レンタル☆まどか   作:黒樹

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cheese

 

 

とある晴れた昼下がり、佐倉にゲームで負けた僕は罰ゲームとしてお菓子の買い出しに出ていた。大型スーパーで要求された品を自腹購入してついでに自分の欲しいものを買い、いざ帰り道というところで僕はふと目にした光景に疑問を抱いてしまった。

視界の隅にさっきから奇妙な組み合わせの二人がいるのだ。父親という年齢のスーツ姿の男性と如何にも小学生くらいの女の子という側から見て親子のような組み合わせ–––だというのに僕は何故かその光景に疑問を持った。

 

「ちょっとおじさん道案内をして欲しいんだけど」

「なぎさにですか?」

「そうそう。すぐ済むから」

 

一見、普通?かどうかはさておき道案内を頼むスーツ姿の男性。それも人気が割と少ない住宅街の角でおよそ四十代のその男に何食わぬ顔で見上げる少女。

–––まぁ、これで親子の線は消えたわけだ。

引き続き会話を立ち聞きすることにする。

 

「なぎさは知っているのです。知らない人について行ってはいけないとお姉ちゃんに教わったのです」

「人助けは悪いことじゃないよ?いいことだ」

「なぎさは思うのです。知らない人について行ってはいけないのに、人助けはいいのです?矛盾しているのです」

「なぎさちゃんは賢いねー」

 

……とても小学生の無邪気と好奇心などでは片付かない純真さである。子供の的確に痛いところをついてくる質問がこうも恐ろしいとは思いもよらない。その上、妙に聡いところもある。どこか大人びている少女は疑いの色を瞳に灯してはいない。

なんかあのおじさん怪しいけど、見守っていようと思った。多分、彼女なら大丈夫だろう。あれくらい賢い子ならきっと妙に怪しいおじさんにもついていかないはずだ。

 

「なぎさちゃんの好きなものはなんだい?」

「チーズなのです!」

 

とても良い子なのか無邪気に笑って答えた。怪しいおじさんと会話が弾んでいる。

少女の笑顔だけをみればとても微笑ましい光景だった。

 

「よし、ならおじさんがチーズを買ってあげよう。だからちょっとついてきてくれるかなぁ?」

 

おじさんの目が怪しく光る。心なしか鼻息も荒い。

 

「はいなのです!」

 

そして、さっきまでとは打って変わって目をキラキラと輝かせて少女はおじさんの手を握った。

もしも、勘違いだったら……と思って傍観していたがこれ以上は見過ごすことはできない。僕は荷物をプラプラとぶら下げながら二人の近くに近づく。

もし危惧している人物とは違ったら、と僕は掛けるべき言葉を模索した。

 

「あの……何かあったんですか?」

「っ!」

 

びくりっ、と男性の方が肩を僅かに跳ねさせる。

 

「あ、いえ、えっとですね……」

 

しどろもどろに何かを話そうとしたが声は上擦って聞き取り辛い。そんな男性を助けたのが、声を掛けられていた少女である。

 

「このおじさんはなぎさにチーズを買ってくれるのです!」

「へぇ〜……それは良かったね」

「あ、いえ、その……」

「ところで、道を尋ねていたみたいだけど?それなら代わりに僕がお教えしましょうか?小学生よりは地理に詳しいと思いますよ」

 

なんなら携帯のアプリで道案内でもしてやろう。自分で検索しろ、とは言わない。

 

「あ、そうだ、交番が近いですしそこで道を聞くと言うのはどうでしょう?」

「あ、いえ、お気になさらず。じ、時間が迫っていますのでそれでは……!」

「あぁ、チーズが逃げるのです!」

 

「交番」のたった一言で怪しいおじさんは退散していく。自分が劣勢だと判断したのだろう。慌てた様子で逃げて行く背中に手を伸ばす少女は後にも先にもチーズのことしか頭にない。

 

「そうだ、なぎさちゃん?チーズ食べる?」

「わぁーいなのです!」

 

–––どうやらこの少女、逃げたチーズより目先のチーズのようだ。

 

 

 

 

 

「–––そういえばお兄さん、なんでお兄さんはなぎさの名前を知っているのです?」

 

カマンベールチーズを食べ終えた少女が口を開き問い掛けてきた。この少女、さっきの会話から割と聡い子だと思っていたが、チーズが絡むと少し残念な子になってしまうらしい。

あれから移動して、公園のベンチに一緒に座ってチーズを食べていた少女に後で飲もうと思って買っておいた午前の紅茶ストレートティーを渡しながら僕は答えようとして、

 

「知らない人から物を貰ってはいけないとお姉ちゃんに言われているのです」

 

やんわりと拒否された。え、チーズは貰ったのに?

