のド真ん中で仁王立ちするちんまいガキんちょが一匹と、その傍らでオロオロしとるもう一匹のガキんちょが並んでいた。どちらも羽を生やしている。

 片割れは見覚えがあった。博麗神社の宴会で、キャンプファイヤー級の焚火の前で溶けかかっていた氷属性の妖精だった。

 まさしく氷を象徴したかの如き水色の短髪や青い服は、カラー的には上白沢女史に似てなくもない。が、身長とかオツムとか色々と圧倒的に足りてなかった。あと十、いや十五年ぐらいしたら大人に成長するのだろうか。むしろ不遜な態度がどこぞの天人サマを思い起こさせる。あっちも青だし。

 もう一人は、草原をイメージさせる緑色の髪をサイドテールに纏めた小娘。大人しい雰囲気や立ち振る舞いから利口そうな印象を受ける。透けた薄羽もあって今まで遭遇した中で最もフェアリーっぽい。少なくとも松明の火を振り回すアメリカンよりかは童話の妖精だ。

 

「あんたはカンゼンにホーイされてんのよ! おとなしくお縄にチョーダイしなさい!」

「チルノちゃぁん! 声が大きいよぅ!」

 

 水色がサツみてぇな謳い文句を騒ぎ立て、緑色がビミョーに涙目になって止めようとしておった。それを見てコイツらがどんなコンビなのか何となく察した。というか二人だけで包囲もクソもねぇだろ。

 現時点で既にグダグダな展開ときた。変なのに絡まれちまったと初っ端から気疲れに襲われる。無視するか。いやもう遅い。

 とりあえず、マトモに会話が通じそうな緑色サイドテールの方に向き直った。

「オレに何の用だ。仕事の依頼か?」

「あのあのっ、さっきまで私たちミスティアちゃんのお店にいたんですけど」

「ほーん、女将のところにねぇ」

 年端もいかないチビッ子がさも当然のように屋台で呑んでいやがった。もはや慣れたが。異世界に現代社会の常識は通じまい。

「はい。ミスティアちゃんと、えっとピンク色の髪の綺麗な仙人様がお話ししてて。あの、黒岩さんの話題だったもので」

「華扇もおるんかい。そんで、オレの悪口でもしてるってぇわざわざ教えにきてくれたのか?」

 からかい混じりに意地悪いツラを浮かべて皮肉ると、純粋そうな生娘は予想を上回って慌てふためいた。開いた両手を前に出してブンブンと大袈裟に振って早口で捲し立てる。

「いえいえそんなっ!? 二人ともとっても楽しそうでした! 仙人様の笑顔なんて私までドキドキしちゃうくらい綺麗でしたもん! 見惚れちゃいました!」

「お、おぉ。そーか」

 まさかそこまで言われるとは思いもよらず、逆にオレがどもっちまった。だーもう、小っ恥ずかしい。オレじゃなかったら勘違いしてんぞ。

 大人しいタイプかと思いきや、ここぞという時に押しが強いキャラだったか。緑色サイドテール「あ、私は大妖精といいます」また心読まれたんだが。その大妖精の言葉を継ぐように氷属性の妖精――チルノとやらも「そうよ!」と前のめりに出しゃばってくる。

 生意気そうな氷娘がビシッと人差し指を突き付けた。まるで犯人はお前だと言わんばかりに、

「だからアタイらが連れてきてやろうってスンポーよ!」

「どこがどーなって『だから』なのか、まるでわからねぇんだが」

「すみませんすみませんっ」

 なぜか大妖精がチルノに代わって何度も頭を下げる。保護者か。

 ここで話が拗れると余計にメンドクセェことになりそうだ。嘆息しながらコイツらの要求をまとめる。

「要するに今から女将の屋台に行きゃエエんだろ?」

「そういうことよ! あんた話わかるじゃない。アタイがレンコーしてやるんだから覚悟するといいわ!」

「チルノちゃん」

「だ、大ちゃん?」

 穏やかそうだった大妖精から表情が消えた。喜怒哀楽の全てが抜け落ちたような無表情で抑揚のない声音を紡いだ。たった一言だけ、チルノの名を呼ぶ。瞬く間に、氷属性の妖精ですら背筋を凍らせる猛烈な寒気が吹雪いた。え、怖。

 このまま放置しても面白そうだが、いつまでも居住地区でうるさくしていたら、それこそ上白沢女史がスッ飛んできて拳骨を落としかねない。下手すりゃオレまで責任追及される。

