都心の荒魂討伐作戦を行う刀使たちより、何を求めてか彷徨い歩く、謎の刀使の目撃情報が寄せられる。亡霊のような朧な刀使は、何時しか誰ともなく、夜行刀使、と仮称されるようになった。


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ほぼALLキャラのシリアスです、一席さんついに登場ヤッター。
アニメオンエアは無事終了しましたが、二期も行けそうな終わり方で安心しました。とはいえ、現時点では可奈美が頭一つ抜きんでていて、ここで天下一武道会をやっても不動の本命すぎるので、他のコたちももっと強くなって欲しいな、との願いを込めました。
時系列的には……新生親衛隊初陣から暫く、といったところです。
末筆ですが、大変お待たせいたしました。お楽しみいただけると幸いです。



一念無想

 それは、夜から切り取られたように、白々と光を放っていた。

 冷たい光であった。光り放っていながら、熱というものを感じさせない。輝いていながら、闇を感じさせる。そのような光であった。

 月の光を集めて人の形としたようなそれは、黙々と夜を歩んでいた。

 服を着ているようにも、着ていないようにも見えた。背格好はと問われれば、大人と言えば無理があるし、子供のようにも見えなかった。

 ただ、一つそれと見て分かることがあった。

 それは帯刀していた。人とも幻ともつかぬ朧な姿が携える、佩刀のみが実質を有していることを見る者に訴えてくる。

「待て! 待ちなさい!」

 影に追いすがる者達がいる。

 帯刀していた。

 装備はそれのみではない。甲冑のようにも宇宙服のようにも見える兵装を装着している。

 S装備――ストームアーマーと呼称される兵装である。

 綾小路武芸学舎選抜の新生親衛隊は志願した全隊員にS装備が支給されるのみならず、精製されたノロを投薬されており、熟練の刀使を上回るパフォーマンスを誇る。

「現場(げんじょう)より現本(げんぽん)! 所属不明の刀使をなおも追尾中!」

『こちら現本。不明刀使の所属氏名を確認せよ』

「現場了解!」

 不明刀使は歩いている。というよりも、彷徨っているようにも思える。

 水中歩行とも思える、緩慢な歩みである。

 追いすがるこちらは全員が駆け足であったが、追尾より五分を経過しても距離が縮まる気配がまるでない。

 逃げ水のようであった。

「隊長。迅移を使い奴の進路を塞ぎます」

「許可します。中本さん、清水さんに同行して」

「はい」

「反撃に警戒」

「「はい!」」

 迅移を行う条件には個人差があり、抜き身を構えなければ行えない者もいれば、鯉口を切っただけで発動させる名手も居る。どちらにせよ迅移とは、御刀を用いた刀技と言うことが出来る。

 その刀技に反応したのか。

「正面に出ました! 不明刀使、停止! だけどこれは…」

「どうしたの!」

「不明刀使、抜刀しています!」

「……! 注意して! うわ!」

 隊長は悲鳴を上げた。

 部下も同様であった。

 追えども追えども追いつけなかった朧な人影が、眼前に現れた。そう思った時には、もう斬り付けられていた。

 6人が6人、同時にだ。

「6人居たのか!?」

「いや、そんなはずは!」

 隊が混乱を来したと見て、隊長の刀使はただちに決断を下す。

「各個に、応戦しつつ退避!」

『こちら現本! どうした! 現状を報告せよ!』

「不明刀使の反撃を受けています!」

『……! 現場指揮官の判断で行動せよ! 反撃並びに撤退を許可する!』

「現場了解! みんな、相手は荒魂じゃない! 無理しないで!」

 6名の隊員は思い思いに、迅移による離脱を行う。

 水際立った引き際であった。

 予め定めてあった再集結地点で点呼を行った時には欠員はなく、隊長の刀使は胸を撫でおろす。

(……しかし、あれはいったい……)

 あまたの荒魂と交戦してきた歴戦の刀使たちが、うそ寒さに首を竦める。

 夢まぼろしか、夜光刀使。

 都内で作戦する刀使たちにその名が囁かれ出すのに、時間はかからなかった。

 

***

 

 けんもほろろに、とはこのことかと刀剣類管理局局長代行、真庭紗南(まにわ・さな)は嘆息する。がみがみ、という擬音語がまさにぴったりだ。

「聞いているのか長船学長!」

「面付き合わせてそれだけがなって、聞こえないわけがないでしょう、高津雪菜(たかつ・ゆきな)錬府学長」

「自分の立場を分かってるの!」

「分かりません。もっと分かるように説明してください。ああ、それより先に、そこのコップの水を一杯やるのをお勧めします。それだけのお声を出せばさぞかし喉が渇くでしょうし。都内にしては、臭くない水だ」

 高津学長――目下は名目のみの学長である――は真庭局長代行と机の水を見比べ見比べすると、一息にそれを飲み干してしまう。

「……貴方を警視庁まで呼んでこさせたのは他でもありません。その写真です」

「夜光刀使、とやらの報告なら受けています。特祭隊にも目撃したコは複数おりますが、こちらから手を出さない限りはただ彷徨っているだけで、無害であるから監視のみに留めて――」

「だからとぼけるなと言っている!」

「とぼけてなどいませんよ……」

「とぼけていないならなんだというのです。これを見てもまだそのようなことが言えますか?」

 どん、とテーブルの上に置かれた写真はB5サイズにもなるかという大きなもので、引き伸ばされているためか画像は鮮明ではない。

「不明刀使の……御刀?」

「互の目交じりののたれ刃。親の顔より見た刃味(はみ)を、かつての主の私が見紛うはずがない」

「千子村正! しかも妙法村正だと!」

「……これは不明刀使と交戦した者の戦闘記録画像よりサンプリングしたもの。動画のデータもここに差し上げます。ご査収下さい、長船学長」

「交戦したんですか奴と!」

「昨日未明、お茶の水駅付近に出現した荒魂に対処を終えたところ隊員が奴を目撃。職質しようとしたところ斬りつけられた、というのが大まかなところですが、経緯はどうでもいいでしょう。これにより糸見沙耶香(いとみ・さやか)は公務執行妨害の現行犯です」

「公務執行妨害って、ちょっと待ってくれ雪菜!」

「言い逃れ出来ると思っているのか!」

「言い逃れなどしてません! 昨日私は糸見に出動を命じていない! 命じていない限りは宿舎で待機しているはず、確認すれば分かることです!」

「その確認もしないうちからよく言う!」

「せずとも分かる! あのコは貴方を困らせるようなことはしたがらない。特祭隊に貴方を悪く言う者は多いが、そのたびにあのコは辛そうな顔をするんだ!」

「沙耶香は私を捨てた!」

「好んで捨てるか阿呆!」

「あ……あ、あほう!?」

「……というか。捨ててもいない。糸見の中には未だにあんたがいるんだ! 義理堅い、真面目ないいコだ! あんたがそう育てたんだろうが!」

「うぎ……」

「雪菜。あんたの生徒だろ。あんたが信じなくてどうするんだ」

「だ、黙れ! 黙れ黙れ! 信じよというならそれに足る証拠を寄越せ! 出来るんだろうな!」

「出来るさ。出来るとも。首を洗って待ってろ!」

 売り言葉に買い言葉とはこのことか。

 席を蹴って立った紗南の後ろでした何かの割れる音は、おおかた雪菜がコップか何かをぶん投げたのだろうが、知ったことではなかった。

 

***

 

 平城学館が直情径行を信条とするなら、長船女学園のそれは豪放磊落、であろう。

 学長の真庭紗南にしてから、学生食堂に現れて、食券と盆を持って配膳待ちの列に並ぶことが珍しくない。生徒の前で大盛のカツカレーを皿を斜めに持ってかき込む姿を高津雪菜あたりが見たらなんと言うであろうか。

「おーいたいた」

 などと言うセリフとともに、ふらりと食堂に現れたところで、長船の生徒に驚く者はいない。

「何がおーいたいただ。近所のオッサンか」

「おう薫てめー聞こえてんぞ」

「さすが一升瓶の似合う女、五箇伝ランキングナンバーワンなだけはありますネー」

「なかなか面白れえ番付やってんな。おいエレン、ちょっとこっち来て詳しく聞かせろや」

「ノー、暴力反対ネ。やるなら薫をやるネ」

「それもそうだな」

「ちょっと待てマジかおいこっち来んな!」

「いや、流石にエレン相手じゃ勝てないし」

「いじめかっこ悪い! 皆さん長船女学園にいじめはありません! いじめはありません! いてえ!」

 のど自慢かなにかのような音と共に益子薫(ますこ・かおる)の頭のてっぺんに、みるみる漫画のようなたんこぶが隆起する。

「くそ! くそ! パワハラだ暴力教師だ! 誰か俺と共に立ち上がる者はいないのか!」

「今のは薫ちゃんが悪いよ」

「ああ、大抵のことは薫が悪い」

 一部始終を目撃していた衛藤可奈美(えとう・かなみ)、十条姫和(じゅうじょう・ひより)が判決を告げたが、姫和のそれには日ごろの恨みかなにかが含まれているような気がしなくもない。

