東方扇仙詩   作:サイドカー

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もう誰にも淫ピなんて言わせない(エイプリルフール)


第七十五話 「ゴッドシスターズ」

 祇園。

 その言葉が思い浮かぶ。旧地獄でもとりわけ敷居の高い料亭。古き良き伝統ある老舗にオレら一行は足を運んだ。由緒正しき店構えは、豪華絢爛とわびさびが絶妙に成り立つ。はたして入店を許されるのか。一見さんお断りされてもおかしくねぇぞ。

「女苑様。ようこそおいでくださいました」

「どもー。また来ちゃったわ」

「マジか」

 まさかの依神女苑の顔パスで通れちまった。解せん。いや、何となく察したけどよ。

 恭しく頭を垂れる女中らを目の当たりにしてビミョーな気分になる。どうにも納得いかねぇ。コイツ今まで一度たりとも自腹で払ったことねぇだろ。びた一文たりとも。

 

 悠々と広い和室に案内されると、次から次へと料理が運び込まれる。

 まずは舟盛りの刺身。細かい造形の木船が真っ白な帆を張り、面舵一杯で大漁を謡う。赤身や白身の瑞々しい丁寧な盛り付けも輝かしく、ご立派な鮮魚のお頭と尾びれが颯爽と反り返る。初っ端からご馳走に早くも圧巻されてしまった。

 山菜尽くしの天婦羅、若鶏の照り焼きが続く。茶碗蒸しの蓋を外せば三つ葉を添えたお上品な黄金色が輝く。最後にせいろ蕎麦で仕上がった。徳利とお猪口も欠かさない。

「っかー、こりゃまたスゲェなオイ」

「だっしょー?」

「なしてオメェが威張るのか」

「ふわわ……ご馳走ばかりです。こ、こんな贅沢しちゃっていいんでしょうか?」

 キャラ属性が正反対の疫病神と貧乏神の姉妹コンビと共に宴の席に着く。心なしか座布団まで座り心地がヤバい。特に依神姉はおそるおそるといった様子。畏れ多さに今にも拝み出しそう。

 今さらだが、字面にするとトンデモねぇ連れだわな。ま、こちとら地獄の女神サマと顔見知りなワケで、何一つ気負うモンもねぇけど。

 かくして酒宴の幕は開けり。手始めの余興も引けを取らない。

 

『~~~~♬ ~~~♪』

 

 琵琶と琴の美しい音色が奏でられる。

 極彩色の屏風を背にして若い女が二人。それぞれ楽器にしなやかな指を這わす。

 琵琶を抱えている娘は、青紫色の長い髪を後ろで二つ分けに束ねたヘアスタイルが特徴であった。スカートの裾は透けており、さながら天女が纏う羽衣を彷彿とさせる。

 琴の調べを生み出すもう一人。こっちはクセのない茶髪ショートボブに紫色のカチューシャを飾る。白い長袖シャツに黒いスカートと、わりと現代テイストなコーディネートが却って目新しい。

 茶髪ショートボブの琴娘は弦楽器を持っていない。黒色スカートに巻き付く光線を撫でて演奏している。相方の琵琶も楽器こそあれど同じ類いの弦が張られていた。

 清らかな渓流のような旋律が音符の船を乗せて客間に粛々と流れる。

 

「ふふ」

 

 琴担当と目が合ってニコリと微笑まれる。

 九十九姉妹と言ったか。最初にあの二人の奏者をその名で紹介された。どうやら姉妹で協奏しているらしい。見た目もなかなかイイし演奏も上手かった。純和風な客間の雰囲気にも相応しい。

 そーいや、こっちの連れも一応は姉妹だったな。

 

「あとねぇ、これとこれ。あとこっちも。それからお酒も追加よろしく~」

 まだ料理が残っているのもお構いなし。クルクル巻き髪の依神妹が女中を呼びつけ、オレの許可なく好き勝手に追加で注文を重ねる。やがてやってくる新たな料理たちがテーブルを占領していく。当然、会計も膨らむ。

 もはや店に入ったことで猫を被る必要がなくなったのであろう。とうとう化けの皮が剝がれてきていやがった。コノアマやっぱ置いてくべきだったか。

 

「おいひぃっ、おいひいよぉ。うっうぅ……」

 それに対して、依神姉が滂沱の涙を垂れ流して逸品の数々に舌鼓を打っておった。泣き過ぎだろ。ドン引きどころか逆に怖ぇよ。

 

 演奏が終幕を迎える。オレだけが拍手を送ってやると、九十九姉妹が屏風の前からオレの両隣に腰を下ろす。流れるような動きに自然と受け入れちまった。

 琵琶を携える青紫色の女がさり気なく徳利を取って、お酌する手振りを見せる。

 

