東方扇仙詩   作:サイドカー

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お待たせしました(焼き土下座)
リアルで引っ越しとか色々ありましてん……

ここのところ美宵ちゃんの出番多くないかって?
東方酔蝶華の2巻出たからね。仕方ないね


第六十五話 「汝は仙人なりや?」

 夜更け。

 フクロウの鳴き声が間延びし、田畑から蛙の合唱が波を打つ。

 マトモに舗装されてない田舎道をザクザクと練り歩く。足元から土を踏む音が伝わる。そのうちアスファルトの硬い感触を忘れちまいそうだ。

 そよぐ夜風もなく、物の怪の鳴き声ばかりが漆黒の空に木霊する。

「くぁ……」

 欠伸を噛み殺す。上白沢女史に夜警の見回りを依頼された。それ自体はイイがぶっちゃけ暇なのが何とも言えない。

 あったことと言えば、道端の片隅で寝落ちしとった酔っ払いのオッサンを叩き起こしてムリヤリ帰路につかせたのみ。深夜徘徊する痴呆ジジィも家出中の女子高生も見当たらず。

 時代劇さながらの異世界つっても普段はこんなモンだ。それこそ夜な夜な屋根から屋根へと飛び移る天下の大盗人がいるワケでもなし。天変地異レベルの大事件が時たま起こるそうだが、そーゆーのは「異変」と呼ばれて博麗の巫女とかが動く。オレの手に余るってこった。

「本日も平穏安泰。世は晴れて事も無し、ってか」

 ま、あえて今から人里の外を丸腰で出掛けようものなら無事は保証できねぇだろうけど。

 草木も眠る丑三つ時。コンビニも牛丼チェーンもそれどころか自販機すら置いてねぇときた。24時間営業なんざ与太話だわな。元いた世界の過剰サービスが当たり前になっていた風潮について考え直させられちまう。

 つっても、オレみてぇな夜型人間が心配できた義理じゃねぇんだけどさ。

 

「……ン?」

 と思いきや、実はそうでもなかったり。意外とやっているところはやっている模様。

 鯢吞亭の前を通りがかったところ、微かに灯りが漏れていることに気付いた。店の前で聞き耳を立ててみれば話し声もする。看板娘ともう一人、聞き覚えのある女の声。

 閉店後の片付けっつー雰囲気でもなさそう。かといって通常営業ともまた違う。なかなかに怪しい空気が漂っているじゃねーか。

「ちょっくら挨拶するぐらいエエだろ」

 勝手知ったるとまではいかんけど、そんなに気負うほどでもねぇわな。軽く顔を出して、何なら店仕舞いの手伝いでも依頼されれば御の字であろう。多少の小銭稼ぎに繋がる。明日の飲み代の足しとして。

 ハードボイルドとは思えぬショボい期待を抱きつつ、入り口の引き戸に手をかける。ガラガラと建付けの悪そうな物音が、呼び鈴の代わりに来客の存在を告げる。

 

「わ。なぁんだクロくんかー」

 

 昔ながらのカウンターを挟んで、外ハネしたピンク色のショートヘアに鯨帽子の仲居もとい看板娘が立っていた。予想外の訪問者に最初こそビックリした反応でこっちを見たが、オレだとわかると安堵して頬を緩めた。

「よう、まだやってたんか」

「うんとね、この時間帯はちょっと特別なの。貸し切りに近いのかな。あ、でもクロくんなら大歓迎。いらっしゃいませ」

 白い襷リボンがクロスしたなかなか大きな胸の前で両手を重ねて、奥野田美宵が健気に振る舞う。どんなに夜遅くても接客スマイルはお手の物という。

 店内は仄暗かった。カウンターに鯨イラスト付きの行灯を一つ置いただけ、それ以外の灯りは全部消してあった。あたかも地下にひっそりと店を構えるオーセンティック・バーのように。

 足を踏み入れると先客を見つけた。薄らボンヤリとした光の輪郭の中に、一人の後ろ姿が佇む。

 桃色に染まるミディアムヘアに白いシニョンを結び、紅色の中華衣装が暗がりでも目を惹く。こちらの気配を察したのか、ゆっくりと振り返った。赤みがかった瞳がオレを映す。

 美しく整った顔立ちに微笑みを浮かべて、女は穏やかに口を開いた。

 

「今晩は。よかったらご一緒しませんか?」

「フッ、いいぜ」

 

 ニヒルにカッコつけて、誘われるがまま隣の椅子を引く。オレが座るとすかさず奥野田がおしぼりを持ってきた。受け取ると申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「ごめんね。食べ物の注文はできないんだけど、お酒だけでもいい?」

