ちなみに最後のがやりたいだけだったりする。
今頃、彼女達はどうしているだろう。
世間は夏休み。海に行ったり、山に行ったり、川で遊んだり、楽しいことが沢山待っているだろう。僕はそんな楽しいであろう事柄に思い馳せながら、日陰者の肉体労働を強いられていた。それも、文字通り陽の当たらない、世界の何処かにある地下深くで。
こうなったのもまだ夏休み直前の終業式の話。
暁美さんの依頼を受けた僕は終業式が終わった直後に料金未払いの罪を偽造して地下帝国に送られたわけである。
もちろん、帰れないのでそこは暁美さんにどうにか誤魔化してもらっている。まどか、さやか、佐倉にも秘密だから仕方ないとは思うがそこら辺の裏工作も全部暁美さんへ丸投げだ。
こうして無事?に地下帝国(アンダーグラウンドと呼ばれているらしい)へ潜入した僕は、終業式直後から働き詰めの毎日を地下で過ごしているのだ。
太陽は登らず、沈むこともない。
大体、一週間くらいだろうか。体感的にはもうそれ以上いる気もするが、時計もないので何日経過したかなど知る由もない。数えられることがあるとしたら、繰り返す生活サイクルそのものである。働いて、食べて、寝て、起きての繰り返し、まったく面白くもなんともないが、僕の心は満ちていた。
依頼内容は『写真及びデータの消去』
つまりだ、その写真とは暁美さんが着替え中のそれであり、艶姿でありレアである。
消すということは、ブツを確認して実行と完了を認識しなければならない。もし見てしまっても文句は言えないわけである。いや、むしろ見ていいって言ってるようなものなのだ。
テンションあがらないわけないよな?じゃないとやってられないわ。肉体労働とか、細かい作業とか、一日の半分以上が労働の時点で中学生の僕にはもう無理と投げ出したいわけである。が、モチベーションは報酬と写真を見るという目的があるので、どうにか維持しているわけだ。
「おーい新人、ちょっとこっち来い」
「はーい」
今日の分の作業時間が終了し、先輩に呼ばれたので駆け足で近寄る。
今からは自由時間……という名の、次の日の作業までのインターバルだ。この間に食事なり、睡眠なり、済ませなければならない。故に一日を数えるのは困難を極める。
さて、今日は……と予定を決めているとポンと肩を叩かれた。
「喜べ、初給料だ」
渡されたのは茶封筒一つ。中を覗いてみると見たことない紙幣が何枚か。
「……先輩、これは?」
「『qb』つってな。俺達が得る給料ってわけだ。最初に言っておくが、日本円の一万円札を手に入れるには十万qb必要だからな」
「超ブラックですね」
「だからよ、ここにゃあ外に出るのを諦めた連中ばかりだ。お前はいくらの負債を抱えてここにいるんだ?」
「十万です」
因みに、封筒の中身は一週間ほど働いて二万qbしかない。二千円である。物価も地下帝国は高いので何も買わずに行けば一年で出られる計算だ。もし失敗してここに長居することになったら暁美さんに責任を取ってもらおう。
「お前みたいな若えのが負債抱える理由は大方女絡みなんだろうがよ、まぁ頑張んな。それくらいなら出るのだって不可能じゃねぇ」
「それ思ったんですけど、地上で働くってのは無理なんですか。効率も悪いですし」
「バカ言え。そんなことできたらこんなとこにいねぇよ。それに住めば都だ。慣れちまったら外に出ることなんて、忘れる以外にないんだよ」
結局のところ、僕には無関係な話なので聞き流すしかできないわけである。もし手筈通りに行かなかったら、本当に暁美さんに責任を取ってもらおうと決めた瞬間だった。
「それより、お前の歓迎会やるから参加しな。もちろん、拒否は無しだぜ。主役がいねぇんじゃ話にならねぇ。なんせ新入りが入ればタダ酒にありつけるからなぁ」
「……はい。それはもう、楽しみです」
本来なら気乗りはしないけど、好都合なことに笑みを浮かべた。
◇
歓迎会という名の飲みたいだけの集まりに参加して、散々酔っ払った先輩達から根掘り葉掘り情報を聞き出した。なんでも十年以上前から住んでいる大ベテランもいたらしく、この地下帝国の構造には詳しく地図まで手に入ったわけである。今日はそろそろ猫を被った仮面を剥がして動き始めねばならない。何せ最初は忙しさに忙殺されそうで慣れるまで時間が必要だったのだ。
