東方扇仙詩   作:サイドカー

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投稿遅くなったうえに華扇の出番ないけど許して♡


第七十四話 「旧都アンダーグラウンド」

 沈黙。

 仄暗い座敷に屈強な漢の衆が窮屈そうにひしめく。誰も彼もが物々しく身構えており、さながら巨山の体躯が胡坐をかく。一人がゴクリと固唾を飲む。

 蠟燭台の灯火が僅かな明かりをもたらす。煤で薄汚れた壁面の人影が揺らぐ。

 唐突に、何かを転がすカランと乾いた音が鳴った。その瞬間、緊張感が張り詰めた空気が最高潮に達し、ついに破裂した。

 

「さぁ、張った張った!」

 

 活気の漲った掛け声を合図に、客席のあっちからこっちから「丁!」「半だ!」と怒号が飛び交う。もう後がないのか眼球を血走らせ床を拳で殴る猛者もいた。皆が一様に興奮して仕掛け人の手元を、賽の目が包み隠された筒に目先を注ぐ。

 知る人ぞ知る、二個のサイコロを投げた合計が奇数か偶数かを当てる博打。

 今時流行らねぇ古臭い賭け事だった。確かシュレディンガーの猫っていったか。こーゆー蓋を開けてみるまでわからねぇやつ。

 裏の賭博場には金に目が眩んだ欲望が渦巻く。かくいう今のオレもそこに居座る一人なワケだが。夜の繫華街にあったカジノと一味違う。刺激的なギャンブルに変わりなし。気分が乗ってきて自然と口角が上がる。

 そう、オレは夜に生きる男。この手のスリルを何度も潜り抜けてきた何でも屋。最近じゃ誤解されがちだがクールでニヒルなハードボイルドだ。

「ほれ、あんちゃんどっちだ?」

「そーだな……」

 アウトローな優越感に浸っていると仕掛け人が勝負を差し向けた。

 この間のヘカーティア・ラピスラズリ(とクラウンピース)と並んで歩いていた一件ですっかり顔バレしておった。つっても、そのおかげでよく見える最前列ド真ん中のVIP席に座れてんだから上等。地獄の女神サマの名は伊達じゃねぇってか。

「やっぱ丁にしとくわ、ここは」

 要は偶数になる組み合わせの方が多いっつー単純思考。イカサマなしの確率論ならコレで十分だろ。二つのサイコロで偶数になる確率の正確な答えは知らねぇけど。また今度にでも上白沢女史に聞いてみるか。

 どうやらオレが最後だったらしい。カジノでいうところのディーラー役が烏合の衆を見渡して、やたら勿体つけてから大きく頷いた。

「では、ご開帳――」

 

 

「フッ、勝っちまった」

 勝利の余韻にほくそ笑みながら街並みを歩く。今日は悪運の他にもツキも回っている。ひょっとしたら赤髪セミロングの女神サマが加護をもたらしたのかもしれない。何せ此処は……

 立ち止まり、頭上を仰ぎ見る。月光はおろか星々の瞬きすら存在しない。漆黒の闇が果てまで広がる。いや、()()に限って言っちまえば昼も夜も関係あるまい。

 目線を前方に戻せば、そこは喧騒すら蔓延る歓楽街。提灯行灯が軒並み照明を絶やさず、豪傑笑いの益荒男どもが道往く。やんややんやと賑わう声に混ざって、酒や食い物の匂いまで放浪しており食欲をそそられる。

「悪くねぇぜ。時々こーゆーのがねぇとな」

 人里どころか地上ですらない。ド田舎ファンタジー異世界な幻想郷。奈落の深みに落ちた地の底。

 彼の地は文字通りの地獄。オレは再び旧都まで乗り込んでいた。移動手段は言わずもがな八雲紫のスキマで、もちろん帰りも頼んである。片道切符はシャレにならん。

 もっと言っちまえば華扇には内密にして来た。ここ数日ほど依頼がない、つまり仕事がないのを口実にギャンブルしてると知られたら説教が飛んでくる。そらもう間違いなく。あのクソマジメのことだから賭け事そのものに文句を言ってくるリスクも有り得る。

 やれやれ、こちとら偶にはプライベートな休日を満喫しようってぇだけなのによ。

 

「ねぇちょっと。そこの羽振りの良さげなオニーサン♪」

「あ? オレのこと言ってんのか」

「そうそう。わかってるじゃない」

 