「ひどすぎるぞお前ら! くそ……ブラック省庁だ……SNSに投稿してやる……いてっ!」

「あの、局長代行、何か私たちに用がお有りなんじゃ……」

 三段目のたんこぶが出来る前に、柳瀬舞衣(やなせ・まい)が話をまとめにかかる。舞衣はお姉さん属性だが同時に、委員長属性の持ち主でもあるのだ。

「おーそうだった。おとといの朝4時頃、お前らは宿舎に居たな」

「流石に寝ていたな」

「ぐっすりでした」

「私もです。出動待機もかかっていませんでしたし」

 姫和と可奈美と舞衣は、思い思いに回答する。

「……糸見はどうした?」

「沙耶香ちゃんなら、あそこに」

 窓外に何を仰ぐのか。

 糸見沙耶香の視線の先には風景があるがそれ以外には何もない。何を見ているのか、或いは何も見ていないのか。

「……実は、お前たちも噂を耳にしたことがあると思うが」

 紗南局長代行は、やんわりと、警視庁庁舎でのやりとりを、もらった画像を交えて話す。もちろん、大の大人が唾を飛ばしてがなりあったことはお首にも出さない。

「夜光刀使とやらの噂は聞いていたが、村正を差していたとはな……しかし村正には、写しも贋作も多い。沙耶香と決めつけるのは早計ではないですか、局長代行」

「十条の言う通りだが、あの幽霊刀使をふん縛って御刀を改めてみないと奴の村正が偽物かどうかは分からんしな。で、だ。手っ取り早くおととい沙耶香がそのくらいの時間に何処に居たのか、裏を取りたいんだが――柳瀬、衛藤、お前たちは糸見と仲がいいが、どうだ」

「うーん。寝てたしなあ」

「防犯カメラのログはどうでしょう?」

「糸見が部屋を抜け出したような様子はない、が、糸見は防犯カメラの位置は知っているし、その気になれば写らずに移動することも、出来るだろう」

「それはそうかも。沙耶香ちゃんだし」

「だけど、おとといのアリバイは無理でも、今までやこの先は、証明可能だと思います」

「今まで、か。目撃例の時間と場所が必要だな。気は進まんが錬府に手配しておくか。この先の目撃例への対処は?」

「出来ると思います」

「考えがあるのか、柳瀬」

「はい。ねえ沙耶香ちゃん」

「どうしたの、舞衣」

「今晩、二人で寝る?」

 舞衣と沙耶香を除く全員が、軽くぶっ飛んだ。

「「「「「「!!!!!!?」」」」」」

 一同、ひんむいた目で言った舞衣を見、沙耶香を見る。

(いやいやいや。待て待て待て。女同志だ女同志。ルームシェアくらい別に構わんだろう)

 なんでぶっ飛ばねばならんのか。常識的に何も問題ないと思うのが当然であるが、

「……いいの?」

 頬を染めた沙耶香が上目遣いで答えた時点で思い出した。

 女学校には女学校の常識があるのである。

 なおこの場に居るのは一名例外を除いて中高一貫純粋培養の現役女学校生で、唯一例外の社会人である紗南局長代行も中高大まで一貫して女学校の洗礼を受けて来た筋金入りである。

「うん。沙耶香ちゃんさえ良かったら」

「舞衣」

「なあに?」

「……今晩だけ?」

「明日も一緒でいいよ。明後日も」

「本当に? 明日も、明後日も一緒でいいの?」

「沙耶香ちゃんさえ良かったら」

「ら、ラブシーンか」

「ラブシーンだな」

「ラブシーンデス」

 長船組一同は感心していたが、そうも言っていられない人も居た。

「待った! 待った待った待ったあ!」

 ぐぐぐぐ、と可奈美が舞衣と沙耶香の間に身体を入れる。

「可奈美ちゃん?」

「可奈美?」

「わ、私も! 私も寝る!」

「予想の斜め上を行く展開だな」

 ぼそっと薫が呟く。

「赤裸々な人間模様デス」

「なあ。どうする?」

「見てればいいんじゃねーかな。おもしれーから」

 学長を含め、長船組に事態を収拾する意思はない。

「可奈美ちゃんも?」

「そうだよ! だって(ちっちゃい子供の時以来)最近舞衣ちゃんと寝てないし!」

「……え?」

 何やら沙耶香は、女学校的なショックを受けたらしい。

「……本当なの? 可奈美?」

「ホントだよー」

「昔は、一緒に寝てたの?」

「そだよー。二人でお風呂に入ったことだってあるんだからー!」

「……二人で……おふろ……舞衣と……二人で……」

 沙耶香はよろめいた。女学校的なダメージが足に来ている。

「にひっ」

 可奈美は勝ち誇った。

 御前試合決勝まで進んだ時も、ここまでではなかったと思われる。

「かっ可奈美は……」

 だが、涙目のふくれっつらになっても、簡単に引き下がる糸見沙耶香ではなかった。

「可奈美は! 舞衣と一緒にお風呂に入ってたのに、私とも一緒にお風呂に入った!」

「うぇ!?」

「……可奈美ちゃん?」

「ぴぃ!」

 可奈美は、悲鳴を上げる。

「詳しく聞かせてくれるかしら、可奈美ちゃん」

 可奈美には多分、舞衣の後ろあたりからゴゴゴゴ、とかいう有り得ない効果音が聞こえているだろう。

「まっ待って舞衣ちゃん! ええと、出来心! ほんの出来心だったの!」

「浮気の言い訳としては最悪だな、おい」

「最悪だが最高だ」

「他人の不幸は蜜の味デース」

 繰り返すが長船組(学長含む)に事態を収拾する意思はない。

「……ところでひよよん・ザ・ナイホライズン」

「誰のナニがナイホライズンだ」

「いいのか? 可奈美のピンチだ、何かこう、ツンデレらしい反応はないのか」

「私がいつ可奈美にデレデレしたんだ。何年何日の何時何分何秒に。ツンツンした憶えはあるが、デレデレした憶えは一切ない」

「オー、ひよよん。めったにしないから尊いんデス。やっと気づいた自分のキモチ、とかだともっと尊いデース」

「この際、デレデレとかでなくとも構わん。ヤキモチとか、そういうのカモン」

「いや。ヤキモチも何も。私は可奈美とはもう(逃亡中に)けっこう寝たしな」

 ビガッ、と舞衣と沙耶香の目が音を立てて光った。

「薫、エレン、でかした」

「イェーイ!」

「任せろ」

 紗南局長代行もご満悦である。

「え? ……え?」

 姫和は、やらかしたことにまだ気づいていない。

「姫和ちゃん」

「な、なんだ」

 何となく怯む姫和。

「本当のこと言うね」

「言うって……何を」

「私、私最近ずっと、可奈美ちゃんと寝てないの!」

「そりゃあそうだろう、幾つになったんだ」

 とは賢明にも言わなかった姫和だが、今日日の昼ドラでもめったに聞かれない生々しい言い方に、微痙攣が顔に出ている。

「そっそうか。残念だな」

「なので単刀直入に聞きます」

「あ、ああ」

「どうだったの?」

「ど、どうだった、とは?」

「可奈美ちゃんはどうだったのって聞いているの!」

「……おい。●RECしてるか」

「ばっちりデース」

「薫、エレン、でかした」

 長船組には以下略だった。

「ちょ! 何聞いてるの舞衣ちゃん! ねえ姫和ちゃん私、おへそとか出して寝てなかったよね! まさか……いびきとか! いびきとか……!」

「いや、それはないが……確か寝言を……」

「「寝言!」」

「いや……だめ、やめて姫和ちゃん……恥ずかしいの……」

「後で編集しろよ」

「分かってマース」

「頼んだぞ、薫、エレン」

 もう一々書かないが長船組には以下略。

「「何て言ってたの?」」

「名前だった、な……」

「「誰の!?」」

「やめてええ! 恥ずかしくて死んじゃう――!」

「大事な所なの、姫和ちゃん」  

 舞衣の横で、うん、うんと沙耶香がうなずく。

「誰の名前だったの?」

「……それは……」

「「それは?」」

「……その……」

「「その?」」

「……あ―――――――っ!」

 わめいて在らぬ方を指さし、その一瞬のスキを突いて脱兎と化す姫和。

「あっ逃げた!」

 と言った時にはもう食堂を出るところだった。流石暫定最速の刀使である

(言えるわけないだろ)

 姫和が逃げ出すのも道理。可奈美が言っていたのは、当の姫和の名だったのである。

 

***

 

『姫和ちゃん。チョコミントクッキー作ったの。みんなで食べよ?』

「その手に乗るか、舞衣の女学校脳め」

 カウンターで料金を払って、ネカフェを這い出した十条姫和は、そんな書き込みを一瞥しつつ、スマホを制服のポケットにねじ込む。

 とっぷりといい感じに夜は暮れていた。

(夜光刀使とやらの目撃情報はだいたい、23時以降か。運が良ければあるいは……)

