昼食を食べた後は軽いアトラクションで遊んだ。メリーゴーランド、コーヒーカップ、鏡の迷宮とメルヘンで可愛らしいエリアを抜けて次の目的地へ。今回のメインイベントの一つ、お化け屋敷だ。
外観は豪華な屋敷のようだが、中身は最新式の絡繰とシステムで組み込まれたお化けが驚かしてくれる人気どころだ。いつ何処からお化けが出てくるかわからないドキドキ感による吊橋効果で気になるあの子と急接近、がコンセプトらしく、カップルやカップル未満の男女の間でも人気で、このアトラクションがきっかけで恋愛が上手くいったというカップルも少なくない。
そのお化け屋敷の列に僕達は並んでいる。
「では、次の方どうぞ」
ようやく順番が回ってきたようだ。係員に促されて、僕達は屋敷の入口に前進する。扉を四人揃って潜り抜けたところで僕はさやかを抱き寄せて一歩下がった。
「–––それでは、ごゆっくりお楽しみください」
係員が扉を閉める。その直後、中から面白い声が聞こえてきた。
「さぁ、行こう仁美」
「待ってください恭介さん!二人がいませんわ!」
「何処に消えたんだ!?」
「そんな、さっきまで一緒にいましたのに!?」
僕は慌てふためく二人の声を聞いて声を抑えて笑った。ちょっとした悪戯に協力した係員もいい笑顔だ。そんな係員と意気投合していると、スパンと頭を叩かれる。
「何やってるんだか」
「えー、だってその方が面白いじゃん」
「まぁ、二人もお化け屋敷じゃなくて青葉に驚かされることになるとは思ってなかっただろうね」
さやかは呆れたように言って、力なく笑う。
ただ、僕の言い分も聞いて欲しいのだ。
「それにさ、こういうのってグループで行ってもつまらないでしょ」
「それもそっか」
納得したところで再び扉が開いた。
「–––それではどうぞお気をつけて」
係員に促されるまま前に進むと背後で扉が閉まる。既に上条君と志筑さんの姿はなく、先に進んでいるようだった。
「へぇー、こんな風になってるんだ」
「意外に本格的だね」
扉が開いた時にわかっていたことだが通路は薄暗い。もやしを栽培するための暗所に燭台の灯のみの明かりが夜の潰れた洋館を彷彿とさせるイメージを湧き上がらせた。
辛うじて物の輪郭は見えるものの隣にいる人の存在すら闇に消えそうで、音もなければ光もない、心理的なドキドキ感が僕達を襲う。
「さやか」
「ん、どうしたの青葉?」
「はぐれるかもしれないし手を繋ごっか」
「……うん」
差し出した手に、戸惑いながらもさやかは応じて手を乗せてきた。ぎこちない繋ぎ方をされたので指を絡める恋人繋ぎにすると、さやかは少しびっくりした様子だったが、握り返して誤魔化すように笑う。
「あはは、なんかこれも恥ずかしいね」
–––その顔は、暗闇でもわかるくらい真っ赤だった。
手を繋ぎながら二人で暗いエントランスを進んで行く。ピアノの音が鳴ったり、燭台が揺れていたり、椅子が倒れたり、様々な要素が僕達を襲うがそれまでのこと。割とこういうのはさやかも得意らしく驚く様子がない。その代わりに、前方から志筑さんと上条君の悲鳴と思われる声が聞こえてきて、二人して笑っている始末だ。
「あの二人は楽しんでるねー」
「そうだね。これじゃあ僕達、ただデートしてるだけだね」
「んー、まぁいいんじゃない。楽しいし」
時折、驚かせてくるお化け達を観ながら、さやかは感想を漏らした。
「二人きりってのも悪くないしね」
「そうだね。あの二人を二人きりにしてみたけど、それって逆に言えば僕達も二人きりってことだよね」
「おやー?青葉はこんな暗がりにさやかちゃんを連れ込んで何する気だったのかな?」
「んー、キスとか?」
今なら誰も見ていない。するなら今しかない。そんな悪魔の言葉が僕の耳朶を打つ。
「……なんてね、冗談だよ」
「……そ、そっか。冗談か……びっくりしたぁ〜」
多分、みんな気づいていることだ。さやかはまだ上条君に少し未練がある。そこに少し嫉妬したし、忘れさせてやりたいとも思った。けど、今の僕が前にもさやかが言ったように無理矢理キスして意識を全て僕に向けさせたとして、その責任を取らないのならそんなことするべきではないと思うのだ。
今日、さやかを可愛いと思ったのは一度や二度じゃないけれど、それが恋愛感情なのかどうかはまだわからない。可愛いや綺麗なら、他のみんなにも言えることだし。
「それより早く行こう。出口はもうすぐの筈だし」
「そ、そうだね。行こう行こう!」
–––ガシャン!!!!
