江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀【完結】 作:焼き鳥タレ派
桜が散り、卒業・入学のシーズンが終わり、晴れた日には少し汗ばむほどになった季節。
窓から吹き込む爽やかな風を浴びながら、出席簿を胸に抱いて廊下を歩きます。
人生はどうなるかわからないものですね。
偶然にもアタシの仮釈放が言い渡されたのが入所から5年目。みんなと同じ。
第十四支部の仲間はとっくに未来機関のビルから解散し、
今度こそ本当に自分の道を歩んでいます。
例え住む場所、行く道が違っても、アタシ達の絆は確かに結ばれていると信じていますから、
寂しくなんかありません。
さて、アタシも元の現実世界にいた時間より、
ダンガンロンパの世界に生きた時間のほうが長くなってしまいました。
理由はわかりませんが自分の中の江ノ島盾子からも、もう何年も音沙汰がありません。
もしかしたら、二度と悲劇を繰り返さないためにも、
この世界にこれ以上江ノ島盾子は存在してはいけない。
竹内舞子として残りの人生を全うしなさいという彼女達からのメッセージなのかもしれませんね。
出所して皆と再会を喜びあった後、
それぞれの得意分野で社会貢献をしている仲間が羨ましくなり、
アタシも一念発起して教師を目指し始めました。
二度と絶望の江ノ島盾子のような生徒を生み出さないように。
特別な才能がなくたって夢は叶えられることを子供たちに伝えるために。
その甲斐あって、他の教師志望者より何年も遅れて、ようやく教員免許を取ることができました。
教師生活も今年で何年目になるでしょうか。今は小学校高学年の担任をしています。
みんな、人類史上最大最悪の絶望的事件のずっと後に生まれた子。
あの時代の惨状なんて、誰も知りません。
予鈴が鳴りました。教室に入りましょう。
教壇に立って教室を眺めると、滅茶苦茶に散らかった机、落書きだらけの壁、
お喋りをやめない女の子、スマホゲーに夢中の男の子。
いつものことです。気にしていてもキリがありません。
「授業を始めます。国語の教科書36ページを開いてください」
生徒達はアタシを無視しますが、逆であってはいけません。
黒板に今日のテーマ“百人一首”を板書します。
背後では相変わらず耳に痛いほどの笑い声、
何が楽しいのか延々ボールを動かし続けるゲームの音、
わざと聞こえるように他の子の陰口を叩く下品な会話。
“花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに”
「はい、有名な小野小町の和歌ですね。まず、初めに出てきた“花”について考えてみましょう。
杉田君。この花は何の花ことか、わかりますか?」
「っせーぞ!今100連コンボ組んでんだから話しかけんな!!」
「ゲームは休み時間にしましょうね」
「黙れ、殺すぞババア!」
確か彼は、“超小学生級のスマホ中毒”。
何も残らないどころか欲を出せばお金まで払う羽目になるものが何の役に立つのか。
アタシは当然叱るべきだと考えているのですが、
何か言おうものならモンスターペアレントが押しかけてきて何時間も居座り業務を妨害しますし、
学校は学校で“将来どの才能が我が校の名を上げるかわからない”と
あまり厳しく言うとこちらが叱責を受ける始末。
アタシが教師になってからどの学校でも、どのクラスでも似たような状況でした。
でも諦めてはいません。この問題児ばかりの生徒にも未来があります。
そうです。アタシがしっかりと粘り強く教えを説いていけばわかってくれる子も現れるはず。
ですが、そのためには抜本的な教育改革も……痛っ!
黒板にチョークを滑らせていると後頭部に痛みを感じたので振り返ると、
ニヤニヤと笑いながらアタシを見上げる出っ歯の少年。
「小杉君、まだ授業中よ。席に戻りなさい。それと、また先生の髪を引っ張ったわね。
もうやらないって約束したんじゃなかった?」
「あんなのうっそじゃーん!アハハハ!」
「後で職員室にいらっしゃい。さあ座って」
「授業なんかもう飽きちゃったよ~。俺帰るから!バッハハ~イ!」
「待ちなさい!……あっ」
彼を捕まえようとしましたが、ネズミのようにチョロチョロとアタシの手をすり抜け、
教室から出ていってしまいました。“超小学生級の逃げ足”。
きっと彼は、これからの人生で立ち向かうべき困難や耐えるべき努力、
全てから逃げながら生きていくのでしょう。
ああ、結局大して授業を進められないままチャイムが鳴ってしまいました。
「起立、気をつけ、礼」
本来は日直が言うべき形骸化した儀式を口にし、
出席簿を持って職員室に戻ろうとした時のことです。
手に違和感を覚えたので開いてみると、ページはカッターで切り裂かれ、
赤のマジックで“死ね”と書かれていました。
アタシが後ろを向いている僅かな隙を狙った早業。
きっと“超小学生級のいたずら”、鈴木君の仕業に違いありません。
彼を見ると、やはり自分の席でにやつきながら嬉しそうにアタシを見ています。
問い詰めるだけの証拠がないので、仕方なく無視して教室を出ます。
“あのババア髪キモくなーい?”