 仮眠の合間にネットで、よく現れる場所の当たりは付けた。あとは運だ。

「今から歩けば、丁度いい時間に着くだろう……大分歩くが、付いてくるか? 後ろのお前」

「オー。バレてしまいました」

 姫和が振り向いた、その先の夜闇から現れたのは、古波蔵エレンである。

「何者かと思ったら、エレンか。流石だな。何時から付けていたのか知らんが、今まで気づかなかった」

「最後まで気づかせないつもりだったんデスけどね。そっちこそ、流石デス」

 ニマリ、と二人は笑みを交わす。

「相棒は来なかったのか?」

「薫は、本部で編集作業中デス。それに薫の役目は、荒魂をやっつけることデスカラ」

 編集作業というのが何なのか姫和には分からなかったが、深く突っ込まないことにする。

「お前の役目は、獲物を狩り出して薫に食わせること、というわけか」

「薫の破壊力は唯一無二。討伐スコアを挙げるのは薫の役目ネ」

「本当に洗練されたツーマンセルなんだな。以前も思ったが、長船女学園は個々の技能を引き出し、弱点はカバーし合って集団戦を戦うことに長けていると思う。荒魂討伐となったら、分隊長を勤めるのは長船の生徒ってことが多い気がするしな」

「平城こそ、御前試合決勝の常連、昨年一昨年連続のチャンピオンじゃないですか。個々の戦闘で、伍個伝筆頭最強校は平城で間違いナッシングデース」

「ふっ……だったら長船と平城が組めば無敵ということでいいな」

「イーネ!」

「じゃあ、行くか」

「イエッサー♪」

 もし夜光刀使に接触出来た場合、糸見沙耶香は確実に身の証を立てられる。舞衣や薫たちが身柄を確保しているからである。

 それに、可能性は薄いが万が一夜光刀使が沙耶香当人であった場合、今度は討伐作戦に出てくるだろう綾小路の選抜親衛隊の手から保護せねばならない。

 そのようなことを細かく申し合わせはしない。

 姫和にもエレンにも分かっていることであった。

 

***

 

 姫和とエレンが謎の刀使を求めて歩んでいた丁度そのころ、衛藤可奈美は高いびきであった。

「可奈美、もう寝た」

「寝つきはいいのよ、昔から。可奈美ちゃんの集中力はすごいんだから」

「舞衣、得意そう」

「うん。可奈美ちゃんは舞衣お姉さんの自慢だもの」

 ちなみ、高いびきはモノの例えで、普通にすやすやおしとやかに寝息を立てていることは、可奈美の名誉の為に記しておく。

「寝言、いうかな」

「ふふふ。どうかしら」

 結局のところ、柳瀬舞衣の部屋でお泊りになったのは、糸見沙耶香と衛藤可奈美の二人だった。

 沙耶香と例の夜光刀使が別人と判明すればよいのだから、可奈美が付いてくる必要はなかったわけだが、速攻寝てしまったあたり、やっぱりあまり必要なかった。

「沙耶香ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫。まだ眠くない」

「ううん。そうじゃあなくて。高津学長のこと、話に出たから……」

「……うん」

 他の皆は感づいていないかも知れないが、舞衣には分かる。

 高津学長は最近メディアへの露出が増えた。その言動からモニターに現れるたびに皆が怖い顔をするなか、沙耶香だけは違った。

 申し訳なさそうに小さくなる沙耶香を、そのままにしておくことは、舞衣には難しいことだった。

「……大丈夫。可奈美や舞衣がいる」

「そっか。なら、いいんだけど……」

 こうして接していると、高津雪菜が沙耶香に伝えて来たものの大きさが、ありありと分かる。

 一緒に食事をしていても、箸の取り方置き方、ナイフやフォーク、食後の紅茶の飲み方まで溜息が出るほど完璧。見れば畳んである制服も、沙耶香のそれはきっちり正座しているように見える。まるでバラバラ死体の可奈美とはえらい違いだ。

 妹たちのように、ああしなさい、こうしなさいと言うことがまるでない。舞衣が見習いたいくらいなことも時々あった。

 高津学長は秘蔵っ子の沙耶香を手ずからに致し上げたという。

 だからこのようなことも、沙耶香のことを道具と言ったあの学長が手に手を取って教えたことに違いなかった。

(紫様の為の道具。そう高津学長は言っていた)

(だけど、紫様の剣、そうとも、沙耶香ちゃんのことを言っていた)

 主の剣。

 それはさむらいの在り様(ありよう)そのものだ。

 刀使にとり刀は神器だが、同時に人を殺伐する用具でもある。戦にあっては道具(かたな)として扱われ、不要となれば取り捨てられるも善しとせよとは、まさしく士道における尽忠の一念であった。

 地下千尺の捨て石と成りて本懐とする、そんな生き方が人の正しい在りようとは、現代を生きる舞衣にはとうてい思われない。けれど、何かの為に、誰かの為に生き尽くす人は、やはり眩(まばゆ)い。

 刀使の厳しき在り様を、沙耶香に繰り返し伝えていたとするなら、高津学長とは――

「……ねえ、沙耶香ちゃんは……」

 会えるものなら、もう一度高津学長に会いたいと思う?

 そうと聞こうとして、もう沙耶香が寝息を立てているのに、舞衣は気づく。

「……おやすみ、沙耶香ちゃん」

 二人の眠りが健やかであるように、部屋のドアまで行って、部屋の明かりを絞ったときであった。

「――!?」

 咄嗟に居合腰となった舞衣の腰間には、御刀はない。太刀置きに立てた孫六兼元は、手を伸ばして届く距離にはなかった。

(誰か居る?)

 舞衣以外の誰かが、沙耶香と可奈美を見下ろしている。

 そんな風に思えたのだが、目はまだ闇に慣れていない。

「……?」

 絞った光量を逆に戻すと、そこには誰も居ない。

(気のせい? だったの?)

 一人舞衣は、首を傾げる。

 

***

 

 内心、姫和は舌打ちした。

 どうやら外れを引いたらしい。

『神田に網を張ってた親衛隊の奴らが、不明刀使と接触したみたいだ』

「ソー・バット。東京駅を挟んで、反対側ですネ」

『詳報を求めたら、奴ら断ってきやがったらしい。今学長が掛け合ってるけどどうなるか分からん』

「了解しましタ。サンクス、薫。何とかしてみマス。確認ですケド、さやさやは?」

『部屋から一歩も出てない。心配無用だ』

「了解デス! ひよよん!」

「ああ。急がねば。着いた頃には全てが終わっていた、なんてことになりかねん。しかし……」

 刀使の迅移を用いた徒歩機動は下手な車両より速いが、この距離を移動するとなると接敵機動に全力を使い果たし、会敵した時には電池切れということになりかねない。

「ドントウォーリー。ワタシに考えがありマス」

「考え? おい一体何を……」

 つかつかと歩道脇に駐輪してあるバイクに近づいたエレンは、おもむろに跨る。

「!?」

 キック一発でイグニッションスタート。低く唸るバイクは、高等部によく止まっているゼロハンスクーターなどではなく、大きなタンクが膝の間に来る本格的なものだ。そしてそのタンクからはみ出している動力部は、バイクに興味のない姫和にもそれと分かるほどの大排気量のものだった。

「さ、行きまショウ」

「……おい。今袖口に針金のようなものをしまわなかったか」

「気のせいデス。さあ捕まっててクダサイね!」

「これ、お前のバイクじゃないだろ! それよりおいエレンお前、免許は持ってるんだろうな! うわあ!」

 姫和をタンデムシートに乗せたバイクは獅子吼一番、高々とフロントリフトを見せ、深夜の対面三車線道路に、ヘッドライトの光芒と姫和の悲鳴の尾を引きつつ、彗星と化して飛び出していった。

 

***

 

『こちら喜多村、第一隊配置終わり』

『こちら斎田、第二隊所定の配置に付いた』

「これより現場本部は私、錬府学長高津雪菜が指揮する。両隊ぬかるな」

 先の接触を戦訓として、綾小路選抜の親衛隊は6名からなる刀使の二個分隊を出動させていた。

 これの指揮をしているのはなんと、高津雪菜学長その人であった。真庭紗南学長が呼べど叫べど、応答がないはずである。

「紗南の奴目、とぼけたところは昔とちっちも変わらない。どうせ腹いせの嫌がらせに沙耶香をけしかけているに違いないわ……この私自らが化けの皮を剥いでくれる」

 鼻息も荒く、高津学長が号令をしようとした時だった。

「ああああああああああ!」

 という何やら悲鳴のような何かの混じった盛大なスキール音と共に、ヘッドライトの明かりが本部テントの天幕を照らし出した。

「お、お巡りさん! お巡りさんこいつです!」

「オー、ひよよん、ワタシナニもしてないデスヨ!」

「窃盗、法定速度違反、ノーヘル安全運転義務違反、ついでに多分無免許運転! 現行犯でタイホだ!」

「ワ・タ・シがお巡りさんデス。特祭隊はケーサツ、OK?」

「確かにそうだな。私もお巡りさんだ! この手でふん縛ってやる神妙にしろ!」

「ま、待つネ! それをひよよんが言うのは変ネ! ワタシひよよんの最高速の半分も出してないデスよ!?」

「天下の公道で超音速出されてたまるか! 鹿島の太刀と暴走運転を一緒にするな!」

「何事だ! 作戦中だぞ!」

 天幕から出て来た雪菜学長は、露骨に眉を顰める。

「古波蔵エレンに十条姫和……くそ、紗南のがさつ女め。ここまで露骨に嫌がらせを」

「「高津学長!?」」

 言い争いしている二人が固まった。

 それほどに、この場において意外な顔であった。

 ここは現場本部、いわば戦地後方である。戦争なら鉄砲玉は飛んでこないが、代わりに砲弾が降ってくる十分に危険な場所だ。学長クラスの人間が顔を出す場所ではない。

 そして、その傍らには……

(皐月夜見(さつき・よみ)……)

