レンタル☆まどか   作:黒樹

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嫌いじゃないね

 

 

拷問とも呼ぶべき『巴マミ』のお勉強会を乗り越え、追試だ再試だを無事に一発合格(元のテストで赤点なのでそうは言わないような気もする)し乗り越えて、先に帰宅したまどかの後を追うようにさやかと寄り道している最中、その人物と遭遇した。

真っ赤な髪に、短パンとパーカーの少女。佐倉杏子がこれまた髪と見合っても負けない真っ赤な林檎を齧りながら歩いていたのだ。

僕としては関わるつもりはないものの、さやかは顔見知りのようで、見つけるなり手を挙げてそいつを呼んでしまう。

 

「おーい、杏子」

「おっ、さやかじゃねぇーか。なんだ、デートか?」

「違う違う。今、一緒に苦難を乗り越えてきた……言わば戦友よ」

「はいはい。じゃ、彼が噂のあの人か?」

 

さやかは否定しなかった。どうやら彼女達の間では噂になっているらしい僕。ジィッと爛々と輝く目で観察されること数秒、彼女は自分から口を開いて自己紹介する。

 

「あたしは佐倉杏子、好きに呼んでくれ。で、青葉だよな?」

 

ついでにとばかり確認を取ってきた。

 

「えっと…二木青葉です。どうも」

「噂では女を取っ替え引っ替えしてるらしいじゃねぇか」

「誤解を生むような発言はやめてくれないかな。君達だってマジになられたら困るだろ」

「じゃあ、逆に……マジになられたらどうするっていうのさ?」

「あっははは。……そんな馬鹿な、君達だって金銭目的だろ。雇う側は様々な欲求を満たしたいためにレンタルするわけで、君達はその見返りに金銭を受け取っている、というシステムなわけだけど」

 

複雑そうで微妙な顔をされた。答えになっていないと、そういうことなのだろう。が、どこか満足げでもある。

 

「……悪いやつじゃねぇみてぇだな」

 

会って数秒でその評価とは、こちらも微妙な表情を返すしかない。苦笑いというやつだ。良いやつだ、と言われて自分は善であると肯定できる人間はそんなにいないだろう。

 

「はは…。じゃあ、僕はこれで」

 

長居する必要もないので、あとはさやかと話でもするだろうから退散しようとするとガッと腕を掴まれる。こんな乱暴な扱いされたのは初めてだ。さやかではないな。

 

「ちょっと待ちなよ。ここで会ったのも何かの縁なんだ、一緒に遊ぼーぜ」

「……まぁ、そういうんなら別にいいけど」

「ゲーセン。好きだろ?」

「うん。嫌いじゃない」

 

 

 

ゲームセンターに到着して、手始めに見て回ったのは入り口付近に置いてあるお馴染みの筐体『くれーんげぃむ』さんである。アームを操作して中の景品を獲得するという単純なごくありふれたそれ。二人が目をつけたのは、可愛い、ファンシー、ファンタジーなぬいぐるみでもなく、食べ物が景品として内蔵された筐体。

これで分かったと思うが、彼女達は『色気より食い気』な性格のようだった。早速、百円を投入して景品をゲットした佐倉は誰でも知っている棒状のチョコレート菓子をポリポリ齧り、二本目を咥えたまま次の獲物を定める。

 

「食うかい?」

 

そう言って、チョコレート菓子を差し出してきたり、初対面の相手によくもまぁと感心しながら遠慮しておいた。

二個目の景品獲得後、満足したのか菓子をぽりぽり齧り続ける佐倉、を置いて今度はさやかが挑戦するようで、同じくお菓子に狙いを定めると百円を投入する。

 

結果は–––失敗だった。

 

アームをちょこちょこと動かしたものの、掠るだけ掠って微妙に動いただけだった。「ダメだったかぁ」とまるでわかっていたような台詞だが大抵の人は一発で取れる人なんて少ない。あってもまぐれとかいうビギナーズラックである。さやかは確かにそこまで未練などなく、遊んだだけのようで随分と楽観的なもので諦めも早かった。

