ふたりはVSプリキュア!   作:カードは慎重に選ぶ男

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キミプリは、やはりというべきか縦糸に目がいきがちな物語ではありますけれども。

それでも……あなた(キミ)の心の中に、アイドルが居たら嬉しいな。

……そんなオハナシ。




番外編:キミと! プリキュア懇親会! Light Up!

とある人気のない森の中で、春先の心地よい微風(そよかぜ)のもとで。

かつての田中さん……もといタナカーンの出張所を、蒼風ななは尋ねていた。

家主のタナカーンが不在となったその家屋は、つい先日までアイドルプリキュアの事務所でもあった思い入れの深い場所だ。

 

たった一年にも満たない短い期間ではあったが、忘れられない出会いや思い出もあった。

はなみちタウンの外れにひっそりと佇む元田中家に、解散したアイドルプリキュアの面々が訪れる用事など既にない……なんて思っていた時期もあったのだが。

実際には一か月も経たないうちに再来する羽目になったのは、何の因果か。

本日の催しを頭の中で思い起こしつつ、蒼風ななは今一度、アイドルプリキュアの事務所であった建物を見上げた。

……森の中の穏やかなせせらぎが、いつでも戻ってきても良いのだ、とささやいたような気がした。

 

 

「なな先輩! おはようございます!」

「おはよう、こころちゃん。うたちゃんはまだ来てないみたい」

 

少しばかり干渉に浸っていた蒼風ななの背後から元気な声をかけてきたのは、可愛い後輩だった。

名前は、紫雨こころ。

かつて二人で活動していたアイドルプリキュアへと、憧れを抱いて加入してきた三人目のメンバーだった子だ。

特徴的な浮き毛が頭頂部から飛び出しているこの後輩は、今日も活力に溢れている様子だった。

今日はこの3人で、外部からの来客を迎えるのだ。

 

 

「事務所の中には入らないんですか?」

「カギは、うたちゃんが持っているよ。たぶん、すぐに来ると思うんだけど……」

 

タナカーンの出張所の前で、そんな何でもないような言葉を交わしながら。

ちらり、と蒼風ななは腕時計に目を落とした。

……すでに待ち合わせ時間間近だ。

 

ななは、ここで勘を働かせた。

咲良うたという人物像を鑑みて、別に遅刻癖や寝坊癖がある人物ではないはずだ。

それに加えて、タナカーンから事務所のカギを預かっているのが咲良うたであるという情報まで加味すると……?

時間ギリギリまで姿を見せないということが、本当にあるだろうか?

 

 

「うたちゃん、もしかして中で待っている……かも?」

「言われてみると、その可能性ありますよね……」

 

そっとドアノブを捻ってみると……カギがかかっていない。

ゆっくりとドアを開け、事務所の中を覗いてみると……?

家屋の中には、動くものは何もない様子だ。

だが、微かな呼吸音は聞き取ることが出来た。

 

 

部屋の中では……噂の咲良うたが、机に突っ伏したまま眠っている様子だ。

深く寝入っているようで、事務所に入ってきた二人に対して全く反応を見せずに眠りこけている。

ななは、こころと顔を見合わせてしまった。

 

 

「春眠暁を覚えず、というヤツですね!」

 

得意気な顔で故事成語を口にした紫雨こころに対して、蒼風ななは曖昧な笑顔で誤魔化した。

春眠暁を覚えず、というのは元々は朝寝坊に関する話なのでこの場合は少しニュアンスが違うような気がしたのだ。

とはいえ最近では、春先の過ごしやすい気候は昼寝に最適だという意図で使われる言葉でもある訳で。

間違いだと言い切るほどの誤用でもないのだが、適切とも絶妙に言いづらい、なんとも反応に困るネタなのであった……。

 

 

「うたちゃん、お店の手伝いで朝早かったのかも」

「起こさない方が良いでしょうか……」

 

うたは、早起きして喫茶グリッターの仕込みを手伝う日が偶にあるのだ。

机に突っ伏したまま眠り込んでいる背中を、そっと二人は見守ることにしたのだった。

春先の暖かな日中の、のどかで平和な三人の日常の1ページなのであった。

 

 

 

 

「……むにゃ……この崖を……アイドルなら崖を登らなきゃ……ううっ……!」

 

 

…………魘されているみたいなので、やっぱり起こした方が良いかもしれない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢の中で崖から落ちた直後に起床したと思しき咲良うたの混乱を宥めたりなんてしながら。

アイドルプリキュアの三人は、ようやく本題に入ることが出来たのであった……。

 

 

「二人とも、今日の用件は覚えてる?」

「ふぁ……なんだっけ?」

「うた先輩、まだ寝ぼけてます?」

 

