裏華扇の黒ストッキングがエロい(クズ思考)
「はぁ……はぁ……もう、だめ」
終わりの見えない重労働に疲労が溜まる。休む間もなく走り回った足はすっかり棒となり、目の回る忙しさに息も上がった。どうしてこうなってしまったんだろう。
(多分、あの洋酒を飲んでしまったのが原因だよね……)
疲れ果てた彼女を気遣う常識人は一人もいない。
ある者はテーブルを乱暴に叩いて少女に向かって怒鳴り、またある者は食器もろとも引っ繰り返す。あちこちで同じように客が暴れていた。食べ物は行儀悪く食い散らかされ、空き瓶をそこらに投げ捨てられる。そこはならず者どもの悪質な溜まり場だった。
女子供など一飲みしてしまいそうな凶悪な顔立ちと異色の肌の巨漢の群れ。ゴブリンとも鬼とも違う。トロールという種族であっただろうか。
そして、粗暴な化け物たちの宴会の給仕はたった一人だけ。囚われの身でもある奥野田美宵に全て押し付けられていた。
「よいしょ、よいしょ……お、お待たせしましたぁ~」
大皿に盛りつけられた豚の丸焼きを卓上に乗せる。しかし、特大の肉料理はむんずと片手で掴み上げられた。その数秒後には残骸の骨だけが床にバラバラと撒き散った。
「うぅ……」
怯える彼女が献身的に給仕したとしても、運べど運べど料理は瞬く間に平らげられ酒は一飲みで干されてしまう。あげくには早く次を持って来いと凶暴さで脅される。
もはや限界などとっくに超えていた美宵はとうとうその場にへたり込んでしまった。
「もう、少しは休ませてよ!」
悪夢の酒宴から逃れたいと、少女は縋るように懇願する。しかし、彼女の切なる願いは慈悲もなく握り潰される。むしろ事態を悪化させるものでしかなかった。
この場に一人しかいない給仕係が手を休めたせいで酒も料理も滞る。そのことに化け物どもは尽く憤慨した。あまりにも低すぎる怒りの沸点にあっさり達したのだ。
出鱈目に投げつけた皿が壁にぶつかって甲高い音を立てて割れた。力任せに振るわれた豪腕の拳にテーブルがいとも容易く砕ける。同じように壊された椅子の木片が美宵がいる場所にも降りかかった。
「ひいっ!?」
飛び交う怒声と破壊音に美宵は鯨帽子ごと頭を抱えて蹲る。
ついには、怯える彼女を使って憂さ晴らしをしてやろうと悪漢どもが丸太さながらの腕を一斉に伸ばす。異形の群れが少女を狙っておぞましく迫りくる。醜悪な息遣いにゾッと寒気が走った。
「あ、あぁ……」
逃げなきゃいけないのに、疲労困憊な美宵は動けずにいた。
慰め者にされる未来を思い浮かべ、少女は緑色の瞳に涙を滲ませる。夢ならどうか覚めてほしいと祈りを捧げても、その想いは決して届かない。
美宵の瞳から一筋の涙が頬を伝った。
「やだ、助け……だれか、クロく――」
「ったく、鯢呑亭はお触り厳禁だっつの。マナー守んねぇヤツは全員出禁にすんぞコラ」
「え……?」
その声に、美宵が恐る恐る顔を上げる。誰かが自分の前に立ち塞がっている。まるで彼女を守ろうとするかのように。
黒髪のオールバックで全身真っ黒な服装。誰に対してもちょっぴり口の悪いぶっきらぼうな男の人。夜にしか働きたがらない自称ハードボイルドを気取った何でも屋さん。
黒岩こと綿間部将也が、奥野田美宵を庇うかの如くどこからともなく現れた。
「オイ、大丈夫か?」
ようやく見つけたと思ったら、女一人で化けモンどもの奉仕させられてるとは予想外にも程がある。夢だってぇのに愛も希望もねぇな。もはや世紀末じゃねーか。
スピリタスを飲んだ瞬間に気絶したっつー直前の記憶も都合よく残っている。おかげで此処が現実じゃないと何となく勘付いた。やれやれ、得体の知れねぇ酒飲んだら夢の世界に引きずり込まれるとか。つくづくイカれた世界観してやがんな。
これまで奥野田を散々扱き使ってくれたであろうクズ連中どもにメンチ切ってやる。
「オラ散れ散れ。これでお開きだゴゲバァッ!?」
「クロくんっ!! クロくん、クロくんッ……うぇぇえん」
「あっがぁ……ッ!?」
メシメシとヤバい音を軋ませて背骨が逝った。オレの断末魔なんぞお構いなしに、感極まった涙声で奥野田がオレにすがりつく。よく夢の中は痛みを感じないと言われるが、バチクソ痛い。
「グスっ……」
「だーもう泣くなっつの」
