今年一発目からホラーチックなサブタイでお届けします(KY)
タタリジャタタリジャタタリジャモジャモジャ
怪談を一つ語ろう。
白く透けた月明りが差し込む夜のことだった。
その日、オレは稗田邸の蔵出し(要するに大掃除)の助っ人として力仕事に駆り出された。やけに金払いの太っ腹な依頼だったが、こいつがまた思いのほか重労働が待ち受けていたワケで。
人里が誇る名家が所有する倉庫。デカくて重くて持ちづらいクセに丁重に取り扱わねばならん年代物も多い。奉公人の若い衆やら生涯現役の爺やと慎重に運び出した。続々と搬出される値打ちモノに香霖堂がガラクタ屋敷に思えてくる。さすが上客。
ただでさえ薄暗い場所のため真夜中にやるワケにもいかなかった。おかげで寝ぼけ眼を擦りながら働くハメに。全部片付いた頃にはすっかり日は沈み、朧げな月が出ていた。
「ま、今日の稼ぎとしちゃ申し分ねぇわな」
独り言をボヤきつつ、高額報酬が入って膨れた財布を軽く叩く。宵越しの銭も得た。景気づけに一杯引っかけていくのも悪くなかろう。
あざとい和服女将の鳥娘が営む屋台に赴くか。それともクジラ帽子の看板娘に会いに行くのもありだろう。はたまた赤髪ショートで青リボンのろくろ首のバイト先に乗り込むのもまた一興。
次から次へと知り合いの店を思い浮かべていく。そんな折に、向かい側からも通行人の影が垣間見える。
「見かけねぇ顔だな……」
未成年くらいの小柄な若い娘だった。
白髪を短くカットして、黒いリボンのカチューシャが年頃のオシャレを醸し出す。まだ幼さの残る顔立ちを、どこぞの仙人サマを彷彿とさせるマジメそうな感じに引き締めておった。
さらに膝丈より下ろした緑色スカートの腰には二本の刀。
白髪ショートなうえに洋服ファッションっつー出で立ちだが、いかにも真っ直ぐそうな侍キャラであった。
「ンン……ッ!?」
しかして、侍っ娘の姿を目の当たりにした途端、オレは思わず息をのんだ。
そのうち人気ランキングで一位になりそうな容姿に見惚れたワケでもない。ましてやマジモンの日本刀に恐れ戦いたかと言えばもっと違う。
そいつの体に、真っ白い霊魂っぽい浮遊物が纏わり付いておったのだ。
雲と餅を足して二で割ったような白い楕円形。その本体?から先細りの尾が伸びる。夜風の流れに逆らい重力の影響も受けず、あてもなく白髪ショートの傍らを揺蕩う。片時も離れることもなく。
どう見てもあっち側のお仲間であった。精一杯のオブラートに包めば、この世ならざる類いかそーゆー系列のヤツに違いない。
厄介なのが、当人たる女侍キャラには視えてないフシがあった。ほぼゼロ距離で纏わり付かれているにも拘わらず、これっぽっちも気にした素振りもなくフツーに歩いてやがる。
ゼッタイに視界に入っとるハズだというのに、カンペキなまでのノーリアクション。あえて無視しているとか?いや、そんな生温い対応じゃねぇ。アウトオブ眼中にしても達人レベルで自然体過ぎる。やはり視えてない説が濃厚では――
「あの、私に何か?」
「うぉおお!?」
「わぁ!?」
ヤバい。やっちまった。
どうやら考え込んでいる間に接触を許してしまったらしい。立ち止まってガン見すりゃそうなるに決まっているだろうが。バカかオレは。よく華扇にも馬鹿者呼ばわりされるけどよ。
女子中学生くらいの低身長も相まってこちらを見上げられる。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ。それに汗の量もすごい……もしかして体調が優れないのでは?」
「ア、ぃや」
「身体もそんなに震えてますし、よかったら永遠亭までお連れしましょうか」
心配そうに白い短髪の侍少女がまた一歩近付く。あくまで善意なのだろう。ただし白い物体を引き連れて。むしろそこに問題しかなかった。
案の定、少女の気遣いすらも台無しにして、オレは反射的に後ろに下がってしまった。
「え?」
もう一度言おう。やっちまった。