「さ、どうぞ」

「おー、すまねぇな」

「あんなに熱心に聴いてくれたんですもの。これくらいしなくちゃ」

「フッ、イイ演奏だったぜ」

 

 ちぃとキザに褒めながら、豊潤な香りと湧き水の如き澄んだ口当たりの日本酒を嗜む。つっても、ここはクイッと一息に。

「おぉっ! いい飲みっぷり」

「そらどーも。あんたらまだ時間あるか? どうせだし食ってけよ」

「いいの!?」

 テーブルを埋め尽くす大量の料理を親指で指し示す。

 気付けば、依神女苑のせいで少し目を離した隙にエライことになっちまっていた。その元凶はどーしたかといえば、素知らぬツラで高値を張る酒を手酌で一人気ままに飲んでいやがる。もし支払いが足りなければコイツを皿洗いにでも売り飛ばしてやろう。

 オレの誘い文句に、茶髪ショートボブが目を輝かせて食い付いた。演奏中はお淑やかな印象だったようでいて、素顔は結構ハツラツした性格のようだ。

「どー見ても三人分じゃねぇかんな。このまま高級食材の残飯にしちまうのも勿体ねぇし、遠慮しなくてイイぜ。それともハラ減ってなかったか?」

「ううん全然! ありがと! 実はお腹ペコペコだったんだよね。あ、その前に私からもお酌させて」

「おっと、こいつぁすまねぇな」

 今度は琴の娘が徳利を向けてきたのに合わせて、こちらもお猪口を差し出す。

 茶髪ショートボブが日本酒を注ぐためにオレに身を寄せる。何つーか、芸者か舞妓でも侍らせとる気分だ。見方によっちゃ両手に花とも言えなくもない。

 博打に勝った者だけが見られる甘い夢。桃源郷の美酒を飲み干す。嗚呼、夢見心地に酔っちまいそうだ。でもまぁ、たまには悪くねぇだろ?

 

 やがて宴もピークを過ぎ、しばしの静寂を肴にして一人で黄昏れる。

 依神女苑は「新しいカモを探してくるわ!」と本性剥き出しで部屋を飛び出していった。眩しいグッドサインを残したのが記憶に新しい。今日一番イキイキしていたように思う。

 依神紫苑の方は「た、食べ過ぎました……」とヨロヨロ歩きで手洗いへゴー。貧相な体ゆえに小食だった模様。せっかくご馳走の山を前にしたのに食い溜め出来てなかった。哀れ。

「フッ……イイ眺めだ」

 この客間は上の階に位置するため、窓を開ければ旧都の街並みを眺められる。目下で提灯が連なり、人妖も多々に行き交う。コレで祭囃子でも聞こえてくれば縁日と変わらない。ま、残念ながらそこまで揃っちゃいねぇけど。

 その代わり、店の奥へと耳を澄ませば、他所で始まった九十九姉妹の曲が控えめに揺蕩う。そういや両方の名前を聞くのを忘れとったわな。どっちが姉で妹なのかもわからずじまい。ま、エエか。

「にしても今日はツイているよな」

 フツーならそう易々と入れねぇ高級料亭に入り浸り、旨いメシを堪能して麗らかな生演奏に耳を傾ける。まさに豪遊の至り。これを贅沢と言わずして何と言おう。

 夜通し明かりの途絶えない歓楽街を遠くまで一望しつつ、潤沢な風味の日本酒で口を湿らす。酒と雰囲気とニヒルな己に酔い痴れる。今だけは許されるハズだ。

 どうせ今夜限りのビギナーズラック。恐らく次のチャンスはない。ましてや地獄の賭博場で大負けした後のことなんざ想像したくもねぇ。過酷な肉体労働の強制とか?

「ン?」

 トットットッと足音が近付いてくる。

 またしても巻き髪ロールの疫病神が追加オーダーした品が運ばれてきたのか。さすがに腹一杯なんだが。

 

『失礼します』

 

 足音が部屋の前で止まり、やはり女中と思しき声が襖の向こうから届く。

 って、いや待て。聞き間違いかもしれんけど、メッチャ聞き覚えのある声だったような気がしてならない。例えるなら、いつもオレに付きまとって口うるさく説教かますクソマジメな――

 

『随分と楽しんでいるみたいですね……綿間部?』

 

「ブホォ……ッ!?」

 そのセリフを聞いた途端、貴重な高級酒を堪らず吹き出しちまった。数秒と掛からず酔いが覚める。あと咽た。

 鼻にも若干アルコールが入ってのた打ち回る。その傍ら、襖越しに「すぅ……」と息を吸い込む気配が伝わってきた。オイオイオイオイ!?

