頭狂(とうきょう)・アキバ帝国

この街では常に、10人のアイドルが、血で血を洗う戦い…人気争いをしている。ということになっている。

でも事実は違う。正しくは個人の争いでなく、派閥争いである。

現在は、各派閥に4人ずつおり、残りの2人は中立を保っている。

そして今日。

1人の女性…に見える少年が、他の女性4人と向き合っていた。

彼の名前は『八咫烏鋼太郎』

彼も派閥に入ってるのだが…彼の憧れてる1つ先輩の『鬼蝮ユリア』に入れられた感じだ。

元々、彼はみんなと仲良くなりたかった…のだが、ユリアの命令には逆らえなかったのだ。

先に名前を紹介しよう。

彼と同じ派閥に所属してるのが、まずユリア。そして彼と同い年の『葉和とれび』、彼の1つ下の『観音寺にこる』である。

そして今、彼の目の前にいるのがもう片方の派閥の皆さんである。

要するに、今の現状を一言で言うと…。



『外を歩いてたらメッチャ捕まっていました』



というものだ。



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この小説は二次創作です。

そして自分のブログからの転載です。

「ほぼ全キャラがキャラ崩壊」

「結構強い設定無視」

「暴力描写」

が含まれます。

また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

あとGUMINのキャラしか出ないです。

全て合わせて約53,000字あるので、時間がある時にのんびり読んでください。

あ、あらすじはちゃんと読んでね?

それでは、どうぞごゆっくり…。








スケッチブックと手作りケーキ

 

 

 

 

 

 

「んで、ぶつかっといて謝罪も無し?」

 

・・・大事なことを言い忘れていた。

 

実は、彼にはちょっと知的コンプレックスがあり、まともな言葉を話せない。

 

頭で考えるだけなら大丈夫なのだが。

 

「ほらほら~。先輩に怒られたら何て言うのかなぁ?ん~?」

 

ここで言うべき言葉は…『ごめんなさい』だ。彼もそれは分かっている。

 

謝罪するために息を吸う。

 

 

 

スーッ

 

 

 

「あ゛ーっ♥りゃっ、りゃめえぇええんっ♥」

 

彼の名誉のためにもう一度言う。頭の中では分かっているのだ。

 

「はぁ…キモっ」

 

ボソッと呟かれ、彼はシュンとした。

 

「ちょ、ちょっと愛野さん!」

 

・・・紹介しよう。

 

彼の胸ぐらを掴んで、好きなだけ悪口言ってたのが『愛野ヒカリ』

 

その後ろで、泣きそうな彼を嬉しそうに見つめてるのが『美嶋はるな』

 

あとさっきから、笑顔で彼の足をカカトでグリグリしてるのが『兎音ココ』

 

そして不敵な笑みを作って愛野に近づいているのが『津久井シズノ』

 

「キモいって言っちゃダメですよ!」

 

いつもそうなのだが。

 

この4人は事あるたびに彼を虐める。

 

どうせシズノも3人に加勢するだろう。

 

彼はそう思った。

 

「いくら本当にキモいからって!それを口に出すのはどうかと思いますよ!」

 

・・・予想通りだった。

 

「あ、そっか~。それもそうだね~」

 

そう言い、ヒカリは後ろに引いた。最後に汚物を見るような目を彼に向けて。

 

「ほら、こんなキモいやつほっといて…行こ?」

 

「そうですよ!会話するだけ無駄です」

 

それでも彼は良いと思っていた。あの2人は露骨に自分を…自分の所属する派閥を嫌ってるから。

 

そして3人は振り返って歩き出す。

 

「じゃあね、キモ男」

 

ガッ

 

ココは、彼の脛に蹴りを1発入れた後、その3人に付いて行った。

 

因みに、彼は体を鍛えてるため、脛に一撃蹴り入れられたぐらいなら、ダメージはない。

 

何であれ、ココも彼を嫌っているのは目に見えていた。

 

問題は、後ろにいた人物である。

 

美嶋はいつもそうだ。

 

他の3人が彼を虐めるのを見て嬉しそうにするだけで、何もしない。

 

彼は彼女の事を気にしていた。

 

その一方で、自分が気にする事でないとも思っていた。

 

なぜなら…。

 

 

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 

 

「あ?」

 

噂をすればだ。

 

彼は気付かなかった。

 

知らない間に、自分の仲間が後ろにいた事に。

 

ユリアもとれびもにこるも。

 

「私の仲間に何してたのかしら?」

 

あぁ…見てたのか。彼はそう思った。

 

別にいいのに。僕を庇わなくても。彼はそうとも思った。

 

「寄って集って年下を虐めて。それでも先輩?」

 

珍しい事に、あのとれびが怒っていた。

 

「さいってー」

 

にこるもにこるだ。ユリアの後ろに隠れてはいたが、怒っているのは分かる。

 

「は?急に出て来て何様のつもり?」

 

「そ、それはこっちのセリフだよ!」

 

「私の大事な仲間に何してたのかって聞いてんのよクソビッチ!」

 

上から偉そうに見下ろして来たヒカリに対し、ユリアは暴言を吐いた。

 

仲間思いの彼女は、コイツらをこのまま帰す事を許せなかったのだろう。

 

「ク、クソ…ですって…?良い度胸ね!?」

 

「は?事実を述べただけでしょうが?」

 

ユリアから見ればヒカリは年上なのだが、彼女は全く物怖じしていなかった。

 

お互いに睨み合う2人。

 

ヒカリの仲間らはニヤニヤしている。とれびとにこるも止める気を起こしていない。

 

ただ1人。鋼太郎だけがオロオロしていた。

 

元々争いが苦手なのもあり、何とかしてユリアを止めたいと思っていたのだ。

 

・・・どうしたら良いのだろう。

 

お世辞にも、言葉で止められる気はしなかった。

 

鋼太郎は悩んだ。

 

そして悩んだ末。彼が出した結論は。

 

 

 

「りゃっ、りゃめえぇええんっ♥」

 

 

 

こう叫び、ユリアを突き飛ばす事だった。

 

尻餅をつくユリア。後ろの2人がユリアを助けに行き、肝心の鋼太郎はヒカリの前に躍り出た。

 

「こ、鋼太郎!?」

 

突然の事に動揺を隠せないユリア。

 

「ふ、ふふっ…。そうよね…。そもそもこうなったのは貴方の所為だもんね…」

 

そしてまだ怒りが治らないヒカリ。

 

前に1歩出る。拳は握られていた。

 

それでも鋼太郎は動じなかった。

 

そして…ヒカリはその拳を鋼太郎の腹に…。

 

入れようとしたのだが。

 

「ちょっ、はるな!?」

 

はるながヒカリの腕を掴んだのだ。

 

「ヒカリさん?ちょっとギャラリーが賑わってきましたので、ここは引きましょう」

 

こう言われハッとなったヒカリ。

 

・・・そもそも。

 

1つの場にアイドルが8人も集まっている時点で、ファンが黙っているわけないのだ。

 

暴力シーンは見られてないが、ファンがちょっとずつ集まってきていた。

 

「チッ!命拾いしたわね!」

 

そう言い、4人はその場を去っていった。

 

ユリアも立ち上がり、足についた砂を払ってあっかんべをした後、3人を従えてその場を後に…。

 

「鋼太郎。ちょっと来なさい」

 

鋼太郎は突っ立っていた。

 

そして向こうをじっと見ていた。

 

「鋼太郎!」

 

「はひいぃっ♥!?」

 

ツカツカと歩いて近づき、鋼太郎の肩にポンと手を乗せるユリア。

 

「あのね鋼太郎。1つ言わせてもらうけど」

 

「?」

 

「人の事をキモいとかいうキモい奴の言う事に耳を貸しちゃダメよ?」

 

ユリアはニヤリと笑っていた。

 

「ユリア様の言う通りですの!あんな奴の言う事を聞くだけ無駄ですの!」

 

「うん。私も同意見。鋼ちゃん分かった?」

 

・・・もしかしたら。

 

3人は純粋に自分を慰めたいだけかもしれない。

 

でも鋼太郎は、そうは思えなかった。

 

この3人は、何としても自分を仲間にしておきたいようだ。

 

先ほども言ったが…鋼太郎はみんなと仲良くなりたいと思っている。

 

何故わざわざ『チーム分け』などという面倒くさい事をするのか。

 

彼はさっぱり理解出来なかった。

 

こんな事を続けていたらいつか…。

 

 

 

翌日。

 

鋼太郎にとって恐れていた事態が。

 

「え、ユリア様が!?」

 

ユリアが突然、今日行う予定のライブを中止すると発表したのだ。

 

昨日までユリアは元気だった。なのに突然の中止。しかも理由は『体調不良』である。

 

・・・違和感しかなかった。

 

「まだ決まった訳じゃないけど…多分」

 

「あぁもうあいつらは!!どれだけ私達をコケにしたら気がすむんですの!?」

 

昨日の件もあり、2人はもうあいつらのせいと決めつけていた。

 

鋼太郎は分かっている。にこるは「やると言ったらやる」女だ。

 

もちろん、このまま2人を無視してたら、余計な争いが生まれてしまう。

 

・・・と彼が思っている事に、どうやら2人も気がついたようで。

 

「鋼太郎さん。貴方には辛い事だと分かってますの。でも覚悟を決めないと…」

 

「鋼ちゃん…」

 

2人の説得が飛んできた。

 

それでも鋼太郎は、最後の最後まで平和的解決を望むと決めていた。

 

でも2人は間違ってるとは言えない。

 

そうだ。覚悟を決めなければ。

 

「ほら、行きますわよ2人とも」

 

もう乗り込む気満々だったにこる。

 

だが。鋼太郎はその場から動かなかった。

 

「鋼ちゃん…そっか…分かったよ」

 

にこるは勿論、彼も連れて行こうとした。

 

でもとれびがそれを止めた。

 

鋼太郎はとれびに頭を下げて感謝し、そして2人を黙って見送った。

 

2人なら最後の最後で思い留まってくれる。

 

そう信じての事だった。

 

派閥がどうこうじゃなくて。友達だから。

 

しばらくボーッとした後、彼はステージに向かった。

 

実はユリアは、今日の中止をまだ公にしてなかったのだ。

 

なので鋼太郎はその穴埋めをしに行ったのである。

 

 

 

今日は4人で、ユリアが働いているカフェの新作ケーキの試食会をやる予定だった。

 

鋼太郎はその約束を忘れていなかった。

 

ユリアのライブが中止になったのを知り、残念がる彼女のファンの為に10曲披露した後。

 

警備員に後処理を任せ、慌ててその場を後にし、集合場所に走った。

 

「んあっ!!んあおっ!!イグっ♥イグううぅーー♥イっちゃうのおおぉぉ!」

 

余りにも慌てすぎたからだろう。

 

何時もなら出せないようなスピードで走った為に、息切れと鼓動の速さがとんでもないことになっていた。

 

「ぶひっぶひひっ……ぶっひいぃぃいいいいいぃぃぃぃ~っ♥」

 

過呼吸気味になる鋼太郎。

 

何であれ。約束の時間にはギリギリ間に合った。

 

「はーふーひーひーふー」と深呼吸をし、入口の扉を開けた。

 

・・・この時。鋼太郎はこう考えていた。

 

きっとユリアに「おっそーい!」と野次られるだろうと。

 

だから自分は謝罪の言葉を考えていた。

 

でも中にいたのはユリアじゃなかった。

 

 

 

「おっそーい…って言えば良いのかな?」

 

 

 

ココだった。しかもかなり嬉しそうな。

 

けど鋼太郎は何とも思わなかった。

 

それどころかポジティブな彼は、「仲直りが上手くいったから、個々にココを連れてきたのだろう」とさえ思っていた。

 

・・・現実がそんな甘い訳ないのに。

 

・・・店内が荒らされているのに。

 

「えっ…?」

 

あの鋼太郎が。

 

何時もの奇怪な言葉でない、シンプルな驚きの声を漏らした。

 

椅子はバキバキに折られ、料理はひっくり返され、皿もかなりの数が割れていた。

 

「あ、勘違いしないでね?これやったの私じゃないから~」

 

手をヒラヒラとさせるココ。

 

鋼太郎は呆然と立ち尽くすのみだった。

 

だが1つだけ分かることがある。

 

彼女の後ろの机にひっくり返されている料理。あれは間違いなくケーキだと。

 

ユリアが…今日の為に…作った…。

 

無意識に鋼太郎は、戦闘体勢をとっていた。

 

「あぁ~もう~!だーかーらー!!私じゃないって言ってんでしょうが!!」

 

流石の鋼太郎も限界だった。

 

彼の手には、彼の愛ギターである『グラムニル』が握られていた。

 

「はぁ…まぁこうなるとは思ってたけどね」

 

うさ耳をぴょこぴょこ動かし、ココはその場を去ろうとした。

 

が、建物の入り口に立っている鋼太郎がそれを許すはずはなかった。

 

鋼太郎はグラムニルを、ココに向かって振り下ろした。割と容赦ない力で。

 

それを予測してだろう。ココの手には椅子の破片が握られていた。

 

グラムニルをあっさりと躱し、ココは持っていた椅子の脚(だったもの)を鋼太郎の足の甲に突き立てた。

 

鋼太郎は軽く足をはらったが、当然ながら彼にダメージはほとんどない。

 

だがその一瞬だった。

 

「だからさぁ…いやまぁね、言っても信じてくれないんだろうけど…」

 

軽くジャンプしたココに、胸ぐらを掴まれたのだ。

 

2人の額がくっつくと言わんばかりに、ココは鋼太郎と顔を近づけた。

 

「これをやったのは私じゃないから。犯人が知りたかったら君の大好きなユリア様を探すんだね」

 

そう言ったココは、乱暴に鋼太郎を店内の壁に向かって軽く投げた後、呆然とする鋼太郎を尻目に店を去った。

 

 

 

 

「あぐっ…」

 

「あらあら~?」

 

15時半

 

ちょうど鋼太郎が、ユリアのファンの為に10曲披露していた時だ。

 

その裏、アイドル達は一箇所に集まっていた。

 

とは言っても、やっている事に『アイドルらしさ』は微塵もないが。

 

・・・この街には、街外れに倉庫通りがある。

 

本来は、ライブとかに使う「ペンライト」だったり、そんな商品とかが保管されている場所なのだが。

 

悲しいかな、『倉庫通り』というのは、どこにおいても『陰湿なイジメ』の代名詞のようだ。

 

「あの威勢はどこ行ったのかなぁ?」

 

アイドルらしからぬゲス顔を決めるヒカリ。

 

その横で腹部を押さえて壁にもたれかかるユリア。

 

そして、それを嬉しそうに眺めるはるなと、ヒカリを囃し立てるシズノがいた。

 

「ほらほらぁ!悔しかったらやり返しなさいよ!」

 

「うぐっ…」

 

ユリアは悔しそうだった。

 

もちろん、やり返したいとは思っている。

 

だが、さっき腹に食らった蹴りが、かなり厳しい位置に入ってしまった。

 

「ユリアちゃ~ん!顔だけは守ってあげますからね~!アイドル界の常識ですもんね~!」

 

とにかく。腹部が痛くてしょうがない。

 

今かなり腹が立つ事を言われた気がするが、気にしたら腹部がさらに痛くなる気がする。

 

「まぁ…私も人間だし?『ごめんなさいヒカリ様』とか言ってくれたら許してあげないこともないけど?」

 

どうやら、昨日の件を気にしているらしい。

 

肝心のユリアは。

 

さらに腹部が痛くなったようだ。

 

「だ、誰が…あんたなんかに…」

 

「あ!?」

 

ドゴッ

 

もう1発。今度も綺麗に入った。

 

ユリアは床に座りこんでいた。

 

つまり、上から振り下ろされた足蹴りをモロに腹に食らったことになる。

 

「あ…」

 

慌てて口を押さえる。

 

ギリギリ。ギリギリセーフだった。

 

何か…口から出してはいけない何かが。

 

アイドルが口から出してはいけない何かが…。

 

飛び出しかけた。

 

ギリギリまでやってきた。

 

けど何とか…ギリギリセーフだった。

 

 

 

・・・知らない人の為に一応補足しておく。

 

 

 

「鬼蝮ユリアの胴体を纏う布は、胸と股周りにしかいない」

 

 

 

「あははー!いいねその顔!!」

 

ことごとく良い趣味してるな。ユリアは心からそう思った。

 

普段から他人のことを「愚民」呼ばわりしてる自分でも、こんなことはやらない。

 

ちょっと気になり、ユリアは自分の腹を見た。

 

綺麗な靴の跡がついていた。

 

「クソッ…」

 

ユリアは泣きそうになっていた。

 

けど泣くつもりはない。泣いたらこいつを喜ばせるだけだと分かっていたから。

 

「で?いつになったら謝ってくれるわけ?」

 

ヒカリはユリアの顎に手を這わせ、もう片方の手でユリアの両手を持ち、ユリアの頭上に固定した。

 

恍惚の表情だった。

 

そして暫くの沈黙。

 

「謝んないですねぇ…」

 

「まぁユリアさんが頑固なのはいつものことじゃないですか」

 

動向がどうなるのかをワクワクしながら待っているシズノ。

 

・・・おそらく。

 

これがユリアの決定打だったのだろう。

 

彼女は軽く息を吸い、痛い腹を気遣う事なんてやめて。

 

 

 

ヒカリの足に唾をかけた。

 

 

 

「なっ…何すんのよあんた!!」

 

予想通り怒り狂うヒカリ。慌てて立ち上がったお陰で、ユリアの拘束がとけた。

 

「誰があんたなんかに謝るもんですか!顔洗って出直してこいよクソビッチ!」

 

・・・やっぱり腹部は痛い。

 

それでもユリアは、壁にもたれかかりつつも、ゆっくりと立ち上がった。

 

「おっま…え…」

 

「あ~あ!ヒカリさん本気でキレさせちゃった~!もう私知らな~いっと!!」

 

嬉々とするシズノ。隣のはるなも「あらあらうふふ」といった様子で何も言わない。

 

「だ、誰に向かって口を利い…」

 

「うっさい!あんたみたいな『愚民未満クソビッチ女』の言う事なんて聞いてやるもんですか!」

 

ズキズキと痛む腹部。自分が過呼吸になっているのが分かる。

 

呼吸の音もおかしくなってきた。顔も青ざめてきている気がする。

 

それでもユリアは、相手に負けを認めるつもりはなかった。

 

この時。ユリアは覚悟していた。

 

もう1発くるだろうと。

 

次を食らったら、流石の自分もどうなるかは予想がつかなかった。

 

だが、もう1発は来なかった。

 

「う、うふふ…まぁ良いわ」

 

「・・・は?」

 

ヒカリはそう言うと、黙ってシズノに目配せをして、自分は1歩下がった。

 

「お、見せちゃって良いんですね!?」

 

何が何だか分からないユリアに近づく。

 

「実はですね~!この時の為にちょっと動画撮影をしてきたのですよ~」

 

