レンタル☆まどか   作:黒樹

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雨のち、佐倉

 

 

 

予報外れの雨が降った。生憎と傘を持っていなかった僕は家路を急ぎ早足に駆け出すも家までは随分と距離があり、まどかと帰宅していた僕は雨宿りして行きなよというお誘いを丁重にお断りして逃げるように別れた。

家に着いた頃には全身濡れ鼠で制服もびしょびしょ。靴もなく母は出掛けているようだった。意気消沈して肩を落としながら靴と靴下を脱ぎ捨てて、風呂場へと急ぐ。濡れた体を拭くだけでは気が治らないので、シャワーを浴びるつもりだった。浴びる前に落ちた水滴の痕跡を消しておくのも忘れない。

服を全て脱ぎ捨てて浴室に入ると何故か湯気が立っており、浴槽には湯が貼ってある。何故かはわからないが、大方母が貼ったのだろう。僕はラッキーと思いながら、体を洗ってから湯に浸かることにした。

 

「はぁ〜……」

 

雨に濡れた後のお風呂って気持ちいいよなぁ。

まぁ、髪はゴワゴワするしでいいことはないがなんだろう、癖になる。

自ら進んで濡れて入りたいわけではないが、なんとなくそういう気になる。

雨に濡れて水分を吸った服を脱ぐのは怠いが仕方ない。

それ以上に濡れたままの方が気持ち悪いだろう。

 

ぼーっと天井を眺めて、余韻に浸っている時だった。

 

誰かが帰って来たのか脱衣所に入って来た。この時間帯となると母が帰って来たのだろうと想像がつく。父は出張でいない、帰ってくるのはもう少し先だ。

いくらどんな人でも、元々灯りがついていなかった浴室に光があれば誰か使用中と気付くだろう。僕はぼんやりとそんなことを考えながら、パシャリとお湯を顔にかけた。

 

気のせいか……水を吸った衣服が擦れる音がする。乾いた布の擦れる音ではない、乾燥機でも使うのだろうかとやはりどうでもいいことを考えながら、僕は脱衣所から人がいなくなるのを待った。だが、いなくならない。いくら待ってもその人影は浴室の外で何かをしている。と、思ったら浴室と脱衣所を隔てる扉を開いて、誰かが入って来た。

 

「–––ったく、お節介というかなんというか……あたしなんでこんなとこ……に」

 

そいつは真っ赤な髪を腰の辺りまで伸ばした誰か。

思わず視線が合うと、お互いに何も言わず時が止まる。

理解不能な出来事に目を白黒とさせて、視線を先に動かしたのは僕。

顔から下へ体を滑るように体を順繰りに見ていく。

膨らみかけの胸とか、括れた腰とか、形の良いお尻とか。

そりゃあもう、下腹部から下とか。

全部見終わった後で、僕はもう一度“彼女”と視線を合わせた。

 

「……佐倉?」

「きゃああああぁぁぁぁ!!!!」

 

緊張して張り詰めた空気を破ったのはたった一言。

髪と同じくらい顔を真っ赤にした佐倉はその場に蹲って泣き出した。

 

 

 

 

 

 

ぐすっ。涙ぐみながら膝を抱えてソファーに座る佐倉と、とんでもない爆音で耳を貫かれた僕は互いに距離を取ったまま二人向かい合っていた。それを側から眺めるのは僕の母親である。

 

「えへへ〜、ごめんねー。まさかアオちゃんがお風呂入ってるなんて思わなくて」

「まったく……。確認くらいしてよね」

 

因みに、お風呂にそれでも入った佐倉さんは僕の寝間着を着ていた。母のは幼児体型過ぎて現役女子中学生でも着れなかったようだ。

 

「それでどうして佐倉がここに?」

「……」

「お母さんが連れて来たのよー。雨の中、濡れて歩いてるから」

 

それはもう御愁傷様というかなんというか、うちの母親に捕まったわけだ。佐倉は口を聞いてくれるはずもなく、ただそこにポツンと膝を抱えている。

 

かれこれもう二時間ほど。

彼女が家に来てから、約三時間半

ようやく口を開いたのは、夜になってだいぶあと。

 

「……いつまでもこうしているわけにもいかないし、もう夜も遅いし、泊まっていきなさい杏子ちゃん」

 

母親からの提案だった。

用意した謝罪を込めた食事を佐倉は完食している。食欲がなくなるほどショックだったわけではないことで僕の罪も少し軽くなったみたいだが、依然罪は消えていない。贖罪の機会なしに帰すのも僕としては……その……あらぬ噂を立てられるので御免被りたいが、気を回した母親の気遣いが事の発端だった。

 

「というわけで、あなたのご両親には連絡しておくから電話番号を教えてくれないかな?」

 

視線を佐倉に合わせてまるで子供に接する子供。いや、大人なんだけど、こういう時だけ年相応に見えるものだから、それが母性を感じるところでやっぱり一児の母なんだなと思う。