 文字通り、影のように付き従っていた。

 あの山狩りの日の、鬼となり果てたあの姿を、慄然と姫和は思い出す。夜光刀使は正体の知れぬ化け物かも知れないが、皐月夜見は正体の知れた、紛れもない化け物であった。

 ノロのアンプルを投与し、我が身を怪物化しているのだと聞く。

 この年齢で斬人の覚悟を果たした姫和であったが、我が身があの姿となり果てるところを想像するだに身の毛がよだつ。あれを挺身と言うならば、己の覚悟など生易しいものにすら思えた。

 一方の夜見には、死闘を交えたエレンと姫和との対面にも何ら心を動かされた様子はない。心までもが人の形を失ってしまったかのようであった。

「学長。第一隊、会敵しました。作戦開始の指示を待っています」

「ちっ。分かった」

「待ってください、高津学長」

「言っただろう、作戦中だ。さっさと帰りなさい。お前たちの相手をしている暇はない」

「いえ、私とエレンも作戦に加えて下さい」

「ついでに言うと、あれはさやさや、じゃなくて糸見沙耶香ではありまセン。身柄は特祭隊が確保してるネ」

「お前たちの話が本当かどうかは、すぐに分かる。帰らないというならいいでしょう。そこで見ているといい。作戦開始を下令なさい」

「了解。作戦開始」

『第一隊了解。作戦開始』

『第二隊了解。作戦開始』

 可奈美たちからの評判はさんざんだが、高津雪菜は決して無能ではない。元刀使として経験豊かであるのみならず、御刀を返納した後も危険な最前線に自ら立つことを好み、指揮官先頭を地で行く雪菜の隷下の隊の士気は低くなかった。

「第一隊、全員抜刀写シ!」

『抜刀写シ!』

 鞘鳴りが連鎖する。

『不明刀使、歩行を停止。警戒している模様。反撃なし』

「よし。続いて第二隊抜刀写シ。第一隊は横隊より槍衾陣となれ」

 招かれもせずに本部テントに続いて入ったエレンと姫和は、モニタリングされた俯瞰映像の鮮明さに感心する。おそらくは上空にドローンか何かを飛ばしているのだろう。

(下段霞か……)

 槍衾陣とは文字通り、合戦での槍の用法である。横隊が長槍を中段に構えて推せば、如何なる剣の上手であっても下がるか、突かれるかしかない。これを用いた武将には上杉謙信、羽柴秀吉などが名高い。

 然るに、刀使の得物は槍ではなく刀である。長柄の有利は無い。それでも長さを活かそうとすれば正眼に構えることだが、それでは進退に支障が出る。やってみれば分かるが、正眼に構えて走るのは難しい。守るも攻めるも優れた中段正眼は、機動力に欠けた構えなのである。

 雪菜は、霞の構えを指示した。

 任侠映画でヤクザが長ドスで仇の腹をぶっ刺すときの、あの刀勢を思い浮かべればよい。突き技を機動的に用いる為の構えであると言えよう。

 あれを6人で、横隊でやれと、雪菜は指示したのである。

「第二隊、八相となり第一隊に続け」

『了解。第二隊構え!』

「迅移を警戒しつつ前進」

 霞に構えた第一隊の後ろに、袈裟懸けを振りかぶった第二隊が続く。

 姫和もエレンも知らなかったが、親衛隊は先の接触のおり、問答無用の攻撃を受けていた。これにより雪菜は不明刀使が非常に好戦的であると分析、こちらが害意を見せれば高確率で反撃してくるものと想定した。

 そこで第一隊を前進させて不明刀使の攻撃を誘引。これに成功すれば第二隊が突撃、斬撃で反撃させる。

 第二隊の反撃が不調となった場合、第二隊の後方となった第一隊が袈裟を構え、再度の斬撃を行う。以下入れ替わり立ち代わりで斬撃を繰り返す。

 第一隊も第二隊も6人で編成しているのは、先の接触で6人に対し同時に反撃を行ったという報告があったからである。

 しかし……

「反撃してこない?」

 彼我の距離は切迫しつつあるが、夜光刀使が御刀を抜く様子はない。

「怯んだか?」

「いや、これはむしろ……」

 耳を聳(そばだ)てて、何かの気配を探っているような……

「!?」

 そうと見た時、信じがたいことが起こった。

 モニターされていた夜光刀使の姿が、まるで海に垂らした一滴の絵具のように、闇夜に溶けて果てる。

『対象をロストしました! 迅移ではありません!』

 討伐隊の動揺が、モニターからも見て取れる。

(これは……)

 似た現象を見たことが姫和にはある。

 先ごろタギツヒメが防衛省を襲った時、不利を悟った大荒魂がこれと同様の離れ業を行って退去している。迅移ではなく、文字通りの消滅であった。

 人知を超越した大荒魂なればそのような技も心得るものかと、あの時姫和は驚き呆れたものだが、まさか同じ技の使い手が世に二人居ようとは思わなかった。

(いや、今はそれはいい)

(それよりも重要なのは――)

 消え失せた奴が一体、何処に現れるのか――

「学長!」

 既に皐月夜見は抜刀していた。

「……!」

 何者かの影が、天幕の内に結実しつつある。

「敵襲!」

 誰かが叫ぶ。

 夜見がつむじ風と化す。

「ひよよん!」

「心得た!」

 小烏丸(こがらすまる)と越前康継(えちぜんやすつぐ)が鞘走る。

 二条の刃が二条の刃を受け止めた。

 エレンは夜見の水神切兼光を。姫和は夜光刀使の村正を。

 姫和は夜光刀使から夜見や高津学長を守り、エレンは夜見から、沙耶香かも知れぬ夜光刀使を守ったのである。

「……!」

「相変わらずおっかない剣ネ。今まで何人斬りましたカ」

「数えたことなどありません」

「斬ってないとは言わないんですネ……!」

 高津雪菜の前には強化樹脂のシールドを手に駆け付けた機動隊員が文字通りの城壁を作っている。腰のハンドガンに装填されているのは恐らくソフトポイントと言われる、弾着時に潰れて体内に残留する刀使にも有効な弾丸であろう。これの斉射を受ければ、いかに御刀に加護された刀使と言えども無事には済むまい。

「……く……沙耶香!」

 この時、何故その名を叫んだのか、姫和にも分からない。

 佩刀小烏丸が憶えていた。そうとしか言いようがない。

 そう、姫和と小烏丸は、一度斬り合ったことがある。この相手と――

「沙耶香! 沙耶香逃げろ!」

 その言葉が届いたのか。

 光る影は、徐々にその明るさを減じていく。

「……」

 目鼻も分明でない夜光刀使の、唇と思しき部分が、何かを訴えて動いた。

 それを限りに、燃え尽きるかのように消え失せた夜光刀使は今宵、もう何処にも現れることはなかった。

 

***

 

 姫和とエレンが辛くも宿舎に舞い戻った時には既に、夜は明けていた。

 沙耶香の名を口走ったのは不味かった。当然ながら説明を求められた二人だが、姫和とてとっさに出た名前、雪菜どころか自分を納得させる説明すら持ち合わせていない。逃げの一手で都内を駆け回り、何とか追手を巻いて辿り着いたのである。

「もう一度確認するが、この時刻、沙耶香はここ、宿舎に居た。そうだな薫」

「ああ。舞衣と可奈美と、川の字になって寝てた」

「間違いないわ。でも、確かに沙耶香ちゃんだったの? 姫和ちゃん」

「勘違いだ、と思いたいが……あれは一刀流小野派の初伝にして奥義、切落(きりおとし」

 柳生新陰流の合打ち(がっしうち)と並び斯界の芸術とも称されるこの技は全日本剣道連盟に取り入れられ、今や広く伝播している。

 ただ、実地で行える者は少ないし、故に用いようとする者もまた少ない。

 七分三分と言われる絶妙のタイミングを実現する為に、相手の正眼に対し一刀流剣士は脇構えを基本、用いていく。しかしこれが正眼に構えた相手の切っ先を前に無防備となるリスキーな構えで、おいそれと構えられるものではない。リスクを推して狙っていくとして、羽目板張りの道場で一対一の試合となれば成功の目途は立つかもしれないが、起伏のある野外で、どのような形で会敵するかも知れぬ実地でのこの刀法は危うい。

「一合すれば多分、お前たちにも分かるはずだ。それに、こう見えてこの十条姫和、太刀行きの迅さには自信があるが、凪ごうと突こうと脇構えから切り落としを合わせてくるのは、沙耶香くらいなものだ」

