レンタル☆まどか   作:黒樹

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夢と現

 

 

 

雨が降っていた。屋根を叩き、葉を跳ね、アスファルトに落ちて、水面に波紋を残す、自然のオーケストラが微睡みの中でより心地良い時間を与えてくれる。特に雨の日は眠くなる一方なので、布団の中で睡魔と共に闇の中に落ちようと二度寝に移行しようとしたその直後、ベッドの傍に何かが乗った。

 

佐倉が起こしに来たのかと僕は思った。思っただけで起きる気は毛頭ない。隙あらば二度寝に引き摺り込んでやる。そう画策していた。

 

朦朧とする意識の中、ついに睡魔に身を委ねようとした時、それは僕の頰を撫でた。細くて滑らかな感触、そして優しく撫でるその姿を醒めやらぬ薄目を開けて見た時、僕の思考は再度停止した。

 

「……まったくお寝坊さんね」

 

そう言って頰を突いたり撫でたりぺたぺた触ってくる暁美ほむらの姿がそこにあった。余所行きの可愛い黒のワンピースに身を包んだ彼女はあろうことか膝枕までしてくれている。道理で頭の位置がいつもと違うわけだ。

このまま二度寝と洒落込みたいところだが、それはそれで勿体無い気もするし、身を委ねるのも悪くない。

 

「ふふっ、可愛い寝顔」

 

えいえい。と、人が寝ているのをいいことに弄りまくるほむら。

 

–––これ夢だよなぁ。

 

僕の部屋にほむらがいること自体おかしい。人は夢の中で夢と現実の区別をつけることができるが、たまにリアル過ぎて本気で間違える事もある。夢の中で本物と違わない錯覚を覚えることも。それは脳が夢を現実と誤認したためである、とは何処で聞いた哲学だったのか。脳科学だったかな?どうでもいいけど。

何が言いたいかというと、この妙にリアルな膝枕の仄かな温かみと感触は夢であるということだ。そして、夢ならばどんなことをしようとも許されるわけである。夢の中は僕の世界。つまり、僕が思うがまま。夢の改変など夢だと気づけば造作もないこと。

 

まだ僕が起きていることに気づいていないほむらが指を僕の口に這わせたところで、僕はぱっくりと彼女の指を咥えた。

 

「ひゃっ!–––あ、あなた起きて……!」

 

顔を真っ赤にして指を引き抜いたほむらだが、膝枕のせいで簡単に距離を取ることはできない。思う存分、膝枕を堪能するために逃がすかと言わんばかりにほむらの腰に腕を回した僕は逃亡を良しとしなかった。

 

「おはよう、ほむら」

「ちょっと変態、なに抱きついてるのよっ」

「寝ている人の顔で遊んでたのは何処の誰だったかなぁ?」

「……やっぱり起きてたのね」

 

悔しそうな表情だ。普段ツンとしているほむらだから尚良い。

 

「あなたこんなことしてただで済むと思ってるの?」

 

このツンこそが暁美ほむらである。散々人を弄んでおいて自分のことは棚に上げる。見上げた精神だ。

 

「ここは僕の夢の中だ。つまり物語を進めるにあたり権利を有しているのは僕だ。何の問題もないよね」

「そう。あなた夢の中だと思っているのね……」

 

何故か呆れた目を向けられたが、すぐ後には妖艶な「ふふ、えぇ、そう」と不気味な笑みが返ってきた。さすが夢の中のほむら、現実に忠実過ぎて制御できない。思わず、悪夢を見た気分になる。

 

「そんなに太股が好きならこうしてあげるわ」

 

そして、それは現実となった。

 

ほむらが足を僕の首に巻きつけ、そのまま蛇の身体のように締め上げる。最初は天国かと思ったが割とキツイ。天国と地獄とはまさにこのこと。太股が柔らかい、苦しい、柔らかいの繰り返しで思考はぐるぐる回る。

やがて僕はふとスカートの間に見えるそれに気づいた。

 

–––これはガーターベルト!?

–––いや、何か違うような……?