さて、この展開を相手の立場で見たらどうなるか。
真っ青な顔色でダラダラと冷や汗もしくは脂汗が止まらず、(白い浮遊物を見まいと)目を合わせようとしないばかりか質問にもマトモに答えようとしない。あげくには、こちらが近付けば不自然に距離を取られる始末。
結論、どう見ても後ろめたいコトを隠している不審者でしかない。
「怪しいですね」
日本刀持ち女子の眼つきが警戒を帯びる。戸惑いも通り過ぎて、猜疑的な鋭さを宿してオレを射抜く。貫通しそうな眼力で凝視され、
「――くっ!?」
と思いきや、焦った様相で財布と愛刀が無事なのを確かめ出す。アカン、スリと疑われている。別に何もしてねぇのに状況がどんどん悪化していく。
もし下手すりゃ冤罪で豚箱にブチ込まれる。幻想郷なら警察じゃなくて奉行所ってか。どっちにしても前科持ちになっちまう。冗談じゃねぇ。
目の前を泳ぐアレから精一杯に目を逸らし、緊張で掠れた喉を絞り出す。
「ち、違う。あんたの、その、白……」
「白?」
白髪ショートが瞬きしてオウム返しする。頼むから気付け。あんたの身だって危ねぇんだよ。ヤツが寄生しているのはオレじゃなくてこの小娘なのだから。
「あぁ!?」
突然に、少女は瞳を大きく見開くと緑色スカートの裾を両手で抑えた。頬を朱に染めて恨みがましい目つきでオレを睨む。違う、そうじゃない。
「み、見たんですか……?」
見てねぇよ。別のナニカが視えとるわ。
あたかも電車で痴漢に遭った女学生のように、若干涙目になって小さく震えながら侍ガールが問い質す。そこから逃がすまいと踏み込んだ拍子に、白い霊魂も一緒に眼前まで迫りくる。
ヒンヤリと異様に冷たい空気がオレの手の甲に触れた。
「オレの傍に近寄るなぁああああああッ!!」
「逃げた!?」
恐怖が限界を超えて、気付けばオレはどこぞのラスボスっぽいセリフを叫んで逃亡していた。
チクショウこんなところに居られるか! オレは自分のアジトに帰らせてもらう! 逃げるんだよぉおお!
「ま、待ちなさい! やっぱり後ろめたさがあるんですね!? この場で成敗します!」
「ちっげぇよ!」
「嘘か真かどうか斬ればわかりますッ!!」
「コイツ辻斬りかよォ!?」
鞘に納まった白刃を抜き放たんと、居合切りの要領で柄に手を掛けたまま侍っ娘が追いかけてくる。取り憑いた白いヤツも一心同体さながらに追従する。あれもうお祓いしないと手遅れじゃねえの!? もはや一体化してんじゃねーか!
「お覚悟!」
「ひぃいい……ッ」
かといってあの白いヤツがオレに乗り移らないとも限らない。むしろ新しい宿主を探しているかもしれん。何せ、こちとら一度怨霊に身体を乗っ取られたことがあるのだ。経験者は語るってぇヤツだ。
かくしてオレは『真夜中の道端で刃物を持ったこの世ならざる存在に憑かれた通り魔の女』などという控えめに言ってもサイコパスに命を狙われ、人里の中を逃げ回るハメになった。
大通りから路地裏まで、とにかくメチャクチャに走りまくる。夜の繁華街でヤのつく職業の連中や半グレのチンピラ不良の集団から追われた時以来だ。ここまで身の危険を感じたのは。泣けるぜ。
「綿間部? どうしたのですか、そんなに慌てて」
「華扇か!?」
その真っ只中、オレにとって最も聞き馴染んだ声に呼び止められた。
桃色ミディアムヘアに白いシニョンを結んだ中華衣装の仙人サマが、不思議そうに小首を傾げていた。
月夜の散歩と洒落込んだのであろう。美人が月下に佇む情景はなかなか絵になる。柔らかな桃色の髪が月明りに照らされる。儚げな雰囲気にしばし目を奪われた。
って、今はそれどころじゃねぇ。何も知らずにキョトンとする仙人サマに簡潔かつ早口で捲し立てる。
「トンデモねぇヤツに追われてんだよ! じゃーなッ!」
「あ、こら!」
有無を言わさずに走り去ろうとするものの、オレの異常事態っぷりを見た華扇が包帯の巻かれた右手を伸ばす。
