「うぅ……っ、ん?」
その日の朝は、とても寝苦しい目覚めと共に始まった。
体の至る所には奇妙な圧迫感があった。毛布以外の何かが絡みついているような感覚だ。
「んぅ……すぅ……すぅ……くぅ……」
視線を下げてみると佐倉が僕に抱きつくように眠っていた。柔らかな肢体を絡み付かせて、あどけない寝顔を見せる佐倉は完全に無防備状態だ。それも同じ年齢の男に対してである。
「……素晴らしい朝だね」
少女の人肌の温もりと肢体の柔らかさを堪能しつつ、あどけない寝顔を観察する。
それだけでは飽き足らず、僕は彼女へイタズラを開始する。眠る少女の頰を指の腹で突き、その柔らかな頰に埋没させた。
「うにゅ」
ぷにぷにできめ細やかな肌の質感が指先を押し返す。男とは違う肌の質感に、つい虜になってしまって今日もまたやってしまった。
「……ん、ぅぅ……」
起こさないように細心の注意を払ってはいても、それを何度も繰り返していると佐倉の睫毛がふるふると揺れた。どうやら眠りから目覚めるところらしく、睫毛がゆっくりと開かれたのはそのすぐあとだった。
「……ん」
そのまま寝ぼけ眼で頰を擦り寄せた佐倉は、甘えるようにもっと撫でろとせがんでくる。
「可愛いなぁ。佐倉は」
「……んぅ。おはよ…青葉」
にへぇ、と破顔して顎を僕の胸板に乗せてくる。
僕の胸筋などたいしたものではないが、力なく顔を倒した佐倉は頰をくっつけて緩み切った笑みを浮かべた。
腕は腰へ回されて、脚は布団の中で絡み合う。正直、佐倉の引き締まった生脚の感触が艶かしくて、ついうっかり思春期が暴走しそうになる。
「……なんか硬いの当たってんだけど」
「エアコンのリモコンじゃないかな」
僕も中学二年生の男の子だ。朝の生理現象は抑えられないし、ただでさえ魅力的な女の子と同衾しているのだ。こうならないわけがない。
この“かたいもの”についても、中学生ともなれば保健体育の授業で習うわけで、佐倉は色々と察したらしく頰を赤くして睨んでくる。
「……変態」
「佐倉が性的に魅力的なのがいけないと思います」
「んなっ!?」
顔を真っ赤にした佐倉は、ゴンっと勢いよく額を胸板に打ちつけてくる。それから続けて三度額を打ちつけた少女は、そのまま恥ずかしげに顔を伏せたまま甘えてくる。
「一緒にお風呂入ったり、添い寝したり、佐倉はもうちょっと危機感持った方がいいよ。男は狼だからね」
「……偶然装っておっぱい触ってくるむっつりスケベもいるもんな」
–––はて、誰のことやら。心当たりがない。
「触りたいなら素直に言いなよ。そしたら考えてあげなくもないけど」
「え、マジで?」
「嘘に決まってんじゃんばーか」
酷い。男の純情を弄ぶなんて。斯くなる上は–––。
「えい」
やる気のない掛け声と共に、僕は手を佐倉の胸へと押しつけた。すると小さくも柔らかい感触が掌に返ってきて、初めてしっかり触るおっぱいの感触に感動してしまう。
「こ、これが女の子のおっぱ–––」
その瞬間、顔を真っ赤にした佐倉の平手が飛んできた。
◇
「いてて……っ」
鏡に映る僕の頰には真っ赤な紅葉が咲いている。
顔を洗って朝の身支度を終えたあと、洗面所から出るとリビングへと向かった。
既にリビングには佐倉がいる。母の姿はなかった。
「あれ、母さんは……?」
「出掛けてくる。夕方には帰るって書き置きがあったよ」
佐倉が告げたように、テーブルの上にはルーズリーフが一枚。母親の丸っこい文字で『出掛けてくる』という主旨の書き置きがしてあった。朝食と昼食は自分達で準備するように記述されていた。
「じゃあ、適当に食べようか」
TKGとインスタント味噌汁にしよう、と簡単に済ませようとした時だった。
「あたしいつものがいい」
キッチンへ向かおうとした僕の背中に佐倉がくっつく。
さっきガッツリおっぱい触られたのに、惜しげもなく胸を押しつけて甘えてきていた。
「僕は簡単に済ませたいんだけど。それとも佐倉が作ってくれるの?」
「え、やだよ。めんどくさい」
「普通ここは女子力見せて好感度稼ぐところじゃない?」
「さっきあたしのおっぱい触ったからカンストだろ」
言外におっぱい触った詫びで作れ、と言われては僕は逆らえない。女の子のおっぱいに無許可で触った罪は重いのだ。
「はいはい。……半熟?」
「あたし卵焼きがいい」
「目玉焼きじゃなくて、卵焼きってまた面倒な」
「……あたしのおっぱい触ったくせに」
そう言われると反論できない。僕はおとなしく目玉焼きを卵焼きに変更することにした。
佐倉を背中にくっつけたままキッチンへ移動して、まずは冷蔵庫を漁る。卵とソーセージ等の朝の朝食セットは常備しているため、材料はちゃんと揃っていた。炊飯器も白米が炊いてあることを確認した。
「取り敢えず、電気ケトルでお湯沸かして」
「はーい」
一旦背中から離れた佐倉は、電気ケトルに水を注いでお湯を作る準備をする。台座にケトルをセットして自動でスイッチが入った。
その間に僕はフライパンを火にかけて温めて、卵を三つほど割って卵焼きの元を作る。甘い卵焼きが好きな佐倉に合わせて砂糖と出汁を入れて味を調節した。
フライパンが温まったところでソーセージを投入して転がすように焼く。
「佐倉、冷蔵庫からレタス」