佐倉は膝を抱えたまま、膝に顔を隠して呟く。

 

「……いないよ。あたしのうちはみんなあたしを置いて一家心中したから」

 

佐倉の告白に絶句した。僕と母。

掛けるべき言葉が見つからなくて流石の母も困惑していた。

冗談には聞こえなかったから、僕も黙って見守るしかなかった。

 

静寂が満ちた。

 

部屋に響いたのは合いの手。

 

「じゃあ、うちの子になる?」

 

次いで馬鹿なことを言い出したのは母。

今世紀、稀を見ない突拍子な発言に思わず佐倉も顔を上げた。

 

「ちょうど女の子も欲しかったのよねー」

「いやいや、待って母さん。……冗談でもそういうこと言うもんじゃないよ」

「な〜に〜。アオちゃんは嫌なの?」

「……別に嫌ってわけじゃない。そうなんだけど」

 

問題は母のこの発言が嘘でもなく真実ということである。

冗談ではない、そんなこと最初から分かりきっている。仮にも母親だ、いきなりこんな発言しても嘘や冗談だとは到底思えない。思えないからこそ、よく考えろってことで……あぁ、なんだかな、逆らえるわけでもないけど、逆らいたいわけでもない、それでもやっぱりこういう母の突破で奇矯な性格は一度、ストップさせたほうがいいのだ。

 

「父さんにもちゃんと話しをしてからにしなよ、そういうのは」

「は〜い。それじゃあ〜っと」

 

僕もあまり本気で言ったわけでもないのだが、母は強し、早速電話をかけ始めた。思わぬ急展開にさっきまでヘソを曲げていた佐倉が僕に詰め寄ってくる。

 

「突っ込むところ違うだろ。いったいどこまで本気なんだよっ」

「さぁ?一度決めたら、やる人だからね。母さんは」

「……いや、さすがに冗談だろ?」

「……」

「……なんか言えよ」

 

そうこうしてるうちに通話は終わったらしい。

上機嫌で携帯をポケットにしまう母の姿に確信めいたものを感じた。

 

「パパからオーケーが出たわ」

 

ほらね、言った通りだ。

それにこういう時、ダメだったら母は不機嫌になって子供みたいに駄々を捏ねる。

真逆で上機嫌ということは、つまりそういうこと。

母の要望が父には通ったわけである。

 

「……じ、実は電話なんてしてなかったり」

「そんな小細工うちの母さんはしないよ」

「じゃあ、警察とか、施設とか……なんかだろ」

「それも小細工かな。信頼を裏切るような真似をしないのがうちの母さんだから」

 

もし此処に傷ついた女の子がいるとして、放っておかないのがうちの母親というものだ。まったく……。

 

「–––一家揃ってバカじゃないの?」

 

–––半泣きになりながら、佐倉はそう言った。

 

 

 

 

 

それから数日、半信半疑で家に滞在することになった佐倉はとてもしおらしい態度で、他人の顔を伺い生きるように母と接した。一緒にお風呂や食事を当然のように誘う母に戸惑いつつも佐倉は上手くやっているようで何より、事あるごとにバカじゃないのとか僕に愚痴ってくるあたり僕は信頼されているらしい。

 

本当の本当に佐倉が家にやって来て十日目のこと。

今では、ベッドも家具も何から何まで買い揃え、自分の部屋を与えられて戸惑う初心で可愛い佐倉さんはそれでも半信半疑ではいられないらしい。そうでもしてないと落ち着かないらしく、その間は僕にくっついて行動した。外に出るのも、家に帰るのも、僕と一緒。「ただいま」を言うのが怖くて、帰るのも怖くて、そこが自分の家だとは認識できないらしい。

 

そんな彼女は、見滝原中学校へ転校することになった。

 

様々な書類を瞬く間に処理してしまった母にやはりどこか慣れない様子で接する中、彼女は親の後ろをついて歩く子供のように僕に居着いた。それこそ見失ったら慌てるレベルで、見滝原中学校に来るのも二人一緒で職員室に付き添ったほどだ。

 

「じゃあ、僕は教室で待ってるから」

「……やだ」

 

–––これが現状の佐倉杏子である。

 

僕の制服の裾を掴んで、必死に引き留めようとする。

相変わらず、軽率な母に翻弄されまくりらしく馴染めずにいる佐倉に対して同情しなくもないが、僕だってあまり構ってられないのも事実だ。

わざと強く払うと不安そうな顔で見上げてくる。

……ものすごく可愛いんだけど。

 

「いや、もうすぐ予鈴で僕は席についていないといけないんだけど」

「……やだ」

 

今度は腕を絡めて、ふにふにと発展途上のアレが当たる。

僕としても至福の時間を堪能したいところだが、時間は有限なのだ。

遅刻は成績に響く。下手をすれば、母の耳に入る。

お小遣いカーットされるのはやだ。

あぁ、でも、それより……今の時間の方が僕は好きかもしれない。

 

