東方扇仙詩   作:サイドカー

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更新遅くなってすまねぇ、すまねぇ

主人公だけ手錠してたんじゃエチチなイベントなんて起きるわけ……


第七十七話 「人は見た目で判断されがち」

 

「うそ……そんな、クロくん!? ううん、大丈夫。例えクロくんがどんな嗜好してても私、ちゃんと受け入れてみせるから!」

 ガラリと引き戸を引いた直後、鯢呑亭に入るなり熱烈な歓迎されて言葉が出てこなかった。

 鯨帽子がトレードマークの看板娘がオレの変わり果てた姿に悲しみ、すぐさま立ち直って眩い瞳に揺るぎない決意を篭らす。ぎゅっと握った両手を胸元に持ってくる女子らしい気合ポーズと合わさって、カワイイ系の顔を真剣そうに引き締める。

 こっちがツッコミを入れる前に自己完結された件について。のっけからコレかよ。泣けるぜ。

 オレの仏頂面と華扇の乾き切った愛想笑いから、どうにも思っていたのと違うと悟ったらしい。奥野田美宵は覚悟ガン決まりのツラからいつもの愛嬌ある表情に戻って、パチクリと瞬きする。

「え、違うの?」

「ったりめーだ。どーゆー風に見えてんだ」

「なぁんだ。てっきり女の子に両手を縛られて外を連れ回されることに悦びを見出したのかと思ったから。ビックリしちゃった」

「どんだけ空恐ろしいコト考えてんだ!? オレの方がビックリだわ!」

 手錠キャラすら生温かった。そこまでいったらただの変態でしかねぇ。あわや歪んだ性癖の持ち主にされるところだった。あまりの仕打ちに肝を冷やす。

 上白沢女史といい奥野田といい、コイツらはオレを何だと思ってやがんだ。

 

「こうなった原因はオレじゃねぇ。コイツの仕業だ」

「仙人さんの趣味!?」

「ち、違いますッ!!」

 

 薔薇が咲く紅い中華衣装をぶっきらぼうに指差す。そしたら被害が拡大してしまった。

 もともとパッチリした緑の瞳をさらに見開いて、看板娘が付き添いを二度見した。あっという間にソプラノ声が店中を駆け巡り、何事かと店内全ての視線が仙人サマのもとへ注がれる。ざわざわと不穏な空気が流れた。

 案の定、とばっちりを受けた華扇が羞恥と怒りに顔を赤くして否定の声を張り上げる。これまで築き上げたマジメな仙人サマのイメージを壊されかねないし、ヘンな注目のされ方して恥ずかしかったに違いない。

 邪な濡れ衣を着せられたのを根に持った恨みがましいジト目でオレを一瞥しつつ、桃色ミディアムヘアに白いシニョンの女がどうにか口調を落ち着かせる。

「まぁ、何と言いますか……色々とありまして。ご覧の通り、鍵を失った枷が彼の手首に嵌って外れなくなってしまったのです」

「そーゆーこった。鍵穴に針金でもブッ刺せればどうにか解除できるんだが、置いてねぇか?」

「あ、そういうことだったんだ。勘違いしちゃってごめんね。でも、お料理で針金なんてそうそう使うことないから……おじさん、ないよね?」

 奥野田がカウンターの向こう側に投げかける。手際よく魚を捌いていた白髪ハゲのオヤッサンが手を休め、無言で首を横に振って肩をすくめた。寡黙なこって。奥野田がいなかったら店が回らなくなるんじゃなかろうか。

 やむを得ず外ハネ系ピンクショートの看板娘もキッチンに回り、それとなく使えそうなものがないか調べていった。そのうち一つを手に取ってパタパタと駆け寄ってくる。

 

「お待たせ。刺身包丁でもいいかな?」

「イイワケねーだろ」

 