今日のところは貰った地図の精密さと信憑性を確認しようと徘徊を開始。地図を指でなぞりながら、地下帝国を探索する。作業の為に訪れた部屋と案内板には書いてない部屋など、探索すれば探索するほど怪しい部屋が出てくる。
「下層に行けば行くほど怪しいな……」
普段は下層に人は行かないという。そこには何もないらしく、大先輩であろうともあまり知らないらしい。幹部クラスの人間しか近寄れないのだとか。
「さてさて、取り敢えず目的の部屋を探すかなぁ」
まず、目的の達成をする為に目的の物がある場所を特定しなければいけないわけだが、そこはもうほらお金で解決するのがこの世界の習わしである。予め幹部へと昇進した人に情報をqbで売ってもらったわけだが、情報処理をしている部屋は主に二つしかないらしく、資料室と大型のパソコンを置いてある部屋など、二つに分けられているようだ。
そのどれかにデータと写真等の資料があるわけである。表に置いておかないのは、暁美さん達『駒』に簡単には取り返せないようにらしい。
「でもまさか、こんなところまで入り込んでくる馬鹿がいるなんてキュゥべえも予想外だろうな……」
とは、暁美さんの談。曰く、キュゥべえは人の感情が理解できず、こういうことに関しては警戒心が薄いらしい。それは人間も同じく誰かの心を完全に理解するなど不可能だ。
「お、あったあった」
まず一つ目の部屋を見つけて、ゆっくりとドアに近づいた。中に人の気配は感じないので一応、ゆっくりとドアを開けて中を覗き込む。さながら泥棒みたいだな、と思ったところでやっていることは泥棒だったなと思い出す。
「失礼しまーす」
そして、こっそり入って整理された資料の中から目的の写真を探す。時間がかかることを覚悟していたのだが……。
「……あった」
案外、簡単に見つかった。
暁美さんが下着を脱ごうとして、過激なところが移りそうになっている写真だ。
次いで、まどかの写真も。
しかし資料の数は膨大なので気になって調べてみれば、佐倉とさやか、マミのも例外ではない。……特にマミのは凄かったとだけ言っておく。写真全てがローアングルなのはキュゥべえの趣味だろうか。
「ん……。正直欲しいところだけど、持ち出せないんだよな……」
本来なら、報酬として写真を貰っておきたいところだが、持ち出すのは至難だろう。それに写真もこれだけとは限らない。
「よし、燃やすか」
今ではない。時を待つ。いや、来させる。やるのなら一度で、全て終わらせる。残りのデータの方も探さなければならない。
「まぁ、幸先良すぎて怖いくらいだしな……」
その後、情報を揃えてある部屋を全て回ったら案外簡単に情報は見つかった。だけど、パスワードがわからなかった。ここは策を練り直さなければならない。念のための保険もあることだし、今は時を待つべきと部屋に帰ろうとして、不自然な挙動の男と擦れ違う。肩がぶつかっても見向きもしない、まるで死んだような面だった。
「あ、お兄さん、良い話があるんだけど興味ない?」
「……」
虚ろな瞳が此方を見詰める。
僕は躊躇なく悪魔の囁きを実行した。
◇
ジリリリリリリッ‼︎
耳を裂くような音が地下帝国に響く。アリの巣のような空洞に音が反響し、作業員達の耳へと届いた。
ついにこの日がやってきた。日頃の鬱憤と不満を抱えた地下住民達のクーデターだ。
もちろん主犯格はこの僕、提案者も僕。
地下帝国の住民達を唆かすのは凄く簡単だった。元々、キュゥべえに対しては不満のある人間しか収容されていない世界なのだ、むしろ不満がない方がおかしいのである。そんな奴らに甘い言葉を囁けば簡単に釣れて、大規模なクーデターを作り出すのは簡単だった。「みんなやる」と伝えれば、誰もが賛同するのだ。
「やってやるぞおおおおお‼︎」
「「「「おおぉぉぉーーー‼︎」」」」
クーデターの内容は簡単。施設の破壊。脱出経路は厳重に警備されていて、簡単には突破できない。故に混乱を生むことで、警備を薄くさせ逃げようというのだ。
スコップやピッケルを手にアリの巣のような地下を縦横無尽に駆けていく先輩達の背中に続き、僕も最重要区画とされている下層へと降りて行く。生産工場へ向けて行進する男達の列を抜けて、僕だけは資料室へと足を運んだ。もちろん、写真の消去が目的だ、クーデターが成功しようがしまいが関係はない。元々、クーデターの成功確率はあまり期待してなかったし、スケープゴートなのだ。外にいる暁美さんへの連絡手段として、大きな問題を起こしてキュゥべえを困らせるのが手法だ。キュゥべえが困れば、それは何か僕がやったということに気づく、と最初からそう決めて送り込まれたのだ。中々アグレッシブなやり方である。
