東方扇仙詩   作:サイドカー

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どっちかといえば残暑見舞い

遅くなってすまねぇ、すまねぇ……
積み重なったエ〇ゲしている間にこんな事態になっていようとは!! よもやよもやだ


第六十八話 「暑中お見舞い申し上げます」

 まだまだ夏の真っ盛り。天候は快晴。

 直射日光が目を眩ませる。紫外線が地上を照り尽くし、猛暑によって遠目に陽炎が揺らめいた。

 お天道様と共鳴するかの如く、アブラゼミがその名をほしいままに鳴き声を夏空に響かせる。さながら鉄板を熱したのと酷似したクソ暑苦しい協奏に、心の底からウンザリしちまう。

 仮にも夕方のハズだというのに、どーゆーワケかまだ日没には至っていない。時計がなけりゃ昼と見分けがつかないだろう。この季節特有の日の長さというやつか。夜を生きる男には微塵も嬉しくねぇハナシだ。

 オマケに此処はド田舎異世界の幻想郷。ロクに電気すら通っちゃいねぇ。

 

「ったく、エアコンもねぇとかどう足搔いてもキツ過ぎんだろ……」

「だからこうして涼を取っているのです。そもそも、暑さを凌ぐための手法などは考えればいくらでも思い付くというもの。かつて先人たちもそうやって知恵を絞り工夫を凝らして、真夏日の厳しい暑さを乗り越えてきたのです」

「へーへー、そらごもっとも。つってもしゃーねぇだろ。ちぃと前まで居た所と文明レベルが違い過ぎんだからよ」

「言い訳しない。ほら、早くしないと溶けちゃいますよ。んー♪ 冷たくて美味しい」

 

 茨木華扇が説教の片手間に持つスプーンも止めず、満開の笑顔で幸せそうに注文の品を堪能していた。頬に手をやり歓喜の声を零して束の間の幸福感を噛みしめている。誰がどう見ても一口の甘味に舌鼓を打つ年頃の娘でしかないが、これでも人に教えを説く仙人サマだってぇのだから驚きモンだ。

 テーブルを挟んで真向かい同士に座るオレたちの間に、透明なガラス容器が二つ。

 人の手で生み出された白い雪が山岳を象り、山の頂から赤透明の渓流が下る。まさに季節外れの人工の雪は、しかして誰もが知る夏の風物詩といえよう。その名を、かき氷。

 人里の甘味処もそれなりに長居できる数少ない避暑地であった。ま、エアコンどころか扇風機もねぇワケだが。だとしても炎天下から逃れるくらいはできる。

 そういや、香霖堂にレトロな扇風機があったような。こんなことなら買っておくべきだったか。いや、コンセントの差込口がないなら無用のガラクタでしかねぇ。

 ちなみに、妖怪の山の方が電気が普及していたりと生活レベルは高いらしい。鴉天狗が新聞記者だとか、河童が機械いじりに特化しているとか。さすがファンタジーな異世界。ワケがわからん。

 

「つーか電気通ってなかったんじゃねーのか。冷蔵庫も使えねぇのにどうやって氷なんか作ってんだ?」

「手段ならあります。氷の妖精にお願いするとか、魔法によって氷を生み出すことも可能でしょう。あとはそうですね……そういえば香霖堂が最近そのような商売を始めたと聞いたことがあります」

「あの古道具屋が氷の卸売りだぁ? どーゆー風の吹き回しだってぇんだ」

「えぇと、確か『外』の世界の機械で氷を作り、冷気を維持できる特殊な箱に詰めて荷車で運ぶそうです。従業員に外来人がいると言っていましたから、その者の発想ではないかと」

「冷蔵庫とクーラーボックスと、荷台付きのチャリでもあればできなくもねぇわな。っかー、ウマいビジネス考えたもんだ」

 

 あれだけ家電がごった返しているなら、何らかの発電設備があってもおかしくねぇだろ。ソーラーパネルか、それこそベタな自転車発電か。販売方法が昔のアイスキャンディー売りかよ。

「綿間部も見習ってはどうですか? 商売とは即ち、皆の要望を形にしたことにより相応の価値の金銭を受け取るもの。それ自体に善悪はありません。弱みに付け込んだ非道な商いをしない限り、世のため人のために適っているのです。香霖堂の氷売りも、人々がそれを望んでいたのもあって好評だそうですから」