 おもむろに何者かに袖を引かれて振り返る。そしたら、クソ派手な身なりの女が蠱惑の笑みを浮かべつつ、甘々なぶりっ子を演じてオレを見上げていやがった。

 見覚えがある。賭博場にいた女だ。

 テメェじゃ賭けずに近くの野郎を囃し立て、そいつが大負けした途端に忽然と姿を消した。その悪辣さ、いっそ清々しいぐらいにわかりやすい美人局であった。

 オレンジ色の巻き髪スタイルに丸型サングラスを額に掛けて、低身長に不釣り合いなボディコンっぽいブランド服。煌びやかな指輪に腕輪にネックレスといったアクセサリーをこれでもかと身に付ける。さらには女モノの香水らしき匂いもかなり濃かった。

 高度経済成長期とかバブル期みてぇなファッションセンスしてんな。行き過ぎたオシャレから溢れんばかりの成金オーラが凄まじい。十中八九、騙した男に貢がせたカネで買ったんだろうけど。

 

「オメー、さっきいたヤツだよな」

「あら! 覚えててくれたの? 嬉しい♪」

「けっ、わざとくせぇなオイ。どーせ尾行してきたんだろうが」

「それだけアナタが魅力的ってことよ♪(金銭的に)」

 

 ブランド品だらけのゴージャスな女が猫撫で声を嘯いて、オレにしな垂れかかる。肩を摺り寄せられてキツい香水の匂いがますます染み付く。

 見るからに男を手玉に取るのに慣れていた。霞青蛾みてぇな色香で惑わすやり口とは違えどチョロい男心をその気にさせる手練れ。これまで何人の単細胞がまんまと騙され唆され挙句の果てに絞りカスにされたことやら。

 おおよそ賭博場で消えた時も、隠れて誰がボロ儲けするか見定めていやがったに違いない。その結果、タカリが次に狙ったカモってぇのがオレだったワケで。

 が、生憎とこちとら夜を生きるハードボイルドときた。何もかも計算された色仕掛けなんざ通じねぇ。

「ねぇ~、これから一杯やるんでしょ? アタシも連れてってほしいな~」

「じゃかぁしい、どーせオレの奢りになんだろうが」

「そんなこと言わないで。おねがぁい」

 チラッチラッ、と女の魅力をアピールしてタカリ女がおねだりしてくる。あざとさの作り物っぷりが余計に胡散臭い。 ダメだ、全然なっちゃいねぇ。和服女将のヤツメウナギ屋台でそっちの修行でも積んでから出直してこい。

 メンドクセェしテキトーにずらかるか。でもコイツの感じだとどこまでも追いかけてきそう。下手すりゃ店の中はおろか図々しく相席してくる。当然、会計の伝票はオレに押し付けるカタチで。

 

「あれ、女苑……?」

「えっ?」

「ン?」

 

 ふと、知り合いの声が貧しく流れてきた。

 クルクル巻き髪な女と同時に声の主を見やる。そこにはかつて大猪から生き延びた同士でもある青髪ロングの貧乏神が居た。なぜか居酒屋の軒下で薄幸そうに座り込んでいる。もし段ボールに入っていたら完全に捨て猫であろう。

 

「げ……姉さん」

「ネェサンだぁ?」

「あ、はい。わたしたち姉妹なんですよぉ」

「うせやろ」

 

 嫌そうにツラをしかめるゴージャス女に代わって、ポロい薄着の貧乏神がふにゃけた口で答える。

 もはや富豪と貧民じゃねぇか。身なりのレベルが違い過ぎる。経済格差が天と地ほど離れた二人組に思わず二度見して見比べてしまった。

 依神紫苑を姉さんと呼んだってぇことはコイツ妹なのかよ。

「ってこたぁオメーも貧乏神なんか?」

「失礼ね。そこの見るからにみすぼらしい身内と一緒にしないでほしいわ。この格好のどこに貧乏な要素があるとでも?」

「だろうな。だからつって福の神でもねぇだろ。せいぜい得してんのはテメェだけってぇオチか?」

「ぴゅ~♪」

 オレが胡乱気な目つきで一睨みしてやると、女苑と呼ばれた金持ち妹がコミカルな口笛とともに目を逸らした。図星かよ。

 大枚叩いて貢いだのにポイ捨てられたカモ連中からすれば貧乏神と似たモンだろう。それどころか精神的ダメージも負わされたなら疫病神ともいえる。まだキャバ嬢かレンタル彼女にでも費やしていた方がイイ思いできただろうに。

