差等キダイ名義で『小説家になろう』で投稿しています。
最近、我が家ではおかしな事が起きている。
「どしたの、お兄ちゃん?」
「いや、何でもないよ」
妹の奏の声と、それに応える僕の声が、風呂場に反響する。そう、風呂場に。
目の前にいる奏は、当たり前だが裸で湯船に浸かっていて、僕と向かい合う形で座っている。
そんな彼女は、濡れた長い黒髪をかき分け、小悪魔めいた笑みを向けてきた。
「もしかして妹の体に興奮してんの?」
「してない。するわけない」
「してる。この変態。ロリコン、シスコン」
「……いや、お前が間違って入ってきたんだろ。嫌なら少しくらい隠せよ。まったく……」
そう。最近風呂に入ってると、奏が間違って入ってくるのだ。しかも、慌てて引き返すような慎ましさはなく、そのまま体を洗い、湯船に入ってくる。
この事に関して、「まあ、兄妹なんだから別にいいじゃない」と母さんは言う。確かに僕は高校1年で奏は中学に上がったばかりだ。別に気にすることでもないかもしれない。でも……
「やっぱ見てんじゃん。エロ兄貴」
「違う。まったく興味ない」
我が妹は何というか……同級生の中ではそこそこスタイルがいいというか……あ、別に見てないよ?念のために反論しておきます。
とにかく、一緒に風呂に入るのはたまに気恥ずかしくなるというか、うっかり体が反応しちゃったら、この毒舌の妹から何を言われるかわからないとか……とにかく勘弁して欲しい。
「ふう……」
「お、おい……」
奏は何故かこっちに寄ってきて、僕の足の間に座り、体にもたれかかる。それと同時に、甘い香りが入浴剤の香りと混じり、心地良い気分に……じゃなくて!
さすがにこの態勢は色々まずい。
「ほら、邪魔だよ。あっち行った。しっ、しっ」
「ふんっ、嬉しいクセに。このムッツリスケベ」
小柄な体を押し返そうとすると、ざばっと奏が立ち上がる。すると位置関係のせいで、小降りながらも肉付きのいい尻が目の前に来た。
べ、別に見たかった訳じゃない。
すると、奏がさっきよりも小悪魔の成分の増した笑みと共に、振り向きざまにこちらを見下ろしていた。
「変態。やっぱり見てんじゃん」
「う、うるさいよ!僕もう上がるからな!」
これはもう自分が出て行くしかない。圧倒的に分が悪い。いや、気にしなければいいだけの話なんだけど。
僕は奏の視線を背中に感じながら、急いで風呂から退散した。
*******
次の日……。
「よし、奏が部屋で音楽聴いてるのは確認したし、母さんにもアイツが入ってこないように止めるよう頼んだし」
今日はしっかりと事前チェックをしたから大丈夫だろう。ようやく一人で風呂に入れる安心感を噛みしめながら、僕は浴室の扉を開いた……
「っ……だ、誰もいないよな、うん」
誰かいるような気配を感じたが、ただの疑心暗鬼だろう。そもそも漫画のキャラみたいに、気配を読む力とかないんだけど。家で一人きりの時に『出てこい』とか言って、一人で恥ずかしい思いをしたくらいだし。
さっさと髪や体を洗い、湯船に浸かり、脚を伸ば……せない。あれ、何だ?これ……柔らかい何かが湯船の中に……。
すると、湯船から我が妹がざばっと顔を出した。
当たり前のように、小悪魔めいた笑みと共に。
「はあっ!?お、お前、いつの間に……!」
「湯船で潜水してたら、お兄ちゃんが入ってきたんだけど。妹の入浴中に入ってくるとか、どんだけ変態なの?最低」
「いやいやいやいや、お前、さっき部屋で音楽聴いてたじゃんか!」
「ああ、あれはダミー人形だから」
「何でそんなの持ってんだよ!」
「私の外出中や入浴中にお兄ちゃんが部屋に侵入して、下着を漁ったりしないように」
「しねえよ!妹の下着なんか興味ねえよ!」
「でも、ダミーちゃんを見たってことは、部屋に入ったんだよね」
「あ……いや、入ってないけど……こっそり確認しただけで……」
「ふぅん……妹の部屋、こっそり覗いたんだぁ?」
「え、いや……」
やばい。そんな意図は欠片もないのだが、状況だけ考えてみると、反論のしようがない。
しどろもどろになった僕を見た奏は、長い髪を湯船にふわふわ浮かせながら、さらに笑みを深めた。