 一輪挿しの花茎を両手で持つかのような儚さに、研がれた刃物の先端がギラリと反射する。看板娘の容姿とのギャップが凄まじい。何つーか怖ぇよ。

 物怖じしない仙人サマですら困惑していた。引きつった表情を浮かべてかろうじてフォローする。

「そ、そうですね。その大きさでは鍵穴にも入らないかと。竹串や爪楊枝はどうでしょう?」

「仙人さんナイスアイディア!」

「最初からそっち持って来いよ……」

 よもや鯢呑亭の看板娘に包丁の切っ先を突き付けられる日がこようとは思わなんだ。華扇と奥野田に挟まれながら冷や汗をかく。オイコラ誰だ今修羅場つったの。

 あれから爪楊枝も試してみたものの、残念なことにこっちも上手くいかなかった。おのれ小癪な。

 苦虫を嚙み潰したようなツラで手首のブツを見下ろす。左右から仙人サマと看板娘が顔を見合わせて苦笑する。

「お店が終わったら住居も探ってみるね。よかったら飲みながら待ってる? 今日の一押しはなめこおろしなの」

「ふむ。当てずっぽうにいくよりも、ここは機を伺うのが得策でしょうか。綿間部どうします?」

 ちゃっかり宣伝と客引きをこなす抜け目ない鯨帽子の娘に乗せられて、紅い中華衣装の女もしたり顔になって頷く。それっぽいこと抜かしとるが、まさか食い物に釣られただけじゃねぇよな。

 おもむろに意見を求められたオレは、これ見よがしに手錠の鎖をジャラジャラ鳴らしてやった。

「この手でどーやって飲み食いしろってぇんだ」

 赤みがかった瞳と緑の瞳が揃って鉄製の輪っぱに目線を下げる。利き手どころか両手とも不自由なのにメシなんざ食えるか。

 ところが、なぜか奥野田が「大丈夫!」と自信たっぷりに胸を張った。こっちもデカい。って、こんな時にオレは何考えてんだ。

「仙人さんに食べさせてもらえば平気。この前だって、ケガしてた時もそうしてもらってたでしょ? 私とミスティアさんも手伝ったもん」

「ええ、私もそれで構いませんよ」

「オレが構うわ!」

 何が悲しくて両手を塞がれたまま女に手ずから餌付けされねばならんのだ。

 想像してほしい。行きつけの居酒屋のカウンター席で、ガッチリと手錠された黒ずくめの男に桃色ミディアムヘアの仙人サマがニコニコな笑顔で「はい、あーん」と食べさせている場面。

 おわかりいただけただろうか。控えめに言ってドン引きだろうが。

 

 

「別に恥ずかしがらなくてもいいと思いますけど。私なら気にしないのに」

「だからオレが気にすんだよ。んな情けねぇザマ晒すなんざ男の恥だ。名残惜しそうにしてっけど、オメーが腹減ってるだけじゃねぇのか? そんなになめこおろし食いたかったのかよ」

「ば、馬鹿者! そんなわけないでしょうッ!? 本当に失礼な人ですね、まったくもぉ……」

 風船みたく頬っぺたを膨らませて華扇がオレを睨み上げる。

 あどけなくもあざとい。コレで長年修業を積んだ格の高い仙人なのか疑っちまう。そのうえ容姿レベルが高いのもあってどんな表情も絵になる。ま、コイツ自身はいつも通り無自覚なんだろうけど。

 鯢呑亭から遠ざかっていき、次の行き先を考えながらボヤく。

「上白沢女史と奥野田の方はひとまず待つとして、残るは赤蛮奇のいる酒場か稗田邸ぐらいか? せめてヘカーティアが通りがかってくれりゃ幾分マシになんだが……」

「むっ、どうしてそこで彼女の名前が出てくるのですか」

 オレが地獄の女神を名指しした途端に、華扇が不機嫌そうに半目になって唇を尖らせる。ホントに感情豊かなやっちゃな。どーして怒ってんのか知らんけどよ。

「そらアレだろうよ。こう、女神の力で何とかしてもらおうとな」

 あわよくば女神サマの不思議なパワーでサクッと片付いたりしないもんかと思った。ただ、現実はそこまでご都合主義にはいかねぇようで。あと、さり気なく華扇がほっとした顔をしていた。何でや。

 そう、女神はいねぇが仙人はいた。もっとも、仙人サマのパワー(物理)ならチェーンを引き千切るのは造作もないそうだ。脳筋かよ。

「なぁオイ、解呪の仙術とかねぇのか?」

「なくもないですけど、今必要なのは解呪ではなく開錠ではありませんか。それは呪われた道具ではないのでしょう?」

「そらそーだが」

 サラッと言いやがったが解呪の技はマジであんのな。もしやいつぞやの腹パンのことではあるまい。思い出すだけで鳩尾が痛みそう。

 ひゅう、と夜風がオレたちの間を通り抜けた。あわせて下腹部に違和感が生じる。人体ひいては生き物である以上は避けられぬ生理現象。即ち、尿意。

 焦りはしない。もし後ろ手に拘束されていたらマズかったが、幸いにも両手とも前側にある。これならチャックも下ろせるし用も足せる。そうだ、何も問題はない。

 