「だってぇ……」
せっかく後ろに庇ってやったというのに不意打ちで体当たりしてきやがってからに。ついでに腰に抱き着かれているせいで、桃色ミディアムヘアで白シニョンの仙人サマともイイ勝負の柔らかい膨らみがむにゅりと押し当てられる。どこ意識してんだオレは。
「私のこと助けに来てくれたの?」
「あー、いや。オメーが飲んだ酒をオレも飲んだら、何か知らんけどここに来ちまってた」
「え、えぇ~……」
「オイコラ、あからさまにガッカリしてんじゃねぇよ」
「ふふ、冗談冗談。クロくんが来てくれてすごく心強いの」
「フッ、さよか」
さっきまでの絶望に染まったツラもどこへやら。ちったぁ余裕を取り戻したらしい。冗談を笑ってかませるぐらいには持ち直せたなら上出来なこって。
それにしても鯢呑亭の看板娘の笑顔を見たのはいつ以来だったろう。さっさとこんな場所オサラバして飲み直したいモンだぜ。ここには華扇もいねぇし。
ところが、貴重な感動の再会シーンだってぇのに汚らしい咆哮が響き渡った。
「……チッ」
痺れを切らしたクレーマーどもが癇癪を起しちまった。念のため、奥野田美宵を引き剥がしてをさらに後ろに下がらせる。
「どうするの!?」
「さぁてな。どーするかなんざコイツら全員シバキ倒してから考えりゃエエだろ」
軽く首やら肩やらをウォーミングアップに鳴らして、その辺に転がっていた折れたテーブルの脚を拾い上げる。肩に担いでフッと不敵にキメてみせた。コイツをイジメてくれた借りはキッチリ返してやるぜ。
こんな状況、夜の繁華街でどれだけ経験してきたと思っていやがる。
「テメェらには恨みしかねぇが……かかってこいよ」
「――ぅぁ?」
「あら、起きましたか?」
「華扇? ッつ、アイデデ……」
「まったく、テーブルに頭突きなんてするからです。ほら、おでこも赤くなっているじゃないですか」
「そー思うんならちったぁ心配してくれ」
地味に痛む額を擦りながら突っ伏していた上体を起こす。中華衣装の仙人サマがやれやれとでも言いたそうな目で呆れていた。そして、その傍らにはもう一人。
「ごきげんよう。目覚めはいかがかしら?」
「……ぶっちゃけビミョーなんだが」
波打つ金色の長髪と得体の知れない微笑をたたえる美女が、妖しくも悠然とカウンター席に座っておった。オレを幻想郷に拉致したご本人こと、八雲紫のお出ましであった。
相変わらずミステリアスな妖怪の賢者サマがスピリタスのボトルを指先で弾く。コンと小気味の良い音が奏でられた。よくよく見れば中身も空になっていた。いつの間に。
「まさか貴方たちが飲んでしまうなんてね」
「紫、説明しなさい。そのために連れてきたのです」
「ってオイ、あんたが関係してんのかよ」
どーやらオレが眠っちまった間に仙人サマが重要参考人として連行してきた模様。恐らくは調べたらこの女の痕跡が見つかったのだろう。しかし、どこにそんなヒントがあったというのか。
「ほら、ここ」
「あ?」
これ見よがしに華扇がビンの底をオレに示す。
『祝 鯢呑亭開店 八雲紫』
「ヒントどころか答えじゃねーか!?」
「ろくに確認もせず怪しい酒を飲む人がありますか。毒でも盛られていたらどうするのです」
「むむむ」
「何がむむむですか、馬鹿者」
ごもっともな正論に返す言葉もない。
ダサくもオレが歯噛みしていると、八雲紫がわざとらしい柏手を打って自らに注目を促した。
「話を続けてもいいかしら?」
「っと、本題がまだだったな。で、どーなってんだ?」
「この酒は私があの子に贈ったもので間違いありません。酒癖の悪い不埒な輩が入り浸るようならこれを飲ませなさい、と注釈もつけたのですけど。何分とっておきの魔酒なものでして」
「その心は?」
「飲めばたちまち眠りの中に誘われ、悪漢たちの宴に配膳係として長らく扱かれる。そういう悪夢に囚われます。早い話、クレーマーを黙らせるついでにお灸も据えられる便利な防犯グッズですわ」
「なるほど、酔魔ですか」
「ご名答」
仙人サマと賢者サマが頭よさげなトントン拍子に会話しておられる。サッパリわからん。上白沢女史でないとついていけんのではなかろうか。
防犯グッズかよ。いや、年配オヤジと若い女の二人だけで切り盛りしてんなら必要なのか?