こころからの呆れたようなツッコミを受けて、うたは少し気まずそうであった。

そんな咲良うたをフォローすべく、蒼風ななは会話をリードすることにした。

 

 

「ハートの木が枯れちゃったから……プリルンたちは暫く、はなみちタウンには来られない状況になっちゃったでしょ?」

 

キラキランドに通じる次元ゲートであった「ハートの木」は、先日枯れてしまったばかりだ。

一応2代目の苗が順調に育っているとはいえ、次にキラキランドへの道が開かれるまでの年月は不明である。

したがって、はなみちタウンに残った3人が何かしらの危機に直面した場合でも、追加戦士組(ズキューンキッス)は参戦できないと思った方が良い。

そんな今までの話のおさらいをしながら、ななは話を続けた。

 

 

「それで何かあった時のために、アイドルプリキュアの顔を売っておいた方が良いって田中さんが言ってくれて。

田中さんの置き土産で、今日の会合のセッティングも済ませていってくれたんだよ」

「思い出した! アイドルっぽく言うと、『営業活動』みたいな感じだよね!」

「私たち、田中さんが居なくなった後もお世話になりっぱなしですね……」

 

かつてこの元事務所を切り盛りしていたタナカーンの姿が、3人の脳裏に蘇った。

いつも真面目だったタナカーンは、この出張所から撤収した後でもアイドルプリキュアの面々が困らないように置き土産を残してくれたのだ。

どこに出しても恥ずかしくない、マネージャーの鑑である。

 

 

 

 

 

 

「ごめんくださーい!」

 

……と、そんな3人のもとへと聞き覚えのない声が届いた。

事務所の入り口から呼び鈴の音も聞こえる。

ここは私が対応します、なんて言って入口へと足を運んだ紫雨こころは、瞬く間に本日の来客を事務所内へと迎え入れてくれた。

 

 

「えーっと、アイドルプリキュアの皆さんで良いのかな?

あたし、田中さんの紹介で来たんだ。名前は朝加ショーコ。またの名を……勝利の光、キュアビクトリー! よろしく!」

 

アイドルプリキュアの3人はそれぞれ自己紹介をかませながら、初顔の客を観察してみた。

来客は咲良うたたちと同年代と思しき女子で、手の甲を見せる独特のVサインを作りながら軽々しく笑っている。

茶髪からは紫雨こころと似た浮き毛が伸びており、一応根明に分類される分類の人種なのだろう。

 

なのだが……蒼風ななは、軽々しい笑顔だという第一印象を信じて良いのかどうか不安に思った。

ノリが良くて明るくい陽気な人間のように、一見すれば思われるのだが……そう言い切るには何か引っかかるものがあるというか。

言語化できない、喉の奥に引っかかった魚の小骨のような違和感があるのだ。

咲良うたと紫雨こころは特に何も感じていない様子なので、蒼風ななの杞憂かもしれないが……。

 

 

ガタゴト、という絵にかいたような搬送音が、ななの気を引いた。

朝加ショーコと名乗った女子は、全高1メートルほどの風呂敷袋に包まれた荷物をキャリーカートで運んできた様子だ。

仏像でも入っているのだろうかと思わせるシルエットの風呂敷包からは……なんだか、厄ネタの匂いがした。

 

 

「今日の集まりは、一応非常時に備えた顔合わせ……ってコトになってるけどさ。

そんな堅苦しく考えないで、ゆるーく駄弁っちゃおう!」

「「いえーい!」」

 

咲良うたと紫雨こころは、早くも打ち解けたような雰囲気で話しているが。

なんだか蒼風ななは、キャリーカートに載せられたままの風呂敷包が気になってしまっていた。

この全高1メートルほどの謎の荷物は、いったい何なのだろうか。

まさか爆発オチのための爆弾だとまでは思わないが……胸騒ぎがするというか、嫌な予感がするというか。

 

……ななの懸念をよそに、ショーコはアイドルプリキュアの面々とともにテーブルを囲んでいて。

一応、本日の来訪目的を果たす意思はある様子で口を開いた。

 

 

 

「それじゃぁさ。アイドルプリキュアの物語、聞かせてよ」

 

主な語り部は、自然と咲良うたが務める形になった。

本人がスプーンを持っているのは、たぶんマイクのつもりなのだろう。

うたが語り始めたのは、なな達もよく知るアイドルプリキュアの結成と戦いの物語だった。

 

 