「フッ、オレは今のままでイイんだよ。依頼があったら動く。それだけだ」

「はぁ……まったくもぉ」

 勤勉勤労を宣う憎まれ口をこっちは減らず口で迎え撃つ。夜の繁華街で営む何でも屋。それこそがオレだ。

 ま、そのおかげで今宵も依頼探しから始まるのだが。それを言っちまったらまた仙人サマに小言で弄られかねないので黙っておく。

「それにしても暑いのには変わりねぇ、か」

「心頭滅却すれば火もまた涼し。心構えが足りませんよ」

「オレのかき氷まで物欲しそうに見てるヤツに言われてもな」

「んな……!? い、意地悪っ!!」

 かき氷のシロップのように顔を赤らめながら華扇がオレを睨む。あれだけハイペースで平らげてよく頭痛にならねぇなオイ。酒豪だけじゃなくそっちも頑丈なのか。

 あとオレたちが居座っているこの店だが、甘味処つっても時代劇な団子屋なんかじゃなく喫茶店をモチーフにしたハイカラ(死語)だった。壁のメニューを見れば、正直引くレベルのデカ盛りパフェなんかもある。食うヤツいんのか。いるな、目の前に。

 そのうちカップルドリンクとか始めそうだわな。ま、オレには……関係ねぇな、間違いない。

「綿間部? どうしてこちらをじっと見るのですか?」

「……何でもねぇよ」

 

 

「んじゃ、行くか」

「はい」

 桃色ミディアムヘアの仙人サマを引き連れて、本日も平穏安泰な人里を歩き始める。残暑と呼ぶにはまだ一足早い。ひとまず、かき氷効果のおかげで多少は耐えられそう。

 ふと周りに目をやれば、人里の至る所に夏の赴きが散りばめられていた。気にも留めなけりゃ見落としていたであろう些細な変化に気付く。

 

『せんせー、さようならー』

「ああ、気を付けて帰るんだぞ」

 寺子屋の授業が終わったばかりのようだ。学び舎を背にして、上白沢女史が教え子のガキんちょどもが帰っていく背中を見送っていた。夏休みじゃねーのか。

 去り行くちんまい後ろ姿を見届けた後、守護者サマがこちらを振り向く。

「おや、黒岩に華仙殿ではありませんか」

「よう」

「こんにちは。本日もご鞭撻お疲れさまでした」

「ははは、ありがとう」

 元気が無尽蔵なガキんちょ連中を一人で相手していたってぇのに、疲労の片鱗すら見せず上白沢女史が聖人みてぇな笑みで受け答える。人里の守護者サマと言われるだけのことはある。この女がいる限り人里に災厄はなかろう。

 で、上白沢女史はといえば、珍しいことに普段は真っ直ぐ下ろしている水色ストレートのロングヘアをポニーテールに束ねておった。長い髪に隠れていたうなじが露わになる。

「……むぅ」

 見慣れない髪型に見入っている傍ら、華扇が自らの桃色の髪を指先でクルクルと弄っていた。コイツもポニテしてみたかったのだろうか。オレは今のが似合っていると思うんだが。

 

 鯢呑亭を通りがかれば開店準備中の途中であった。

「んしょっ」

 外ハネ系ピンクショートの看板娘が軒先に風鈴を吊るしていた。軽く背伸びして紐を結ぶ後ろ姿をぼんやりと眺める。そよ風に吊るしたばかりの風鈴がささやかな音色を奏でた。

 暑苦しさに拍車をかけるアブラゼミの濁声よりも遥かに耳に心地よい。少しだけ暑さが和らいだ気がした。

「風流ですね」

「そーだな」

 華扇と二人で風鈴の旋律に耳を澄ませる。

 昔ながらの吊るし鐘のデザインかと思いきや、まさかのクジラの形をしていやがった。皿といい椅子といい、この飲み屋はどこまでクジラにこだわってんだか。

 開店準備に勤しむ奥野田の邪魔をしては悪いと、あえて声はかけずにオレたちはその場を後にした。なお後で拗ねられるのはここだけのハナシだ。

 