 

何にしろ見えそうである。桃源郷はすぐそこだ。だが、捲ることは紳士的ではない。見たいけど愚直になれない僕の性格のなんと恨めしいことか。もう少し直球でありたかった。だけど、その判断は正しかった。

 

「ふふっ、あなたの考えは丸分かりよ。そんなに気になるなら見せてあげる」

 

そう言ってほむらはワンピースの裾を捲ってみせた。とても際どいギリギリのライン。そこには、女スパイとか峰不二子とかがつけてそうな太股に付けるタイプのホルスターみたいなやつ。物騒だがそれはそれでなんかエロい。

因みに上条君や中沢君に言ったら「こいつ何言ってんの?」みたいな顔をされたが。……現実逃避はそろそろやめよう、いつかの黒光りする銃が太股に装備されていた。

 

「なんで銃を装備してるのさっ」

「あなたのような不埒な男に向けるためよ」

 

そして、僕の目の前は真っ暗になった。

 

 

 

……。

 

 

 

「…うぅ、なんか頭がガンガンする」

 

目覚めた僕の頭を鈍い痛みが刺す。二度寝といきたいところだが、頭痛がしてそれどころではない。妙にリアルな夢だった。痛みのせいで意識はすぐに覚醒したしもう一度寝ることもできない。

仰向けからうつ伏せに寝返りを打ったところで、枕が蠢き悲鳴を上げた。

 

「きゃっ!」

「……?」

 

痛みで気づかなかったが、枕も何やら材質が違う。まるで女の子の太もものような柔らかさ。仄かな香りと温かみ。さっきの声と照らし合わせると答えはすぐそこに。

 

「……あれ、まどか?」

 

見上げれば、まどかがいた。

 

「おはよう、青葉君」

「……あ、うん、おはよう…」

 

……これも夢か?と首を傾げる。夢の中で目覚めることはあるが、二度連続となると疑うしかない。取り敢えず、僕は枕元のスマホを手に時間を確認した。午前八時。こんな朝早くから僕の家に女の子が。きっとこれも夢だな。

 

「じゃあ、おやすみ」

 

まどかの膝枕に顔を埋めて二度寝しようとする。夢の中で寝ると夢が覚めるって言うだろう?覚めて欲しいとは思ってもいないが、脳が混乱してまともな判断ができなくなっていた。

 

「わぁ、ダメだよ、起きないと!」

「……まだ眠い」

「それにうつ伏せはダメ!」

「膝枕で一度やってみたかったんだ」

「ほら、みんなもいるし!」

 

……みんな?と僕の思考は一旦フリーズした。

 

「マミさん、さやかちゃん、ほむらちゃん、なぎさちゃん、杏子ちゃんが待ってるし」

「どうぞお構いなく」

「青葉君が来ないとみんな朝ごはん食べれないの」

「先に食べてていいよ」

「そんなぁ……」

 

しょんぼりした様子のまどか。いや、しかし、僕を待つ理由が見当たらない。

 

「というか、なんでいるの?」

「えっと、今日、お泊まりでしょ?」

「…うん」

「みんな早く来すぎちゃって」

「……暇なの?」

 

別に誰が何処でどうしてようと構わないが。何故、全員がちゃっかり早く着いているのか。朝から何か予定でもあったのだろうか。と疑問を浮かべるも答えは出ない。

 

「……まぁいいや、取り敢えず起きるかぁ」

 

欠伸をしながら起き上がる。よくよく考えれば美少女が起こしに来るというイベントに胸が踊らないでもない。佐倉とは違ったお楽しみ感がある。

 

起きてそのまま顔を洗いリビングへ。そこには、まどかが言った通りの面子が勢揃いしていた。母親がそこに紛れていても中学生で通りそうなくらいまである。実際、母さんはみんなと一緒に食卓についていた。

 

「おはよう、二木君」

「おはよー、青葉」

「……」

「うん、おはようみんな」

 

約二名ほど睨んできたが僕は苦笑いを返すしかない。

ほむらと佐倉は何を怒っているのやら。

あの夢が現実であったのなら、ほむらの理由は想像に難くない。

それを裏付けるようにほむらの服はあのワンピースだ。

 