 

 そして、満を持して()()()が現れる。

 

「こんの馬鹿者ォォオオオッ!!」

 

 スパーン!と大きな音とともに襖が吹っ飛びそうな勢いで開け放たれた。

 柔らかな桃色のミディアムヘアに白いシニョン。薔薇が目立つ紅色の中華衣装と緑色ミニスカがひらりと翻る。赤みがかった瞳と美人な顔立ちは人目を惹いた。ただし、マジメそうな面持ちも今や怒りに沸々と煮えておった。

 人に教えを説き導く仙人サマ――茨木華扇がオレを真っ直ぐに見据えて目を吊り上げる。

 かの桜代紋ばりにド派手に真打ち登場であった。

 かくして桃色の仙人サマはお得意の腕組みポーズでニッコリと満面の笑顔をたたえる。まだビミョーに眉がヒクついているけど。

 

「こんばんは。ご機嫌よろしいようで何よりです。ええ本当に」

「お、お前っ。どーしてここがわかった?」

「紫が教えてくれました」

「チクショウ身内の裏切りじゃねーか!」

 

 思わぬ伏兵に悪態を吐きながら畳に四肢を着く。我ながら情けねぇ。

 そら確かに口留めはしなかったけどよ。せめてそこは空気読めって。この女にオレがギャンブルしてることがバレたらこうなるに決まってんだろうが。むしろそれが狙いだったのか。

 

「さて、綿間部。私が言いたいことがわかりますか?」

「あー……できればわかりたくねぇけどな」

「黙りなさい。依頼が来ないのはこの際大目に見てあげます。商売とは何時如何なる日も順風満帆とは限りませんもの。時にはままならないことがあるのは認めましょう。ですが、現状を打破するための努力も怠り、すぐ諦観して甘んじて受け入れる姿勢はいただけません。ましてや、束の間の英気を養うならまだしもこの体たらくは何ですか。あれだけの目に遭ったにもかかわらず性懲りもなく地底に出向いて、目先の利益に囚われて賭け事に手を染めたうえに、あまつさえ身の丈に合わない贅沢三昧だなんて! あまりに傲慢が過ぎます! これではまるで欲望に溺れた遊び人ではありませんか!」

「いつにも増して説教長ぇなオイ……!?」

「誰のせいだと思っているの!!」

 

 クドクドクドクドと正論の連撃を叩き込みながら仙人サマが客間に踏み入る。

 もとより窓際にいたオレに逃げ場なんざない。かといって窓辺からやがて飛び立つワケにもいくまい。かつてボロアパートの二階から宇佐見とマエリベリーを担いで飛び降りたことはあったが。

 あっという間に華扇はオレの眼前にまで迫り、膝立ちの姿勢で整った顔立ちを間近まで詰め寄せる。だから近ぇと何度言えば……!

「いつまでそのような有り様では――?」 

 ところが、どーゆーワケかお小言が脈絡なく止まった。よくわからんけど助かった、のか?

 さらに桃色の仙人サマはスンスンと鼻を啜り始める。まるで警察犬が犯人の臭いを辿っているかのように。念入りに、じっくりと、決して言い逃れできない証拠をかき集める。

 赤みがかった瞳がこちらを捉え、静かな口調で語りかける。

 

「ねぇ、綿間部」

「な、何や」

「どうして貴方の体から女性の香水の匂いがするんですか?」

 

 チョコレートみたいな甘ったるい声が鼓膜をくすぐった。

 中華衣装の仙人サマが可愛らしく小首を傾げてオレを見つめる。見る者を一目惚れさせかねない微笑み。しかし、その奥にある瞳は微塵も笑ってない。それどころか虚無に堕ちていた。怖。

「フフフ。賭け事や豪遊に飽き足らず、ついには女遊びですか。ほんとうに、どうしてくれましょうか」

「いやちょっと待てオメーまた何か誤解してんだろ!?」

 身の危険を感じて咄嗟に逃げる体勢に入る。しかし、そうはさせまいと華扇が両膝を開いてオレの太腿に乗せた。ついでに左右の肩にも手を重ねて、前のめりになって真っ向から動きを封じられる。

 

 

「逃がしません! 今日という今日は絶対に許しませんから!」

「ちょバカお前ッ、何する気だ!? ナニする気だコラァ!?」

「男の人っていつもそうですね……!」

「だーもう話聞けって! つーかどっかで聞いたセリフだなオイ!?」

 