 

「チーズは受け取ったのに?」

「あ、あれは……チーズがいけないのです。いえ、違うのです、チーズに罪はないのです、チーズを渡してくるお兄さんが悪いのです」

「あはは。チーズ食べて喉が渇いたよね?素直に受け取っておきなよ」

「お姉ちゃんが言っていたのです。何か物を貰ったらお返しをしないといけないと。男の人はいやらしいことを要求してくるから注意するようにって」

「……うん。安心して。何も要求しないから」

 

教育が行き届いているようで何よりだが、そこまで徹底しているのならチーズに関しても徹底して欲しかった。

渋々と受け取る少女に苦笑しながら僕も紅茶を飲む。

 

「で、さっきの質問だけど、自分でさっきから自分の名前を言ってるよね?」

「……なぎさとしたことが不覚だったのです」

「じゃあ、改めて自己紹介。これから先、よろしくするわけでもないけど、一期一会とも言うし。僕の名前は二木青葉」

「なぎさは、百江なぎさなのです」

 

今度は礼儀正しく名前を教えてくれた。

百江なぎさちゃんか。いい名前だ。なぎさちゃんと呼ぼう。

 

「それでなぎさちゃん。あんなところで何してたの?」

 

会話の切り口として誰もが口にするような内容を聞いてみると、ハッとしたように顔を上げる。

 

「そうです。なぎさ迷子なのです。お姉ちゃんとはぐれてしまったのです!」

「へぇー、そっかー」

 

まさかの迷子である。

 

「ならなおさらあの場所から動いちゃいけなかったんじゃ?」

「おまえのせいであとの祭りなのです」

「いや、そうなんだけどさ……」

 

確かに自分が連れて来てしまったわけで……責任があるとすれば僕だろう。

 

「よし、じゃあ僕がお姉ちゃんを一緒に探してあげよう」

「結構なのです。知らない人について行ってはいけないのです」

 

やっぱり妙なところだけしっかりしている。

 

「はい、ミモレット」

「困っているのも事実なので行くのです」

 

だが、ちょろい。

 

「それで今日はどこに行く予定だったんだい?」

 

元の場所に戻って聞いてみる。と、なぎさちゃんはチーズを甘噛みしながら答える。

 

「お買い物なのです」

「漠然としてるな……はぐれた場所は?」

「気づいたらはぐれていたので……えっと、多分、商店街あたりだった気がするのです」

「チーズの匂いでもしたの?」

「……お兄さん、エスパーですか?」

「いや、なんとなく思っただけ」

 

おそるべしチーズの呪い。どうやらなぎさちゃんはチーズの匂いにつられてふらふらとはぐれてしまったようだ。この数十分で行動習性を把握してしまった自分が怖い。

 

「見つからないなー」

 

交番にも寄ってみたがそれらしい話はないとのこと。

僕はなぎさちゃんの小さな掌を握って連れ歩いてぶらぶらとそれらしき場所を廻る。

どうやら家の場所もわからないらしく、完全完璧な迷子だ。こんなことで完璧を求めたところでむしろ不安要素でしかないのでそれは置いておくとして、適当に歩いていたらなぎさちゃんが突然走り出した。

 

「お家を見つけたのです!」

「うん、走ると危な–––」

 

注意しかけたその時、携帯が着信を知らせた。が、目の前の少女を追い掛けるのに精一杯でメールの内容を確認する暇がない。差出人はマミ先輩だ、早く返信しないと。

しかしなぎさちゃんは遠慮することを知らない、家を見つけて安心したのか一直線に駆けていく。マンションに入るとそれはもう早足で階段を駆け上がる。僕も二段飛ばしで駆け上がる。

そうして何回昇ったかわからない場所で急に部屋を目指して一直線に駆けていく。そして、一つの部屋の前に立ち止まるとドアノブを回して喜色を満面の笑みに変えて、大声で叫ぶ。

 

「ただいまなのです!」

 

これで任務は終了だろう。マミ先輩から届いたメールを確認する。

 