不敵な笑みを作るシズノ。

 

やはり何が何だか分からないユリア。だがとてつもなく嫌な予感がした。

 

シズノは携帯を取り出し、ユリアを壁際に追い詰めた後、とある動画を彼女に見せた。

 

 

 

午前11時

 

「あの野郎ども!絶対に許しませんわ!!」

 

「ホントだよ!!」

 

カンカンのにこるととれびは、ユリアの捜索と奴らへの復讐を胸に、外を走っていた。

 

とはいえ、2人は体力がある方ではない。

 

色んなところを見て回った所為で、体がヘトヘトに疲れ果てていた。

 

先程のセリフも、ただの空元気と化していた。

 

「はぁ…何とかして八咫烏さんに吉報を…」

 

「そうだね…鋼ちゃんの為にも頑張らないと」

 

結局、ユリアは見つからなかった。

 

疲れた2人は、自分達でも驚くほど無意識に、ある場所に足を運んでいた。

 

ユリアの仕事場のカフェである。

 

だが2人は知っていた。今日は休店日だ。

 

それに、今日はユリアが新作ケーキを出してくれることになっていた。

 

とはいえ、約束の時間には早すぎる。

 

彼女の顔を立てる為にも、なるべく約束時間ギリギリに行こうと言っていたのだが…。

 

今はそんな事言ってる場合じゃなかった。

 

「もしかしたら…ホントに体調不良かもしれませんの」

 

などと希望を持ちつつ、カフェの敷地内に2人は足を踏み入れた。

 

 

 

店内から破壊音が鳴り響いていた。

 

 

 

「っ!?」

 

2人は顔を見合わす事もせず、慌ててカフェの入り口のドアを開いた。

 

そこにあった光景は。

 

破壊されまくった椅子や机と。

 

嬉々として店内の備品の残りを破壊するシズノと。

 

その様子をシズノの携帯で、これまた嬉々として撮影しているココの姿だった。

 

 

 

「え…?」

 

「あぁそれそれ!その表情が見たかったんですよ!いやぁ苦労した甲斐がありました!」

 

露骨にテンションを上げるシズノ。

 

一方で、現実を受け止められずにフリーズするユリア。

 

流石に我慢出来なかった。

 

ユリアの瞳からポロポロと涙が流れ出てしまった。

 

「あははー!いい気味ねユリア!」

 

ここぞとばかりに追い打ちをかけるヒカリ。

 

何とかして立ち上がったというのに、ユリアはまたヘタリと座りこんでしまった。

 

「でも~これだけじゃないんですよ~」

 

そしてシズノは、その動画を消した後でとある写真を画面に映した。

 

「い、嫌っ…!」

 

そこには。

 

 

 

そのカフェの更衣室に軟禁されている、にこるととれびの姿があった。

 

 

 

「さて…どうしますか?」

 

涙をポロポロ流しながら、子供のように泣き噦るユリア。

 

「私達、お金はあるから~。謝ってくれさえすれば弁償ぐらいしてあげるけど?」

 

体がピクッと動いた。泣き声がおさまった。

 

「あの2人は動画撮影を邪魔してきただけですからね~。軟禁をといてあげても~」

 

「う、うぅ…」

 

泣き声がおさまったと思ったら、ユリアは唸り始めた。どうやら情緒不安定になったようだ。

 

「ま、その場合は私達への絶対服従を約束して貰うけどね!あははー!」

 

 

 

 

15時

 

鋼太郎達は外をうろついていた。

 

「もう…本気でキレましたの…」

 

ココが場を去った後、更衣室からの騒音に気がついた鋼太郎は、2人の救出に成功していた。

 

そして言わずもがな。

 

2人とも本気でキレていた。

 

アイドルたる者、ずっと笑顔でいなきゃ!とか前にユリアに言われたような気がするが、そんなことを気にする心情に無かった。

 

今回ばかりは鋼太郎も何も言わなかった。

 

「まぁでもいっか!」

 

けろっとそう言うとれび。というのも。

 

鋼太郎はココを見失ってしまったが、彼女が歩いていった方向を察するに。

 

「ほぼ間違いなく例の倉庫通りですわね」

 

・・・最初から候補の1つだった。

 

だがあそこは、人の出入りが多いのだ。

 

「やられましたわね。まさか今日が緊急メンテナンスの日だなんて」

 

しかし今日は人が居ないらしい。

 

というか、そこの従業員の制服を着て居た人が、鋼太郎のライブ会場にチラホラいたのだ。

 

緊急メンテナンスの存在自体は知っていた。まさか今日とは思っていなかったが。

 

「グッジョブ鋼ちゃん!」

 

などと話しつつ。

 

3人は小走りで目的地に向かっていた。

 

 

 

その一方で。

 

 

 

「はぁ…暇だね…♪」

 

「平和なのは良いことじゃないですか」

 

同時刻。ユリアのカフェからは遠く離れた(とは言っても同じ頭狂だが)カフェにとある人物がいた。

 

こんなイザコザ何ぞ全く知らない、『黒原きずな』と『天野あい』である。

 

とは言え、同じ街で活躍するアイドル仲間。

 

対立構造までは知っていたが、巻き込まれるのはゴメンとしていた。

 

ヒカリらのやっている事を心地よいとは思えないし、ユリアらとも価値観が違うと思っていたのだ。

 

とはいえ。あんな争いを良しとする気もなかった。

 

「折角だし…『みんなハッピー企画♪』の会議でもしない…?」

 

「あ、良いですね」

 

『みんなハッピー企画♪』とは。きずなが提案した「アイドルはみんな仲良しになろう」という企画である。

 

だがさっきも言ったように。きずなとあいは他の8人を苦手としていた。

 

「うーん…まずは私達があの人たちと仲良くなる事だよねー☆」

 

「そうですね…誰から行くべきでしょうか…」

 

 

 

これは悪い夢だ。

 

そうとしか思えない。

 

いや、そうとしか思いたくない。

 

何であれ。

 

目的地は此処であっていた。

 

お互いに顔を見合わせ、鋼太郎ら3人はその事実を確認した。

 

だが、3人は一言も話せなかった。

 

あのにこるでさえ、ユリアを抱擁したり声をかけたりしなかった。

 

「あ、はは…は、恥ずかしい…ところ…見られ…見せちゃったわね…」

 

ユリアは3人が来たことに気づいていた。

 

けど彼女が最初にしたのは謝罪だった。

 

「ゴメン…なんか…もう…本当…ゴメン」

 

ユリアはボロボロ泣いていた。

 

何があっても…例え誰も自分に振り向いてくれなくとも…絶対に泣かなかったユリアがである。

 

「ユ、ユリア様は悪くないですの!」

 

その涙を見てやっと冷静になった。

 

慌ててにこるはユリアに駆け寄った。

 

「とれびさん!絆創膏!」

 

「あ、はい!」

 

こんな事もあろうと、救急用具は幾つか持ってきていた。

 

しかし絆創膏ごときでは、ユリアのアザだらけの体は隠せないし、彼女の死んだ目に光が灯る事もない。

 

唯一彼女が嬉しそうにしたのは、軟禁されていた筈の2人が駆けつけてきた事だ。

 

「鋼太郎…よね?2人を助けたの」

 

「!」

 

ユリアのこのセリフに鋼太郎は頷いた。

 

そして3人は気がついた。

 

彼女はあれを見せられたのだと。結局2人がかりでも消せなかったあの動画を。

 

ユリアが、あのカフェにどれほどの思い入れがあったかは3人もよく知っていた。

 

「その…カフェは…」

 

「いいの。2人が無事だったら。あんなの…金かければ元に戻るんだから…」

 

ユリアにつられて半泣きになるとれび。ユリアはそんな彼女の頭を撫でた。

 

そしてその後は。

 

辛そうに「大丈夫だから…もう大丈夫だから…」を繰り返すばかりだった。

 

仲間想いの彼女は、誰よりも彼女らに心配をかけたくなかったのだろう。

 

だが彼女の想いは伝わらない。

 

それもそうだ。

 

いつもの彼女より明らかに声が細い。そして真っ赤に腫れた瞳に鼻声。

 

もう「痛々しい」の一言だった。

 

結局、その後は怪我の手当てだけ済ませ、にこるととれびがユリアを抱える形で立った。

 

その時だ。鋼太郎がある事に気がついた。

 

「あれ…?鋼ちゃん!どうかしたの?」

 

とれびにそう聞かれ、鋼太郎はユリアの左手を指差した。

 

そこで2人も気がつき、ユリアは「あぁ…」と何かを察したというようだった。

 

「そ、そうですの!」

 

「・・・メガホンかしら?」

 

そう。彼女のチャームポイントにして大事な相棒である、ドクロの形をしたメガホンを持っていなかったのだ。

 

そう言えば、最初からユリアの近くに転がってたりはしなかった。

 

「あはは…あれね~壊されちゃった!」

 

「・・・え?」

 

だが何より驚いたのが。

 

ユリア自身がその話をあっさりと終わらせようとしていたという事だ。

 

「ちょ、ちょっとユリア様!?そんな自暴自棄になっちゃダメですの!」

 

慌ててフォローするにこる。

 

確かにユリアが自棄になっているとはいえ、そんなあっさりと終わらせて良い問題ではない。

 

「良いの良いの!あれもお金で何とか…」

 

「ユリアちゃんしっかりして!」

 

もう心も体もボロボロといった様子だった。

 

「ふふっ…もうとれびちゃんはぁ…。そんなに慌てて…私は平常だよ~いつも通りだよ~」

 

必死に弁解するユリア。

 

・・・お気付きの通り。

 

彼女はいつも通りではない。

 

よほどあの動画が効いているのだろう。もう何処を見ているか分からないレベルになっていた。

 

 

 

「いや~あのユリアさんの顔は傑作でしたね!」

 

「あははー!やっぱあんた最高!」

 

シズノの頭を撫でるヒカリ。そして露骨に嬉しそうにするシズノ。

 

「でもさー!私の立場酷くなーい?」

 

「あ、それはマジごめん」

 

その一方で少し不満そうにしていたのがココだ。

 

何を隠そう、彼女の役割は『鋼太郎の誘導』だったのだ。

 

「ま、あんなダッサイ顔で怒ってくるとは思ってなかったけどね」

 

だがそこまで嫌な仕事では無かったようだ。

 

「ま、民間人に見つかる前にあいつらがちゃんと後処理したでしょ。あースッキリした!」

 

「そうですね。後はこれをどうするか…」

 

そんな感じで笑顔の4人が歩いていると。

 

向こうから別の人影が。

 

遠くからでも、あの特徴的な全身ピンクは見逃すはずが無かった。

 

「あら、黒原さんに天野さん」

 

「こんにちはー☆」

 

きずなだ。隣にはあいもいる。

 

『みんなハッピー企画♪』の実行のため、この4人と接触を図っているのだ。

 

もちろん4人はそんな事を知る由も無いが。

 

「皆さんは何を?」

 

「あー。ちょっと…軽いスポーツかな!」

 

「そうですね!んで我々のチームの勝利だったので…上機嫌で打ち上げに向かう所です!」

 

とにかく4人は上機嫌だった。

 

きずなとあいは軽くガッツポーズをした。

 

不機嫌な奴より上機嫌な奴の方が、自分らの想いを話しやすいからである。

 

しかし…だ。

 

2人は見逃さなかった。

 

というか見逃すはずが無かった。

 

仮にもアイドルであるこの4人が。

 

この時はココ1人だが…。ゴミ袋を持っていた。

 

透明の…もやせないゴミの袋を。

 

その袋の中にあるものを。

 

2人が知らないはずが無かった。

 

だが、2人は賢明だった。

 

その中身に触れてはいけないと思ったのだ。

 

例え…見た事あるドクロマークだったとしても。

 

「宜しければ…お2人も是非…」

 

はるなからの提案だった。

 

きずなとあいの2人は、お互いの顔を見合わせて、考えていることが同じなのを確認し。

 

「ごめんねー私達ちょっと用事があるんだー♪」

 

「誘って頂いたのにゴメンなさい」

 

2人はそそくさとその場を後にした。

 

途中、残念そうな顔をするココと、日光を反射しているドクロマークの金属片が目に入ったが、当然無視をした。

 

 

 

「断られてしまいましたね…」

 

「ま、良いじゃないですか!行きましょう!」

 

こうしてこの4人は、はるなの家に打ち上げ目的で向かうのだった。

 

 

 

「ねぇ…あいちゃん♪」

 

「はい。何でしょう?」

 

きずなとあいの2人は、街外れの人通りが少ない場所に来ていた。

 

2人とも平然を装っているようで、顔には焦燥が浮かんでいる。

 

先程、お互いの考えていることが同じなのは確認した。なのできずなは、本題から入った。

 

「ユリアちゃん家。どこだっけ☆」

 

何であれ。

 

ユリアの身に何か起きたのは間違いない。

 

「分かりません。あの方は自宅の場所を公開してませんから」

 

2人の野望は、全員がまず無事でないと意味がない。1人でも消えてもらうと困る。

 

「あ、そっか…☆」

 

「でもきずなさん。ユリアさんの仕事場なら分かりますよ?」

 

ユリアの無事を確認したい。

 

自分達の為にも、まず最初はこれだ。

 

「おぉそうだね!えっと…カフェだっけ♪」

 

「はい。此処から直ぐです」

 

2人は軽く小走りで、ユリアのカフェに向かうのだった。

 

ユリアの無事を祈りながら。

 

 

 

 

ご存知の通り。

 

そして皆さんの予想通り。

 

2人はユリアのカフェの様子に絶句していた。

 

「ははは…これ…☆」

 

「あの方達がこれの犯人だとすると…ちょっと吐き気がしてきました…」

 

酷い。それしか言葉が出てこない。

 

中に入り、色んなものの破片を拾う。

 

机や椅子はもちろん、調理器具や皿まで容赦なく破壊されていた。

 

ノリノリで破壊していたのが伝わってくる。

 

「あ、これ…このケーキって確か♪」

 

「この店の名物ですね。これがこんなに…」

 

おそらく制作途中だったのだろう。

 

ケーキのスポンジが地面に押し付けられ、生クリームやフルーツをそこらじゅうに散らばっている。

 

「あいちゃん…どうするこれ♪」

 

「・・・ゴミ箱ですかね」

 

地面に落ちているケーキだ。もう捨てるしか選択肢はない。

 

だがきずなが聞きたいのはそれではない。

 

「いやそれは分かってるよ~問題はどうやって捨てるかだよ☆」

 

ケーキには皿の破片が刺さっていた。

 

素手で拾おうものなら怪我をするだろう。

 

かといってこの状況で手袋等を探すのは流石にナンセンスだ。

 

「あぁ…いやでも…」

 

2人は頭を悩ませた。

 

その時だった。2人はあるものを見つけたのだ。

 

「ねぇねぇあいちゃん!あれって…」

 

 

 

「ユリアちゃん…大丈夫…?」

 

ユリア達は何とか、カフェまであと少しというところに来ていた。

 

その肝心のユリアは。

 

不安になるほど何回も咳き込み、未だに絶望の淵から生還出来ていないようだ。

 

「はぁ…私達が不甲斐ないばかりに…」

 

そう呟くにこる。

 

それを聞いたユリアは。キッと彼女を睨んだ。

 

「違うわよ!あんたらに非はないって!全部…私の力不足が原因なんだから…」

 

やはりまだ本調子ではないようだ。

 

満足に1つのセリフも言えていない。

 

最後の方は声が小さくて聞こえなかった。

 

現在の状況は、鋼太郎が先頭を取ってそれをユリアとユリアを支える2人が追う形だ。

 

よって、目的地に近づいた時に最初に異変に気がついたのは、もちろん鋼太郎である。

 

漸くカフェに帰ってきた。

 

しかしまだ4人は安心出来なかった。

 

カフェの中から音がするからだ。

 

「ちょ、ちょっと!?また待ち伏せされてるんですの!?」

 

慌てるにこるととれび。

 

しかしユリアと鋼太郎は冷静だった。

 

・・・そもそも。

 

あいつらのことだ。今頃、余韻に浸ってどんちゃん騒ぎをしているだろう。

 

しかし中から聞こえてくるのは「ガチャガチャ」と瓦礫を踏んで?るような音だけだ。

 

どんちゃん騒ぎ…にしては静かすぎる。

 

「大丈夫よ。こんな所まで来る奴らじゃない」

 

ユリアはそう言った。

 

にこるととれびはそれでも困惑していたが、鋼太郎はユリアの意見に同意だった。

 

なので鋼太郎は、にこるととれびの制止も聞かずに入り口の扉を開けたのだった。

 

 

 

「あ、お帰りなさい☆」

 

「良かった…無事だったんですね」

 

鋼太郎ら4人にとって、予想外の人物だった。

 

いつもなら…普通なら、にこるが「貴方達!何やってますの!」とかいう所なのだが。

 

流石に聞く必要はないだろう。

 

割れた皿の破片を、チリトリとホウキで集めて処理していたのだから。

 

「黒原きずなに天野あい…中立コンビが何でこんなところにいるのかしら」

 

仕事場に帰ってこれた安心感からか、ユリアは自分の足で立てていた。

 

そしてユリアの言葉に怒りは無かった。

 

当然だ。怒る要素がない。

 

「ふふっ☆まぁまずは…どこから話そうかな♪」

 

「取り敢えずこれを棄ててからでも…」

 

きずなとあいは手を止めていなかった。

 

「え、えぇ…良いですわよ」

 

4人は周りを見渡して驚愕していた。

 

あんなに部屋に散らばっていた瓦礫が、半分以上無くなっていたのだ。

 

とはいえ、フローリングが剥き出しの部屋と空っぽの食器棚は、痛々しさが隠せていない。

 

ユリアは、無意識に唇を強く結んでいた。

 

そしてユリアらは更衣室の方を見に行った。

 

のだが、流石に手をつけられていなかった。

 

「そっちはまだだよー♪」

 

声をかけられ慌てて振り向く。

 

ゴミを外に出し終えた2人が立っていた。

 

「お待たせしました…えっと…」

 

こういう時。普通は椅子を用意するものだが。

 

現在、この店に椅子は無い。

 

すると何を思ったのか、ユリアは全員を引き連れて隣の部屋に移動し。

 

きずならがまだ処理出来てない瓦礫の中から、机の天板を人数分取り出して並べ。

 

その内の1つに乱暴に腰掛けたのだ。

 

アイドルらしからぬ野蛮な行為だった。

 

「ごめんなさいね本当に」

 

ユリアは謝罪をした。

 

「ユ、ユリア様は…そんなワイルドな事も…わ、わたし感激ですの!!」

 

何故か目をキラキラさせているにこる…を無視するように、他のメンバーも別々の天板に座った。

 

「ふふっ…嬉しい」

 

ユリアは笑った。それもそうだ。

 

ここにいるのは全員がアイドル。こんな貧乏人じみた事とは無縁の奴らばっかりだ。

 

なのに誰も文句1つ言わなかった。

 

