レンタル☆まどか   作:黒樹

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それは愛という楔。

 

 

 

「あっ、二木君おはよーっ!」

 

教室に入って挨拶をしてきたのは鹿目さんだった。連絡先を貰ったはいいが有効活用することができず、手に余るそれに翻弄されることしばし、翌日になって学校に行くと人目も憚らず彼女は元気良く声を上げる。それだけで複数の視線が二人を貫く。どう返すか迷ったものの取り敢えず、適度な挨拶としてひらひらと手を振っておいた。朝からあんな大声を出す元気はない。

 

「おやぁ、これはこれは。二人の間に何か進展が」

「もう、違うよー。さやかちゃん」

「怪しい。怪しいですなー。ついにまどかにも春が来たってことか……大人になっていくんだねぇ」

「おじさん臭いよ。それに友達になっただけだから」

 

妙な勘繰りをする美樹さやかと鹿目さんの会話が聞こえる。僕は鞄を置いて机にべったりと張り付く。朝の机のひんやりした感触は心地いいのでやめられないのだ。

 

「二木君からも何か言ってよぉ」

 

何故だ、鹿目さんはこっちに助けを求めてやってきた。美樹さんもこちらに来る。机に突っ伏して朝の至福のひと時を過ごしていた僕は視線だけを向ける。

 

「うん、友達……」

「おっかしいなー。中一の時に六人で遊びに行った時、その時点で友達と思ってたんだけど」

 

妙なことを覚えているものである。

中学一年の夏、何故か仲良くなった上条君と中沢君二人と関わっていたら、上条君の幼馴染の美樹さんの友達と合わせて六人で遊びに行くことになったのだ。友達の友達という赤の他人といきなり会わせられて、遊びに行くというものだからもはや他人とのいきなりの交流に僕は対処しきれなかった思い出がある。あれは黒歴史だ。思い出したくもなかった。

絶対あれ、美樹さんと上条君のデートの口実だよなぁ。って感じで、結局は上条君と志筑さんが付き合ってしまってるわけだけど。

 

「それ多分君だけだよ。美樹さやか」

「えっ、友達の友達って友達でしょ」

「じゃあ、友達の友達の友達は友達かな?」

「あー、確かにビミョいかも……」

 

あれからというもの。僕と女子三人は極稀に話すというレベルでしかない。というのも僕は携帯電話を持っていなくて、番号聞かれた時に鹿目さんに教えられなかったのが大きいと思う。なんだかそれで気まずくなっちゃったし。

 

「まぁいいや。取り敢えず、友達にはなれたんだ。良かったじゃん」

「えへへ、まぁね」

 

僕のあずかり知らぬところで何やら不穏な会話。意味がわからないので聞き流すことにした。

聞き流そうとしていたら、美樹さんはとてもいい笑顔でこう言う。

 

「ところで、友達の名前を呼ぶのが信条のまどかはどうして二木君の名前を呼ばないのかなー?」

「え、えぇ……それはね。男の子の名前を呼ぶのは…恥ずかしい、というか…なんというか…」

 

それは同意する。異性の名前を呼ぶのは凄くハードルが高いのだ。

 

「もうこの際、下の名前で呼んじゃいなよ。ほれほれ、恥ずかしがらずに」

 

呼ぶ前から頰を赤くして、こちらをじっと見つめて来る鹿目さんは何度かタイミングを見計らっているようだった。

 

「…青…葉…君」

「はい、よくできましたー」

 

二木青葉。それが僕の名前である。

鹿目さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

美樹さんは何気に楽しそうである。

見ていて笑みが溢れそうな光景。

 

「じゃあ、二木もいってみようか」

 

飛び火した。

 

「……まどか」

「はうぅぅぅぅ」

「あらもう恥ずかしがっちゃって、まどかは可愛いなぁ」

 

「あら、仲良いわねー」とか茶化す近所のおばちゃんみたいな発言。にははと笑って親友を弄るのが楽しそうなのがわかる。弄られる本人の方はいい気しないのだが。

 

「まどかをあまりからかわないようにね」

「……順応早いなー、二木は」

「女の子の下の名前を呼ぶのは悪い気しないからね。呼べと言われれば呼ぶし。まどかさえ良ければ、このままでもいいけど」

「……う、うん」

「……っ!」

 

ぞくり。ちょっとからかってみたつもりが、背後から何か寒気を感じてばっと振り返る。

 

「どうしたの、二木?」

「……いや、なんか視線を感じた気がしたんだけど」

「おーい、まどかさーん。見つめすぎだってさぁ」

「も、もう、さやかちゃん!」

 

しかし、誰も見ていなかった。

教室内には、談笑する人のみでこちらの様子を伺う者など存在しない。

気のせいにして、僕は二人との会話に戻った。

 

 

 

 

 

 

放課後。いったいどういうわけか、まどかと帰る事になった帰路。困り果てた末に辿り着いたのは先生の話題だ。これで通算何回破局しただの指折り数え、そのうちのどれが最も凄い理由だったとか。くだらないことを言い合っているうちにまどかの家の前。

 

「またね……青葉、くん」

「また明日。まどか」

 

さよならを言い合って、まどかが家の中に消えるのを見送ろうと思ったら、今度は彼女が僕を見送ろうとする。お互いに動かないまま時が過ぎて、顔を真っ赤にしたまどかが家の中に駆け込むのを合図にして僕も踵を返す。

 

帰路を逆戻り。

 

そもそも僕の家は途中にあった分かれ道のもう片方。その先を行ってまどかの家とはかなり離れた距離。今朝感じた視線は今もなお纏わり付いたまま、僕とまどかの帰宅中にさえ及んだ。さすがにそんな状況で女の子を一人で帰すわけにはいかない。そうでなくとも送るつもりはあったけど、美樹さんにも酷く注意されたし。

