「皆さん、今日は先生から大事なお話があります」
教卓に手をついて深刻な顔で語り始める先生の話を真面目に聞こうと耳を傾ける生徒数多、今日はどんな話題だろうと全員が固唾を飲んで見守った。それもそのはずこの教師、こうやって切り出す時は大抵が彼氏と上手くいかなかったり、そういった愚痴を朝のホームルームで生徒達に漏らす悪癖があるのだ。生徒のためになっているのかはともかく、生徒もわりと軽く受け流すくらいのことしかしないので取り敢えずはただの愚痴扱いだが。
「心して聞くように」
ごくり、と唾を飲み込む音が共鳴した。
教室は、ある一種の静寂に包まれると、全員が彼女の御高説を聞き逃さまいとした。
愚痴か、真面目な話か、男子達は賭博の結果を見守る。
女子は何か切望に似た雰囲気まで醸し出し始めた。
そして、その空気は教師の一言で破壊される。
「–––最近、我が見滝原中学に妙な噂が流れているようですが、女子はそんな変な噂を元に声を掛けてきたおじさんとかについていかないように。男子はそういう女子を守るように。もちろん先生は皆さんがそういう噂を鵜呑みにしていない、或いはそういう女子もいないと信じていますが、何故か最近そういう噂が立ち始めたようで……取り敢えず、気をつけてください。それでは、授業を始めます」
あくまで適度な忠告として話を終わらせる。職員会議で決まったであろう大事な話を終えて、先生は授業を開始するべく教科書の用意などを促す。
–––その時に僕は見てしまった。
鹿目まどかが馬鹿正直に動揺して狼狽えている姿を。
◇
放課後。待ちに待った放課後だ。特に何をするわけでもないが学校から解放されるというのは、男子中学生にとってはとても重要なことである。女子はどうかは知らないがそうだ。遊んだり、部活だったり、各々好きな時間を過ごすために教室で談笑したりする輩はさておき、僕は早々に帰宅した。
部活は入っていたが今じゃ幽霊部員扱いで、殆ど行っていない。
帰宅して、鞄を放置、着替えて、飲み物を飲んで一気に脱力。
……別に僕はボッチではない。友達がいないんじゃなくて放課後に連まないだけだ。上条君は一応友達だと思うが、彼は事故後のリハビリとヴァイオリンに忙しくしている。住む世界が違うとはこのこと。中沢君も一応、友達の部類には入るのだろうがあっちもあっちで用事、そして僕もだらけるのが日課で時間を割くつもりはない。
だからとは言わない。しかし、暇である。
普段は読書などに興じている僕も噂が気になって仕方がなかった。そして、今日の鹿目まどかの反応を見るに、クロだ(下着の色ではない)それがどうあれ事実確認すらできなければ、解決には至らないのだが。噂が真実かどうか、そして本人確認が出来なければ、僕の安眠は遠いだろう。
スマホの画面をジッと見つめる。例のサイトのページの利用料金等確認ページ。どうやら初回料金はお試しで千円らしい。大人の遊びとかバカ高いイメージしかなかったが、果たしてこれで少女達の時給を賄えるのだろうか。その問題も、お試しで顧客ゲットのためにやっているのだとしたら納得はできる。嵌った奴だけがドバドバとお金を落としてくれるのだろう。僕の目的はあくまで噂を確かめるだけなんだ。嵌ることはない。
意を決して『鹿目まどか』を指名し〈契約〉をタップした。
契約完了の文字。にこりと微笑む白い獣。赤い眼が不気味さを感じるホーム画面。そこではたと違和感に気づく。
–––そういえば、場所の指定も住所も記載してないな。
だとしたら、どうやってここに来るのだろうか。疑問が浮かびサイト内検索をかけようとした時、
–––ピンポーン
インターホンが鳴った。
「誰だよ、こんな時に……」
誰であれ早く帰って欲しいものである。こんな如何わしいサイト使用しているとバレたら、明日には教室中どころか校内全土に噂は拡大し僕の居場所は肩身の狭いトイレの中となるだろう。覇気の抜かれた状態で玄関に向かい覗き穴から外を覗く。しかし抜かれた気力も、背筋を這う寒気へと変わってしまった。