「きゃあ!?」
気を取り直して、二人でお化け屋敷を進もうとしたところで何か重いものが落ちた音が響いた。振り返るとそこにあったのは騎士甲冑の頭の部分が転がっている姿。
「な、なんだ……物が落ちた音か……」
此処に来て初めて驚いたさやか。ただ、彼女は僕に抱き着いており背中に回された腕が僕を拘束して離さない。取り敢えず、そのまま僕もさやかの背中に腕を回して優しく撫でておく。
「さやか、それはいいんだけどこれだと歩けない」
「ご、ごめん!」
名残惜しかったが、さやかは超特急で離れた。
「あ。あそこにある光って……」
「出口じゃない?」
回廊を抜けた先に明かりが漏れている。
そこを抜けると、青々とした空と夏の日差しに戻された。
出口は屋敷の中庭だったようで、その庭園のベンチに先に行った二人が座っていた。
上条君と志筑さんはぐったりしていた。
「二人とも楽しかった?」
「楽しいもんか。絵画から腕が飛び出してきたり」
「棺桶がガタガタ揺れた時はもうダメかと思いましたわ」
あったあったそういうの。あの二人は何で驚いたのか二人で話してたら割と面白かったやつ。まぁ、そのおかげでさやかは冷静にお化け屋敷を楽しんだとも言える。遠くから『なんですの!?なんですの!?』って焦った悲鳴が聞こえた時は、楽しんでるねーなんて言ってさやかと笑ったものだ。
「もう一周行く?」
「「行かないっ!!」」
全力で拒否された。
◇
それからも四人で遊び倒し、好評だった絶叫系アトラクションにファストパスを使って乗り、と楽しい時間を過ごしていると時間は早いもので時計は午後の六時を指していた。
「青葉、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。さやかの膝枕のおかげで元気だよ」
そんな時間に何をしているかというと、絶叫系のコースター等を乗り回した影響で僕はグロッキーになっており、後もう少しで日も沈み始めるかという園内のベンチでさやかに膝枕をしてもらっていた。
上条君と志筑さんは適当な理由をつけて送り出している。ダブルデートで一緒に行動するのもいいけれど、こうやって二人の時間を作るのもいいかと思ったからだ。
「あたしの膝枕にそんな価値があったとは意外だね」
「少なくとも志筑さんの膝枕よりは価値あるよ」
そう言ってさやかの膝枕を堪能するように頭をぐりぐりと押し付けると、さやかは顔を真っ赤にして僕の頭を押さえつける。
「こら、暴れるな」
「いや、実に感触がいいもので」
ともあれ、時間はもうあまりない。名残惜しいが膝枕はこれくらいにして上半身を起こす。
「もういいの?」
「欲を言えばもっとしてもらいたい」
「あはは……素直だねぇ」
「まぁ、これはまたの機会にしてもらうことにして。最後に乗りたいものがあるんだ」
「はいはい、何処までもついていきますとも」
ベンチから立ち上がると手を差し出す。さやかはその手を少し躊躇いながらも取って、お化け屋敷でやったように恋人繋ぎにした。今の時間だけはさやかは恋人だ。
そんな恋人さんを連れて遠くからも見える巨大なそれに近づく。
「観覧車だ」
「デートの定番といったらこれだよね」
「青葉はわかってるなー。二人は乗ったかな?」