「そうそう! 沙耶香ちゃん凄いよね、どんなタイミングからどんな技をもっていっても切り落としてくるんだもん」

「それを完封する可奈美が言うと、嫌みにしか聞こえんがな」

「嫌みなんかじゃないよ! 本当にすごいよ!」

 可奈美は、力説する。

「私は多分その、剣術オタク、で……舞衣ちゃんにも言われるけど技が多彩だから何とかなってるんだと思う」

「それは認めざるを得ん。確かに可奈美は技の百貨店だ」

「よっ可奈美! 技の大手総合商社!」

「地元商店街を全滅させる大型ショッピングモールを彷彿とさせマース!」

「ねえだんだん悪くなってない!?」

 衛藤可奈美が沙耶香と初めて立ち会ったのは逃亡中のことだった。

 その折可奈美は苦肉の策として無刀取りを用いたが、返ってこれが幸いし、沙耶香は全く対応出来なかった。流石に、初見の技であったのだろう。

「……でも、きっと沙耶香ちゃんは、誰か、対手に立った人にさ。色んな技を、繰り返し繰り返し、身体で憶えるまでやってもらったんだよ。すごい熱心な師匠が居たんだよ。でないと出来ないよ」

「高津雪菜、錬府女学院学長」

 ぽつり、と舞衣が言った名に、一同の視線が集中する。

 糸見沙耶香が背を向けた、恐らく二度と顧みることの無いであろう人の名であった。

「……さやさやは、どうしてるデスカ?」

「……あそこに……」

 すっかり指定席となった窓際で、糸見沙耶香は何処とも知れぬ何方(いずかた)かに、その心を泳がせていた。

 

***

 

 都心にその居城を遷した禍神に、二名が傅(かしず)く。

 タギリヒメを呑み込み、至高の存在へと成りおおせたタギツヒメは今や、二本の腕の左右何れにも刀を手にする、刀神と呼ぶに相応しい姿を現す。諸手に刀剣を持った神仏は人の世には存在せず、まさしく人知を超えた存在であった。

「あいつは昔からああだった! 紗南の狸女め!」

 神前で唾を飛ばしてののしっているのは高津雪菜錬府学長であり、対照的に黙して坐しているのは皐月夜見である。

「何が確かに刀剣類管理局で身柄を確保しています、現在事情聴取中です、だ! 御お膝元をお騒がせ致し申し訳ありません、タギツヒメ。今暫くにて鎮定致します程にご猶予を……」

「よい。心楽しき座興である。さらに励め」

「ありがたき幸せ! 尻尾は掴んでおります。十条姫和はあれを沙耶香と口走りました。間違いなく差し金はあ奴ら。これを機に根絶やしにして御覧に入れましょう」

「お前のいうあれ、とはその者か」

「……は?」

「気づかぬか? 先ほどからお前の後ろに立っておるではないか」

「御戯れを……」

 と雪菜がいうが先か。

 水神切兼光が太刀風を巻いた。

 モノも言わずに皐月夜見が薙ぎ払った、その刃圏(はけん)の紙一重向こうで、輝く影が揺らめく。

「きっ貴様! 何処から入った!」

「ほお。夜光刀使とはその方か」

 慌てふためく雪菜学長とは対照的に、タギツヒメに慌てた様子は見えない。むしろ、愉快そうであった。

「生魑魅(いきすだま)とは珍しや。何を思うて迷うて出た?」

「夜見! 夜見そいつを斬れ!」

「はい」

 するする、と抜き身を引っ提げ夜見が進む。

 人かも知れぬ相手を殺せと命じられたわけだが、躊躇とか逡巡とか、そのようなものを感じさせない。まるで台所で野菜を切ろうとでもしているようであった。

 夜行刀使は、怯んだ、かのように見えた。そして怯えようが叫ぼうが、夜見のやることに変わりはなかった。

 包丁をまな板に振り下ろすように振り下ろした水神切兼光に手ごたえはなく、薄れ消えゆく夜光刀使の、目鼻も分明でない顔で、唇が動いた、と見えた。

「高津雪菜。汝、面白いものに憑かれておるのう」

 カラカラ、と禍神が哂(わら)う。

「おのれ……おのれ! 非常呼集を掛けよ! 今より親衛隊は、特別祭祀機動隊を討つ!」

「御意」

 

***

 

 ここからは遠くが見えた。

 街が、山々の緑が、空が見えた。

 昼には流れる雲が。夜には月が、星が。

 こうしていると、糸見沙耶香は時を忘れた。景色に思いを馳せ、景色の先にあるものに思いを馳せた。この先に何があるの。どうなっていくの。この先に、未来はあるの――

「バラ目バラ科バラ属バラ、品種名ロサ・シアン」

「……?」

 声がしたので見てみれば、何者かが沙耶香の立つ窓の傍らに、花瓶を置くところであった。

「親衛隊……!」

「獅童真希(しどう・まき)。今は敵ではないから、そんなに警戒してくれるな」

 ぼんやりしていた沙耶香を驚かせぬよう、気遣って声をかけたものであるらしい。

 かつての親衛隊第一席、現役刀使の首座であった獅童真希とは確執の末、目下呉越同舟中である。

「花は好きか? 糸見沙耶香」

「舞衣のクッキーのほうがいい」

「花より団子か。やっぱり、結芽とは違うんだな」

「燕結芽(つばくろ・ゆめ)のこと?」

「君を見ていると、思い出すんだ。聞けば、相当やりあったらしいじゃあないか。結芽に一泡吹かせたたって聞いてるぞ」

「……勝てなかった。強かった」

「強かったか」

「強かった」

「何故勝てなかったか、分かるか。何故強かったか分かるか」

「分からない。分かるのは、私が燕結芽より弱かったってこと」

「……そうか。君は結芽とは違うけど、やっぱり似てるところもあるんだな」

 燕結芽とは確かに一度、やりあっている。

 その剣風は直接知っている。資料を見て、年齢が近いことも知っている。

 今はもう、天国に召されてしまったことも。

 資料には病死とあった。エレンと薫の二人が戦ったはずだが、この二人が斬ったのではないのかと、疑問に思ったのを思い出す。

「……何を捨てられるかだと思ったんだ」

 ぼそり、と真希は言った。

「捨てる?」

「結芽は未来を捨てた。元より命を捨てていた。捧げた、と言ってもいいかも知れない」

「捧げた……」

「捧げたのさ。剣に」

 沙耶香は言葉を呑む。

「……燕結芽は、何時から病気だったの?」

「僕が会う前かららしい。ノロの投与によって余命を伸ばしていた。その余命があの戦いで尽きただけのこと、君たちが気に病むことはない」

「……」

 かける言葉が見つからなかった。ほんのわずかにだけ早口の口調から、獅童真希が失ったものの大きさが伝わってきたからだ。

「結芽を見て僕は決めた。私の『人』を捧げよう、と。僕は君とは違う道を選んだ」

「ノロを、受け入れた」

「そうだ。僕は人を捨てた。捧げたのさ」

「私には、獅童真希、貴方が荒魂には見えない。可奈美や舞衣と同じに見える」

「……そうだね。こうなってしまって、強くなったのか、それとも弱くなったのか、僕には分からないよ。もし今の僕が強かったとしてもそれは、寿々花に初めて勝ったときの僕とは、違う強さなんじゃないかと思うよ」

「……よく分からない。けど私はノロを受け入れられなかった。貴方のように捧げられなかった」

「それは違う。糸見沙耶香。君だって捧げていたろう。ノロは受け入れなかったかも知れないが、それ以外のものを捧げていた。違うか?」

「それ以外?」

「君が捧げていたのは、君の心だ。少なくとも僕にはそう見えたよ。それによって君は唯一無二を手に入れた。刀使の刀技の常識を変える、無念無想という唯一無二を」

「こころ……」

「そうだ。そこに在る、それだ」

 胸に掌を重ねた沙耶香に、真希はそう言った。

 そこに感じた、温かな何かの為に、沙耶香は師を捨ててここに在るのだ。

「教えて、獅童真希。私はもう何も捧げていない。もう二度と捧げられない。私はもう、強くなれないの?」

「なれるさ」

 莞爾と、真希は微笑む。

「衛藤可奈美を見ろ。十条姫和を見ろ。きゃつら、人を捨てたこの獅童真希に勝ってのけたぞ」

「可奈美……姫和……」

「さて、見つかる前に行くことにしよう。他のコと仲良くしていると、寿々花の機嫌が悪いんだ。じゃあね」

「獅童真希!」

 真希の背中に、沙耶香は声を張る。

「なんだい?」

「貴方は、此花寿々花(このはな・すずか)のことを大切にした方がいい」

「もちろんしているよ。寿々花は大切な同志だ」

「そうじゃなくて……」

「『夢はかなう』。青いバラの花詞(はなことば)だ。捧げよう、君にね――」

 

***

 