「まぁ、他人の不幸は蜜の味と言いますし大目に見ましょう」

「……なんでそこ通っちゃうんですか。というかどういう意味ですか」

 

担任の先生から許可が下りて思わず溜息を吐く。

そして、僕はこのまま教室へと赴くことになる。

先に先生が入って転校生の話題を出す。……前に破局した話が披露された。

相変わらず、男運がないのか相性が悪いのかそんな感じで、結局10分ほど待たされた。

 

「それでは入って来てください」

 

ようやくその言葉で佐倉を押し出そうとしたら、がっしりと腕を掴まれた。抵抗して離れやしない。いやいやと対抗するもんだから、僕は引き摺るように佐倉を教室に入れる。

 

「あれ、青葉君?」

「……転校生って青葉のこと?」

 

目に見えて困惑した彼女らも一瞬で驚愕へと表情を変えた。

 

「とある事情で二木君の家にお世話になることになった佐倉杏子さんです。皆さん、仲良くしてくださいね」

「杏子じゃん!」

「きょ、杏子ちゃん!?」

 

思わぬ顔を見て、途端に元気になる佐倉。しかし、腕は離さない。

 

「おや、お知り合いですか?」

「あ、はい、先生。あたしとまどかは杏子と友達で……」

「じゃあ、諸々のことは二木君とお二人にお任せしていいですね」

 

シンプルに先生は職務放棄を告げた。

 

「席は……あ、そうだ、この際ですから席替えをしましょう」

 

それが僕を地獄に落とす一言とは、今の僕は知らない。

 

 

 

「うん。なかなか新鮮ですね。模様替えとは……恋愛運においてもとても重要なことです。それでは、黒板が見えないと言う方はいませんね?授業を始めますよ」

 

僕の席は後ろと窓から二番目の席。中々の良席だ。本音を言うと窓側で最後尾なら文句なしだが、そうは言ってられないだろう。左隣には佐倉で、右隣にはまどか、左後ろの羨望する席がさやかとなっている。周りが知らない人ではないだけマシだと思うことにした。

そんな僕の肩を叩き、背後から声がかかる。

 

「二木君、私にその席を譲ってくれないかしら」

 

暁美ほむら。彼女だ。

有無を言わさない口調で、おそらくはにっこりと微笑んでいるのだろう。

僕は振り向かない。何故なら、振り向くのが怖いからだ。

背筋と頰に伝う冷汗に体の冷えを感じながら、ギギギとまるで歯車の狂った機械人形のように振り向く。

あぁ、笑ってる……でも、目が笑ってない。

 

「正当な理由なしには替われないよ」

「あるわ。実は私、コンタクトなの」

「それならもっと前の席に……」

「いえ、そこで十分よ。それともあなたは私の目を抉ってでも確かめてみる?」

 

どうやら譲るつもりはないらしい。

そこに援護射撃したのは隣にいたまどかだ。

 

「確かにほむらちゃん前は眼鏡だったよね。でも、ダメだよ?」

 

証拠にと眼鏡で三つ編みな暁美ほむら–––通称眼鏡ほむらの画像を見せてくれる彼女は、とてもいい笑顔でそう言った。

対照的に顔を真っ赤にして震えて何も言い返せない暁美さんは恨めしげに僕を睨む。

 

「……よりによってあなたに見られるなんて……!」

「か、可愛いと思うよ?」

 

手放しに褒めるとさらに顔を真っ赤にした。

 

「……覚悟しておくことね」

 

 

 

有言実行とは正にこの事。授業中に鉛筆を研いでいたかと思えばそれで背中を突き、使用した文房具(凶器)がわかれば止めると言い出した彼女の酔狂に乗って三連敗。鉛筆、三角定規、コンパスの順で突かれた。いや、おかしくない?コンパスはやめようと一瞬睨んでしまったら泣きそうな顔でやめた。

何処かのガハラさんみたいにあまり悪びれた様子もなく謝罪して欲しかっただけなのに、これでは僕が悪者みたいではないか。と、思っていたら一時終わった筈の背中突きが再開する。さっきまでと比べて全く痛くないそれの正体を掴むより先に、それを掴んだのは隣に座っていた佐倉だ。

 

「……あんまりちょっかいかけてると怒るよ。うちの……ごにょごにょが嫌がってんだろ」

「うちの……?あらもう良妻気取り?色々と勘違いも甚だしい」

「ち、ちげぇよ馬鹿!」

 

売り言葉に買い言葉でやっぱり何かが逸れていく。

 

「良妻?何の話かな?それにね、杏子ちゃん。わたし聞きたいことがあるんだぁー」

「うわー、青葉、修羅場だねぇ」

 

ついに、まどかとさやかまで参戦して喧騒は一層騒がしさを増す。

いつから僕の周りは騒がしくなったんだろう、と思わずにはいられないのだった。

 

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