「華扇、ちょっとイイか」

「はい? どうかしたのですか?」

「いや、ションベンしてぇんだけどよ」

「え、え? えぇええ!?」

 

 何故にそこまで驚くのか。夜を生きるハードボイルドな何でも屋はトイレ行かないとでも思ったんか。昔のアイドルじゃあるめぇしよ。

 オレが呆れる傍らで、ミニスカ中華衣装の仙人サマは落雷を受けたかの如き険しい様相を浮かべる。さながら危惧していたことがついに訪れてしまったといわんばかりに硬直していやがった。

「……わかりました。こっちです」

「案内せんでもいいって。便所の場所ぐらい知っとるから」

 真顔になった仙人サマに再び腕を掴まれて、ズルズルと引っ張られていく。聞けよ。

 人里にも公衆トイレ――幻想郷の世界観でいうならば厠がある。いくら時代劇チックな文明だとしても、どいつもこいつもワン公みたく所構わず立ちションしたりはしねぇのだ。そいつはテント暮らしのオレにとっても必須のスポットだった。

 つまるところ、オレが戻ってくるまで華扇はその辺で待ってくれればそれでイイんだが。どーゆーワケか何処かへ連れて行こうとしている。それもオレが知る目的地とは正反対の方向に。

「オイ――」

「いいから黙ってついてきなさい」

「お、おぉ……」

 有無を言わさぬマジトーンに語尾が弱弱しく消沈していった。急にシリアスになるのやめーや。

 何となく女の尻に敷かれているような気がして情けなくなってきた。チクショウ、こんなんオレのキャラじゃねーだろ。

 くだらない茶番を繰り広げている間にも桃色ミディアムヘアに白いシニョンの女に半ば強引に連行されて――

 

 そして、気付けばオレたちは人里の外にまで出たのであった。

「いやいやいや、どこまで行く気やねん」

「しっ、静かに」

 唇に人差し指を立てて窘められる。いやお前、静かにじゃねーよ。

 幻想郷が織り成す豊かな自然を見渡せる。曲がりくねったあぜ道が遠く何処までも続く。路傍に沿って自生した木々が生い茂り、フクロウの鳴き声が星の少ない夜空に溶ける。

 言わずもがな、便所はおろか掘っ立て小屋の一つも見当たらない。どーすんだコレ。

「こっちです」

 呆気にとられる暇もなく、華扇がまたしてもオレの腕を引く。しかもキョロキョロと周囲に満遍なく視線を配っていた。

 

「……ここなら大丈夫そうね」

 ほどなくして、足を止めて独り言のように呟く。

 齢数百年を迎えようかというほどの大きな樹木の裏側であった。一人ぐらいなら難なく隠せてしまう図太い幹を誇る巨木が、夜空を目掛けて天高く聳える。今宵は月明りも乏しいため、どこか畏怖めいた雰囲気が漂った。

 わざわざこんな場所まで足を運ぶ必要はなかった。はたして一体何を用心していたのやら。賢い仙人サマの考えることがイマイチわからん。

 ま、何だってエエわ。とにかくやることさえ済ませれば。ムダに歩かされたせいで結構危うかったりする。

 

「じゃあオメーはしばらくあっちに――」

「では失礼します……ッ!」

「ハ?」

 

 オレの言葉を遮って、華扇が固い口調でそんなことを口走った。間髪入れず真正面に膝立ちになる。女の目線というか頭の高さがちょうどベルトの位置と同じぐらいに届いた。

 そしてあろうことか、桃色ミディアムヘアの仙人サマはオレのズボンへとその手を伸ばす。

 

「ちょぉおおおお!? バッ、バカおまっ、何やってんだァ!?」

「で、ですから! 私が下のお世話をしてあげると言ってるんですッ! 私だって恥ずかしいのに言わせないでください!」

「いらんわ! そんぐらいテメェでするって!」

「いいえ、こればかりは絶対に引きません! そもそもこうなった原因は私なのですから、しっかり責任は果たさなければ気が済まない! 仙人としても!」

「それもう仙人とか関係ねぇだろ!?」

 

 どうにか押し退けようとするものの、その抵抗がむしろ仇となり、ますます華扇が意固地になって腰にしがみ付こうとする。あまつさえ手どころか顔や口元が股間のすぐそこまで差し迫った。

 吐息が当たりそうな距離に、背筋を逆撫でするような感覚に襲われて身震いする。

「ぐぅお……!?」

 ア、アカン! さっき下手にツッコミしたせいで膀胱にヘンな力が入っちまった。わりと冗談抜きで限界が近い。

 

「いいからそこどけって! このままじゃ(小便が)顔にかかっちまうぞ!?」

「そ、それも全て覚悟の上ですッ!!」

 

 どーゆー覚悟の決め方してんだコイツは!?