『あの子がいなくなっちゃった!探すの手伝って!』と色々端折り過ぎた内容に首を傾げて、僕は一応確認といった風に装って部屋の中に顔を出す。

 

「じゃあ、なぎさちゃん僕は行くね」

「えっ、二木君!?」

 

覗いたらマミ先輩がいた。なぎさちゃんに抱きつかれていた。

いったいどうなっていることやら……。いつのまにかマミ先輩の住むマンションに辿り着いていたらしい。

「バイバイなのです」と手を振るなぎさちゃんに手を振り返して、退散しようとしたら、何故か腕を掴まれて動けない。犯人はマミ先輩だった。

 

「待って。お礼がしたいから上がっていって」

「いえ、気にしなくてもいいですよ」

「そういうわけにはいかないわ」

 

本当にお礼なんて要らない。

謙遜とかじゃなく、事実である。

 

「大丈夫です。先輩に隠し子がいたとか触れ回りませんから」

「こ、この子は隠し子とかじゃなくて……!あ、預かることになったのよ、なりゆきで!」

「わかってますよー」

「わ、私処女なんだからね!」

 

先輩が純潔かどうかはともかく、隠し子でないことは間違いない。もし先輩にこんな歳の娘がいたら年齢詐称をまず疑う。顔を真っ赤にして勘違いしないでよね!と弁明してくる先輩を僕は更にからかう。

 

「そう言われましても確認のしようがないですし」

「か、確認させろっていうの……?」

「いえ、確認したところで僕もわかりませんから。ただ先輩が痴女なのはわかりましたから」

「わ、私変態じゃないわよ!」

「ところで先輩、聞きたいことがあるんですが」

「こっちの話が終わってないんだけど……?」

「男性の場合、痴女と同じ扱いになる言葉はやっぱり変態しかないんですかね」

「……あのね二木君、私にも教えられることと教えられないことはあるわよ。なんでも知っているわけじゃないわ」

 

先輩でも未開の地らしい。

痴漢とか痴女はひっくるめて変態なのだろうが。

変態は、他にも分類はある。

変態の種類って探せば割と多い。

 

「まぁ、そんなことより帰っていいですか?」

「……そんなに私といるのが嫌なの?」

 

そんな風に言われると断れない。

何かを忘れている気がするが、まぁいいだろう。

 

 

 

 

 

結局、会話の端々にマミ先輩が弁明を挟みつつ、チーズケーキをご馳走になり、帰宅したのは日が暮れる夕方。マミ先輩は嫌いではないのだが歳上って意識するとなんかこう接し辛い。嫌いではない理由は可愛い上に性格はいいから、という男として単純なものだがまぁそこは誰だってそうなるだろう。性格良い人と近くにいて何の苦にもならない。あぁ、でも、恩があれば必ず返すというあの精神は時に厄介だ。そこは保留にして忘れて欲しい。恩に着せるつもりは更々ないのだから。

 

「あー、つっかれた〜」

「……お帰り。遅かったじゃねぇか」

「……あ、た、ただいま…?」

 

そして、僕は部屋に戻るなり思い出す。そこにいたのはベッドの上で膝を抱えて涙目の佐倉。そうだ今日は一日中遊ぶ約束をしていたのだっけ。罰ゲームをしていたことも思い出す。

 

「ご、ご機嫌いかが?」

「……バカ。ぐすっ」

「あーもう泣くなよ」

「泣いてねーし」

 

服の袖で顔をゴシゴシと拭う佐倉、こう言っては不謹慎だけど……加害者は僕であるのは満場一致で文句はないのだが、敢えて言わせてほしい。

「いじけて拗ねる佐倉ちゃん可愛い」と。

妹みたいなのができたのは嬉しいけど、大切にしたい反面いじめたくなるこの感情を誰かに共有したい。

いや、やっぱいいや。それはそれでなんかイラっとする。

 

「別に一人でゲームしていてくれても良かったのに、ずっと待ってたの?」

「……待ってない」

 

ツンとして否定するけど、声には覇気がない。

この後、全力でご機嫌取りしました。




なぎさちゃんの口調が叛逆ではまったくわからなかったのでマギアレコード頼りのチーズ卿ならぬチーズ狂な女の子になってしまいました。あとどこ探せばいいのか年齢不詳なので見た目通り小学生くらいかなぁという一方的なロリ枠の押し付け。後悔はしてない。


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