「志筑さんが好きそうだし、もう乗ってると思うよ」
観覧車に乗ろうとする列にはカップルが多い。最後尾から見ても家族連れなんて殆どいなかった。
「青葉はいいの?無理してない?」
「何が?」
「高いところダメなんでしょ」
「そうだけど。……僕は外の景色を見ずにさやかを楽しんでおくことにするよ」
見なければ平気とはいかないが、まだ目を逸らしているだけマシだ。そう言い聞かせて、僕はこの列に並んでいるのだ。
「……あたし、青葉のそういうところ好きだよ」
それがどういう意味だったのか聞こうとさやかの方を見たところ、すぐに僕らの順番が回って来た。
「はい。次の方どうぞ」
押されるままに降りて来た観覧車に乗せられる。
「–––それでは、ごゆっくり」
カップルだと気づくやいい笑顔で係員は押し出してくれる。観覧車に二人きりにしてくれたところで、扉が閉められた。お互いに向かい合うように座って、ただ無言の時を過ごす。
何故だか、喋ってはいけない空気が流れていた。
さやかは沈み行く夕陽を眺めて物憂げな表情、その姿が何処か引き寄せられるくらいに可愛かった。ずっと見つめていたいと思うほどに、今日の彼女は綺麗で–––。
「あ、見てみて青葉、あっち見滝原じゃない」
そんなはしゃいだ様子の声に僕は現実に引き戻された。
もう頂点に到達したようだ。
「此処からは見えないよ」
「見てないくせによく言うねー?」
さやかは観覧車の窓から外を眺めていたが、僕の方に振り返ると楽しそうに喋りかけてくる。
「見滝原と神浜市は結構離れてるんだし、地理的に無理じゃないかなぁと」
「でも、あっちにあるって思うとなんか楽しくない?」
「楽しくないです」
「ほらほら、青葉も見てみなよ」
「拒否してもいいですか?」
「ダメに決まってるじゃん」
「さやかの鬼!」
微動だにしない僕を突いて外を見せようとしてくる。僕は全力で抵抗して、外を見まいと頑なに座席から離れようとはしなかった。振り返ることもなく、観覧車の床を見る。
「–––ちょっと待ってさやかこっちに来るんじゃない!」
「どうして?」
「傾くかもしれないだろ!」
「必死か!」
さやかはにやにやと笑ってこっちに来る。動けない僕の隣に座った。
「その弱点は意外だったけどさ。青葉のそういうところもあたしは好き」
そんな、告白じみた言葉の後で。チュッと柔らかくて温かい感覚が頰に触れた。夕陽が差し込む観覧車の中で、微笑むさやかの顔は夕陽に染まって赤くなっていた。
「え……?」
「今日のお礼。他のみんなには内緒ね。……じゃないと、ちょっと面倒なことになるから」
確かに面倒なことにはなるけども!
「–––というかさやかさんお願いですから戻って!席に!」
「とか言いつつ、あたしを掴んで離さないよね」
「これは条件反射だから!」
僕達が乗っているゴンドラがゆっくりと下りていくのがわかる。僕は完全にゴンドラが下りるまで、硬直したままさやかの手を握っていた。
「–––お疲れ様でした。足元にお気をつけて降りてください」
その地獄もようやく終わる、というところで。
「すみません。もう一周いいですか?」
「お願いだから降ろしてさやか!」
何かに目覚めたさやかに僕は必死に懇願するのだった。
元の目的を忘れて楽しむ二人……。