これは、他のメンバーがユリアの『こうい』を認めたという事に他ならない。

 

「うわー!こんなの新鮮☆」

 

・・・もしかしたらただ「斬新」に心惹かれただけかもしれないが。

 

何はともあれ、全員が落ち着けた。

 

「では早速。何で私達がこの場にいるかと言いますと…」

 

・・・その後。

 

きずなとあいは、ヒカリらと接触して気がついたことを話した。

 

もちろんこの流れで自分達の『みんなハッピー企画♪』についても言った。

 

「まぁ…無謀な企画だとは思ってましたけど」

 

「ちょっと流石に予想の範疇を超えてたよ~。まさかあそこまで仲が悪いとは♪」

 

溜息をつく。

 

この企画については鋼太郎がかなり食いついていた。しかし他の3人の反応を見て、その態度を隠す事に決めた。

 

「ごめんなさい。勘弁してほしいです」

 

真顔で断りを入れるとれび。ユリアとにこるも「うんうん」と頷いている。

 

鋼太郎はきずなに大賛成だったのだが。

 

そしてユリア達も、自分達が何をしていたかを2人と共有した。

 

途中、ユリアの例のイジメの件は鋼太郎ら達も初耳なのだが。

 

「そっか…☆」

 

きずなとあいは、この時確信した。

 

とてもじゃないが仲良くなるのは無理だと。

 

「本当に何ででしょうね。集団で競い合って何が楽しいのやら」

 

ボソッと呟くあい。鋼太郎はかなり派手に頭を縦に振って同意を示した。

 

というのも。

 

きずなはずっと「男性の仲良しグループ」に入って男と仲良くしていた為に、女性グループの常識は分からない。

 

あいも元々「女性らしさ」が少し欠けていた為に、彼女もまた女性グループの常識が分からなかった。

 

2人は、不思議でしょうがないといった顔をしている。そんな中。

 

「実を言いますと…私も今回の件で少し思ったことがありますの」

 

そう言ったのはにこるだ。

 

にこるはユリアの隣に座っている。

 

そのせいで気がついたのだが、ユリアは足もアザだらけだったのだ。

 

あの時、応急処置したのはパッと見える…腕や腹だけだったから。

 

足まで気が回って無かったのだ。

 

「もう…変に争うのは嫌ですの…」

 

にこるは…涙は流していないが泣いていた。

 

大好きなユリアがボロボロになっても自分達を守ってくれた事に、悔しさを感じていたのだ。

 

「出来る事ならあいつらを呪い殺してやりたいですの…でもそれは…」

 

にこるの必死の訴えだった。

 

他のメンバーも黙ってしまった。

 

そしてにこるが何を言いたいかも分かっていた。

 

「悔しいけど…あいつらにもファンはいるもんね…」

 

ファンの存在。

 

アイドルをやっている彼女らにとって、大事な物ランキングの1,2を争うもの。

 

だからこそ。

 

あいつらは…あの4人は悪だ。

 

その想いはある。

 

かといって、関係ないはずの彼女らのファンを悲しませることだけはしたくない。

 

「アイドルたるもの、ファンは大事にしないとね。例えそれが…どういう状況であれ…」

 

ユリアは悔しかった。でも此処で「アイドルらしさ」まで捨ててしまったら、それこそあいつらに劣る存在になると分かっていたから。

 

今の言葉も、彼女は拳をぎゅっと握りしめながら口にしている。

 

そして暫くの沈黙。

 

すると、何を想ったのか鋼太郎がスッと立ち上がり、瓦礫を運び始めたのだ。

 

その様子を見たユリアは、少し微笑んだ。

 

「ふふっ…そうよね!先ずはこの瓦礫の処理!そしてこの店を元に戻す事よ!」

 

ユリアもスッと立ち上がった…のだが、やはりまだ傷が痛むらしい。

 

少し足を気にする素振りを見せた。

 

にこるは腕で顔を軽く擦り、ユリアを支えた。

 

そして残りの4人も立ち上がった。

 

ユリアのセリフの意味も分かっていた。

 

「そうだよね!さっさとこの店を何とかしないと!ユリアちゃんのファンが悲しんじゃう!」

 

「さっさと元に戻して、あいつらをギャフンと言わせてやりますの!」

 

「私達も手伝うよー。ね、あいちゃん♪」

 

「言われずともそのつもりです」

 

そして6人は、この店の修復を始めた。

 

 

 

しばらくして頼もしい仲間が駆けつけてきた。

 

というのも、にこるが実家の仕事をサボって此処にいたのが発覚し。

 

にこるの部下が様子を確認しに来たのだ。

 

が、それに対し彼女は、彼に事情を説明して仲間を連れてくるよう言ったのだ。

 

もちろん…空き巣被害という事にしたが。

 

そして、にこるの部下が15人(全員男)集まった。

 

またそれとほぼ同時に、きずなが招集をかけていた彼女の嘗ての仲間の10人(全員男)も到着。

 

更に各々の人脈を使い、更に人数を呼び。

 

最終的には、先刻の25人とユリアらを含んで合計60人弱集まっていた。

 

その際に、とれびの仕事場からいくつか椅子と机を譲ってもらえたのが良かった。

 

流石に元の数とは言えないが。

 

どうせ食材もない。もし机があっても明日はそんなに客捌けないだろうから。

 

「机代って結構かかりますわよね…」

 

「でもとれびちゃんのお陰で半分くらいで済んだよ!ありがとうね!」

 

ユリアに頭を撫でられるとれびだった。

 

幸いなことに、壊されたのは内装だけ。

 

人手が必要なのは瓦礫処理だけだった。

 

「取り敢えず…このゴミを分配して家に持って帰ってね!偶然にも燃やせないゴミの回収日は明日だから!その時に捨ててね☆」

 

何よりきずなが優秀だった。自分が呼んだ仲間を完璧に動かせていたから。

 

机と椅子と食器類は今から注文する。食材もあいと鋼太郎で注文を済ませておいた。

 

これで残る問題は後1つ。

 

これに気付いているのは鋼太郎だけだ。

 

残りのメンバーは店内でお疲れ会をやっている中、鋼太郎は1人外にいた。

 

店の入り口の壁にもたれかかり、溜息をつきながら黄昏ているようだった。

 

その時だった。不意に扉が開く音がして、中からあいが出てきたのだ。

 

「鋼太郎さん。どうしたんですか?」

 

ビクッとする鋼太郎。彼はあまり不意打ちで話しかけられる事に慣れていなかったのだ。

 

「あ、ごめんなさい。驚かせてしまって」

 

天使のような笑顔だった。

 

鋼太郎は軽く深呼吸をし、あいに自分の悩みを…なるべく丁寧に話した。

 

 

 

「あぁ…そうでしたか」

 

そもそも。

 

ユリアのカフェがこうなったのは、元を辿れば自分がヒカリを怒らせたからだ。

 

あの3人は気にしていないかもしれないが、自責の念が湧いていると。

 

その上もしかしたら、もう1度カフェを壊しにあの4人がくるかもしれないと危惧していると。

 

鋼太郎はあいにそう告げたのだ。

 

「なるほど…その可能性を忘れてましたね…」

 

腕を組んで考える。

 

もしもう1度攻められたら、今度こそ立て直せないかもしれない。

 

「ま、まぁ…八咫烏さんの気持ちも分かりますけど…今は皆さんの所に戻りませんか?」

 

という彼女の声と手に引かれ、鋼太郎は店内に戻ったのだった。

 

 

 

「鋼太郎がこんな事を提案するなんて…珍しい事もあるものね…」

 

鋼太郎の提案。理由は告げなかったが、全員が了承してくれたのは嬉しかった。

 

「パジャマパーティーなんていつ以来かな~☆」

 

とはいえ、さっき彼の悩みを聞いたあいは気付いている。これは闇討ち対策に他ならないと。

 

幸い、更衣室に置かれていた仮眠用の布団は無傷だった。それ故のこの発想だ。

 

鋼太郎は軽くガッツポーズを決めていた。

 

誰にも見られないように。

 

「家から色々と持ってこないとですの!」

 

はしゃぐメンバー。

 

そんな中、あいはある事に気が付き、鋼太郎を呼んで彼に耳打ちした。

 

「八咫烏さん。全員がこの場を離れるのが不味いんですよね?大丈夫なんですか?」

 

そう。

 

もし全員が一斉に帰宅して荷物を持って帰ってきたとして、その隙を突かれたら本末転倒だ。

 

しかし鋼太郎に抜け目は無かった。

 

きずなの仲間たちが店の整備を続けていたのだ。

 

その上、さっきやったお疲れ会の後始末もある。

 

あの量だ。どんなにあの人達が優秀だったとしても、あと1時間はかかるだろう。

 

よって、あの片付けを手伝うという名目で自分がここに残り、他のメンバーがチラホラ此処に戻ってきたタイミングで次は自分が…。

 

という作戦だと、鋼太郎はあいに伝えた。

 

ジェスチャーで。

 

「あぁ…大体分かりました。でしたら私も少しお手伝いしますね」

 

本当に彼女が聞き上手で助かった。鋼太郎は心からそう思った。

 

そしてあいは、食器を洗っていたきずなの仲間を1人呼び、彼にこう告げたのだった。

 

「すいません。この部屋に布団を敷いて寝たいので、床をピカピカにしといてくれないでしょうか?鋼太郎君も手伝うので」

 

 

 

「やっほ~!みんな今晩は宜しくね☆」

 

此処から家が1番遠いきずなが帰ってきた。

 

鋼太郎は胸を撫で下ろした。

 

しかし…彼は大変な事を1つ忘れていたのだ。

 

彼は…腐っても男の子…。

 

などというと、何やらやましい事を想像するかもしれないが、そんな話ではない。

 

もっと根本的な事である。

 

「さて、近所の銭湯に行きましょうか!」

 

「!」

 

お風呂だ。

 

もちろんカフェにシャワーなど無い。

 

別に毎日お風呂に入らずとも気にならない鋼太郎は、これを完全に見落としていた。

 

彼女らはアイドルである前に『女子』だ。

 

自分と違い、清潔感を怠るはずが無い。

 

ましてや、今日は色々なことがあった。今の汚い体をパジャマに通すなど言語道断だろう。

 

一応、徒歩圏内に銭湯はある。

 

しかし先程も行ったが、全員が1度に居なくなるのが不味いのだ。

 

こればかりはどうしようもないか…?

 

顔には出さないものの、鋼太郎はかなり困っている様子をとった。

 

その様子に気付いていたのがきずなだ。

 

暫く彼の様子を見て。

 

そして彼の様子を心配そうに眺めるあい(彼女は鋼太郎が考えている事が分かっている)を見た。

 

そして「ははぁ~ん」といった感じで。

 

「よし!じゃあ5人で行こっか~☆」

 

と告げたのだった。

 

「そうだね…ってあれ?6人じゃ…」

 

戸惑うとれび。

 

女性陣が玄関の近くにいる中、鋼太郎はコッソリとキッチン側にいた。

 

「あれ?鋼太郎は来ないの~?」

 

そう言うユリア。

 

どうやらユリアはまだ気付いて居ないようだ。

 

「あぁ…えっと…」

 

「あのねユリアちゃん。言っとくけど☆」

 

フォローを考えるあいを遮り。

 

きずなはユリアの肩に手を乗せ、満面の笑みでユリアに教えてあげた。

 

「鋼太郎君だって15歳の男の子なんだから、今から美女5人と一緒に寝る為に、色々とシないと行けない事があるんだよ☆」

 

・・・鋼太郎とあいは思わず吹き出した。

 

「ましてや…女の子の私物と女の子が寝る予定のお布団まであったら…ね☆」

 

もう1度言う。きずなは満面の笑みだった。

 

そして言わずもがな。

 

ユリアもにこるもとれびも。ドン引きした様子で鋼太郎の方を向いていた。

 

違うわ!と鋼太郎は言いたかったのだが。

 

もしそう言えば「じゃあ何で来ないの?」とか言われるに決まっている。

 

ここはダンマリを貫く事にした。

 

「鋼太郎。余計なことしたら殺すわよ?」

 

迫真のセリフ。言われずとも分かっている。

 

まだ納得いかないようなユリア達を連れ、きずなとあいは銭湯に向かったのだった。

 

 

 

この後。

 

鋼太郎はボーッと外を眺めているだけだった。

 

何であれ、カフェに残れたのは良かった。

 

余計な濡れ衣を着せられたが。

 

現時刻は21時を過ぎたところ。

 

外はもう真っ暗だ。

 

にこるの部下やきずなの仲間たちは、全員満足そうに帰っていった。

 

つまり、カフェには鋼太郎1人だ。

 

鋼太郎は店の電気をつけなかった。窓から見える景色と月明かりで十分だった。

 

こういう時、いつもなら布団を敷いておくところまでやるのだが…。

 

もうこれ以上の濡れ衣はゴメンだった。

 

 

 

そして…日付が変わる頃。

 

「お待たせ鋼太郎!」

 

何事もなく帰ってきたようだった。

 

「ゴメンね鋼ちゃん…ファンの人達のサイン書きまくってたんだよ…」

 

まぁそんな事だろうと思っていた。

 

ピークの時間帯を避けてたとはいえ、全く人が居ないわけではない。

 

彼女らはアイドルだ。変な話ではない。

 

鋼太郎は「気にしてない」と身振り手振りで伝え、さっさと銭湯に行こうとして。

 

にこるに止められた。

 

「ゴメンなさいですの。鋼太郎さんの作戦に全く気付かず…」

 

あぁなるほど。

 

鋼太郎は振り向いてあいの方を見た。

 

きずなとあいが照れ臭そうにしていた。

 

もしかしなくとも、2人が伝えたのだろう。

 

「全くもー。八咫烏さんに余計な濡れ衣を着せたら駄目じゃないですか」

 

「パッと思いついたのがあれだったんだよー。反省はしていないよ♪」

 

溜息をつくあい。

 

まぁ何であれ。誤解が解けたようで良かった。

 

胸を撫で下ろし、鋼太郎も銭湯に向かう事にして、店を出たのだった。

 

 

 

 

この街は、深夜も眩しい。

 

人通りは昼ほどではないが、そこそこある。

 

正直、今は目立つ事をあまりしたくない。

 

人通りが少ない通りをなるべく選び、鋼太郎は銭湯に向かった。

 

途中色んな人とすれ違ったが、自分の事を知っている人はいなかったようで。

 

何時もなら職質に遭うのだが、今日はそれもなく、スムーズに銭湯に辿り着いた。

 

中に入る。お金を払って迷わず男湯に入る。

 

もう流石に。

 

桃色のロングヘアが男湯に入ってきて、こっちに向く驚きの視線にはもう慣れていた。

 

もう日付は変わっている。客も自分を入れて5人いるかどうかだ。

 

髪を始め、全身を丁寧に洗って浴槽に入る。

 

足を伸ばせることに安らぎを感じる。

 

この銭湯には感謝している。

 

ここは夜だけ開いているという銭湯。

 

これは、昼夜逆転生活の人が珍しくないこの街ならではの試みだ。

 

もちろん、プライベートで人に囲まれる可能性が減る関係で、ここを愛用しているアイドルも多かった。

 

そう。アイドル愛用の温泉なのだ。

 

 

 

「いや~楽しかったですね~」

 

 

 

「!」

 

鋼太郎は壁にもたれかかっていた。

 

その壁の向こうは女湯。

 

聞き逃すはずが無かった。あの声を。

 

何時もの彼なら、興味を持たずに風呂から上がる所なのだが。

 

昼間の件がある。今日は耳を傾けよう。

 

 

 

ここで一応補足しておく。

 

『鋼太郎は平和的解決を諦めたわけではない』

 

 

 

 

 

「シズノちゃん本気出し過ぎでしょ…」

 

きずなと別れたあと。4人は打ち上げと称してのボーリングに行っていた。

 

周りからはよく「え、アイドルがボーリング!?」と言われるのだが、実はこの街でボーリングはあまり人気がない。

 

その為ボーリング場は、人溜まりを避けたい4人にとっての憩いの場となっているのだ。

 

「シズノはホント強いわよね…」

 

「ふふん!」

 

ドヤ顔を決めるシズノ。どうやら今日はシズノの快勝だったようだ。

 

シャワーで体を洗う。やはり彼女らも、清潔感にはかなりの重点を置いていた。

 

「しかし…ここの銭湯のシャンプーって、まぁまぁ良い物置いてますよね」

 

「あ、そういえばそうだね!」

 

そう。

 

先程も言ったが、この銭湯はアイドル御用達であり、店主もそこら辺は分かっている。

 

建物の年季は隠せないが、シャンプーの件を含め、ちゃんと気は使っているようだ。

 

「それではお先に失礼しま~す!」

 

1人だけ先に洗い終えたシズノが、我先と浴槽に入っていった。

 

そして壁にもたれかかって「はふ~っ」とか言いながら足を伸ばす。

 

「うぐぐ…ショートヘアは良いなぁ…」

 

どうやら残りの3人は、髪の毛のケアに時間がかかっているようだ。

 

特にヒカリは、これでもかというぐらいリンスを塗ったくっている。

 

そんな時に。

 

「でもですね、ショートヘアはこれしか出来ないんですよ。やっぱり色んな髪型が出来るぐらいの長さは欲しいです!」

 

ココの呟きが聞こえたシズノは、男湯側の壁にもたれかかりつつ、右手で3人を指差して言ったのだった。

 

 

 

「はぁ…体に染みる…」

 

女子風呂の客は、ヒカリら4人だけだった。

 

それに時間が時間だ。途中で別の客が来る事もあまり考えられない。

 

4人仲良くお風呂で駄弁れる。これは割と楽しいことのようで。

 

今日の出来事について、4人は嬉々として語り合うのだった。

 

因みに。

 

真っ先に入っていたシズノに合わせ、4人とも壁際に入っている。

 

 

 

「もうさ、アイドルらしからぬ顔してたよね」

 

「エ、ソ、ソンナマサカー」

 

「いやいや、もう涎垂らしてたじゃないですか」

 

「あれは傑作だったわねー」

 

「ちょっ!?見てたんですか!?」

 

どうやら、アイドル稼業をしていない時の4人は、ただの女子となる様だ。

 

ましてや3人は18歳(ココは実年齢不詳)。華の女子高生などと呼ばれる年頃だ。

 

仕事が無い日は、今日の様に4人仲良くボーリングやゲームセンターに行く様だ。

 

因みにこれは、ボーリング場の端っこにあるアーケードゲームの「機関車でGO!」をシズノがやった時の話だ。

 

「あんたホント電車好きよね…」

 

溜息をつくヒカリ。でも軽蔑の意はない。

 

何であれ。本当に仲良しのようだ。

 

その後、4人は色々な話をした。

 

アイドル稼業の時に遭った迷惑なファンの事や自分のマネージャーへの愚痴。

 

あの人とあの人が浮気したなどのとめどない話である。

 

そしてそんな中。

 

「さて、明日は何しましょうか」

 

はるながこう言った事で、話が動く。

 