 風雲は急を告げた。

 予備人員まで全てを投入した新生親衛隊は、即日の内に特祭隊の本営たる折神家の正門前に完全装備で降り立ち、当直の刀使たちと睨み合いとなる。

「待て! 早まるな雪菜!」

『ここに至っては最早問答無用! よくもヒメの御前(おんまえ)で恥をかかせてくれたな! 今や貴様らは国賊だ! 首を洗って待っていろ!』

「雪菜! おい雪菜! ……くそ。切りやがった。フリードマン教授、そちらは大丈夫ですか」

『こちらは大丈夫だよ。静かなものだ』

 ノロ研究の第一人者にして古波蔵エレンの祖父、リチャード・フリードマンの姿は、ここにはない。届いているのは、秘匿回線を通じての音声のみであった。  

『軽挙妄動は禁物だよ、真庭学長』

「わかっています。逃げても歯向かっても我々が首謀と証言するようなもの。しかし、反撃せねば全滅は必定なのも確かなこと……奴らが突入してくれば……」

『朱音君も、動いてくれている。苦しいだろうが、時間を稼いでくれ』

 折神朱音(おりがみ・あかね)。折神紫の妹で、現折神家の当主代行である。

 メディアへの露出が高く、鎌倉特別危険廃棄物漏出問題以降、特祭隊の政界における顔とも言えるが、一警察官僚に過ぎない彼女に、全幅の信頼を寄せるには、心細きに過ぎる。

「あれは何なんですか、グランパ」

 可奈美達6名を代表し、孫娘のエレンが問う。

『ドッペルゲンガー。似たような報告例は過去にもあるが、こうして生で接することが出来るとはね』

「ドッペルゲンガー?」

『医学的には自己像幻視(じこぞうげんし)と言われる幻覚の一種だが、ここでは複体或いは二重存在、即ち超常現象としてのドッペルゲンガーだね。自分とそっくりのもう一人の自分が自分或いは第三者に目撃される例は、過去にもある』

 沙耶香当人には寝耳に水の話であった。

 ここに至るまで、誰も沙耶香にこの話をしていなかったのである。歴戦の刀使とはいえまだ十代の可奈美達には、どう切り出していいか、そもそも話してよいものなのかどうかも判断が付きかねた。

 その沙耶香の右手と左手に、舞衣と可奈美が右掌と左掌を重ねている。

『刀使の行う写シの技は、ドッペルゲンガーのそれともよく似ているのだよ。というよりも刀使の諸君は言うなれば、ドッペルゲンガーを生み出すトレーニングを日々、行っているといっても過言ではないんだ。幽世のどこかにある自身のアストラルを現世に呼び出して、自身のフィジカルの代わりとしているのだから』

 真庭紗南学長にあってもまだ若い。このような状況でなければ判断を遅らせていたであろう。

 しかし事態の急変が、それを許さなかった。

『違いはある。意図せず現れるドッペルゲンガーに対し、意図して行う写シ。しかしもし、意図せず写シを行ってしまう刀使が居たとしたなら?』

「それが沙耶香ちゃんだって言うんですか」

『糸見沙耶香君。彼女には特別なスキルがあったね。無念無想、だったか』

 滅我により、迅移の持続時間を飛躍的に伸ばす秘剣を、誰が一刀流上極意に例えたのかは伝えられていない。これを行った沙耶香は写シが張れなくなっても、何事もなかったかのように可奈美と姫和二名という優勢な敵に対し戦闘を続行している。

 身の安全よりも任務の継続を取って躊躇わない沙耶香は、まるでハサミや画鋲のようだった。任務遂行の為に刺したり切ったりする工作用具だ。可奈美は「そんな空っぽの剣じゃ何も斬れない」と、新陰流無刀取りで文字通り切って落としている。

「確かに、維持、という点では沙耶香ちゃんは抜きんでています。無念無想による迅移維持のみならず、写シの維持時間は記録的なレベルだって聞きました。けど写シが、本人の意思とは関係なく発動し、意思とは関係なく行動するはずがありません。写シも迅移も無念無想も御刀を抜かなければ行えないはずです」

『今の私の仮説が正しければ、写シや迅移は御刀によって行っている現象ではなく、御刀によってコントロールが可能になる現象、ということになる。世紀の大発見だよ。だけどそんなことよりももっと大事なことがある』

「もっと大事なこと?」

『心を殺してしまえる人間はいない、ということさ。心に形はないのだから。出来るのは一時的に忘れることだけなのさ。だけど、殺して殺せなかった心は、忘れようとして忘れられない心は、いったい何処にいくのだろうね』

「……教授は」

 もう認めよう。

 舞衣は思った。

「教授は、沙耶香ちゃんの押し殺している心が、ドッペルゲンガーとなって出歩いている、そう言いたいんですか」

『さすがは舞衣君だ。察しがいいね』

(……もう、認めよう)

 糸見沙耶香を知るということは、糸見沙耶香をここまでの刀使に育て上げた、錬府学長高津雪菜を知るということに他ならない。愛情、と言って語弊があるなら、どれほどまでの情熱を注ぎ込んできたのかを知ることに他ならない。

 複体とか、二重存在とかよくわからない。でも雪菜に比べれば、沙耶香の中で舞衣は、きっとまだまだちっぽけな存在なのだということだけは分かった。

「沙耶香ちゃん。いつか言ったことこと憶えてる?」

「……舞衣」

「沙耶香ちゃんのしたいこと、全部しようって、私言ったよね」

「憶えてる」

「やりに行こう。今から」

 海には勝てない。山には勝てない。

 広大にすぎて、全容すら捉えられない。敵と認識することすら、故に今まで出来なかった。そのような相手と、決着を付けねばならない時が来たのだ。

 

***

 

「刻限だ。真庭紗南局長代行並びに糸見沙耶香を引き渡せ」

 陣頭指揮を自ら取る高津雪菜が呼ばわるが、正門前の刀使たちは当然ながら沈黙している。刀剣管理局側が応じられるはずもない条件であった。

「返答なきか。ならばこれよりまかり通る! 手向かうものは斬り捨ててよし! 抜刀、写シ!」

 親衛隊が鞘を鳴らして抜刀しても、正門前の刀使たちは応じることをしない。

 出来ないのだ。

 うかと応じて抜いても、抜かず逃げても、錬府学長暗殺未遂の容疑をかけてくれと言うようなものであるからだ。出来ることは強制捜査に協力し投降することのみである。

「くそ……」

 投降がいやなら斬られるしかない。どっちもいやだから下がるしかない。

 だからと言って門の前から退くことも出来ない。刀使たちはみるまに追い詰められていく。

「退かないか。流石と言っておきましょう」

 雪菜が振り上げた手を、今にも振り下ろそうとした時であった。

「親衛隊を僭称している輩がいると聞きましたが、貴方達ですのね」

 刀使たちの後ろを閉ざしていた正門が、開きつつある。

「……んん?」

「そちらから出向いてくれるとは丁度いい。何れが親衛隊を名乗るに相応しいか、ここで決着付けてみるか」

「何者か!」

 門は徐々に開いてゆき、奥の二名の全容が、明らかとなる。

「貴様ら、元親衛隊の獅童真希と此花寿々花!」

「元、か。つまり我ら二名、刀剣類管理局とは今や無縁。切った張ったは勝手次第というわけだな」

「折神家守護を仰せつかる親衛隊を騙ったのみか、こともあろうに折神家に闖入せんとは不届き至極。ここにいらっしゃる似非親衛隊の皆さまは、此花寿々花並びに獅童真希が成敗させて頂きますが宜しくて?」

「紛い成りにも親衛隊を名乗るのであれば、この獅童真希と仕合い、第一席の名を奪って見せる気概くらい在るんだろうな」

 真希も寿々花も、既に抜き身を引っ提げていた。

「おい獅童、此花お前ら……」

「さあ特祭隊の皆さま。ここは刀剣類管理局とはなんの関わりもない新旧親衛隊の私闘。邪魔になりますから門の奥にでもすっこんでいて下さいませ」

「それとも、お前たちも束になってかかってくるか? 僕たちは一向に構わないぞ」

「……すまん。皆引け!」

 門の内に引き上げる特祭隊の刀使たちとは入れ違いに、門の外に待ち受ける完全武装の新生親衛隊の軍勢へと、二人は歩んでいく。

「出来損ない共が。邪魔する気か」

「そしてそこの有象無象が、貴方の仰る完成品という奴ですの? 高津学長」

「どうみてもそっちの方が出来損ないのように見えるがな。さあどうした。死にたい奴から掛かって来い」

「旧折神派の反乱分子と刀剣類管理局との関係は後で聞きましょう。貴様ら二人を斬った後でな。坂井。行け」

「は」

「旧折神派です。斬り捨てても構いません」

「はい」

 一名の親衛隊員が進み出てくる。

「あら。一対一なんですの? まとめてでも構いませんのに。それとも少しずつ疲れさせて行こうという腹なのかしら」

 此花寿々花が前となって出る。

 親衛隊員は中段となった。刀中に身を蔵す、と言われる手堅い構えに熟達すれば剣の後ろの剣士が見えなくなってしまうことも有ると云う。相手の喉元に切っ先を向けてさえいれば決して斬られることの無い、基本にして究極の布陣であった。