桃にのってキラキランドより流れてきた妖精のプリルンが、はなみちタウンで救世主たちを見つけるオハナシだ。

最初に桃を川から引き揚げた咲良うたが、なんやかんやでキュアアイドルになって。

咲良うたの縁で2人目となったのが蒼風ななで。

2人で活動していたアイドルプリキュアに憧れて加入してきた3人目が紫雨こころだった。

そうやって3人態勢で活動しているうちに、プリルンを姉と慕うメロロンという妖精も現れて。

プリルンとメロロンも変身できるようになり、ついに5人体勢となったアイドルプリキュアは、順調にチョッキリ団の悪事を打ち砕いていった。

 

そして……アイドルプリキュアの最後の救済対象となったのが、ダークイーネと呼ばれた闇の妖精だった。

人間達のネガティブな感情を嫌ったダークイーネは、人間達を静寂なる檻の中へと閉じ込めようとしたが……それを阻止すべくアイドルプリキュアが立ち上がった。

闇と共存すると宣言したアイドルプリキュアのライブによって元気づけられたダークイーネは計画を中止し、はなみちタウンには平和が戻ったのであった。

 

 

 

終始明るい調子で語り部を終えた咲良うた。

うちわを振っている紫雨こころ。

この二人は平常運転といった様子だった。

 

だが、気になるのは客人の反応だ。

この朝加ショーコという女は、アイドルプリキュアの物語に対してどんな感想を返してくれるのだろうか?

 

 

 

「そうだなー……。間違いなくヒーロー精神は感じたし、なんだかんだで良かったんじゃないかなぁ」

 

……歯の奥に何かが挟まったような物言いだ。

ショーコの評を聞いて、ななはそんな歯切れの悪さを感じた。

 

うたは肯定的な評価だと受け取って喜んでいるし、こころも同様なのだが……。

ななは、どうにもその言葉の奥にある真意が気になってしまっていた。

 

 

 

「ショーコちゃん……なんだか、だいぶ言葉を選んでいる?」

「うーん、そこ突っ込まれると説明しづらいところなんだよね……。どう言ったら良いのやら……」

 

そして、蒼風ななは薄々気付いていた情報を内心で確信へと変えていた。

一見すると陽気で明るい朝加ショーコだが、おそらくただの楽天家という訳でもないのだろう。

表面上は咲良うたや紫雨こころの同類に見える部分もあるが……それだけでは無さそうだ。

 

 

『ショーコ君の気持ち、私は分かるよ』

 

……と、ここで聞きなれない低い声が聞こえた。

鼓膜が震えた感じがしないのに、脳へと直接言葉が届くという不思議な感覚だった。

アイドルプリキュアの仲間たちも左右を見回して、声の主を探している。

 

だが蒼風ななは、朝加ショーコの反応を見逃さなかった。

面倒くさいことになった、と一瞬だけショーコの顔色に出ていたのだ。

 

渋々、といった様子で卓を離れたショーコは、キャリーカートに載せられていた風呂敷包を開封した。

風呂敷袋の中から姿を現したのは……全高1メートル程度の、灰色の怪物体だった。

 

 

……なんだコレは?

 

アイドルプリキュアの3人は、そろってこの怪物体を凝視してしまった。

なんだか生物的なシルエットのような気もするが、石膏に近い色味と質感の置物だ。

それでもじっくり観察すると、全容は簡単に看破できた。

おそらく、カエルのような生物の木乃伊(ミイラ)だ。

 

 

「気のせい、ですよね? このミイラ、さっき喋ったような気がしましたけど……?」

「そ、それって、まさかオバケ……!?」

 

浮き毛を緊張に揺らしている紫雨こころと、及び腰になっている咲良うたをよそに。

蒼風ななは、冷静に考えを巡らせていた。

キラキランドの妖精たちのような現代科学からすれば埒外な生物だってこの世界には存在するのを踏まえると、このミイラのような物体も生命体という線は有り得る、と。

 

 

『アイドルプリキュアの物語には決定的に足りないものがある。薄々ショーコ君も感じているんだろう?』

「わああああっ!? やっぱり喋った!?」

 

悲鳴をあげながら紫雨こころの後ろに隠れた咲良うた。

盾にされている紫雨こころも、かなり腰が引けている様子である。

だが、ここまで来ればこの頭の中に直接響く声の主が目の前の木乃伊なのは疑う余地など無い訳で。

 

 

「私たちに足りないものって、なんのこと?」

「ちょっと待ってください、なな先輩! このミイラが何なのかっていう説明は飛ばすんですか? そんな進行が許されて良いんですか???」

 

こころの渾身のツッコミの内容は、ななとしても気になる内容ではあるのだが。

それ以上に、この木乃伊ガエルの指摘した内容に興味を引かれた。

アイドルプリキュアの物語に、いったい何が足りないというのだろうか?