“つか、なんであいつだけ染めてんの?”
“調子乗ってるマジ”
超小学生級の陰口の暴言を背中に受けながら退室しました。
アタシの髪は生まれつきだと何度も説明したはずなのですが。一体どう言えば伝わるのでしょう。
無力感に苛まれながら職員室に戻ったアタシは、デスクにつくと
間違いだらけの答案にバツを付ける作業の続きを始めます。
クラスの偏差値は右肩下がり、というより始めから低水準のまま横ばい。
批判を受けるのはアタシ。指導力不足、教師失格。
教頭や保護者から浴びせられた言葉が頭をよぎります。
『台形の面積は底辺×高さ÷2です』
『”とうきょうの”漢字は”東京”です。大切な地名なので覚えましょう』
『テストの紙に先生のわるぐちを書いてはいけません』
赤ペンでどうせ読まれない注釈を丁寧に書き加えていると、
この世に自分一人しかいないような孤独な気持ちに陥ります。
ジャバウォック島のみんなは今どうしているのかしら。
そんなことを考えてふと現実から目を背ける癖がついてしまいました。
アタシはいい先生になりたかった。
本当にアタシが悪いのか。誰のせいだったのか。考えても答えが出ません。
明るい未来というものがアタシには見えないのです。
でも、あともう少し。来週には、わずかばかりの可能性が。
後日。待ちに待った日がやってきました。
文科省主催の『令和時代における新学習指導案』の特別会議。
学識者や官僚、文化人が一堂に会するこの会議に
アタシも未来機関の関係者という事情で参加が許されました。
4回目を迎える今日は、最重要事項の決定が下される予定です。
議長が挨拶を終え、議題の発表に移ります。
「本日お忙しい中お集まり頂いたのは他でもありません。
近年の学校教育におかれましては、
生徒達のモラル低下が著しいとの声が各方面から寄せられています。
そこで我が国は日本国全体の再教育をモットーに、行き過ぎた才能至上主義に歯止めをかけ、
人間らしい道徳教育に重点を置いた教育機関の設立を行う考えであります。
そのプロジェクトがいよいよスタートする運びとなったわけですが、
ここで建設予定の正式な機関の名称を決定したいと思います。
それにつきまして、皆様からご意見を頂戴したく存じます」
周りの知恵者達がざわつき出しました。要は希望ヶ峰学園とは逆のコンセプトで、
乱れきった教育現場に一石を投じるべく新しい教育機関を創る取り組みが始まっていたのです。
全く新規の試みとなるので、なかなか良い案が出ないようですが、
アタシは予め温めていた名前を胸に挙手しました。
「竹内舞子先生。どうぞ」
発言を許されると、アタシはゆっくりと語り始めます。
「はい。現在は議長がおっしゃったように、
どの学校どのクラスでも学級崩壊の兆候が見られる、または既に陥っている状況です。
それもまた人間的教育を置き去りにした才能至上主義による弊害であると考えます。
実際、私の受け持つクラスでも教育環境は劣悪そのもの。
その影にあるのは、やはり“才能”です。生徒達が悪いわけではありません。
生まれ持った大きすぎる力に振り回されているのです。
それを支えて正しい道に導くのが我々大人の役目ではないでしょうか」
「導く、と言いますと具体的にどのような手段を取るべきか、お考えはありますか?」
「この新プロジェクトは、今申し上げた“強すぎる力”。
つまり才能を正しく使いこなせるように指導する場である必要があると考えています。
多少窮屈な思いをさせてしまっても、彼らが人として思いやりのある人間になれるまで、
期限を定めず自らの力と向き合い、そのあり方を自己決定させる。
そして扱いきれない能力をきちんと閉じ込めておけるような機関であることを私は望みます」
周囲に困惑したような空気が流れます。少し喋りすぎたでしょうか。
新校のネーミングを聞かれたつもりが、いつの間にか運営方針にまで口を出してしまいました。
でも、後悔はしていません。
「では、竹内先生。
プロジェクト達成の暁には、教育機関の名前はどうするべきか、お聞かせいただきたい」
「はい。生徒達の未来を託すにふさわしい学校。それは」
自信を持ってその名を口にします。
──才囚学園などはいかがでしょう。
参加者たちが顎をひねり、まだ存在しない学校の名を反芻しています。
しばらくの議論の後、多数決を取り、結果この提案が受け入れられました。
ああよかった。長い時間をかけた末、未来へ続く道の名付け親になれたことが嬉しく、
アタシは少し、笑った。
江ノ島盾子にされてしまったコミュ障の悲哀(完)
>新規キーワードが追加されました。
4.才囚学園
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