 対する寿々花は――止まらない。

 立て板を真っ逆さまに滑る水のようであった。急いでいるようになど見えないのに、その実恐ろしく迅い。

 その迅さのままに寄せて来た寿々花に対し、撃尺であると見た親衛隊員が真っ向切り下ろしに一撃を加えようとした。だが実際の寿々花は、思った撃尺の僅かに奥に居たのだ。

 ゆら、と寿々花の姿勢が低くなったように見えた。

 その寿々花が、まるで強い日差しに掌を翳(かざ)すように、頭上に翳したのは愛刀、九字兼光。

「ぐわ!」

 四散した指と、その指で保持していた御刀が飛ぶ。

 拳で刃物を思い切り殴りつけたも同様であった。

 傍から見れば、切っ先を上にした九字兼光の刃の上に、親衛隊員が自分から、振りかぶった柄中の拳をぶつけにいったようにしか見えなかった。

 親衛隊員の間積りよりわずか奥に侵入するのに成功したのは寿々花の歩み足の巧緻さであり、豊かな経験から来る知恵であった。迅移を使って飛び込めばこうはならなかったであろう。

 両手指を八本全て斬り飛ばされた親衛隊員は写シがなければ重症であり、神経の集中する指の負傷は写シがあったとしても激痛であったはずだが、それでも寿々花の追い太刀の撃尺より飛びのいたのは流石ベテランであった。

「……バカな」

 寿々花にしてみれば、見た目ほど簡単に勝ったわけではない。紙一重の間積もりを誤れば真っ二つになっていたのは寿々花であろう。相応の危うい橋を渡っていた。だが新精製のノロを投与した親衛隊は、可奈美や姫和ら大豪の刀使にも善戦していただけに、ここまで容易く捻られるとは、雪菜の想像を絶していた。

「おのれ出来損ないの分際で。次、水野……」

 と、言うが言わないかのところであった。

 だん、と地を鳴らして獅童真希が飛んだ。

 雪菜の指名したその親衛隊員が、首肯して向き直ろうとしたときには、眼前で当の真希が大上段を振りかぶっていた。

「え!?」

「ぬん!」

 まるで土木作業だ。ツルハシか何かでアスファルトを割り砕くような豪剣だった。実際真希の薄緑はアスファルトを斬り割っており、その剣とアスファルトの間にあった隊員はまるで薪かなにかのように、右と左に割れ飛んでいた。

「……こいつが僕の相手で間違いなかったかな」

 真希の言葉に応える者は居ない。

 寿々花を除く、その場の全員が震え上がっていた。

 写シとはいえ、人間を縦に二つに斬り割るなど前代未聞、関羽やら弁慶やら、その辺りがやったかやらないかの仕業である。

 見た目、派手な勝ち方であったが、理解出来る者には理解出来て居よう。真希は雪菜の目線を盗んだのだ。目線の先の隊員が応じる為に注意が逸れたその一瞬を見計らって斬り込んだのである。もちろん誰でもは出来ないし、見た目ほどに簡単に勝ったわけではない。

 実地において面打ちを用いた場合、唇の上、人中といわれる辺りまでを斬り込めば脊椎を破壊出来る為、これ以上の斬割は無用であるが、あえて八幡力を用いてまで二つに斬り割ったのは、敵への心理的効果を考慮してのものだろう。

「で、次は誰だ?」

 真希が一歩を踏み出す。

 その一歩の分だけ、寄せ手の全員が、波のように後ずさる。

 効果はてきめんであった。

 たった一名の真希が、数十の寄せ手を圧倒していた。

「えげつねえ……あんなのを相手にしてたのか、俺らは」

 作戦指揮所で門前をモニターしていた益子薫は、その光景に思わず顎を出す。

「喧嘩が上手いデス。どんだけ場数を踏んだらあんなになるのヤラ」

「そういやあ、可奈美と姫和はあいつらに勝ったんだよな。マジなのか」

「うんまあ、一応。S装備がなければあそこで負けてたけどね」

「正直、勝ったとは思っていない。綺麗な勝ち方でもなかったしな」

「うええ。心底バケモンだなお前ら」

「人間辞めてマス。人外魔境デス」

「そんなに!?」

「可奈美と一緒にするな」

「ひどいよ!」

「……ん? ちょっと待て」

「どしたの?」

「あれは……」

 その名の通り、夜にしか目撃されたことがない夜光刀使が、白日にその実態を現わしつつある。

 その切っ先の向く先は……

「む……」

「お初にお目にかかりますわ。貴方が夜光刀使、でいらっしゃいますのね」 

 白昼に残った月の光を集めたようなその姿が、たった二人の旧親衛隊に圧倒されつつある寄せ手の新親衛隊を守るように立ち塞がっていた。

 

***

 

『聞こえるかね。舞衣くん』

「感度良好です、フリードマン教授」

『よろしい。確認しておくが、ドッペルゲンガーたるその、ヤコウトジと沙耶香君を接触させるのには危険が伴う』

「はい」

『神秘学において、本人とそのドッペルゲンガーとの接触による結果は、そのどちらかの消滅と言われているんだ。自我と、抑圧された自我。何れが残るか、誰にも分からない』

「はい」

『それでもやるんだね』

「……はい」

『沙耶香君も、それでいいのかね』

「かまわない。私が、望んだこと」

『OK。もう止めはしない。行きたまえ』

 どちらの沙耶香が残るのか。舞衣たちと共に来た沙耶香が残るのか、雪菜と共に在りたい沙耶香が残るのか。

 どちらが残ったとしても受け入れる。沙耶香の為にもそうするべきなのだ。

 こうして共に居るのもこれが最後かも知れない。それでも、このままでいるよりはいいと思ったのだ。

「行こう、沙耶香ちゃん」

「うん」

 

***

 

「寿々花、どう思う」

「どう思うも何も、夜光刀使さんはタギツヒメに与する私たちの敵、そういうことではありませんの」

「まあ、僕らに御刀を向けてはいるわけなんだが、どうも僕にはそのコと何処かで会った気がしててね……君もバラよりクッキーが好きなのか?」

 目鼻も分明でない夜行刀使が、それに声を発して応えるはずはない。

 しかし何やら、唇のあるべき部分が、さかんに何かを訴えかけてくるように思われる。

「どういうことだこれは……?」

 状況が呑み込めないのは雪菜も同様であった。

 夜行刀使が、刀剣類管理局の刺客であるという嫌疑で、彼らは完全装備を引っ提げてここまで来たのである。その当の容疑者が堂々と現れたばかりか、どう見ても自分達に味方して守ろうとしているようにしか見えないのだから彼らが戸惑うのも当然だ。

「皆、下がって」

 このとき、一度は閉ざされていた正門が、再び開いていく。

「こいつの相手は、私」

「クッキーが好きな方が来た」

 そこに立つ、糸見沙耶香の姿に、真希が笑みを浮かべる。

「……沙耶香?」

 目を見張る雪菜とは対照的であった。

 その雪菜に一度だけ視線を向けて、糸見沙耶香は対敵たる夜行刀使に向き直る。

「聞こえますか教授。沙耶香ちゃんは今、写シが張れません」

『予測出来たことだ。何せ沙耶香くんの写シが離脱した状態が、ヤコウトジなのだからね』

 沙耶香の傍らには、柳瀬舞衣が寄り添っている。

「もしこの状態で斬られたら、沙耶香ちゃんはどうなるんですか」

『分からん。負傷する可能性もある。危険なら今からでも……』

「大丈夫」

 これが沙耶香であった。

 かつて可奈美と姫和を急襲した際にも、写シが張れなくなっても意に介さず戦闘を続行しようとしている。我が身は任務遂行の兵装の一つであると見做している節が沙耶香にはあった。沙耶香の美点でもあろうし、危うさでもある。

「沙耶香……」

 その姿はむろん、雪菜の側からも見えている。

 真希と寿々花が先を譲ると、糸見沙耶香と夜行刀使との間にはもう、誰も居ない。

 両者は既に、抜刀して終えている。

 二振りの村正を携えた、二人の剣士が……いや二人の沙耶香が相対した。

 しかしこれは本当に二人であるのか。

 どちらかがどちらかの鏡像ではないのかと、見れば見る程そう思える。

 一方の沙耶香の村正の正眼であった切っ先が、悄然と足元に下がっていく。

 もう一方の沙耶香の村正が、それと全く同じ速度で下がっていく。

 脇構え――

 一刀流剣士の多用する構えであった。

 狙うは切落し。万法帰一刀の言葉通り、一刀流剣士は最初にこれを学び、終生をかけてこれを追い求める。

「鏡の内の己を斬れ……か」

「禅問答デスね」

 薫もエレンも姫和も可奈美も、モニターごしに見守ることしか出来ない。

 この戦いを戦いうるのはただ沙耶香のみであった。

「私なら、鏡像を鏡ごと斬り割って勝ちを得るがな」

「姫和ちゃんらしいね。でも今は、沙耶香ちゃんだよ。戦うのも、勝つのも」

 沙耶香には聞こえるハズのない可奈美の、この言葉に鼓舞されたか。

 片方の沙耶香が踏み込む。

 踏み込む、と言ってもほんの親指の先ほどを詰めたのみだ。

 しかし、もう片方の沙耶香も同じ速さで、同じ距離だけを詰めた。これがきっかけだった。

 ととと、という感じで踏み込む。

 双方が、双方ともにだった。

 まるで恋人と恋人がそうするように、二人の沙耶香は肩と肩を寄せ合い――

 キン、という太刀鳴りと共に、詰めた距離の分だけ、飛び離れる。

「……五分五分、か」

 何時の間にか、舞衣の居る位置まで寿々花と共に下がってきていた真希が、ぼそりと呟く。

 北辰一刀流を修める舞衣には分かる。真希は力量互角である、ということを言っているのではない。切り落としは敵の刀勢を我が刀勢で弾き出して勝ちを得る技だが、それを実現するタイミングが敵が七分の時我は三分の勢、であると云われているのだ。

