「脱いで」
クール系で容姿もイイ女から開口一番にトンデモねぇコトを言われちまった。そいつがまたうら若き乙女とくれば、思春期や一部の変態どもが興奮を覚えることであろう。
「おぉ、頼んだ」
ま、オレはそんな歪んだ特殊性癖なんざ持ち合わせちゃいねぇんだけどよ。
「そんなに時間はかからないと思うから、適当に寛いでて。注文もあればどうぞ」
「フッ、そーさせてもらおうか。注文は気が向いたらな」
赤蛮奇の口調があまりに事務的で、皆さまが期待するような色気ある空気なんざ欠片もなし。例えるなら、医者から「聴診器当てるので上着脱いでください」と言われたに等しい。
オレから濡れそぼったシャツを剝ぎ取った首が伸びないタイプのろくろ首はといえば、バイト中に食器を下げるのとまったく変わらない手つきでさっさと奥に引っ込んでいった。裏口に物干しがあったハズ。もしかしなくても吊るしに行ったのだろう。
今のオレは上半身は裸で下半身には黒のズボンを穿いているっつーBL小説の表紙かジャッキーチェンみてぇな恰好となっていた。
いくら幻想郷が異世界といえど、半裸がデフォルトのキャラがいるほどファンタジーな世界観じゃねぇ。そうなったらこの女が黙っちゃいないワケで。
「こら。そのような恰好でうろうろしないでください。みっともないったらない」
「服持ってかれてんだからしゃーねぇだろ。どーせ客もしばらく来ねぇって。来たとしても野郎ばっかだ。だから気にする必要もねぇわ」
「そういう問題じゃありません! 身だしなみの乱れは心の乱れにも繋がります。そんなことだからいつもだらしないのです」
仙人サマがグチグチと小言をぶつけてくる。こちとら水ぶっ掛けられたってぇのに何たる理不尽な仕打ち。やれやれと辟易しつつ、手近にあった椅子をぞんざいに引いて座り込む。
かと思えば、地獄の女神サマがオレを――というよりもオレの腹から腕までまじまじと見ながら興味津々な表情を浮かべおった。
「わぉ、将也君って結構ガッチリした身体つきしてるんだ」
「そうですね。そこは認めざるを得ません。素直に評価しましょう」
「なして上から目線やねん」
「これで生活態度を改めれば完璧だと言っているのです。私が何度も朝起こしているのにちっとも反省しないで」
「オメーこそ性懲りもなく男の寝床に潜り込むのやめーや」
「んにゃ?! だっ、誰がいつあなたの布団に潜り込んだというのですか!?」
「物の例えだっつの。誰も布団の中とは言ってねぇだろ」
その慌て様だと逆にホントにやったんじゃないかと疑われんぞ。え、マジでしてないよな? ちぃと不安になってきたぞオイ。そこまでいったら無防備どころの騒ぎじゃねぇかんな。
オレたちが不毛な言い争いを繰り広げている間も、赤髪セミロングの女神サマは割れた腹筋をじっくり観察していやがった。何なら触りたそうな素振りまである。どんだけご執心なんだよ。
夜の繁華街で何でも屋なんてモンを生業にしてりゃ、荒事やら腕っぷし絡みの依頼も少ならずあった。冗談抜きで金銭に窮して夜間の道路工事の日雇いバイトで食い繋いだ時期もなくもない。んなワケで、腹筋もシックスバックが浮き彫りになるぐらいにはガタイは出来ている。そいつはオレも密かな自慢だ。
そうはいっても地獄だったら鬼連中の方が筋骨隆々だろうに。そーゆー意味じゃ地獄を司る女神サマからすればゴリマッチョなんぞ見慣れたモンではなかろうか。オレには女神の心境がわからぬ。
やがて、かの女はさり気なく女がオレの正面までにじり寄ってきて、
「えい」
「オイ」
「わ、かたぁい」
何食わぬ顔で人差し指を伸ばして腹筋の割れ目を突き始めた。って、ホントに触ってきやがった。
おねーさんキャラが子どもみたくはしゃぎながら、指先でツンツンと突いたり時々なぞったりして遊ぶ。面白いオモチャを見つけたと言わんばかりに。
痛くも痒くもないのだが如何せんくすぐったい。せめてなぞるのは止めろと言いたい。
「フフ、将也君のカラダ♪」
「……ったく」
ありのままの素顔で楽しげにされると、どーにも毒気を抜かれる。しゃーねぇ。女神サマが心ゆくまで我慢してやるか。
ふいに、今度は二の腕を誰かに掴まれた。あたかもマッサージの如くモミモミとほぐすように揉みしだかれる。女の手の柔らかさと体温の温かさ。ヘカーティアを除けばこの場にいる女なんざ一人しかいないのだが。
仏頂面で見やれば、思った通り華扇が負けじとオレの腕を触っている最中だった。どさくさに紛れて何やってんだコイツ。
「ふむふむ、均整の取れた好ましい筋肉の付き方をしています。実践で培われた賜物でしょう。大工か畑仕事に向いていますね」