これを聞いた他の3人が「あれがしたい」「これがしたい」と言い始める。

 

その様子を、はるなは暫く眺める。

 

そしてヒカリがはるなに話題を振る。

 

「ていうか、はるなは何がしたいの?」

 

ここまでは当然の流れ。

 

だが問題はここからだ。

 

はるなは、少しニヤッとした後で。

 

衝撃的な事を口走ったのだ。

 

 

 

 

 

「鬼蝮ユリアさんのカフェに行きたいですね」

 

 

 

 

 

・・・いつものアイドルスマイルだった。

 

 

 

 

 

 

 

この発言で1番驚いたのは。

 

恐らくお気付きだろうが。

 

壁を挟んですぐ隣。4人の話に聞き耳を立てていた鋼太郎である。

 

思わず声が出そうになった。

 

隣の部屋からもどよめきが聞こえる。

 

けど、鋼太郎は少し考えて気がついた。

 

 

 

そうだ。

 

攻撃しに来ると決まったわけじゃない。

 

もしかしたら和解をしに来るのかも…。

 

 

 

彼はまだ彼女らへの信用を捨てたわけでは無い。

 

そこで、彼は冷静になり。

 

4人の会話への聞き耳を続ける事にした。

 

しかし。

 

彼の希望は直ぐに打ち砕かれる事となる。

 

そして。彼の希望が打ち砕がれたその瞬間。

 

彼自身の中でずっと守っていた何かが、崩れ落ちて壊れる音を立てたのだった。

 

 

 

鋼太郎がユリアのカフェに帰ってきた時。

 

既に照明は落ち、5人は眠りについていた。

 

床にトランプとUNOが散らばり、キャンプとかで使う小さいランプ(電源は消えている)を囲う様に、円形に布団が敷かれていた。

 

5人が何をしていたかは想像に難くない。

 

でも今は、そんなしょうもない事を考える気分じゃなかった。

 

音を立てないようにこっそりと移動する。

 

そして彼は、自分の分の布団を更衣室に仕舞った後、その部屋の地面に仰向けになった。

 

床はフローリング。風呂上がりだというのに、冷たい地面に寝転ぶ。

 

けど今の彼は、そんなことすら気にする余裕がなかった。

 

結局あの後、時間を上手くずらして鉢合わせは避けられたが、モヤモヤとした気持ちが彼の中に残っていた。

 

上は天井だが、この部屋には小窓があり、そこから月明かりが差し込んでいる。

 

今日の夜は雲ひとつない快晴だ。

 

と言っても、都会の灯りで星は見えないが。

 

・・・あの4人は。

 

明日の昼過ぎにこの店を訪れる。

 

この事は自分しか知らない。

 

彼はユリアらに言うべきか悩んでいた。

 

もちろん、伝えた方が良いのは分かっている。ヒカリらの来店理由も知っているから。

 

だが、戦闘したくないという自分の本心もまだ残っている。

 

何より。あんな幸せそうな寝顔を見てしまって、彼は揺れてしまった。

 

しかし、もしヒカリらの目的が達成してしまったら。

 

今度こそこの店は立て直しが利かなくなる。

 

彼は揺れていた。

 

この店は、自分ら4人の本拠地。自分らというグループの象徴だ。

 

ユリアはこの店にとてつもない愛着を持っている。それは分かっている。

 

だが。

 

そもそも鋼太郎の願いは「派閥争いの終焉」であり、何を隠そう、この自分の願いを叶えるためにはこの店は邪魔なのである。

 

『グループの象徴』なのだから。

 

もちろん自分の手で壊すわけにはいかない。ユリアを困らせる事はしたくない。

 

だが…。

 

 

 

鋼太郎は無限ループにハマっていた。

 

 

 

 

 

結局モヤモヤとしたまま。

 

気がつけば朝が来ていた。

 

「あ、鋼ちゃん!」

 

自分を起こしに来たのはとれびだ。

 

パジャマじゃない何時ものメイド服だ。

 

壁にかかってある時計を見る。

 

現在時刻は朝7時。特に何か特筆する必要がある時間ではない。

 

「もう鋼ちゃんは~。そんな気にしなくても良かったんだよ?」

 

何時もの笑みでそう言うとれび。

 

一瞬意味が分からなかった。だが直ぐに「自分がこの部屋で眠りについた」事についてだと気付いた。

 

あの濡れ衣があったから。自分が空気を読んだのだと思われたのだろう。

 

「ほら~早く来て!朝ご飯出来てるよ!」

 

そう言えば。

 

昨日はあんな事があり、全然食べていなかった。

 

隣の部屋からする良い匂いに、思わずお腹を鳴らす。恐らくユリアが作ったのだろう。

 

でなければ、にこるが目を爛々と輝かせてオムライスを頬張るところなんて見れないから。

 

お布団は既に畳まれている。にこるとあいはオムライスを頬張る。

 

恐らくもう食べ終わったのだろうきずなととれびは、トランプなどの後片付けをしていた。

 

そして肝心のユリアは。

 

「あ、遅いわよ鋼太郎!アイドルたるもの朝には強くなくっちゃ!」

 

店の制服を着て菜箸を持っていた。

 

自分は見慣れているが、彼女のファンである「愚民」達ならイチコロだろう。

 

というか既にメロメロになっている。

 

菜箸をビシッと鋼太郎に突き出す。鋼太郎は少しビクッとした後、ユリアに頭を下げた。

 

「ま、いいわ。はいこれあんたの分」

 

そう言い、ユリアは鋼太郎の分のオムライスを差し出した。

 

まだケチャップがかかる前の奴だ。

 

鋼太郎は黙って受け取り、横にあったケチャップを手に取った。

 

その時だ。鋼太郎は、隣からその様子を見ていたきずなに呼び止められた。

 

きずなはいつもと同じ笑顔だ。

 

「君もケチャップで文字は書くよね☆」

 

あぁなるほど。

 

察するに、見せ合いがあったのだろう。

 

自分が知らない間に色々起きたようだ。

 

「変に考える必要は無いですの!頭に浮かんだものを描けばいいんですのよ!」

 

後ろから割って入るにこる。

 

彼女はどうやら、ユリアのオムライスに舌鼓をうって、テンションがかなり高いようだ。

 

頭に浮かんだもの…。

 

鋼太郎は少し悩み、彼は頭に浮かんだ言葉を…今の切実な願いをケチャップで描いた。

 

 

 

『なかよし』と。

 

 

 

「鋼ちゃん…」

 

先日あんな事件があったばかりだ。この言葉の意味は流石に分かる。

 

鋼太郎が争いを苦手とするのも知っている。

 

その場のメンバーも、騒ぎを聞きつけて様子を見に来たユリアも。

 

何かむず痒いような…何か言わなきゃと思いながら…だんまりを決め込んでしまった。

 

鋼太郎はそんなメンバーを気に留めず、空いていた机の天板に座り、オムライスを食べ始めた。

 

 

 

結局、その後は流れ解散になった。

 

にこるととれびも帰り、カフェに残っていたのはユリアと鋼太郎だけだ。

 

鋼太郎も今日は用事があった。

 

しかしその用事は中止だ。何せ今日は。

 

あの4人が此処に来るから。

 

来ると宣言していたから。

 

きっと本人らは、それが鋼太郎に漏れていることを知らない。

 

もちろんユリアもその事を知らない。

 

「鋼太郎、あんたは帰らなくていいの?」

 

もう使わなくなった机の天板を外に出しつつ、ユリアは鋼太郎に質問をした。

 

鋼太郎は今、カフェの入り口のドアの外側の壁にもたれかかって座っていた。

 

何を隠そう。昨日自分らがユリアを見つけた時の、彼女の座り方そのままである。

 

「いやまぁ別に良いけど…」

 

呆れたような顔で片付けを続ける。

 

そんな様子を傍目で見つつ空を見上げる。

 

今日も良い天気だ。雲ひとつない。

 

風が気持ちいい。

 

側から見ればコンクリートの地面に座り込んでる変な奴だが、そんなのは気にしない。

 

ふと眠気が訪れる。

 

何せ昨日はあの硬いフローリングだ。その上精神的に不安だった。

 

グッスリ寝れたはずがない。

 

窓越しに中の時計を見る。

 

今の時間は朝9時の数分前だ。

 

昼過ぎにはまだ時間がある。

 

よし決めた。少し仮眠をとろう。

 

・・・決めてからは早かった。

 

 

 

 

もう既に幾度も記した事だが。

 

この街は昼夜逆転型の人間が多い。

 

その為かどうかは分からないが。

 

配達屋も午後からしか働いていないのだ。

 

その為、注文した机と椅子と食材も、今日の昼過ぎに来ることになっていた。

 

しかしここで緊急事態。

 

注文したとれびの凡ミスで、注文先の住所をとれびのカフェの方にしてしまったのだ。

 

そう彼女から連絡があった。

 

もう既に注文は届いているらしい。

 

その為、ユリアは慌ててカフェを飛び出してとれびのカフェの方に向かったのだった。

 

これより。鋼太郎が目を覚ました時。

 

近くに誰もいなかったということだ。

 

 

 

誰かが自分を呼んでいる。

 

 

 

それぐらいの感覚だった。

 

こんな所で寝るなよ…とかいうユリアの言葉だと思い、鋼太郎はゆっくりと目を開けた。

 

・・・例の4人だった。

 

「っ!?」

 

慌てて立ち上がる。

 

だが壁際にいた為、距離を取る事は出来ない。

 

「元気そうねキモ男」

 

そう言うヒカリ。

 

鋼太郎は思った。相変わらずだなぁ…と。

 

だが1つ違うところがある。

 

それは眼。4人とも何かを覚悟を決めたような眼をしていたのだ。

 

「あぁ安心してください。危害を加える気は無いですからね」

 

・・・もちろん分かっている。

 

鋼太郎は冷静に深呼吸をし、4人に敵対する姿勢を無言で作った。

 

「というか八咫烏さん。私達の目的分かってますよね?昨日あの場にいたわけですし」

 

だが彼は、深呼吸をもう1度しなければいけなくなった。

 

驚きの視線を向ける。

 

「お風呂から上がったらね。おじ様達が『あんな綺麗な男の娘がいるのか…』なんて言ってるのが聞こえたから、もしやと思って男湯の脱衣所覗いたら…」

 

「見慣れたギターがありましたからね」

 

確かにそうだ。

 

あの時、自分以外にも客はいたじゃないか。

 

軽く溜息をつく。

 

裸の客がいるかもしれないのによく男湯の脱衣所入れたな!とかいうツッコミはさて置き。

 

鋼太郎は落ち着いて話を聞くことにした。

 

「まぁここで立ち話もなんだし。ちょっとついてきなさい」

 

そしてヒカリのこの言葉をキッカケに、鋼太郎達は移動を始めたのだった。

 

 

 

「お邪魔します!」

 

午後2時半。5人はとある家に来ていた。

 

何を隠そう、はるなの実家である。

 

「さぁ上がってください」

 

はるなに案内され、鋼太郎らは家に上がる。

 

実に上品な家だ。

 

内装にお金をかけている印象も、酷すぎるボロ屋という印象も全くない。

 

とはいえ、鋼太郎は緊張していた。

 

ここは何だかんだ敵地の本部。

 

いや、それ以前に…年上の女性の家だ。

 

緊張しない方がおかしい。

 

鋼太郎は靴置き場を見た。

 

今ここにあるのは自分を入れて5人分の靴。

 

ということは。

 

「あ、今日は帰って来ませんのでご安心を」

 

彼女が実家暮らしなのは知っていた。

 

だが今日は両親揃って一泊旅行らしい。

 

ホッとしたような…彼女らの抑止力が不在で少し不安になるような…。

 

そんな事を考えながら階段を上る。

 

自分達しか居ないせいで、階段を上る時の音が家中に響いていた。

 

「さて、此処ですね」

 

そう言い、はるなはとある部屋の扉を開けた。

 

中は…特になんて事のない部屋だ。

 

まず目につくのがベッドとタンス。

 

幼少期から使い続けていると思われる勉強机にクローゼット。

 

そして多数の化粧が置かれたドレッサー。

 

要するに『普通の女の子』の部屋だ。

 

そして本棚には教養のある小説が並び、何より部屋中が清潔だった。

 

そう。鋼太郎にとっては『未知の領域』そのものである。

 

さっきからソワソワが止まらないのに、ますますソワソワしてしまう。

 

というかそもそも。

 

此処にいるのは年上ばかり。

 

そして部屋中から女性の匂いがする。

 

昨晩はお風呂に入って本当に良かったと、鋼太郎は心から思ったのだった。

 

 

 

「緊張してるね~」

 

鋼太郎は、図星を食らって肩を震わせた。

 

あの後鋼太郎は、はるなが出してくれたオレンジジュースを飲みながら、待機をしていた。

 

しかし…4人が自分を凝視しているのが気になって仕方がない。

 

恐らく自分がこの場に慣れたら…と思っているのだろうが、正直早く始めて欲しかった。

 

「まぁ…時間も惜しいし、もう始める?」

 

だからこそヒカリのこの発言には、そこそこ大袈裟に縦に首を振ってしまった。

 

何であれ。4人が自分に危害を加えるつもりはなさそうだ。

 

オレンジジュースも普通の味したし。

 

因みに…現在は。

 

入り口側に鋼太郎とココが座り、その2人と円形を作るように残りの3人も地面に座っていた。

 

此処で緊張のあまり、鋼太郎は正座をしていたのだが…俗に言う『女の子座り』にならないあたり、やはり彼は『彼』であるようだ。

 

「そうですね…では」

 

来た。

 

危害を加えられる可能性は薄いとはいえ、つい先日あんなことがあったばかりだ。

 

何を言われても覚悟のうちである。

 

とはいえ、自分の太腿の上にのせている拳を、ギュッと握るというのはやらざるを得ない。

 

 

 

だが…はるなから発せられた言葉は。

 

 

 

彼の想像を裏切るものだった。

 

 

 

いい意味で。

 

 

 

「鋼太郎さん。私達と手を組みませんか?」

 

 

 

 

 

「全くもー!凡ミスやめてよね!」

 

午後2時半。

 

大量の椅子や机を載せた車の後部座席に、ユリアととれびは乗っていた。

 

「ごめんなさい…」

 

「ま、良いわ。多分鋼太郎がカフェにいるでしょうし、彼にも手伝ってもらうわよ」

 

しょんぼりするとれびなど気にせず、ユリアは先の事を考えている。

 

そして彼女らの後ろにも、似たような車が3台ほどついて来ていた。

 

実はあの後、きずなとその仲間らもとれびのカフェに居たために、車への詰め込み作業はスッと終わったのだ。

 

今は…ちょうどユリアのカフェの敷地内に着いた所だ。

 

車から降り、自分達の仲間(愚民)と一緒に荷物を降ろして店内に入れていく。

 

そこで気づいた。鋼太郎が居ない。

 

「あぁ…そういやあの時あいつ寝てたわね…。気付かずに帰っちゃったかしら…」

 

少し肩を落とすユリア。とはいえ作業を止めるつもりは更々ない。

 

重たいものは他に任せ、自分達は食材をしまう事に専念した。

 

 

 

 

「私は嫌って言ったわよもちろん。でもはるながどうしてもって聞かないのよ」

 

きまりが悪いような顔をするヒカリ。

 

そしてまだ少し嫌そうな顔をしているココ。

 

でも鋼太郎は、悪い気がしなかった。

 

特に、何時もならここでシズノが囃し立てを入れたりするのだが、それが無い点だ。

 

「ふふっ。平和主義は鋼太郎さんの専売特許じゃないという事ですよ」

 

ニコッと微笑むはるな。

 

彼女の微笑みはまるで天使のようだと、業界やファンの間では有名だ。

 

その一方で他の3人は浮かない顔だった。

 

「まぁ…はるなさんは…しょうがないですよ」

 

あのシズノが溜息をついた。

 

どうやらはるなは、普通に鋼太郎らと仲良くなりたいようだ。

 

以前はそこまで気にしていなかったそうだが、件の所為で考えが変わったらしい。

 

「ほら…対人関係がダメなアイドルなんてレッテル貼られるのは嫌ですから。これからの為に『表面上の関係』だけでも友好的になりませんと」

 

彼女は微笑みながらそう言った。

 

此処で鋼太郎はこう思った。

 

彼女は『普通』に仲良くなりたいそうだが。『純粋』では無いらしい。

 

とはいえ。事実上の休戦協定だ。

 

乗ってみる価値は十二分にある。

 

だが…問題は彼女らが提示した条件だ。

 

「こちらから提示する条件は1つだけ。『これからお互いの要請には可能な範囲で応えること』です」

 

・・・上手いなと思った。

 

変に圧をかけたら反発が来るだろう。そう思い、こちら側にも有利になるような条件を提示して来た。

 

一見、良さそうな条件にも思える。

 

だがこれは…。

 

「ま、私達が言いたいのはこれだけだから。帰ってあいつらと相談して来なよ」

 

その後、変に考える時間も与えられぬまま、鋼太郎は家を追い出されたのだった。

 

 

 

トボトボ歩く。

 

どんな感じでユリアに会えばいいのだろう。

 

少なくとも、いつもの感じで伝えて良い内容じゃないのは確かだ。

 

それは分かっている。

 

空を見上げる。太陽は軽く傾いていた。

 

出来ることならば2人で真剣に会話がしたい。

 

だがしかし。

 

鋼太郎の想いは届かない。

 

ユリアの店の明かりは照らされ、中から楽しそうな声がしていたのだ。

 

恐らく元の段階まで戻せて…その記念に何かやっているのだろうと想像はつく。

 

そしてこの予測は合っていた。

 

外れて欲しかったが。

 

こっそり店に近づき、窓から中を覗く。

 

そこには昨日のメンバーが全員揃っていた。

 

遠目でもわかる。5人が今やっているのは、「アイドル人生ゲーム」というボードゲームだ。

 

今日は全員きっちり椅子に座り、机の上でゲームが行われている。

 

5人が囲む机の隣の机には、色んなジュースや選り取り見取りのお菓子が並んでいた。

 

何であれ。とにかく。

 

真面目な話をする空気では無いのは確か。

 

鋼太郎はますます肩を落とした。

 

中から聞こえる笑い声がますます彼を苦しめた。

 

どうしようか。このまま帰ってしまおうか。

 

そう思い、背中を向けて歩き始めた。

 

丁度その時だった。

 

肩を落としていた所為で油断していた。

 

自分が歩いているこの位置。

 

部屋の中の窓からモロ見えする位置だ。

 

流石にいくらなんでも。

 

この後ろ姿を全員が見逃すなんて事はない。

 

「あれ~どうしたの鋼太郎君☆」

 

窓を開けてきずなが話しかけてきた。

 

あぁやってしまった。そう思ったが、この思いはなるべく顔に出さないようにした。

 

「鋼ちゃん良いところに!一緒にやろ~!」

 

きずなの隣から顔を出すとれび。

 

だが今の彼女の手招きは嬉しくない。

 