 人里の守護者サマから「またお前か」などと濡れ衣着せられるのは勘弁してほしい。黒はオレのカラーだとしてもブラックリストだけは守備範囲外だ。

 ま、それに華扇がいるというのなら行ってやるのもやぶさかでない。あ、いや。特に深い意味はねぇけどよ。って、誰に言ってんだオレは。

「別に抵抗しやしねぇよ。さっさと案内しろ」

「は、ははっ……! むぁ、ま、まっかせなさいよアタイはサイキョーなんだから!」

「最強は急変した相方にビビって声を震わせたりせんだろ」

「ごめんなさい……チルノちゃんちょっとだけおバカなんです」

 相方にまでバカ認定されてんぞお前。

 

 

 今晩、ミスティア・ローレライの店は魔法の森の付近に構えられていた。

 余談だがオレは魔法の森に入ったことがない。これまでその手の依頼がなかったから。魔女だか魔法使いだかが住んでいると聞く。だぜ系口調な白黒の魔法使いと、あと一人いるらしい。

 

「よぉ」

「ヘヘッ連れてきたわよ!」

 見慣れた赤提灯をぶら下げた屋台の暖簾を潜り抜ける。温かな湯気と酒匂が顔に張り付く。木目調のカウンターは渋みを滲ませており、下町暮らしの庶民には馴染み深い。

 先客がいた。柔らかな桃色に色付くミディアムヘアを白いシニョンで括った女が、赤みがかった瞳をパチクリと瞬きさせてオレを見上げた。

「ほ、本当に連れてきたのですね」

「こっちの喧しいのがしつこかったんだよ」

「お客さん。いらっしゃい」

「おぉ、来たぜ」

 和服と頭巾の女将スタイルな鳥娘にぶっきらぼうに告げて、偶々空いていた華扇の隣に座った。

 さり気なくチラリと盗み見れば、オレたちが来るまでそこそこ飲み食いしていたようで空き皿が多い。相変わらずの食道楽っぷりなこって。しかも全然酔ってねぇのも平常運転ってか。

 

「聞いたぞオイ。オレのいねぇところで随分と盛り上がってたらしいじゃねーか。どんなネタで弄ってくれてたんだ?」

「ひ、秘密ですっ。そんなことまで詮索するなんてデリカシーに欠けますよ」

「そうだよ、おにーさん。ガールズトークに男の人が入っちゃダメだよ」

「オメーもいたんかよ」

「ふっふっふ、虫はいつだって身近なところに潜んでいるものなのさ」

 

 ボーイッシュな恰好と澄まし顔の虫っ娘が「やぁ」と気さくに片手を上げる。こっちはブロッコリーにオクラにアスパラガスといった緑オンリーの山盛りサラダをチマチマ崩していた。あまつさえドレッシング無し。ダイエット中のOLみてぇなメニューしてんな。

 すかさず氷属性の妖精が中央を陣取って、気前のイイ宴会部長ばりの音頭を取った。

 

「今日はアタイの奢りよ! じゃんじゃん飲みなさい!」

「いい歳した男がガキんちょに奢られて堪るかい」

「そもそもチルノってお金持ってたっけ?」

「いつもお代は氷で貰ってたかなぁ。食材を保存するのに助かってるから、あたしはそれでもいいんだけど」

「ごめんなさい、チルノちゃんが好き勝手なこと言って……」

「元気があって結構ではありませんか。子どもはこれくらいが健全でしょう」

 

 夜の野外に提灯の赤みと酒飲みの談笑が奏でられる。

 ヤツメウナギの香ばしい匂いに混じって、屋台に賑やかな声が飛び交う。

 

 テキトーに頼んだ酒とツマミを待つ間、華扇に話題を振って過ごす。

 隠れた名品「雀酒」は只今品切れ中だという。惜しいことをした。飲んだ三月精が翌朝もハイになって踊るほどの代物らしいのだが。それだけ聞くと酒じゃなくて別のヤバい何かに思える。

「このガキんちょコンビとも知り合いだったのか」

「ええ。いつもは霧の湖にいるのですけど、妖怪の山で遊んでいることもありますからね」

 オレと華扇の他愛のない会話を小耳に挟んで、リグル・ナイトバグもグリーンサラダを突きながら「そうそう」と交わってくる。輪切りのキュウリを発掘して小気味いい音を立てて噛み砕く。

「チルノたちがヤマイヌに追いかけられてるところを助けてくれたよね」

「あ! あの時は本当にありがとうございました」

「いえいえ」

 大妖精がペコペコと頭を下げるのを仙人サマが柔和な笑みで受け止める。

 ヤマイヌの噂ならオレも聞いたことがあった。凶暴化した野犬の妖怪が山の麓まで下りてきちまったせいで、人里のヤツも何人かケツを噛まれただの襲われただのしたっつーハナシだ。

 博麗の巫女が動く前に片付いたそうだが、この女がその功労者ってぇオチか。動物絡みの厄介事ならコイツ以上の適役はいねぇわな。

 