「なっ……!」
鹿目まどか。彼女が部屋の外に立っていたのだ。
フリッフリのフリルのついたいかにも魔法少女な服を着て。
恐る恐るドアを開けて対面してみたら、やっぱり紛う事なき鹿目まどかの姿があった。指先を合わせてもじもじと恥ずかしがる少女の姿、なるほどこれは奇々怪界だ。
「……あ、ま、魔法少女レンタルサービスセンターから来ました。か、鹿目まど……」
意を決して自己紹介をする少女K。しかし、顔を上げて目を合わせると顔を真っ赤にして目をグルグルと回し始めた。その上、バレてはいけないのなら、してはいけないような質問を自らする。
「えっと……あの……、どこか……であったことある、かな?」
「どこで?」
「たとえば、が、学校、とか…………?」
鹿目さんは自ら墓穴を掘った。
奥に通した鹿目さんは制服に着替えた。フリフリの服を脱いでも元からの小動物系の可愛がりたくなるような可愛さは変わらずで、少し気まずそうにクッションを抱き抱え口元を隠す。
いやー、本当にあのグループの中で癒し系なだけはある。見るだけで心が浄化されそうだ。淑女然とした志筑仁美、お気楽おてんば快活少女の美樹さやか、三人は仲良しで教室内ではよく見る組み合わせだ。その中でもモテるのが志筑さんであるが、僕としては鹿目さん推しだ。お嬢様は僕の体が受け付けないのだ。拒否反応が出る、上条君共々。
「どうぞ」
「あっ、どうも……」
鹿目さんをお招きした僕はまずお茶を出した。反射的にカップを受け取った彼女は手の中で転がすように温かさを確かめてから、コクリと一口飲む。
パッと花のような笑顔を綻ばせた。
「わ、おいし…っ、じゃなくて!」
「紅茶と一緒にケーキもどうぞ」
「あ、ありがとう……って、そうでもないよ!」
何が不満なんだろうか。煎餅とほうじ茶の方が良かったのだろうか。女の子だからやっぱり甘いものの方がいいと思ったのだが。
「そうじゃなくて、今日のことなんだけど……」
「うん。言わない言わない。秘密でしょ」
「え……?」
言いふらしたりはしないが、この件については物申すことがある。
「それはいいんだけどさ、こういう仕事やめた方がいいと思うよ。鹿目さんはむいてないし、さっきの着替えだって覗きなり盗撮なり襲われたりする可能性だってあるんだし」
「二木君……。大丈夫だよ、他なら絶対にしなかったよ。二木君だから、安心してるんだと思う」
そうは言ってるが疑うことを知らないこの純粋な女の子、鹿目まどかだ。えへへ、とぽわぽわする笑顔を浮かべてくれるせいでこっちまでその気にさせられるが、騙されることなかれ。鹿目さんは穢れを知らなさすぎる。
「……前から思ってたけど、暁美さんが過保護な理由わかった気がする」
「えぇー。もう、ひどいよー」
頰を膨らませてみせるが全く怖くない。むしろ可愛い。
「そういう二木君こそ、どうしてレンタル彼女なんて……」
「意外かな?」
「うん。二木君は、その……かっこいいと思うし」
世辞を述べた鹿目さんの頰は赤い。反応の全てが面白い。久しぶりにまともに話したけど、やっぱり癒されるなぁ。
「彼女さんとかいなかったの……?」
「それ多分客に対して一番鹿目さんがしちゃいけない質問だよ」
と思ってたら、心抉る無情な質問が鹿目さんの口から。
「ご、ごめんね。気になっちゃったから」
「いや、いいんだけどさ。まぁ包み隠さず言うといないよ。僕が今回このサービスを利用したのも噂を確かめるためだったから」
「あー……噂ね。そうなんだ……」
ほっとした様子で胸を撫で下ろす仕草をしてみせる鹿目さんは紅茶を二口ほど飲んで、ほっと一息つく。
「……」
「……」