取り敢えず、写真や紙などの資料が置いてある資料室は予めタバコを吸う先輩からマッチを借りて火を放った。資料室まるごと全焼である。僕が資料室に入ったという証拠は残してはいけない為、やはりあのお宝写真は断念せざるを得ないが。
次に手間のある、データ処理室へ。前回はパスがわからなくて断念したが、パスワードも仲間内へと引き込み、そしてクーデターに必要だと話せば割と簡単に手に入った。そのパスでセキュリティを突破すると膨大な量のファイルがあり、時間がないのでその中から消去法で選択してデータの在処を探ると……ものの数分でお宝写真のデータ版が出てきたわけである。思わず、保存したくなってスマホにデータを転送したのは悪いことではない筈だ。そのあと、手筈通りにデータを消去したのだから大目に見て欲しい。ついでに予め持っておいたUSBメモリからウイルスをキュゥべえのネットワークに送り込む。念には念を入れろとご主人様からのお達しだ。次いで、ウイルスが入ったのを確認して、スコップで殴打して、超強力な電圧を流し、水攻めし、燃やす徹底ぶり。
「ふぅ。なんかスッキリしたなぁ」
一仕事終えて額の汗を拭う。これで終わりならいいのだが更に念を入れるのが僕のやり方。監視カメラも潰してもらってるし、目に付く記録端末は破壊し尽くした。メインサーバーにもウイルスメールを送りつけてある。バックアップも潰してある。
「でも、なんか拍子抜けだなぁ……」
意外と楽に仕事が終わり、その場を後にした。
結果的にはクーデターは失敗した。数名は脱獄出来たものの、大半が地下から出られず、日を拝むことはなかった。
「お疲れ様、二木君」
しかし、僕は地下帝国から出ることに成功した。どんな方法を使ったのか詳細は知らない。暁美さんのみぞ知るだ。
「ねぇ、これが恋ってやつなのかな。今無性に暁美さんに抱き着きたいんだけど」
「なにバカなこと言ってるのよ。どさくさに紛れて触らないで頂戴」
解放された直後、迎えに来ていた暁美さんと合流し公園で日を浴びる。今は少し、家には帰りたくない気分だった。植物が光合成をする理由がわかるというものだ。ベンチに座ってぐでっと仰向けになれば、ズルズルと崩れ落ちて暁美さんの肩に頭がぶつかる。彼女は重そうに押し退けて、僕の頭を掴むと無造作に自らの膝の上に置いた。膝枕である。
「とはいえ、よくやってくれたわ。キュゥべえも焦りに焦って面白い顔をしていたし、写真も全部消えたらしいし、膝枕くらい勘弁してあげる」
「そりゃどーも。あ、僕のスマホは?」
「ここにあるわよ」
受け取るなり預けていたスマホの写真データを確認する。しかし、そこにはあのお宝写真集は存在しなかった。そんな馬鹿な!と眉を顰めていると暁美さんが一言。
「それと、あの写真なら全部消しておいたわよ。まったく油断も隙もないわね。まぁ、欲しいと言うなら一枚くらい許さなくもなかったけど、今回はこれで大目に見てくれないかしら」
そう言って、僕の上に覆いかぶさり……頰にそっと口づけをした。
「……」
「何よ、私にキスされて不満?」
「いや、できればマウストゥマウスが良かったな〜って」
「……それは、あなたが恋人になったら考えてあげるわ」
「付き合ってください」
「そんな軽い男はお断りよ」
脈アリを匂わせておいて速攻でフラれた。期待はしていなかったが損をした気分になる。
「でも、まぁ、私を名前で呼ぶくらいは許してあげる」
「えー。じゃあ、ほむほむ」
「次、ほむほむって呼んだら舌に風穴が開くわよ」
「あー、これ、これが暁美ほむらだよ」
「……あなたが私をどうゆう風に思っているかよーくわかったわ」
頰を赤らめむくれてそっぽを向く。
何故だろう、デレられたのは嬉しいのに落ち着かない。
怒ったように見せて、ほむらは気を取り直して不安そうに呟く。
「……ねぇ、私のこと嫌い?」
「嫌いだったら、こんなことしてないと思うけど」
「それもそうね」
その日は夕暮れになるまで膝枕を堪能した。
何にせよ、明日からは少し遅れて夏休みがやってくる。