「アタイ知ってる! なんか違うヤツに変化したんでしょ? えぇっと、そう! 送りオオカミ!」

「それ違う意味で危ねーヤツだろ」

「違うよチルノちゃん!? 送り犬だってば!」

 

 水色の妖精のトンデモねぇ失言をかまして、緑の妖精が顔を赤らめてすぐさま訂正する。送り狼がどんな輩を指すのか知っているみてぇだ。リグル・ナイトバグも同類なのであろう。片やこっちはクツクツと余裕ありげに笑っていやがった。

 お通しの小鉢が置かれた。なめこの茶色と大根おろしの白さ、それと大葉の緑が少々ばかり。とろみが光沢となってイイ味を演出している。なめこおろしか。フッ、悪くねぇ。

 次いでお猪口が一つ。そいつを手に取るとミスティアがあざとく微笑み、両手で徳利を持ってオレに差し向ける。こちらも無造作に腕を伸ばせば、トクトクと透明色の酒が注がれていく。

 

「今日もご苦労様」

「そこはお疲れ様じゃねぇのかよ」

「同じ意味じゃないの?」

「相手によりけりってこった」

 

 オレみてぇなヤツが国語のセンコーのマネゴトするなんざ性分じゃねぇ。ぞんざいな解説共々、まずは日本酒で駆け付け一杯。よく冷えた十パーセント程度のアルコール度数が喉を通り抜ける。

「……ふー」

 お猪口をひとまず置いて、お通しに切り替えて箸を手に取る。その妨げにならないようにと、和服姿の若女将が残った徳利を隅にそっと置いた。

 その一連のやり取りをぼんやり眺めていたリグルが、アスパラガスを齧りながら何となく気になったぐらいの軽い口調でぼやいた。

 

「ミスチーが自分から客にお酌するなんて珍しいね」

「んー、そう?」

「そうだよ。ボクが知る限りじゃあまりなかったんじゃないかな。注ぎ足したりとか、そういう理由がなければ普段やらないでしょ。それなのにおにーさんには最初からしてあげるなんて特別扱いに見えるね」

「う~ん……言われてみればそうかも」

「そっ、そうなのですか!?」

 

 特別扱いを否定しなかったことを聞き逃さなかった桃色の仙人サマが、まるで危機感を抱いたように目を丸くして顔を上げる。その拍子に箸で摘まんでいたゆで卵が零れ落ちた。落下したのが皿の上でよかったな。

 というか鶏肉はアウトで玉子はセーフなのな、この夜雀。複雑な鳥心の線引きがわからない。

「どーでもいいけど、ちったぁ落ち着け」

「誰のせいだと!」

「え、オレが悪ぃのか……?」

 なぜかオレに理不尽の矛先が向けられた。何でや。

 ミスティアが一杯目を注いでくれるのはオレの中では割とフツーだったんだが。鯢呑亭でも奥野田が他の客に注いでやってるのをちょくちょく見かけているし。さして気にしたこともない。

 ちなみに赤蛮奇の場合は「自分でやって」と素っ気ない。そこがイイのだとか抜かす男衆も多いがオレには理解できん。ま、あのクールろくろ首がある日突然に可愛さアピールしてきたら偽物を疑うだろうけど。

 

「ちょっとー、このアタイを差し置いて目立たないでよね」

「チルノちゃん? 少し、頭冷やそうか」

「だ、大ちゃん……?」

 

 大妖精から何らかのスイッチが入った気配がしたが見なかったことにした。()妖精と呼ばれるだけあって他の妖精共とは一味違った。そのうち精霊にでもランクアップするんじゃなかろうか。

 喧々と何人もの声が飛び交う。古めかしい屋台だというのにうら若き乙女らで姦しい。幻想郷の片隅で営む小さな店には活気が溢れていた。商売繁盛、羨ましいこって。

 やれやれと半ば呆れつつ、されどそれもまた満更でもなく。何だかんだで居心地の良さを感じる。寡黙を気取って、フッと密かにカッコつけてみる。

 が、タイミングが悪かった。

「あーあ、おにーさんってば女の子に囲まれて嬉しいんだ。ニヤニヤしちゃって」

「へぇ。そうなのですか? 綿間部、そのことについてじっくり聞かせてもらいましょうか」

「ちょバカお前っ、そーゆーのじゃねぇよ勘違いすんなや」

「誰が馬鹿ですか馬鹿者!」

 リグル・ナイトバグに指差され、華扇が据わった目つきで顔を寄せる。いつもながらの無防備さで美人な顔立ちが間近に迫った。淡い色合いの髪に似通う柔らかな香りを嗅ぐ。だから近ぇっての!

 チクショウ、この女のおかげで全然ハードボイルドじゃねぇぜ。

 

つづく

 




『五等分じゃいやだから 独り占めしてもいいかな?』のフレーズを毎回聴く度に「いいよ!」って合いの手入れるの自分だけ?
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