だとしてもスピリタスの魔改造とかもはやオーバーキルやんけ。華扇もしたり顔で頷いてる場合じゃねぇぞ。
「酔魔だか大麻だか知らねーけど、んなモン飲んじまったせいでこちとら危うく永眠するところだったんだが?」
「そこまで強力な術は施してないわ。長くてもせいぜい一カ月くらいで効果は切れます。まぁ、飲み方が悪ければその後も酷い二日酔いに悩まされるかもしれませんけど。それに悪夢から脱する方法はありますわ」
そこで言葉を一旦切り、さりげなく仙人サマから奪い取った空きボトルの口を桃色ミディアムヘアの女に差し向けた。
「一つは、この酒を飲み干すこと」
「華扇……オメー、この酒一人で全部飲んだんかい」
「ええ。なかなか美味でした。少しばかり辛めでしたけど」
「うせやろ」
この女、世界でも最高純度のアルコールをたった一人で飲み干しやがったというのか。それもう酒豪とかそーゆーレベルじゃねーだろ。コイツの体どうなってんだ。鬼か。
キチガイ級の離れ業に戦慄するオレと、何食わぬ顔で平然とする仙人サマ。そんなオレたちを見交わして、滑稽なギャップにウケたのか幻想郷の創設者が吹き出す。
あんたもあんたでよりにもよってスピリタスを選ぶなよ。それだけで十分ヤバいかんな。
「そうそう、悪夢から解き放たれるもう一つの方法ですけど」
「他にもあんのかよ」
意外と抜け道あんのな。
胡散臭さ漂う賢者サマを胡乱気な眼差しで見やる。オレに睨まれても八雲紫は余裕を崩さず、今度は空きビンをオレの前にそっと置いた。
「これは外側からではなく内側からの突破口ですわ。すなわち、延々と囚われる悪夢の宴に終止符を打つこと。例えばそう、飲んだくれの化生たちを一匹残らず打ち倒すとか」
「……フッ、そーゆーことか」
「ふぁ……あふ。みなさんおはようございまぁす」
「お」
ようやく眠り姫のお目覚めってか。
ピンク色ショートが寝ぐせでさらに外ハネした看板娘が、まだ眠そうに瞼を擦りながらオレたちのところに戻ってきた。寝起きすぐにこっちに来たのであろう。まだ少しボンヤリしておった。
真っ先に奥野田を気遣って、茨木華扇が穏やかに声を掛ける。
「もう平気ですか?」
「う~ん、まず水が飲みたいかも」
「そらスピリタスなんざストレートで呑んだらそうなるわな」
「うん……ものすごく強烈なお酒だったよ。あれ? でも空っぽになってる……?」
空になったスピリタスのボトルを見つけて、奥野田が緑の瞳をパチクリと瞬かせる。寝起きだというのにイイ観察眼してやがる。これも職業病ってぇやつか。
空きビンを鷲掴みにして逆さに引っ繰り返すが、残り酒が一滴たりとも垂れてこなかった。苦笑まじりの半笑いで数日ぶりの寝坊助に教えてやる。
「あー、それならコイツが全部飲んだ。これじゃ防犯にはならねぇな」
「失礼な。誰が飲み逃げなんてしますか。ツケで呑もうとするのは霊夢と魔理沙くらいなものです」
「最近はちゃんと払ってくれてるよ。森の人形遣いさんが言って聞かせてくれてるみたい」
「つーか片方は巫女だろ。ツケで居酒屋に通っててエエのか」
「まぁ、霊夢ですし」
「そうですわね。霊夢ですもの」
「そうね、霊夢さんだから」
「どんな理屈だオイ」
ま、神社が宴会の催し場になってるくらいだ。オレが元いた世界の常識で考えるのも馬鹿馬鹿しい。清楚で育ちが良さそうな東風谷でさえ飲酒しとるしよ。最初見たときは思わず二度見しちまったわ。
何はともあれ迷宮入りの難事件は解決したワケで。これでまた明日からこの店もいつもの賑わいを取り戻すハズだ。鯢呑亭は看板娘が居てこそ。口数少ない頑固オヤジも菩薩みてぇな温和なツラで何度も頷いている。さりげなく混ざってんじゃねぇよ。
水瓶から汲んだ水を飲んでから一息ついた奥野田が、ふと思い出したようにオレに緑の瞳を向けた。
「ありがと」
「何のこった?」
「夢の中まで助けにきてくれたでしょ?」
「……覚えてんのか」
「あはは、忘れないよ」
水を飲んでようやく完ペキに目が冴えたようで、気付けばいつものハツラツとした表情で看板娘が笑顔を咲かせる
「ね、仙人さん。クロくんって素敵だね。ドキドキしちゃった」
「!? わ、綿間部! 彼女に何をしたのですかッ!?」
「ったく、何もしてねぇって」
「嘘つかないでください!」
「いや嘘じゃねぇよ!?」
「あらあら、夢現の檻で勇ましく大立ち回りした何でも屋さんも、一人の女性には敵いませんのね」
「うるへー!」
それからも店仕舞い後の鯢呑亭は明け方まで賑やかな声が途絶えないのであった。
ちなみに後日、アル中の生き霊が鯢呑亭に出る噂が広まって、オレが行かなくなったのを奥野田に問い詰められて弱点バレたり、ヤル気全開の華扇と一緒に生き霊の出所を探ったりするのだが……
ま、それはまた別のハナシってぇやつだ。
つづく
次回予告
いらっしゃいませ♪ 美宵です
はぁ……今日のクロくんかっこよかったなぁ
そうだ! お礼に耳掃除してあげたらクロくんも喜んでくれるかな?
よーし、私が右耳するから仙人さんは左耳お願いね♡
次回 桃色ガールドロップ 第七十二宵
「癒しをあなたに 華扇と美宵の耳掻きボイス」
来週も、恋にドロップドロップ♪
嘘 予 告 乙 (作者)