 

 

『それはね……ズバリ、曇らせだよ。葛藤と言い換えても良いね』

「このミイラに関する説明パート、本当に無しでいくんですか??」

 

食い下がるツッコミ役を宥めつつ。

ななは、木乃伊ガエルの念話を脳内で反芻した。

曇らせというのは……「顔を曇らせる」という慣用表現から生まれたミームのことだろう。

特定のキャラクターのメンタルに過負荷を与えて、顔を歪めるところが見たいという……歪んだ愛情の一種とも言われる特殊性癖だ。*1

 

 

『キミたちの信念を否定する敵が現れたりなんかで、もがき苦しみながら決断する場面が欲しかったよ。もっと言ってしまうと、ドラマが弱いという話なんだ』

「あちゃー、言っちゃったか……」

 

頭が痛そうな顔をしている朝加ショーコも、内心では木乃伊ガエルに近いことを考えていたのだろう。

確かに、ジャンルを問わず読書を趣味とする人間として、ななは木乃伊ガエルの言葉には一理あると思った。

主人公の主張を敵役に否定させるのは、作劇の常套手段だ。

そういう構造をもった名作と言われる本にも、何冊も心当たりがあった。

しかし同時に、腑に落ちないところもある。

 

 

「信念って言われても、なんだかピンとこないかも……?」

 

咲良うたが、首をかしげながら呟いてくれた。

本人は自信が無さそうだが、地味に確信をついた言葉だったように思われた。

 

 

――歌って、踊って、ファンサして!

――キミと! アイドルプリキュア!

 

名乗り文句の通り、アイドルプリキュアは目の前の相手を歌や浄化の力で救う活動をしてきた。

それはダークイーネを救うところまで含めて一貫している。

加えてもう一つの活動軸として、プリルンを助けてキラキランドを復興するという目標もあった。

活動指針自体は明確で、トントン拍子に進んできたところはあるのだ。

 

だが……信念というか、特定のイデオロギーに基づいているかと言われると大分怪しいのだ。

そもそもそれらしいイデオロギーの旗が無いのだから、それに対応する敵役なんて出しようがないのである。

 

 

「なんだか話についていけません……。どんな敵役が来れば良かったんですか?」

『そこが難しいところでね……私も次善策が思いつかないというのは正直な感想なんだ。相手を歌で救済するというコンセプトの範囲内で考えれば、むしろよくやったとすら言える』

 

こころの疑問に対して、木乃伊ガエルも返答に窮している様子だった。

ななも答えらしいものが出てこなかったし、うたも同様らしい。

確かに一本の物語としては、改善は難しいという感覚はあるのだ。

ラスボスに相当するダークイーネが救済対象だという前提だと、どうしても展開パターンが限られてしまう。

 

 

「アンチアイドルでも出してみる? 全ての次元のアイドルを破壊するディケイド的な奴」*2

「そこまで極端じゃないけど、アイアイ島であったテラちゃんっていう子がいてね……」

 

ショーコの思いつきに対して、うたが補足説明をしているのを聞きながら。

ななは、考えを巡らせた。

アイドルが嫌いな人との対話というイベント自体は、アイドルプリキュアは既に済ませている。

しかし発想としては悪くない気がしたのだ。

顎に手を当てながら、ななは頭の中で発想を練りまわした。

 

 

「アイドルに興味が無い人……っていうのは、どう?」

「昔の甲斐さんがそうですよね?」

 

ななの思いつきに対して、こころが反論を挟んできた。

甲斐さんというのは、はなみち中学校の現生徒会長であり、かつてアイドルプリキュア研究会を解体しようとした人物である。

こころの言いたいことも分からないではないが……アレは「アイドルに興味がない人」というよりは「アイドルおよびそのファンが嫌いな人」だった。

 

なかなか日本人の感覚として理解されにくいところがあるのかもしれない、と蒼風ななは密かに思った。

フランスでの活動歴が長い母親の影響からか、ななは自身の感覚が多くの日本人から少し外れていることを自覚していた。

 

 

主張A:自身はアイドルに興味はないけれど、アイドルを必要とする人達の想いは最大限尊重されるべきだ!*3

主張B:アイドルを必要とする人達の気持ちなんて踏みにじられても構わない!

主張C:アイドルを必要とする人達の気持ちを積極的に踏みにじってやる!