だが無視するわけにもいかない。

 

よって彼は観念したように店内に入ったのだ。

 

そして…言わずもがな。

 

店内に入った鋼太郎はソワソワしていた。

 

それもそうだろう。

 

この楽しそうな雰囲気を自分の手でぶち壊さなければいけないから。

 

他の5人はボードゲームを中断し、俗に言う『女子トーク』に勤しんでいる。

 

アイドル稼業の時に遭った迷惑なファンの事や自分のマネージャーへの愚痴。

 

あの人とあの人が浮気したなどのとめどない話…。

 

そう。

 

鋼太郎が昨日お風呂場で聞いた、あの4人の談笑と全く遜色なかった。

 

この時。鋼太郎は覚悟を決めた。

 

歪みあっているのは分かっている。けど対立をこのまま続けるのは嫌だ。

 

話すだけ話そう。結果がどうなるのであれ。

 

ユリアらもあの4人も、根本は同じ『女性アイドル』なのだから。

 

だがここで1つ問題が。

 

もう既に言ったが、彼はマトモに話せない。

 

普段は他の人に代弁してもらう…なんてのが出来たが、今回はいくらなんでも不可能。

 

どうしようか。鋼太郎は頭を悩ませ…。

 

閃いた。

 

思い立ったが吉日。さっそく鋼太郎は奥の更衣室に移動したのだった。

 

 

 

1時間後。鋼太郎は元の部屋に戻ってきた。

 

日も大分傾いていた。

 

「あ、鋼太郎!何してた…ってそれ…」

 

鋼太郎の手にはスケッチブックが握られていた。

 

そもそも…ユリアはアイドルだ。

 

喉をライブで酷使した後に喫茶店を手伝うと、マトモに注文が取れない時がある。

 

このスケッチブックは、そんな時のように声が出ない時に使うための『備えあれば憂いなし』だ。

 

鋼太郎はこれを使う事を考えたのだ。

 

彼はマトモに話せないだけで、文字は書ける。

 

会話のテンポは落ちるが、会話しても伝わらないよりかはマシだろう。

 

そして彼は…1ページを開いた。

 

 

 

『皆さんに大事な話があります』

 

 

 

全員が息を飲んだ。

 

それもそうだ。

 

あの鋼太郎が、真剣な眼差しでスケッチブックまで起用して言ったのだから。

 

事の深刻さを示すには充分過ぎる。

 

鋼太郎は全員の視線が自分に集まったのを確認して、2枚目…3枚目…と開いていった。

 

全員が全ての文字列を頭に入れているのを肌で感じつつ。彼は決死の表情でそれを続けた。

 

『昨日、自分はあの4人に会いました』

 

『私達と同盟を組みたいと言ってきました』

 

『対人関係がダメなアイドルなんてレッテル貼られるのは嫌だからと』

 

『しかし、条件も提示してきました』

 

『これからお互いの要請には可能な範囲で応えることだそうです』

 

痛いほど分かる。

 

自分がスケッチブックを1枚開く度に、他のメンバーの…特にユリアの目が曇っていっている。

 

それでも鋼太郎はやめなかった。

 

『皆さんは嫌かもしれないです』

 

『けど僕はこの条件を飲みたい』

 

『お願いします。僕に協力して下さい』

 

残り枚数が減っていくのが分かる。

 

因みに。

 

このスケッチブックは紙が10枚しかない。

 

だから、鋼太郎もそれに収まるように言葉を選んだつもりだ。

 

もちろんもっと言いたい事伝えたい事がある。

 

しかし彼は、それを削ってでも。

 

どうしても言いたい事がある。

 

その言葉は、最後の1ページに記されていた。

 

 

 

『みんなに仲良くなって欲しいから』

 

 

 

 

 

空気が凍った。

 

鋼太郎はその空気を背に感じながら、スケッチブックを持って店の裏に行った。

 

そして彼は、スケッチブックを資源ゴミ(この街では雑誌と同じ扱い)のコーナーに投げ入れた。

 

ボスッと音を立てる。

 

そして鋼太郎は近くの壁にもたれかかり、空を見ながら少し黄昏た。

 

言いたいことは言った。

 

もう後は向こうに任せるだけだ。

 

彼は覚悟を決めていた。

 

もしこれで…ユリアらがこれを蹴ったら。

 

鋼太郎はユリアらと縁を切るつもりでいた。

 

もう…派閥争いに飽き飽きしていたから。

 

空にもう軽く星が見えていた。

 

今日は少し肌寒い。自分の服装のせいでもあるが、冷え込んでいる。

 

そういえば明日は、全員が休日のはずだ。

 

会うなら明日が絶好のチャンスだろう。

 

あとスケッチブックの予備はまだあったよなぁ…などと考えながら。

 

鋼太郎は腕を組んでいた。

 

その時だった。

 

「此処にいましたか」

 

あいが様子を見に来たのだ。

 

彼女は何時ものニコニコ顔だ。

 

「覚悟。決めてたんですね」

 

鋼太郎の隣に立って、彼と同じように壁にもたれかかるあい。

 

「ユリアさんも頭を悩ませてましたよ」

 

ふふっと笑う。

 

鋼太郎も何故か照れくさいと思った。

 

何か言葉を返すべきなのだろうが、鋼太郎はさっきのあれでエネルギーを使い果たしていた。

 

「星が綺麗ですよね。大好きなんですよ私」

 

笑顔を絶やさないあい。

 

負けじと笑顔を返す鋼太郎。

 

そんな感じで彼らは、20分ほど此処で話をした。

 

 

 

あいに連れられ。

 

鋼太郎は元の場所に帰って来た。

 

店内は歓迎ムード…というわけではなさそうだ。

 

ピリピリしている。

 

きずなは申し訳なさそうに俯き、とれびやにこるは鋼太郎から目を逸らし、ユリアは逆に鋼太郎を真正面から睨みつけた。

 

・・・そうか。

 

この反応で鋼太郎は全てを察した。

 

だが後悔は無い。覚悟は決めていた。

 

いっそ清々しいぐらいだ。

 

暫くの痛いぐらいの沈黙。

 

鋼太郎は横を見た。あいは絶えず笑顔だ。

 

恐らく彼女はこうなったのを知っていて、自分に優しくしていたのだろう。

 

別れの言葉を兼ねて。

 

彼の覚悟の内容まで察して。

 

鋼太郎は自然と笑顔が溢れていた。

 

そんな中、最初に口を開いたのはきずなだ。

 

「ごめんね…私の力足らずで」

 

恐らく彼女は自分の仲間をしていたのだろう。

 

だがきずなを責めるつもりは更々ない。

 

気にしなくていいよ。鋼太郎はそういうジェスチャーを送った。

 

その後暫く、誰も何も言わないまま時が刻々と過ぎていった。

 

そして鋼太郎は。自分が邪魔者という事実を受け取って、その店を去ろうとした。

 

その時だ。

 

ガシッとユリアが鋼太郎の腕を掴んだのだ。

 

身体に触られ慣れていない鋼太郎は、慌ててその腕を振り払った。

 

そしてユリアの顔を見る。

 

さっきと違って何かに怯えたような…哀しそうな顔をしていた。

 

拳をギュッと握り、悔しそうだ。

 

鋼太郎は早く立ち去りたかった。

 

1度引き止めといて結局何も無いのか。

 

そう思い、彼女に背中を向けて店の入り口の扉を開けた時だ。

 

鋼太郎は聞き逃さなかった。

 

消えてしまいそうな声で。半泣きの涙声で。

 

ユリアが訴えてきたのを。

 

 

 

「ごめんね鋼太郎。バイバイ」

 

 

 

少し足を止めた。

 

けど彼は覚悟を決めていた。

 

その後、彼は1度も振り返ることなく、自分の家に帰っていったのだった。

 

お互いに「またね」とは言わなかった。

 

 

 

 

「これで良かったのかな…?」

 

鋼太郎が帰った後のカフェ。どうしようもない喪失感に駆られている。

 

「しょうがないですの。今まで私達のワガママに文句1つ言わずに付き合ってくれた事が、そもそもおかしかったんですの」

 

諦めたような口調でそう言うにこる。

 

にこるだけではない。とれびやユリアもガックリと肩を落としている。

 

だが落ち込んでいる暇はない。

 

明日。自分達を含むこの街の全てのアイドルが休日になる事は、ユリアらも知っていた。

 

「どうするの~?私達はユリアちゃん達に合わせるつもりだけど♪」

 

きずなの言葉に頷くあい。ユリアは溢れていた涙を腕で拭い、いつもの調子を取り戻そうと必死になっている。

 

「決まってるでしょ。乗り込むわよ」

 

涙を堪え。拳を握り。ユリアはそう言った。

 

迷いがないと言えば嘘になる。だが迷ったままでいるつもりもない。

 

当然だが。

 

ユリアの言葉を否定する者は1人もいなかった。

 

その後、色々と片付けがあったのでそれを全員で済ませ、円陣(手を重ねるタイプ)をした後、流れ解散となった。

 

 

 

 

八咫烏宅

 

とは言っても…アパートの一室だが。

 

鋼太郎はあの後、特に寄り道もせず、真っ直ぐに家に帰って来ていた。

 

そして部屋の電気もつけず。ゴロンとボロ畳の上に寝転がる。

 

そのまま部屋を見渡す。

 

当然ながら。彼の部屋に『彼の意思』で置かれた者はほとんどない。

 

グラムニルとその周辺機器があれば良いと思っている自分にはありがた迷惑だ。

 

特ににこるから貰ったこの全身鏡と、ユリアから貰ったこのメガホン(野球観戦とかに使う黄色い奴)は正直に言って要らない。

 

だが捨てる気も起きない。

 

色々と考える元気もない。

 

今日は色々な事があった。そのせいで鋼太郎は肉体的にも精神的にも限界だった。

 

だがそんな時でもお腹は空く。

 

這い這いで移動し、膝立ちにシフトしてから冷蔵庫を開ける。

 

しかし冷蔵庫の中身はほとんどない。

 

あるのは…前に大量に貰い、コツコツ減らしていたとれび特製のシュークリームだけだ。

 

偶然にも最後の1つだった。

 

鋼太郎ははぁ…とため息をつき、面倒臭そうにそれを取り出すと。

 

机まで持ってくこともせず。

 

その場で貪り食った。

 

今は夜だ。周りの迷惑も考えて、鋼太郎は可能な限り声を殺した。

 

でも出るものは出る。

 

「んおおぉおぉぉぉ……おおぉおぉぉおぉおおっ❤︎ほぉぉぉおぉぉぉぉおおっぉおぅおおお~~っ❤︎おおんっおっうぅぅぅあぁぁおぉぉぉぉ~~っ❤︎」

 

全身を悶えさせる。

 

いつになってもこの快楽苦痛には慣れない。

 

はぁはぁと過呼吸気味に息を切らす。

 

自分が息を切らす音しか聞こえない。

 

実に静かな部屋だ。先程まで自分がいたカフェとはかなりの違いがある。

 

だからこそ…少し寂しい気持ちになる。

 

今後はどうしようか。仕事は…プライベートは…交友関係は…。

 

色々と考えるべき事があるのは分かっている。

 

だが。今日はとにかく疲れた。

 

結局、うつ伏せになりながら彼が考えた事は1つだけ。

 

『昨日入ったから、今日はお風呂良いや』

 

これだけだった。

 

部屋に響いた音。息を切らす音に続いたのは、1人の男の寝息の音だった。

 

 

 

そこから1ヶ月経った。

 

鋼太郎の日常が大きく変わる事は無かった。

 

違うことと言えば。

 

あれ以来あの4人に絡まれる事が無くなり、当然だが、ユリアらと関わる事も無くなった…という事と。

 

1人がここまで気楽だとは…と気付いた事だ。

 

そんなある日。いつも通りギターを弾きながらライブをしていた時だった。

 

そもそも…八咫烏鋼太郎のファンは男性が圧倒的に多いのだ。

 

だから彼のライブも男性客がほとんど。

 

なので、観客に女性がいると直ぐに目につくし、ましてやそれが顔馴染みなら一瞬で分かる。

 

そして今日のライブの観客には。

 

珍しいことに、天野あいがいたのだ。

 

だが彼女は、鋼太郎と目があったのに気が付くと直ぐに、そっぽを向いて帰っていったのだ。

 

何だったのだろう。

 

鋼太郎はライブ中そればっかり考えていた。

 

そしてライブ終了後。

 

自分の激しいパフォーマンスの所為で割れてしまったピックを買い換えるため、鋼太郎は行きつけの楽器店に居た。

 

とはいえ、ここは普通の楽器店。茶色を基調とした落ち着いた色調のピックしかない。

 

だがそれは気にしない。後で桃色に塗り直せば良いのだから。

 

ピックが大量に入った引き出しから、お気に入りの手触りの奴を1つ選ぶ。

 

あ、そうだ。ギター弦の予備も殆ど無い。それも買い足さないと…と思い、売り場の方に向く。

 

・・・あいが立っていた。

 

「こんにちは。お久しぶりですね」

 

思わず後ろに飛び跳ねてしまった。

 

間違えて後ろの商品を倒しそうになったが、慌てて阻止したお陰で大事にはならなかった。

 

その一連の流れを眺めるあい。

 

今日もいつも通り、天使のような笑顔だ。

 

1ヶ月ぐらいでは変わらないらしい。

 

「すいません。昼間のライブでは」

 

まず彼女は謝罪をした。

 

どうやら、昼間のあれは見間違いじゃなかったらしい。

 

少し安心した。

 

だが大事なのはそこではない。

 

「鋼太郎さん。ちょっとお時間宜しいですか?2人きりで話したい事があります」

 

鋼太郎は色々と問い詰めたい事があった。特に昼間のあの態度について。

 

しかし、それを尋ねる間も無く。あいはさっさとその場を立ち去った。

 

鋼太郎に1枚だけ紙切れを渡して。

 

鋼太郎は暫く呆然としたが…取り敢えずピックとギター弦を買うことにしたのだった。

 

 

 

午後5時。

 

今日は少し空模様が悪い。

 

雨は降らないという予想が出ていたが…分厚い雲が空にかかっていた。

 

そんな中。鋼太郎はとある場所を不安そうにウロウロとしていた。

 

今いる場所。ここは頭狂の中でもかなりの端くれにある街だ。

 

初めて来た訳ではない。だがあの時はユリアらが一緒にいたから。

 

事実上の初めての街である。

 

自分でもソワソワしているのが分かる。

 

此処は自然が多く、街灯が少ないために夜はまぁまぁ暗くなるというので有名だ。

 

そして…天野あいと黒原きずなが本拠地としているのでも有名だ。

 

この街にある喫茶店。そこで待ってる。

 

あの時にあいから貰った紙切れにはそう書かれていた。地図付きで。

 

一応…方向感覚には自信がある。

 

リアル立体迷路として有名な頭狂駅(とうきょうえき)に行って、その中の1軒でしか扱ってないというサブレを買って帰る事が出来るぐらいには。

 

今日も惜しみなくその能力を発揮した。

 

とはいえ、初めてくる街だ。無事に目的地に着けて、鋼太郎は心底ホッとしていた。

 

店の入り口にあいが仁王立ちしている。実に分かりやすい目印だ。

 

「来ましたね。お待ちしてました」

 

彼女は何時もの顔でそう言い、付いて来いと言わんばかりに扉を開けて中に入っていった。

 

鋼太郎もその後をついて行った。

 

 

 

この店は以前にも1度入っている。

 

正直言ってかなり久しぶりだが。

 

内装は全く変わっていない。

 

実に雰囲気が良い店だ。

 

壁も床も天井で回るファンも、全て深い茶色で統一されている。

 

そしてその雰囲気に負けず劣らず、店員の服も上品な白と茶色で統一されている。

 

だからだろう。鋼太郎の髪の桃色はこの店ではかなり目立つ。

 

きずなの桃色の服もかなり目立つ。

 

「きずなさん。鋼太郎さん来てくれましたよ」

 

彼女は、1人でテラス席に座っていた。

 

どう見ても2人用の机だが、他の場所から持ってきたのだろう椅子が置かれ、椅子は計3つ。

 

机の上にはコーヒーが置かれていた。

 

あの人ってコーヒー飲むんだ…などと思いつつ、鋼太郎は彼女に近付く。その時だ。

 

気付いた。

 

気付いてしまった。

 

彼女の顔の絆創膏に。

 

左手の包帯に。

 

右脚のギブスと松葉杖に。

 

「久しぶり!元気してた?」

 

思わず息を飲む。

 

声の調子は変わっていない。自分が知っている通りの黒原きずなだ。

 

だがそれ以外は。変わりすぎている。

 

「あはは~見苦しいもの見せちゃったね~ゴメンね♪」

 

白い歯を見せて笑うきずな。しかし…見た目の痛々しさを増すだけだ。

 

普段からほとんど話さない鋼太郎だが。この時ばかりは文字通りの絶句だった。

 

「さて…何処から話そうかな☆」

 

 

 

その後。

 

鋼太郎は色んな話を聞いた。

 

主に…あの後起きた事について。

 

 

 

「!?」

 

鋼太郎は思わず立ち上がってしまった。

 

信じられないと言わんばかりの顔だ。

 

「鋼太郎さん…信じられないと思いますがこれが現実なんです」

 

「君はね、女の子を舐めすぎてた。ちょっとやそっとの力で何かが変わるほど、女の子の『派閥制』は甘くないよ☆」

 

鋼太郎は困惑した。

 

何より驚いたのは、2人がこの事を『予想通りの結末』として処理していた事だ。

 

「まぁ骨折は流石に想定外だったけどね☆」

 

笑顔が崩れないきずな。

 

鋼太郎は、取り敢えずさっき頼んだ牛乳を1口飲んで、落ち着こうとした。

 

落ち着けるはずがないが。

 

その間、2人は鋼太郎の様子を真剣に観察した。

 

だからだろう。彼が全く納得していないのは直ぐに見抜くことが出来た。

 

全員が黙ってしまう。

 

店員の慌ただしい声だけが聞こえる。

 

それを破ったのはきずなだった。

 

「さて…君はどうしたい?」

 

鋼太郎は思わずピクっと身体を動かしてしまう。

 

どうしたいか…なんて決まっている。

 

「あ、これ宜しければ」

 

スッとポケットからメモ帳とペンを出すあい。どうやら彼女はこれを常備しているらしい。

 

鋼太郎はこれを有り難く受け取る。

 

そして今の正直な思いを綴った。

 

 

 

ここで『自分はもうあいつらとは縁を切ったし』などと言わないあたり。

 

鋼太郎は優しい人物であるようだ。

 

 

 

「そっか☆」

 

「鋼太郎さんならそう言うと信じていました。ありがとうございます」

 

2人とも笑顔を作った。この時に初めて鋼太郎は気が付いた。

 

此処までの彼女らの笑顔は、俗に言う『作り物の笑顔(あいどるすまいる)』だったと。

 

今のが本物の彼女らの笑顔だと。

 

何となく…鋼太郎も釣られて笑顔になった。負けないぐらいの本当の笑顔に。

 

 

 

「さて。これからどうしようかしら」

 

とあるライブ会場。ユリアとにこるは2人で話し合いをしていた。

 

因みに、とれびはカフェの仕事中だ。

 

「わ、私はまだやれますの!」

 

ユリアにそう訴えるにこる。だが彼女の様子を見たら分かる。彼女はもう限界だ。

 

確かに、彼女は体力がある方だ。とはいえ、さっきのセリフもぜーはー言いながらだ。

 

無理をしているのは明らか。

 

「にこる。気持ちは分かるけど、少し落ち着いて。きずなの件忘れたの?」

 

「そ、それは…」

 

忘れるはずがない。彼女はにこるを庇ってあんな大怪我を負ったのだ。

 

ギュッと唇を結ぶ。

 

目には明らかな復讐の想いが込もっている。

 

だがそれをギュッと抑え。

 

「わ、分かりましたの。ユリア様も無理はなさらないでほしいですの」

 

こう告げ、彼女は自分の家に帰っていく。

 

挫いた右足首を庇いながら。

 

正直まだ痛い。

 

だがきずなに比べれば…割れた電球をぶっ刺されたあの左手に比べれば。

 

いや、比べること自体がナンセンスか?