それから会話ができなくなるのは当たり前だった。女子生徒とあまり話したことのない僕に女性の相手は無理である。話題すら浮かばず、気まずく二人でお茶をしていると、とんでもない確認が鹿目さんからされる。
「……ねぇ。わ、わたし達って……今は恋人同士なんだよね」
「果たしてそれが恋人と言っていいのかわからないけど、そうなんじゃないかな」
「ふ、二木君はして欲しいこととかないの?」
「恋人にして欲しいことかー。何すればいいんだろ」
普通の恋人とレンタル彼女の違いとは。おそらくはキスのような行為はダメだろうし、それ以上はもっとダメだろう。デートというのが恋人らしいと思うが生憎とそんな気分ではない。ゴロゴロしたい。あわよくば鹿目さんの膝の上で。
「ねぇ、キスとかはダメなんだよね」
「ふぇぇっ⁉︎」
花も恥じらう乙女に不躾な質問だとは思ったが、戸惑った様子で悲鳴を上げられた。
「……そ、その、ごめんね」
何故謝るのか。業務上のことを言ってもらえればそれでいいのに、何もしてないのにフラれた気がする。しかし押せば鹿目さんは意外と簡単に陥落しそうだ。
僕の嗜虐心を煽ったので、ちょっとからかってみよう。
立ち上がり移動する。鹿目さんの横に陣取ると彼女は戸惑いながらも受け入れてくれた。
「本当にダメ?どこまでならいいの」
「え、えっと……」
「早く答えないと抱き枕にしちゃうよ」
「だ、抱き枕⁉︎」
あわあわと狼狽える鹿目さんは本当に面白い。本当に彼女なら押し倒しているレベルで。鹿目さんは抱き心地の良い枕になりそうだったのだが、断念するしかない。
「ねぇ、膝枕はどう?」
「……そ、それくらいなら、いいかも……」
–––作戦終了〈ハードからソフト作戦〉完了致しました。無事任務は最高です。おっと間違えた、無事任務は終了です。
鹿目さんは一度立ち上がってからスカートの裾を払って元に戻し出来る限り伸ばして座った。布面積が少し多くなっただけで鹿目さんの生太ももは健在だ。無意味な抵抗である。
「ど、どうぞ」
「じゃあ、失礼します」
鹿目さんの整えられた膝に頭を置く。その瞬間、頭がとてもいい弾力性の何かに沈められるのがわかった。枕と比較しても圧倒的な安心感と安定感。心地良すぎて眠ってしまいそうだ。その上、目前にはぽーっとした表情で見下ろしてくる鹿目さんの顔と、成長途中の果実が服を少し押し上げている。これが水着姿ならどんなに良かったか。
「水着でやってほしかったなぁ……」
「ま、また今度なら……」
僕としたことが声に出ていたらしい。
「えっ、いいの?」
「み、水着もないし、心の準備がその……できてないし。だから、二木君がやりたいなら、今度わたしの決心がついた時にでもって……わたし何言ってるんだろうね。忘れて」
「いや、忘れない。たとえ商売だとしても忘れない」
無垢な魔性で営業してくるものだから、こっちとしても相手がどんな気持ちで関わってきてるのか図りかねているところ、何故男達は夢を見るのかわかった気がする。これは不可抗力だ。絶対不可避。
「でも、眠くなってきたなぁ……ちょっと寝る、かも…」
「うん。おやすみ、二木君」
可能な限り堪能しようとしたが、謎の睡眠欲求には抗えなかった。
◇
起きたら六時だった。夕暮れに染まる部屋の中には鹿目さんの姿はどこにもない。その代わりと言ってはなんだが、机の上には書き置きが一枚、可愛らしい丸っこい文字と絵で残されていた。
『契約の時間が終了したから帰るね。ケーキと紅茶美味しかったです、ご馳走様でした。今度は学校で話してくれると嬉しいな。良かったら友達になってください』
下の方に連絡先の番号が書いてある。私用の携帯の番号なのだろうが、そんなもの客に渡していいものか。公私混同するところが彼女らしいというかなんというか心配になってくる。
「……やばいな。癖になるかも」
その夜、鹿目さんの膝枕が至高過ぎてなかなか寝付けなかった。