 

 

ザックリいえば、主張Aが中立なのだ。

なのだが、かつての甲斐氏は主張Cであり、これは本当に極端な危険思想の例なのである。

日本が人権後進国だなんて言われたりするのは、悪い意味で思想が強い主張Bの該当者ですら中立を自称する人間が散見されるあたりに象徴されるのかもしれない……。

 

……そんな感じの講義を、蒼風ななはホワイトボードへの書き込みを交えながら一同へと説明してみた。

受講者の反応は……ぼちぼち、といったところだった。

咲良うたと紫雨こころは、「言われてみればそうかも」ぐらいの反応だ。

朝加ショーコは、「そうそう、こういうので良いんだよ、こういうので」みたいな顔をしている。

木乃伊ガエルの反応はよく分からないが、少なくとも否定的ではなさそうだ。

 

 

『しかしアイドルに興味のない人間をラスボスにしてみるというのは、なかなか興味深いアプローチだ』

「このミイラの発言、なんだか全部に裏があるように聞こえてきますね……」

 

木乃伊ガエルへと訝しげな目を向けている紫雨こころの呟きは、とりあえず置いておくとして。

この頭に直接響く声の主は、何やら心当たりがあると見える。

 

 

『ショーコ君、昨晩は「アイドルは全く分からん……」って言いながらネット検索をしていたよね。適役じゃないか。アイドルプリキュアのラスボスになってあげなよ』

「あたしはアイドルプリキュアのラスボスだった……???」

 

「もはや、どうツッコミを入れたらいいのか分からなくなってきました」

 

そんなヘボットみたいなラスボス選出ってある??

ツッコミを諦めはじめた紫雨こころを抱き寄せて慰めつつ、蒼風ななは展開の流れを冷静に読んだ。

朝加ショーコも、流れに身を任せる方針と見える。

もう、ここまで来たらやることは一つだ。

蒼風ななは、咲良うたへと期待した。

 

 

「うたちゃん、ライブだよ! キュアアイドルの底力を見せつける時だよ!」

「なな先輩、もしかしてこの状況を一番楽しんでませんか??」

 

「えっ? う、うん……? よく分かんないけど、分かった! プリキュア・ライトアップ!!」

「うた先輩は、なな先輩をもう少し疑った方が良いと思います!」

 

だいぶ不信感の籠った可愛い後輩の白い目をスルーしつつ、ななは久々のキュアアイドルに期待を寄せた。

キュアアイドルは、仲間たちの見慣れたいつもの金髪とピンクのドレス姿を披露してくれた。

先日の解散ライブ以来、もう変身することは無いかと思われた咲良うたであったが、今後もこうして変身する機会は案外あるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「トップバッターは、私! 盛り上がっていくよー!!」

 

 

――キミのハートにとびっきり 元気をあげるね

 

――ゼッタイ!(ゼッタイ!)アイドル!(アイドル!)

 

――ドキドキが止まらない!

 

――急接近笑顔のユニゾン 応えてほしいなっ サンキュー

 

――最高のステージで キミと歌を咲かそう

 

 

 

 

 

 

 

いつものピンクのドレスを靡かせながら、キュアアイドルの復活ライブが繰り広げられた。

紫雨こころは、心底うれしそうな顔でペンライトを振り回している。

蒼風ななも久々に観客側で見るキュアアイドルのパフォーマンスを堪能しつつ……横目で朝加ショーコの反応を探った。

ショーコは軽々しい笑顔のままで、見様見真似で紫雨こころのようにペンライトを振っている様子だ。

 

 

「みんな、応援ありがとー!」

 

久々のステージを無事に終え、変身を解除した咲良うたはテーブルへと戻ってきた。

そんな咲良うたを、興奮がさめやらぬ紫雨こころが大絶賛で迎え入れた。

 

 

「やっぱりキュアアイドル……! キュアアイドルは最高です……!!」

 

感涙している紫雨こころの態度と比べると。

朝加ショーコの様子は、なんというか……一応楽しんでいるポーズだけはとっている、といった雰囲気だ。

ななは、言葉を選びつつショーコへと確認してみた。

 

 

「ショーコちゃん、やっぱりアイドルは全然分からない?」

「うーん……全力で楽しんでるファンがいる隣で言うことじゃないと思うんだけど、まあそういうことになるかな……」

 

本気で感動している紫雨こころに対する配慮は、朝加ショーコも働かせている様子だ。

それに、先程のライブ中にショーコがペンライトを振っていたのも、一応ライブを一緒に盛り上げようという意思の表れではあった……はずだ。

アイドルに夢中な人の想いを尊重する気はあるが、それはそれとして自身はアイドルの魅力が全く響かない人間、という訳だ。

 

 

「そもそもなんだけどさ。どうして歌や踊りで感動するのか、っていう構造的な話になってくると思うんだよね……」

「「……??」」

 

