八月某日。みんなで海に行く約束の日。
直前になるとまるで遠足に行く子供のような高揚感に襲われて眠れなかったが、いつの間にか朝が来ていた。
夜明けから一時間程で目が覚めた僕は、佐倉を起こさないようにゆっくりと寝床を抜け出す。
リビングへ行くと既に母が起きており、キッチンで朝食の準備をしていた。
「おはようアオちゃん」
「おはよう」
「準備は終わってる?歯ブラシは持った?ハンカチは?着替えと財布は?」
前日にも同じことを繰り返すこと三回。
キャリーケースには二泊三日分の荷物を詰め終えており、事前確認はとうに終えている。
出る直前になってうっかり財布を忘れない限り大丈夫だ。
イベントに参加する当人よりも心配性な母が慌てる姿に、僕は苦笑してダイニングチェアに座った。
「もうそこまで子供じゃないんだから準備くらい自分でできるよ」
「……そうよね。子供じゃないものね。避妊はしっかりするのよ?」
「母さん、僕が何しに行くと思ってるの?」
「男女六人ハーレムお泊まり会。それもひとつ屋根の下ででしょ?」
「普通そこはそういうことしないように注意しない?」
「だってぇ〜。アオちゃんお年頃だしそういうこともあるかもだし、こういうのって逆にやるなって言うとやりたくなるって言うし」
「しないよ。今のところは」
「……そうよね。キョウちゃんと添い寝しても未だそういうことないもんね」
安心した様子で胸を撫で下ろした母が、眠気覚ましの珈琲を淹れて持ってきた。
「それはそれとしてゴム持ってく?」
「いらないよ」
「……それはいざという時、つけないということ?」
「使う機会がないという意味です」
しつこい母を尻目に珈琲に角砂糖とミルクを入れて掻き混ぜる。
「あつ……っ」
「おはよ〜」
「あら、キョウちゃんおはよう」
「おはよう佐倉」
おそるおそる舌をつけたがやっぱり熱く、熱々の珈琲と格闘している間に遅れて起きてきた佐倉が隣に座る。
「キョウちゃんも珈琲飲む?」
「ん。飲む」
佐倉はまだ眠そうに瞼を擦り、欠伸をするとそのまま僕の肩に頭を置いた。まだ寝ぼけているらしい。
「そのまま寝ると頭打つぞ」
「頭打ちそうになっても青葉が支えてくれるじゃん」
そう言って甘えているうちに母が珈琲を持ってきた。
「朝から仲がいいわね〜」
「……別に普通だし」
普段は母の前ではそういうことはしないのに、寝ぼけているせいか佐倉は動揺しない。
「そういう母さんこそ起きるの早くない?僕達の夏休みくらいゆっくりしてればいいのに」
「数日アオちゃんとキョウちゃんと会えないんだもん。だから元気いっぱいにしてお見送りしたいのよ」
続けて皿を二つ持ってくる。皿にはトーストとハムエッグ、トマト、レタスが乗っており、僕達の前に置くと母さんは対面に座った。
「さぁ、早く食べて準備しないと遅れるわよ?」
あまり駄弁っていると集合時間に間に合わなくなるため、僕と佐倉は早々に朝食に手をつけた。
「ごちそうさま」
朝食を摂ってから歯を磨き、部屋に戻って着替える。
最後にもう一度荷物の確認をすると、集合時間はもうすぐそこに迫っていた。
「佐倉、準備できたか?」
「当然だろ」
「忘れ物はないか?」
「大丈夫。そっちは?」
「大丈夫だろ。たぶん」
「たぶんってなぁ」
「物事に絶対はないしね」
「それもそっか」
自分の部屋から出てきた佐倉は、いつものホットパンツにパーカーのラフな格好をしていた。手には赤いキャリーケースを引っ提げている。
「ん」
キャリーケースを差し出されたので反射的に持つと、佐倉は前からぎゅっと抱きついてきた。
「どうした?」
「……だって、しばらくこういうことできないし。今のうちにやっとく」
「みんなの前でも僕はいいんだけどね」
「あたしがやだ。揶揄われるし」
時間いっぱい甘えようとする佐倉は、すりすりと額を胸に擦り付けてきた。
「二人とも時間–––あら」
「きゃあ!!!!」
母の声に反応して、佐倉は悲鳴を上げながら逃げるように飛び退った。
「行ってきます母さん」