「こんな朝早くからみんなどうしたの?」

 

空いている席に着きながら僕は言う。すると、数名が目を逸らした。睨んでいる人達は依然睨んでいるが。

 

「……誰があんたを起こすかで揉めてたんだよ」

 

そこに爆弾を投下したのはほむらと同じく睨んでくる佐倉だ。ボソッと「あたしの役なのに」って呟くあたり、それが朝から不機嫌な理由なのかもしれない。

 

「もう我慢できないのです!」

 

しかし顔を真っ赤にして慌て始めた少女達を差し置いて、なぎさちゃんが皿の上に乗ったチーズに手を伸ばした。それを見て食事にしようと雰囲気が変わり追求する道をなくしてしまった。

 

「じゃあ、僕も……」

 

トーストに手を伸ばしたところで皿が避けた。

 

「……あの、ほむらさん?」

「食べさせて欲しかったらお願いすることね」

「脚でも舐めればいい?」

「別にそこまでしろとは言ってないわ。というか、したら殺すわ」

 

こういうパターンはそういう展開だと思ったのにどうやら違うようだ。もしそんなことを言えば全力で舐める所存だったのに。

 

「お願いしますほむら様」

 

棒読みでお願いした。

 

「えぇ、わかったわ」

 

意外と素直ににっこり微笑んでくるほむらの手元を見ると、皿を寄越すでもなくその手でトーストを摘んで口元に差し出してきた。

 

「ほら、口を開けなさい」

「……いや、何してんの?」

「開けないと別の穴に捻じ込むわよ」

 

それは怖い。恐る恐る素直に口を開けると乱暴に捻じ込むでもなく普通に食べさせてくれた。周りがしてやられたみたいな顔してるが、ほむらは気にした様子はない。

もぐもぐと咀嚼し、飲み込む。残念なことに味がわからなかった。

 

「どう、美味しい?」

「……あ、はい、美味しいです」

 

美味しいシチュエーションだ。嘘はついてない。

 

「トーストは私がしたのよ」

「もう、二木君、炭水化物だけじゃなくて野菜も摂らなきゃダメよ?」

 

そこに割り込むようにマミが箸でサラダを差し出す。

 

「……うむ、いつもと違う」

「私がよく作るサラダなの。お口に合うかしら」

「へぇ、マミ先輩がよく食べるやつなのか」

「もぉー、先輩禁止」

 

ドレッシングも中々市販では口にできない味だ。ドレッシングも配合はマミスペシャルなのだろう。さすが先輩。

 

「…あ、青葉…君」

 

そこに第三の刺客。もじもじそわそわ、まどかが玉子焼きを箸で差し出してきた。

 

「私が作った、玉子焼き…なんだけど…」

 

だからどうした。とは言わない。

僕は迷わずそれを食べた。

 

「うん。美味しいよ」

「良かったぁぁ。出汁巻と甘いのどっちが好きかわからなかったから」

「両方とも好きだからね」

 

美味けりゃなんでもいいのだ。多分、母に聞いたのだろうがどっちでもいいと答えただろうし。

 

「朝からモテモテだなぁ、青葉は」

 

さやかはこの様子を見てケラケラと笑う。

 

「……ホント、モテる男とか死ねばいいのに」

 

ダークサイドに堕ちた。

上条君のせいであって僕のせいではない、と言っておこう。

 

「じゃあ、混ざる?」

「いい。ドロドロしたのはもうお腹いっぱい」

「じゃあ、何しにきたの?」

「……なんでだろうね。一人って寂しいんだよ」

 

本当に何をしに来たのか。あっちでほむらとマミとまどかが牽制しあってるし。この状況で何もせず黙って見ているだけのさやかは何を考えているのやら。

 

「取り敢えず、あれ止めてくれない?」

「私まだ死にたくないよ」

「あはは、あんなので死ぬわけないでしょ」

「……いや、あれは戦場だよ」

 

遠くを見るさやかの瞳は何を写しているのか。

数時間後、この戦争が激化することを僕はまだ知らない。

 

 

 

 

 




青葉君を起こしたくてこうなった。
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