うた達は、ショーコの根本的な問いかけの意味を理解できていない様子だ。

二人がそんな反応をするのも、ある意味当然だ……と蒼風ななは冷静に思考を巡らせた。

咲良うたは、喫茶グリッターの看板娘として育つ中で、来客へのパフォーマンスとしての歌唱を日常的に行ってきた人間だ。

紫雨こころも、幼少期からダンスを続けてきた身だ。

根本的にこの二人は、そもそも歌や踊りが楽しいという発想が無い人間の思考を理解できないのだ。

 

確かに極論としては、歌は特定の音声の周波数パターンでしかないし、踊りも似たようなものだ。

それでどうして感動するのか、というのは率直に言って中学生の哲学の範囲を超えた話になってくる。

 

 

「歌にしても踊りにしてもそうなんだけど、結局その辺りの感動って『記号をトリガーにした思い出の引用と反芻(はんすう)』が根本でしょってハナシなんだ」

「はい、先生! 何を言ってるのかサッパリわかりません!」

「私もよく分からないんですが……なんだか、大学レベルの講義に片足突っ込んでませんか??」

 

大学レベルだという紫雨こころのツッコミは、その通りかもしれないと蒼風ななは密かに思った。

普段から読書の習慣のある蒼風ななにとっては一応ついていけるレベルの話ではあるが。

おそらくこの話は大学レベルの心理学とか社会学とかの領域だ。

一応蒼風ななはついてけるが……基本的には、中学生レベルの会話ではない。

 

 

「記号といっても中々ピンとこないよね。うーん、じゃあ、もっと身近な記号の話として『色』をテーマに考えてみよっか」

 

色というのも、記号の一種である。

古いトイレ標識のピクトグラムなんかを見ると、だいたい女性が赤で男性が青だったりする。

他にも、身の回りには特定の色に対して文脈やら何やらが乗っていたりするものだ。

 

 

「うたちゃんたちアイドルプリキュアの三原色は、どれも女子に人気の色ってイメージだよね」

「私がピンクで、ななちゃんが青、こころが紫……確かにそうかも」

 

確かにショーコの言う通りだ。

ピンクは女子用のあらゆるグッズで根強い人気があるし、青も人気はある方だ。

紫にしても、女子用のランドセルは毎年紫が一番人気だという話は広く知られるところだろう。

 

 

「でもさ。実は紫の女子人気って、直近十数年で生まれたものみたいだよ」

「えっ……? そ、そうなんですか……??」

 

こころが、今世紀最大の衝撃を受けたような顔をしながら浮き毛を逆立たせていた。

寝耳に水だろうな、と端から見えた。

アイドルプリキュアの中で紫担当だからというのもあるだろうが、紫の女子人気を本当に一度も疑ったことが無かった様子だ。

物心ついた時には既に紫が女子に大人気の色だった世界を生きてきた人間としては、それ以前の世界を想像することが困難なのだろう。

 

 

「その辺りは、昭和世代に聞いてみると良いよ。『貴方達が子供の頃、紫は女子に人気の色でしたか?』ってさ。ピンクが人気だったって話は一杯出てくるだろうけど、紫は少ないと思うよ」

 

全くのゼロとは言わないけど、なんて補足しながら。

ショーコは講義を続けた。

どうも、紫が女子に人気の色になったのはゼロ年代末期ぐらいからということらしい。

 

 

「そのぐらいの時期に、誰か居たんだろうね。紫を、女子が憧れる格好いい色にブチあげたヒーローがさ」*4

 

今までのショーコの話を、アイドルプリキュアの面々は何とか噛み砕いた。

紫だから女子に人気があるのではない。

格好いい誰かが、紫を女子に人気の色へと変えたのだ。*5

それは後天的な学習の結果であり、今後も幾らでも変化しうる。

 

そして……そこから『記号の引用』の話に戻る訳だ。

 

 

「紫を格好いいと認識してしまうのは、紫をイメージカラーとした誰かを格好いいと思った原体験があるからなんだよ。細部までは覚えていなかったとしても、ね」

 

もちろん幼少期の思い出となれば、細部まで覚えていない人の方が多いだろう。

だがその原体験の欠片が、紫を見た時に思い起こされるのだ。

それが『記号をトリガーとした思い出の引用と反芻(はんすう)』という訳だ。

 

 

「さらにアイドルの話に戻るけど、歌にしたって、踊りにしたって、衣装にしたって、その根幹は一緒だよ。それ自体に感動する訳じゃなくて、観客の思い出の引用が根本的なギミックなんだってハナシ」

 

ここまで噛み砕いて説明されれば、咲良うたや紫雨こころにも大筋が見えてきた頃だろう。

そもそもアイドルは記号引用文化の集大成というか、総合芸術のようなものなのだ。

だからこそ……見る側に対応する原体験が存在しない場合、全く魅力が伝わらないのである。

 