 負けじと華扇が密着してくるせいで、ますます互いの身体が触れ合う。

 まさに体を張ってでも止めようと躍起になっている桃色の仙人サマ。当然、オレもやられっ放しにはならず抗う。わずかに体勢がブレて華扇がオレの太腿の上に座ったポーズになる。

 緑色ミニスカから晒された素肌の柔らかさが、ズボン越しに伝わってくる。華扇の体から女性らしい匂いが漂う。そのうえ豊かな二つの膨らみが当たる。体を動かすほどに泥沼の深みにハマっていく。

「んっ、んんっ……この、無駄な足搔きを――んぁッ!」

「ちょバカおま、声抑えろって」

「だ、だって……やっ、ぁん!」

 敏感な部分を擦れたのか、華扇の口から艶っぽい嬌声が上がった。熱っぽく湿った吐息が耳元で囁かれる。オレまで顔面が火照り始める。脳ミソがクラッとした。醒めたハズの酔いが回ってきたのだろうか。

 ヤバイ。もはや自分たちでさえ何がどーなってんのか――

 

「やー、お待たせお待たせ。ガッポリ稼いできた……わ……」

 

 圧倒的な間の悪さ。

 突然のタイミングで戻ってきた依神女苑が、客間に入ってコンマ一秒で固まった。満面の笑みのまま石像と化した。つられてオレたちも硬直する。

 傍からは男女二人が個室で絡み合っている真っ最中。そんな行為をまざまざと見せつけられたバブルでアゲアゲ女は次の瞬間、

 

「ほげぇえええええ」

 

 吐いた。リバースした。

 吐瀉物こそ撒き散らしちゃいないが潰れた声を出して倒れちまった。猫かぶりなぶりっ子キャラを完膚なきまで崩壊させて。予想外のリアクションにこっちも困惑してしまう。

「あ……が……」

 どうにも男に貢がせる悪女と思いきや、そのクセして成人向けの生々しさに耐性がなかったらしい。意識を失って引っ繰り返って、とても人様にはお見せできない痴態を晒している。

 

「ごめんなさいぃ、道に迷っちゃいました……あ」

 

 さらに不運が重なり、依神紫苑までもが立て続けに戻ってくる。こんな時だけ息ピッタリかよ。

 はじめ青髪の貧乏神は驚いたようにオレと華扇を見やり、それから床で気絶する妹を見下ろす。その後はハッと何事かに気づいた様相で襖の裏に隠れた。そしておずおずと、

「わ、わたしたちのことは気にせず……どうぞ」

「いやどうぞじゃねーよッ!!」

 とんでもなく見当違いな気遣いに条件反射でツッコミが炸裂する。おかげで正気に戻ったって? やかましいわ。

 依神姉妹の面白リアクションが功を為し、ようやく今になって桃色ミディアムヘアの仙人サマも己が織り成す状況を知った。その際どい体勢と、とんでもない誤解を招いていることを。

 赤みがかった瞳を大きく見開き、オレを引き剥がそうと膝の上で暴れる。

 

「は、離れてくださいケダモノ!!」

「バッ!? 誰がケダモノだオメーが自分からオレに跨ってきたんだろうが!」

「んな!? 私のせいだとでも言うのですか!?」

「だーもう、いいから早よ降りろ。いつまで座ってんだッ」

「ふゃっ、ど、どこ触ってるんですかスケベ!」

 

 人のことをケダモノだのスケベだのと喚きながら仙人サマが身を捩る。いよいよ人目もあって羞恥に堪えられなくなった模様。あと依神妹は白目を剥いているが、依神姉は襖の裏からこっそり覗き見していた。って、見てんじゃねーか。

 ついには騒ぎを聞きつけて、別間での演目も終えた九十九姉妹までもがやってきた。ちゃっかり野次馬に加わる。こっちの姉妹はオレたちを見るなり「あらまぁ」と口元を手で隠す。

「いつからここは遊郭になったのかしら」

「んー、どっちかというと旅籠じゃない?」

「いやどっちも違ぇからな!」

「そそそうですっ違いますからぁ!」

 数分後、すっ飛んできた女中に「うちでそういう行為は厳禁です!」と華扇共々しこたま叱られた。支払いに詫び金を上乗せして出禁は免れ、博打で得た金は一銭も残らず消失した。すっからかんだしもう帰ろう。

 

 

「私の説教はまだ終わっていませんよ……?」

「うげ……」

 嗚呼、どうやら今回もダメだったらしい。泣けるぜ。

 

つづく

 




対面〇位って思った人、先生怒ってないからあとで職員室に来なさい。
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