「そら依頼があったらやってやらんでもないが、転職する気はねぇかんな」
なぜか審査員ツラで好き勝手にのたまう仙人サマにぶっきらぼうに答える。むしろ女神サマよりも食い付いていると言っていい。ぶっちゃけこっちの方がくすぐってぇんだが。
というか、だ。自分で言うのもアレだがコイツら二人とも半裸男の身体に嬉々としてベタベタ触ってくるとか。ちったぁ恥じらいの気持ちってぇのはないのか。
「やっぱり男の人って逞しいわね。私じゃこうはならないかなー」
「世の中の男が全員こーなってるワケじゃねぇだろうよ。つか何だ。あんたも腹筋割りたいのか?」
「んー……そうじゃないけど、これでもお腹周りは気にかけているつもり。ほら」
チラリ、と。
Welcome Hellの英文字プリントがされた黒いTシャツの裾を捲って、地獄の女神サマは自らのヘソを露出させた。
細く引き締まったウエストは大人な女に見合ったくびれを生み、余分な脂肪も筋肉もなく理想的なスタイルを維持している。日焼けもなく滑らかな美白の肌。色っぽさを引き立てるヘソの小さな窪み。
美人な顔立ちとモデル体型が組み合わさって水着も難なく着こなせるだろう。黒のビキニとか似合いそう――
「ば、ば、ば、馬鹿者ォォオオオッ!! 何をじっくり凝視しているのですか!? この変態! ヘンタイッ!!」
「ぐおお……!? 耳元でバカみてぇに大声出すんじゃねぇよ鼓膜破れんだろうが!」
「うるさい! いいから一刻も早く目を離しなさい! あ、あなたも男性がいるのにみだりに素肌を晒すなんてはしたないですよ!?」
「あらやだ、怒られちゃった」
まさに怒髪天を衝く。端正な顔を真っ赤にした茨木華扇がオレとヘカーティア・ラピスラズリを叱り飛ばした。こっちに至っては変態呼ばわり。別にオレが見せろ言ったワケじゃねぇわ。
「もぉ! 綿間部のいやらしさは本当に油断なりませんね! あなたはいつもいつも隙あらば――」
「ヒトを変質者みてぇに言うのやめい」
「しかしまだ乾かねぇのか」
「日も暮れてきたからね。昼間と同じってわけにはいかないのかも」
「そもそも綿間部が打ち水に気付けば避けられた可能性もあります。今回は双方の不注意によるもの。あまり彼女ばかり責めるのは感心しません」
「死角で気付くとかそれもう暗殺者じゃねーか」
今夜はまだ依頼がないので良くも悪くも急ぐ必要はない。
が、残り時間も不確定なうえに手持ち無沙汰ってぇのは暇すぎる。オマケに下手に歩き回れば華扇が口うるさく文句言ってくる始末。赤蛮奇もあれから顔を出してない。調理場でお通しの下準備でもしているのであろう。
トドメに来客も未だになし。もしや浴衣女将のところにどいつもこいつも流れていったのではなかろうか。だとしたら野郎どもの脳ミソ単純すぎんだろ。
ま、そのおかげで美女二人を侍らす上半身裸の男っつー悪評が人里に流れていないから好都合なんだけど。
「こんなんじゃ今夜の依頼もなさそうだな……」
そうボヤきながら椅子から立ち上がり、小上がりに移動して大の字で寝そべった。することがないなら仮眠でもしとけ。ここのところ日中は暑さで寝苦しかったし。
「ちょっと綿間部、行儀が悪いですよ」
「ズボン一丁で練り歩くよりかはエエだろ。赤蛮奇が来たら起こしてくれや」
「まったくこの人は……」
華扇が目敏く注意してくるのを半開きの瞼でテキトーに聞き流す。畳のひんやりした感触が地肌に心地よかった。今日寝れるわ。
「それじゃあ私も」
「はい?」
「あ?」
おもむろにヘカーティアも席を立って小上がりに上がってきた。そのままオレの隣に膝をつくと、さらに上体を傾けてピッタリとくっつきそうな真横に寝そべった。プリント黒Tシャツに隠された豊かな双丘が畳に押し潰れる。
うつ伏せになって、組んだ腕を枕に顎を乗せてしな垂れかかる。赤髪セミロングを揺らして、くすっと微笑みながら地獄の女神サマがオレを覗き込んだ。
「ね、一緒に寝よっか」
ほんの少し年上めいた女がイタズラっぽく目を細めて囁く。からかっているようでいて、まんざらでもなさそうに。巷で流行りのおやすみボイスさながらの吐息混じりの小声が耳朶をくすぐった。
お互い横になっているので必然的に目線の高さも同じになる。そのせいで、いつにも増してヘカーティアとの距離の近さを感じる。おねーさんキャラのどこか期待が込められた瞳が真正面からオレを見つめる。いや待て、どーしてこうなった。
「そそそそっ、そんなのゼッタイにダメに決まってますッ!!」
その直後、華扇が物凄く焦った声を張り上げた。
やけに焦燥に駆られた彼女はオレたちがいる小上がりまで突進する。ただし、明らかに冷静さを失っていたのでは足元が疎かになろう。そして予感は的中した。