蒼風ななは、プリルンの大好物だった「たこさんウィンナー」を思い出していた。

あれも、身も蓋も無いことを言ってしまえば味は普通のウィンナーと一緒だ。

なのだが、食べる側に特別な思い出があれば見方も変わる。

コレも記号の引用と反芻の例なのだろう。

 

 

「でもそれって、男子向けのヒーローでも一緒ですよね? ショーコさん、ヒーローの方は格好いいって認識してる感じじゃないですか?」

 

……だがここで、こころが食い下がった。

確かに朝加ショーコは、本日だけでも何度か「ヒーロー」という単語を口にしている。

そして、色や記号の集大成なのは男子向けのヒーローも一緒だろうというのはツッコミとしては一理ある。

 

 

「うんまぁ実際、男子向けのヒーローも記号の塊としてだけ消費してる視聴層は案外いるよ」

 

あっけらかん、と。

こころの指摘に怒るでもなく、不快感を示すでもなく。

良い質問だね、なんて言わんばかりの顔でショーコはツッコミを肯定した。

 

 

「あたしは行動ベースで評価してるから、ゴジュウジャーは指輪争奪戦の最中でも民間人を助けている点を評価して格好いいヒーローだと思ってたし、それ以前の戦隊も同じ評価軸だったんだよ」

 

東映株式会社のスーパー戦隊シリーズが終了する、というニュースはアイドルプリキュアの面々も聞いたことがあった。

50年の歴史に幕をおろす、というニュースは大々的に報道されたのは記憶に新しい。

半世紀という長い歴史を持つタイトルを終わらせるとなれば、そのファンたちにとっては衝撃的な出来事であったに違いない。

……と、アイドルプリキュアの面々は思っていたのだが、朝加ショーコとしてはそうでもないらしい。

 

 

「だから戦隊の看板が変わることに対しても、次のヒーローが生み出されるだけだってあたしは思ってたんだよ。……でも意外と、そうじゃない視聴者が居たんだなって最近思い知らされたんだよね」

 

長年のニチアサ民の中でも、戦隊終了の報せに全く動じなかったショーコのような者は確かにいた。

だが、そんな者ばかりでは無かったようだ。

戦隊の終了にショックを受ける「ファン」は意外にも多かったのだ。

 

 

「案外行動ベースで評価するっていうのを出来る人が少なくて、『戦隊』っていう看板を記号として消費してた人が多かったんだなって可視化されたところはあったよ。ぶっちゃけ、アイドルと同じ消費のされ方だよね」

 

行動ベースで評価するというショーコの視点は、実は仄めかされてはいた。

アイドルプリキュアの物語を最初に聞いた時から、既にショーコは言っていたのだ。

 

 

――間違いなくヒーロー精神は感じたし、なんだかんだで良かったんじゃないかなぁ。

 

朝加ショーコは、アイドルプリキュアの行動に対しては最初からヒーローと呼ぶに値すると評価していたのだ。

咲良うたが最初のマックランダーの被害者だった絵真さんを救った話が出た段階からずっと、その行動に対しては格好いいヒーローだという感覚だったのだろう。

……行動に対する評価軸と、ドラマが弱いという評価軸が独立しているだけで。

 

 

「ま、かく言うあたしも記号の引用や反芻と全く無縁なワケじゃないよ。好きだった番組の曲がイントロだけでも聞こえたら、やっぱテンション上がるし」

 

記号の引用や反芻自体は悪いわけではないし、それと完全に無縁な人間も基本的には居ないっしょ。

……なんて軽々しく笑いながらショーコは話題を〆てくれた。

 

 

 

「ってなカンジで大脱線しまくったけどさ。結局アイドルに興味の無い人間って、アイドルプリキュアのラスボスになれそう?」

「「無理かなぁ……」」

「無理ですね……」

『無理そうだね……』

 

 

 

そんなこんなで。

 

咲良うたを闇落ちさせてラスボスにする案が出たり。

 

痴情のもつれでヤンデレと化す紫雨こころ概念が捏造されたり。

 

蒼風なな黒幕説なんてトンチキ設定を笑い飛ばしたり。

 

くだらない話をして、シュールな笑いを繰り広げて。

 

……楽しい時間は、瞬く間に過ぎていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「騒がしい人達でしたね……」

「でも楽しかったよ! キラッキランラン~♪」

 

ツッコミ疲れて頭の浮き毛がしおしおになっている紫雨こころ。

上機嫌で口癖を漏らす咲良うた。

そんな面々の姿を、事務所に差し込む夕日が朱く染めていた。

 

 