「部屋の中こっそり見るなんて、どんだけ妹好きなの?シスコンなの?嬉し……じゃなくて、キモいよ」
「ん?今何か言い間違えなかったか?」
「気のせいでしょ。お兄ちゃんに部屋覗かれて嬉しいとかなるわけないじゃん」
「そ、そうか……確かに」
すると、いきなり勢いよく立ち上がった奏は、恥ずかしがる素振りも見せず、椅子を指さした。
その表情は、どこか焦っているようにも見えた。
「ああ、もう!さっさと背中流すからそこに座って!」
「い、いや、いいよ……ていうか、いきなり何?」
「い・い・か・ら!部屋覗いたこと、お母さんに言うよ?」
「あ、うん。わかった……」
本当に何故このタイミングで背中を?いや、今は黙って従おう。今の僕に拒否権などないのだから。
椅子に座ると、奏はボディウォッシュを使い、優しく背中をこすり始める。普段の言葉遣いの割に、こういった事は丁寧にやる奴だ。
ゴシゴシという小さな音以外、静寂の保たれた浴室。目を閉じ、心地よさに目を閉じていると、奏が声をかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃん……」
「ん?」
「最近、彼女できた?」
「……いや、何で?」
「だって、女の子と一緒に帰ってるの何度か見たし」
「いや、あれはそんなんじゃないよ……」
「じゃあ、どんなの?」
「あの子、僕の友達が好きなんだよ。それで……」
「ふ~ん、よかったね」
「何が!?」
「だって、あの女の人……あんまお兄ちゃんに似合ってなかったし」
「…………」
「もしかして、気になってた?」
「別に……」
「ふぅ~ん」
いや、ぶっちゃけると……好きになりかけてました。思い出させないでくれよ……よかった、背中向けてる状態で。
「お兄ちゃん、今度の日曜日……デ……荷物持ちしてよ」
「何でだよ」
「失恋祝いにパフェ奢るよ?」
「祝うな。悲しめ」
「まあまあ、それに……」
「っ!?」
奏が背後からそっと抱きついてくる。
直に胸が当たる感触に、危うく変な声が出そうになったが、何とか持ちこたえた。
「まあ、その……焦らなくていいじゃん?」
奏はこちらの心情などお構いなしに、甘えるような声音で話を続ける。
そこには何処か気遣うような優しさが滲んでいた。
「彼女できちゃったら、こうして一緒にお風呂入れなくなるよ?」
「いや、別に入らなくてもいいんだけど……」
「うっさい。はい終わり」
奏は僕の背中にお湯をかけ、自分はさっさと湯船に入る。
その顔は、早くものぼせたのか、火照って見えた。
「……ありがとう」
「べ、別に……お礼なんていらないし!約束忘れないでよ!」
「はいはい。それともう風呂場で潜水すんなよ。紛らわしいから」
「は~い」
この日のお風呂は、何がどうとかはわからないけど、何となく優しく感じられた。
この後二人で、小っちゃい頃のように100まで数えて、僕から先に上がった。
*******
次の日の夜……
「お前……入浴中の札かけてたのに入ってきたんだよ」
「見えなかったから」
「い、いや、そんな問題じゃ……」
見えないはずがない。しっかりとドアノブにかけたはずだ。
しかし、奏はいつも通り、俺の疑問などどうでもよさそうに椅子に座る。
「はいはい。じゃ、お兄ちゃん背中よろしく~♪」
「は?」
「昨日洗ってあげたでしょ?」
「あれは……」
「それとも、前も洗いたいの?この変態」
「……んなわけあるか!」
「顔真っ赤だよ」
「うるさいよ。やるからこっち向くな」
これ以上反論しても仕方ないので、奏の背中を流してやることにする。うっかり変な所に手が触れないよう、細心の注意を払わねば……。
まあ、こいつと話してると気が楽になるから、その辺はいいんだけど……最近、やけに本や映画や音楽の趣味も合うし。
てか、僕に彼女ができるまでこうするつもりなんだろうか。本気なんだろうか。
だとしたら……どうやらしばらくこんな日々が続きそうだ。
*******
「よし、お兄ちゃんの部屋の小説はこれで全部読んだ♪」
「……また胸が大っきい人のグラビア……うん、頑張ろう」