 それが五分五分であったが故に、互いの剣が互いの剣を弾き飛ばしたのだと、真希は言っているのである。しかし、相手はまるきり沙耶香の鏡像だ。鏡を相手にしたところで五分五分になるのは当たり前ではないのか。

(沙耶香ちゃん……)

 一度飛び離れた沙耶香と沙耶香が、直ちに引かれ合う。

 脇構えから大きく半月を描く、二条の切り下ろしが、さっきと全く同じところで弾かれ合う。

 もしも五分五分が六分四分になれば。

 もし寸毫でも踏み誤れば我が太刀筋は跳ね反らされ、敵の太刀筋がそこを通る。そうなったからには、ひとたまりもなく斬られるより他にない。

「正しく切落を遣った方が勝ち、誤れば負け」

「破邪顕正、とはよく言ったものですわね」

 そして片方の沙耶香に写シの加護はない。それは全て、もう片方の沙耶香のものなのだ。

 つまり一度斬られれば、もう沙耶香が置き上がって来ることはない――

(沙耶香ちゃん、沙耶香ちゃん、沙耶香ちゃん――)

 舞衣にはただただ、祈るより他に成す術はなかった。

 その舞衣の眼前で、三たび、四たびと沙耶香は試みる。

(あなたは、私なの?)

 二つの妙法村正が、一つの太刀道を通るたび、沙耶香は沙耶香に問いかける。

(どうして、私から離れたの?)

(どうして、私と戦おうとするの?)

(何を探していたの?)

(誰を探していたの?)

 二つの村正が交錯するたびに、舞衣の唇の内に小さく悲鳴が上がるさまが、傍らの真希や寿々花からは見て取れる。

 我が身が斬り合っていたとしても、こうはならないだろう。

「心配はいらない」

 その肩に、大きな掌が、ぽん、と置かれる。

「己自身との闘い、というなら、あのコは今まで一度だって負けたことがないはずだ。でなければ無念無想の境地を身に着けることは出来ない。そうだろう?」

「真希さん……」

 舞衣が、その傍らの真希と寿々花が、指揮所では可奈美たちが、そして高津雪菜が見守る中、死闘は続く。

(ねえ、もう一人の私)

(貴方は、誰に伝えたいの)

(何を、伝えたいの――)

 沙耶香の唇が、沙耶香に何かを訴えかけてきた。

 いや、訴えて来たのは、剣であったかも知れない。

 声となって聞こえては来ない言葉を、沙耶香は――沙耶香のみは聞き取った。

 何故ならそれは、沙耶香自身の声であったから――

「……!」

 もう何度目の交錯か。

 録画映像を幾度も再生しているような、そのような光景は唐突に終わった。

 斬り結んでは飛び離れていた二人の沙耶香が、その一度を限りに、交錯したまま飛び離れることはなかった。

「……どっちだ」

 薫の声は震えていた。

 モニター越しにも、片方の沙耶香が霧散する様が見て取れたからだ。

「……沙耶香ちゃん!」

 可奈美が駆け出す。可奈美が心配なのは、沙耶香のみではなかった。

(沙耶香ちゃん……舞衣ちゃん……!)

 今にも指揮所から飛び出していこうとする、可奈美の足がぴたりと止まった。

「……ないで」

 マイクが拾ったと思しき、沙耶香の声が聞こえたからだ。

「学長を苛めないで。私の友達を苛めないで。どっちも、喧嘩しないで――」

 紛れもない肉声であった。

「沙耶香ちゃん!」

 勝利したのは夜行刀使と言われた方の沙耶香ではなく、生身の沙耶香だということを、これは示す。

 とはいえ、勝利であったのか。

 あるいは、訴えを聞き取ってもらえた生魍魎たる夜行刀使は、満足して失せただけのことかも知れなかった。

「もういや。こんなのもういや。舞衣……学長……」

「聞きましたか、高津学長」

 舞衣が、沙耶香を支える。

「胸の内の温かなものを失いたくない、そう沙耶香ちゃんは言ってました。ノロが入ってきたら、それが全部なくなっちゃうって。最初私、それが可奈美ちゃんや私のことだって思ってました。でも……違った」

 雪菜は、黙って舞衣の言葉を聞くようであった。

「沙耶香ちゃんが一番失いたくなかったのは、貴方への想いです、高津学長! 一緒に暮らしてて分かった。本当に沙耶香ちゃんを支えているのは、私たちじゃあないの……」

 そこから先はもう言葉にはならなかった。

「舞衣……」

 今度は沙耶香があべこべに、泣き崩れる舞衣を支える番であった。

(沙耶香……)

 何を思うのか。

(沙耶香……私の……)

 雪菜はもの言いたげであった。

 そうでありながら、何も言わない。

 傍らに控える皐月夜見には分かった。

(沙耶香……沙耶香……沙耶香……)

 雪菜にとって確かに、糸見沙耶香が全てであった時があったのだ。

 沙耶香に出会ってからの数年の間の人生を、沙耶香の為に費やしてきたのだ。

 だから雪菜は迷っていた。

 どうしていいか戸惑っていた。

 軽々にどうこう出来ることではなかったのだ。例え答えは出ていたとしても――

 しかし、ついに雪菜は眦(まなじり)を決した。

「沙耶香」

 峻厳、とすら思える声が降る。

「はいっ!」

 思わず沙耶香がいい返事をしてしまうほどに、威厳が備わった声であった。

 その声でまた道具になれと言われるのか。よく知らない、折神紫という人に仕えろと言われるのか。

 そう思って身を縮める沙耶香に、

「お前は、立合いで相手の目を見る癖がまだ治っていない」

 これが雪菜の発した言葉だった。

 突然何を言い出すのかと、沙耶香が目を瞬く。が、すぐに思い出した。ついこの間まで、沙耶香はこうして学長の教えを受けていたのだ。

「故に対手に、拍子を合わされたのです。切り落とせなかったのはそれが一因と知りなさい。脇構えにとったなら肩口から対手を遠望するように、心がけなさい」 

「……はい」

「分かったならば、もう私のことを心に残してはなりません。貴方が錬府を捨てたと考えることは有りません。少し早いが沙耶香、貴方は錬府より巣立ったのです。この先は学んだことを標(しるべ)とし、己の心に従いなさい」

「……は……い」

「下を向いてはなりません。敵から目を逸らしてはならない。次に会うときは、敵同士です。いいですね」

「………」

 沙耶香は、雪菜の言葉に背いた。

「ありがとう……ございました……」

 そう言って、深々と礼を捧げる。自分の足元しか見えない。次は敵だと言った雪菜も、もちろん見えない。

 しかしそれは雪菜が伝えた通りの、美しい礼であった。

 その足元に雫が、一滴、二滴と落ちる。

 涙だった。

「……撤収!」

 雪菜は――微笑んだ、のかも知れない。

 号令一下、新生親衛隊が踵を返す。

 この後、深夜彷徨う不明刀使が目撃されることはなくなった。警察庁内紛一歩手前とメディアが伝えた本事件の、これが終結となった。

 

***

 

「本件についての報告は以上です、紫さま。何か高津学長にご伝言はありますか? あれば伝えておきますが――」

『全ては私の不徳の致すところ……だがあれに何と言葉をかけたらいいのか、私には分からん。今はまだ、な』

「そうですか」

『さて、いつまでも浮上して電波を出して傍受されるわけにもいかん。通信はこれまでとしよう』

「分かりました。お気をつけて」

 通信の終わった携帯端末を見やると、何やら重めのメールが届いていることに、真庭紗南は気づく。

『礼はいらんから休暇をくれ』

 とタイトルにあった。

「……薫とエレンか。仕事が速いな。ひと段落したらゆっくり聞くとするか」

 先日の食堂での、可奈美たちのあんな声やこんな声が入ったと思しき音声データと共に、画像が数点、添付されている。

「ぶっ!」

 紗南が思わず吹いたのは、沙耶香の表情を捉えた一枚の画像である。

「何て顔してるんだ全く……ん、そうだ」

 紗南はその思いつきを、即座に実行に移す。

「雪菜へ お前の愛弟子は、元気でやっているぞ from紗南、っと。ブロックされてなければいいけどな。送信っと」

 メールに添付した、ふくれっつらに涙目の沙耶香の画像を見やりつつ、

「いい友達を持ったな、糸見」

 そう呟く。

 己と同じ感想を雪菜も懐(いだ)くであろうか。

 そうであったらしてやったりだ。全く、そうであったらいい。

(もし全て片付いたら、呑みにでも誘うか。何せあいつは私の友達だからな。そうだろう? 雪菜)

 誰が友達ですか、と言いたげな雪菜の顔を思い描きつつ、紗南の笑みは、暫く去らなかった。

 

                                      了

 




はい、今回は糸見沙耶香強化計画でした。無念無想が一念無想にバージョンアップした、かもしれませんw 
次はまだ白紙ですが、艦これや1stガンダムに浮気しつつも、また書いていこうと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

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