改めて、蒼風ななは本日の懇親会を頭の中で振り返ってみた。

余所のプリキュアとの顔見せという目的自体は達成していると言って良いだろう。

 

ただ、今回の催しを物語として……例えば一冊の本としてまとめようとした場合には、決して良いドラマではないだろうなとも思った。

あの木乃伊ガエルの言っていた内容を意識して言えば、「曇らせ」もとい「葛藤」は足りない。

なな達は苦しみ抜いて何かを決断した訳でもないし、人物像に変化があった訳でも無い。

良くも悪くも、楽しくて騒がしい日常の1ページだったという感覚だ。

 

……でも、それも私達らしさなのかもしれない、と思えた。

悪くない気分だった。

 

そもそも、アイドルプリキュアにおけるアイドル観にも通ずる話でもある。

 

 

――小さい頃からママは私の憧れで、アイドルなんだ!

 

 

アイドルプリキュアにおけるアイドルは、確かに握手会をしたりライブをしたりという側面もある。

その一方で、身近にいるちょっと素敵な人、というニュアンスのアイドル観もまた持ち合わせているのだ。

マクロな視点においてはドラマチックではないかもしれないが、(キミ)(わたし)の間のミクロな視点では、間違いなくアイドルは存在した。

 

 

――大丈夫のおまじないをあげる。いくよ~!

 

 

小さい頃に咲良うたに励ましてもらった時からずっと、それは変わらない。

朝加ショーコの言葉でいうところの「ヒーロー」の行動というヤツだ。

 

思い出の引用や反芻というのも、裏を返せば大切な記憶の名残がいつまでも心の中に残り続けているという話だ。

それは、きっと誰にだってある。

もちろん、蒼風ななにも。

 

 

 

 

「ねえ、うたちゃん」

 

 

夕日の差し込んだ事務所の光景を見るのも、これが最後になるかもしれない。

本日の帰宅のときに扉にカギをかけてしまったら、次にこの風景を見るのがいつになるのか、誰にも分からない。

アイドルプリキュアは、既に解散を宣言してしまったのだから。

 

 

……でも。

 

アイドルプリキュアが解散済みでも。

 

この先で一生、変身することがなくても。

 

そのまま、何十年の日常を過ごしたとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めて会った時から。これからも、ずっと。うたちゃんは……私のアイドルだよ」

 

 

 

 

 

心の中に「アイドル」は確かにいる。いつまでも、永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
2010年前後から見られるミーム。フレッシュプリキュア界隈が発祥だとする説もある。(※諸説あります)

*2
※「姫石らき」のことではない。

*3
※限度はある

*4
ミルキィローズのこと。

※諸説あります。一応その前後の作品だと『プリパラ』説や『ドレミ』説もあったりします。どれか単独の作品が原因という訳ではなく、複合的な原因である可能性もあります。

*5
「ひろがるスカイプリキュア」の時に主人公カラーが青になった件について当時の鷲尾Pは、「キュアスカイの色が青だから青が好き!」と子供たちに言わせたいと語っている。

色自体に人気があるのではなく、ヒーローの格好良さがまず先にあるのだと熟知している、クリエイターの鑑である。






・今回のNG大賞

うた「ショーコちゃん……? そのカエルのオバケって結局なんなの……?」
ショーコ「あたしたちの物語のラスボスだよ。もし復活したときに、あたしたちが間違って死んだら、始末を頼もうかなーって思ってさ。コレも『顔見せ』ってヤツだよ」

こころ「そんな嫌な『顔見せ』あります??」
木乃伊ガエル『はっはっは。反省しているから大丈夫だよ』

自分たちもダークイーネと共存する選択をした手前、どんなに怪しくても反省を口にしている特級呪物を始末しろとは言えないアイドルプリキュアの面々なのであった……。





次回予告!

NTTまことみらい支社に忍び込んだファントム団によって、秘宝「黄金の黒電話」が盗まれてしまった!

名探偵プリキュアが諦めたら事件は迷宮入りだ!

「犯人はあなたよ! 本物の電話交換手がプラグを見間違える訳がないわ!」

「相手が交換手を名乗った時点で気付こうよ、みくる!? 1999年に現役の交換手は存在しないと思うよ!?」

携帯電話がギリギリ存在するはずの1999年に、歪んだ時代考証が容赦なく名探偵プリキュアを襲う!

「大分時空が歪みだしている……!」

ピンホールカメラを持った謎の女、ショーコの正体とは一体……!?

謎が謎を呼ぶラビリンス!

20世紀最大の謎に、名探偵プリキュアが挑む!!


次回、『ハートにヒント! 黄金の黒電話って一体どんな色なの??』 そのナゾ、キュアット解決!!


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