 それでホンモノの貧乏神はといえば、居酒屋の入り口から数歩ほど離れた小窓の真下を陣取っていた。開けっ放しのそこからモクモクと漏れ出た芳しい煙に鼻をヒクつかせて。もはやこの時点でロクでもない予感しかしない。

「そんで? そんな場所で姉さんこそ何してるわけ」

「ふふ……匂いをおかずにご飯を食べてる気分を味わっているの」

「うわ貧乏くさっ!!」

 バブルなファッションした女が白目を剥いて絶句する。その傍ら、縁が欠けたヒビ入り茶碗と木の枝くせぇ箸を持った依神紫苑が不憫さを漂わせる。

 よくよく見れば、メシ茶碗は空っぽで米粒の一つも付着してなかった。

「全部エアやんけ」

「で、ですから気分だけでも……」

 コイツはこれからも霧か霞でも食って生きていくつもりなんか。昔話の長老仙人かよ。むしろ本物の仙人サマが食べ歩きばっかりしとるわ。オマケに酒豪だしよ。

 こっちが憐れんでいるのにも気付かず、青髪ロングの貧乏神はクルクル髪な妹にやつれた笑みを向ける。この女そのうち衰弱で死ぬんじゃなかろうか。

「女苑はなんでここにいるの?」

「ふっふーん、このステキなオニーサンにご馳走してもらうのよ」

「ふわぁ……!」

 再会した姉すら足蹴にして、オホホと高笑いを飛ばす依神女苑。まるで悪役令嬢の高慢ちきな自慢オーラを撒き散らす。だというのに依神紫苑はキラキラお目目で羨ましがった。ホントに姉妹なのか疑わしい。

 って、待てやコラ。聞き捨てならない発言があったんだが。

「オイコラ。勝手に決めてんじゃねぇ」

「えぇ~、だめなの……?」

 『きゃるんっ♪』とでも効果音が付きそうなおねだりでボディタッチ。猫かぶりキャラすぎんだろ。コレに騙された野郎がいるのか。情けねぇ――

 

 ぐぎゅるるるる

 

 突如、どこからか獣の唸り声かドリルの回転音をイメージさせる低音が鳴り響いた。もはや誤魔化す必要もない。犯人に声を掛ける。

「オイ、今の音」

「あう……」

 案の定、貧乏神が腹を抱えながら蹲った。メシの匂いで満足しなかった腹の虫が最期の断末魔を上げた模様。むしろ逆効果だったんじゃねーか。

 オレが見下ろすと、依神紫苑がおずおずと遠慮がちに手を上げる。

「あ、あのぅ」

「何や。言うてみぃ」

「で、できればでいいんですけど、わたしもついていってもいいでしょうか……?」

「っかー」

 嘆息しながらオールバックの前髪を無造作に掻き上げる。依神姉がビクッと怯えたように肩をすくませた。なんかオレが借金の取り立てみたいじゃねーか。

 タカリの妹だけならテキトーにあしらっていたところだが、さすがに腹ペコで行き倒れそうな知り合いを見捨てるのも寝覚めが悪い。

「しゃーねぇ。お前も来い」

「うぅっ、ぁりがとうございます……!」

「キャー! オニーサンってばイケメン!」

 所詮ギャンブルで稼いだあぶく銭、ましてやそんなモンを後生大事に貯金するなんざガラじゃねぇ。ならばとことん豪遊して羽目を外すまで。それが歓楽街の醍醐味ってぇモンよ。

 感涙に噎び泣きながら依神紫苑がオレの手にすがりつく。こっちはこっちで煙をモロに浴びていたから体中に食い物のニオイがこびり付いていやがる。どさくさに紛れて同行する気満々の依神女苑もこれ見よがしに囃し立てておった。

 オレに引っ付く依神姉妹だったが、何やら姉の方が眉をひそめて妹に向けてポツリと一言だけ放つ。

「女苑、ちょっと臭い」

「姉さんに言われたかないわよッ!!」

 意外と息ピッタリじゃねぇのかコイツら。

 

つづく

 




燦々デイズしゅき
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