上条君への諦めも、これくらい早かったのだろうか?……と思っていたら、もう一回と挑戦し始めた。

 

「とおりゃあ」

「それ」

「そこだ」

「あと少し!」

「次で…決める…!」

 

いやもう本当に諦めの悪い性格だった。気づけば野口さんが飛ぶレベル。小銭がお亡くなりになったところで、両替しようとキョロキョロし始めたのを僕と佐倉が肩をがっしり掴んで止めた。

 

「い、一応聞くけどどこ行くの?」

「両替。小銭無くなったから」

「ちょっと考え直しなよ、あんた。買った方が早いわ」

「うぐぐ…でも、負けたままってのは…なんか納得いかない!」

 

ダメだ、コレ。パチンコで負ける人のセリフだ。うちの親父だ。そうやって投資するなら、私に投資しろと毎回母に財布の中身を絞られている父である。

典型的負けフラグを建設するさやかは納得いかないような顔で渋々と引き下がったが、このままでは不機嫌なさやかさんのご機嫌取りを延々と行う羽目になる。それはなんというか勘弁して欲しい。

 

「よし、次はおまえだ。やれ」

「……そう来たか」

「わかってるだろうけど、上手くやりなよ」

「……」

 

具体的には何も言わない全投げである。ここはかっこよく一発で獲得してプレゼントするべきか、はたまた同じく負け犬の道を歩んでそういうもんだと納得させるのか……よし、惜しいのを連発しよう、そうしよう。

ほどほどわざとらしくないように百円で景品を揺さぶるだけ揺さぶって失敗するスタイルを選んだ。百円を投入して、いざ適当にお菓子に触れる位置にアームを操作すると、そこで最終決定を下す。ウィィンという独特な音を立てて動くアームを見ながら、予想通りの結果を幻視して待つこと数秒、アームは目標の景品を擦り、バランスを崩した景品の山が雪崩を起こした。

 

「……なんということでしょう」

「いや、ほんと何やってんのあんた」

 

落ちた景品の山。それを見て、不機嫌そうなさやか。

呆然と立ち尽くす僕に、結局どういう意図だったのか曖昧な呆れ顔を見せる佐倉。

まぐれってのは怖い。

結果論にはなるが、取れる手段は一つだけということだ。

 

「……取り敢えず、僕一人では食べきれないから貰ってくれない?」

「まぁ、くれるってんなら貰うけどさ」

「……」

 

「ありがと」と一言礼を言うさやかはなお不機嫌だった。

 

 

 

『げぃむせんたー』を出た後は『バッティングセンター』へ直行した。この行き所のない感情を発散するにはどうしたらいいか、というさやか主観の発想で辿り着いた答えがそれである。中々に豪快にバットをパワフルにフルスイングする女子中学生を見ていると奇妙な気持ちになった。ホームラン目掛けて流星になるボール、あれが志筑さんの頭でも、上条君の頭ではないのは僥倖かもしれない。

満足したのか快活に笑ってみせるさやかに男として尊敬の念を抱いていると、佐倉までパコパコ当てまくっていた。僕もまたさやかほどではないが当てることはできる。当たったところでヒット止まりなのが難点で長距離打者になれないのが残念だが、野球部でもなければプロを目指すわけでもないのでそこそこ成績は良かった。

『バッティングセンター』を出て『飲食店』へ。これも典型的な、それも女子にはわりと無縁そうである『ラーメン屋』を提案したのは佐倉で、同意したのは何度か行っているらしいさやかだ。僕としても異論はないので黙ってついて行くと、店主は顔見知りらしく二人の姿を見咎めると親しそうに「嬢ちゃん達」と呼んだ。

 

「おっちゃん、ネギ塩ラーメン三つ」

「あいよ」

 

本当に自由にメニューまで見ずに決めてしまった。僕も来る前にオススメを紹介されていたので異論はないのだが、女子中学生がラーメン屋の常連とは少し意外なところがある。もっと華やかなものだと思ってた。

 

「……ところで嬢ちゃん達よ、こいつはどっちのコレかい?」

「ん。……ないな」

「あははは、違うってー友達だし」

 