 

とにかく。

 

こんな所で悲鳴をあげる自分の体に不満を持ちながらも、にこるは撤退するのだった。

 

その一方で、肝心のユリアは。

 

会場のステージに1人で立つ。

 

だが、立った所で何もない。何も起きない。

 

今は客もいない。ライブが終わってしばらく経った後なのだから、当たり前の話なのだが。

 

 

 

この会場は天井窓がある。

 

現在、その窓からは月光が入っていた。

 

 

 

 

「すれ違いになっちゃったかな☆」

 

20時半

 

きずな、あい、鋼太郎の3人は、例のユリアのカフェの駐車場に居た。

 

しかしカフェに人だかりはない…どころか、人が居た気配すらない。

 

「おかしいですね。今日は普通に開店日だったはずですが…」

 

首をかしげるあい。

 

確かに彼女の言う通りだ。

 

今日は普通の平日。営業時間も午後9時まではやっているはず。

 

なのに照明すら付いていない。

 

嫌な予感がする。

 

鋼太郎とあいは、きずなに乗ってきた車(きずなの仲間の所有物)に残るように言い。

 

2人揃って飛び出した。

 

だが嫌な予感は外れてくれた。

 

どうやら客が少なくなった関係で、いつもより早く閉店したらしい。

 

店の入り口に貼り紙があったのだ。

 

ホッとしたような…少し複雑な気持ちになる。

 

しかし止まる余裕はない。

 

今は早くきずなにこの事実を伝えよう。

 

そう思って自分達の車の方を向いた時だった。

 

 

 

車が消えていた。

 

 

 

「は!?」

 

流石のあいも、思わず声を出してしまった。

 

だが車の所在は直ぐ分かる。

 

少し遠くにいたのだ。

 

此処からどんどん離れていっている。

 

要するに、自分達を放置して出発したのだ。

 

これは打ち合わせにない。もしかしなくてもきずなの独断だろう。

 

だが。あいはこんな時でも冷静だった。

 

見逃さなかったのだ。

 

自分達の車の後ろをつけていたものを。

 

その車の柄を。

 

「なるほど…そうでしたか…」

 

ギリッと歯を強く噛みしめるあい。

 

鋼太郎もどういう意味か分かった。あのカフェで2人から現状を聞いていたから。

 

なるほど。

 

たった今、鋼太郎の中の『知識』が『経験』に昇華したようで。

 

鋼太郎も、事の深刻さを噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

きっかけは1ヶ月前。

 

あの後、ユリアは4人を連れて件の倉庫にやってきていた。

 

そして…はるなの要求を蹴った。

 

そこから地獄の日々が始まった。

 

というのも、そのあと直ぐに。

 

はるなが病院に救急搬送されたのである。

 

理由はステージ中の事故。

 

天井の照明が落ちてきたらしい。

 

命に別状はない。奇跡的に。

 

そう…天井の照明は『奇跡的に』はるなの急所を避けて落ちてきたのだ。

 

頭から血を出したものの、切り傷のみ。

 

3針縫うだけで済んだから良かった。

 

だが問題はこの後だ。

 

ヒカリとシズノの2人が声明を発表したのだ。

 

『この事故は鬼蝮ユリアらの過激なファンによる暗躍』によるものだと。

 

事実、このはるなのライブ会場にユリアのファンもいたにはいた。

 

だが事実は…ユリアのライブの帰りにたまたま敷地を通っただけの話である。

 

そして…当然のことだが。

 

はるなのファン達が大激怒。

 

特に過激派の行動が酷かった。

 

ユリアらのグッズを売ってる店を襲撃したり、その様子がSNSにあげられたり。何より…本人らが襲われるという事件が起きるようになる。

 

その一連の流れでにこるは怪我をしてしまう。

 

それでもなおユリアを庇おうとしたにこるを庇って、きずなも大怪我を負ってしまう。

 

とれびもあれ以来見かけていない。

 

仕方なく、騒動が終わるまで隠居生活を続ける事となった…のだが。

 

ここまでの騒動が起きて、黙っていられない立場の人間がいる。

 

そう。警察である。

 

アイドルをきっかけとした事件。ファン同士の暴動。それによる大量検挙。

 

これらを引き起こしたのは、無実とはいえ少なからず自分達…アイドルのせいだ。

 

結果として。もう「アイドル」自体の存在意義すら怪しくなり、ファンが離れていったのだ。

 

今は警察の目を避けつつ、未だ自分らのファンを続けてくれる少数派を慰める日々を送っている。

 

ユリアらは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは~!きずなちゃんも大怪我しちゃったらしいわよ!」

 

「ざまぁみろですね!!」

 

はるなの家。今日も彼女の両親はいない。

 

ヒカリら4人は20時からのニュース番組を見て、途轍もない悦に浸っていた。

 

「ふふっ。当然の報いです」

 

頭に包帯を巻いたはるな。医師曰くもうそろそろ外してもいいらしいが。

 

「ホント…はるなちゃんが体を張ったお陰だよね!凄いよはるなちゃん!」

 

惜しみない祝辞を贈るココ。

 

そう。お気付きだったかもしれないが。

 

 

 

あの事故は『自演』である。

 

 

 

はるなの1ファンに頼み、照明器具のネジを緩めて貰っていたのだ。

 

落ちる位置まで計算して。

 

「ユリアさん…分かりましたか…これが正しいファンの使い方ですよ…」

 

テレビ画面に表示される暴動事件のニュースを見ながらボソッと呟く。

 

「いやぁ!良いもの見れましたね!」

 

満面の笑み。

 

4人は、はるなが買ってきたオレンジジュースをジュースに注ぎ、乾杯をした。

 

『勝利の美酒』である。お酒ではないが。

 

「さ、後は被害者面して可哀想な子ぶったら終了ですね。いやぁ上手くいって良かったです」

 

「あ、はるな!私達にも利益頂戴よ!」

 

「ふふっ、もちろんです。『悲しんでいた所を慰めてくれた良き友』という事にしますから」

 

「わーい!はるなちゃん大好き!」

 

4人とも笑顔が止まらない。

 

会話の内容を除けば、普通の女子会だ。

 

その後はいつも通り、4人仲良くはるな家でパーティーをしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『次のニュースです。先日から続いている暴動事件について……美嶋はるなさんが声明を……彼女らは自分を慰めてくれた良き友で……鬼蝮ユリアらに責任を追求する気は無いと……』

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前でしょうが!!自演のくせに!!」

 

ステージで寝泊りをしていたユリア。

 

朝起きてにこるから無事のメールが来てホッとした矢先だった。

 

まさか真昼間のニュースでこんなに不快な気分になるとは思っていなかった。

 

「ホントムカつく!!いつまで調子乗ってんのよあのクソ女!!今度会ったらぜってーぶち殺してやる!!許さねーからなクソビッチども!!」

 

誰も聞いていないのを良い事に、放送禁止用語を並べるユリア。

 

それでも怒りは治らない…が。

 

新調した自分の例のメガホンを地面に叩きつけようとして、ハッと我に返ったようだ。

 

メガホンをギュッと握り直す。

 

そのままステージの縁に腰掛けて、足をブラブラさせる。

 

太ももに肘を乗せ、手に顎を乗せる。

 

本当にこれからどうしよう。

 

マスメディアを使い、はるなは暴動を辞めるように訴えた。

 

自分が襲われる恐れはそのうち消失するだろう。

 

幸い、自分のファンもそこまで離れてない。自分達が無実だからだろうが。

 

要するに、生存権的なものはもう気にしなくて良くなったのだ。

 

だが問題はこの後だ。

 

暴力に手を出す者が消えた所で、自分達の信用がすぐ戻るか…という話だ。

 

忘れがちだが、ユリアは頭狂の外へも活動範囲を広げようとしている。

 

だがここまでの暴動だ。外の街にも情報が出ているに決まっている。

 

この世界では、頭狂の他の街では「アイドル」という存在すらない。

 

そこに漬け込もうとしていたのに。

 

完全に危ない物と認知されただろう。

 

私達は。

 

そう、今回の事件。1番驚きだったのは…はるな自らが鎮めるように言ったことだ。

 

これにより、自分らの「頭狂での」普通の生活は取り戻せるだろう。

 

だがこの街の外は…?

 

少し考えればすぐわかることだ。

 

ファンが暴動を起こす(事にされた)アイドルと、事件に遭っても加害者を庇ったアイドル。

 

どっちが好感度が高いか。

 

そして…同然のことだが。

 

はるなも…他の3人も。

 

自分達と同じ事を考えている。

 

外に出たいと思っている。

 

だから彼女らは行動を起こしたのだ。

 

「あぁ。そういうことねクソビッチ供」

 

やっと分かった。

 

もしかしなくても、今回のはるなの自演は、ユリアらへのメッセージだったのだろう。

 

予想するに…。

 

 

 

『貴方達に頭狂は差し上げるので、一生その檻の中で縮こまっててくださいね。負け組さん❤︎』

 

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっ!!!!」

 

本気の絶叫。全身を悶えさせ、床をバンバン叩いたり足でダンダンと色んなものを蹴ったりする。

 

嫌いなあいつの笑顔が頭に浮かび、じんましんに近い何かがユリアの肌に出ていた。

 

全力で頭から取っ払おうとする。死ぬほど腹立つあいつらの笑顔を。

 

「あ"っ…あ"あ"っ…あっ…はっ…ははっ…」

 

だが…負け組なのは事実だ。

 

それは認めざるを得ない。

 

だから…ユリアはそれを認める事にして…そうしたらなんか笑いがこみ上げてきた。

 

「あはっ…はっ…あははははははは!!!」

 

おかしくてしょうがない。

 

大事な仲間を失って、残った仲間も傷つけて、影から見守ってくれた人に大怪我させて。

 

手にしたのは『負け犬の烙印』のみ。

 

しかも…捉えようによっては、喧嘩をふっかけたのは自分側だとも呼べる。

 

「あは…はは…ははは…」

 

本当に。何をやっているのだろう。

 

さっきから涙も止まらない。

 

鏡を見なくても分かる。今の自分はアイドルと呼べないほどぐちゃぐちゃの顔だ。

 

鼻をすする。涙を腕で拭う。

 

そしてステージに寝転がる。仰向けに。

 

大の字になって天井を見る。

 

「あはは…いま…もし…あの照明が…こう…ヒューって降ってきたら……死ねるかしら?」

 

そんな事を言う。

 

いつもなら…そんな事言ってはいけませんよユリア様!とか言われるんだろうが。

 

周りには誰もいない。

 

自分が鼻をすする音しか聞こえない。

 

だからだろう。

 

ユリアは急に仲間が恋しくなった。

 

そしてまた涙が出てくる。

 

ついさっき止めたばかりなのに。

 

もう自分が嫌になる。

 

「ぐすっ…もうやだぁ……とれびぃ…にこるぅ…鋼太郎ぅ…誰かぁ…」

 

悲しいが。呼んだところで誰も来ない。

 

それでも…もしかしたら、にこるはこっちに向かっている途中かもしれない。

 

だが…携帯を見ても連絡はない。

 

ユリアは横向きになる。

 

そして自分の体を丸め、泣き疲れからかユリアは、昼間だというのに眠りについてしまった。

 

 

 

13時

 

「いやぁ…昨晩はヒヤッとしたね♪」

 

きずなら3人は、例のカフェにいた。

 

とは言っても、今日はテラス席で無いが。

 

「えぇ…鋼太郎さんまで怪我を負わせる所でした。それは避けたいですからね」

 

あの後、追跡の車を振り切った後、慌てて2人を載せて飛んで帰ったのだ。

 

それは良かった。

 

だがユリアの位置は分からずじまいである。

 

これからどうしようか…と言った矢先。

 

カフェの天井近くのテレビが、お昼のニュースを放送し始めた。

 

あの…はるなの声明を。

 

 

 

当然、あれが自演である事に2人も気付いていた。鋼太郎にも教えてある。

 

その為に、ユリアほどではないが、彼女らも立腹せざるを得なかった。

 

 

 

「ねぇ聞いた?責任は追求しないって☆」

 

「ユリアさんではないですが…久し振りに人を蹴飛ばしたくなりました」

 

あのきずなが。あのあいが。

 

こめかみにしわを寄せていた。

 

鋼太郎にも分かるほど。

 

そうか…これが女性の怒り方か…などという考えは頭からパッと消して。

 

鋼太郎は考えた。彼女らが何故この事件を起こしたのかについて。

 

ユリアに復讐…が1番だろうが。

 

そもそも。

 

もし自分のファンが暴動を起こしたら、自分の顔に傷が付くかもしれない…ということは懸念していたのか?

 

実際。この事件でユリアの評判はガタ落ちした。これは彼女の思い通りだろう。

 

だが…ネットを冷静に見ると、はるなのファンもやりすぎだ!みたいな意見もある。

 

これは…『諸刃の剣』そのものなのでは?

 

そんな事を懸命に考える。

 

所を2人に目撃されたようで。

 

「悩んでるみたいだね☆」

 

いつになっても、不意に話しかけられるのには慣れる気がしない。

 

軽くパニックになりながら、ジェスチャーで伝えようとして…伝えられない。

 

仕方なく、あいのメモ帳とペンをまた借りて自分の疑問をぶつける事にした。

 

 

 

「あ、そんな事ね~。答えは実にシンプル!なんだけど~鋼太郎君には難しいかな☆」

 

手をヒラヒラさせるきずな。

 

あいもこの話題に食いついて来た。

 

「実は私も同じ疑問を持ってたんですよ。どうしてこんな自分も傷付ける事を…」

 

2人は今か今かときずなの返答を待った。

 

だが、彼女から帰ってきた返答について。

 

2人が納得するという事は不可能だった。

 

 

 

「女がね~そういう生き物だからだよ☆」

 

 

 

 

 

17時

 

「ユリア様?泣いてましたの?」

 

「別に泣いてない。気のせいよ」

 

実家の仕事を終わらせ、家にあったパンをいくつか持ったにこるが、ユリアに会いにきていた。

 

にこるの声がするまで寝ていたユリア。

 

だがお腹が空いてたのは事実、パンをありがたく頂戴する。

 

因みに入り口近くには、にこるの配下達と彼女の乗ってきた車があった。

 

にこるの家は、親衛隊とも呼べる優秀な仲間と多数の監視カメラのお陰で、暴動の被害に全く合わなかったのだ。

 

よって、ユリアにとって1番安全な場所はにこるの家なのだが…ユリアがそれを断った。

 

にこるの実家の危険度を高めたくないから。

 

そう。彼女はトコトン仲間思いだったのだ。

 

だからこそ例の鋼太郎の件は悩んだのだが。

 

昨日と同じように、ステージに腰掛けて足をブラブラさせながら。

 

貰ったパンを勇ましく食べきり、彼女は今後についてにこると話し合おうとして…。

 

「さ。これからどうするか考え…」

 

「そ、その件なんですけど…ユリア様」

 

遮られた。

 

だが怒るつもりはないし、パンを食べただけなので怒るエネルギーもない。

 

「もう…終わらせたいんですの…」

 

とはいえ、こんな事を言われてしまったら、食いつくしかないだろう。

 

にこるは寂しそうな顔をしている。

 

そういえば…初めてきずならと情報を共有した時も、彼女はこんな顔をしていた。

 

ユリアはにこるを隣に座らせ、彼女の悩みを聞くことにした。

 

 

 

にこるは。昨日の夜に色々と調べたらしい。

 

とは言っても少し検索しただけだったが…色々と出てきたのだ。

 

『被害総額予想スレ』なんてものもあった。

 

そんな中。あの4人の今の動向について気になるニュースがあった。

 

そう。

 

この事件を追い風にし、一瞬で頭狂の外へ勢力を伸ばしたのだ。

 

主犯はシズノだろう。

 

 

 

「あの人は電車に詳しいですの…だからどこでも引っ張りだこみたいで…」

 

「そうね。電車とか駅とかは観光の基軸にしやすいもんね。金も稼げるし」

 

ガクッと肩を落とすにこる。

 

事実、彼女は「京急線」が本拠地とはいえ、電車に…特に東日本の電車に詳しかった。

 

地方に呼ぶのは比較的楽だろう。コラボと称すれば良いのだから。

 

「昼のニュースも見ましたの。もう…あぁなったら誰も止められないですの」

 

昼のニュースにあった通り、彼女はマスメディアを使って「被害者」になった。

 

そして「加害者」を庇う発言をした。

 

これで評判は…そんな急斜ではないが…上り坂になったと予測出来る。

 

要するに。

 

「もう…私達に立ち入る隙は無いですの」

 

ということだ。

 

ユリアももう薄々感じていた。

 

とはいえ、現実を突きつけられるのはやはり辛い。悔しそうな顔は隠せない。

 

「ユリア様。ユリア様はまだ諦めてないかもですの…でも…その…もう…」

 

にこるの言いたい事は分かる。

 

そして…自分でもかなり驚いている。

 

あのにこるが。自分の言うことやること全てを肯定してくれたにこるが。

 

自分に反旗を翻そうとしている。

 

自分を否定しようとしている。

 

自分が間違っていると思っている。

 

嬉しくも…悲しくもある。

 

しかし。自分が彼女の質問に答える前に、にこるは付き人に連れられ、立ち去ってしまった。

 

彼女はまだ実家の手伝いがある。よってこれはしょうがないことだ。

 

今日ほど辛い日は無かったが。

 

そうだ。自分は間違っている。

 

間違っているから負けた。

 

仲間を失ったり傷付けたりした。

 

だが…あっさりひけない自分も居た。

 

何としてもあいつらを一泡吹かせたいという気持ちも強かった。

 

自分はどうしたら良いのだろう。

 

にこるが置いていったペットボトルのお茶を一気飲みし、ユリアはため息をついた。

 

