「綿間部。これは何の道具ですか?」
「あー? こいつか」
茨木華扇が興味深そうにオレの手元を覗き込む。
柔らかな桃色に染まるミディアムヘアがテント内のランタンの光を受けて煌めく。ガーネットめいた赤みがかった瞳が揺らめいた。美人な顔立ちと容姿レベルの高さにつくづく感心する。
今宵、オレはアジトに籠ってボストンバックを真っ逆さまに引っ繰り返した。荷物整理と称して中身をブチ撒ける。野宿にも使えるアウトドア道具やら保存食の缶詰やらが続々と転がり出る。おかげで足の踏み場すらなくなった。
マジメな性格の仙人サマも散乱っぷりに「片付けなのか散らかしているのかわかりませんね」と皮肉交じりに呆れる。またコイツちゃっかり入ってきおってからに。家が隣同士の幼馴染じゃねぇんだからよ。
あれやこれやでテント内がごった返す。オレの隣に僅かな余裕が辛うじて残っていた。華扇は迷わずそこに座って、狭さから自然と肩を密着させる。その軽率さはどーなんだ。ホントに無防備なやっちゃな。
「もぉ、もったいぶってないで教えてください」
「別にもったいぶってたワケじゃねーよ」
桃色仙人が拗ねたように頬を膨らませる。細やかなイタズラとして二の腕を突いてきた。くすぐったいからやめーや。
目下に視線を落とす。金属製のダブルの輪を一本の鎖が繋ぐ。どことなく年季も入っており、所々に錆が見受けられる。ひんやりした冷たさと重量感が手のひらに納まる。
夜の繁華街で知り合った老年刑事から譲り受けたんだっけか。防犯ショップで在庫処分の余り物だったか。もはや入手経路さえも忘れちまった。思い出の品と語るには多少物騒だけど。
「見ての通り手錠だ。幻想郷にはこーゆーブツはねぇのか」
「手錠……手枷、拘束具の類ですか。なぜそのようなものを?」
「そら何かと便利だからに決まってらぁ。お尋ね者をとっ捕まえた時に、獲物を抵抗できなくさせられるだろ。あとはアタッシュケースを運ぶ時にもテメェに繋いでおけば引っ手繰りの予防線にもなる」
これまでこなしてきた依頼の数々を思い返す。我ながら『外』の世界ではきな臭い仕事ばかりであった。それこそがオレの生き様なのだ。今も昔も変わらねぇ。なぜならオレは夜に生きる男。ハードボイルドな何でも屋なのだから。
その一方で、包帯が巻かれた右手とは反対側にあるアクセサリーを指差す。
「というか、だ。お前だって似たようなブツ付けとるやんけ」
「これは腕輪です。手枷と一緒にしないでください」
「へーへー、そらすまんこって」
左の手首にブレスレット(ガントレット?)が鈍く光る。模様すらない無骨なリングが目に留まる。飾り気のない鎖がジャラリと垂れ下がった。
紅い中華衣装や緑のミニスカと見比べれば、ぶっちゃけ地味なデザインと言えなくもない。ところが、シンプルな装飾品も華扇が身に付けると不思議と似合う。容姿の良さが為せる技ってか。
「そーいや、伊吹萃香と星熊勇儀もそれと同じモンしとったな」
「はひゃ!?」
ふと思い至ったことを呟いたら、面白い声がすぐ横から聞こえてきた。
桃色の仙人サマがやたら狼狽えたツラで腕輪を右手で覆い隠す。冷や汗も流して。見るからにワケあり臭い。挙動不審にも程がある。
「動揺するほどじゃねぇだろうに。それとも人には言えない秘密でもあんのか?」
「あう、それはその……」
「ン、待てよ? ひょっとしてお前――」
「そそ、そんなこと今はどうでもいいではありませんか!」
「お、おお」
言いかけた言葉を寸前のところで強引に遮られる。有無を言わさぬ気迫にたじろいで口を噤んだ。あまりにも必死の形相でちょぃと引いた。
あの鬼連中とファッションセンスが被ったのがそんなに嫌なんかい。仲が良いのか悪いのかイマイチわからん。ドロドロした関係ではなさそうだが。アイツらどっちかというと拳で語り合う昭和ヤンキーに近い性格だろうよ。
照れ隠し?でオレから拾い上げた手錠を弄る姿に嘆息する。しゃーねぇ、あえて何も言うまい。
「ま、確かにどーでもいいけどよ。それよか下手に触らんほうがエエぞ。鍵も失くしちまって外せねぇかんな」
「んなっ!? そういうことはもっと早く言ってください! 危ないではありませんか!」
すかさず華扇が怒った口調でオレを睨んできた。さっきまでオロオロしとったクセに変わり身の早いこって。
「そーは言ってもな、最近じゃ遊びにも使われているみてぇだぞ」
「? どういうことですか?」
ちょっと気になったのか、華扇が目を瞬かせる。相変わらず表情が豊かだ。
「アレだ。手錠に繋がれた二人がその状態で丸一日過ごすんだと」
「ふむ? それのどこが面白いのですか。ただ不自由なだけではありませんか」