「お客さん、仙人様」

「お」

 ちょうど人里に来ていた彼女もまた夏ならではの装いに翻った。

 焦げ茶色の和服から、清涼な薄い布地の浴衣に衣替えしていた。白い色調にほんの一滴の青が混ざり、紺色のアサガオが施される。上品な雅さと相まって、和の涼しさを誘う。

 ミスティア・ローレライの風情ある衣装に仙人サマがたおやかな微笑みを浮かべる。

「こんにちは。素敵な浴衣ですね。よくお似合いです」

「ありがとう、仙人様。二人はこれからどこ行くの?」

「フッ、さてな。どーなるかは誰にもわかりゃしねぇよ」

「何をカッコつけているのですか。要するに仕事がないだけでしょうに」

「おまっ、それを言ったら元も子もねぇだろーが」

「事実なのですから仕方ないでしょう」

 せっかくクールかつニヒルにキメたってぇのに、華扇の遠慮ない一言で台無しにされちまった。チクショウめ、ちったぁ空気を読まんかい。

 そんなオレたちの会話を漫才トークと勘違いしてんのか、浴衣姿の鳥娘が可笑しそうに吹き出した。

「いつもそうだけど、相変わらず仲良しなんだから。ちょっと妬けちゃう」

「え……えぇぇえ!? そそ、それはどういう意味で……!?」

「ったく、あんま変な冗談言うんじゃねーよ」

「あはは、ごめんね」

 あざとい。

 そのうえ水着と違って露出控えめだというのに、なんとも仄かな色気さえあった。素材が薄っぺらいせいで華奢な身体つきが一目でわかってしまう。雰囲気も少し違って見える。

「もし時間があったらお店にも来てね。お酒冷やして待ってるから」

「おー、後で行くわ」

「こら。その前にしっかり働くこと。いいですね?」

「わぁーってるっつの」

 というより、オレらが行ったときに空席があるのかってぇ方が疑わしいんだけど。若女将の浴衣を一目見るべく男性ファンが殺到するんじゃなかろうか。

 実のところ、さっきから道行く男どもがチラチラと鳥少女の艶姿に見惚れていやがる。

「ま、気が向いたらな」

「うん。その時はいっぱい労っちゃうから期待しててね」

「おー」

「むむぅ……」

 上白沢女史の時と同じく仙人サマが面白くなさそうにオレを軽く睨んでいやがった。だから何やねん。

 しかし浴衣姿の女から「お疲れ様」と気遣われながらお酌サービスされるなんざ、アレな店の有料オプションっぽい。追加料金とか取らねぇよな?

 

 

 その後も華扇と肩を並べて歩いていくうちに、いつしか大通りまで足を伸ばしていた。しかも、行けば行くほど寄り道の度合いも増していく。

 ついには依頼探しよりも店巡りが中心になっちまっていた。

 

「綿間部、どうですか?」

「お――」

 

 立ち寄った傘屋で華扇が和傘を広げてオレに振り返った。

 秋の紅葉を彷彿とさせる艶やかな紅い番傘の下で、柔らかな桃色のミディアムヘアの美人が照れたようにはにかむ。柄をクルリと回せば傘も風車のように動く。思わず目を見開いた。

 紅い中華衣装とシニョンで括った女の振る舞いは、まるで絵画の切り抜きのようであった。

「フッ、なかなかイイと思うぜ」

「ありがとうございます。それじゃあ、これにしましょうか」

 オレが褒めたのがそんなに嬉しいのか、仙人サマはそのまま購入する。この時間帯に日傘を買ってもあんまり出番はなさそうだが、かといって口に出すのは野暮ってぇモンだろ。

 店を出る。一つの和傘に二人で入り、ゆったりと緩い足取りで進む。人里の古い町並みは日陰になる場所が少ない。思いのほか日傘は役立った。

 

 しかし、そんなオレだけに悲劇が襲う。

 曲がり角を出る。その瞬間、パシャッと音を立てて冷たい水が顔面にぶっかけられた。

 

「わぶッ!?」

「あ、ごめん」

 

 季節外れのマントで首回りを覆い隠すろくろ首が店先に立っていた。これまで夏仕様の知り合いと立て続けにあったというのに、コイツだけは一人変わらずその恰好。赤髪に青リボンの女の手には墓参りで使いそうな柄杓と木桶を携えていやがった。どうやら店先で打ち水をしていた模様。