「はいよ。何枚?」
「適当に八枚くらい」
レタスを数枚引きちぎった佐倉が、小皿にレタスを並べる。焼き上がったソーセージを並べて、そのままフライパンをもう一度火にかけたままサラダ油を投入する。
適当に油を広げたところであらかじめ作っておいた卵焼きの素を注ぎ入れて、弱火のままくるくると半分焼けた卵を巻いていった。卵液を数回に分けて入れることで層を厚くして、巨大な卵焼きを作る。雑にフライ返しで半分に切ると拗ねるので、まな板の上で丁寧に包丁を使って切り分けた。
「はい、完成」
小皿にレタス、ソーセージ、卵焼きを盛り付けてダイニングテーブルへ運ぶ。
お椀に即席インスタント赤味噌汁の粉末を入れて熱湯を注ぎ込み、茶碗に白米を盛れば簡単朝食セットの出来上がりである。
「わぁ〜、うまそう。いただきまーす♪」
わざわざ僕が揃うのを待って合掌した佐倉は、焼きたての卵焼きを口に運ぶ。甘く蕩ける卵焼きの味に本当に幸せそうにもぐもぐと咀嚼した。
「ほんと、食べてる時が一番幸せそうだよね」
「あたりまえだろ。人間食べてる時が一番幸せなんだから。特に一人暮らししてる時なんて、食えない時とかあったし……」
しんみりとした雰囲気になる佐倉。
そう言われると、甘やかしたくなるのが僕という男だ。
「じゃあ、これも食べなよ」
「……いいのかよ?」
「美味しそうにご飯食べる佐倉見るの好きだし、いいよ」
「……じゃあ、もらっとく。ありがと」
卵焼きを僕の分から二つあげようと皿に移そうとすると、何を思ったのか彼女は皿を避けた。そして、にっと笑う。
「食べさせてよ」
「はいはい。あーん」
「あ〜ん。ん〜、美味しいっ」
五割り増し美味しそうに卵焼きを食べる佐倉を見ていると、ついついこちらまで幸せな気分になってしまう。
「桃香さんの作る卵焼きも好きだけど、あんたの作ってくれる卵焼きが一番好き」
母親と比べると拙い料理だが、佐倉は嘘偽りなく心から言ってくれていることが伝わってきてむず痒い思いをした。
朝食を食べて片付けをしてから、二人で部屋に戻った。
もうすっかり僕の部屋は溜まり場となり、暇さえあれば佐倉は僕の部屋へ入り浸る。
佐倉リクエストのゲームを起動して座布団の上に座ると、その上に少女は腰を下ろす。もうすっかりそこは彼女の定位置だ。
「本当にそこ好きだよね」
「悪いかよ。そう言うあんただって嫌がらないじゃん。……むっつりスケベ」
僕だって男である。可愛い女の子に甘えられて嫌なわけがない。
「むっつりは余計だ」
「すけべなのは認めんのかよ」
「男ってだいたいそうだよ。上条君だってそうさ」
「……あの真面目そうな奴が?マジ?」
とんでもない風評被害が上条君に生まれたが、上条君の罪の数を数えればこんなことどうってことないだろう。余罪が増えただけである。
「さやかが知ったらどんな顔すんだろ?」
「さぁ?結構引き摺ってるみたいだからね。もしかしたら、体を張った篭絡作戦とかに出るかもよ」
「いや、しないし」
ここにいるはずのない第三者の声が聞こえた。
「……あれ、今さやかの声聞こえなかった?」
「んなわけないじゃん」
「二人ともー、いちゃついてないで戻ってこーい」
「うわぁ!?出たっ!?」
二度もさやかの声が聞こえて振り返れば、僕の部屋の入り口にさやかが立っていた。不法侵入である。
僕の脚の間で寛いでいた佐倉はびっくりして転げ落ち、さっきまで甘えていたのを誤魔化すかのように離れる。
当然、それを見逃すさやかではない。
「杏子って家じゃあんな風に青葉に甘えてんだね」
「ばっ、ちげぇよ!こ、これはこいつからやってきたんだし!」
とても都合のいい責任転嫁である。佐倉は顔を真っ赤にしながら僕に全てをなすりつけた。
「それよりさやかはなんでここに?」
「あの三人から朝から尋問されそうになってね。逃げてきたんだよ。で、インターホン鳴らしても出ないから勝手に入ったの。青葉のお母さんに途中で会って許可もらってたし」
「途中で?」
「ボランティア活動だって」
「あー……」
ボランティア活動は母の趣味の一つである。今日もなにがしらの社会福祉に貢献しているのであろう。
「まぁ、そのうちここも嗅ぎつけられるだろうけどね」
「さやか、まさか僕を道連れにするためにここに逃げてきたんじゃないよね?」
「あははー、ばれちった?」
めんご、と舌を出して謝罪するさやか。
当然、謝意は感じられない。
「いいじゃんいいじゃん。さやかちゃんみたいな美少女と朝から過ごせるんだよ。むしろ役得じゃない?」
「すっごいポジティブだね。そういうとこ嫌いじゃないけど」
「そっかー。杏子はなんかないの?あたし昨日、青葉を独り占めしちゃったわけだけど」
「…………別に。言いたいことはあの三人が言うだろうし、補填はこいつから貰うから」
僕の服の裾を握って引っ張る佐倉は、不機嫌そうに拗ねた顔をしたままだった。
「まあまあ拗ねないでよ。今日はいい話も持ってきたんだから」
「いい話?」
「そう。実はうちの親戚が海の近くで民宿やっててさ。泊まりでみんなで旅行行かないかなって」
海=水着。僕の中に素晴らしい方程式が出来上がった。
スマホ容量なくてエクセドラやってなかったけどやろうか悩み中