 

商店街に出た。路地裏に入った。

さぁ、姿を表せと身構える。

 

「そろそろ出てきたらどう?僕に用があるんだろ」

「自ら人目のつかないところに迷い込むなんて、殊勝な心がけね」

 

少女の声だった。ただならぬ悪寒を感じて咄嗟に振り向く。

その時、防衛手段として前に出した手が何かに触れた。

ふにっとした柔らかいもの。掴むには至らない大きさ。何故だろう、心地よいと感じた。

振り向いた先には黒髪の美少女、暁美ほむら。

そして、その慎ましい胸に僕は手を添えていた。

 

「……あ」

 

何の引力か胸から手が離れない。完全な膠着状態。

 

「……訂正するわ。いたいけな少女を路地裏に連れ込んで悪戯をする変態だってね!」

 

ガンッ、という無骨な音が僕の頭に響く。顎を何か硬いもので殴られたと理解したのは数秒後。いたいけな少女はこんな乱暴なことはしないだろう。と、朦朧とする意識の中でなんとか堪えたのだった。

 

 

 

 

 

冷たい感触が唇に触れる。硬くて、鉄の味がする。触れる前に見たのは小さな口をすぼめたような形だけ。無遠慮に押し付けられたそれは唇をこじ開けて侵入する。黒くて、ゴツゴツする、何か。硝煙の匂いがするのはきっと気のせいだろう。

 

「……ほれ、どほでへにいれたぁの?」

 

口を塞がれていてまともに喋る事叶わず。

僕は口の中に突っ込まれた拳銃を見下ろしながら下ろせと主張する。

 

「ちょっと自由業のお兄さん達から借りたのよ」

 

玩具屋だって言って欲しかった。それでも十分に危険だが。エアガンでも口内発射はやめましょう。

 

「質問に答えることを約束するなら、銃を下ろしてあげてもいいけど?」

「フっ、コトワル」

「そう。じゃあ、今すぐにでも熱いキスを交わす事になるわね」

 

すみません。一度言ってみたかっただけなんです。だから銃口が火を吹く方向性は無しにしてください。まぁ、暁美さんの熱いキスなら大喜びだが。

取り敢えずは銃口を口内から取り除いてくれた暁美さんだが、銃口そのものは下ろしてくれない。心臓を狙ったまま溜飲を下げることもなかった。

 

「それであなた、昨日、まどかを如何わしいサイトで呼び出したわよね」

「如何わしいっていうのなら、君達のやっている職業の方が–––いたっいたいたい」

 

グリグリと銃口で頭を小突かれる。まだ本格的に怒らせていない分、冗談は通じたようだ。事実は冗談ではすまないが。

 

「余計な口を挟むのは、その如何わしいサイトを利用したこの口かしら」

「うん、ごめんごめん。暁美さんの反応が面白くてつい」

「あなたそれで私の銃と熱いベーゼを交わす事になったらどうするつもりなのかしら」

「その時は責任とってもらうかな」

「えぇ、責任を持って苦しまないように終わらせてあげるわ」

「僕が言ってるのはそういうことじゃないんだけどなぁ」

 

暁美ほむら、彼女は鹿目まどかとは違うベクトルの美少女だ。鹿目まどかが可愛いなら、暁美ほむらは綺麗、クールな雰囲気が密かに人気を呼んでいる。しかし、ミステリアスレディでありながら鹿目まどかにべったりで一部では二人に恋愛関係疑惑が持ち上がるほど。もっとも、まどかに限ってそんなことはないというのが皆の共通見解である。

 

「だけど、そんなことをしてまどかにバレたら私がまずいの」

 

ほらね、まどかにべったりだ。

 

「君なら僕を始末しても処理くらい簡単だと思うけど」

「えぇ、簡単よ。大凡の警察機関の捜査なんて掻い潜れるわ。でも、まどかだけは容易じゃないの」

 

笑えない冗談だ。さすが、そんな物騒な物を所持しているだけある。

 

「あの子、そういう事に鼻がいいから。特に気になっている人に関わる事なら、察しがいいとまではいかないけど、どうしても嗅ぎつけてしまうのよね。本当、特にあなたに関しては」

「僕に関しては……?」

「あなたが知る必要はないわ。そのまま朴念仁を続けていなさい」

 

まるで、まどかが僕に気があるみたいだ。まさかの話。そんなわけないよなぁ。

 

「まぁ、早い話が警告よ。これ以上痛い目見たくなかったら、まどかに変なことしないで。あと、泣かせたら殺すから」

「僕に脅しが通用するとでも?」

「えぇ、あなたと接してわかったわ。最悪、その粗末な物を切り落とすくらいしないと効果がないってことがね」

「待って。さすがに男として殺すのはやめて」

「大丈夫よ。傷つけはしないわ。尊厳を踏みにじるだけよ。傷なんてつけたら、まどかに怒られるもの。社会的に殺したら、まどかもあなたに興味をなくすかもしれないし、そっちの方が私としては好ましいけど」

 

不敵に妖艶な笑みを見せる暁美さん。ばさっと髪の毛をばらつかせながら、背中を向けて左手に持つ銃に口づけをして見せる。視線はこちらを見つめ、まるで見せつけるかのよう。

 

「まぁ、これだけ頭の隅に置いてくれるならそれで十分よ。覚えておいて。まどかを傷つけたら殺すわ」

「色々言ってるけど、あのさ……」

 

僕は銃を指差す。

 

「間接キス」

 

直後、目の前が真っ暗になった。


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