本当に…何が正しかったのだろう。

 

 

 

 

結局、今日も収穫が無かった。

 

本当は、にこるに会いに行けば一発なのだが…。

 

それは避けたい。

 

自分達にも白羽の矢が立ってる以上、あそこに近づけばあそこを危険地帯にしてしまう。

 

そう、ユリアと同じ理由だ。

 

だが今日は、嬉しいニュースも入った。

 

とれびが仕事場に復活したという情報を、きずなの仲間が持って来たのだ。

 

しかし…その情報が耳に入った時は、既に店の開店時間外だった。

 

よって、その日はもう解散し。

 

翌日の朝9時前。開店時間の数分前。

 

きずな、あい、鋼太郎の3人は、彼女の仕事場にやってきていた。

 

そして…とれびの姿を見つけた。

 

なんてことのない。いつもの彼女だ。

 

当然、きずなは話しかけようとした。

 

しかし鋼太郎が止めた。今の彼女にユリアの話はまずいのではないかと思ったのだ。

 

一理ある。少し悩みはしたが、きずなは鋼太郎の意見を聞くことにした。

 

幸い、彼女に気付かれはしなかった。

 

そんなことがあり。

 

現在は昼の12時。お昼ご飯を食べようと、3人はある場所に来ていた。

 

大学の学食である。

 

「さて、どれにしよっか☆」

 

「い、良いんですか?」

 

御察しの通り、きずなの通っている大学だ。

 

この大学は、一部を一般開放している…とはいえ、あいも鋼太郎も大学とは無縁だ。

 

「大丈夫だよ~他の大学の生徒も普通に出入りしてるぐらいだしね~鋼太郎君を見習いなよ☆」

 

困惑が取れないあいに対し、もう鋼太郎は昼食を選び始めていた。

 

よほどお腹が空いていたのだろう。

 

「じゃ、じゃあ遠慮なく」

 

「そうしちゃって♪」

 

口ではそういうものの、やはり量を考えてしまうあい。その一方で選びまくってる鋼太郎。

 

きずなはその様子を見て笑顔になる。

 

そして椅子にゆっくり座り、机に松葉杖を立てかけて、未だに痛い左手を机の上に置いた。

 

「はぁ…左手が治んないなぁ…☆」

 

少し緩んだ包帯を結び直す。

 

当然…医者にも行った。

 

骨は折れていないし、正しい応急処置のおかげで破片が入り込んでるとかも全くなかった。

 

なのにまだ痛い。

 

早くこの包帯を取りたい。手を洗う時に気を使わないといけないのがストレスだった。

 

左手を軽く振る。だが痛いものは痛い。

 

そんなことをしていると…2人が戻ってきた。

 

自分達の食事と…袋に入ったパンを持って。

 

「ふふっ…鋼太郎さんがですね。きずなさんの為に片手で食べられるものを…って事でこれを貰ってましたよ」

 

きずなは前々から思っていた。もしかしたら鋼太郎は想像以上に優しい人間なのかもしれないと。

 

今ので確信を持った。

 

そして…この左手を相殺するぐらい嬉しかった。

 

因みに。鋼太郎は照れくさそうにしている。

 

「参ったね~ここまで気がきくとは♪」

 

きずなと向き合う形で2人は座り、各々のものを食べ始めた。

 

あいはお上品に…鋼太郎は少しお行儀悪く、ムシャムシャと食べる。

 

その様子を満足そうに眺めるきずな。

 

正直言って此処は安全だと思っている。

 

もちろん、過激派の因子がいるかもしれない。

 

しかし…此処は自分と自分の仲間達の本拠地。

 

先程から自分達を見守ってくれている雄供の視線には気付いている。

 

詰まる所、俺たちの地で好き放題はさせねー!って事なのだが。

 

きずなにとっては、彼らが全てだ。

 

彼らのことを1番信用している。

 

だからこそ此処に来ることを決めたのだ。

 

 

 

その後、特に危ないこともなく。

 

「いやぁお腹いっぱいだよ☆」

 

3人は学食を後にした。

 

「さて…これから何処に行きます?」

 

確かに、安全圏であるあの大学にずっと避難するというのもありかもしれない。

 

だがその選択肢はありえない。

 

何としても。ユリアに会わなければ。

 

「そうだね~取り敢えず…」

 

そう言いながら正門を出た…その時。

 

3人を呼び止める声が聞こえたのだ。

 

声の主は分かる。

 

骨折したきずなを、いつも車で運んでくれている…きずなの仲間の1人だ。

 

何せあの巨体だ。見間違えるはずがない。

 

「あれ~どうしたの☆」

 

彼はぜーはー言いながらハンカチで汗を拭き、たった今入ってきたニュースを伝えた。

 

 

 

観音寺にこるが失踪した。

 

 

 

家にメモを残して。

 

 

 

きずな達に会うために。

 

 

 

「そ、そんな!何で!?」

 

衝撃的だった。ユリアに会うためならまだ分かるが、なぜ自分達に用事があるのか。

 

実は彼女は、自分を庇ってきずなが大怪我を負った事をかなり気にしていた為に、もう2度とこの2人を巻き込まないと宣言していたのだ。

 

鋼太郎も驚いていた。彼女は「有言実行」に重点を置いていたから。

 

やると言ったらやる女だったから。

 

その彼女が…自分達に会いたがっている。

 

ただならない。

 

急ごう。そう言う前に体が動く。

 

3人は大学の駐車場に向かう。

 

巨体の彼が機転を利かせてくれて、きずな達が歩く距離を最小限に抑えたのは良かった。

 

あいと鋼太郎の2人がかりで、きずなが車に乗るのを全力で支える。

 

因みに、きずなのかなり優秀な情報網が、とれびのカフェに向かうにこるを見つけたたらしい。

 

ならば。目的地は決まっている。

 

「なるべく急いで頂戴ね♪」

 

巨体の彼は黙って頷き、サイドブレーキを引き、車を発進させた。

 

 

 

「にこるちゃん…」

 

とれびは驚愕していた。

 

いくらあんな事があったとはいえ、にこるがあまりにもやつれ過ぎていたのだ。

 

何より…覇気がない。

 

「とれびさん…お元気そうで良かったですの」

 

もしかしなくてもストレス性のものだろう。

 

目も当てられない。

 

よく見ると、持っていたカメラもいつもより小さい物になっている。

 

「取り敢えず…何か出そうか?」

 

「料理は要らないですの。でも後で客人が来ますから…4人分欲しいですの」

 

客人。その単語にとれびは反応した。

 

こんなやつれた姿を見せられるようなにこるの客人。そんなのは一握りもいない。

 

ましてや…にこるを除いて3人だ。誰が来るかは想像に難くない。

 

そしてこの緊急事態。彼女がプライドを捨てる事も…考えたくないが…あり得るだろう。

 

「うん…分かったよ」

 

彼女はそう言い、店のキッチンに向かった。

 

椅子の背もたれにもたれかかるにこる。

 

実は彼女は気付いている。実家の店の客にきずなの部下がいたことを。

 

だからこそ…此処まで自分を追って来てくれるだろうと期待したのだ。

 

そして…言わずもがな。

 

彼女のこの期待は応えられる事となる。

 

 

 

とれびのカフェに入った時。

 

最初に驚いたのは、にこるの様子だ。

 

久し振りに見たわけだが…想像以上にやつれていた。先程のとれびと似た反応である。

 

次に驚いたのは、自分達の飲み物とお菓子と椅子まで用意されていた事だ。

 

「私達が此処に来る事は分かっていた…と」

 

「そういうことですの。だから…早く椅子に座ってほしいですの」

 

口ではそういうにこる。しかし目線の方は宙を泳ぎ続けていた。

 

恐らく、きずなの怪我と鋼太郎から目を逸らしたかったのだろう。

 

流石に…此処まで露骨にされてしまっては、2人も気付かないわけにはいかない。

 

「もう気にしてないよ~ね、鋼太郎くん☆」

 

鋼太郎は首を縦に振った。

 

その時。奥から騒ぎを聞きつけてきたとれびも出てきて…にこると似た反応をした。

 

そんな気まずい雰囲気を壊そうとして…あいが最初に発言した。

 

「で。どうして私達に用事が?」

 

バサッと空気を切る。

 

この一言で全員が気合を入れた。

 

にこるも1つ咳払いをし、とれびを隣に座らせた後、淡々とユリアの様子を話し始めた。

 

居場所も含めて。

 

 

 

その話を聞いた後の。反応は各々違った。

 

しかし…ユリアに会いに行くという目標を捻じ曲げるつもりはなかった。

 

そして何より。

 

にこると自分達の考えが同じだったのだ。

 

 

 

 

 

ユリアを止めたい…という考えが。

 

 

 

 

 

「ユリア様は…考える素振りは見せてくれましたの。でも…考えが変わることは…」

 

肩を落とすにこる。

 

事実、きずなの怪我に代表されるように、自分達はかなりの損失を受けた。

 

そこまでして…ユリアが呆気なく引いてくれるとは思えなかった。

 

その一方で。おこがましいようだが。

 

彼女が自分の仲間を…自分達の事をこき使うとも思えなかった。

 

そうするぐらいなら。

 

「自分だけ…だね☆」

 

もう次は…どうなるか分からない。

 

今度こそ本当に殺されるかもしれない。

 

あの4人はそれすらやりかねない。

 

いやそこまでしなくても…16歳の女子に出来ることなぞ数えられない程ある。

 

それこそ…アイドルが絶対に踏み込んでいけない領域のことが。

 

考えただけでゾッとするような事が。

 

「私は…ユリア様が辛い目に遭う事に…もう耐えられないんですの…。せっかく…暴動が…やっと治ってきたのに…」

 

そう。

 

もう戦う理由がないのだ。

 

事実、もうあの4人はこの街を出て、他の街の宣伝を始めている。

 

そして…自分達に戦おうという意思がない。

 

要するに。ユリアは現状1人ぼっちなのだ。

 

とはいえ…全員がユリアの意思に合わせるつもりも更々ない。

 

以上の理由により。5人揃って彼女を説得しに行く…という結論が出た。

 

実を言うと、こうしたいと全員が思っていたのだが、何せあの状況だったために、集合と会議が出来なかったのである。

 

「まぁ、ユリアさんが余計な…余計な?事をする前に集まれて良かったですね」

 

何であれ。全員の意思が一致していたことは喜ばなければならない。

 

時計を見る。14時を過ぎていた。

 

もう今から詰めに入っても良いだろう。

 

「よーし…最終決戦だよ!」

 

とれびがそう叫ぶ。そして全員が配られたジュースを飲み干し、立ち上がったのだった。

 

 

 

きずなが呼んだ車に乗る時。

 

鋼太郎1人が少し遅れた。

 

どうしたのだろう。

 

他の4人はこう疑問に思ったが…。

 

直ぐにその疑問は無くなるのだった。

 

それもそうだろう。

 

何せ…。

 

 

 

スケッチブックとペンを握っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えぇ…次のニュースです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本日の明け方、都内の駅で…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『~~~~~さんと~~~~~~さんが』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何者かに包丁で刺された事件について…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きずなの車は6人乗りだ。

 

助手席に鋼太郎が座り、他の4人は後ろにぎゅうぎゅうに座る。

 

そのような様子だったから。

 

きずな達は気付いた。にこるが泣きそうだ。

 

もしかしなくとも。ユリアの無事を必死に願っているのだろう。

 

隣にいたとれびが彼女の頭を優しく撫で、大丈夫だと囁き続ける。

 

それを繰り返し続け。

 

気がつけば目的地に着いていた。

 

そして真っ先に降りる鋼太郎。

 

なので、最初に気がついたのも当然のことだが鋼太郎である。

 

そう。人の数が少なすぎる。

 

「ここは盲点だったね~まぁ確かに人の出入りが少なすぎて潰れる寸前とは聞いてたけど☆」

 

ライブ会場…のはずだが。

 

アクセスは悪いわ客席は少ないわ雨対策はショボいわで、利用するものがほとんどいなかったのだ。

 

にこるは、その中の1つ。

 

群を抜いてボロい建物に向かい、入り口の大きい扉を開けた。

 

そして…内装も酷かった。

 

例えるなら…砂利道にビニールシートを引き、周りに柵を立て、上にビニールシートを被せたような…そんなボロい場所だった。

 

とはいえ、雨風は凌げるようだが。

 

そして…にこるは中に入って呆然とした。ユリアの姿が無かったのだ。

 

「そ、そんな!ユリア様!」

 

慌ててステージの方に向かう。

 

後を追うように他のメンバーもステージの方に向かって行く。

 

そして…ステージに登って左右を見渡したにこるは。舞台袖を確認したにこるは。

 

その光景に目を疑った。

 

そしてそのまま、腰を抜かしてしまった。

 

 

 

そもそもこのボロ舞台には、巨大な垂れ幕があった。

 

この巨大な垂れ幕は、布が「紐」に引っ掛けてあるタイプである。

 

恐らくだが、この「紐」を使ったのだろう。

 

そして、このステージの天井近くの金属足場(照明がぶら下がっている)は、登ろうと思えば登れる。

 

と言えば。

 

ユリアがこの時に何をしていたかは、想像が出来るのではないだろうか?

 

 

 

そう、彼女は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首を吊っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユリアちゃん!!」

 

その事に他のメンバーも気付いた。

 

慌てて総出で降ろそうとする。

 

だが…かなり頑丈に固定されていた。

 

恐らく、ロープを引っ掛けた後で上から落ちたのだろうが…。

 

困った事に、登れる場所が分からない。

 

しかしそんな中でも。

 

鋼太郎は冷静だった。

 

ここは腐っても「舞台」だ。

 

となれば、舞台袖を探せばあれがすぐに見つかるはず。と睨み、鋼太郎はユリアの下をくぐって走った。

 

それを見かけたあいも後を追う。

 

鋼太郎の予想通りだった。かなり乱暴な扱いだったが、目的のものはあった。

 

野外ライブ用の巨大スピーカーである。

 

「こ、鋼太郎さん?それを一体…」

 

答えるが早いか。鋼太郎はその中の1つを持ち上げ、にこるらの所まで運び始めた。

 

そしてユリアの足元に置く。

 

「あぁなるほど!足場にするんですね!」

 

漸く鋼太郎の考えに気付いたあいは、もう1つを運ぼうとして…重過ぎて諦めた。

 

ほとほとと困るあい。

 

そんな彼女に構う素振りも見せず、淡々と鋼太郎はもう1つを運び、先程のものと隣り合わせた。

 

因みに、この2つは立方体である。

 

そして巨大スピーカーはもう1つある。こちらは縦長の直方体だ。

 

此処までして、鋼太郎の考えに気付かない人はいないだろう。

 

気が付けば、きずなととれびも鋼太郎の手伝いをしていた。

 

この直方体は、先程までの立方体のそれとは重さが段違いに違ったのだ。

 

ましてや、これは先程の立方体の上に乗せる。1人では流石に無理だ。

 

「スピーカーを階段にするなんて…よく思いついたね鋼ちゃん!」

 

わーっと喜ぶとれび。その一方で不安な顔を隠せないにこる。

 

それもそうだ。1分1秒を争うのだから。

 

全員総出で、立方体スピーカーの上に直方体スピーカーを乗せる。

 

そして一足先に鋼太郎は手を離し、スッとその自作階段を登り始め。

 

他の全員が支えている2段目のスピーカーの上に乗り、高さを確かめた。

 

ギリギリ足りない。

 

だが…上に登るには十分だ。

 

そう言うが早いか。

 

鋼太郎はその2段目から勢いよくジャンプし、照明をぶら下げている金属足場に捕まると、人が通れる隙間を見つけ、そこから上に登った。

 

感嘆の声を漏らす他のメンバー。

 

更に鋼太郎は、止まる事なく紐に手をかけ、下のメンバーに目配せをした。

 

「私が行くよ☆」

 

目配せして何を伝えたかったか。

 

分かったのはきずなだけだった。

 

そう。下で受け止める人がいるのだ。

 

というのも、ユリアが使っていた紐は割と短かかったようで。

 

この中で1番背が高いきずなが2段目に乗っても、ギリギリ彼女の腰に手が届くくらいだった。

 

とにかく。

 

降ろしても大丈夫な事を確認した鋼太郎は紐を解き、腕を取られないように注意しつつ、ゆっくりと降ろした。

 

「うん!グッジョブ鋼太郎君☆」

 

きずなにお姫様抱っこされる形で、ユリアはきずなと共に下に降りていった。

 

下から歓声が上がる…かと思ったらそうでもなかった。

 

ユリアの無事を調べる必要があるのだから。

 

「ユリア様!大丈夫ですの!?」

 

大声で話しかけるにこる。

 

しかし反応はない。

 

だが…幸いな事に、首を吊ってからの時間はそこまで経っていないようだ。

 

呼吸らしき何かはきっちりしているし、首に紐の跡も見当たらないから。

 

ユリアの無事を祈る中、正規ルートで降りてきた鋼太郎が合流し。

 

彼は他のメンバーを少し遠ざけ、心臓マッサージを始めたのだ。

 

決死の表情で。

 

絶対に死なせてたまるかという表情で。

 

心配になるほど速く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先日、都内の駅で起きた…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『犯人と思われる青年の遺体が…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『警察は自殺と見て…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『被害者の命に別状はなく…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参りましたね…」

 

都内の病院。その中の休憩室。

 

美嶋はるなと兎音ココの姿があった。

 

少し魔が差し、ユリアらの様子を見ようと頭狂に帰って来たのが運の尽きだった。

 

ヒカリとシズノが刃物で刺されたのだ。

 

幸い急所は外れ、2人の意識も戻っている。

 

そして安静を言い渡された。

 

「ホントに…許されないよね」

 

2人を刺した犯人は自殺したらしい。

 

まだ警察の詳しい発表はまだだが、遺言らしき物も見つかっているらしい。

 

しかし、一瞬その姿を見たというヒカリとシズノの話を聞く限り。

 

「全く…熱意的なファンは怖いですね」

 

犯人はユリアの熱烈なファンだったらしい。

 

となれば。犯行動機は明白だろう。

 

だがそれを気にするつもりはなかった。

 

「ま、あの2人が無事に帰ってくるまでの辛抱だよね!我慢我慢!」

 

ヒカリとシズノが元気になり次第、この街を抜け出せば良いのだから。

 

結局ユリアらを見かけることは出来なかったが、もうどうでもよくなっていた。

 

 

 

 

「えぐっ…えぐっ…」

 

にこるは泣いていた。

 

悲しいからではない。嬉しいからだ。

 

あの後、鋼太郎の想いが届いたのか、ユリアは無事に目を覚ましたのだ。

 

満足したような顔の鋼太郎。泣きながらユリアに抱きつくにこる。それを遠くから眺めるとれび。

 

あいときずなは、その様子を横目で見つつ、2人がかりでスピーカーを片付けていた。

 

周りを見渡し、状況を理解したユリア。

 

 

 

だがしかし。

 

 

 