「っかー、それ言っちまえば身も蓋もねぇわな」
ウケる要素が皆目見当つかないようで、仙人サマが理解すべく熟考に入った。何個もハテナマークを浮かべては怪訝な顔をする。いやクソマジメかよ。
さりとて、この女の凝り固まったアタマでは到底わかるまい。かくいうオレ自身も動画サイトでネタを知っているだけで詳しくねぇけど。所詮にわか知識に過ぎない。
ゆえに迂闊にも口走ってしまった。この後に波乱を巻き起こすトリガーを引いてしまう。愚かにも知る由もなく。
「二人組ってぇのは男女ペアでっつー意味だ。つまり風呂もトイレも同行しなきゃならねぇってこった。その辺が見どころなんじゃねーの」
「ひぁ!? なななっ、なんですかその不健全な行いは!?」
フッとニヒルにカッコつけるオレに対して、華扇は初心染みた声音を出した。
清々しいほど期待通りのリアクション。どうやら具体的なシチュエーションを思い浮かべてしまった模様。危うく手錠を取りこぼしそうになっておった。
端正な顔立ちから湯気が出て、目もグルグルと渦巻いている。体温も急上昇。あまりの鮮明な脳内イメージにのぼせてしまったみたいだ。どんな妄想したのやら……
「この変態! どっどうして私が綿間部と一緒に厠に行かなければならないのですか! 絶対に嫌です!」
「は? いや別にオレたちでやるなんざ――」
「こんなもの一人でやってくださいッ!」
ガチャンッ!!
「………ンン?」
はて、今メッチャ嫌な音がしなかったか。
恐る恐る見下ろす。ご丁寧にもオレの両手首に金属製の手枷がガッチリとハメられておった。ってオイィ!?
「ちょバカおまっ、何つーことしてくれたんだァ!?」
よもやテメェの手に輪っぱが掛けられる日が来ようとは思わず。驚きを通り越して愕然とする。こちとら元いた世界でも逮捕歴なんざねぇわ。
「ぐぬぬ……ッ!」
力任せに引っ張ってみたものの、チェーンがガチャガチャいうだけでビクともしない。さすが本格仕様。いやいや褒めとる場合じゃねぇ。コレはアカンやつや。
誰もがビックリの惨状に仙人サマも「しまった」と顔を歪めた。やっとモザイクな妄想ワールドから帰ってきやがったか。どんな展開をイメージしたのか問い詰めてやりたいところだが止めておこう。なぜか逆にオレまでダメージを負いそうな気がしてならない。
赤らめていた顔色を今度は青ざめさせて、桃色ミディアムヘアの女が手錠の鎖を握った。
「えぇっと、ひとまず鎖を引き千切って壊しましょうか?
「初っ端から脳筋過ぎんだろうが。両手はフリーになるのと引き換えに輪っぱが一生残っちまうわ」
いきなり最終手段を実行しようとするやや暴走気味の仙人サマを押し留めた。下手すりゃこの女の馬鹿力に耐え切れずフレームが歪んで一切外れなくなる。もしそうなったらガチでオシマイだ。
「でも、肝心の鍵がないのでは……」
「落ち着けって早まるな。鍵がなくても壊さなくても外すことができんだよ」
「そうなのですか?」
「ああ」
実は手錠の構造は意外と単純だと聞いたことがある。それこそ針金でもあればカンタンに解除できると。鍵穴の奥に何か差し込んで、ピッキング感覚で施錠をどうにか解除できればイケる。
ざっくばらんに説明してやると、華扇も安堵したように頬を緩ませた。
それでも喜んでばかりもいられねぇ。丁度良く荷物整理中で全部の持ち物を調べたワケだが、上手く使えそうな道具は見当たらなかった。もう夜中だし、人里には金物屋もあるが閉まっているだろう。
「ふーむ」
腕組みはできないため、拘束された姿勢で思考を巡らせる。
このまま大人しく両手を塞がれながら一晩明かすのもキツい。オレにとっちゃこれからが本格的な活動時間なのだ。まだ深夜というほど夜更けでもない。だとすれば起きている連中も多かろう。
ならば結論は一つ。悩むまでもない。
「知り合いに借りるのが手っ取り早い。つーかそれしかねぇわな。しゃーねぇ、みんな寝静まっちまう前にちょっくら行ってくるか」
「でしたら私もご一緒します。何かと不便でしょう。もし道で転びでもしたら受け身も取れずに怪我をしてしまいますもの」
今こそ名誉挽回のチャンスと心得たらしい。桃色の仙人サマが「任せてください!」と胸を叩いた。かつてないほどの気合を入れておった。
善は急ぐのだと言わんばかりに、オレの腕に両手を回して立ち上がらせる。
「いや自分で立てるわ」
「いいからいいから」
華扇が笑顔でオレの腕に抱き着く。何か嬉しそうだなオイ。
ボリューム満点な双丘が惜しみなく押し当てられ、マシュマロみたいな柔らかい感触を味わえる。やっぱりデカい。って、何意識してんだオレは。