そこまで全力否定されると、否定するつもりだったこっちもなんだかなと思ってしまう。

完成したらしいネギ塩ラーメンを持ってやって来た店主はテーブルの上に置くと去って行く。

くだらない意味のない問答に乾いた笑みを漏らして、ラーメンに手をつける。

もう終わった議論を忘れかけた頃、佐倉は不意打ちをかましてきた。

 

「それであんたはどっちが好みなんだい?」

「むっ?……ネギ塩ラーメンか味噌ラーメンか豚骨ラーメンのどれが好きかって話?」

「その話もいいけど、異性の好みの話だよ」

 

全力回避しようとしたら退路を塞がれた。

 

「あたしとさやか、もしくはまどか、あの寂しがりなくせにお姉さんぶるマミの誰が一番いいか聞いてんの」

「……?暁美さんが選択肢に入ってないね」

「なんだ知り合いだったのか。なら話は早いやめておきな、あいつはまどかしか見えてないから」

「いや、別に興味があったわけではないんだけどね……」

 

一応、触れておかなければ後で怖いことになる気がしたので話題に出しただけである。

 

しかし、誰が一番……好みか。それって異性としてだよね。特に考えたこともないけど、消去法でいくとまどか一択しか選択肢はない気がする。ここにいないし、他はちょっと答えると面倒になりそうだし。

 

ピロン♪とポケットの中の携帯がバイブした。

こんなタイミングに誰だろうとSNSを開くと、一言だけ。

 

『ねぇ、今誰と何をしてるの?』

 

マミ先輩からのメールだった。メール内容については追求はしたくないが、あれから構って欲しくてよく教室に訪れるマミ先輩のメールにはちゃんと返信しておく。もし、既読スルーしようものなら、明日にはメールが百通は届いているだろう。返信を完了して携帯をポケットにしまうと当たり感触のない返答をしておく。

 

「まどか、かな」

「……意外だね。マミみたいなやつの方が好ましいと思ってたんだけど」

「なんでさ」

「巨乳だから」

 

まさかの女子からのその発言は想定していなかった。

 

「偏見だよ。男ならみんな巨乳が好きとか思ってるでしょ」

「え、嫌いなのか?」

「いや、嫌いじゃないけど……」

「因みにあたしはあんたを外見で判断するクズヤローだと思ってた」

「いきなり酷いね!?」

 

突然の告白にショックを受けていると、佐倉はラーメンの杯を空にして言う。

 

「じゃあ、なんであんたはあんなサイトを利用してたってのさ。わかんないね、取っ替え引っ替えする理由も。別にあんたの趣味に口出しするわけじゃないよ。あんた、顔が見えないんだよ」

「……うん、よく言われる。何を考えているかわからない子だって。まぁ、そこは母さんに似たんだろうし気にしてはないんだけどさ、別に特別な理由なんてない、暇潰しだよ」

「……え、マジで暇潰しのためだけにあんな怪しげなサイト利用したのかよ?」

 

肯定するとゲラゲラ笑われた。

 

「あ、あんたほんと面白いね。気に入ったよ」

「気にいる要素あった?」

「あぁ、見てて退屈しない人間ってのは理解したよ」

「……喜ぶべき言葉ではないんだろうけど、一応礼を言っておく」

 

血糖値の上昇が期待されるラーメンのスープを気づいたら飲み干していた。隣の二人はまるで杯が新品みたいに綺麗さっぱりなくなっていてどうやったのかすらわからない。ネギの一つも付いていないってどういうことだよ。

 

「そんじゃま、ごちそうさん」

「……ごめんね、青葉」

「いや、まぁ、いいんだけどさ……」

 

勘定を押し付けられたがこのくらいは大目に見よう。母には女の子には優しくすることと習うどころか洗脳一歩手前まで教育されているわけだし、その分お小遣いも多かった。と、考えればコレは必要経費だ。

 

勘定を終えて外に出る。二人は夜風に当たりながら満足そうに伸びをしていて、これも悪くないなと思いながらぼーっと二人を眺めていると早く来いと促される。

 

なんとも奇妙な出来事だったと、後日何故かまどかに報告することになったのは別の話である。

 

 


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