 出禁にされたワケでもないってぇのに頭から水を被っちまった。ついでに少し口に入ってしまった水を道の隅っこに吐きながら文句を垂れる。

「ったく、オメーなぁ……」

「本当ごめんって。わざとじゃないから」

 さすがのクール系ポーカーフェイスも罪悪感があったようで素直に謝ってくる。

 しかしメンドクセェことになった。着替えなんかあるハズもなく、かといって今からテントに引き返すのも億劫ではある。幸い、ぶっかけられたのはただの真水だ。泥水じゃない。一張羅を台無しにされずに済んだ。

「にしても何でこんな時間に水撒きなんかしてんだよ」

「綿間部、知らないのですか? 打ち水は朝や夕方の方が効果は長続きしますよ。撒いた水がすぐに蒸発しない分、時間をかけてゆっくりと地面の熱を奪っていきますからね」

「ほーん、そうなんか……って、どーして華扇の方は全然濡れてねぇんだ」

「立ち位置から綿間部が私を庇ってくれる形になりましたから。ふふ」

「こっちは笑い事じゃねぇんだが」

 

「あらら、かなり派手にやっちゃったみたいね」

 

 聞き覚えのある大人びた女の声が割って入った。少しお茶目なおねーさん染みたボイスは忘れようがない。

「ちゃお、将也君」

「やっぱりあんたか」

 球体と帽子がアクセントな赤髪セミロングの女神サマ、ヘカーティア・ラピスラズリが人里においでなすっていた。肩まで露出したプリント黒Tシャツやミニスカはこの季節に相応しい。

「来ちゃった。ひょっとして迷惑だった?」

「いーや? 全然」

「そう? よかった」

「つーかよぉ、そんなモンどこで手に入れたんだ」

「ひ み つ♪ どうかな?」

 いきなり現れた女神サマは洒落たサングラスを掛けておった。まさかこの女までサマーファッションの波に乗っているとは思わなんだ。

 スッと外して額の上に持っていった拍子に、真夏の陽射しを受けてアクセサリーのようにキラリと反射する。しなやかな腰に手を当てて片目を閉じるポーズもキマっていた。あたかもモデルの写真のように。少年誌のグラビア集かよ。

 そんじょそこらの読モよりも格段に様になっている赤髪セミロングの女神サマに、せめてもの賛辞代わりに口笛を吹いてやった。微笑み返した女が今も水滴を滴らせるオレのすぐ傍まで歩み寄る。

「それはそうといつまでもびしょ濡れだと良くないと思うな。せめて服が乾くまで店の中で待たせてもらった方がいいんじゃない?」

「って、見てたんかい」

「ふふふ、バッチリ見ちゃいました。将也君ってたまーにどうしようもなく運が悪いのね」

「ぐ……ほっとけ。これでも悪運はあんだよ」

 その悪運のおかげかは知らんが、打ち水が直撃したのは上半分だけだった。ズボンまで濡れるっつーあらぬ誤解を招きかねないシチュエーションは避けられた。

 しかし真っ昼間ならいざ知らず、夕方間際に冷水を浴びるのはちぃとばかり堪える。ぶるりと体が震えた。

「へ……へ……イーッキシ!」

「ああ、彼女の言う通りですね。いくら夏とはいえ、さすがに濡れた服を着たままでは風邪をひいてしまいます。すみませんが、少しお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「もちろん。そもそもこっちが水掛けたのが原因なんだから、お詫びくらいさせて」

「私もご一緒していいかな? このまま放っておくのも気になっちゃうし」

 女三人寄れば姦しい。たかが服が濡れたくらいで良くも悪くも話が弾んでおった。というかせめてオレの意見を聞いてからにしろよ。ガイシャそっちのけで進んでんぞオイ。

 結局、依頼が待っているワケでもなかったので赤蛮奇の働く酒場で時間を潰すことになった。ま、断る理由もねぇしな。

 

 

「脱いで」

 

 だからってぇ店に入って最初の一言がそれとは夢にも思うまい。

 

つづく

 




次回、主人公が脱ぎます(誰得)
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