段差を乗り越えようとして失敗。目の前で躓いてしまった。
「きゃ……!?」
予期せぬアクシデントに文字通り足元をすくわれ、前のめりにバランスを崩す。そこから勢い余って倒れ込むようなかたちで、オレの下腹部を目掛けてドスンと尻餅をついた。
「はわぁ!?」
「ごほぁ……ッ!?」
ヒップドロップに匹敵する衝撃がガラ空きの土手っ腹を圧迫した。数秒ほど酸欠になって意識が遠のく。赤髪二つ結びのサボりな死神女が微かに見えた気がした。
「ごっ、ごめんなさい!」
「いいから早く退け……重――」
「そ、それ以上は言わせませんよ! いくらなんでもデリカシーがなさすぎますッ!」
女にとっての禁句を口に出させまいと、華扇がオレに乗ったまま猛抗議して暴れる。
実際そこまで重くはなかった。あんだけ食い意地張ってるワリには華扇も抜群にプロポーションが整っている。食った分が全て説教でカロリー消費しているのであろうか。栄養の行き先は何処へ。
だとしても、女子供だろうと一人分の体重が助走もつけて飛び乗ってきたのだ。誰だって苦しいに決まっている。
「大丈夫? 将也君」
「コレが大丈夫そーに見えんのか……?」
「いつまでそうしているつもりですか!? 不純です破廉恥です今すぐ離れなさい!!」
「その前にオメーが早く下りんかいっ」
今もなおちゃっかり添い寝している女神サマをムリヤリにでも引き剥がそうと、華扇がオレを(物理的に)尻に敷きながら騒ぎ立てる。それがさらなるピンチを招いているとも知らず。
「くぉ……!?」
ヒップドロップのダメージが収まったものの、華扇の臀部からハリのある弾力がヘソの下を擦った。ほどよい肉付きの尻がもどかしい刺激を与えてくる。
微弱な摩擦に身の危険を感じる。未だに馬乗りになったまま一向に離れない華扇を振り下ろさねば大惨事になりかねない。そう危惧したオレは力づくで足搔いた。
「だーもう! さっさと退けっつのオラ」
「あ、んっ! き、急に動かないでぇ……っ、やぁん!」
「ちょバカおまッ、なんつー声出してんだ!?」
むしろ状況がバチクソ悪化した件について。
あろうことか仙人サマが我慢できないとばかりに甲高い声を上げやがった。もはや傍からは嬌声と聞き間違えられそうな上擦った女声が酒場に響いた。桃色の女のあられもない姿にオレまで余裕を失う。
「ぐっ、キツ……ぅ!」
「ふーっ、ふーっ……んんぅ!」
なりふり構わずオレが動く度に、華扇は必死に声を押し殺そうとしてくぐもった息遣いで身体をビクつかせる。胸元に置かれた両手がムダに強張っているせいで、あたかも上から押さえつけられているかのように起き上がれない。しかも、なぜかヘカーティアは眺めているだけで何もしてくれない。いや退かすの手伝えよ。
クソッタレ。こんな場面を何も知らないヤツが見たら――
「これお詫びに出しておくからよかったら飲んで――は?」
『あ』
諸行無常。最悪過ぎるタイミングで赤蛮奇が戻ってきた。
バイト娘が持つお盆の上に、キンキンに冷えた麦酒のジョッキが三つばかり乗っている。どうやら被害者のオレだけじゃなく仙人サマと女神サマの分もサービスしてくれるらしい。随分と気前のイイこって。
しかし、今この瞬間だけはタダ酒ラッキーと思えなかった。
赤蛮奇のポーカーフェイスが、オレと華扇とヘカーティアの三者三様な有り様を余すことなく目の当たりにする。
上半身を裸になった男が仰向けで寝っ転がり、その股関節あたりに桃色の仙人サマが跨って、胸板に手を置いて(テンパったり怒鳴ったりで)息を乱しながら身体が跳ねるように上下運動する。
華扇が熱っぽい瞳で腰を浮かすと不規則に際どいところを掠っていく。その度にオレまでヘンな声が出そうになっちまっていた。
さらにもう一人、ズボン一丁の男からあまりにも近い距離で横たわる地獄の女神サマ。赤蛮奇から見える角度からいけば、レインボー色のミニスカから伸びる生足が艶めかしく映っているだろう。ここにいる女どいつもこいつもミニスカじゃねーか。
「…………」
赤髪ショートのろくろ首が蔑んだ目でオレを見下ろした。夏バージョンの知り合いに連続して会った中で、この冷たい視線だけは暑い夏にまったくこれっぽっちも嬉しくねぇ。
まるで取り調べ室のかつ丼のように、赤髪に青リボンの女が無機質かつ無言でテーブルに麦酒を置いていく。
最期に、
「嫐るなら他所でやってくんない?」
真っ先に華扇が否定の叫びを上げたのは言うまでもないだろう。
その後しばらく赤蛮奇からオレだけ変態呼ばわりされた。泣けるぜ。
つづく
騎〇位って言ったやつ屋上に行こうぜ