 オレの意味不明な脅しにも華扇は屈しない。意地かプライドかはたまた別の欲求が彼女を突き動かすのか。

 今やすっかり茹蛸みてぇに顔が赤らんでいるクセして、けれども決して引くまいと茨木華扇が粘る。もはや手段と目的が入れ替わっていることにも気付いていない。

 とうとう業を煮やして仙人サマが力づくでオレの手を払い除ける。その一瞬を暴走気味とはいえコイツが見逃すハズもなかった。

「ちょま……ッ!?」

「ふー、ふー……いきますっ!」

 興奮のあまり息遣いも熱くなって、包帯の巻かれた細い指先が、高まる緊張で震えながらもズボンのチャックを摘まもうと――

 

「何してるわけ?」

 

 冷ややかな声が浴びせられた。瞬く間に世界が凍り付く。

 赤い短髪に青リボンのろくろ首が、野菜屑やら魚の骨が載った籠を片手に突っ立っていた。そういや生ゴミ捨て場がこの近くだったっけか。などと他人事のように場違いな思考が過る。

 その一方で、現実は非常であった。数秒前までの威勢はみるみるうちに消え失せて、オレたちの顔色が青ざめていく。

「もう一度聞くけど、何してんのよ」

 赤蛮奇が同じ質問を重ねる。ただし、そのポーカーフェイスは目の前の全容を余すことなく捉えておった。

 

 夜更けにこっそり人里を抜け出した、男女二人。

 人目を忍んで木陰に身を潜めて、誰の目にも憚れることなく二人きりの秘め事にしけ込む。

 片や男はただ棒立ちになり自分では何もせず、片や女は跪いて自らの手や口を使って相手に尽くす。それは一方的な奉仕に他ならず。されど、背徳に浸り夢中になっていくうちに女も肢体を火照らせて――

 

「最っ低。マニアックすぎて引くんだけど」

 赤蛮奇の蔑んだ目がオレだけに突き刺さった。どう見てもオレが華扇にイロイロと強要したことになってやがる。これまでで最も酷い勘違いだ。

 マズイ。この流れでいくとドグサレクソ外道の烙印を押されちまう。何とかしなくては。下手すると人里を追放されかねない事案になる。

「違ぇよ! よく見ろ。コレ、コレがあんだろ!」

 ろくろ首の見当違いな妄想を打ち破るべく、オレは唯一の物的証拠たる手錠がハマった両手を掲げてみせた。

 

 赤蛮奇の目が汚物を見下すものにランクアップした。

 

「汚らわしい……」

 生ゴミを捨てにきた女に汚らわしいと罵声を吐き捨てられた。どうやら自縛手錠プレイの趣味まで上乗せされた模様。誤解が誤解を及ぼす大惨事。これは酷い。

「ま、待ってください!」

 そこでようやく、未だに熱が引かない赤みを帯びた頬で華扇が割って入る。いかに自分がギリギリアウトなことをしていたか、やっと気付いたらしい。かなり手遅れだけど。

 胡乱な眼差しを差し向ける赤髪のろくろ首に、桃色ミディアムヘアの仙人サマは必死になって弁明をする。

「これはその、決していかがわしい行為をしていたわけではなくてですね? とと、とにかく違うんです!」

「まるで説得力がないんだけど」

「はうっ!?」

 が、赤蛮奇にバッサリと論破された。あの説教好きが言い負かされるとは、まだ本調子ではなかったらしい。それ以前に赤蛮奇のセリフが正論過ぎてぐうの音も出ない。

 つーか、こっちだってそれどころじゃねぇ。いよいよ漏れる瀬戸際まで来ちまったオレは切実な叫びを上げるしかなかった。

「どーでもいいけどお前らどっか行けよぉぉおお!」

 トイレは間に合った。

 問題の手錠も、偶然にも人里に来ていた博麗の巫女が針を持っていたおかげで無事に解除できた。

 

 

 後日談。

「将也君、今度は私と手錠で繋がってみる?」

「勘弁してくれ……」

 どこからか噂を聞いた女神サマに笑えない冗談でからかわれ、オレは二度とあの手錠を出さないと固く誓った。

 

つづく

 




どうしてエロハプニングが起きてるんですか?(電話猫)
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