ユリアの口から感謝の言葉は無かった。

 

 

 

それどころか。ユリアは衝撃的な言葉を…本心を…3人に放ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「え…今なんて…?」

 

もちろん、ユリアは断りを入れた。

 

とはいえ。

 

今の彼女から聞きたくない言葉だった。

 

「だーかーら!!何で私の事を助けたんだって聞いてんの!!あのまま死なせてくれたら良かったのに!何度も言わせんじゃないわよ!!」

 

ずっと首が絞まっていたからか、声は少し枯れていた。

 

そして…少し涙声だった。

 

「もう…私に生きる価値なんて…無いんだから…クソ…」

 

悔しそうにしている。

 

にこるととれびは知っていた。こういう時に「そんな事ない」と言うのは逆効果だと。

 

そして。

 

その一部始終を見ていた鋼太郎は。

 

ある事を思い出した。

 

 

 

あぁそうか。

 

ユリアさんは優しいんだった。

 

ずっと会ってなかったから忘れてた。

 

仲間想いで。誰よりも優しくて。

 

責任感が強いんだった。

 

 

 

ギュッと唇を噛み締める鋼太郎。

 

自然と彼の手は、ペンを握っていた。

 

「ホントあんた達は!こんな惨めな女を助けて楽しいわけ!?」

 

ユリアは自暴自棄になっていた。

 

「仲間もロクに守れないクセに、勝手にリーダー面してさ!ちょっとやられただけで逃げ出したのよ!?そんな奴…人間のクズよ!死んで当然なのよ!」

 

自嘲が止まらない。

 

誰も何も言い返せず。

 

にこるもとれびも…帰ってきていたきずなもあいも、スッと黙ってしまった。

 

「だからもう勝手に死なせてよ!!あんた達の顔なんてもう見たくもない!!」

 

そんな中。

 

ユリアの発言を耳に入れつつ、スケッチブックに文字を書き終えた鋼太郎が。

 

黙ってユリアに近づいたのだ。

 

そして…彼女が「見たくもない」と言い終わったその瞬間だ。

 

鋼太郎は。

 

手に持っていたスケッチブックで。

 

 

 

 

 

思い切りユリアの頬を引っ叩いたのだ。

 

 

 

 

 

パーン

 

 

 

 

 

舞台上を大きい音が響く。

 

その場の空気が凍る音も響く。

 

もちろん角で殴った訳ではない。スケッチブックの1番広い面で叩いた。

 

とはいえ。ダメージはそこそこあるだろう。

 

事実、たった一撃のみだったが、ユリアの頬は少し赤く腫れていた。

 

何が起きたか分からないという顔で、鋼太郎を呆然と眺めるユリア。

 

肝心の鋼太郎は。過呼吸気味になりつつ、ユリアを眺めていた。

 

まるで「黙れ」と言わんばかりに。

 

だがユリアは変わらなかった。

 

「あぁそっか…そうよね。あんたは私に裏切られたんだもんね。そりゃあ引っ叩きたくなるわよね。良いわよ別に。好きなだけ殴ってくれたら」

 

ははっと笑う。顔は笑っていないが。

 

鋼太郎はギリっと歯を噛み締めた。

 

「そうよ。あんなクソ女共に何かされて殺されるぐらいなら…鋼太郎に殺されたい…うんそっちのが絶対良い。ほら鋼太郎。早く私を殺して」

 

笑ってないどころか。目が死んでいた。

 

1歩引いた鋼太郎だったが、もう1度前に踏み込み、今度はユリアの胸ぐらを掴んだ。

 

黙れ…。黙れ…。黙れ…。という風に。

 

鋼太郎も、こんなユリアは見たくなかった。

 

「あはは…首吊りでは死ねなかったし…今度はあんたの握力で絞めてくれたら…」

 

そこまで言って。

 

ユリアは鋼太郎に顔を掴まれた。

 

そして鋼太郎は。無理やりユリアの顔の向きを固定して、スケッチブックに目を向けさせた。

 

先程まで懸命に文字を書いていた物に。

 

ユリアは至極嫌そうだった。

 

顔を掴まれた事にも、さっさと殺してくれないことも、スケッチブックに書かれた内容も。

 

そして偶然にも。

 

今日持ってきたスケッチブックも、紙の枚数が10枚丁度であった。

 

前のより紙1枚1枚が大きいが。

 

 

 

『ふざけんな』

 

『人に散々迷惑かけといて、1人だけ何逃げようとしてんだ』

 

ユリアと共に。

 

ユリアを介抱していたにこるととれびも、黙って鋼太郎のセリフを読む。

 

『せめて仲間を巻き込めよ』

 

『あんた1人の責任じゃないだろ』

 

鋼太郎は怒っていた。

 

顔を見ても、スケッチブックをめくる様子を見ても、一目瞭然であるほどに。

 

『こういう時こそ仲間を頼れよ』

 

顔をしかめるユリア。

 

そして横にいるにこるととれびの顔を見る。

 

2人は鋼太郎の意見に同意を示した。

 

『たった1回ミスしたぐらいでリーダー失格とか調子乗んな』

 

『あんたの仲間はそんな事を求めるような外道達か?』

 

鋼太郎の目が血走っている。

 

あの鋼太郎が。周りが慌ててる中ずっと冷静だった鋼太郎が。

 

我を忘れそうになっていた。

 

そして次の1ページをめくる。

 

『頭冷やせよ』

 

どうやらユリアは、思っていることが顔に出るようで。

 

今のあんたに言われたくない!といったような表情が外に漏れていた。

 

しかし…冷静さも段々と取り戻していた。

 

『これからまたやり直せば良いんだよ』

 

前回とは違い。

 

今回は一分の隙も与えず、畳み掛けるように紙をめくっていた。

 

よほど立腹していたのだろう。

 

そして…最後の1枚をめくり。

 

それと同時に、手を差し伸べた。

 

 

 

『貴方の新作ケーキが食べたいです』

 

 

 

その後、暫くの硬直があり。

 

何を思ったか。

 

ユリアは吹き出したのだ。

 

「あはは!あんたは本当に!!普通そこは『一緒に帰りましょう』じゃないの!?」

 

腹を抱えて笑うユリア。

 

にこるととれびも、釣られたように笑う。

 

鋼太郎は少し不服そうだったが。

 

「あとさ!一応私のが年上でしょ!生意気にタメ口なんか使ってんじゃないわよ!」

 

何やらよく分からないが。

 

ユリアはツボにハマったようだ。

 

自分達の後ろで、きずなとあいが胸を撫で下ろしたのを肌で感じた。

 

肝心のユリアは。息を整え。

 

スッと立ち上がった。

 

「しょーがないわねー!そんなに私の事が好きなんだったら、満足するまで付いてきたらいいじゃない!もう勝手にしなさい!」

 

暴言は止まってなかったが。

 

さっきまでとは違った。

 

そう。いつもの鬼蝮ユリアだったのだ。

 

「ほらきずな!車あるんでしょ!さっさと私のカフェまで運びなさいよ!」

 

「う~ん…私のが年上なんだけどな~☆」

 

常に高飛車な態度で。

 

年上をいつも苦笑いさせ。

 

やたら自分に自信を持っていて。

 

相手が誰だろうと喰ってかかり。

 

誰よりも仲間想いな。

 

いつもの鬼蝮ユリアだった。

 

「ほら、あんたらも早く!」

 

良かった良かったという余韻に浸る間も無く、3人はユリアに呼ばれ…。

 

たのだが。

 

車に4人+運転手を乗せた後。

 

ユリアは鋼太郎を呼び止めて。

 

今回は正面から。彼の両手首を両手で掴み。

 

後ろの他のメンバーに聞こえないように。

 

少し照れくさそうな…というか、明らかに照れている顔で。

 

彼の耳元に顔を近づけ、呟いた。

 

 

 

「ありがと鋼太郎。大好き」

 

 

 

ビクッとする鋼太郎。

 

耳に息がかかったこともある。耳元で囁かれるのに慣れてないのもある。

 

でも何より…あのユリアが。

 

年相応の女の子の顔をしたのだ。

 

いつもの子供っぽい表情でなく。

 

彼から見れば。1つ上の憧れのお姉さんの可愛すぎる照れ顔となる。

 

無意識に足に力が入った。

 

何時もなら、聞いた言葉の意味をなるべく察するように徹している鋼太郎だが。

 

今回は聞かなかった事にしよう。

 

そう決めたのだった。

 

 

 

 

「で、それをわざわざ伝えに?」

 

次の日の朝。

 

きずなはとある病院に1人で来ていた。

 

ヒカリらと接触するためである。

 

2人が何処に入院していたかは公開していなかったはずだが…きずなの情報網はやはりすざましいようだ。

 

「そうだよ~☆」

 

何時もと同じように微笑むきずな。

 

街中ならやたら目立つ松葉杖とギブスも、この場には上手く馴染んでいた。

 

そして彼女は、その松葉杖を壁に立てかけ、シズノが横になっているベッドに腰掛けた。

 

「あとついでに~質問をしにね♪」

 

左手を気遣いつつ、軽く伸びをする。

 

この間にココとはるなは、ヒカリが横たわるベッドに腰掛けた。

 

「質問…ですか」

 

刃物で刺されたせいか、少しテンションが低くなっているシズノ。

 

きずなは彼女の方をチラ見して、シズノの足に当たらないように後ろに倒れると。

 

もう1度背伸びをして。

 

「あのさ。単刀直入に聞くけど」

 

ヒカリらの方を向いてこう言った。

 

 

 

「本当にあの娘達を潰したかったの?」

 

 

 

「は?」

 

「いやぁ乱暴はしてたけど…ちょっと考えたら、こうなるのは目に見えてたんじゃ…ってね☆」

 

悪びれる様子もないきずな。

 

というのも。この1件でユリアらの友情は更に深まり、一念発起を始めている。

 

本当に彼女らを潰しかったならば、こうなる事を助長する…俗に言う吊り橋効果を与えるような…真似はしなかったはずだ。

 

特に、ユリアの諦めの悪さに関しては、4人もよく知っていたはずだ。

 

「それに他にも思う事があってね~☆」

 

そしてきずなは。彼女自身が色々と気づいた事を言い始めた。

 

今回の件。最後にユリアをカフェまで送り届ける時なのだが…。

 

あの時。例の巨体の部下が気を利かせてくれて、車を6人乗りにしてくれたのが良かった。

 

助手席の…何故か顔を真っ赤にしながら外を眺めている鋼太郎は無視して。

 

2列目にユリアを挟む形でにこるととれびの3人が座り、3列目にきずなとあいが座った。

 

そして後部座席で5人で話をしていたのだ。

 

「その時に気付いたんだけど…あの時ココちゃんが持ってたゴミ袋に入ってたユリアちゃんのメガホン、かなりボロっちかったんだね☆」

 

真ん中にユリアがいたために、後部座席からも彼女のメガホンが見えたのだが。

 

ピッカピカだったのだ。

 

もちろん…買い換えたばっかりなのは知っていたが。それでも驚きが隠せなかったのだ。

 

それだけでない。

 

何であれ、結果的にユリアの「顔」には攻撃をしなかった点。

 

計画を邪魔したにこるととれびを「軟禁」で済ませた点。

 

ユリアを放置しないように鋼太郎らを誘導した件。

 

「まだあるけど…気になったのは、鋼太郎君から教えてもらったあれだね♪」

 

そう。

 

鋼太郎がはるなの家に上がった時。4人は何かの覚悟を決めていたような様子だったのだ。

 

その上…そもそもの話だが。

 

幾ら周りに人がいなかったとはいえ、仮にも他人を避けたがるアイドルが、あんな大声でお風呂場で秘密計画の共有なぞするだろうか?

 

しかも…あの時に言われた交渉は、言ってしまえば「いつもの延長」にしかなり得ない。

 

わざわざ覚悟を決める必要があるだろうか?あんな真剣な眼差しをする必要があるだろうか?

 

「疑問に思ったみたい♪」

 

右手でベッドのフットボードを掴み、ゆっくりと起き上がるきずな。

 

4人は誰も何も言わない。

 

きずなは松葉杖を取り、ゆっくり立ち上がって4人の方を振り返った。

 

「色々やった割には、あまりにも詰めが甘すぎるって思ってね~だから…ね☆」

 

右手の指でビシッと指す。

 

そう。この4人の本当の目的は、『後輩の強化』だったのではないか?

 

きずなはそう睨んだのだ。

 

しかし彼女らは、後輩からの尊敬の眼差しをむず痒いと思うタイプ。

 

よって、こんな暴力的な事しか出来なかったのではないか。

 

と、いう事を言いたいのだろうと。4人は憶測がつけていた。

 

事実、ヒカリはユリアに「金はあるから弁償してやっても良い」と告げている。

 

本当にユリアらの事が憎いなら。そんなことは口が裂けても言えないのではないか。

 

何であれ。

 

そのあときずなは、言い切ったと言わんばかりの満足したような顔をして、部屋を後にしようとした。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

が、ヒカリに止められた。

 

彼女は軽くお腹を庇いつつ、壁にもたれかかりながらきずなの方を見た。

 

「もし…そうだったとして。アンタの予想通りだったとしてよ。あんたは何がしたいわけ?」

 

「う~ん?どういう意味かな?」

 

「だから…その情報を掴んでさ、その情報をどうするつもり?あんたは何を企んでるの?」

 

ヒカリは軽く怒りの表情を作っていた。

 

他の3人も似たような様子だ。

 

しかしきずなは。そんな3人の気持ちなぞ、考えるつもりもなく。

 

「さぁ~ね☆」

 

とだけ告げ、その場を後にしたのだった。

 

そして。何が言いたげな表情の4人だけが、静かな病室に佇む事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、次は交通情報です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『津久井シズノさんの復帰ライブのため…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『動員数は数千人が予定されており…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『京急線の一部で運転を…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ。アイツら復活したのね」

 

舌打ちをするユリア。

 

今は、何時ものカフェで何時もの3人とお茶をしていた所だ。

 

足を組み、新聞を読みながらコーヒー(砂糖入り)を飲む姿は、まごうごとなきアイドルだ。

 

「ま、もう関係ないわよね!」

 

バサっと、新聞を適当に畳む。

 

そう。もう関係ない。

 

あの一件で頭狂と縁を切ると決めたのか、もうヒカリらの姿はテレビでしか見ない。

 

それで良かった。

 

事実、頭狂にいる愚民共は、もう殆どユリアのファンとなっていた。

 

だが、あくまで「愚民」だけだ。

 

彼女には新たな野望があった。

 

今までは。何となく「アキバ帝国」を作りたいという漠然とした理由だったが。

 

今は違う。

 

「さっさと頭狂を統一して、今度こそあいつらに下剋上を叩きつけるわよ!!」

 

下剋上。

 

これは…1度負けたと認めなければ、口に出そうとすら思えない言葉。

 

彼女は闘志に燃えていた。

 

「その通りですわ!」

 

「ユリアちゃんならいつか出来るよ!」

 

ユリアのその火は。仲間にも移っていた。

 

 

 

肝心の鋼太郎は。

 

正直言って。理想とは違うと思っていた。

 

だが…これでも良いとも思っていた。

 

1度は捻れてしまった仲を。此処まで立て直す事が出来たのだから。

 

本当の事を言えば。

 

手を取り合ってお互いに…が良かったと、本心では思っている。

 

しかし今は。追う側と追われる側の関係に。ライバル関係になっていた。

 

やはり…競わないとダメなのか。

 

そう思い、ため息をついた事もある。

 

だが、鬼蝮ユリアが。

 

自分の大好きなユリアさんが。

 

間違った道に進んでいた所を。自分とその仲間で、引き返させる事が出来た。

 

もうそれだけで満足だ。

 

そう。

 

これから頑張れば良いのだから。

 

 

 

今日も彼は。いつもの4人で「愚民」を増やす活動に勤しんでいる。

 

そして…言わずもがなだが。

 

4人とも満面の笑みである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるカフェ

 

「あいちゃん☆」

 

「はい、何でしょう」

 

この一連の事件に携わり。結果的にユリアらと仲良くなった2人も。

 

新たな野望を胸に秘めていた。

 

「私さ。諦めてないんだよね☆」

 

そう。あくまで彼女らの最終目標は「みんなハッピー」であり、これはまだ達成されていない。

 

確かにあの時、この計画は無謀なんだろうと心から思った。

 

しかし。良い方向に傾いたのも事実。

 

「奇遇ですね。私もです」

 

この計画は、水に流すには惜しすぎる。

 

何よりだ。きずなは確証があった。

 

先日の病院の件である。

 

「そう言ってくれてると信じてたよ♪」

 

ユリアらをライバル視している。

 

まだきずなの憶測に過ぎないが。

 

あの4人は、少なくともユリアらを嫌っているわけではないのだろう。

 

ただ気にくわないだけなのだ。

 

確かに…方向性は恐ろしいほど違う。

 

とはいえ。

 

私達10人は、1度は同じ頭狂で競い合った同士。言わばライバル関係なのだ。

 

そのことに、ユリアらの方が気付いていなかっただけなのだ。

 

「私の予想ではね~あの4人はユリアちゃん達の勘違いを訂正したかったんだと思う☆」

 

ユリアらは…特にユリアは、あの4人を害悪そのものだと思っていた。

 

だが違う。何度も言うが、お互いに競い合うライバルなのだ。

 

「なるほど。そしてそのことに真っ先に気付いたのが、鋼太郎さんだったと」

 

「そゆこと~まぁ元々、鋼太郎君がガチもんの平和主義者だったってのもあるけどね☆」

 

結局のところ。

 

2人もヒカリ達もユリア達も、鋼太郎の優しさに助けられたことになる。

 

彼が色々としなければ。

 

今どうなっていたか。

 

考えるのも恐ろしい。

 

 

 

今日の天気は快晴だ。

 

きずなはまっさらな左手を顔にかざし、両足をブラブラして空を見上げる。

 

そして、ある事をふと思い出した。

 

病院でヒカリに聞かれた事である。

 

「どうするつもり…かぁ…☆」

 

用事があると言い、あいはさっき帰っていった。今は1人である。

 

注文したコーヒーに砂糖を入れて1口飲み、ふーっと息を吐く。

 

「そんなもん…ね☆」

 

今日は割と、店が繁盛している。

 

自分はテラス席にいるのだが、店内が賑わってきたのがよくわかる。

 

自分もバカではない。知らない人が沢山いる中で、大声で叫ぶなぞ非常識な事はしない。

 

鋼太郎じゃあるまいし。

 

なんて考え、1人でクスクス笑いながら。

 

彼女はボソッと呟いた。

 

「仲良しになるに決まってんじゃん☆」

 

ヒカリらとも、ユリアらとも。笑顔が絶えないほどの仲良しになりたい。

 

彼女の行動理念が変わることはなかった。

 

そして彼女は。

 

これからの頭狂の未来を願い。

 

自分の計画の完遂を願い。

 

頼んだコーヒーを飲みきるのだった。

 

 

 

終わり

 

 


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