「あぁ、構わねぇよ。鯨の息吹はまだあるか?」

「はーい♪ ちょっと待っててね」

 いかにも女子らしいソプラノ声で愛想よく返事して、奥野田はパタパタと忙しなく準備に取り掛かった。鯨帽子の看板娘の仕事ぶりを眺めながら気楽に待つ。

 その一方で、オレのすぐ横では相も変わらず先客が晩酌を愉しんでおった。寸胴型の貧乏徳利がやけに存在感を放つ。また随分と珍しいブツで呑んでいやがる。

「はい、お待たせ。一献どうぞ」

「おー、悪ぃな」

「いえいえ。好きでやってることですから」

 手慣れた要領で一杯目は奥野田がお酌してくれる。お猪口の縁ギリギリまで日本酒が注がれていった。

 

「せっかくですので乾杯しましょうか」

「……ン」

 

 桃色ミディアムヘアの綺麗な女が上機嫌そうに、包帯の巻かれた右手に提げた酒器を揺らす。その拍子に中に入った日本酒がチャプンと水音を立てた。

 お猪口を軽く掲げて応える。下手に動かせば零しかねないのでコレが精一杯であった。フツーの乾杯みたいにぶつけ合わせるワケにはいくまい。

 特に文句を言われることもなく、互いに自らの酒に口をつける。

 『鯨の息吹』は鯢呑亭でしか飲めない代物。この店に来た客は誰もがコレを呑む。中には一升瓶で頼むトンデモねぇおひとり様もいるとか。

「フッ……美味ぇな」

「えへ、ありがと」

 一杯目を飲み干して二杯目を手酌していると、奥野田がオレの前に立った。

 看板娘の屈託ない笑顔が人知れず咲く。行灯の灯りしかないせいか謎めいた儚さを纏う。容姿がイイから絵になる。

「今日もお仕事だったの?」

「あー……ちょっとした見回りはしてたが、言うても大したモンはなかったわな。せいぜい寝落ちした酔っ払いと野生動物ぐらいだしよ。コレでカネが入るのはイイがどーにも退屈だったわ」

「何の動物ですか?」

 動物ネタに興味を引かれたのか、隣に座っていた桃色ミディアムヘアの女が会話に入ってくる。どこか探るような眼差しが些か気になった。

 とりあえず質問には答えてやる。わざわざ隠すレベルの内容でもなし。

「野良犬とタヌキが数匹」

「へぇ」

 特にタヌキを多く見かけた気がしないでもない。あるいは物珍しかっただけかもしれんけど。繁華街じゃ野良猫ぐらいしかいなかったから。あとは都会のカラスが関の山。

 幻想郷じゃありふれた日常風景だろうに、意味ありげに女が目を細める。それも一瞬のこと。次に見た時には何事もなかったかのように笑みを戻す。

 おもむろに奥野田が「そうだ」と声を上げた。

「クロくん、余り物のお刺身で良かったら食べる?」

「フードメニューはラストオーダーじゃなかったんかよ」

「今から料理するのはダメなの。これはもう包丁入れちゃったから、どのみち明日の夜まで保たないもん。このまま捨てちゃうのも勿体ないでしょ? お代はサービスだから気にしないで」

「そーゆーことなら遠慮なく貰うわ」

「あ、でしたら私にも分けてくださいな」

「ったく、ちゃっかりしてんなぁ」

「良いではありませんか」

 さり気なく抜け目のない隣人に半ば呆れちまう。やれやれだぜ。

 その後、オレたちは奥野田が出してくれた刺身を二人でシェアした。幻想郷に海はないっつーから川魚であろう。何の魚かまではわからん。日本酒によく合う。それだけで十分だ。

「美味しいですね」

「まーな」

 桃色の女も一切れずつ箸で摘まんでパクッと一口で食べて「うーん♪」と頬に手をやって堪能していた。っかー、良いリアクションしてやがる。

 

 夜更けがさらに深まっていく。他愛のない世間話にテキトーに合いの手を打った。酒に肴に美女二人ってか。なるほどこいつはある意味じゃ贅沢といえよう。

 やがてオレの手元にあった徳利も底を尽いた。そろそろ頃合いか。オレはタイミングを見計らい、これ見よがしに息を吐く。傍らの桃色ミディアムヘアの女に対して、

「一つ聞くぞ」

「はい、もちろん構いませんとも。それで何でしょう?」

 

「誰だオメー」

「…………え?」

 

 オレが口走った瞬間。

 ピシリ、と店内の空気が凍り付いた。

 