悪ぃがこんなところで暢気に立ち話しとる暇なんざねぇ。モタモタしてたらヤツが来る。というかもう来ていた。
死神の鎌もとい日本刀を携えた白い悪魔が、桃色の仙人サマに向かってムダに通る声を張り上げた。
「華仙さん! その人を捕まえてください! 不届き者ですッ!」
「え、えっ? 何かあったのですか?」
「痴漢の容疑者です!!」
「は?」
侍っ娘のその一言に、華扇の瞳が絶対零度まで冷え込んだ。人里に身も心も凍る寒波が押し寄せる。そこからが早かった。
桃色ミディアムヘアの仙人サマが色彩を失った虚ろな眼で、瞬時にオレの腕を絡め取ってギリギリと締め上げた。骨が軋み、堪らず悲鳴を上げる。
「アデデデッ!?」
「ワタマベ マタデスカ?」
「違う! ちがぁああう!」
遠目から見れば華扇がオレの腕に抱き着いているように見えなくもない。が、その実態は某孤独なグルメのマンガに匹敵するアームロック。それ以上いけない。
あと豊かな胸を押し付けるっつー無防備のお約束も忘れない。痛みだけじゃなく柔らかい感触もあって複雑な心境になる。だからお前そーゆーとこやぞ。オレが抜け出そうとすると、負けじと華扇もますますオレの腕にしがみ付く。もうなんか色んな意味で危なかった。
「いいから離せって! ヤツが来てんだろうが!」
「いいえ離しませんッ! 観念して罪を白状してください!」
「だーもう!! じゃあこのままでエエからオレと一緒に逃げんぞ! 来いッ!」
「ふぇや!? いいい、一緒に駆け落ちしようだなんて何を考えているのですか!? そ、そういうのはお互いがキチンと正しい順序を踏んでからするものであって、それでしたら私もやぶさかではゴニョゴニョ……」
「オメーこそ何言ってんだァ!?」
マズイ。混乱のあまり我ながらワケわからんことを口走っちまってる。ついでに何故か仙人サマにも焦りが伝播していやがった。なしてお前までテンパるのか。どーしてこうなった。
綺麗な顔立ちを赤らめて華扇が嬉し恥ずかしそうにクネクネと身を捩った。同時にアームロックの締め付けがキツくなる。オ゛ァアアアア関節が外れる!?
「はぁ、はぁ……ようやく追いつきましたよ。神妙にしてください」
「げ」
もはや混沌に陥った現場にさらなる爆弾が投下される。すでに鯉口を切った辻斬り少女がオレたちの前に降り立つ。さすがに走り疲れたのか呼吸を乱しておった。
「ちょおまバカ、こっちくんな」
「ひ、ひどい! 私だってこれでも女の子なんですよ!?」
意外にピュアだったのか小柄な少女が傷ついた表情で言い返してきた。オレが青ざめたツラで後退る態度に少なからずダメージを受けたらしい。ここにきて年相応な反応をみせられた。
しかしそれも束の間、「やっぱり許せません……!」と日本刀を迷いなく抜き取った。半人前な女剣士の勘違いっぷりに、さすがに腹立ってきた。わずかに怒りが恐れを克服する。
「だぁからあんたじゃねーよ! オメーに取り憑いてるヤツに言ってんだよ!」
「――ひ」
そう言い放った途端、白髪ショートの女武士は上段に構えた姿勢で硬直した。ぞわりと背筋を粟立たせて、サーッと血の気が引いていく。真っ青な顔面のまま足腰もガクガクと震わせる。お化け屋敷に一人だけ取り残されたかのようであった。
「う、うそですよね……?」
「冗談でこんなコト言うかよ。いんだよ、あんたのすぐ近くにおぞましいヤツが!」
「いやぁあああああ!?」
怖がっている少女に鬼畜の脅しをかける。しかし紛れもない真実の追い打ちだ。オレが白い物体を指差すと少女は悲鳴を上げて全力で飛び引いた。
「どどどどこですかぁ!?」
「どこもなにも体に絡みついてんだってばよ! ほら今もそこに!!」
「うっ、うぁああああん!」
「ちょおま危なッ!?」
「きゃっ」
さっきまでの凛々しかった表情を今や恐怖と泣き顔に崩して、白髪の切り裂き魔が二刀流を振り回す。暴走した切っ先が掠めそうになり、華扇を抱き寄せてギリギリのところで避ける。あっぶねぇ……!