「い、行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
佐倉は恥ずかしいのを誤魔化すように母の隣を通り抜け、逃げるように家を出る。そのあとを追って僕も家を出た。
集合時間の午前八時より、三十分早く駅前に着いた。
まだ誰も来ていないようで、駅前広場には知っている姿はない。
せめて日陰で待とうと、改札前に陣取る。
しばらく二人で待っていると、集合十五分前に一人目がやってきた。
「おはよう二木君、佐倉さん」
マミ先輩だ。群青色のフレアスカートに白いブラウスを着ていて、大人っぽい夏色コーディネートがとても似合っていて、珍しくマミ先輩は髪をサイドテールに結んでいる。
相変わらずドリルが健在なのは理由がわからないが、それがマミ先輩の上品な性格を表していた。
「どう?似合うかしら」
「すごく綺麗ですよ」
「ふふ、よかったわ。二木君が気に入ってくれて」
屈託のない笑みを浮かべるマミ先輩を見ていると、横からジトっとした視線を感じる。
さりげなくそちらを振り向けば、佐倉が不満そうに拗ねた顔をしていた。
「あたしは褒めねーのにマミのは褒めるのかよ」
「だって佐倉は見慣れてるし、普段から可愛いって言ってるじゃん」
何が不満なのか佐倉はゲシゲシと脹脛を蹴ってくる。
「じゃあ、今度佐倉はゴスロリでも着てみようか」
「はぁ?着ないし!」
–––と、口では言いつつも用意したら着てくれる佐倉である。拝み倒せばたいてい何でもしてくれる。
「似合うと思うけどなぁ」
ゴスロリもいいが、今日のメインは水着だ。
みんなの水着姿を見られると思うと、つい興奮しすぎて眠れなかった。ゴスロリは一旦置いておいてそっちに妄想を膨らませる。
個人的に一番気になるのはマミ先輩の水着だ。あの体で水着を着たらどうなっちゃうのか大変興味がある。
「……ろくでもないこと考えてんな。しかも、なんか腹立つこと」
「私もだいたいわかるわ。男の子だものね」
それから五分ほど三人で話していると、白と黒のシルエットが視界にちらついた。
白のワンピースと黒のワンピース。デザインが全く違うものではあるのだが、二人揃うと双子コーデのように見えてしまう。
つい気になって視線を向けると、まどかとほむらが並んで歩いてくるところだった。
「みんなー、おまたせー!」
「……おはよう」
合流した二人は、さながら天使と悪魔。太陽と月のような相反した顔を見せる。元気いっぱいなまどかと落ち着いた雰囲気のほむらが揃うとより際立って二人の魅力が増すようで、妙に目を惹きつけられてしまう。
「……ねぇ、二木君。今少し失礼なこと考えてなかった?」
「いやいや、綺麗だなぁと思っただけだよ」
ほむらは妙に勘が鋭い。僕は言い訳を並べ立てる。
「悪魔は悪魔でも、サキュバスならいいのになって……」
「あなたがどういう展開を期待しているか知りたくもないけど、そういう目で見たら夜は縛り付けて庭に干すわよ」
「あら大丈夫よ。二木君が真っ先に襲うとしたら私だから」
ずいっと胸を腕で持ち上げるマミ先輩。
それを見た僕は、ごくりと喉を鳴らした。
–––いや何が大丈夫なんだろうか。OKという意味だろうか。それはそれで困るんだけど。
「ごめーん、お待たせーっ!!」
と、そこに最後の一人の到着である。
白百合柄のキャミソールワンピースにいつぞやの麦藁帽子を被ったさやかが合流した。
それを見たみんなは、目をギラリと光らせる。
「一時休戦ね。巴マミ。あなたと言い争っている場合ではなくなったわ」
「そうね。……女の子は恋で変わるっていうけど、これはさすがにちょっと見過ごすわけにはいかないわね」
「おい、さやか」
「ねぇ、さやかちゃん」
「「「「ちょっとじっくり話を聞かせて貰うから」」」」
「うぇっ!?なんで!?!?!?」
「それはいいけど、そろそろ切符買ってホームに行かないと乗り遅れるよ」
–––このあと、さやかはこの前のことについて電車の中で尋問を受けた。
最近アプリゲーム始めるとリセマラで満足しがちなんですよね。取り敢えずやるしかない