 女の顔が強張る。信じられない、いや信じたくないとばかりに言葉を喉に詰まらせた。

 接客中に笑顔を絶やさなかった奥野田でさえ、緑の瞳を真ん丸にして硬直してしまう。彼女の手からお盆がするりと床に落ちる。店中に乾いた音が反響した。思いのほか大きかった音量もあって女二人がハッとした。

 すぐさま白いシニョンの女がどうにかこうにか上っ面の笑みを張り付ける。

 

「も、もう。嫌ですね。悪い冗談はよしてください」

「冗談だと思うか? 言っておくがオレはお前を知らん。もう一度言ってやんぞ。オメーは誰だ?」

「っ、そんな……」

 

 ただでさえ不評な目つきをますます鋭くさせて、ツッパリもかくやなガンを飛ばす。桃色の女はくしゃりと表情を崩した。悲し気に瞼を伏せて微かに肩も震わせる。

 

「ひどい……この顔を見忘れてしまったのですか?」

「…………」

 

 今にも泣き出しそうな悲壮感を漂わせて、縋るように言葉を落とす。それに対してオレは無言を貫いた。

 

「クロくん!」

「んだよ」

「もー!! 何だよじゃないでしょ!?」

 

 もう我慢ならないと言いたげに奥野田がカウンターから身を乗り出してオレに詰め寄った。怒っているのがありありと伝わってくる。あー、多分コレ勘違いしてるやつだわ。

 案の定、看板娘は()()()()()()そこの女を庇った。

 

「どうして仙人さんのことわからなくなっちゃったの!? お願いだから思い出してっ、こんなのあんまりにも可哀想だよ! だって仙人さんはクロくんのこと――」

「いやコイツ華扇じゃねーだろ」

「な!?」

「ふ、ふえ~!?」

 

 怒り心頭で前のめりになっていたハズが、数秒とかからず困惑した顔になって仰け反った。前に傾いたり後ろに傾いたり忙しいやっちゃな。

 かくして、今度は茨木華扇を偽った何者かが焦りを含んだ様相で捲し立てた。往生際の悪いことにまだ取り繕うつもりらしい。ったく、ムダな足搔きしやがってからに。

 

「そ、そんなの言いがかりです! 一体何を根拠に」

「ヤニ臭ぇんだよ。クソマジメな華扇がタバコなんざ吸うハズねぇだろうが」

 

 こちとら夜の繁華街で生きてきたのだ。ニコチンとタールの臭いぐらいカンタンに嗅ぎ取れる。ハードボイルドを舐めんじゃねぇ。

 確かにあの仙人サマは酒豪だし食いしん坊でもあんのだがそれはそれとして。だとしても、少なくともタバコだけはキャラ的にゼッタイにありえねーだろ。

「――」

 華扇の紛い物は面食らったツラでオレを見つめ返した。が、ほどなくして表情に変化が訪れる。

「……ふ」

 まるで今までの全てが演技だったかのように――否、マジでフリだったのであろう。クツクツといかにも意地の悪そうに口元を歪めた。赤みがかった目の色を茶色くして。

 

「ふぉふぉふぉ。さすがに手加減が過ぎたかのぅ。よもや外来人の若造に見破られてしもうたわ」

 

 女性にしては低めの声、しかも謎に年寄り染みた口調でそいつは喋り出した。間髪入れず、ニセ仙人サマの全身からドロンと煙が吹く。

 白々しい煙幕が晴れて下手人が素性を露にする。

 丸い眼鏡を掛けた焦げ茶色の短髪をした女であった。頭髪と同じ色合いの丸みを帯びた獣耳とフサフサの尻尾が際立つ。あと何のファッションか頭に葉っぱも載せておった。トトロかよ。

 華扇のパチモンの正体を暴き、それでいて最も驚いたのは鯨帽子の看板娘だった。

「わっ、マミゾウさんだったの!?」

「知ってんのか」

「うん。よくうちに来るお客さん」

「ふぉっふぉっふぉっ」

 そのマミゾウとやらは年寄りなんだかバルタン星人なんだかわかんねぇ独特の高笑いを飛ばしていやがった。やたら明朗な風格もあるあたり、ボケ老人ってえワケでもなさそうだ。つーかそもそも見た目も老けてねぇかんな。どこかの方言かそれともキャラ作りなのか。

 高笑いを引っ込めると、ヤツは丸眼鏡をキラリと光らせて名乗りを上げた。

 

「二ツ岩マミゾウじゃ。蚕食鯢呑亭に迷い込んだ人間よ、歓迎するぞい。ククッ、仲良くしようぞ若いの」

 

 

つづく

 




実は今回の話にヒロインは登場してなかったんだよ!(衝撃)

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