ヤル気を漲らせた華扇は、ついぞオレの心境なんぞ気付く素振りもなし。ぐいぐいと腕を引いてテントの外に連れ出す。外出後もエスコートの気分でますます体を寄せる。
「こうなったのは私にも非があります。この責任、ちゃんと体で支払ってみせますから」
「………だーもう」
これもう確信犯だろ。もはや無自覚ってぇレベルじゃねーぞ。
溜息が零れて夜風に溶けていく。とにかく手早く済ませるしかあるまい。あらぬ誤解が人里を駆け巡る前に。そう心に誓った。
「く、黒岩。お前とうとう……」
「オイコラとうとうってぇどーゆー意味だ」
「ま、待ってください。違いますから」
人里の守護者にして寺子屋の教師が、愛想笑いすら消失したドン引きの様相で後退った。失望と諦観が混ざった眼差しがこちらの精神を容赦なく抉る。華扇が間に割って入ってなければどうなっていたことか。
って、よく見たらオメーもちょっと笑ってんじゃねーか。上擦った声だったのは吹き出すの我慢してただけかよ。チクショウ、なにわろてんねん。
「これはその、不慮の事故といいますか。とにかく彼が悪事を働いて御用となったわけではありませんので」
「あ、あぁ……そうでしたか。すまない、私としたことが邪推してしまった。しかし手を拘束される不慮の事故とは一体?」
「あんま深く考えねぇ方がイイぜ。つーか考えないでくれ」
余計なコトにならないよう牽制しながらも、どうにかこうにか女教師の思い違いを正すことに成功した。出くわしたのが話がわかる相手で助かった。
のっけからこれじゃ先が思いやられる。はたしてこんな調子で大丈夫であろうか。
「何はともあれ事情を聞いても良いだろうか?」
「おー。実はな……」
手短に経緯を伝えておく。手錠がオレの持ち物であり、針金かそれに近しいブツがあれば外せることも含めて。もっとも、トチ狂った華扇がオレに輪っぱをかけた犯人だと聞かされたときは、向こうさんも返す言葉に困っていた。すまんな。
あと華扇からも「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」と不服そうに頬を膨らまれた。どさくさに紛れて恥ずかしい失敗をバラされたのが減点なご様子。腹いせに両腕の力を強めてきた。大きな胸がむにゅりと押し潰れる。だからお前そーゆーとこやぞ。
一縷の望みをかけて人里の守護者サマに救いの手を求める。
「つーこって、何か使えそうなやつ持ってないか?」
「重ねてすまない。生憎とそれらしき持ち合わせはないんだ」
「だろうな」
ダメもとで聞いただけで落ち込むほどでもなし。大体、常日頃から針金なんぞ持ち歩いているヤツとか、どー考えてもピッキング予備軍を疑われても文句は言えねぇ。
あまつさえ何一つ責任がないハズなのに、上白沢女史が己の至らなさに眉を下げる。
「大変な目に遭っているのに、役に立てずに申し訳ない」
「フッ、気にすんなよ。オレを誰だと思ってやがる」
「手枷を付けたままカッコつけないでください。馬鹿者」
仙人サマの的確なツッコミが入る。それを言ったら戦争だろうがよ。
オレと華扇のやり取りを聞いて気が軽くなったのか、女教師は微笑を浮かべた。さらにこんな申し出も。
「すぐ家に戻って探してこよう。見つかったら届ける」
「おぉ、ありがてぇ」
「何から何までありがとうございます。慧音さん」
「いやなに、これも人助けだ。できる限り力になろう」
さすが人徳に溢れた教職は格が違う。寺子屋のガキんちょどもの初恋の相手はこの女かもしれない。
そうは言ってもお言葉に甘えて暢気に待つワケにもいかない。こっちも引き続き他所をあたってみるべきだ。少しでも早く解除できるに越したことはあるまい。
そして、人里の守護者サマは去り際にこんな餞別まで寄越してくれた。
「そのままでは見た目も悪影響だろう。よかったらこれで隠しておくといい」
そう言って、上白沢女史は懐から取り出した手拭いをオレの手首にそっと被せた。
布切れで手錠が覆われる、これで人目に付く心配もなくなった。上白沢女史と目が合うと穏やかな表情で小さく頷かれた。彼女の気遣いと信頼を肌で感じる。
「さ、行きましょう。綿間部」
「あぁ……」
申し訳なさに背中を丸めながら、オレは仙人サマに連行されていく。その後ろ姿を、寺子屋の教師は目を細めて見送った。
パトカーの赤灯とサイレンが遠退いていく。いつの日か、男が大手を振ってシャバに戻れる日を信じて。
「だから逮捕されたワケじゃねぇっっーの」
サスペンス劇場のクライマックスみたいになっちまったじゃねーか。
とりあえず手拭いは返しておいた。
つづく
ヒロインと手錠で繋がっちゃうラブコメ回避
これじゃ淫ピと言えどお色気ハプニング起きませんわ
こんなネタで後編に続いちゃうのか(呆然)