辻斬り乙女は泣き叫びながらメチャクチャに空振りしまくっている。悲しきかな、例の存在にはちっとも当たっておらず撃退できてなかった。
「二人とも落ち着いて。ほら、深呼吸して? 綿間部も妄言で煽らないでください」
「妄言じゃねぇよ華扇だって見えんだろアイツに憑いてる化けモンがよぉ!」
「えっと、何もありませんよ?」
「おるやん! 白いヘンなのが!」
「……はい?」
やけくそ気味に喚くと仙人サマは再び呆然の表情を浮かべた。付け加えて、赤みがかった瞳はしっかりとあの白い物体を捉えておった。ちなみにオレの腕の中に収まったままだった。
「もしかして、あれですか?」
「って、見えてんじゃねーかっ」
「はぁ……やれやれ、大山鳴動して鼠一匹ですね」
たちどころに、右手包帯の仙人サマがあらゆるものを悟ったような表情で嘆息した。
「大丈夫ですよ。彼が言っているのはあなたの半霊のことでしたから」
「うわぁあああああ――え?」
鶴の一声。デタラメな百裂剣をキメていた侍少女が桃色仙人の説得によって、ピタリと動きが止まる。
まだ半泣きの顔のまま小柄な女が縋るように口を開いた。恐怖が抜けきっていないせいでちょっぴり舌足らずになっていたが。
「はん、れい?」
「はい、半霊です」
「おばけは?」
「いません」
「…………っ、はぁあ~~」
溜まりに溜まった長い吐息を漏らしながら、白髪ショートがその場にへたり込んだ。緑色スカートが蓮の葉のように地面に広がる。どうやら腰が抜けちまったようで斬りかかってくる心配もなかった。
「こ、怖かったぁ~」
「お騒がせしてごめんなさい。彼ってば幽霊が苦手なんです」
「オイ」
「あ、いえ。私も早とちりしてしまって」
「オイオイオイ待て待て待て」
『何ですか?』
「何ですかじゃねぇよ」
フツーに話し始めた女二人にストップをかける。いやいや、まだコイツに憑依してるんですけど。なーに一件落着っぽい雰囲気出してんだ。
健在する幽霊からじりじりと距離を取りつつ警戒する。オレのへっぴり腰な恰好を見て、華扇が可笑しそうに吹き出した。なにわろてんねん。
「心配いりません。それは彼女自身の一部ですから、怨霊のように他人に乗り移ったりしません。まぁ、霊体であることに変わりありませんけど」
「あ? そうなんか?」
「えぇと、はい。そうですね」
オレが問うと、女々しく座った侍ガールがおずおずと頷いた。
つまるところ、何だ。アレは例えるなら幽波紋みたいなモンで、生命力とかその辺が具現化したってぇイメージであろうか。そんでもってこの小娘は視えてなかったんじゃなくて、いるのが当たり前だから注目する必要もなかったと。
やっと理解した。と、同時にオレまで全身から脱力しちまったのを誰が咎められよう。
「っだー、なんつー人騒がせな」
「すみません。あなたが言いかけた白いのって私の半霊のことだったんですよね?」
「あーそうだよ。だから別にお前の白いパンツ見たワケじゃねぇかんな」
「みょんッ!?」
「こんの馬鹿者!」
個性的な驚き声とマジメな仙人サマの怒り声、それと後頭部を叩く音が重なった。
最近のお前、説教よりも先に手が出てねぇか……?
白髪ショートの侍っ娘の名前は魂魄妖夢といった。
白玉楼なる屋敷に務めており、庭師とか剣術指南役とか付き人とか全部ひっくるめて一人でやっているらしい。ブラック企業かよ。ちなみにコイツの主と八雲紫はマブダチなんだそうだ。ってことは藍ネーチャンと従者仲間ってぇところだろうか。
「あの! この度は本当に申し訳ありませんでした!」
「気にしないでください。お互い様です」
「それオレのセリフなんだが。つかオレなんも悪くなくねぇ?」
帰り際も、魂魄妖夢は何度も振り返ってはペコペコと頭を下げてきた。
最初にオレを気にかけてくれたときのような真摯さ。やはり性格の根っこがマジメなのであろう。この仙人サマと同じく。
だから、斬ればわかるとか血迷ったコトを抜かしてたのは、きっと気が動転したからだろう。多分。そうに違いない。
「あー……疲れた」
「綿間部が余計に騒ぎを大きくして事態をややこしくするからです。」
「しゃーねぇだろ。あんなん初見で半分だけ幽体離脱してるヤツだってぇわかんねぇよ」
「だとしても、これは精神修行が足りませんね。こんなことでいちいち狼狽えるなんて情けない」
「じゃかぁしい。お前だってさっきテンパってただろ。一体何考えてたんだオイ」
「あっ、あれは綿間部がいきなり変なこと言うからです!」
頬っぺたをフーセンみたく膨らませて華扇が不満そうに詰め寄った。相変わらず表情がコロコロ変わるやっちゃな。ま、そーゆーところは悪くねぇんだが。ただ毎度毎度に近ぇよ。
オレたちのしょうもない言い合いを嘲笑うかのように、どこぞの犬の遠吠えが夜の月に昇っていった。
「そういや、ミス八雲のマブダチってぇのはどんなヤツなんだ?」
「冥界の管理を任されている亡霊です」
「よしわかったゼッタイ会わねぇ、ゼッタイにだ」
つづく
華扇とおしり大福食べたい(新年祈願)